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      ハーバードにおける日本史教育 6
        
原爆投下に対する院生の意見 09.13.2020



 とうとうハーバード日本史教育の記事が6回目になってしまいました。1冊の本をこれほど多数回に渡って取り上げるのは、初めてのことです。
 
日本という国を偏見なしに、しかし厳しく見ている教授による講義と問題の提示。それに対する院生の豊富な知識量に基づく意見。まあ、レベルの高さには、毎回のことながら、感服してしまいます。
 今回は、
広島・長崎の原爆投下が果たして正当であったのか、これがテーマ。米国人の学生であっても、かなり難しいテーマだと思うけれど、果たして、どのような議論が行われるのだろうか。


C先生:日本の大学には、米軍による原爆投下に対して議論を行っているような大学院の講義はあるのだろうか。当時の大統領であった
トルーマンがどのような情報に基づいて、原爆投下を決断し、命令したのか。そのときに、迷いなどは無かったのか。決断のプロセスはどうだったのか。そして、その結果をどのように評価したのか。非常に重大な問題だと思うが、個人的にも、この本によって、はじめて知ったのが実情だ。

A君:まず、
原爆投下をなぜ授業のメインテーマとして取り上げているのか。そのあたりから聞きたいですよね。

B君:当然、質問から始まっている。ただ、その
質問は、「この授業の主要な目的は何でしょうか」、に過ぎないのだけれど、サンドラ・サッチャー教授は、極めて明確に、その目的を明らかにしている。もしも、日本でこの講義をやるとしたら、全く別のアプローチになるだろう。このあたりのキレの良さが、米国だからできることなのだろう。

A君:講義の目的は二つあるとのことです。
一つ目が「人道的な立場から戦争というものを考えて貰うこと」二つ目が「国のリーダーは決断した内容だけでなく、決断に至るまでのプロセスにも責任を負っていることを認識して貰うこと」

B君:そして、毎年の講義では、
院生達は、「トルーマンは偏った助言しか得ていなかった」、「日本の都市に原爆を投下する以外の戦争終結方法を検討しなかった」とトルーマンを厳しく批判している、とのこと。

A君:すごく厳しい反応。しかし、決断をするプロセスというものを正当化できるようになることの重要性は、将来、企業経営者になるとしたら、ここで身に着けることができるだろう。この授業は良かったと思うことでしょうね。
すなわち、何を考え、何を実行することが正当化の条件なのかが理解できれば、どのような状況に置かれても、有用な判断をする実力を身に着けることになりますね。

B君:こんな教育を行うには、日本の学部レベルの講義のように、多人数を前に、教授が昔ながらの事実だけを教えるというやり方では実現できない。「少人数で議論を行う」ということが第一の目的となるような講義でないと。まあ、大学院でないと無理。しかも、院生の数は、最大でも20人までだろう。

A君:この戦争に関する講義の教科書に使われる本が、
マイケル・ウォルツァーの著書、「正しい戦争と不正な戦争」とのこと。興味はあるけれど、621ページもある本を読む気にはならないですね。

B君:トルーマンは、どのように
原爆投下を正当化したのか。その一つ目が「功利主義」。「本土上陸作戦よりも原爆投下の方が戦争を早く終わらせることができるため、結果的に犠牲者が少ない」と主張。
 
二つ目が「戦争は地獄」。といっても、その内容は、「戦争の罪は、それを始めた人がすべて負うべきだ。敵対行為に抵抗する側は勝つために何をやろうが決して非難されない」。

A君:この二つ目は、
太平洋戦争の場合には、アメリカが使える有力なロジック

B君:三つ目が
「スライディング・スケール」と呼ばれる考え方。「正義の度合いが高ければ、戦い方も大きくしてよい」

A君:具体的に記述すれば、「真珠湾攻撃の犠牲者であるアメリカ側の正義の度合いはかなり高い」。すなわち、「それに見合った攻撃をしてもよい」。

B君:以上三つがトルーマンが原爆投下を正当化したロジックだった。それに対して、
ウォルツァー教授は、このような原則で原爆投下を肯定するのはおかしい、と非難している

A君:さて、どのような理由で非難しているのだろうか。
それは「戦争におけるもっとも重要なルールは、「非戦闘員の保護」であり、「非戦闘員である民間人を敵とみなして攻撃したり、巻き込んではいけない」から、という理由。

B君:確かに、広島と長崎の市民に
避難する猶予を与えることなく原爆を投下したのは事実。しかし、東京大空襲などで多くの市民が死亡したのも、もう一方の事実。これも「戦争における重要なルール違反」だったのだろうか。

A君:数値的な事実だけを記述します。
東京大空襲とは1945年3月10日の空襲を言いますが、2時間の空襲で落とした焼夷弾は1500トン。死者10万人、負傷者100万人。41平方キロが焼失

B君:一方、原爆による死者は、
広島がおおよそ7万人、長崎は4万6千人

A君:
焼夷弾と原爆では全く違いますね。焼夷弾なら多数の爆撃機が飛んでくるので、警戒警報、続いて、空襲警報が発令される。すなわち、防空壕に逃げる余裕がある。しかし、広島での原爆は、早朝5時半ごろに偵察飛行に来た米軍機を対象とした空襲警報が発令されたが、一時間たらずで空襲警報は解除になった。そして、原爆を搭載していた爆撃機は、かなり上空を飛んでいたためだろうか、空襲警報が出されることなく、いきなり、閃光が見え、「ドカーン」という音と同時に、建物がぐぐらぐらと揺れ動いた。
 この記述を行った方は、当時16歳で、広島市仁保町に居られたようです。

B君:仁保町は、原爆ドームから東南方向に6kmぐらいのところ。

A君:
広島原爆の被害だけれど、爆心から500m以内では、被爆者の98から99%が死亡500mから1kmの範囲では、90%が死亡被曝死亡者数は、8月から12月の間で、9〜12万人

B君:
明らかに「非戦闘員の保護」はなされなかった

A君:さらに別のルールもあって、それは、
「比例性のルール」と呼ばれるもので、これは、過度の危害を与えることを禁じる原則「実質的に勝利に向かわない危害、もしくは危害の大きさに比べて目的の貢献度が小さな危害をむやみに与えることは許されない」というルール。

B君:実のところ、
「アメリカ政府は、原爆が人間に与える危害の大きさを理解することなく使用し、戦争を終結させたとは言える。すなわち、危害の大小も目的への貢献度も把握しないまま原爆を投下したのは、比例性のルールに反している」、ということだ。

A君:たまたま軍隊出身の女子学生がいて、
現時点での米軍における決断プロセスは、「トップは他の隊員からの意見を聴くことなく、最終決断を下してはならない」とのこと。相談された側は、自由に反論を述べたり、他の代替案を提案したりすることができる。隊長は、少なくとも三つの代替案を検討した上で最終決断を下す」となっているとのこと。

B君:地球上最強を自認する米軍だからこそ、このようなルールが決まっているのだろう。米国以外に、かなり怪しい国がいくつも存在しているのが、現状の地球上の状況ではないか。

A君:振り返って、
当時の日本軍にこのようなルールが存在していたのか、と大変に疑問になります。戦争は根性だけで勝てると思っていて、勝つための必須条件である、高い視野からの戦略、例えば、補給路確保の重要性などを科学的に検討する意識があったとは思えないのです。日本軍の無能ゆえに勝てる訳のない戦争を続けるよりも、早く敗戦になることが日本国民にとって、確実なメリットだったような気がしています。できれば、原爆が投下される前に。

B君:C先生は戦中派だけれど、戦後派の我々にとって、大変疑問なのは、
戦後、米国進駐軍が、日本に対して、非常に優しい対応をしたことの理由が、ひょっとすると、原爆を使ってしまったことに対する罪悪感が一つの要素だと思っているのだけれど、どうなんだろう。

A君:それは、証明不可能な事象では。ただ、本書にも参考になる記述があって、
ジョージ・ブッシュ大統領は、第二次世界大戦中、日本軍に自らが登場する飛行機を撃墜されたという経験を持っているのだそうだ。そして、1991年12月(真珠湾攻撃50周年式典)で行われた演説、通称「融和演説」で、「私はドイツに対しても、日本に対しても、何の恨みも持っていいません。憎悪の気持ちなど全くありません。中略。第二次世界大戦は終わったのです。戦争は過去のことなのです」。

B君:サッチャー教授は、このブッシュ大統領の演説を次のように評価しているようだ。 
「この演説は、モラルリーダーシップの模範例です。ドイツと日本に対して何の恨みも持っていません、とはっきり伝えています。もうお互いに非難し合う時代ではないと。ブッシュ大統領は、アメリカと同じように、ドイツも日本もまた戦争の被害を被った犠牲者である、と認めています。そして、『戦地で戦った私がこのつらさを乗り越えられたのだから皆さんもできるはず。だから、私に続いてください』、と呼び掛けたのです」。

C先生:かなり省略したけれど、以上がサッチャー教授の戦争観。個人的に、かなり日本軍の思考と行動について、様々な資料を読んだけれど、
日本軍とは、『自分達の決断によって、戦争を終結することができない集団』であったようにしか思えない『最後は、根性・気合が決めるのだ。そうこうしているうちに、神風が味方してくれる』、ということしか言えないのが、軍の幹部達であって、戦場でほとんどの軍人が、そして、国内での米軍機の爆撃で非常に多くの国民が不本意な形で死ぬことの不幸など、全くお構いなしだったような印象だ。特に、何も考えずに、フィリピンのバタン諸島と台湾の間のバシー海峡に特攻隊を含む海軍と輸送船を送り続けて、そのほとんどが、米軍の潜水艦攻撃で撃沈された。「魔の海」、とか、「輸送船の墓場」とも言われていたこの海峡での犠牲者は、10万人とも26万人とも言われている。
 ハーバード大学で行われているサッチャー教授の講義の内容を聴くと、それに対応して、
日本でもそれと同じテーマで講義が行われても良いと思われるのだけれど、実は、そんな大学が存在しているかどうか、現状を全く知らない。もし、この記事を読まれた方で、日本の現状をご存じのかたは、情報をいただけると誠にありがたいと思う次第。個人的に細々とやってきたサマースクールの経験からも、日本の未来がかなり心配なので。
 ということで、本日は終了。それにしても、ハーバード大学の日本史教室はすごい教育をしている。
テーマの選択がすごい上に、教授連の実力もすごいものがある。米国全体の健全性を維持している重要な組織なのだと、あらためて思う。日本の大学、特に、伝統的な名門大学の世界ランキングが落ちる一方なのが非常に気になる。日本政府よ、何とかして欲しい。
 最後に一言、実は、ハーバードの話は、まだ、2回ぐらいのタネが残っている。