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     ハーバードでの日本史教育 8  09.27.2020
        アマルティア・セン教授の日本観



 ハーバードの日本史関係は、余りにも長い連載になりましたが、やっと最終回です。この書籍「ハーバード日本史教室」における、教授達の日本観は、余りにも日本贔屓のようにも思えるのですが、確かに、日本の文化、あるいは、日本人の特性というものを他国と比較すると、明らかに、「穏やかでお人好し」。しかし、日本軍の歴史をなど見れば、日本の組織に共通の欠点としては、「戦略性が無い」ことかもしれません。しかし、「戦略性が高い」ことが、いつでも良いことばかりとは言えません。「お人好し」は、他人に危機をもたらさない性格だとも言えますので、余りイジメすぎなければ、付き合う相手としては、最適だと思います。太平洋戦争の終結後、米国進駐軍が日本人に対して、かなり優しく対応してくれたのも、この日本人の特性のためだったと思っています。
 それは、それとして、いよいよ最終回になりますが、
有名人の登場です。アマルティア・セン教授はもともとインド国籍ですが、ノーベル経済学賞受賞者ですし、非常に広い視野を持った地球レベルの偉人だと思います。日本語版ウィキペディアによれば、「1933年11月3日生まれ。経済学者・哲学者。政治学、倫理学、社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。1994年アメリカ経済学会会長」と紹介されています。学歴がケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの卒業だそうですから、インドでは富豪一家の出身だと思います。ちなみに、トリニティという言葉は、大学のカレッジの名称に多いですが、これは、キリスト教の三位一体を意味するようです。
 ハーバード大学との関係は、1988〜98年に経済学と哲学の教授。そして、2004年から現在まで、再度、ハーバード大学の教授。空白期間は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのカレッジ・マスターだったようです。
 
研究範囲は、飢餓、人間開発理論、厚生経済学、男女の不平等、政治的自由主義などとのこと。
 経済学への最大の貢献は、
ミクロ経済学によって貧困のメカニズムを説明したこと。以前の経済学者は、貧困とは単に生産性の問題だと考えていた。しかし、セン教授は、貧困は市場競争における失敗によってもたらされたことを明瞭に示した、ということだそうです。
 このような偉人であるセン教授が日本をどのように見ているのか、大変に興味深いことです。ちなみに、
「アマルティア」の意味は「永遠に生きる人=不滅の人」という意味だそうで、セン教授の業績は明らかに不滅だろうと思われます。

    

C先生:
セン教授にも批判者が全くいないという訳ではない。ノーベル経済学賞についても、セン教授のアプローチが「人道的な理論」であるために、ノーベル賞委員会が不祥事に巻き込まれる可能性が無いために選択した、という推測した経済学者が存在していたことが記述されている。他の批判者は、「左翼的な見解を表明するばかりの人物」だと記述している。ウォールストリート・ジャーナル・ヨーロッパの編集員の目からは、当然そう見えるのだと思う。

A君:民主党での大統領選にバーニー・サンダース氏が出馬して、結果的には、中道派のバイデン氏が候補者になったけれど、
サンダース氏の主張の根本は、どうもセン教授の理論にあるような気もします。

B君:米国の経済状況も、どうみても、
金持主義が中心的理念のように思う。日本の状況がどうか、と言われると、どう記述をしたらよいのか、なかなか難しい。日本全体では明らかに貧民化しているのが事実だろうが、まだ、わずかな富裕層が存在しているのが現状だろうか。

A君:そろそろ本論に入ります。ハーバード日本史研究の第10講義です。その題名ですが、ちょっと
日本人としては恥ずかしいぐらいのものです。『世界に日本という国があってよかった』ですからね。「本当かよ??」という感触。しかも、この章の話者がアマルティア・セン教授ですからね。

B君:一体、いつどこで、そのような考え方になったか。これを解明したくなる。

A君:その答えとも思える記述もあっては、
セン教授が子供の頃、インド北東部にある西ベンガル州サンティニケタンの学校で日本について多くのことを学んだ、ということにあるらしい。

B君:となると、問題は、その教育内容だね。

A君:その通りで、その
学校を設立したのが、ラビンドラナート・タゴール(1861〜1941)という人で、日本に強い興味を持っていた。

B君:なるほど。しかし、
タゴール氏の死亡のタイミングが、「なんとも」という感じだ。1941年12月7日(ハワイ時間)に真珠湾攻撃だから。もし、タゴール氏がもうチョット長生きしたら、日本に強い失望感を持ったのでは。

A君:実は、その通りであったようです。この
タゴール氏は、インドを代表する詩人、思想家で、1913年にノーベル文学賞を受賞日本人の自然観や美意識を高く評価する一方で、日本の国家主義については、激しく批判していた、とのことですから。

B君:その学校で、
セン教授は日本史を主として学んだとのことだが、何に最も興味を持ったのだろうか。

A君:それも記述されていて、
「日本への仏教伝来の歴史」だそうだ。仏教が日本に伝来したのは、当然朝鮮半島経由になるが、これが中国から直接だったらどうなっただろうか、という疑問を持ったらしい。

B君:それは、歴史学の難しいところで、答えは出しようがないと思う。
個人的な想像では、インドを出た仏教は、西域から中国に伝わったが、そこで、すでに相当な簡素化が行われてしまったので、朝鮮半島を経由したかどうかは、それほどの影響は無いのではと思う。しかも、日本人の高僧がインドに行って、直接持って帰ってきた仏典もあるようだし、個人的には答を出すことができるほどの知識はない。

A君:色々とチェックしてみると、
現時点でも佐々井秀嶺という日本人僧侶がインド仏教の最高位にあるらしいですよ。現在、83歳であるはずです。
 話を戻して、
セン教授は、仏教が日本の立憲的な考え方に影響を与えたことも学んだとのこと。

B君:またまたちょっと前の話題に戻るけれど、調べてみたら、日本の宗教観が戦争にどのような影響を与えたのか、という本があることを見つけた。
「日本の戦争と宗教 1899〜1945」小川原正道著:講談社選書メチエ、2014・1・11。単行本で、すでに中古品しかない。読むべきかどうか、大いに迷うところだけれど。

A君:それでは、話をもどして、セン教授が学んだことです。「仏教が日本の立憲的な考え方に影響を与えたことも学びました」、となる。
具体的には、聖徳太子の「十七条憲法」ですね。「以和為貴(和をもって貴しと為す)」から始まるもの。

B君:セン教授がもっとも重要だと思ったのは、
その第十七条。「一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しないさい」を今でも覚えているとのこと。

A君:セン教授は、こうも言う。
『17条の憲法が制定されたのは、イギリスでマグナカルタが制定される600年以上も前のことですよ。当時、聖徳太子は、推古天皇の摂政でした』

B君:セン教授は、
世界で行われた様々なことを知ると、振り返って、「インドでの状況はどうなのか」、と比較していたような気がする。こと仏教に関しては、インドが発祥の地でありながら、ヒンドゥー教が主流になってしまった

A君:多分、この宗教の変化が、非常に大きな関心の原因だったのでしょうね。そこで、インド発の宗教である仏教の、日本という国への影響に強い関心を持った。場合によっては、インドでもなんとかして仏教の勢力拡大をしてみたいと思った可能性すらありますね。どこにも書かれていないですが。

B君:
インドには、「善き人になるための三つの道」というものがあるそうで、それを読むと、別にどの宗教でも同じような気がするけれど。

A君:その「三つの道」ですが、こんなものです。
一つ目:知識を得る道、二つ目:神に帰依する道、三つ目:良い行動を実践する道。いずれの道を選択するにせよ、セン教授は、結局のところ、「知識」が必要だと主張している。

B君:なるほど。だから、
セン教授は、「無限の知識の持ち主」を目指したのかもしれない。

C先生:この本のインタビューアーがした次の質問が面白いね。

A君:これですね。
「セン教授が独自の経済理論を確立する過程で、日本はどのように関わってきたのか?」。

B君:その前に、ちょっと
追加が必要かもしれない。セン教授から、「経済学に人間性を入れた経済学理論に取り組んだ理由」を聞きたかったようだ。

A君:その
答えは、素っ気なくて、『経済学に人間性を導入した最初の学者は、アダム・スミスです。彼は、もともと、グラスゴー大学で、道徳哲学の教授を務めていたので』。

B君:むしろ、
セン教授が興味を持ったのは、最初から「経済学には人間性という要素があった」のに、「それがなぜ、時代とともに、どんどんと薄れてしまったのか」、らしい。しかし、未だに、本当の解には到達していないとのことだけど。

A君:ここで
話が変わって、「なぜ、日本人の識字率は伝統的に高いのか」

B君:事実として、次のようなことが述べられている。「
1860年代、日本の識字率はヨーロッパの国々よりも高く、1913年ごろには、世界有数の出版大国になっていました。出版数は、イギリスを追い抜き、アメリカの二倍以上でした」。

A君:セン教授の主張は、このようなもの。
「なぜ日本は教育熱心な国なのか」を理解すべき。そこには、どうしても仏教の影響があったと思える。世界全体を見ても、仏教国の識字率は他の宗教の国よりも高い。具体的には、ブータン、チベット、ミヤンマー、タイなどのインドネシア半島の国や中国など。

B君:
ブータン文字ね。もともとはチベット文字だったのが、このところ、アルファベット記述が主流になってしまったらしい。

C先生:
タイ文字、チベット文字、ミヤンマー文字には、現地で出会ったことがあるだけだけど、模様にしか思えないね。もっとも彼らから見れば、ひらがな、カタカナも模様にしか見えないだろうが。東南アジアの言語では、ベトナム語がとっつきやすそうに思えた。全く、勉強していないけど。なぜなら、漢字起源のアルファベット表記に近い言語なので、音が似ているから。例えば、中国はTrung Quoc チュンクオック。語順は、英語に近いし。

A君:話がずれました。
元に戻って、「日本人の教育水準が高いのは仏教を信仰してきたからと言えますか」、という問いに対して、セン教授の見解は、「仏教のもつ文化的影響力が強いという話が本質であって、信仰の対象としての仏教の話ではありません。すなわち、仏教文化がもたらす価値です。例えば、「人間の行為は知識に基づくべきである」、とか「知識だけが人間を成長させる」といった考え方が仏教文化には含まれていたから、という見解。

B君:「仏教を信仰することは必ずしも重要ではない」ということですか、という質問に対して、セン教授の答えは、「
仏陀は、信仰の優先順位を三つ目に置いています。すなわち、人間にとって大切なのは、『一に知識』、『二に良い行い』、『三に信仰』です。知識の獲得は、信仰よりも大切だ、という考え方です。一方、キリスト教では、【一に信仰】です。キリスト教国よりも仏教国の方が知識の獲得に熱心なのは、そのためです」。

A君:仏教の場合、
「一に知識」がくるとは面白いですね。「二に良い行い」が来るのもすごい。その後に「三に信仰」が来るのは、相当なる現実主義。このような仏教の価値観は、現時点の日本では常識なのだろうか。

B君:我々からキリスト教を見ると「一に信仰」があるから、「信者は良い行いができるはずだ」と思ってしまう。重大な誤解なのかもしれない。

A君:実は、
仏教でも「一に信仰」だとばっかり思っていました。これは初めて聴いた話でした。「一に信仰」というキリスト教国だったのに、例えば、コペルニクスやニュートンといった科学の偉人が、どうしてヨーロッパに生まれたのか。

B君:それは、多分、こういうことなのでは。
コペルニクスは、天体を観察してみたら、天動説では説明できないという科学的事実が見つかった。そこで、「観察第一主義という科学的姿勢」を取った。天動説は、非キリスト教思想だった思うが、科学は、信仰とは次元が違う世界だということを見抜いたのでは。

A君:
コペルニクスの地動説は、実は、批判されなかったらしいです。なぜなら、「天体の回転について」が彼の死の直前に出版されたけれど、ほとんどの読者は、コペルニクスの理論を理解できなかった。その理由の一つが、コペルニクス自身は、5つの惑星の動きを完全に計算できていたが、その計算法が、著書には書かれていなかったのだそうだ。それ以外にもWikiには理由が書かれているので、是非お読みください。一つは、地球中心説が、カトリック教会の正式な教義であったことは歴史上ないことでした。ガリレオも登場しますので。

C先生:ちょっと脱線しすぎだ。まだ10ページ以上が残っている。

A君:了解です。
次の話題が、「日本の経済発展モデルは、なぜ、アジアの模範になったのか」。

B君:セン教授は、二つの理由があるという。まず、
一つ目が「日本がアジアの一国であること」。すなわち、文化的に近いこと。もう一つが、「国民の教育水準を高めれば、実際に社会や経済を良い方向に変えることができる。それは、短期間で実現可能である」ということを日本が証明したから、とのことだ。

A君:そして、
日本には明治維新なる歴史があって、その功労者は、やはり出来者達だったのも一つの理由という説明。例えば、木戸考允(志士時代の名は桂小五郎)は、「決して今日の人、米欧諸州の人と異なることなし。ただ、学不学にあるのみ」と述べたとのこと。すなわち、アメリカ人もヨーロッパ人も、同じ人間であり、ただ、学不学にすべての原因があると主張した。

B君:すなわち、教育が重要ということだよね。
明治維新の有力な人々が海外に留学して、その後明治政府のメンバーになったけれど、英語をどうやってマスターしたのか、それに興味があって、色々と探ってみたところ、やっと答が分かった。実は、その本をC先生から借りた。実は、「彼らは英会話の練習などはしていない。英語の本の長い文章をしっかりと読み込むということをしていただけだった」、ということ。それを繰り返しているうちに、極めて正式な英語を話すようになったらしい。

A君:
「要は正式の英語を大量に読むという努力が重要ということ」ですね。あるいは、「質も重要だが、量がさらに重要」ということかも知れない。ただ、英語を正しく発音できていたかどうか、それは、多少疑問。しかし、言語はなんでもそうだけど、多少発音が違っていても、多少アクセントが違っていても、ネイティブスピーカーは、確実に理解してくれる。我々だって、妙な日本語を話す外国人の話が理解できることと、同じこと。

C先生:この話題に関係がある本を長い間探していたのだけれど、やっと見つけたので、A君、B君には読んでもらった。

A君:その
本は、「日本人に一番合った英語学習法〜明治の人は、なぜあれほどできたのか」斎藤兆史著、祥伝社黄金文庫401です。平成18年(2006年)に書かれた本ですから、もう相当前になりますし、未だに、初版第一刷ですから、売れていないですね。

B君:最近、
日本の英語教育はこうなった。
 『これまで
小学校5年生からだった英語教育が、2020年には小学校3年生からスタート! 小学校3年生、4年生は「外国語活動」という体験型の英語学習が年間35コマ設定されます』。まあ、コロナの影響でこの通りできていない可能性が強いとは思うが。

A君:
日本の英語教育は、また失敗しそうな気がしますね。「英語に慣れる」ということが目的では、「英語が使える実力が付く」という目的とは違ったゴールになってしまう、と思う。

B君:この件は、重要だな。以下、
再度、整理して記述しておこう。
 
明治時代の偉人たちは、英語の長い文章を辞書を引きながら、じっくりと読んだ。これを繰り返しているうちに、文章自体を自然と記憶した。そして、それを口に出すことができる状況にまで実力が進化した。発音が正しかったとは思えないけど、音が妙な英語でも、英語圏の人々は、聴きとることができる。正確な英語を話そうとして、例えば、LとRの発音などができるようになると、むしろ話者が間違いを起こす確率が高くなる。どちらか分からないような中間的な発音でも、Native Speakerには、文脈から分かるので、誤解されることはない。

C先生:多分、諸君達の推測が正しいのではないだろうか。それはそれとして、その話題は、そろそろ終わりにしよう。インタビューアの次のような質問に対して、
セン教授の日本の人々への期待が、こんな風に述べられている
 まずは、インタビューアからの質問:
「明治時代の日本には、『欧米に追いつこう』という明確な目標がありましたが、今日の日本は目標を見失っているように思えます。日本はどのような国を目指せばよいのでしょうか」

A君:
セン教授の答「あの国のようになろう」、「あの国に追いつこう」といった考えは無用。明治維新当時の日本は明らかに遅れていた。「これ以上遅れたくない」という意識を持って一丸になって努力することは、国の成長にとって非常に有効だった。しかし、今、日本は、世界有数の長寿国です。すなわち、国民が長く生きられる国になる目標はすでに達成しました。これからは、「長く、快適に、安全に生きられる国にしていけるか」を考えるべき。日本は犯罪率も低く、弁護士の数も少ない。これは、国民の間で争いごとが少ない国であることを示している。これは、「人間の安全保障」という観点から見ても、素晴らしいこと。日本は、他国をモデルにする必要はありません。日本をどういう国にしたいか、それを国民が考え、それを実現していけば良いのです」。
 「地球上には、新たな問題が次々と発生しており、常に、革新的な解決策が求められています。特に、
地球温暖化を含む環境問題は、非常に大きな問題であり、そこに日本が新しいアイディアを提供することは意義のあることでしょう」。
 
「日本の教育レベルは飛躍的に向上しましたが、まだまだ伸ばせる余地があると思います」。

B君:それでは、続きを。セン教授「
日本は日本だけではなく、世界全体をよくする役割を担っていると思います。人々がもっと快適で、もっと安全な人生を、もっと長く生きられるような世界にするには、どうしたら良いか。それを日本が指し示していくべきです。GDPの成長率を高めることよりも、日本が目標とすべきことはたくさんあるのです」。うーん、すばらしい意見だ!!

C先生:この最後の言葉は、凄すぎるね。
日本人全体が、セン教授のこの思いにまともに答える必要があると思う。しかし、現状の延長線上にその実現ということがあるかどうか、個人的にはかなり疑問だ。例えば、日本の大学のレベルがどんどんと落ちていることも理由の一つ。以前に本サイトに書いた、中国の精華大学の研究評価の話のときにも述べたけれど、「より高いレベルを目指し突っ込んでやるのだ」、という彼らの姿勢は、どうみても、日本の学者よりも上だ。そこでも書いたけれど、黙っていても配分される予算の額が、精華大学あたりだと日本の国立大学(法人)のトップクラスの5倍以上であることも要因の一つだと思う。また、日本の旧国立大学だと、なんだかんだ色々と要件を満たすことが必要で、スピードが出にくいことが最大の問題かもしれない。兎に角、日本共通の難点が、事務が複雑すぎること。無用な仕組みが多いこと。後者の代表が、現時点までのマイナンバー。
 さらに、政府レベルで言えば、世界をリードする理念をしっかり発表する総理とそれをサポートする優れた官僚の存在が必須。過去を振り返れば、アベノミクスは、余りにも国内向きだけのメッセージだった。今後、首相になる人は、国際的なメッセージをもっと出してほしい。
 加えて、これほど
行政効率の低い国も世界的に珍しいのではないかと思う。しっかり、簡素化し、国家公務員に、もっと考える時間を強制的に与えたい。まずは、何が課題なのかを考え、そして、次に解決法を、十分な時間を掛けて考えて欲しい。
 いずれにしても、余りにも長く続けて来たが、「ハーバード大学の日本史教室の有名教授達が、日本をどのように見ているのか」、に関する特集が終了だ。次回から何を話題にしようか? 今、真剣に考慮中。