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  ICRPはなぜ信頼できるのか
    最近の質問とその回答 Part2 
  10.09.2011




 前回の続きです。質問とその回答です。ただし、質問も、その発言の通りということではありません。かなり変形しております。

 10月6日の夕刊によれば、文部科学省の放射線審議会の基本部会は、現在のように放射性物質が拡散した状況下での一般市民の被曝線量について、年間1〜20mSvの範囲で可能な限り低い値を段階的に設定するとの見解案をまとめたとのこと。

 これは、ICRPの2007年勧告を国内に適用したことに相当します。ICRP準拠の基準ができることは、歓迎すべきだと思われます。

 非常事態期においては、一般市民であっても、場合よって100mSv/年という基準を用いることもありうるというものがICRPの正式見解ですが、日本政府としては、それを1〜20mSvの可能なところとして、安全サイドにしつつ幅を持たせたことになります。この幅について、どのように理解すべきか、混乱を招かないコミュニケーションが重要でしょう。



 ところで、放射線リスクに関するNHKの放送(9月30日、食品中の放射線)を見ました。やはり、BSEのときのように、全数検査を要求するのがNHKの結論のように思えました。少なくとも、NHK論説委員の話のトーンからは、そう感じました。

 具体的には、全数検査して、内部被曝量が1mSv/年以下であることを示せということのようです。すなわち、今の暫定基準を1/5にせよ、という主張だと思います。しかし、本当の意味での全数検査は無理です。全数検査済みの食品のみを取り扱う店が増えることは、歓迎されるかもしれません。そのような状況になって、もしも、全数検査は無理だとして全数検査をしなければ、福島の農業・畜産業は壊滅するのではないでしょうか。場合によっては、栃木も群馬も茨城も宮城も。

 「それも当然だ、東電が補償すれば良いのだ」。これも考え方の一つではあります。しかし、今は、この2年間程度は、ICRPの言う非常事態だ、という認識を持つことは不可能なのでしょうか。例えば、2年間であれば、1mSv/年と5mSv/年が本当に違うのでしょうか。むしろ、このコミュニケーションが必要だと思いましたが、NHKの主張は異なるようです。

 最近、ある講演会でご質問をいただいたことがキッカケになって、福島県田村市在住の半谷輝己さんとFacebookでの情報交換ができるようになっています。半谷さんの見解では、放射線による直接的健康被害がでる可能性はかなりゼロに近いのに対して、「今回の事態で精神的うつ状態になる人が今後増加するだろう。チェルノブイリでもそうだった」。

 元長崎大学の山下俊一氏が福島県の放射線アドバイザーであったときに、「福島県は安全だ」と述べたとして、福島大学の教員有志からを始めとして、県に対し山下氏の解任要求が多数なされました。山下氏は、チェルノブイリでの状況をつぶさに観察してきた経験から、「本当の問題は、別のところにある。それは、精神的うつ状態になることだ。チェルノブイリではそれが現在でも続いている」、という主張をしたのではないかと思います。



 ということで、Q&Aに行きます。


W. 放射線リスクをどう見るか

質問1:ICRPを信用することは難しいです。なぜならば、学者の意見が一致しておらず、ICRPの基準は甘すぎるという人がいるからです。どうして、ICRPを信じることができるのですか。

回答:私自身、ICRPの主張の根幹をなすLNT仮説(後述)は、放射線のリスクを正確に伝達する際には障害になると考えております。

 それは、LNT仮説は、リスクを過小に評価しないための仮説で、言い換えれば、リスクを意図的に過大に評価するための仮説です。「放射線の防護、すなわち、平常時における管理のためには、放射線リスクの過小評価をしてはいけない」というICRPの立場は十分理解しているつもりですが、「ICRPの勧告では、平常時に関する勧告を現時点の福島県のような状態でも守るべきだと考え、不安を抱く人が多くなりすぎる」、と考えていたからです。

 無用に不安をいだけば、その人も、その周辺の人も不幸になります。リスク評価は、そもそも人々が幸福になるために行うことです。リスクコミュニケーションは、その目的のために行うことです。

 ICRPの平常時に関する勧告は、基本的に過大評価であり過ぎるために、これを元にリスクコミュニケーションを行うと、どうしても、人々を不幸にしてしまうように思えるのです。

 一方、ICRPの非常事態に対する勧告は、リスク評価そのもの伝達しようとしているように思えます。しかし、受け入れる人が少ないという問題があります。

 いずれにしても、なぜICRPの非常事態の勧告を信じるのか。この質問にお答えするには、かなり長い説明が必要になります。以下、いくつかの項目に分けて、説明をしたいと思います。


説明事項:
T.ICRPの見解の歴史的推移:
 ICRP(国際放射線防護委員会)の見解が、歴史的にどのように変わってきたかを知ると、信頼をすべき組織ではないか、と思えるでしょう。
U.意見を合わせないのが学者の本性:
 学者の意見は、どんなことがあっても統一されることはありません。その理由を説明します。
V.組織の成り立ち:
 組織には、その裏にどのような組織があるかを知る必要があります。




T.ICRPの見解の歴史的推移

1.使えるデータは、やはり広島・長崎のデータのみである

1−1.放射線障害の歴史

 人工的な放射線が人の健康に大きく影響を与えるようになったのは、1895年にレントゲンがX線を発見して以来である。自然放射線は存在していたので、それまでも、なんらかの影響はあったものと思われるが、19世紀末までは、生存にかかわる自然放射線の小さなリスクについて、関心が持たれることはなかった。

 マリー・キュリー(1867年11月7日 - 1934年7月4日)は、ラジウム、ポロニウムを発見して、ノーベル物理学賞・化学賞を受賞している。精製したラジウムなどからかなりの放射線被曝を受けたものと思われるが、実際には、ラジウムから発生したラドンをX線源のかわりに使い、第一次世界大戦での負傷兵の救護のために活動していたころの被曝が死亡原因だったのではないか、と考えられている。再生不良性貧血で66歳で死亡。

 現時点、天然物であるラドン222とその壊変物による被曝は、IARC(国際がん研究機関)の発がん物質グループ1「ヒトに対する発癌性が認められる」に入っている。

 日本の地層は比較的若いので、ラジウムの含有量は少なく、したがって、ラドン222への被曝量は少ない。地層が古いヨーロッパなどでは、ラドン222への暴露は、肺がんの重要な原因になっていると考えられている。

 さて、X線を過剰に被曝すると、皮膚がんが発症することは、X線が実用になってすぐに明らかになった。ドイツ人のヘッセは、1911年までに、X線によって発症した皮膚がんの症例を94件も集めていた。この件数は、広島・長崎の白血病の発症数よりも多いぐらいである。しかし、被曝量との関係が明確でなかったため、リスク評価のために使えるというほどのデータではなかった。

 しかし、どうみても「しきい値」があること、すなわち、ある量以下の被曝では皮膚がんが発症しないという値が存在するのではないか、と考えられていた。この考え方は1950年頃まで、放射線障害を受けた放射線科医や放射線技師の間で、繰り返し追認されていた。

 この「しきい値」をどのように評価に加えるか、これが放射線に限らず、発がんにかかわるリスク評価にとって、非常に大きな課題となっている。


1−2.広島・長崎の放射線影響の調査

 放射線のリスク評価の基礎となるデータは、結局のところ、広島・長崎のデータしかない。チェルノブイリのデータは、被曝量の推定が不十分なためである。

(1)広島の爆心地に近いところでの被曝者
 爆心地から500m以内での被曝者の多くは死亡した。それも当然で、500m地点での推定被曝量は20Sv(=20000mSv)にもなり、急性障害が発生することが確実だからである。

 JCO事故で被曝した3名の作業員のうち、2名は死亡しているが、その推定被曝量はそれぞれ16〜20Sv、6〜10Svであった。推定被曝量が1〜4.5Svの生存者も、一時白血球がゼロになるといった危機的状況であったが、骨髄移植によって退院できるまで回復した。

 広島・長崎の話に戻る。その後の調査によって、爆心地から500m以内に居たにも関わらず、生存者が78名いることが判明し、1972年から調査が行われた。
 その結果、
■1:被曝線量の平均は2800mSv
■2:1972年から25年間の死亡者数45名
■3:その平均寿命は74.4歳
 ちなみに、ゼロ歳平均余命(その年に生誕した人に期待される余命。徐々に長くなる傾向があった)の推移は以下の通りである。
  1975年:男71.8、女77.0
  1985年:男75.0、女80.8
  1995年:男76.7、女83.2

 しかし、このデータは、微量の放射線曝露の影響を評価するためには使えない。

(2)広島・長崎の環境からの放射線
 今回の福島事故とは違って、原爆が放出した強い中性子線への直接の被曝と中性子線の照射によって放射化した元素からの被曝量が多かったのではないだろうかと推定されている。その推定値は、
◇1日後:10mSv/hr
◇1週間後:10μSv/hr
◇1年後:0.1μSv/hr
 さらに、「黒い雨」を浴びて死者がでたという報告は確実性が高いが、半減期数時間〜数日といった不安定核種からの被曝だったのではないだろうか。ちなみに、黒い雨の「黒」の正体は、火災によって発生した炭素だろう。

 いずれにしても、広島・長崎の被曝は、今回の福島のように、セシウム134、137によって、何10年にも及ぶ被曝が問題になるケースとは違って、ヨウ素131による被曝よりももっと短時間での被曝、いわば、瞬間被曝に近かったのではないか。

(3)寿命調査
 1950年10月1日に登録した10万人強の人々を対象に、寿命調査が行われてきた。対象は、
 ◆被曝者 :82、000人
 ◆非被曝者:27、000人
である。

 1958年当時、放射線の影響は白血病であった。ICRPはこう述べている。「いろいろとなタイプの悪性腫瘍の中で、白血病はもっとも確率の高い結末である」。

 ちなみに、1975年までの白血病発症数は70例、1985年までで80例であった。

(4)遺伝影響調査
 寿命調査と並行して行われた被爆二世の調査で、死亡率調査、細胞遺伝学的調査、細胞生化学的調査を実施した。
 対象は以下の通り。
 ◆1:両親とも直接被爆(2000m以内)の子ども18946名
 ◆2:遠隔被爆した親(少なくとも一人が2500m以内)の子ども16516名
 ◆3:両親とも、広島・長崎以外の子ども(参照群)17263名

 その結論は、
 □1:遺伝的影響(=生殖細胞を経由しての次世代への影響)は見つからなかった。
 □2:生殖細胞への影響は被曝後6ヶ月から1年程度で消える
 □3:ただし、胎児は通常のヒトとして、影響を受ける。


2.ICRPの勧告の推移

2−1.ICRPの設立
 ICRP(International Commission on Radiological Protection)の歴史は古く、現在の前身は1928年に国際放射線医学会を契機に「園際エックス線ラジウム防護委員会(IXRP)」として生まれ、1950年に現在の姿になる。
 非営利の団体で、基本的には学者の集合体。特定の国や集団の利益のためではなく、真に人類の福祉の立場から科学的に考えようとする機関。しかも、相当安全サイドに立った判断をすることで信頼されている。
 今回の福島第一の事態で、ICRPの勧告を御用学者の集団だから信頼できないという評価を下す人、すなわち、内田樹氏の言ういわゆる情報難民もいるが、このICRPという団体の判断は、相当に安全サイドに立っていることは、きちんと調査をすれば分かることである。


2−2 放射線の人体影響にかかわる科学の進歩

(1)遺伝的影響について

 ICRPが発足したのが1950年。丁度そのころ、人類はDNAというものの実体を知ることになった。

 1953年、ワトソン、クリックによるDNAの二重らせん構造に関する発表があった。その後、宇宙の起源はビッグバンであるという仮説の提唱者である、物理学者ジョージ・ガモフの仮説を拡大して、1958年にクリックがセントラルドグマと呼ばれる考え方、すなわち、DNAが情報をRNAに与え、最終的にタンパク質の合成につながるという情報伝達ルートの提案を行なった。

 生殖細胞のDNAがもっている遺伝情報が放射線で損傷を受ければ、当然、遺伝的影響がでて、次世代に障害が発生する。この発想は、極めて自然である。

 実際、ショウジョウバエを使って突然変異を調べる実験によって放射線の影響が検討された。その結果、影響は「有り」で、放射線は突然変異に影響するとの結果となった。

 この結果に基づき、遺伝影響仮説というものが提唱された。「被曝した総線量に比例して突然変異が発生するが、どのぐらいの強さで被爆をしたかを示す線量率には無関係」という仮説であった。

 遺伝子レベルでこの仮説を表現すれば、 遺伝子がもつ情報は、塩基配列であるから、放射線によって塩基配列が破壊されることが遺伝的影響の本体である。したがって、仮説=「破壊される塩基配列の数は、総被曝線量に比例すると考えられる」、となる。

 哺乳類でも同じ結果になるのだろうか。ショウジョウバエをマウスに変えて、しかも、100万匹といった多数のマウスを使う実験=メガマウス実験が1951年から1965年まで行われた。その結果、(1)線量率を下げると、すなわち、弱い放射線に長時間被爆した場合には、突然変異発生率が低下する、(2)照射後、受精までの時間を長くすると、突然変異発生率が低下する、という結果となり、突然変異発生率は総被曝線量に比例するという仮説が揺らいだ。

 線量率を下げると突然変異発生率が低下することは、何を意味するのか。これは、哺乳類の有する遺伝子損傷の修復機能だろう。すなわち、長時間に渡る被爆では、その間に、破壊された塩基配列が修復されるのではないか。

 また、遺伝子に損傷を受けた生殖細胞は、自動的に機能を失っていくのではないか。このような理解に至る。

 ICRPは、様々な検討を加えた結果、1977年勧告で、次のように述べている。「過去約20年間に得られた知識からすると、遺伝影響は重要ではあるけれども、飛び抜けて重要ではない」。

 さて、遺伝子の傷は本当に修復されるのだろうか。ワトソンらのDNA構造の発表のわずか3年後の1953年、米国のアーサー・コーンバーグは、DNAポリメラーゼという酵素を発見している。当初、この酵素は、DNAを合成する酵素であると考えられていたが、実は、DNAポリメラーゼには何種類もあって、コーンバーグが発見した酵素は、今では、遺伝子の傷を修復する酵素であったとされている。


(2)発がんへの影響

 ヒトの寿命が延びるにしたがって、がんが死亡原因として重要な地位を占めるようになってきた。発がんとDNAとの関係が徐々に明らかになり、細胞のDNAがもつ遺伝情報が正しくないと、細胞分裂時にがん細胞に変化する可能性がある。通常、遺伝子情報が正しくないと、その細胞は分裂しないで、自殺(アポトーシス)を起こすのだが、がん抑制遺伝子の働きが十分でないと、突然変異によってがん細胞になる。
 
 がん細胞は、ヒトの免疫機能に1つであるナチュラルキラー細胞によって捕食されることもあるが、ある程度まで増殖すると、それ以後は抑えが効かず、一方的に増殖することになる。

 要するに、ヒトには何種類もの防御システムが整備されているのだが、その防御網をすり抜けたものが、死につながるがんになる。

 いずれにしても、DNAのもつ塩基配列という遺伝情報に傷があることが、がんの最初の段階であることは確かである。

 このような理解から、遺伝的影響の次に問題となったことが、放射線の影響による発がんであった。

 DNAの塩基配列はどのようにして壊されるのか。それは、ラジカル、特に、活性酸素と呼ばれる酸素とその化合物が犯人である。活性酸素は、紫外線、放射線、化学物質などによって、体内に発生する。

 これらの原因によって、少しでも塩基配列に損傷を受ければ、がんになる可能性がでてくる。

 この「少しでも」を考慮すれば、1−1の放射線障害の歴史のところで述べた、「しきい値」は存在しないと考えることになる。

 しきい値は無いと仮定したとき、塩基配列の傷の数は、発生した活性酸素の数と比例していると考えるべきだろう。活性酸素発生数は、紫外線や放射線の量と比例しているだろう。これがもっとも簡単な仮説である。

 このような単純化した仮定を組み合わせ、「比例」=Linearと「しきい値なし」=Non-Threshold、すなわちLNT仮説というものが作られた。

 「少しでも損傷があれば、必ず発がんにつながる可能性がある」、これがLNT仮説の表現の1つであり、しきい値仮説、すなわち、「DNAの傷の修復する能力があるので、多少の傷なら直る。これがしきい値が存在する理由である」と対極をなす仮説である。

 ICRPは、1965年勧告で次のように述べている。

 「われわれは、しきい値が存在しないという仮定、および、完全に線形であるという仮定は正しくないかもしれないことを知っているが、この仮定によって放射線のリスクを過小評価をすることになる恐れはないことで満足している」。

 すなわち、ICRPはLNT仮説が過大評価であることを認識している。


(3)LNT仮説の安全度

 LNT仮説は、リスクを過小評価しないために取り入れられている。どのぐらいの過大評価になっているのだろうか。

 LNT仮説よりも現実に近い立場にあるのが、しきい値仮説であり、これは、ヒトがDNAの傷の修復能力があることに根拠をもっている。実は、DNAが傷を受けることは日常茶飯事である。

 現在、地球上で生存している生命は、大気中に存在する酸素を活用することで生存できている。大気中の酸素は、実は、有機物でできている生命にとって、有害物である。実際、地球の大気に酸素が無い時代の生命のなごりである嫌気性細菌にとって、酸素は最大の毒物である。

 哺乳類は、酸素を呼吸することによって、圧倒的な活動力、すなわち、速く動くことができるようになった。速く動くと餌などを獲得する場合や、自らを守るために有利なので、酸素を大量に使う。この酸素を獲得する方法が呼吸である。この酸素呼吸のために、すべての細胞で、1日で5万から50万ほどの塩基配列が壊されている。これでも生命が維持でき、それなりに発がんを抑えこむことが可能という不思議な状況が毎日起きているのが、哺乳類というものである。なかでも、哺乳類、中でもヒトは、非常に高度な防御システムを持っている。

 しかし、残念ながら、60歳をすぎるころから、発がん抑制能力は徐々に失われていく。そのため、老齢化すると、発がんする確率はどんどんと増える。

 塩基配列で表現される情報が狂うことは、外的要因によるだけではない。細胞が分裂するときに、DNA情報がコピーされるのだが、そのコピー機能がそれほど正確ではなくて、大体10万分の1ぐらいのエラー率であるため、塩基配列が自然に壊れてしまう。

 ヒトのDNAは30億塩基ぐらいの情報量である。これが2セットあるので、エラー率が例え10万分の1であっても、新しい細胞を作るときには、6万塩基ぐらいの情報のコピーミスが起きる。

 どうやら、それでもなんとか生存できるように、情報に冗長性を持たせており、また傷の修復能力もあり、そして、免疫システムによる最終ラインの防御機能を備えているのが、哺乳類であり、特に、ヒトという生物である。

 このように、LNT仮説は、非常に安全サイドの評価をするように作られた仮説であって、放射線防護・管理で、わずかな被害がでないように100%配慮されたものだとも言える。


(4)ICRPはさらに安全サイドの勧告へ

 ICRPは、安全サイドの評価を行うことを使命としている組織である。そのため、勧告がでるたびに、さらなる安全側へと動いてきた。

 1977年勧告では、LNT仮説をあてはまる影響を「確率的影響」と定義し、管理用のツールとして使うことを確定した。

 1990年勧告では、被曝量1Svあたりの発がん死亡リスクを高めに再評価した。すなわち、1977年勧告では、発がんによる死亡リスクは、1Svあたり125/10000としていたが、1990年勧告では、500/10000と4倍にした。

 その理由であるが、1950年から1975年のがんの過剰発生数は135例であったが、1950年から1985年では260例になった。すなわち、1975年からの10年間で、1950年から25年間の発症数の2倍になったためである。

 さらに理由がある。中性子線被曝の量の補正を行った。理由は、日本のように湿度の高い空気は、中性子線の吸収が大きいことが分かったからである。要するに、大気が中性子線をより多く吸収したため、当初の予想よりも中性線の被曝量が少なかった可能性がある。これが本当であれば、ICRPの信念である、「リスクを過小評価してはいけない」に反している可能性があるため、修正した。

 さらに、1990年勧告でモデルの変更を行った。それまでは、発がんの自然発生率に放射線による発がん率を加えて評価をしてきた。例えば、自然発生率が1000人に対して300人が自然発生率とすれば、もしも1Svの被曝での発がん率が1000人に対して50人であるので、350人という考え方であった。これを相加予測モデルと呼ぶ。

 相加予測モデルを一般公衆に適用し、0歳から一生に渡って、毎年1mSvから5mSvを被曝したとして、LNT仮説を適用すれば、積算される被曝量に比例して発がん率は上昇することになる。一般公衆の場合に、放射線による発がんで死亡する確率(年リスクと呼ぶ)が1/10000であれば許容されると仮定する。5mSv/年の被曝量の場合に、50歳になったときに、この年リスクが丁度1/10000になる。そのため、相加モデルであれば、5mSvが公衆の基準値になった。

 これに対して、1990年勧告では、相乗予測モデルを採用することにした。それは、自然発生による発がん率が、放射線の被曝によって、一定倍増加するというモデルである。それには、年齢を考慮しなければならない。なぜならば、年齢とともに、自然発生の発がん確率は上昇するからである。

 一般公衆の場合には、このような仮定を置くことによって、1mSv/年の被曝でも、65歳になると、年リスクが1/10000になると算出されるようになった。

 そのためもあって、公衆の被曝を1mSv未満にすることを目標とする基準が作られた。

 相加モデルと相乗モデルは、発がんのメカニズムであるDNAの塩基配列の損傷から考えたときに、どのように違うのだろうか。相加モデルであれば、LNT仮説、すなわち、修復機能がないために、放射線によって生じた損傷が蓄積するだけで、決して減少しないと仮定すれば、このような相加モデルで良いと思われる。

 相乗モデルはどのような仮定なのだろうか。年齢とともに自然発生の発がんが増える理由は、人体のもつがんを抑制する機能が劣化するからだと考える。そのため、放射線によって生じた塩基配列の損傷は、修復機能が無いと仮定するLNT仮説のために蓄積されると考え、その蓄積された損傷が発がんに至る可能性は、年齢によって抑制機能が劣化しているのだから、同じように増加するという仮定であると考えることができる。

 塩基配列の損傷が修復されないという仮定すると、すでに述べたように、酸素を呼吸することによって大量に生成する損傷と、細胞分裂のたびに生じてしまうコピーミスによる損傷も同量ぐらいであるため、すべての人は、数歳までに発がんをするだろうと考えられる。

 しかし、ICRPは、決して過小評価しないことを目標とする組織であるため、このようなリスク評価を行なっている、と考えられる。


図 相加モデルと相乗モデルとの比較


(5)ICRPの低線量被曝の評価

 1990年勧告では、「何年もの期間にわたり放射線を被曝した場合、約500mSv以下の線量では、重篤な影響は起こりそうもない」。

 この記述の根拠と思われるのは、例えば、インド、ブラジル、中国、イランなどの天然放射線が強い地域での疫学研究に基づいているものと思われる。

 例えば、インドのケララ州では年間平均3.8mSv、イランのラムサールでは年間10.2mSv、中国の陽江では年間3.5mSvの自然被曝がある。

 陽江の影響については、京都大学の菅原努教授の疫学研究があり、総被曝線量が400mSvを超す82名については、発がんの相対リスクが対照群の0.66と、相当に低いことを明らかにしている。

 このデータは、ICRPが採用しているLNT仮説とは全く合わない。

 この理由であるが、やはり、DNAの塩基配列に損傷を受けても、修復機能が働いているということを証明しているためであと考えられ、さらに、恐らく疫学調査によって、無料検診を受ける機会が多いことも寿命をのばす方向に影響しているものと思われる。

 実際、放射線従事者の寿命は、その許容被曝線量が公衆の場合よりも高いにも関わらず長い。それは、年に複数回の健康診断を受けているためと思われる。

 しかしながら、、2007年勧告では、次のようになっている。これは、広島・長崎のデータを再度解析することによって、125mSvまでの被曝については、放射線被曝によって、臨床学的に意味のある機能障害を示したとする論文が提出されたからである。

2007年勧告は、そのため次のようになった。
 「吸収線量が約100mSvの線量域まででは、臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない」。

                                                 以上


 この最後の文章が現時点でも有効な見解です。そして、非常事態における一つの基準になっています。非常事態であれば、そして、その非常事態が速やかに終わるのであれば、最初の1年は100mSvまでの被曝を受けても、その後の被曝をある程度に抑えることができれば、臨床的に意味のある機能障害を示すことはないという見解になります。

 しかし、今回の福島のように、1年間で被曝が終わって、それ以後はほぼゼロになるという状況ではないとし、今年1年の被曝量は20mSv程度で抑えることが望ましいかもしれない。そこで、これが日本国政府の統一見解として出されました。

 そして、食品の基準は、暫定基準として、そのような食品を食べ続けたとして5mSv以下になるように設定されました。


質問:大体分かったような気がしますが、ECRRといった組織は、民間組織のようですが、ICRPの見解に対して、かなり違ったことを述べているようです。それはなぜでしょうか。

回答:それはすでにリストアップしたことですが、2つの要素があるものと思っています。

U.意見を合わせないのが学者の本性:
 学者の意見は、どんなことがあっても統一されることはありません。
V.組織の成り立ち:
 組織には、その裏にどのような組織があるかを知る必要があります。

 以下説明します。


U.この問題の本質と学者の本性

 「意見を合わせないのが学者の本性:学者の意見は、どんなことがあっても統一されることはありません。

 2007年の勧告「吸収線量が約100mSvの線量域まででは、臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない」であって、これは、判断されない、と記述されている通り、証明されていることではないのです。

 気づいて居られないかと思いますが、自然科学というものは、「XXXが無い」ということは証明することができません。証明できることは、「○○○はある」ということだけです。

 一つ極端な例を用いて説明をすれば、「この世の中にお化けはいない」ということは科学的に証明できません。「現時点での科学技術の検出感度が低くて、そのうち、検出できるようになることが確実だが、今は、検出できないだけだ」、という理屈を打ち破ることはできません。

 科学というものは、そのような限界をもったまま進化してきたのです。

 これ以上分割できない物質の最小単位を原子と呼ぶ、ということで化学は進化してきましたが、その後、物質の最小構成単位は陽子、中性子、電子などだということになりました。今では、クォークであることになっています。

 このような状況があるため、その時代時代で、大部分の科学者は、「現時点で検出できないことは、無いことである」、という判断を下すことにしてきたのです。上記のICRPの「判断されない」という表現が、それです。

 ところが、このような態度を取らない科学者が居ます。反ICRPのスタンスを取る科学者もその一例です。場合によっては、自称科学者かもしれませんが。

 ICRPの委員などの一流の科学者は、自然科学の限界を充分に分かっていますから、自らとは違った判断をする科学者達に反論しないのです。なぜ反論しないのか。それは、いわゆる神学論争になって、不毛の議論をするだけに終わるからです。

 現時点で、日本においてECRR流の主張を繰り返している学者は、自らがICRPのような一流の組織の一員になれないもので、反ICRP的発言によって、自己主張をしているのです。それを採用して同様の主張をしているジャーナリスト的な人々(学者?)も多いのです。


V.組織の成り立ち:

 「組織には、その裏にどのような組織があるかを知る必要があります」。

 ICRPの歴史とこの組織を支配している原理原則の説明をしました。要するに、放射線の管理を行うとい立場から、リスクを決して過小評価しない、という堅い決意に基づいて勧告を行なってきた一流の学者からなる組織です。

 ところが、「このICRPは各国御用達の御用学者だ」という判断をする人達が居ます。しかし、それは間違いでしょう。原発推進派にとっては、ICRPはむしろ目の上のタンコブ的な存在だったと思います。放射線のリスクについて、どんどんと厳しいものを勧告してきたからです。原発推進派は、迷惑だと思うと同時に、ICRPの基準に従っていれば、責任回避ができると思っていたかもしれませんが。

 これに対して、このICRPの勧告、特に、非常事態における勧告を別の意味で迷惑だと思っている人々がいます。それは、反原発団体です。反原発団体にとっては、放射線は有害であればあるほど都合が良いのです。

 今回の事態でも、福島の人々が放射線を過度に恐れ、過剰な対応をし、結果的に安住の地を失うと同時に、精神的に不安定になればなるほど、反原発の勢いは増すと考えているのです。反原発という自らの主張のためには、福島に神経症などの被害者ができるだけ多くなることが、都合が良いのです。自分勝手な態度だとしか言えません。

 放射線のリスクを正しく理解できないような一見科学風のデータを作ることを使命と考えている一群の学者がいて、ECRRを構成しています。その母体は、ドイツではシュレーダー政権にも参加していた緑の党です。ECRRは、European Committee on Radiation Riskですが、欧州評議会、欧州議会、あるいは、国際連合などの機関とは全く無関係な私的機関です。

 ECRRは、主として、放射線によって健康被害が出た、として裁判に訴えている原告の支援をしています。

 ECRRが市民団体であることは事実です。単なる市民団体が、各国政府やWHOなどの国連機関が黙って従うほどの権威のあるICRPよりも信用できる、という判断ができるのはなぜでしょうか。不思議です。

 そのECRRも、100mSv以下の被曝については、ICRPとほぼ同様の考え方をしています。要するに、「100mSv以下の被曝は、臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない」ことには同意しています。しかし、外部被曝よりも遥かに多い内部被曝が同時に起きるため、ずっと多くの放射線に被曝することが実状だ、という独特の解釈によって、被害が出たという主張をしているのです。

 今回の福島の場合には、新聞報道(例えば、朝日新聞9月13日)がなされているように、浪江町2483人、飯舘村625人、川俣町山木屋地区213人など4〜19歳2600人を含む合計3373人について、内部被曝量をホールボディーカウンターで検査した結果によれば、浪江町の7歳男児と5歳女児が2mSv、浪江町の5〜7歳児5人が1mSv、他はすべて1mSv以下でした。

 このような報告を読めば、内部被曝に対して、福島では、チェルノブイリとは全く違う適正な対応が取られつつあると考えて良いでしょう。

 この新聞記事を事実として信じることができる人は、過度に神経質になって神経症を病むようなこともなく、その子どもの発育も適正なものになるでしょう。

 この記事をを国家謀略説で理解する人々の解釈を鵜呑みにすれば、単に、不幸になるだけでしょう。

 最後になりますが、文部科学省の放射線審議会基本部会が採用したICRPの勧告とECRRの意見とを図で表現するとどうなるだろう、と考えてみた図を次に示します。


図 ICRPによる緊急事態期における被曝量の上限とECRRの考え方を図示してみたもの。