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  幻の水素社会という本 04.02.2005



光文社ペーパーバックス、54巻、「幻の水素社会 環境問題に踊らされるピエロたち」、藤井耕一郎著の書評である。

このシリーズは、表紙にいろいろと文字が書かれているが、
「もういい加減に目を覚ませ」、
*地球温暖化は環境問題ではなく政治問題、
*京都議定書で見事にはめられた日本、
*クリーンエネルギーという幻想に騙されるな、
*燃料電池、エコカーは未来を救えない?

といった文字が見える。


C先生:環境問題は政治問題であるという論調は、例のロンボルグ本もそうなので不思議なことではない。この本は、「水素社会」の可能性について批判的に述べてあるのだろう、と思って買ってみたが、実は、その部分は全体の半分以下。むしろ、温暖化問題などは政治問題で、しかも、日本政府の無能のお陰で見事にまで負け組になった、という主張をしている本のようだ。その無能な政府が、「水素社会」などという幻想をばら撒いている、という主張も勿論あるにはあるが。

A君:水素社会の実現が地球温暖化の解決に鍵である。水素社会になれば、環境問題もエネルギー問題も一挙に解決する。などといったとんでもない印象を与える報道や書物に比べれば、まだ良いかもしれませんが。

B君:この手の本が言うように、まあロンボルグ本も同様なのだが、負け組になってしまったことは、見方によってはそうかもしれない。それなら、日本国民として何をやるべきなのか、という提案が全く無いのが通例で、この本についてもどんな提案があるのか、と探したのだが、見つからない。

A君:確かに。「おわりに」で、これまた何を言いたいのか分からないのですが、こんな記述になっています。
 もし、本当に、真剣に「地球を救いたい」なら、いますぐ、排気ガスを撒き散らすクルマに乗るのをやめ、バカ高いエコカーに乗り換え、さらにいずれは実用化される「水素カー」をいの一番に買うべきだろう。
 と書いていますから、地球環境負荷を下げるには、こんなことが効果的であることは分かっているようです。
 しかし、本人は、次のような生活をしているようです。
 私は、今日もまた、環境にはまったく配慮しない生活を送っている。化石燃料を燃やしてつくられた電力でパソコンを動かし、タバコを吸いながら原稿を書いている。そして、時に大酒を飲んでゲップをするから、二酸化炭素を人より多く排出していると思われやすいが、自家用車を持っていないので、ほとんど気にしていない。

B君:牛の場合、ゲップはメタンガス。人間は、食べたときに一緒に飲み込んだ単なる空気ではないか。それはそれとして、負け組という言葉が何回も出てくるが、まず、勝ち組が進んで「地球を救いたい」と思い、そのような行動をすべきで、負け組は、これまでの生活を続ける以外に方法は無い。これが主張なのではないか。

A君:でも、この人、余りそうはなりそうもないのですが、もしもこの本がめちゃくちゃ売れたら、きっとベンツのEクラスぐらいは買いそうですよ。きっと。そのような希望を持つことが自然であり、クルマといえば、ハイブリッド車しか買えない事態は異常だ、と言いたいのでしょう。

C先生:最近、日本でも年齢に関わらず勝ち組・負け組の差が大きくなってきた。今日も、ドイツ帰りの荷物を抱えて駅でタクシーを待っていたら、ベントレーのコンチネンタルGTなる車を30歳ぐらいの男女が乗り付けて、かなり強引に迷惑駐車。女性はルイビトンのキャスター付トランクをもって駅に歩いていった。新車価格2000万円。12気筒6Lのエンジン。典型的勝ち組に見えた。このような人たちが環境行動を取るとは思えない。しかし、米国だと、デカプリオがアカデミー賞の会場にプリウスで乗りつけ、これが「クール」ということになったようだ。

A君:最初から結論は何かといった議論をしているようですが、一応、最初から若干の説明をします。
 まず、取り上げられたのが、「温暖化」。これは、「煽られている」のだ、というのが藤井氏の主張。

B君:科学的に見て、その解釈はいまや時代遅れ。温度上昇の予測値について不確実性が高いのは確かだが、温暖化ガスが増えることによって、地球は多少なりとも温暖化すること自体は確実だと言える。そして、大気中の温暖化ガスの濃度は増えていることは、事実である。

A君:一時期、地球側のなんらかの理由で(太陽にも原因があることは確実だが)温暖化して、それに見合った二酸化炭素濃度になっているのだ、という主張もありましたが、最近では、その議論は余り聞きません。現時点での二酸化炭素の濃度上昇が、温度上昇を引っ張っているという理解以外、解釈として難しいからでしょう。

C先生:温度上昇の予測値が不確実だ、と言うが、それは未来予測に関わることなのだから、100%確実ではないことは当たり前。しかし、そもそも、この世の中に100%確実なことなどあるのだろうか。さらに、100%確実でなければ、努力することは無駄なのだろうか。歩道の無い車道を歩くとき、クルマにはねられる可能性は、多少注意をすれば減らすことができるだろう。いくら注意をしても、100%事故にあわない訳ではないから、注意をするのは無駄だ、というのが、温暖化に対する藤井氏の論理に近い。

B君:いくら注意しても事故にあう可能性があるから、歩道のない道路は自動車を通行禁止にしよう、というのが乱用型予防原則。

A君:次が京都議定書。これは政治の産物であると主張。このことは事実ですから、それをいくら問題にしても仕方ないことなのですが。

B君:ただ、ナイーブに京都議定書によって温暖化が防止できると思っている人が居ることも事実。

C先生:日本が各国に見事にはめられて、負け組になったというのが主張だ。例えば、ヨーロッパ諸国は、石炭を天然ガスに変え、使用エネルギーを増やしつつ、二酸化炭素の排出の削減が可能だった。日本はもともと効率の高いエネルギーシステムを使っていたので、そうは行かない。となると、二酸化炭素の排出を制限すると、経済的規模の縮小を伴うから、これは反対。というのが日本経団連などの主張。
 しかし、ヨーロッパ諸国の場合、たしかに石炭の使用量を減らし、そして二酸化炭素の排出量を下げた。しかし、それに成功したイギリスでは、2050年までに二酸化炭素排出量を60%削減する、といった極めて先進的な目標を出してきた。これを実現するには、社会変革を根本的に考える必要がある。もしも、英国にこれを本気でやられてしまうと、英国の産業活力が大幅に復活する可能性がある。一方日本はどうか、と考えると、心配になってしまう。

A君:京都議定書の場合、例えば、ロシアは排出量取引で大金を儲けて、それで逃げ出す可能性が強いとか、カナダもそのうち離脱するだろう、とか。これらは可能性として否定できません。だから、日本も離脱を検討すべきだ、となると、これは怪しい。なぜならば、元環境庁長官の大木氏の談話の中で語られているように、京都議定書は、もともと不平等条約。というか、不平等であるから意味がある条約。しかし、それは考えようで、逆不平等条約と考えるべきです。すなわち、削減の枠組みに入れるのは、成熟した社会を持つ先進国であることの証拠ですから。

B君:その通り。米国社会は未成熟だからまだ、京都議定書に入らない、と考えるべきだ。経済力・軍事力はあるものの、一般市民の世界観がどうかとか、地球観がどうかとか、ということになると、米国は偉大なる田舎国だから。

A君:ブッシュに投票したのは、パスポートを持っていない米国民だった、という笑い話のような本当のような話がありますからね。

C先生:日本は京都議定書で負け組だという主張だが、見かけ上負け組なのだが、これを克服する努力をすれば、世界最強の省エネ技術が生まれる可能性が日本という国にはあって、世界をリードできる。かなり高いハードルが与えられたと思えばよい。環境税も、このハードルを如何越すか、しかも、技術的な開発を進めることによって、どこまで高く飛び上がれるか、という観点から用途を決めるべきだ。単に、結果的な価格上昇によって、化石燃料の消費を減らすために導入するという考え方は効果的ではない。

A君:ロシアに排出量取引でいくら支払うことになるのか。藤井氏は、ロシアの余剰枠は30億トンあって、それで「兆」と評価しています。日本が必要となる枠は、1億トン以下。もし「兆」が3兆だとすると、1000億程度以下。

B君:わずか1000億円だとしても、これをロシアに払ってしまうのは、非常にもったいない。現在、大学の基礎研究が依存している科研費の半分ぐらい。これを企業と大学との広義の省エネ研究に振り向ければ、かなりの成果がでるのでは。

A君:広義とは、例えば、高強度材料の開発のように、車の軽量化に寄与できるといった基盤的材料開発や原理的開発のような基礎研究的なものもを含む。

C先生:ただし、2013年以降に排出量削減の借金を持ち込むことになるが、その覚悟が必要。その方が最終的なメリットがあるのではないかと思う。

A君:次が、「温暖化するとなぜ悪いか」。デイ・アフター・トゥマローの話が出てくる。これは極めて有名になってしまいましたが、温暖化が引き金になって寒冷化するいう話。歴史的にも1万年ほど前には実際に起きていますからね。

C先生:ただし、その時代は、まだ氷河期が終わってから数1000年という時期なので、地球上には氷河が相当量残っていた。現時点のように、氷河がほとんど消えた時代では、温暖化が引き金になって山岳氷河が溶けて、海に流れ、流れ込んだ淡水のために海水の表面の比重が下がり、メキシコ湾岸流が海中に沈みこむということは起きないだろう。

B君:現代流の説明は、北極海の氷が溶けて、淡水が北大西洋に流れ込み、それが原因でメキシコ湾岸流の流れが変わるというもの。

C先生:その説は、まずあり得ない。なぜならば、北極海の氷の量は温度変化に対して可逆的だからだ。もしも寒冷化が進行すれば、また氷が増えるだけ。そして、元に戻る。だから、もしも寒冷化が誘発されるとしたら、溶ける氷河は山岳氷河でなければならないのだ。

A君:そのあたりの話は、この本では全く触れられていません。そして、次が「世界が100億人の村だったら」という変な章になります。地球上での有限な資源の配分を議論したかったみたいですね。

B君:化石燃料に限らず、地球上の資源は有限だ。

A君:そして、石油資源は、今後、どんどんとイスラムの世界だけで産出する資源になる。イスラム世界と現在のアメリカ中心の世界とは、果たして平和に共存するか。それが問題。

B君:イスラム圏には、石油は本来イスラム国家とイスラム人民のためなのに、西洋石油資本がその利益を独占しているという思いがあるだろう。

C先生:石油供給がピークを迎えるのは確実だ。イスラムのエネルギー支配はこれまた確実。ここで水素が他の世界の人民のエネルギーになるというジェレミー・リフキンの主張を引用している。

A君:ジェレミー・リフキンは、「エントロピーの原則」などの著書で知られるジャーナリスト。この本で引用されている文章は、次のようなものです。

 『イスラム教は、若い世代の間での復興が著しく、それとともに石油はイスラム世界の影響を受け、政治の道具にされつつある。これがキリスト教と西洋を空いてに1500年にわたって繰り広げられてきた対決の歴史の、最新の章なのだ。歴史のなかでイスラム世界は、勝者にも敗者にも、支配者にも被支配者にもなった。しかし、20世紀の大半は、西洋の列強の手にかかって、敗北と屈辱の思いだけを味わってきた。そんな大勢のイスラム教徒にとって、地球で最後に残る埋蔵石油を支配する時代の到来は、借りを返す好機なのだ。世界的イスラム国家を国際社会に押し付け、イスラム教変更のグローバル化を画策している若い世代のイスラム原理主義者たちが、サウジアラビアなど湾岸の産油国を牛耳るようになるというのは、西側諸国やエネルギー企業、国際ビジネス社会、そして消費者にとっては、考えただけでぞっとする話だ。』

B君:イスラム圏にとって、石油生産がピークを迎えて、事実上枯渇するまでの非常に短い期間、多分80〜100年が、エネルギーによって世界を支配するチャンスであるのはこれまだ完全なる事実。

C先生:リフキンの主張が妙なことは、後ほど議論されるだろうが、石油依存をできるだけ避ける社会構造を構築しておくことは、非エネルギー生産国にとって最大の国家戦略だ。その意味では、石油をやはり枯渇の危険性が高い天然ガスに切り替えるのではなく、石油を石炭に戻すこと、さらに、再生可能エネルギーへの依存を増やすことは必須だろう。

A君:その後、また、勝ち組、負け組の話になります。ブッシュ大統領がイラクへ侵攻すると同時に、水素自動車の開発に強い意欲を示している姿勢と、「ネオコン」と呼ばれるタカ派に取り囲まれているブッシュ大統領の本当の目的は、「金持ちを太らせ、貧乏人を飢えさせる革命」を目指しているのだ、というポール・クルーグル教授の指摘を紹介していますね。

B君:水素自動車を推進している日本。15年後の2020年までに燃料電池車を500万台にするという計画を発表している日本の行政、これはブッシュの味方で、勝ち組をますます勝ち組に、そして、負け組をもっと負け組にするだけ、という主張だ。

A君:しかし、産業界も、水素に依存できれば、新しい商売だとこれまでは賛成に回った。新聞も、温暖化問題は水素で解決可能だと、大々的にキャンペーンを打った。しかし、最近になって、この仕組みに気がついたのか、水素燃料電池車の未来が怪しいという記事がでるようになった。というところで、いよいよ本題の「幻の水素社会」の話になります。

B君:しかし、ここでの話しは余り面白くない。唯一面白いのは、前出のジェレミー・リフキンと、ドイツの持続可能エネルギーの権威、ヘルマン・シェアーが水素と太陽を巡って対決していることを紹介するところだけ。

A君:この部分については、ダイムラークライスラーのHPに日本語訳があります。
http://www.daimlerchrysler.co.jp/environment/report2003/mag03.html

B君:ヘルマン・シェアーの主張は、「再生可能エネルギーが重要。水素はエネルギーを分散貯蔵する10通り程度の方法の一つに過ぎない。すぐ利用できる再生可能エネルギーは、直接消費されるべきだ」

A君:極めて正しいですね。この話の後、アイスランドの水素社会の話がでてきて、水素が使える可能性があるのは、アイスランドだけと常識的なまとめになって、各国の水素への対応を多少説明しています。

B君:ドイツでは、BMWが液体水素を燃料として考えているという紹介がありますが、それに対する批判が弱いですね。

A君:この著者は、自然科学出身ではなかったですか。いや、予備校で理系論文の講師をしていたという紹介だけか。

B君:後で話をまとめてしよう。少なくとも、科学・技術の根本的なところの理解が余り十分とは言えない。

A君:それでは、ここで液体水素がどうして駄目かという話をしますか。
(1)20K(マイナス253℃)という超低温であり、液化に相当なエネルギーが必要。
(2)単位体積あたりの水素原子の数が少ない(同一体積のガソリン中の水素原子の方が多い)。
(3)余りにも低温であるために、常に蒸発する。蒸発した水素は、タンクを高圧にしないために、外に放出する必要がある。
(4)となると、水素エンジンのBMWを買って、満タンにしたまま1ヶ月乗らなかったとすると、1ヵ月後には水素が蒸発してしまって、無くなっている可能性が強い。
(5)だからといって、高圧容器に入れると、20Kという低温のために金属材料がもろくなって、破壊される可能性が高い。現状の材料の限界により、高圧容器はまだ常温用である。
(6)そのため、常に蒸発した多少の水素を放出する必要があって、ヘタをすると爆発する危険性がある。

B君:などというと、余り技術に強くない人は「技術的に解決すれば良い」、と思うだろう。

A君:電機系の企業などはそう思うようですが、自動車系の企業も同様でしょうか。

B君:コンピュータの能力だと、これまで比較的目標通りに進歩させることが出来たからな。しかし、材料とか触媒とかいった分野は違う。すでに相当長い歴史に基づいて開発をやっている。だから、まさに歴史的なブレイクスルーができないと、どうにもならない問題が多い。そして、そのようなブレイクスルーは、それぞれの分野で数10年に1回程度しか起きない。しかも、それが起きるのは、依然として、相当なる幸運というものに恵まれたときだけ。白川先生のノーベル賞も、秋光先生のMgBの超伝導も、そのような幸運に恵まれた。

A君:勿論、幸運に恵まれるのは努力と集中力があって初めて起きる。

B君:いずれにしても、液体水素貯蔵を対象とした金属材料の研究は、NEDOがやっていたが、一定程度の成果を得てすでに終了し、水素雰囲気での材料の安全性の研究へとシフトしてしまった。このシフトは、液体水素の形での水素貯蔵が余り可能性が無くなった、という研究者の感触によるのではないか。

A君:そんな訳で、ヘルマン・シェアー氏は、水素によるエネルギー貯蔵ではなくて、例えば、圧縮空気などといった方法によるエネルギー貯蔵を考えていて、水素は単に一つの候補に過ぎないとの立場を取っているのです。

B君:エアカーと呼ばれるようだ。こんなページもある。
http://www.theaircar.com/
http://auto.howstuffworks.com/air-car1.htm

A君:本当に実現できるか、それは多少疑問。取り合えずなら、電気自動車の方が良さそうですよね。

B君:都市内交通なら、電気だろうが、圧縮空気だろうが、比較的短距離しか走らない車をカーシェアリングシステムと組み合わせて使うことで、化石燃料の消費をかなり減らすことと、大気汚染から逃れることができる。

A君:それには、自治体がある方針を示す必要がありますね。まず、通常の車の違法駐車の徹底取締り。ただし、化石燃料を使わないカーシェアの車だとただの駐車場があって、そこには、エネルギー供給用の設備も備わっている。

B君:それができれば、都市のヒートアイランドもかなり大幅に減らすことができる。

C先生:圧縮空気車のような新しい技術は、まだ誰も真剣に改善しようとしたことが無いので、確実に進歩が可能。そこが材料や触媒などの場合とは違う。

A君:本に戻りましょう。結局のところ、水素社会がなぜ幻なのか、その科学的・技術的な証明はほとんど行われていません。主張は、相変わらず勝ち組・負け組。茅先生の講演の内容が紹介されていて、フライブルグの10億円の水素エネルギーの家の話です。夏の晴天を利用してせっせと水素をためて、冬にそのエネルギーを利用するのだそうで。こんな高い家は、それこそ勝ち組しか買えない、と主張していますが。

B君:茅先生は、実は、この例を用いて、水素社会は実現しないと暗に示唆しておられるのだ。著者は、それすら理解できていないようだ。

A君:結局、余り役に立たない本でしたね。

B君:水素社会が実現するために必要な技術的に解決すべき課題を示す図を作って見ようか。

A君:了解。まずは、水素燃料電池自体が越えるべき技術的バリアーです。

B君:その様々な色で囲まれた四角が必要な技術開発。赤は非常に困難、ピンクがかなり困難、青が可能。



図1 水素燃料電池の越えるべき課題


B君:次は、水素供給法全体の効率化が必要。同様の図を作ろう。

A君:まあ、こんなもんでしょうか。水素燃料電池そのものの開発ができたと仮定しても、燃料供給側で、このぐらいの課題が解決できないと。



図2 水素供給の越えるべき課題

B君:右上で点線で書かれているのが、水素以外の可能性の一部を示している。水素社会が実現するには、右上の様々な技術よりも、水素の方が環境面、コスト面などで優れている必要がある。

C先生:まあ、よくよく眺めてもらうことにしよう。いずれにしても、水素社会の実現は、なかなか難しい話だ。最低限確認すべきことは、いくら水素社会になったとしても、地球環境問題が解決するというものではなく、最終的には、資源枯渇というもっとも重要な地球環境問題が待ち構えているということは、全く変わらない。この点を、すべての人々に理解して貰いたい。

A君:この本では、そこが困ったところなのですが、「石炭も石油も無尽蔵!」というトマス・ゴールド教授の説を紹介しており、さらに、ロバート・アーリックの「トンデモ科学の見破り方」なる本が、この説の可能性を最高ランクにしているということも紹介しています。

B君:それが本当なら地球上の全人類にとってよいことなのだが。

A君:「石油会社にとっては、石油は乏しいというイメージを行き渡らせておくことで、石油価格を高値に保つのが利益になり、だから彼らは近年では、石油は従来考えれていたよりも遥かに豊富にあるという発見にはほとんど関心を示さない、と主張することもできるのである」、という主張をしています。しかし、これは本当では無さそうです。

B君:シェルが水素エネルギーに投資をするのも、石油の終わりを意識しているからだし、1980年に石油資源発見量と石油消費量が等しくなって、それ以後は、石油が枯渇モードに入ったのは事実。それから、すでに25年も経っている。

C先生:どうも、この本は、確実な主張があるというものではなく、エコロジスト的なスタンスを取ることが嫌いな人々の共感を得て、本を買ってもらおうという意図で書かれたものなのではないだろうか。我々ピエロ(この本の副題を参照いただきたい)には、まあ、学ぶところは余り無さそうだし、同様に、皆さんにもお薦めできない。これが結論だ。