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     日本社会はどこが「変」なのか  12.30.2018
       その根源は自律性・自立性・科学知識の不足
にあり
 



 2015年の秋に始まった世界的大変革が、具体的には、9月のSDGsとESD投資、そして、12月のパリ協定の成立ですが、やっと、日本にもある程度の影響を与えるような状況になりました。しかし、これまでも何回も書いてきているように、今回の世界的大変革の先頭を走る国になれるのか、と問われると「日本人の現時点のマインドでは、かなり難しい」と答えざるを得ないのです。なぜなら、これが自らの発想と行動様式を変えなければならない大変革であると認識している人が少ないことが第一の原因で、それは、この国は文明の成り立ちが他の国とは違う特異な国なのだ、という教育がなされていないからかもしれません。違っていることが駄目だと言っているのではなく、違い自体は、それぞれの歴史が違うので国の特徴ですから守るべきものではあるのですが、他の国との比較をした上で、その違いが正しく認識されていないことが「変」なのです。要するに、外に向けた視線が決定的に不足していて、自分の主観だけで判断している国なのです。
 しかし、やっと少しだけ動き出しました。本年最後の記事として、できるだけ直接的な表現を使って、今後、何をどう考えて行動すれば良いのか、を述べてみたいと思います。来年が良いチャレンジの年になることを期待して。


C先生:今年は、特に、後半の半年は、非常に忙しくて辛い年だった。それは、プレッシャーが掛かる様々な対応をしなければならないノルマが有ったから、という単純なものではなかった。すなわち、単に、様々な拘束条件によって時間的にきつかったということだけではなくて、以下のようなパリ協定締結以来に湧いて出た大量の疑問に対して、これまでの海外での見聞や経験などを活用して、それなりに整合的な自分なりの答えを出すことが必要だったからなのだ。
○「欧州と日本の違いはなぜ起きているのだ」
○「その根本的な原因と改善策は何か」
○「どうしたら多少とも未来が読める国になるのか」
○「パリ協定の気候正義とは何なのか」
○「気候正義と日本における正義との違いは何なのか」
○「正義で失敗した国、それが日本の歴史の示すところだ」
○「アイルランドのような完全な自己責任の国はどうしてできたのだ」
○「それに比較すると、余りにもおかみ依存の強い日本は今後どうすべきなのか」
○「科学無視の中等教育は、そもそもの目的に『教養ある社会人』という言葉がないためなのではないか(多くの大学は遊園地なので教養とは無縁)」
○「上位の大学のマインドと実体が、変質しすぎた(インパクトファクターの過重視など)ことは大変に深刻なのではないか。特に、今後、本物のイノベーションを創出することが重大なこの時期では」
○「日本社会には哲学(=自分の感覚から離脱した思考)がない。効率性と利便性だけを追求する社会である」
○「以上はすべて、日本という国土の特殊性が最大の原因なのか」

 これらの完全解は、未だに見つからないが、その答えの持つ雰囲気はかなり分かったように思う。

A君:しかし、日本もまだ一部分ですが、かなり変化したところはありますね。その一つが、ESG投資Environment、Society、Governanceの頭文字。金融の正義の一つになった感じがします。これらにしっかり対応している企業以外には、投資をしないという考え方で、その最大の理由は、投資側にとって、リスクが低いからなのだけれど、それを押し出すことで、社会的な変革に結びつけている点が、評価できます。

B君:金がらみのことだけに、自己資金が不足している企業にとっては非常に重要だった。

A君:しかし、このところ、金余りの企業が多いような気もしますが。むしろ、日本の場合だと、ガバナンスが悪い企業がかなり多かったので、その改善が進んだと言えるかどうか。

B君:日産のゴーン会長にしても、本人は否定しているが、リーマンショックのときの自分の投資の失敗を、自らの立場を利用して、なるべく正当に見える手段で補填するにはどうしたら良いかを考えた、という段階で、すでに自己のガバナンスが破綻している。しかも、それを実施してしまった。フランス政府がその行動を正当であるとバックアップするのはおかしいと思う。フランスという農業国に、かろうじて残った工業である自動車産業をなんとか維持したいという思いは分かるけど。

A君:この件、まあ、裏に潜むなんらかの真実がまだあるのかもしれないけれど、現状までの雰囲気はかなりBlackに近いGray。英国流のスペルだとGreyだけど。

C先生:本日は、できるだけ短く、分かりやすい記事にしたいので、本題へ行きたい。そもそも本題が相当に難しいので。先程リストアップした項目は、それぞれ読者諸氏に考えていただけるとありがたいけれど、ということにしたい。
 今回は、「自己責任となにか」。そして、その例として「TCFDの要求に対応するにはどうしたらよいか」という問を極めてシンプルにまとめて終わりたい。

A君:「自己責任」という言葉が直接的に書かれた国際的な文書があるという訳でもないと思うのです。しかし、「自己の責任で」というぐらいの表現にすれば、SDGsだって、これまで何度も主張してきているように、最後のゴールは”Transforming our World”なので、「そこに向けて、あなたは、あなたの企業は何ができますか」、という形で個人的な責任を問われている。これを意識している人がほとんど居ないことが実は、最大の問題。これへの対応として、他人から答えを貰うのではくて、自分で考えて、言い換えれば、自分だけの答えで良いから、それを自分なりの答えを獲得するという努力をすることが、最初に要求される「自己責任」ではないですか。

C先生:要するに、「自己で努力しない」で、取り組み方を国なり公的な組織がそれを作ってくれるのを待っていれば、「そのうち、簡単な方法が上から降ってくるから、それを表面上の対応で処理すれば良い」という考え方が、そのもの駄目だということ。その通りだ。
 先日、さる地域の経済団体から、要望書なるものが届いた「パリ協定などへの対応は大変だから、国がしっかり支援すべきだ」、という趣旨だった。Net Zero Emissionの実現などが大変なのは絶対的な事実なのだけれど、それを自己の努力で解決する方法論を見つけた企業が、問題が難問であればあるほど勝利者になる、という最大の競争原理・原則を無視している。防衛的に過ぎる。

B君:まあ、日本企業の行動様式を表明する最大の言葉が「護送船団方式」だったからね。”通産省”が重要だった時代のことだ。しかし、そこに政治的な利権がころがっていたのも事実だし、その名残が残っているのが今の日本。

A君:世界の話に話題を変えます。全体として見れば、何か共通の指針ができたのが、2015年という年。それは、300年間に渡った化石燃料文明が、気候に重大な影響を与えることが判明し、今後もはや継続できないことが分かってしまった。トランプ大統領のキリスト教福音派的な理解は、「神が創造した地球と人間なのだから、人間ごときが多少モゾモゾと動いたぐらいで、地球は壊れない」、なので困ったものだ。現時点で、科学的事実が宗教によって否定されたら、その国は終わる。そして、地球も終わる。

B君:一方、日本とは、福音派的な宗教による否定ではなくて、武田邦彦程度の論説のボロを暴くことができない非科学性によって、温暖化懐疑論がいまだにくすぶっている国

A君:気候予測の基本になっているナビエ−ストークス方程式(Navier-Stokes equations)は古典力学の世界の話なので、一点の曇りもなく正しい。ただし、地球のような大きな連続体に関する方程式をコンピュータが解く場合には、地球を多くのメッシュに分けるという方法しかないので、そのために計算誤差が出る。しかし、最近では、いくつもの論文に発表された結果を集めて検討することで、もっとも妥当と考えられる結果が分かるようになってしまった。日本人が温暖化懐疑論から抜け出せないのは、科学というものの真の成り立ちを理解していないこと、そして、その結果を直接見たことがないから。要するに勉強不足が原因だと思われます。すなわち、自己責任の不達成だと言えます。

B君:「なぜかキリスト教の正義を基に作られたパリ協定が理解できない日本人」、ということと、「科学における真理とは何かが理解できないために温暖化懐疑論になってしまう日本人」ということは、現象としてかなり違うと思うのだけれど、何か共通点があるのだろうか

A君:恐らくですが、「正義」も「真理」も、人間の本能にとっては異物だと思うのですよ。それを信じるレベルに行くためには相当の努力をしなければならない。「正義」という言葉で失敗した経験を持つ日本という国の国民は、そもそも不利ですね。また、「真理」については、そのような教育がなされていないのが最大の欠陥だと思いますね。敢えていえば、日本という国の教育の最大の欠陥は、高校で「文系」と「理系」が別れてしまうこと。このシステムは、受験に勝つという「効率性・利便性」だけが判断基準になっている。「効率性」はもともと「真理」からは程遠い概念なのです。

B君:大学でも文系にも科学の講義を行っているはずなのだけれど、多分、「そもそも科学とはなにか」、例えば、「不確定性原理とはなにか」、とか、「相対論や量子論と古典力学はどこが根本的に違うのか」、といった話を面白く教えてくれる先生が文系にはいないのでは。文系でも科学史・科学哲学を必修にして、しっかり教えるべきなのだと思うよ。

A君:それに加えて必須のことが自分の体の仕組みを化学・生物学・物理学と関連付けて、しっかり教えること。日常的に自分が使っている技術、例えば、電気とはなにか、情報技術とはなにか、加えて、プラスチックや鉄などの基礎的な材料はどうやって作られているのか、など、生活に密着した情報も同様のスタンスで教えるべき。

B君:賛成!!。最近、健康ブームだと言われているので、自分の生活について正しい理解をすることは、極めて重要。

A君:2050年を考えるときには、何をするとCOが排出されてしまうのか、という情報も極めて重要で、このような観点なしの教育はあり得ないですね。もう一つは、さっきの電気とは何かだけど。

B君:加えて、COという人間も吐き出しているようなほぼ無毒な気体が、地球上の生物にとってなぜ危険な存在なのか、その理由は何か、という地球の実像というものに関する基本的な理解が重要。

C先生:話を地球から世界にちょっとずらすと、最近の日本の若者は、どうも内向き志向が強いらしい。海外に留学するといった考え方が減っているようだ。これも重大な教育の課題だと思う。日本という極東の孤島でありながら、非常に優れた国に生きていくのだから、外国に対する知識なんというものは要らないと思ったらとんでもない。パリ協定の真実を見抜けないように成長をしてしまった人間ばかりになったら、将来、日本という国は貧困から抜け出せないと思う。世界との交流は、ますます盛んになるし、それが日本という国の生きる道なのだ。世界の価値観が理解できない人間、自分の価値観を世界に向けて説明ができない人間には辛い時代になるに決まっているので。

A君:世界と言えば、理系の人間として、どうにも高校の世界史が苦手でしたね。だから、文系の人間にも、それぞれ苦手の部分があるのでしょうね。

B君:突拍子もない発言だけれど、現在の教育は、受験に勝つための教育なので、「苦手にも勝つ」というマインドは捨てて、それに要する時間を、点数の取れそうな科目の学習に振り向けるのが良い戦略なのだ。これが、受験効率性重視の実態。ということは、苦手はいつまでたっても苦手のままで残る。

C先生:確かに世界史という科目は勉強する方法がよく分からなかったという記憶がある。というよりも、最近になって、やっと世界史の勉強法が分かったという感覚だ。しかし、それは大部分の高校生には実現不可能なことなのだ。その国を自力で旅をすると決めて、どこをどのような視点で見物すべきか、旅行プランを作ること。となると、歴史的な価値というものが見物の主な対象であるので、その説明を読んでいるうちに、その国の歴史が分かってくる。そして、実際に行ってみるとますます分かった気になれる。

A君:ということは、高校生時代に独自で海外の旅をせよということですか。まあ、難しい。

B君:だけど、本をバリバリ書く佐藤優氏も、確か公立高校に入ったご褒美として、両親が旅費を出してくれたらしいが、高校時代にソ連と東欧を一人で旅をしている。

A君:その旅の記録として、「十五の夏」上・下という本が出ていますよね。それに佐藤優氏の有利な点がもう一つあって、それは、同志社の神学部卒業。もともとキリスト教の文化・思考法を十分以上に理解していること。

B君:それは、やや特殊ではないかと思うが。もっとも、政界を含め、あらゆるところに結構クリスチャンが居るのは事実。勿論、我々のような多神教徒が大部分だけど。

C先生:そろそろまとめを意識したい。今回、もっとも考慮したいことは、「自己責任・自己努力で難関を突破するのだ」という強い意志で動く企業を増やしたいが、それにはどうするか。
 どうも、その一つの解が今回も語られた教育にあることは事実なのだけれど、即効性がないのが最大の問題点。
 そこで、TCFDへの、いくつかの対応方策を考えた。その背景にあることは、SBT、RE100などの企業集団がある共通の意図で作業をすることは、もう完成の域に近づきつつある。CDPの評価も有効だと思う。その先はなにかとなると、TCFDの最終報告書への対応がある。しかし、これにいきなり取り組むのは難しいと思う。未来の財務状況を様々な観点から判断するのは、相当の技量が必要だからだ。
 そこで、お薦めは、まず第一が、インターナル・カーボン・タックス。これも厳密に対応すると相当に大変なことが目に見えるので、まずは、炭素税の価格を$30/トンCO2あたりに設定して少々検討し、その次には$60、そして、$100と高くしたときに、どのように状況が変化するかを、非常に荒くで良いから、味わってみることだ。
 その次が、日本という国で起きる気候変動を起因とする災害を仮定して、例えば、集中豪雨が近くで発生したとき、台風の直撃を食らったとき、自社にどのような被害が及ぶかを、影響が、普通、強い、最悪といった3段階ぐらいで、どのぐらいの被害がでるか、そして、その被害軽減のためにどのぐらい対策費用が必要となるかを評価してみることだ。
 これを厳密にやるなどというマインドで取り組んだら、それは無理だという結論がでるに決まっているので、「チョロっと経験を積むために、まずやってみる」ぐらいの気持ちでやることをお薦めしたい。
 その良い副作用として、日本という国の現状とその問題点が、様々な形で見えてくるのではないだろうかと思う。
 良いお年を。

A君、B君:それでは、来年が、皆様にとって良い年になりますように。