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  内部被曝を起こす元素
   04.15.2012




 余りにも内部被曝が重大だという主張が強いと思えるので、内部被曝を再度、まとめてみることにした。広島・長崎のときの内部被曝の評価が不十分であったのは事実であるが、データが無かったのだから致し方ない。

 それ以前であれば、ICRPを始めとする国際機関は、内部被曝のリスクを定量的に把握している。


目次
0.内部被曝を起こす色々な元素
1.ダイヤル・ペインターの内部被曝
2.トロトラストによる内部被曝
3.ラドンによる内部被曝
4.カリウム40による内部被曝
5.バイスタンダー効果
6.ECRRの実効係数
7.以上から推測されるセシウムによる内部被曝

 今回は、この目次の0.だけを記述したい。要するにイントロであるが、雑多な記述になる。



0.内部被曝を起こす色々な元素
   人工放射線と自然放射線の違いは?

 ダイヤル・ペインターとは、時計の文字盤と針に蛍光塗料を塗る職人であった。蛍光塗料を発光させるには、蛍光体の電子を基底状態から励起状態のレベルに持ち上げるために、何かのエネルギー源が必要である。放射性物質が放出する放射線をエネルギー源として用いることがもっとも簡単である。時計用蛍光塗料用としては、ラジウムが主として使われていた。

 どのぐらの放射線量だったのか。ATOMICAによれば、
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-03-01-10
「使われていたラジウムの量は1個当たり3.7キロベクレル(kBq)から100キロベクレル程度」とのことである。詳細は、次回以降。

 発生した障害としては、同じATOMICAからの引用であるが、
 「女子作業員で、とくに、抜歯をした後に顔が腫れたり、貧血、白血球の減少、感染症などで亡くなる人も出た。その後、しばらく経ってからも骨がんや骨折が多発した。1929年、MartlandとHumphriesは骨肉腫の発生を報告し、その後数多くの障害が明らかにされた。

 原因については初め不明であったが歯科用のフイルムなどを用いてラジウムの放射線によるものであることが明らかになった。これは、ラジウムを含む夜光塗料を文字盤に塗布する際、筆の穂先を尖らすために唇で舐めながら作業をしたのでラジウムを体内に取り込むことになったのである」。

 ところで、ラジウムは、キューリー夫人が発見した放射性物質である。キューリー夫人はラジウムやポロニウムなど、研究中に被曝した放射線障害により死亡したとされている。66歳であった。晩年は、放射線障害のためと思われる再生不良性貧血などに苦しんでいた。その実験室は、余りにも放射線汚染がひどく、最近になってやっと除染がほどこされ、公開できるようになった。

 ラジウム発見の経緯であるが、Wikipediaによれば(学生には引用することをお勧めしないものであるが)、「キューリー夫妻はピッチブレンドの分析にかかり、100グラムの試料を乳棒と乳鉢ですり潰す作業に着手した。1898年7月、キュリー夫妻は連名で論文を発表した。これはポロニウムと名づけた新元素発見に関するものだった。さらに12月26日には、激しい放射線を発するラジウムと命名した新元素の存在について発表した」。

 ポロニウムは非常に特殊な放射性物質である。特にポロニウム210は、ほぼ100%α崩壊をする物質であり、α線は紙一枚でも止まるという程度の貫通能なので、容器に入れれば、外部から放射線検出器によって検出することは不可能である。旧KGB職員のアレクサンドル・リトビネンコ事件で毒殺に使われたという説がある。これが本当であれば、内部被曝による殺人であったことになる。

 原子力資料情報室には放射能ミニ知識というページがあるが、是非、ご一読をお薦めしたい。
 http://www.cnic.jp/modules/radioactivity/
 リトビネンコ事件について、「人を死に至らしめるには、少なくとも1億ベクレルが必要だと考える」とある。

 この事件では当然経口摂取されたものと思われるが、10000Bqの吸入したときには22mSv、経口摂取で2.4mSv相当と書かれている。1億Bqの経口摂取での内部被曝だと24Svぐらい摂取させないとということになる。

 たしかにこの量なら確定的影響(急性影響)が出るだろう。Svという単位は、まさに実効線量なのだということがよく分かると思う。

 ポロニウムはα線を放出するため、線量当量が20である。もしも1億ベクレルで死亡としたら、β線・γ線を出すセシウム137であれば、20億ベクレルが必要ということになるのだろうか。

 本題に戻ってラジウムであるが、ウラン238からの崩壊系列の中にある核種がラジウム226である。

  238U(半減期4.468×109年) → 234U(2.455×105年) → 230Th(7.538×104年) → 226Ra(1600年) → 222Rn(3.8日)である。

 このような崩壊系列の読み方であるが、238、234などの数字は質量数と呼ばれるもので、その元素の原子核を構成する陽子と中性子の数の和である。α線はヘリウム原子の原子核なので、質量数4、陽子の数が2である。陽子の数が減れば、原子番号は2つ減る。周期律表で、2つ左の元素に変わる。そして、質量数は4つ減る。

 この系列にある核種ラドン222(222Rn)からの壊変生成物はいずれも半減期が数10分以内で、それぞれの核種が高エネルギーのα線3本及びβ線2本の放射線を出して 最終的に鉛210(210Pb)になる。

 ラドン222は、欧州などの花崗岩などに含まれるラジウムによって生成する核種であり、自然放射線であり肺がんの原因だとされている。

 ラドン温泉やラジウム温泉がなぜ安全なのか。それは、低線量被曝だからという答えが正解なのだが、自然放射線だから安全で、福島原発事故の人工放射線であるセシウムとは違うといった誤解がまだまだあるようだ。
http://gigazine.net/news/20110317_radium_hot_spring/

 昨年の10月、世田谷区の民家の床下にラジウム入りの瓶が置かれていて、その民家の所有者の女性は相当高い線量を被曝し続けていたことが明らかになった。その線量は、区道から1.5メートル離れた民家の壁から最大18.6μSv/hrという強さであった。この値は、かなり高い。

 その瓶には「日本夜光」と書かれたラベルが貼られており、夜光塗料用だった可能性が高い。昭和30〜40年代から置かれていたと考えられている。

 最悪のケースだと年間被曝量が18.6×24×365/1000=162mSv、そして、総被曝量は、45年間であったとすれば、7332mSvという途方もない量である。一回での被曝であれば致死量になる量である。しかし、この家の居住者は発がんした訳ではない。

 これは内部被曝ではないが、低線量(そうとも言いがたいが)を長期間被曝するのであれば、特に、なんら影響の出ないケースがあることを示している。

 さて、ラジウム226による内部被曝であるが、原子力資料情報室の放射能ミニ知識によれば、
http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/17.html
10,000ベクレルを吸入した時の実効線量は22mSv、経口摂取した時は2.8mSvになる。

 ラジウムはカルシウムと類似した化学的な性質を有する元素であるので、摂取すれば、骨に不均一に存在するとされており、生理的な体内半減期の記述はここにはないが、恐らくストロンチウム90と同程度の50年ぐらいだろうか。

 使用済み核燃料に含まれるプルトニウム238は重量比が1.8%であるが、半減期が87.7年と短いために、放射能強度は11.3兆ベクレル/kg(使用済み核燃料)とのこと。

 プルトニウム238の内部被曝は、10000Bqの不溶性酸化物を吸入したときに、83mSv、経口摂取だと0.09mSvにもなるという。

 プルトニウム239の内部被曝は、かなり複雑である。実効線量係数は、この数値を摂取した放射線量Bqに乗ずれば、人体への影響量であるシーベルトに換算ができる。

◆経口摂取した場合の実効線量係数(硝酸塩、ミリシーベルト/ベクレル) 5.3×10-5
◆経口摂取した場合の実効線量係数(不溶性の酸化物、、ミリシーベルト/ベクレル)9.0×10-6
◆経口摂取した場合の実効線量係数(硝酸塩及び不溶性の酸化物以外の化合物、ミリシーベルト/ベクレル) 2.5×10-4
◆吸入摂取した場合の実効線量係数(不溶性の酸化物、、ミリシーベルト/ベクレル)8.3×10-3
◆吸入摂取した場合の実効線量係数(硝酸塩及び不溶性の酸化物以外の化合物、ミリシーベルト/ベクレル) 3.2×10-2

 さらに、プルトニウム240は自発的な核分裂によって崩壊し、中性子線を出すし、プルトニウム241はβ崩壊してアメリシウム241になって強烈な放射線を出す。

 どなたかはよく知らないが、プルトニウムは食べても大丈夫という発言をされたようだが、確かに、吸入した場合と経口摂取では差が大きいのであるが、それ以外に、使用済み核燃料には、多種類のプロトニウムが存在しているということが大問題で、どんなことがあっても食べるのは止めておいた方が良さそうである。

 ちなみにアメリシウム241は、欧米では煙感知型の住宅用火災警報器に使われており、放射線の電離作用を利用して、煙による電離電流の変化を検知している。日本では使用禁止であるため、光の乱反射を利用して煙を感知する。

 トロトラストとは、ATOMICAによれば、
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-03-01-11
二酸化トリウムコロイドが主剤であったX線用血管造影剤の商品名であった。1929年にドイツのハイデン社が開発したが、二酸化トリウムを3〜10nm(ナノメートル、原文ではオングストローム、1nm=10Å)の超微細粒子にして、安定剤としてデキストリンなどを使った水溶液であった。二酸化トリウムの含有量は25%であった。

 現代の材料科学でも、ナノテクノロジーとかナノ粒子とか言うものが注目されている。何か新しい機能があるかもしれないからである。しかし、同時に、なんらかの毒性が出てくる可能性もある。特に、非常に微細な針状の物質にはその可能性が強いとされている。

 二酸化トリウムのコロイドは、アスベストのような針状ではないと思うが(結晶構造から判断すると、針状にするのは難しいだろうという意味で)、このサイズだとヒトの免疫システムが異物だと認識をするようだ。そして、白血球の一種である貪食細胞が食べて、最終的には肝臓に移行する。

 もともと高価であったために、軍人用として使用されたが、世界で数万人に使われた。そして、肝臓がんの原因となった。

 トリウム232は、α線を出してラジウム228になる。ラジウム228はβ崩壊してアクチニウム228になり、アクチニウム228もβ崩壊してトリウム228になり、その後、ラジウム224,ラドン220、ポロニウム216,鉛212,ビスマス212、そして、2つの経路に別れポロニウム212とタリウム208になって、最後は鉛208になる。

 トリウム232の半減期は141億年と非常に長い。ビッグバンによって宇宙ができた137億年前に生成したトリウム232の半分がまだ残っていることになる。

 ラジウム228になると、そこから鉛208にできる核種はすべてが不安定で、もっとも半減期が長いラジウム224でも3.66日にすぎない。ポロニウム216の半減期は0.15秒である。ということは、放射線の強さがかなり強いことを意味する。

 ベクレルという単位が毎秒いくつの崩壊があるか、というものだから、半減期が短い核種の方が崩壊する数が多く、これは放射線の数が多いことを意味するからである。

 カリウム40は、ラドンとともに、自然放射線の主要な核種である。半減期が12.8億年なので、ビッグバンのときに生成したヘリウムを原料として、その直後から恒星の中で作られ、超新星爆発で宇宙に撒き散らされたカリウム40が今でもまだまだ残っている。

 β崩壊をしてカルシウム40になるものが89.3%、残りは軌道電子を捕獲してアルゴン40になるが、このときγ線が放出される。

 カリウムの成人の体内にある量は140gであり、その0.0117%が放射性のカリウム40なので、カリウム1gの放射線強度は30.4ベクレルとなるので、成人一人あたり4000ベクレルを超す放射線を出していることになる。

 カリウムの摂取量は1日平均が3.3gであるとされているので、140÷3.3=42となって、生物学的半減期も大体その程度である。経口摂取した場合の実効線量係数は、6.2×10−6である。

 セシウムには2種類の放射性元素がある。セシウム134と137である。

 セシウム134は、大部分はβ線を出してバリウム134になり、ごく一部が軌道電子を捕獲してキセノン134になるときγ線を放出する。経口摂取した場合の実効線量係数は1.9×10−5であり、同量摂取した場合、カリウム40の3倍程度の影響を持つ。

 セシウム137は、β線を放出してバリウム137になるが、94.4%はバリウム137mを経由する。バリウム137mからγ線が放出される。経口摂取した場合の実効線量係数は1.3×10−5であり、こちらはカリウム40の2倍程度の影響力がある。

 カリウム40と化学的な性質は良く似ている。しかし、実効係数が2〜3倍以上である理由は、崩壊経路が違うこととに加え、生物学的半減期、いわゆる生体内半減期が長いからである。カリウム40が上述のように40日程度であるのに対して、セシウムは100日程度である。

 毎日毎日100Bqの放射性物質を摂取したとして、生体内半減期が100日であるとすれば、飽和する体内放射線量は約144000Bqである。

 数値解は、飽和値=毎日の摂取量×半減期/ln2である。すなわち、半減期が半分になれば、飽和値も半分になる。

 カリウム40の生物学的半減期がセシウム137の40%であれば、飽和する体内放射線量は、やはり40%の5770Bqになる。

 ということから、実効線量係数が違ってくる。具体的には、カリウムの方が実効線量係数が小さいという結果になる。

 実質上、カリウム40とセシウム137の差は、物理的半減期と生体内半減期だけ。それ以上は余り違わない。セシウム134でも同様。

 放射線エネルギーは、確かに違う。

具体的数値を見れば、
カリウム40では、β線が1.31(89.3%)、γ線1.46(10.7%)
セシウム137では、β線が0.514(94.4%)、1.18(5.6%);γ線が0.662(85.1%がバリウム137mから放出)

 結局、何が言いたいのか、と言えば、自然放射線であろうが、自然界に存在しない人工原子核による放射線であろうが、多少の補正は必要だが、その影響は、物理的半減期と生体内半減期でほぼ説明できるということである。

 どこにも、自然、人工といった要素が入り込む余地はないのである。



 そこで、ECRRとICRPの内部被曝用の実効換算係数の比較をしたい。

 このようなWebページがある。
http://www.mikage.to/radiation/internal_exposure.html

 年齢別の内部被曝Bqシーベルト換算というページであって、ある核種を一定Bq数だけ摂取したときに、どれほどのSvとなるか、ICRPの換算係数とECRRの換算係数を使って、μSv(ICRP、ECRRそれぞれ)で出すというページである。

 例えば、Ra226の欄に1000Bq/kgを入れ、それを1kg食べることにすると、
          ICRP      ECRR
〜1歳     4700.000μSv 14000.000μSv
〜12・14歳  800.000      5600.000
14・17歳    280.000      2800.000

 このようにECRRのSv値は、ICRPのものに比較すると、3〜10倍多い。

 しかし、不思議な事には、ECRRはカリウム40の係数を発表していないようである。カリウム40の存在を認めると、セシウム137の内部被曝の説明が十分にできないのではないだろうか。

 ECRRによる線量応答曲線は、こんなものが提案されている。通常の線量応答曲線から見れば、とんでもない形をしている。



図1 バズビー氏らの線量応答曲線 「放射線被ばくによる健康影響とリスク評価」
 欧州放射線リスク委員会(ECRR)2010年勧告 山内知也監訳 p153より

 もっともこのような提案をしたがる人は、いつでもどの分野にもいて、覚えておられるかどうか、一時期環境ホルモン問題というものが起きたことがある。1997年頃から2000年ぐらいまでのことである。このとき、ミズーリ大学のサール教授は、逆U字現象ということを提唱した。これが似ているとも言えるが、環境ホルモンの場合には、濃度が高いところでは通常の毒性が出て、低濃度になるとホルモンと似た効果が出るという異なった二種類の影響が重なるという説明だったので、全く無いとは断言しがたいことであった。しかし、現実には、だれも実験を再現できなかったといった色々な問題があって、現時点でこの説は消滅している。

 ホルモンというものは、ヒトにとってあるいは他の動物にとって、機能性の物質であるから、少量でも機能を発揮するようにできている。しかし、放射線はヒトにとって単なる外界からの撹乱要素でしかない。低濃度で反応するような機能を備えている訳ではなく、できるだけ鈍感に作られているはずである。なぜならば、そもそも、ヒトにかぎらず、他の生命でも同じだが、余りにも低線量で反応するようにできていたとしたら、生命は途中で死滅したはずだからである。

 そして、バズビー氏らは、この線量応答曲線を様々な理論によって説明したと言うが、本来の科学の方法論に則って説明をするには、何かが起きていることが観察されなければならない。ところが、ご本人たちも認めているように、もともと影響はあったとしても観察できないぐらい極めて軽微なので、観察はできない。説明だけ存在しても、誰も信用しない。

 バスビー氏を信奉している学者と信じていない学者の比率は、他のケース、例えば逆U字現象や、温暖化懐疑論などの例を参考にすると、まず1:1000ぐらいだと思うが、メディアに取り上げられる比率は、ほぼ1:1である。これも不思議なことである。

 バズビー氏の理屈を正しいと主張するために重要になることが、自然放射線か人工放射線か、という区別のようなのだ。それならウラン235・ウラン238は自然に存在する核種だが、これらの低線量被曝であれば、悪影響は無いというのだろうか。