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  「内部被曝」(肥田舜太郎)の読み方
  04.01.2012



 4月1日付けの記事に、何か冗談を書けるという状況にはまだないようだ。それにしても、まだまだ奇妙な出版物が出る。これは一体何なのだ。 この新書、「内部被曝」肥田舜太郎著、(扶桑社新書116、2012年3月19日初版)は、危険な要素を含んだ出版物である。

 その危険性とは何か。まず、著者の目的にとって不都合な事実を除外して著作が行われていることである。加えて、科学的根拠が無い推測による記述が多すぎることである。これでは、正しい判断の根拠を福島県民に提供しない。

 著者の目的とは何か。福島をフクシマと書き、広島・長崎をヒロシマ・ナガサキと書いていることからの判断なのだが、フクシマに対する差別意識を日本中に広めることが本書の目的のように思える。

 そしてこの差別意識を利用して、原発を止めようとしていることがほぼ確実のように見える。しかし、これは正しいやり方なのだろうか。余りにもイデオロギー優先の出版物であり、福島県民のことを思うと、とてもやりきれない本であるように思う。

 こんなことをしなくても、原発の新設はしない方向への社会的選択はすでになされていると思うので、2050年には稼働している原発はゼロ、2040年でも極めて少数になっていることだろう。場合によっては、2030年でも極く少数ということになるかもしれない。

 第二が、この本の言う「原爆ぶらぶら病」は、確かに内部被曝の影響による可能性があるが、これと類似した症状の心身症を福島でも増加させる原因の一つになりかねないことである。すなわち、放射線に対する過度な心配をする人々を増加させ、ある種の心身症を引き起こす原因を作り出すという結果を生むように思える。これが起きたら、福島県民にとって、大きな不幸を引き起こしてしまうことになる。現実に、一部では、すでに起き始めているのではないか。

 内部被曝が重大な影響を与える可能性があることは、誰しも認めていることである。しかし、すでに述べたように、この著者は推測にすぎないことを多数羅列することによって、意図的に過大な影響があることを主張しているように見えるのである。なぜ意図的だと思うのか。それは、やはり自然放射線であるカリウム40、ラドンの存在を全く無視した記述をしているからである。この種の出版物に関しては、リスクのバックグラウンドを十分に理解しているかどうか、これがその出版物が信頼できるかどうか、言い換えれば、バランスの良い記述を行なっているかどうかの判断規準になる。これに照らせば、本書は落第である。できるだけ多くの人を騙す目的で書かれていると判定せざるをえない。

 やはりバックグラウンドに関わることであるが、活性酸素についても記述が足らない。活性酸素は、生体が防御機能用としても用いているものであり、そのためにすべての酸素を呼吸する生物には、防衛システムが整備されている。ヒトは、その中でも、もっとも完備した防衛システムを持っていることを述べていない。

 先に述べた心身症に関してだが、不幸の見本とも言えそうなことが、この本の最後に掲載されている竹野内真理さんの悲劇ではないだろうか。2歳児の母である竹野内さんが、この程度の放射線なら全く問題はない、という信念を持っていたら、そしてわざわざ沖縄まで避難するようなこともしなければ、お子さんはこのような状況にならなかったのではないだろうか。この本にも出てくるゴードン・マクロードの真意を著者が理解していれば、こんなことにはならかったのではないか。

 竹野内さんは、「チェルノブイリのかけはし」の野呂美加さんと親交があるようだ。この団体が行なっていることを全面的に否定するつもりはないが、どうも「自然は無害」という思い込みが非常に強いようで、その延長線上で、EM菌などという全く根拠のないものを有効だと認めているようだ。物事を科学的視点で正しく見るということについては、相当に問題のある団体に思える。

 この本の問題はまだある。それは、95歳で本人も広島の被爆者。6000人の被爆者を見てきた医者という、反対しがたい要素をもった人が書いた本だということである。本の中身ではなくて、この著者のプロファイルによって、過度な信頼を得る可能性があるということが問題のようである。どのような役割を果たしてきた人なのか、知っていれば心配は無いが。

 いずれにしてもこの本がどのぐらい信用できないものであるか、それぞれの記述について、科学的な妥当性を検証することが必要だと思われる。

 そのため、この本の記述を一項目つづチェックするという方法論を採用する。

 まずは、目次を掲載したい。●が一つの項目のタイトルである。

第一章 原発事故の影響でこれから何が起きるのか
●福島原発事故で何が起きたのか
●子どもたちに初期の被曝症状が現れ始めている
●これからフクシマではヒロシマ・ナガサキと同じことが起きる
●「原爆ぶらぶら病」が東日本でも起こりうる
●特に女性と子どもには注意が必要
●遺伝的影響の可能性も
●何か変化があったら記録しておく
●そもそも原発は田舎をターゲットにして建てられた
●原発はそこにあるだけで危険をばらまく
●スリーマイル島の経験から福島で起こることは予想できる

第二章 体を侵す放射線被害
●放射線とは何か
●外部被曝と内部被曝の違い
●放射性物質の「半減期」とは
●ベクレル、グレイ、シーベルトという単位の違い
●外部被曝に比べた内部被曝の恐ろしさ
●放射線が体を壊すメカニズム
●放射線はDNAを破壊する
●放射性物質別、人体への影響
●ストロンチウムは骨髄を侵す
●セシウムは心筋梗塞を起こす
●知られざる危険な放射線核種

第三章 低線量被曝のメカニズムを解明した「ペトカウ効果」
●「ペトカウ効果」が低線量被曝の問題を証明した
●ペトカウ効果を証明したチェルノブイリ事故
●内部被曝でフリーラジカルがつくられてがんになる
●フリーラジカルはさまざまな形で人間の細胞活動を阻害する
●ペトカウ効果の実証的な例
●ペトカウ効果の対する反論と、それに対する再反論

第四章 低線量・内部被曝の怖さ
●細胞膜の損傷はさまざまな病気を引き起こす
●被曝線量と健康被害の関係
●低線量・内部被曝の脅威
●エイズの発祥(症のミスプリ)と拡大も放射線の影響か
●放射線の影響で学業成績も低下し、粗暴になる?
●年齢による被曝の影響
●人工放射線と自然放射線の違い
●放射線降下物による内部被曝に、まだ治療法はない
●内部被曝の被害はずっと無視されてきた
●スリーマイル島の原発事故でも低線量被曝による死者が出ている
●チェルノブイリ事故の被害も隠されてきた
●「年間何ミリシーベルト以下だから健康に影響はない」というのは大きなウソ
●放射線被曝は免疫力を低下させる
●”年間1ミリシーベルト”は”がまん値”であって、”安心な値”ではない
●隠され、潰されてきた低線量内部被曝の告発

第五章 被曝体験と「原爆ぶらぶら病」
●被爆体験と「原爆ぶらぶら病」
●原子爆弾による本当の被害
●私が経験した広島の原爆
●初期に現れた放射線被害の実態
●原爆による「晩発性障害」
●「原爆ぶらぶら病」とは
●米国や旧ソ連でも見られた「原爆ぶらぶら病」
●日本と国際社会から抹殺されかけた「原爆ぶらぶら病」
●目の前の実態に向き合うことで、低線量被曝の問題が見えてくる
●被曝に関わる差別
●原発は核兵器と同根
●現代は「一億総被曝時代」に入っている

第六章 ”一億総被爆時代を生きる”
●被曝から逃れるのは難しい
●今、福島第一原発の事故による放射線被害を診られる医者はいない
●「原発から逃げろ」「汚染されていない食べ物を食べろ」と言われても
●放射線に対抗する唯一の方法は、生まれつき持っている免疫力を弱めないこと
●食べ物の食べ方も気をつけよう
●フリーラジカルから身体を守る栄養素
●何事も習慣化しよう
●便りになるのは医者でも薬でもなく、自分自身
●死を意識して生きる
●先々まで安全かどうか分らない中、ガンで死なず、長生きするために
●もっと被ばく(曝)に対する意識を高めよう

第七章 原発の無い社会に向けて
●原発は温暖化問題を解決しない
●捨てる場所すらない、方法すらわからない核のゴミ
●子どもたちの健康を憂いたお母さんたちが世界を変えた
●お金やモノよりも命が大事な国に変えよう
●自然と共生する文明を
●生態学に基づいて生きよう
●日本をこれからどうするかは、一人ひとりの肩にかかっている
●核開発をやめるには、内部被曝についてもっと勉強すること
●政府を民主的な力で変えていこう
●あたなの命ほど大事なものはない



 記述について:今回記述したコメントの先頭に★を入れた。★がないところは、現時点で、コメントは書かないということで、問題はないという意味ではない。

第一章 原発事故の影響でこれから何が起きるのか

●福島原発事故で何が起きたのか
 問題記述:「米国環境庁が3月15日以後、ウラン235の濃度が米国でも有意に上昇したデータを発表した」
★米国環境庁には、「日本の原発緊急事態」http://www.epa.gov/japan2011/というページがある。2011年6月30日まで、特別の体制で観測を強化した。そして、6月30日に次のようなメッセージを出している。

 日本の原発事故に対応すべく、EPAは測定頻度を上げて対応した。日本からの米国に到達した放射性物質が有害でないことを確認するためである。そして、十分にデータ解析を行って安全性を確認し、さらに放射性物質のレベルが低下傾向にあることを確認し、大気からの沈着量、飲料水・ミルクの分析すべてについて、5月3日に通常時のRadNetのやり方に戻した。

 In response to the Japanese nuclear incident, EPA accelerated and increased sampling frequency and analysis to confirm that there were no harmful levels of radiation reaching the U.S. from Japan and to inform the public about any level of radiation detected. After a thorough data review showing declining radiation levels, on May 3, 2011, EPA returned to the routine RadNet sampling and analysis process for precipitation, drinking water and milk.

 どこかに肥田本の言うウラン235の記述があるかと探したが、見つからず。あるのは、 far below levels of concern (懸念を要するレベルより遥かに低い)という記述ばかり。何か記述をするのであれば、肥田先生、出展ぐらいは示して欲しい。EPAのデータなら公開されているのだろうから誰でも確認が取れるので。

3月18日の記述には、具体的な線量がでている。しかし、ウランは無い。1立米の大気の放射線量が0.0002Bq/m3と「低い」と発表されている。

http://www.epa.gov/japan2011/data-updates-march.html
 Today, one of the monitoring stations in Sacramento, California that feeds into the IMS detected miniscule quantities of iodine isotopes and other radioactive particles that pose no health concern at the detected levels. Collectively, these levels amount to a level of approximately 0.0002 disintegrations per second per cubic meter of air (0.2 mBq/m3). Specifically, the level of Iodine-131 was 0.165 mBq/m3, the level of Iodine-132 was measured at 0.03 mBq/m3, the level of Tellurium-132 was measured at 0.04 mBq/m3, and the level of Cesium-137 was measured at 0.002 mBq/m3.

 3月22日の記述にも個別核種の記述はあるが、セシウム137、テルル132、ヨウ素131、ヨウ素132であり、やはりヨウ素131がもっとも多い。ここの記述では、ハワイでも検出されたが、バックグラウンドから過去の原水爆実験に基づく値の間であると記述されている。

 3月28日。予想された通りやや検出のレベルが上がった。しかし、あらゆる影響に考慮しても、懸念すべきレベルより遥かに低い。

 ところで、大気中の放射線はどのように考えたら良いのだろうか。一般的には、最悪な核種はラドン(気体:天然放射性物質)であり、その米国での暫定基準値が4pCi/L。これは、Bq/m3に換算すれば、37Bq/m3。これに対して、今回観測された値は、0.0002Bq/m3である。
 ラドンは有害性が低いのか。いやいや肺から吸収されるので、内部被曝を起こす。しかも、放射線はα線である。ラドンは肺がんの原因物質の一つだと考えられており、日本語訳されたEPAの報告書もあるのでお読みください。
http://www.niph.go.jp/soshiki/seikatsu/radon/model1.pdf

●子どもたちに初期の被曝症状が現れ始めている
 問題記述「放射線に敏感な多くの子どもたちに初期の被曝症状が現れています。下痢が続いて止まらないとか、しばらくしたら口内炎がでるとか、喉が腫れて痛いなど」。
 「多くの母親が心配していたのは子どもの鼻血です」。
★ここにも具体的なデータが無い。何を根拠にこのような記述があるか、それが不明。しかも、その原因を内部被曝のためであると根拠もなく憶測している。下痢、喉が痛いなどであれば、感染症を疑うのがまず医者というものでしょう。
 不安を福島の人々に押し付けるのが目的とする記述であると思われる。

●これからフクシマではヒロシマ・ナガサキと同じことが起きる
 問題記述1:「福島第1原発から出ている放射能は、広島・長崎で使われたのと同じウランとプルトニウムによるものです」。
 問題記述2:「今でもそうですが、50年、60年たってから、がんや白血病などの悪性の病気で被爆者がどんどん死んでいます」。
★広島と長崎で起きたことと、福島で起きたことが同じだと言っている。一体、何が同じなのだろう。実際には、相当違うことが起きている。

 「放射能」という言葉は、一般には「放射性物質」を意味する言葉で、『ウランとプルトニウムによるものです』、とは何を言いたいのか。実際には、検出限界が上がった今日、皆無という言葉は使えないが、福島では、ウランとプルトニウムは外部に出ていないと考えて良い。

 また、広島・長崎にウラン235やプルトニウム239が今でも大量に残留しているという話はない。もし残っていたら、今でも検出できる。なぜならウラン235の半減期は7億年。プルトニウム239の半減期は2.41万年で、α線を出してウラン235になるのだから。

 広島と長崎での残留放射能と言えるものは、したがって、中性子線によって放射化された核種であったと考えられる。
 放射線影響研究所によれば、http://www.rerf.or.jp/general/qa/qa12.html この放射化による最大放射線量は、爆心地における推定値が、広島で0.8Gy、長崎では0.3〜0.4Gy。爆心地からの距離が0.5kmのときには1/10、1kmでは1/100と考えられているとのこと。

 放射化されて生じる核種は不安定なので、半減期が短い。そのため、1日目に80%、、2〜5日までに10%、6日以降に残りの10%が放出されたと考えられている。爆心地付近では火災がひどく、翌日までほとんど立ち入りができなかったことを考えると、爆心地の値の20%のを超す被曝線量となることは無かったのではないか、と思われる、と記述されている。

 このような推定を肥田本では全く無視している。恐らく、日米の共同組織である放射線影響研究所の発表などは、「全く信頼できない」と断定しているのではないだろうか。

 しかし、このように科学的に検証が可能な推定は、もしも信頼性が低ければ、誰がそれを出したかなどによることなく、それなりに修正されるものである。

 記述2「被爆者がどんどん死んでいる」に移る。被爆者の寿命は一般人よりも長いというデータに裏付けられた事実があることは隠している。これは『不都合な真実』の一つなのだろう。白血病が問題になったのは、被曝後、40年後までで、その後は、固形がんが問題になった。原爆が理由で白血病を発症したと考えられている人数は、被爆者8万2千人を対象とした調査で、1975年までに70例、1985年までに80例である。もちろん、白血病の原因は多種多様なので、それ以後に白血病が発生しても何の不思議もない。

 白血病については、これも参照して下さい。
http://www.yasuienv.net/LeukNPP.htm

●「原爆ぶらぶら病」が東日本でも起こりうる
★その通り。「最大の問題は心身症」だからある。過度の心配によって、発症すると考えれば、起きるだろう。

●特に女性と子どもには注意が必要
 「乳がんの発症数の増加が低被ばく線量のため」
 「玄海町では子どもの白血病が全国一」
★この手の統計には注意が必要。
 玄海町の白血病については、ダイオキシンで埼玉県の乳児死亡率増大のときと同じように、統計的に意味があるかどうかを検証して示すべき。

●遺伝的影響の可能性も
★その可能性が無い、あるいは、少ないことは、広島・長崎の被爆者の放射線影響の研究で最初に分かったこと。1951年から1965年に行われたメガマウス実験によって、生殖細胞は被曝を受けても、受精までの時間を長くすることによって突然変異率が低下することなどによって、「遺伝影響は重要ではあるが、飛び抜けて重要ではない」と結論された。

●何か変化があったら記録しておく
●そもそも原発は田舎をターゲットにして建てられた

●原発はそこにあるだけで危険をばらまく 「森林破壊の原因も原発。ドイツ、ギュンター・ライヘルト教授の調査」
★Nuclear Plants and Forest Damageで検索した結果、見つかったのは、Chicago Tribuneの記事のみ。しかも、1985年1月22日の記事。さてさて??

●スリーマイル島の経験から福島で起こることは予想できる
 「スリーマイル島の事故の後、新生児死亡率が激増しました。これはペンシルバニア州のゴードン・マクロードも、原発から半径8〜16キロメートル以内に明らかに乳児死亡率の上昇があったことを認めている」
★どうも、この文書らしい。1982年に書かれた文書である。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1649792/pdf/amjph00650-0015.pdf
 英語のコピー&ペーストができないので、日本語訳のみ掲載。

 事故以前の1978年の最初の4半期には、スリーマイル島の半径10マイル以内で、1000の出生に対して、新生児の死亡が8.6と7.6であった。1979年の最初の4半期では、これが17.2に上昇した。そして、事故は1979年3月28日に起きた。次の四半期での死亡率は19.3であった。そして、同年の後半の四半期では、7.8と9.3になった。ちなみに、1979年における米国全体の新生児死亡率は、1978年が10.8、1979年が9.8であった。
 原発による差し迫った危機を反映しているのだろうが、睡眠薬を使用した住民が113%も増加、精神安定剤(トランキライザー)の使用は88%も増加した。一方、14%の人々は普段よりも大量のお酒をのみ、32%の人々はより多くのタバコを吸った。しかし、これらの薬や酒タバコによる副作用は、この事故での精神的ストレスによる公衆衛生上の悪い影響全体からみれば、ごく一部に過ぎないだろう。
 最近の発見(1982年?)であるが、スリーマイル島の除染・清掃プロセス中に分かったマウスやラットあるいはウサギの糞に含まれている放射性物質の量が非常に低かったという事実は、無視すべきでない神のお告げのようなものだろう。
 このような状況がヒトについて起きたとしたら、低線量被曝がヒトに与える影響を長期的に検討するときには、放射線による物理的な影響だけでなく、精神的な影響も同時に定量的に検討すべきであろう。


 この最後の部分がこの文書の核心となるところである。全体としては、様々なことが記述されており、訳した部分は、全体の1/8程度である。

 以上、要するに、肥田本は、ゴードン・マクロード氏の本当の主張を削除し、一見、危ないと読める部分だけを取り出して、低線量被曝が危険であるというイメージを捏造すべく最大限の努力をしている。
 NHKの追跡番組と同様、相当悪質な捏造である。もし肥田本の内容がゴードン・マクロード氏に知られたら、彼は相当に怒ることだろう。


第二章 体を侵す放射線被害

 この章の問題点は、カリウム40、ラドンなどの天然に存在している放射性物質に関する記述が一切無いこと。これは意図的にそうしているとしか言えないが、もしも、カリウム40とラドンの話を入れたら、成立しない記述が余りにも多い。
●放射線とは何か
●外部被曝と内部被曝の違い
●放射性物質の「半減期」とは
●ベクレル、グレイ、シーベルトという単位の違い
●外部被曝に比べた内部被曝の恐ろしさ
●放射線が体を壊すメカニズム
●放射線はDNAを破壊する
●放射性物質別、人体への影響
●ストロンチウムは骨髄を侵す

●セシウムは心筋梗塞を起こす
★バンダジェフスキー博士という人によって研究結果が出されている。この人は、クリス・バズビー博士と共に反原発グループのスターである。

 バンダジェフスキー博士は、セシウム137は、50Bq/kgといった体内蓄積量でも、心臓にとって非常に危険だという説を流しているが、ICRP、WHOなどの国際機関は、これに同意していない。

 同意しない最大の理由は、やはりカリウム40を無視しているからではないか、と思われる。人体には、放射性であるカリウム40を成人男性で4000Bq程度が存在している。体重を60kgと仮定すれば、60〜70Ba/kgという量になる。セシウムはカリウムよりも生体濃縮効果が大きいため、影響はセシウムの方が大きいと思われるが、それでも体内半減期は成人で100日以下、子どもだと30日程度である。

 カリウムはバナナには多く含まれているが、誰もバナナを食べ過ぎると心筋梗塞になるとは言わない。

★バンダジェフスキー博士は、リンゴペクチンがセシウム137の代謝を加速するという論文でも知られている。奥さんが主著者の共著。http://radionucleide.free.fr/Stresseurs/smw-Galina_Bandazhevskaya.pdf

 しかし、これも、ICRPなどの国際機関は同意していない。

 一説によれば、ドイツなどではリンゴペクチンが販売されているらしい。したがって、この実験を再現することは、世界のどこでも簡単にできると思われるのだが、EM菌の有効性の研究や、プラズマクラスターイオンの有効性の研究に、一流の研究者は取り組まないのと同じ理由でだろう、誰もリンゴペクチンに取り組もうとしない。

 まあ、無視される理由があるということなのだろうと推測される。Facebookの環境学ガイドからの情報で、http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110701 にバンダジェフスキー博士の論文の批判があるとのこと。是非お読みいただきたい。自分自身で調べているときには、この情報が見つからなかったのはなぜなのだろう。この「buveryの日記」にはかなり前から注目していたのだが。

★バンダジェフスキー博士は、ベラルーシから追放されていて、現在、ウクライナに居住中とのこと。その理由はWikiによれば、受験に関わる収賄容疑とのことだが、冤罪であるとの主張もある。

●知られざる危険な放射線核種
 「ラルフ・グロイブとアーネスト・スターングラスの著書、『人間と環境への低レベル放射線の脅威』によると、炭素14、トリチウム、クリプトン85という危険な放射性核種があるという」
★まず、Amazon.comでこの本が何かを探してみた。不思議なことに、アーネスト・スターングラス氏の著書は見つかるのだが、ラルフ・グロイブという人との共著の本は見つからない。さてどういうことなのだろうか。

 Ernest J. Sternglass氏は、ベルリン生まれのユダヤ人物理学者で、1972年に"Low-Level Radiation"という本を書いて以来、3冊の原発関係の低レベル線量の本を書いているが、いずれも単著である。最後に書いたものが、1980年の『スリーマイル島事故後の幼児死亡率変化』という本である。日本語版があるようで、そのタイトルは『死にすぎた赤ん坊 低レベル放射線の恐怖』肥田舜太郎訳のようなのだが、発刊が1978年で計算が合わない。それとも、1982年の『赤ん坊をおそう放射能−ヒロシマからスリーマイルまで』反原発科学者連合訳、がそれなのだろうか。となると、肥田氏訳の『死にすぎた赤ん坊』は、英語の原書がないということなのか?

 その後、スターングラス氏は1997年と2001年には、『ビッグバン以前、宇宙の起源』という本を書いている。

 面白いのは、『技術の呪い:核時代の食事』なる本を編纂していることである。著者はSara Shannonという人である。この本の中身が、この本の第6章の一部になっているような気がする。

 色々と見ているうちに、ラルフ・グロイブという名が、Ralph Graeubだということが分かった。この本はドイツ語で書かれている。Der Petkau-Effekt und unsere strahlende Zukunft(ペトカウ効果と我らの輝ける未来)。グロイブ(1921〜2008)はスイスの科学者である。英語版が1994年に出版されたとき、アーネスト・スターングラス氏が序文を書いたというのが実情のようだ。これが日本語に訳されたとき、その題名が『人間と環境への低レベル放射線の脅威』になって、本当の主題である「ペトカウ効果」という言葉が飛んでしまうのだから呆れる。

 やっと本題である。グロイブ氏の「ペトカウ効果」なる本によれば、危険な放射性元素として、炭素14、トリチウム、クリプトン85があるという。

 「炭素14は自然界にも存在しますが、今やそのほとんどが過去の核実験と現在まで動き続けている核施設や原発などから放出されています。炭素14は5730年の半減期。原発のフィルターには捉えられず、どんとんと外に漏れてしまう」と記述されている。

 これが生物に悪い影響を与えることは考えられるのか。
 炭素の同位体存在比は、炭素12が大部分で99%、炭素13が1%、そして、炭素14がおよそ0.0000000001%である。これが炭素のプールとなっている。炭素プールの中身は、大気中の二酸化炭素、海水中の炭酸イオン、生物界の有機物などである。

 炭素14は、年代測定に使用されるが、植物は空気中の二酸化炭素を取り込むが、このなかの炭素の同位体存在比は、炭素プールのものものと同じである。しかし、その植物が枯死すれば、炭素のプールとの炭素のやり取りが終わるので、炭素14は半減期5730年にしたがって、徐々に減りはじめる。そのため、炭素14の濃度を測定すれば、その植物が枯死した時代が分かる。

 しかし、炭素プール中の炭素14の組成は一定ではない。炭素14のほとんどは、大気圏上層部で大気中の窒素原子と宇宙線由来の熱中性子との反応によって作られている。一部は、大気内核実験によっても作られた。しかし、1850年頃から始まった化石燃料の大量消費によって、炭素14の濃度は薄くなった。これらすべてを勘案した補正が必要である。

 ということであるが、「今やそのほとんどが過去の核実験や核施設・原発で作られている」という証拠を示して欲しい。

 さて、まだ二つの元素が残っている。トリチウムであるが、いわゆる三重水素である。天然のトリチウムは、やはり宇宙線起源である。半減期12.32年。β崩壊をしてヘリウム3に変わる。

 人工的に作るには、原子炉でリチウムに中性子線を照射して作る。カナダ製の原発であるCANDU炉は、ウランを濃縮する必要がないという利点のある原発であるが、減速材に重水を使うので、重水素と中性子から三重水素ができてしまう。

 日本ではふげんが重水を用いていたが、廃炉になっている。韓国では日本海に望む月城原発の1〜4号機がCANDU炉である。

 肥田本「染色体を構成する分子の一つであるチミダインに摂取されると、トリチウムは水中に吸収された場合の50倍から5万倍も強く遺伝物質を汚染します」。

 日本語では普通チミジンであるが、スペルはThymidineで、英語ではサイミディン(先頭にアクセント)と発音される。チミダインとは? ドイツ語か? チミダインではなさそう。

 さて、チミジンはDNAの構成物だから、もしこの分子の中の水素が三重水素に変われば、いかに三重水素からのβ線が弱いとは言っても、局所的な被曝量は多くなることだろう。

 原子力資料情報室(故高木仁三郎氏が作った)の資料によれば、http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php?cat_id=1 10000ベクレルの水を経口摂取したときの実効線量は0.00018ミリシーベルトとされている。余り大きな数値ではない。

 水素爆弾の構造は公表されていないが、重水素化リチウムを水素源として、原爆によって超高温超高圧を作り出し、核融合を起こすことによってエネルギーを得ているのだと考えられる。一説には、核融合によって得た高速中性子がプルトニウムに核分裂を起こさせることにって大部分のエネルギーを得るとも言う。となると、核分裂がエネルギー源だといことになる。

 もしも核融合が起きているとしたら、もっとも簡単に起きる反応は、D+T → He+n だから、水爆実験では、未反応の三重水素を大量に大気圏にばらまいたことになるだろう。

 やはり原子力資料情報室の資料によれば、1960年代の降雨中の濃度は、100ベクレル/リットルであったとのこと。ちなみに現在の降雨中の濃度は1〜3ベクレル/L。

 原発、再処理工場付近のトリチウムの濃度が10倍高いといっても、その程度で被害が出るとしたら、1960年代の水道水を飲んでいた子どもはちゃんと育つ訳もないのだが。

 最後にクリプトン85。半減期10.77年。

 肥田本「肺に影響を与え、様々な方法で体液中に溶け込みます。大気から除去の方法がほとんどないのが難点。現在のクリプトン85の大気中の濃度は、核時代が始まる前の何100万倍も高くなっています。燃料棒の再処理工程で大量に発生します」

 これも原子力資料室に情報がある。 http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/7.html 朝倉書店の「元素の事典」による大気中のクリプトン85の濃度の推移が出ているが、天然の濃度が0.001Bq/m3以下だとしたら、1970年で0.6Bq/m3なので、600倍にはなっている。そして、現時点では約1000倍とのこと。肥田本での「何100万倍も増加している」という記述は一体どこに根拠があるのだろうか。

 「肺に影響を与え、さまざまな方法で体液の中に溶け込みます」という記述があるが、クリプトンの水への溶解度は0,067。この定義は、1cm3の水に溶解する気体の体積。クリプトンは不活性ガスなので、さまざまな方法で体液に溶け込むことなどはできない。単に物理的に溶けこむだけ。ちなみに、ラドンの溶解度はクリプトンの4倍。

 原子力資料室の資料では、クリプトン85は内部被曝は、空気中のあるものによる線量より低いとある。溶解度からみても、そのようである。

 同じく原子力資料室によれば、使用済み核燃料を再処理するとき、核燃料棒中に含まれるクリプトン85は全量放出される。その量は年間800トンの使用済み核燃料を処理すると、合計33京ベクレルになるとのこと。そのとき、近隣の濃度はどうなるのか、いささか心配ではある。なぜなら、クリプトンを吸着することは難しいので、処理できずに全量放出をすることになるだろうから。いずれにしても、どのぐらい薄めて出すかに依存しそうに思える。

 しかし、諸外国であれば、天然放射性物質であるラドンからの被曝が重大なので、まあ問題にならないのでは。日本はラドン濃度が比較的低い国なので、諸外国並になる可能性がある、といった程度の理解で良いのではないだろうか。

 どうも科学的に正しく情報を処理し記述する能力は、同じ反原発を主張している団体である原子力資料室が格段に高いように思える。


 要するに、この本は根拠が明らかでないことを、本当のことであると断定して、次々と並べるという手法で書かれている。恐らく、この本の著者(真の著者は肥田氏ではないだろう)は、スターングラス氏、グロイブ氏の著書だけを読んでいて、そこにある情報だけを信じている。そして、他に存在する膨大な科学的情報を集めていないのではないか、と推測される。

 アマゾンでの『人間と環境への低レベル放射線の脅威』の書評をみると、この本を読んでいる人は、ほぼ反原発グループに属する人々で、一人だけまともな読者がいるという感じである。反原発の主張の本当の科学的根拠は何なのか、その理解が一般化しない最大の理由は、このグループの閉鎖性にあると思う。情報が一般社会と共有されていないのだから、価値観が共有される訳がない。

 余りにも長くなったので、残りはまたの機会に。そこでも、相当量の情報の捏造が行われているような感触である。