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   経団連の提言を今更チェック
     改めてその真意を探る 03.12.2017

               



  先週の記事で、日本の経済界の全体的な構造は「八ヶ岳」的であって、世界の主流(富士山型)とは違う、と記述しました。しかし、色々と考えてみると、日本国内において、個々の企業は、それほど妙なことは言っていないと思うのです(本音はやや違う可能性があるけれど)。となると、問題の所在は、それらを代表している経団連に「あるのか、ないのか」、と思わないでもないですね。さて、それが事実かどうか、どうやってチェックするべきなのか。パリ協定についてならば、いささか古いですが、昨年(2016年)の10月18日付の「パリ協定を踏まえた今後の地球温暖化対策に関する提言」
http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/094_honbun.pdf
の内容を詳細に検討すること、これがもっとも簡単かもしれません。依然として、これが経団連の最新のメッセージですし。

 
C先生:今回の狙いは、序文に示した通りではあるけれど、先週の記事で、経団連の温暖化対策に対する評価は、個別の企業、場合によったら極めて保守的でもあっても仕方のない企業、例えば、製鉄や電力やセメントなどの企業よりもさらに保守的だという評価をしてしまったのだけれど、その根拠を示せていなかった。そこで、今回は、どこにその根拠があるかを考えてみようということだ。

A君:経団連ですが、京都議定書時代の話ですが、経済界は自主行動計画と呼ばれるもので対応し、それによって、産業界からのCO排出削減に多大な貢献をしたという自負を持っていますね。

B君:確かにそうかもしれないが、京都議定書対応と、今回のパリ協定への対応が定量的にどのように違うのか、これを正しく認識しなければならない。しかも、パリ協定は3段階からできているという話は、これまで何回も繰り返しているけれど、極めて単純に書けば、
(1)2030年までの26%削減
(2)2050年までに地球レベルで40〜70%削減。先進国であればほぼ80%削減。
(3)今世紀末のどこかの時点で、排出量実質ゼロを達成。(植林などによる人為的な削減相当分は放出可)


A君:一方、京都議定書では、日本が背負ったのは、2008年から2012年までの「第一約束期間」で「6%削減(基準年ほぼ1990年)」でしかなかった。東日本大震災の影響で原発が止まり、一時期+1.4%というピンチを経験したものの、京都メカニズムという名のもとに排出権をかなり買い込んだし、森林吸収でマイナス3.8%というマジックをあったので、なんとか達成した。

B君:それに比較すれば、(1)の2030年の26%削減だって結構厳しい。まあ、2月26日の記事で議論したように、このところ、電力消費量は確実に落ちていることは事実だけれど。

A君:これについて経団連は何を主張しているか。まずは、提言の1ページ目にある記述ですが、
 パリ協定は、先進国・新興国・途上国を含むすべての主要排出国が地球温暖化対策に取り組むことを約束する歴史的な一歩であり、わが国経済界がかねてから求めてきた国際枠組みである。
 わが国としても、パリ協定の詳細ルールの策定に貢献することはもとより、「環境と経済」を両立しつつ、わが国が「約束草案」として国連に登録した「2030年度に 2013 年度比 26%削減」という中期目標の達成に国を挙げて取り組む必要がある。

B君:要するに、パリ協定に対して、その原理原則には賛成という建前は共有されている。しかし、この文章の後に、若干の本音が見える。
 「あわせて、低炭素技術の開発や、削減ポテンシャルの大きい途上国等海外への技術移転に取り組むべきである。」
 これだけだと、一見、当たり前のようにも読めるのだけれど、途上国での技術移転、今だとJCMということになるけど、これで排出量の削減を実現して、国内ではできるだけ削減幅を減らすべきだという主張だと理解すべきだろう。

A君:経団連の本音は、p2の(2)国際レビューにも見え隠れします。
 まず、パリ協定は「プレッジ&レビュー型」の仕組みで(要するに、自分でこれをやると約束し、それを他者を含めたメンバーでチェックする方式)、これは、経団連が主導した「経団連 環境自主行動計画」や「経団連 低炭素社会実行計画」で実践したものだと、まず自己を高く評価。

B君:それはある程度事実。しかし、パリ協定で行われるものは、レビューといっても、この経団連文書にも書かれているように、国際レビューなのだ。2023年と2028年には「グローバル・ストックテイク」と呼ばれる国際査察があって、その2年後には、2035年、2040年の削減目標を出さなければならないので、京都議定書のように、ノンビリしたものではないと思うのだ。

A君:要するに、「削減量」が毎年進化するような仕組みでなければならないのだけれど、この国連の新しいレビューの方式について、経団連の文書には何も記述されていない。まだ、その詳細な内容が決まっていないのは事実だから仕方ないのだけれど。

B君:経団連は、「削減量」だけでは充分ではなく、p3になるけれど、単位 GDP 当たり排出量や、セクター別エネルギー効率、利用可能な最良の技術(BAT)の導入状況、限界削減費用など、多面的な評価が必要、という主張をしている。これを、国際社会の標準とするのは、ほぼ不可能なので、意味はない。どうせ実現しないから、という記述のように見えるのだ。

A君:要するに、日本企業の過去の努力によって、エネルギー効率はすでに高いということを主張したいのだと思うのですが、それがそろそろ怪しい。中国における基礎産業に比べれば、エネルギー効率は確かに高いのですが、だからといって、スマホの製造のような話になれば、使っている製造装置はほぼ同じだから、中国でやろうが、日本でやろうが、変わらない。

B君:例外は確実あって、それが中国の製鉄とセメント製造。これらは、中国的な後進粗製乱造型製造業だ。それは、米国向けの輸出用や国内向けが多いからかもしれない。日本国内の製鉄のように、高品位の自動車用薄板(いわゆるハイテン)を中心としたものではないからかもしれない。

A君:レビューの話に戻りますが、来年、2018年だけれど、予備的なグローバル・ストックテイクが行われるという話もあって、そこで、そのとき経団連が何を言うか、それに注視しておく必要があると思うのですよね。

B君:ただ、予備的なものと言われているけど、内容はよく分からない。いくつかのWebサイトを見てみると、こんな図が見つかった。

図1: 2018年に行われる予備的な査察とその後の国際査察のイメージ図
http://www.wri.org/sites/default/files/uploads/ambition_mechanism.png

A君:2018年は、Facilitative Dialogue/Stocktake on Mitigationとなっていますね。削減を促進するための対話と棚卸(まあ実態調査か?)ですか。

B君:文章を読んでみると、もっと具体的で、facilitative dialogueということは、パリ合意の長期的なゴール、すなわち、世界全体の排出量を下げ始めることと、Net Zero Emissionの実現に向けた進展の状況をチェック&レビューすることみたいだ。すなわち、自分がプレッジした削減量をさらに増やすことができるかどうかが議論されると考えるべきなのではないだろうか。

A君:経団連的に見ても、また、実現可能性という意味で、それは困った査察になりそうですね。個人的予想では、例の2030年での電力のエネルギーミックス、すなわち、原子力20〜22%程度再生可能エネルギー22〜24%程度石炭26%程度LNG27%程度、石油3%程度の実現は、いずれも実現が難しいと思うのです。
 詳細は、本サイトの
http://www.yasuienv.net/JapanINDC.htm
この記事を参照して欲しいです。

B君:原子力の再稼働は、2030年が近づいてきたとき、政府としても、なんとかやる以外にないという判断になると思うのだが、再生可能エネルギーの方は、「FITは失敗した」という判断が邪魔をしていること、さらに送電網の整備が進まないために、どうなるやら。今のままでは、不安定な再生可能エネルギーを送る電力網からは程遠い。

A君:さらには、石炭の26%だって怪しくて、これは、もっと増えてしまうのでは。短期的な利益を稼ぐには、5円/kWhの電力である石炭火力を増やすしかない、というエネルギー企業が余りにも多い。

B君:そういえば、今、経団連の提言をよくよく見直していたら、「2030 年度のエネルギーミックス(原子力:20〜22%、再生可能エネルギー:22〜24%、火力:56%)を実現していく」、と書かれていて、石炭26%、LNG27%、石油3%という内訳が無視された形で、火力56%に一本化されていることを発見した。

A君:これが経団連流の解釈ということですね。火力を一本化して良いのならば、電力の自由化が行われたのを活用して、もっとも安いけれど、天然ガスの2倍のCO2を排出する石炭火力を増やすのが当たり前。しかし、それでパリ協定遵守を主張していることと矛盾しないのですかね。

B君:発電事業者は環境省と2030年時点における電力の排出原単位をどこまで下げるか合意したはず。

A君:電力のベストミックスが実現したとき、2030年における二酸化炭素排出原単位は、0.37kg-CO2/kWhになっている。この値は、2013年実績が0.57kg-CO2/kWhだったので、原子力20〜22%程度、再生可能エネルギー22〜24%程度、が実現しなければかなり難しい。それに加えて、経団連の記述のように火力56%などという大雑把な対応では不可能。絶対的に、石炭火力の排出量<LNG火力の排出量でないと。

B君:我々の主張は、せめて、石炭火力を認可するのなら、CCSレディーという条件を付けること。具体的には、火力発電所の隣に、CCSに必須であるCO分離設備を建設できるだけの十分な空地を確保してあること。そうしないと、CCSが無い石炭火力発電所は、運転が不可能ということになって、新設したとしても、15年ぐらい運転したら設備を廃棄するはめになって、設置する事業者が大損失を被ることになるのが必然だから。まあ、訴訟を起こして、数年間の運転猶予を狙うつもりなのだろうが。

A君:日本で、石炭発電事業者が本当に潰れるかどうか。石炭の生産業者は、米国ではどんどんと潰れています。例えば、ピーボディという米国石炭の最大手連邦破産法11条の適用を申請したのが昨年の4月。これで、全米の石炭採炭量の45%を占める石炭採掘事業者が、この11条を申請したことなる、とのこと。
http://coal.jogmec.go.jp/content/300310632.pdf

B君:その本当の理由は、米国の場合には、すでに石炭が安価なエネルギーだとは言えなくなっているからだ。シェール・ガス、シェール・オイルのコストが競争力をもっている。しかも、トランプ大統領になって、北西部のノースダコタ州のバッケンと呼ばれるシェール系エネルギーの産地から、需要地である南部に向かって、パイプラインを建設しようということになりそう。

A君:さらに、石炭の生産は人力頼みですが、鉱夫の人件費には危険手当を加える必要があって、高いのです。いずれにしても、世界の先進国で石炭発電に拘泥しているのは、日本ぐらいなもの。それは、産油国に足元を見られたという痛い過去があって、天然ガスの価格が高い国だからかもしれない。

B君:天然ガスだって、2040年以降にはCCSが必須になると考えなければならないだろう。

A君:そうでしょうね。2050年の80%削減は、自分の国は先進国だと主張するための条件になるでしょうからね。日本の場合、20%のCO排出枠は、製鉄とセメントに渡す以外に方法はないので、COゼロが可能な発電事業には、排出量ゼロを強制するしかないでしょうね。

B君:それを警戒していて、p7あたりになるけれど、経団連は、バックキャスト的な思考法は非現実的だと一刀両断している。しかし、2050年目標そのものを否定できないとすると、これほどバックキャストが有効な課題はないので、バックキャストを否定することは、もともと、解決などを目指していないという意思の表明だとも言える。

A君:否定の論拠として挙がっているのが、やはりp7ですが、IPCCの第5次報告書には不確実性があるという主張。それは、気候感度という言葉で語られるもので、温室効果ガス濃度が2倍になったときに何度上がるかという数値。IPCCの第5次報告書の中ではこの図がもっとも重要なものなので、このWebサイトでも何回か取り上げました。


図1:1870年頃からのCO累積排出量と温度上昇との関係
 黒線:CO2累積排出量と温度上昇のもっとも可能性の高い値「最尤(ゆう)値」
 灰帯:研究者による数値のばらつきの幅

B君:このグラフでは最尤値である黒い線が二酸化炭素の累積排出量と温度上昇との関係を示している。灰色の帯は研究者による解析結果の広がり。二酸化炭素の半減期は相当に長いので、累積排出量と大気中の濃度とはほぼ比例関係にあるため、この黒い線の傾きが気候感度を示していると考えればよい。灰色の幅は、様々な研究者による数値的な広がりを示すもので、当然、ある程度の不確実性、すなわち「揺らぎ」がある。

A君:しかし、不確実性がある場合に、どういう対応をすべきか、と考えれば、その正統的な方法論がリスク論になります。そして、正しい対応は、不確実性があるなら、より、安全係数を高めに設定することです。不確実性があるから、対応をゆるくしようという主張は、独善的自己都合主義であって、誰も同意しないことなのですが、経団連が、なぜ、このようなリスクの論理を全く無視した主張をするのか、理解できませんね。

B君:経団連の主張する対応は、したがって、原子力のリプレース・新増設となっている。電力会社でも、新増設の主張は今のところあまりしていないように思うのだけれど。毎度議論しているように、日本人は、恐らく原発の再稼働は認めることになっても、寿命の来た原発の新規原発へのリプレースは認めない可能性が高いと思うのだ。そのうち、中国あるいは韓国、場合よるとロシアの原発で大事故が起きる可能性があるから、そんな想像をしているのだけれど。今、原子力のリプレースを前提とした議論をするのは、リスク論的には適切とは言えない。

A君:使用済み核燃料の中に含まれる放射性元素を考えてみると、軽水炉という第三世代原発は、どうも完全なシステムではないという気がしますね。原子炉の実質的発明者と言えるのは、エンリコ・フェルミだと言うべきですが、飛行速度を極端に遅くした熱中性子線を使う方法の最初の実践者だから。

B君:エンリコ・フェルミが総指揮をとった最初の核分裂の実験炉は、黒鉛炉だった。すなわち、早い中性子線の速度を落とすために、黒鉛=炭素が使われた。

A君:熱中性子線がウランに衝突すると、というよりも中性子がウラン原子の原子核にゆっくりとまとわりつくと、それを吸収した原子核が不安定になって分裂し、その際、中性子が放出される。この中性子の速度を下げて、次のウラン原子にまとわりつくようにする。そして、ときには、天然に存在しない中途半端に安定な原子を作ってしまうことがある。

B君:例えば、アメリシウム241という人工元素ができるけれど、これが厄介。半減期が432年と中途半端。半減期が非常に長ければ、分裂頻度が低いので、放出する放射線が弱い。半減期が十分に短ければ、それはすぐに崩壊するのでエネルギー源になる。中途半端だと放射線は強いのに、役は立たない。アメリシウム241がその代表。

A君:そもそも、現状の原発の最大の問題点は、燃料が炉の中にあることですね。そのため、スイッチを切るのが難しく、何かあったときに、放置しても安全ということにならない。普通の熱機関であれば、エネルギー源は、燃焼器の外部のタンクの中にあって、何かあったら燃料供給を遮断すればよいだけなのですが。

B君:そういう意味では核融合炉は、外部に燃料タンクがあるので、化石燃料の概念に近づく。しかも、長寿命な放射性の廃棄物が少ないので、人類にとって、やはり究極のエネルギーは、核分裂ではなく核融合だろう。宇宙の究極のエネルギーが核融合なので、地球上でも当然そうなる、という見方は一般的で、フランスで建設中のITERより、極めて小型の核融合装置の研究が米国などでかなり行われている。安全性は極めて高いので、日本でも100年後の実用を目指して研究を進めるべきかもしれない。核融合というと水素爆弾を作る気かという人も出てくるかもしれないけれど、水爆を爆発させるには、原爆が必要なんだ。

A君:また、核融合でも放射線は出ます。というと嫌がる人が多いけれど、そもそも生命が誕生した最大の理由が放射線の存在だったという説もあります。生命が誕生したころの地球の自然放射線は極めて強かったのですが、46億年もたった現在、かなり弱くなっていて、超長期的には地熱なども徐々に使えない状態になるのです。なぜなら、地熱は決して、地球ができたときの熱が保存されているのではなくて、いくつかの機構、例えば、自転による摩擦熱などで発熱に加えて、不安定核の崩壊熱ですから。

B君:地球の人口が60億ぐらいに戻って、将来ともこのあたり収まってくれれば、ほぼ自然エネルギーだけで行けるかもしれないけれど、人口120億とか言われると、自然エネルギーだけでは無理のように思う。

C先生:文章がかなり長大になっているが、要するに、経団連の提言の底には、石炭というもっとも安価なエネルギーへの依存を継続することが経済成長にとって必要不可欠という基本的な理解があるということは確実。
 加えて、日本国内での削減よりは、海外での国際貢献、という名前での援助によって、削減量を稼ぐべきだということも一つの主張だ。
 さらに、2030年以降の長期の温暖化対策としては、革新技術を創出させるために「ミッション・イノベーション」が重要で、そのためには、研究費などへの投資を増やすことが必要であるから、カーボンプライシングには反対。特に、排出量取引制度などの規制的手法は、いかなる時点においても、反対。
 そして、原子力のリプレース・新増設も視野に入れること。
 さらに、2050年という長期に関しては、まだまともに考える対象でもないし、時期でもない。
 まとめれば、このような主張だということだ。

A君:経済成長と温暖化対策の両立は、確かに「地球温暖化対策計画」の基本なのですが、エネルギー消費量と経済成長の相関は、すでに世界各国で崩れていて、日本ですら
http://www.yasuienv.net/RENikkei.htm
の図1で示しましたように、電力消費量は下がっていてもGDPは増えているのです。

B君:それは、省エネ技術や自然エネルギーに関するイノベーションが商売になるようになったからなのだ。ただし、イノベーションの常として、それまで儲かっていたところが儲けるのではなく、イノベーションが起きた結果として、別の企業が儲けを受け取るようになるのは必然。例えば、ヨーロッパで主流になっている電力幹線は、高圧直流送電。この技術は、日本の自前技術には無くて、スイスのABBとかドイツのジーメンスとかが持っている。日本でやるとなると、2015年にできた日立とABBの合弁会社がやることになるかもしれない。

A君:経団連がもっとも警戒していることは、そこかもしれないですね。高圧直流送電といった技術が外資に独占された形で実現すると、既存の利益分配構造が崩れてしまう。特に、火力発電と原子力発電を中心に据えてきたエネルギー供給体制が崩れる

B君:資源エネルギー庁は、熱心に電力自由化を推進してきているけれど、これに対して経団連は文句を言わないのが不思議。新規参入の電力販売はそれほど普及しないと思っているのかもしれないけど。

A君:しかし、長期的には、ローカルな電力企業などが出てきて、現在の九電力+J−Powerという体制ではなくなるのは必然だと思うのですけど。

C先生:ぞろそろ終わりにするが、まず、絶対的な事実として、2050年の80%削減を見直すことは、もはや不可能。しかし、経団連は、2050年の記述を含む「地球温暖化対策計画」を「不断に見直していくこと」を求めている。これが、国際感覚の無さを如実に示している
 現時点で、もっとも国際感覚のある産業は国際商品である自動車産業かもしれない。もはや家電などは、中国製で良いので、アップルみたいに、設計だけ国内でやる形になる。自動車だって、操縦性・乗り心地の良さの両立を維持するためには、極限のすり合わせが必要な産業だと言われているが、自動運転が普及している2040年頃には、果たして、ドライバビリティーといったことに、どれほどの意味があるのか。
 例によって例の結論になるけれど、やはり経団連は現在の産業構造が変わること自体に反対をしている。すなわち、未来を読みたくない、という基本的なマインドで、このような文章を書いているように見える。
 しかし、個別の企業は、そんなことをしているとあっという間に敗者になるのは必然なので、かなり違った考え方を持ち始めている。さる情報によれば、CO排出が不可欠なあるセメント企業は、カーボンプライシング、あるいは、炭素税の導入を進めたいと考えているらしい。それは、非製造業は勿論、COの排出が不可避ではない製造業からのCO排出をゼロにして貰い(それには、電力のゼロCO化が必須になるが)、2050年での80%削減の余剰分である20%は、是非とも、セメント業界(と、多分、製鉄業界)へ配分して欲しい。その代わり、炭素税は払うから、という考え方らしい。セメントという商品は、あまりにも安価であり、粉体であるために、輸出入には適さないことも理由の一つ。
 こうなってくると、日本企業の先進的なリーダーたちは、現在の経団連のことをどう思っているのだろうか。少なくとも、一枚岩だとは考えられない。場合によると、電力・エネルギー・既得権益のことだけを考えている極めて視野の狭いドメスティックな連中であって、すでにお荷物化した、と思っている経営リーダーが多くなりつつある可能性も否定できない。