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     ハーバード大学での日本史教育4
       ジャパン・アズ・ナンバーワン 08.30.2020

               



 これまで3回の記事でお分かりのように、ハーバード大学の日本史に関する領域の知性的な教授連には、ある意味圧倒された
 今回は、副題からお分かりのように、登場する教授は、言うまでもなく、エズラ・ヴォーゲル教授である。
 
あの有名な「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なる書籍が発刊されたのは、1979年のことである。我が家にあるものは、復刊版なので、2002年版である。この本が出版された1980年頃の状況だが、日本からの自動車などの製品が、アメリカ市場を席捲しすぎたためか、日本車が打ち壊しに会ったり、日本人ビジネスマンが、エコノミック・アニマルと呼ばれたりしていた。
 この書籍のために、エズラ・ヴォーゲル教授とのインタビューが行われたのが、2017年の春ではないか、と思われるが、2030年生まれなので、現時点では、すでに、90歳を越している。正式な教授職は、2000年で引退されているような記述も見つかるが、恐らく、
まだ、大学に教授室を持っておられたのだろうと思う。最近、日本でも特任教授と言って、大きな研究費を外部から獲得している名誉教授は同様の優遇を得ることができるようにはなったが、米国では、まさに実力主義で、大学側から見て、有用な有名人は、無制限に大学内に存在することが可能になるのだろう。前回もご紹介したけれど、米国の大学教授に定年はない。

C先生:
米国人は、生まれついての特性として、トランプ大統領のようなところがあって、「アメリカは、世界一でなければならない」と思っている人が多い。一方で、米国人の平均的な科学に関する知性はというと、三井誠氏の著書、「ルポ 人は科学が苦手〜アメリカの『科学不信』の現場から〜」に関する本サイトの記事、「米国『科学不信の実態』の良書〜福音派の人々は何を思う 06.09.2019」でもご紹介したけれど、「地球は球体ではなく、平板である」という『Flat Earthers』と呼ばれる人々が数多く存在していたりする。Flat Earthersに関しては、今年の5月発行のScientific Americanの記事(英文)の記事をお読みいただきたい。タイトルは、『Flat Earthers: What They Believe and Why』{By Steve Mirsky(英国人)}。https://www.scientificamerican.com/podcast/episode/flat-earthers-what-they-believe-and-why/

A君:地球平板論者が米国で存在している理由には、2面性があって、一つは、特に南部農業地帯の保守派は、その祖先が新天地アメリカに到着したが、農業を生業にする人が多かった。加えて、
米国南部では未だに宗教的理由(福音派と呼ばれるキリスト教徒は、聖書に記述されていること以外は信じない)で進化論を教育していないという土地柄でもあり、自分の目で見えるものしか信じない人、Flat Earthersになってしまう人が多かったのではないでしょうか。

B君:話題がずれたけれど、今回の
ヴォーゲル教授の著書「Japan As Number One」は、1979年に発刊された。米国ではエリート層は強い興味を示したものの、一般市民層は、米国は世界一の国なのだから、日本のような国から学ぶ必要はない、という、現トランプ流の「アメリカ・ファースト」的な考えであったようだ。

A君:しかし、日本車に代表される日本製品が売れすぎている、と思う反日本製品思考は徐々に強くなって、
日本車を打ち壊す状況がテレビで流されたりした「ジャパンバッシング時代」が1980年代にはあった。

B君:「そんな時代に、なぜ、この本を出版しようと思われたのですか」という問いに対して、
ヴォーゲル教授は、「アメリカが絶対に正しいとは思わなかった。日本は、ますます強くなる。アメリカは日本から学ばないと大変なことになる、と思った」と説明している。

A君:ハーバードの同僚からの評価は、「この本が述べていることはほぼ正しい」、というものだったとのこと。

B君:そして、
米国の製造業では、自動車メーカー、半導体メーカーなどがもっとも反応した。その疑問点は、「なぜ、日本製品は品質がこれほど良いのか」に集中した

A君:当時のアメリカで製品を作る企業の思想は、壊れても、簡単に修理できるなら問題ない。それに対して、現時点だったら、個人的にどう解答する人が多いのだろうか。最近のアメ車は、余り壊れなくなったという話もあるので。

B君:個人的な回答は、「
製品など壊れるものさ、といったある種の諦めか悟りかもしれないけど、それが無い国が、日本だから」。

A君:まあ、文化が違うことは確実ですね。例えば、
米国にある女神像といえば、自由の女神像。青銅製だと思うけれど、日本の木彫による観音像などの繊細さとは相当に違う。もっとも、日本では大仏であっても、自由の女神のサイズ(46m)に比べると高さがかなり小さい。東大寺の大仏でも14.7mなので。

B君:あの
「自由の女神像」は、フランス系のフリーメイソンリーからアメリカ系フリーメイソンリーへの贈り物だったらしい。

A君:日本と米国の製品あるいは作品に関する価値観の違いのようなものを同じ女神像を比べることによって、明らかにすれば、
日本の製品と米国の製品に込められた哲学ぐらいは分かるはずだけど。

B君:米国の問題の一つは、すでに述べたことではあるけれど、
自分達の考え方が世界でもっとも正しい、あるいは、唯一の正しい考え方だ、という思い込みが強いこと。そのために、他の国と比較などをするというマインドが弱いことだろう。

A君:トランプ大統領を見ていれば、その傾向は余りにも明確だ。軍事力などを比較すれば、すなわち、ある領域に限れば、ある程度当然ではあるけれど、「世界一」の思いの背景に軍事力があるということは、余り褒められることではない。腕力の強い人間が常にエライとは限らないので。

B君:
ジャパン・アズ・ナンバーワンの本の評価だけれど、ハーバード大学の教員からの反応でも「この本の述べていることは概ね正しい」だったとのこと。

A君:そして、日本車などが売れるようになって、米国の自動車メーカーのエリートも、やっと、日本から学ぶ必要があること理解するようになった。

C先生:どうも、
日本の研究開発が官民一体で行われるといることも、アメリカに移植されたようだ。この本は、なかなかの影響力を持っていたのだ。

A君:ここで
話題がちょっと変わって、「日本が中国に与えた影響」についてになります。

B君:
ボーゲル教授は、日本だけの専門家ではなくて、中国の専門家でもあるから、当然と言えば当然の展開。

A君:個人的には、
日本が中国にどのような影響を与えたのか、考えたこともない。日清戦争に勝ったぐらいの認識しかない。

B君:その通りで、明治時代以前では、日本が中国に与えた影響よりも、中国が日本に与えた影響の方が大きい。

A君:ところが、
中国が日本から学ぼうと考えた時期が2回あるとのこと。最初が、先ほど述べた日清戦争の後、もう一つが、1978年のケ小平氏の訪日の後だそうだ。この両時期には、中国でも「日本から学ぼう」という機運が高まったそうです。

B君:中国は日清戦争に負けると思っていなかった。これが最初のショックだったらしい。
中国の知識人でも、「日本は近代化を進めているようだけれど、成功するかどうかは分からない」という程度の認識だった。

A君:
日清戦争に負けた中国は、日本の状況を学ばせるために、大量の留学生を日本に送り込んだようです。

B君:しかし、日本流の発想を学ぼうという意識で送り込んだと言うより、
実は、日本を通じて、「ヨーロッパの近代化」を学ぼうとしていた、と言うのが現実らしい。ヨーロッパの書籍を買うよりも、日本語に訳されたヨーロッパの本を読む方が、経済的だし、また、言語的にもまだ簡単ということのようだ。

A君:
ケ小平氏の来日に関しては、三つの目的があったとのこと。第1は、日中平和友好条約の批准書を交換、第2は、過去数十年間に渡って日中関係改善のために貢献した日本人に感謝すること、そして、第3はなんとなんと「不老不死の秘薬」を見つけること。

B君:えーーー。「不老不死の薬」だと。

A君:いやいや
「不老不死の薬」の秘薬とは、経済成長を達成するための秘薬であり、具体的には、先端技術と企業経営を意味したとのことです。

B君:ここで話がガラッと変わる。
次の質問を教授にぶつけた。「なぜ現代のアメリカ社会からトランプ大統領のようなリーダーが生まれたと思いますか」

A君:この答が、ちょっと予想外。
アメリカの子供達は裕福な人々が住む町の学校か、私立の学校に通わなければ、良い教育は受けられない。そのような状況で、もっとも社会に対する失望感が強かったのが、低所得の白人男性だった。彼らは、「自分達が不遇の状況にあるのは、有色人種、移民、女性が優遇されすぎているからだ」と考えていた。「トランプ大統領は、その失望感を上手く利用したのだと思う」、というのが回答

B君:次の質問がすごい。「
ドナルド・トランプ氏が大統領になると思っていましたか」。

A君:回答は、「
大統領にはなりえないと思っていました。ハーバード大学でも彼を支持していた学者はほとんどいませんでした。やはり超大国アメリカの大統領は品格を持つべきだというのが、私たちの考え方です」。

B君:すばらしい。だけど、当たり前すぎる。そして、次の質問が、
「日本は比較的格差が拡大していない国だと言われていますが、その理由は何でしょうか」

A君:
「それは、第二次世界大戦後の経済復興の中の日本では、各層の指導者が、経済発展で得た富は全国民に分配されるべき」と考えたからだというのが、ヴォーゲル教授の答。

B君:それを別の言葉で言うと、
「日本には『フェア・シェア』という基本原理がある」と指摘している。

A君:「これは昔からの伝統でしょうか」、という質問に対しては、「江戸時代の藩の指導者は、藩の力を強くするためには、藩の人々の教育水準や経済力を上げなければならないことを認識していた。さらに、農民であっても、女性であっても、学校に行き、『読み書き算盤』を学ぶことができた。加えて、農村社会では、お互いに助け合う経済システムが導入されていた」。

B君:すなわち、藩の指導者の考え方は、通常の国のように格差拡大を目指すものではなかった。

A君:
同じような考え方を清の時代の指導者が持ってもおかしくはなかったのでは

B君:
清は、やはりシステムが違うというのがヴォーゲル教授の答。中国は、皇帝をトップとした中央集権国家であって、中央にすべての富と権力が集中していた。地方の指導者も中央から派遣され、そこに権力が集中しないように、任期も決めらえていた。

A君:なるほど。日本では藩の指導者は、藩という固定した地域を対象に管理を行うことになっていた。すなわち、
地域を良くすることが、その藩を繁栄させる方法論だったのでしょう。

B君:それに対してヴォーゲル教授は、「サムライの考え方を受け継いでいたから」ということを理由に挙げている。そして、
「現在日本の状況としては、例えば、トヨタ自動車の経営者は、社員だけでなく、町(=豊田市)の人々を豊かにしたいと思っている。これが日本の伝統である」

A君:ということも言えると思いますが、豊田市は、日本の市の中では、かなり特殊な市に分類できると思いますけど。ほぼ、トヨタ系の企業しか無いような地域なので。

B君:北九州市が似たような状況だったと言えるかもしれない。

A君:確かに、鉄鋼業は、その所在地の都市にそのぐらいの影響を与えていたかもしれません。例えば、世界遺産になった釜石市も含めて。

B君:そこで、元に戻るけれど、この本の執筆者は、次のような質問を続けた。
 
トランプ大統領は、「アメリカの労働者の収入を上げます」とか、「格差を縮めます」と言ってますが、この公約は果たされるのでしょうか

A君:ヴォーゲル教授は、
一刀両断、「私たち学者は全く期待していません」。「彼は誰からの助言も聞き入れないし、勉強もしていない。彼が言っていることは実現しないだろうと思います」

B君:まさに一刀両断だ。

A君:そして、
執筆者からの最後の質問が、これだった。「日本は今後、世界でどのよう役割を果たしていくべきですか?」

B君:「
アメリカ、中国が世界の政治、経済をリードしていくことに変わりはないけれど、トランプ大統領には、世界の繁栄のために、リーダーシップをとろうという気はさらさらないでしょうですから、日本がアメリカの代わりに、その役割の一部を担うことができるでしょう。日本では、貧富の格差がそれほど拡大していませんし、日本国民の教育水準は依然として高い。医療制度も整っているから、国民は健康で長生きできる。加えて、犯罪率も低く、治安も良い。日本のこのような長所は、世界の模範になると思います。
 
日本は世界で非常に人気のある国だと思います。世界の多くの国々と協力して、環境、平和、貿易など日本が得意な分野で世界に貢献していっていただきたい」。

A君:これで終わりなのですが、随分と日本が買いかぶられているような気もします。
ヴォーゲル教授のような人にとっては、トランプ大統領は許しがたい大統領であることは良く分かるのですが、アメリカという国は、インテリジェンスの分布だけでなく、あらゆることで、分布が広いと思う。金持ちは異常に金持ちだし、バーバードの教授の知性は、非常なレベルの高さだし。

C先生:これで終わりか。この
ヴォーゲル教授の日本観を読んで、ちょっと恥ずかしい感じがした。日本の美点だけを語ってくれている、という感触だった。日本社会の欠点というものが何か、ということをもっと端的に指摘して貰えれば、よりインパクトのある本になったのではないか、と思う。もっとも、世界のどの社会にも欠点はあると思う。現時点での韓国の政治は、かなり最悪に近いレベルだと思うし、中国についても、香港への態度を見ていると、余りにも強圧的すぎる。ロシアだけでなく、ベラルーシの大統領ルカシェンコもどこか変だし。世界全体で、各国の政治的トップが、自己利益のために、自己主張をいかに強烈にするか、という競争に入っているような気がするのだ。確かに、かつての日本の侍のようなマインドが全くない。日本でも、そのような侍は少なくなっていると思うが。
 日本の次の首相が誰かになるか、安倍首相が退任したばかりなので、全く分からないが、それが
誰であろうと、世界の指導者をじっくり見て、世界のどの国を見本にして政治をやるか、ということを是非、表明して欲しいと思う。しかし、「見本になるような国は無い」と言われると、返答に困るけれど。