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    日本で当然なことが世界では?  
       その違いはなぜ?
08.11.2018
               



 今回は、化学物質規制、そして、ESG投融資を題材にして、日本という国の特性を多少明らかにしてみたいと思います。
 米国カリフォルニア州では、アクリルアミドといった発がん性が懸念される物質の表示を義務化しています。今回は、まず、これを取り上げます。
 日本では、PRTR制度といったもので、有害性が懸念される化学物質のフローを把握していることはなっているので、それで十分だから、アクリルアミドが問題にされないのでしょうか。恐らく、そうではないことは明らかだと思います。
 プラスチックは、人間にとっては、単に便利な物質であって、直接的な危険性があるものではありません。しかし、生態系への影響など、様々な要素を考えなければならない、という考え方が、世界では主流になりつつあります。アクリルアミドにしたところで、確かにIARCの発がん性の分類によれば、「ヒトに対する発癌性がおそらくある」というグループ2Aに属する化学物質です。しかし、日本では、それを表示せよという声が聞こえてきません。アクリルアミドなどという物質は、じゃがいもを高温にするだけでできてしまう物質なので、ポテトチップスには含まれています。だから、なにも対応しないでも当然、という方向性もないとは言えないのです。しかし、カリフォルニア州では、表示することが義務となっています。
 日本の考え方は、危険な物質は禁止。それ以外の物質で、危険かもしれない物質は、上述のPRTR制度で対応です。企業活動によってどのぐらいの量が購入され、排出され、廃棄物として処理されているかは、公表することになっています。現在、462物質が対象です。一方、カリフォルニア州では、841物質が発がんなどの可能性がある物質リストに入っています。
 しかし、さて、どこに根本的な違いがあるのでしょう。実は、パリ協定にしても、SDGsにしても、日本では、これらの枠組みのもっとも重要なココロ(心)が何なのか、議論されるのを聴いたことがないと思います。
 要するに、日本では、「規制は国が行い、事業者はそれに従うのだけれど、事業者はできるだけ規制は緩い方が良いと思っている。このバランスで制度が決まる」、という考え方だと思います。要するに、企業の事業効率と安全性のようなものが、天秤に掛けられているのです。しかも、国がその物質を使うことを認めるという制度です。西欧社会(トランプ王国=米国中南部を除く)の現時点での文化は、これとはいささか違うと思います。使う側が、企業責任として、安全であることを説明し、そして、表示をするのです。これは、欧州のREACHといった制度の特徴です。
 パリ協定、SDGs、が決まった2015年西欧社会はさらに考え方を変えました。人類の利便性だけを最優先する考え方では、もともと経済活力の維持、といった短期的な考え方になりがちなヒトという生物の特性を考えると、人類の健全かつ継続的な未来が危うい。全く別の考え方をする時代に変えることが必要である。そのため、CO2ゼロを目指すという全く新しい競争の場を構築し、それに加わる国には「正義」のゼッケン、それに加わらない国には、「不正義」のゼッケンを付ける。という考えが主流になったと言えます。


C先生:このところ、パリ協定にしても、SDGsにしても日本における取り組みが、その合意文書の序文あたりを読み飛ばして、表面的な取り組みしかしていない、という主張をしてきているが、今回もその延長線上にある問題だ。

A君:プラスチックの使用禁止は、かなりニュースになりました。当面のターゲットが、プラスチック製のストローですが、その他のプラスチック製品については、どのようなことになるのやら。

C先生:プラスチック規制については、次回以降にまとめてやりたい。まずは、化学物質。

B君:カリフォルニア州での化学物質の発がん性などの規制については、カリフォルニア州法「プロポジション65」というものがあって、ある古い記事によれば、2011年だけをとっても、338件の調停が行われ、罰金の総額は1630万ドルで、過去10年で、1億4460万ドル以上の罰金が支払われたとのこと。この法律の正式名称は、「1986年安全飲料水および有害物質施行法」。

A君:これは、「がん、先天性欠損症、またはその他の生殖器害を引き起こすことが知られている化学薬品の使用リストの作成」を義務付ける規制。

B君:対象物質数は、現状841種類。そのリストは、カリフォルニア州環境保健有害性評価局(OEHHA)で管理されていて、毎年改定される。事業者は大変だろう。

A君:日本で似たような法律となると、化管法(化学物質排出把握管理促進法)でしょうね。第一種指定化学物質が462物質、第二種指定化学物質が100物質合計562物質

B君:日本で、化学物質被害がひどかった事件というと、大阪の印刷業で起きた胆管がん事件。1,2-ジクロロプロパンという物質が原因で、17名が胆管がんを発症。うち9名が死亡したというもの。

A君:詳しくは、次のWebサイト、NHKのクローズアップ現代のWeb版ですが、この説明を読んでいただきたいです。ちなみに、1,2-ジクロロプロパンも、化管法の対象物質です。
NHK:クローズアップ現代
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3252/1.html

A君:この事件は、当然のことながら、補償金の対象になった。裁判ではなく、和解が成立し、それぞれに1千万円超えの補償金が支払われ、そして、再発防止に向けた安全対策を講じるなどが和解の内容。

B君:しかし、この企業は、産業医を本来雇うことが必要であったのに、管理体制に不備があった。同社と山村前社長を労働安全衛生法違反罪で略式起訴されて、罰金50万円の略式命令が出た。

A君:この50万円というのが、極めて少額。

B君:カリフォルニアの場合、ほぼ同時期の2011年だけでも罰金総額が338件に対して1630万ドル。1件あたり5万ドルぐらい。その当時の為替レートは円高の時代で、1ドル80円ぐらい。となると、400万円。ざっと日本の場合の罰金の10倍近い。

A君:それでもベラボウな違いというほどでもない。

B君:しかし、やはり本質的な違いは何かある。この大阪の事件では、原因物質である1,2−ジクロロプロパンという物質の有害性、特に、今回の場合では発がん性について、知見なしと書かれていた。しかし、臭いはキツめであり、有機塩素化合物であるから、発がん性が無いという証明が無い限り、多少なりともあると考えて置くのが、まあ、予防原則的な対応。となると、少なくとも作業室の換気ぐらいはやるべきだった。このぐらいの判決で、50万円だったのだろうか。

A君:しかし、アメリカであれば、「その有害性にもっと敏感に気づくべきだった。それが管理者というものの持つ責任である」、といった判断になる。

B君:確かにそうだ。日本の場合だと、危険な物質は、危険だということを厚労省などが発表したから有害物質になる。いわば、国定有害物質が有害物質なのだ。だから、危険ではない物質は安全なものだとみなされる。すなわち、日本は、お上の言うことに間違いはない、という社会なのだろうな。一方、「もはやそんな時代ではない」、これが米国であり欧州の動き。普通の人間でも感度を高めていれば、何かを読み取れる。

A君:欧州はそうかもしれないけれど、アメリカなどだと、管理者・経営者というものは、より大きな責任がある、とされて、その分、高所得なのでしょうね。まあ、州によって違いますが。

B君:確かに、「危険とされていない物質は安全」ということは無いな。だって、食塩だって、致死量があるし。そのような理解をすることが、経営者・管理者に求められるという感じだ。

A君:日本は、なんでも「白か黒か明らかにしろ」という社会だけれど、科学的現実は、「すべて灰色。しかし、白に近いものもあるし、黒に近いものもある。すなわち、摂取量が問題」というのが、化学物質を対象にしたときに、あるべき本当の理解。

B君:日本人は、なんでも国に決めてもらえば無難だと考えているが、そんな時代は終わった。自分で何をすべきかを考え、それに沿った形で行動するヒトが評価される、という時代になるべき。そんな変化が2015年から始まったのだけれど、それに気付いている人はほとんどいない。最近、地下鉄に乗ると、7人がけの座席に座っている人の何人がスマホを見ているか、を数えることにしているけれど、自分と仲間という、閉じた狭い世界で生きようとしている人の数を数えているのだろうと思っている。

A君:スマホでの仲間の間だけの評価みたいなものが最優先されるようでは、日本の未来は暗いですね。やはり、世界がどのように動いているのか、それを知りたい。地球がどう変わっているのか、それもしっかり理解したい。といった人の人数を増やさないと。

B君:それには、やはり新しい動きを追いかける、という開けたマインドをもった日本人が増えないと。

C先生:それでは、次の話題に行くか。最近、いくつかの新しい動きがあったけれど、企業の新しい態度を表現するキーワードとして、ESG投融資ということが主流になりつつあるのは、嬉しいことだ。そこで、本日は、化学物質の次はESG投融資にしよう。ESGは、Environment, Society, Governanceの頭文字であることは、最近、企業関係者なら、ほぼ常識になった。ごく普通のサラリーマンでも、ESGを知らないと、自分の企業の未来が危ないかどうか判定ができない。非常に広い話題なので、どこかに集中しないと。このS=Societyには、何が含まれるのか、というと、どこかに明示されているかどうかすら、しっかりチェックしたことはないな。これにするか。

A君:勿論、もっとも一般的には、Sは社会的課題を意味し、「投資によって社会的課題を解決する」のがESD投融資の一つの役割だとされている訳です。

B君:Sは「企業の社会的責任」を表現しているという理解もあると思う。だから、ある意味で、その企業が独自で決めて全く構わない

A君:それは当然ですね。日本にも、CFA協会というものがあります。これは、CFAはChartered Finacial Analystを意味し、世界の金融界で通用する投資プロフェッショナルの資格である、CFA協会認定証券アナリスト資格を日本で運営している協会です。勿論、世界的な組織で、米国のバージニア州に本部があります。CFA資格を取得しようとしたら、3つの試験に合格し、少なくとも4年間の投資分析関連の職務経験が必要。さらに、CFA協会の「倫理規範および職業行為基準」を遵守しなければならない。と厳しいです。

B君:CFA協会がESGの論点として次のような表を作っている。これは、三木隆二郎氏が訳されたもので、個人的なものかもしれない。

C先生:パリ協定以来の様々な先導的な対応は、金融が引っ張ったといえるだろう。お金の話なので、世界的に同一の基準で議論ができる、これがその理由だろう。

A君:次の表にCFA協会によるESGの論点の事例をしめします。まあ、当然なのですが、どうやら、これも事例にすぎないようで、全世界共通といったものがある訳ではない

B君:それは当然で、パリ協定の「気候正義」を尊重してESGがなにかを考えると、決して、E=環境だけの問題ではないことがすぐ分かる。その人や企業の置かれた状況によって、問題にすべき事項は違って当然。要するに、自分なりの理解を持っていることが何よりも重要


  表1 CFA協会の掲げるESG論点の事例

C先生:現時点は、まさに大転換が始まったばかりなので、まだまだ完全な合意というものは無いように思うけれど、全体的合意はなくても当然とも言える。あるいは、全体的合意は不要なのだろう。これまでのように、企業の最大の任務はとにかく何をやっても良いから儲けることだ、という時代は完全に終わった。さらに言えば、国の意向にそって企業を運営すれば良いというものでもなくなった。自分達で何をすべきかを考える時代になった。
 もしも、企業の方で、このような話題に関心のある場合には、以下のような情報を、一通り読んで見ることをお薦めしたい。
 いずれも、CFA Japanからの引用。日本語の正式名称は、日本CFA協会という。

以下:参考資料
(1) ESGについて考える5回連続講座 運用関係者にとってのESGの重要性 

公表文献全体の目次は、
https://www.cfasociety.org/japan/Pages/Other.aspx

第1回 今、なぜESG投融資が問題なのか? PRIとは?
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/DispForm.aspx?ID=33
第2回「Eが運用に持つ意味合いについて考える」
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/DispForm.aspx?ID=34
第3回「S が運用に持つ意味合いについて考える」
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/DispForm.aspx?ID=35
第4回「Gが運用に持つ意味合いについて考える」
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/DispForm.aspx?ID=36
第5回「運用プロセスを統合するベストプラクティス」
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/DispForm.aspx?ID=37

(2)CFA Society Japanのマニュアル
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/DispForm.aspx?ID=5
日本語マニュアル
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/Attachments/5/ESGmanual_JA.pdf
英語マニュアル
https://www.cfasociety.org/japan/Lists/Other%20Translations/Attachments/5/ccb_v2008n2.1.pdf

A君:しかし、このような動きが普及して、社会全体で普通になれば、日本における各種規制が、欧米並みになるのでしょうか

B君:それは、なんとも言えないなあ。どう考えても、日本人の考え方の根幹には、なんでも面倒なものは、国に任せて置くのが無難だ、という考え方がある。

A君:確かに、日本であれば、有害化学物質で法律的にしっかりと対応が決められる。もっとも、有害化学物質であれば、経産省的な考え方と環境省的な考え方、そして、厚労省的な考え方は、いささか違いますね。

B君:それはそうだ。いささかどころの騒ぎではない。根本的に違うから、どうしても、3省の中間的なところで決まる。

A君:しかし、いずれにしても、法律は100%守らなければならないというのが、日本の常識なので、逆に、企業は何も考えないでも、なんとかなるのが現状

B君:それに対して、欧米社会だと、枠組みは決まっているものの、政府は、それほど親切に対応をしてくれるという訳ではない。その一例はすでに出ているが、カリフォルニア州の「プロポジション65」の2011年の罰金総額が1630万ドル。日本円にすると、1ドル=110円だとして、18億円。これは、日本では考えられない金額だ。

A君:本日(8月12日)のニュースで、モンサント社の除草剤ラウンドアップの有効成分であるグリホサートによってがんになったという男性が勝訴したようです。モンサントは上訴するようですが。

B君:IARCがグループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)に分類したからね。

A君:やはり、企業の自己責任ということが基本にあるのだ、という解釈になるのでしょうね。そもそも、パリ協定の正義のようなことも、それを自らの能力でしっかりと解釈して、適切に対応することが求められているし。

B君:パリ協定の最大の難関が、日本企業の場合だと、そもそも「正義」とはなにかが分からない。しかも、株主はもっと分かっていないから、株主とのコミュニケーションで「正義」を振りかざしてという訳にも行かない。

A君:しかし、今回ご紹介したCFAのような組織が、かなり活動を強めているためもあって、そろそろ、投資家のマインドは変わった。株主はまだかもしれませんが。

B君:少なくとも、ESG投融資という言葉を利いたことのない株主は居なくなっただろう。

C先生:そろそろ終わりにするが、パリ協定の最大の問題は、気候正義という言葉であることは、何回も述べてきた。ESG投融資ということになると、言葉がさらにさらに増えてくる。さらに、ある企業に投資をしようかどうしようか、を考える時に、その企業がどのようなSDGs対応をしているか、を考えるのがプロの投資家になった。となると、素人投資家も、プロの買う株を買うことがリスクが少ないということになるので、SDGsなどの真の意義を理解すべきなのだけれど、実は、SDGsに取り組んでいる企業は、17のゴールと169のターゲットから自分が簡単にできるものを選択するというやり方が多いのだ。それでは、勿体無いのだ。ちょっと勉強して、SDGsのココロは一体なんなのか、ということを理解しようとすると、自分たちのやっていることの地球レベルでの意義まで理解できるようになって、SDGsの何かを実施したときの満足感が大きくなるに決っている。国際的に認められるのではないか、といった感じにもなり得る。
 今回の記事で言いたいことは、国際的に認められるような企業にならないと、世界から置いていかれるのも事実だけれど、ちょっと、パリ協定のココロはなにか、SDGsのココロは何かなどを勉強するだけで、自らの取り組みに対する説明が上手くなって、自分自身にもなにか新しいレベルアップが起きたような気分になれる。
 化学物質管理なども同様で、法律ができたから、その通りにやるというのではなくて、そもそも、何が解決できれば、真の解決なのか、といったことまで考えた上で、従業員の安全、工場周辺の生態系の安全、などなどを守るために、何をやるのが本当に良いのか、を考えると、自分達のやっている行動が、より意味が深いように思えてくる。これが学習効果だし、一旦そのレベルを実現できると、その企業の経営そのものも、大きく変わる可能性が高いと思う。
 「何ごとも、チャンスだ」考えるような経営者になることが、2015年以降の成長のための大戦略の一つなのではないだろうか。