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  花粉症ディーゼル排気の報道  09.06.2003



今回、この記事を書くに至ったきっかけだが、ある方から、日本医事新報なる雑誌に柳川洋先生(埼玉県立大学学長)がこんな文章を書いておられる、とのコピーをいただいたことである。

要するに、報道機関は、もっときちんと情報を報道すべきだ。世間を不安に陥れるだけが能ではないだろう、ということが柳川先生の論旨。

題材は、東京都が行なった花粉症とディーゼル排ガスとの関連を調査する疫学的研究である。

ところが、この話題をいろいろとネットで調べていると、妙なことが分かってきた。

さて、何が妙なのだろうか!?!


C先生:報道機関がどうも市民の不安を煽るような報道ばかりする、ということは、最近では多くの人々が語るようになってきた。今回の柳川先生の随想もまさにそれ。

A君:柳川先生の投稿が掲載されているのは、日本医事新報の4135号(7月26日版)です。

B君:柳川先生ご自身が主査を務められた東京都の調査委員会では、以下のような結論が得られた、と記述されているものが、
(1)大気中の微小粒子に対するディーゼル車の寄与率は、道路沿道付近では44〜73%、道路から離れた地域では、19〜55%。
(2)都内四地区の成人女性1万人を対象に実施した疫学調査では、ディーゼル車排気ガスへの暴露が花粉症の発症を増加させるという証拠は得られない。
(3)試験管内でスギ花粉症患者の血液成分にディーゼル車排出微粒子を添加すると、症状を発現・憎悪させる物質が増加する。
(4)妊娠中のラットにディーゼル車排出ガスを暴露させると母体の内分泌環境に変化が起こり、仔ラットの花粉抗原に対する感受性が高まるという可能性がある。

A君:そして、柳川先生が取り上げている新聞の見出しですが、「ディーゼル車の排ガスで花粉症、親が吸うと子供が大変、都がラット実験−人間にも当てはまる?」というのが読売

B君:「妊娠中にディーゼル排ガス、子ネズミ花粉症に 都が実験」。これが朝日の見出し。

A君:要するに、柳川先生の見解によれば、本来のもっとも重点を置いて報告したことは、(2)の疫学、すなわち、都内四地区の成人女性に対する疫学調査では、結論は出なかったということであって、(3)、(4)は付随的な情報にすぎない。しかし新聞が、面白がって書いたのが(4)だった、ということ

C先生:そこまでなら、まあ良くある話で、メディアなどはそんなもの、だから、市民の皆さん「生の情報」に当りましょう、となる。

A君:そこで、生の情報に当りました。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2003/05/DATA/60d5s202.pdf
これが報告書の全文。

疫学がやはり主体の報告書ですね。(2)の都内四地区の選択は、以下の通りです。
    花粉量   排ガス濃度
     多い     高い = 昭島地区 (多摩地区)
     多い     低い = 福生地区 (多摩地区)
     少ない    高い = 松原橋地区(大田区)
     少ない    低い = 大森西地区(大田区)

花粉量の多少のレベルとしては、
     多い=累積値で12000個/cm2
     低い=     7000個/cm2。

排ガス濃度の高低のレベルとしては、
     高い=SPM 60μg/m2、 炭素=15μg/m2
     低い=SPM 40 〃     炭素= 6  〃

B君:関連して、(1)の結果、すなわち、道路からの距離によって、どのぐらいのDEP(ディーゼル粉塵)の影響があるかどうか、の検討が行なわれていて、もっとも指標として敏感な元素状炭素を基準として考えると、大体、幹線道路から20m〜30mが多いとしている。しかし、グラフを見ると余り明確ではない。むしろ5m以内が多いと言うべきようにも思える。

A君:疫学では良く出てくる値であるオッズ比(どのぐらいなりやすいかを示す比)1.5が検出できるように、300例以上を集めるという目標で調査が行なわれましたが、有意の結果が出なかった。

B君:ただし、花粉の個人暴露量も測定していて、花粉症患者の方が非患者に比べて、花粉の暴露量が多い人の割合が多かった。

C先生:以上で、報告書の全体40ページの約半分の19ページか。

A君:それから第5章になって、花粉症発症メカニズム調査で、(1)花粉症モデルマウスの樹立と解析、(2)花粉症を引き起こす遺伝子の同定、(3)ラットを用いた胎仔期からの暴露実験、(4)患者の血液を用いた生理学的実験研究。

B君:研究として完成したという感じではない。これが23ページで終わり。

C先生:なんだ、結局5ページ分か。24ページ以降から40ページまでは、調査委員会の概要なんだ。要するに、この最後のちょっとした追加的に検討したと思われる部分を新聞が取り上げていることになる。

A君:まあそんなものだとも、言えるのですが、ちょっとそれ以外の文書もみてみたらですね、なんと変な文書が見つかったのですよ。
 それが、
http://www.kenkou.metro.tokyo.jp/kanho/news/h15/presskanho030527.html
でして、東京都環境局健康局の合作になるもので、環境局は、環境改善部計画課、健康局は地域保健部環境保健課が担当。

本日、委員会から報告書が提出されましたのでお知らせします。
【調査結果のポイント】
◇ ディーゼル車排出微粒子が、ヒトのスギ花粉症症状の発現や悪化へ影響を及ぼすことが初めてわかった《国内初》 
 これまで動物実験では確認されていたが、今回、試験管内で花粉症患者の血液中にディーゼル車排出微粒子を添加したところ、ヒトのスギ花粉症症状を引き起こしたり悪化させたりする物質を増加させることがわかった。

◇ 妊娠中にあびたディーゼル車排出ガスが、生まれた仔に影響することが初めてわかった《世界初》
 ラットを用いた研究で、免疫機能が未発達の段階にある胎仔期、哺乳期にディーゼル車排出ガスをあびると、仔ラットがスギ花粉症を起こしやすい体質になることがわかった。

 なお、都内ほぼ全域がディーゼル車排出ガスによる影響を受けている現況の下、今回の疫学調査では、ディーゼル車排出ガス濃度の差が、花粉症患者の割合の増加に影響を及ぼすことを明らかにするには至らなかった。


B君:なんだこりゃ。東京都が、報道資料を出していて、そこでは、まさにメディアが書きそうなことを先に書いてある。

A君:そうなんですよ。東京都は、この10月1日からディーゼル車の規制を始めますが、そのためには、花粉症もディーゼル排ガスのせいだ、とどうしても言いたいのでしょうね。

B君:それにしても、東京都そのものが、報告書の本来の意図を正しく伝達する気が全くないことが良く分かる。

C先生:柳川先生の本当のターゲットが東京都であることが分かれば、日本医事新報での記述も相当違ったものになったのではないだろうか。これで、一応本題は終了。


付録:花粉症とディーゼルを巡る話題。

C先生:今回の東京都の調査をどう見るか。本当に花粉症とディーゼル排ガスとは無関係なのか。

A君:今回のように、都内だけの結果だと、そもそも都内全域が一定以上に汚れているという可能性があって、そのために差が出ないということもありうるので、なんとも。

B君:これまでの様々な調査では、なんとなくディーゼル排ガスと花粉症は関係が有りそうだ、ということになってはいる。

C先生:環境省がやはり長い間研究している。その報告書には、結構面白いものが出ている。
http://www.env.go.jp/press/press.php3?serial=4125

A君:独立変数として、実に、様々なものをとっていますね。対象は、小学生なんですが、学年、性別、兄弟、乳児期の影響、呼吸器疾患、両親のアレルギー、家族の喫煙、家屋の古さ、居間の床材、加湿器使用、空気清浄機、屋内のカビ、ペットなど。それに、花粉飛散数、浮遊粒子状物質濃度。

B君:もう一つの特徴が、花粉症を2つに分けていること。鼻炎だけの花粉症、鼻炎に加え眼のかゆみがあるか。

C先生:結果を述べるのはなかなか大変。

A君:オッズ比が高くて、関連が強いのが、もっとも高いのが両親のアレルギーの有無、要するに遺伝するということ。第一子ほど花粉症になりやすい。年齢は高学年ほど花粉症になりやすい。

B君:勿論、花粉飛散数との相関は極めて高い。しかし、浮遊粒子状物質濃度との関係は、鼻炎だけに限るなら、相関あり。しかし、鼻炎+眼への症状を含めると、統計的に有意な相関は明らかではない。

A君:とはいいながら、なんとなくある程度でもある。

B君:ちなみに、花粉飛散数は、多いところで10000個ぐらい、少ないところは1400個だから、東京都内の飛散数では、両方とも多いと言えそうな感じであるのは事実。

A君:SPMの量にしても、多いところで、40μg/m2。少ないところだと19μg/m2。東京都に比較すれば、確かに少ないが、ゼロではない。

B君:これからみても、東京都の内部で、条件を多少変えてたところで余り変わらないと言えそうだ。

A君:それに、原子状炭素の量が測定されていないので、SPMといっても起源が良く分からない。

C先生:そんな結論だろうな。いずれにしても、花粉症とディーゼルに関しては、研究が様々なところで行なわれているが、なかなか本当のことは分からない。