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  毒物に関する知識パッケージ 01.04.2004



 これまでも、いくつかのシリーズを作って見たものの、完成したものは無い。途中で終わってしまう。今回もその運命に終わる可能性は大であるが、今年の目標の一つである故に、ここから始めたい。

 最初に取り上げるのが、毒物に関する知識である。その理由はいくつかあるが、それはそれとして、今回の知識の核をなすものは、以下の通り。
(1)「すべての物質は、天然食物を含め、毒物である」、
(2)「生物は、毒物を摂取することを前提として作られている」、
(3)「動物の中では、ヒトは、毒物の摂取に対してもっとも強く作られている」。


C先生:新年早々に毒物の話をするのも、多少はばかられるところではあるが、現在、目標としている持続型社会の重要性を理解するには、まず、自分たちの健康が適切に守られているという認識を持つことが条件だと考えている。

A君:持続型社会とは、他人のことを思いやることができる人が構成している社会だから、自分の命が危なくては、まあ実現不能。

B君:食糧の供給が不十分であったり、いくら努力してもその成果が他人に奪われるような社会では、まあ、持続型などといった考え方を持て、といっても無理だから。

C先生:ヨハネスブルグサミットで貧困の克服が最重要課題になったのも、まず、現世代の問題をある程度解決しない限り、持続可能性などの議論も不可能だからだ。

A君:日本の状況ぐらいになれば、個人の命に対するリスクは、むしろ犯罪や災害によるものが大きく、人工物質による毒性は、そんなにも大きな問題ではない

B君:それが「知識」として共有されることが、持続型に社会が変わるための条件か。

C先生:ということで、毒物に関する知識のパッケージを作って見よう。

A君:まず、毒性には様々なものがあるということですかね。

B君:その分類は必須だ。丸善発行の「化学物質毒性ハンドブック」では、急性毒性、皮膚腐食性、皮膚・眼刺激性、感作性、慢性毒性、発がん性、催奇形性、突然変異誘発性(変異原性)、がリストアップされている。

C先生:その他に、生殖毒性や生態系毒性というものを考えるべきだろう。

A君:その次が、毒性学最大の原理、「毒性は量の関数である」でしょうか。

B君:そして、試験法か。細胞レベルで見るものから、生体を使って試験するものがある。

A君:それに、本来、ヒトへの毒性が問題になるのだが、ヒトを試験体に使う訳には行かない。だから、マウスとかイヌとかサルを使うのですが、ここで、種差というものをどう考えるか。

C先生:そして、耐用摂取量というものをどのように決めるか、という議論に繋がる。

A君:まず、毒性学最大の原理から行きますか。

B君:このHPでも良く出てくる話。パラケルススという人が居て、本名はなんだとか、様々な情報は、このWebでどうぞ。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9866/paracelsuslounge.html
あらゆるものは毒であって、毒性をもたないようなものは何ひとつ存在しない。ある毒物が毒でなくなるのは、適度な用量のみである」、といったとか。

A君:確かに正しいことだと思うのですがね。例えば、猛毒といわれるダイオキシンだって、通常の大気中に1立方メートルあたり1000億分子ぐらいは存在していて、それでも別になんでもないですから。

B君:確かに、急性毒性に関してはいわゆる閾値というものがあって、その量以下だと全く悪影響は無いことになっている。しかし、発がん性の場合には、考え方がちょっと違う。

A君:多くの研究者は発がん性の場合であっても、閾値はあると考えているのですが、まあ、より安全側に考えて、閾値が無いことになっているのでしょう。

B君:その2種類の考え方を図で示すと、次のようになる。いずれの図も、点線の部分は、実験不可能。


A君:左側の閾値付きの場合には、閾値が問題になり、右側の閾値なしの場合には、その直線の勾配が問題になる。

B君:左側の場合には、閾値以下ならば悪影響がゼロなのだから問題はない。右側の場合だと、影響が非常に弱いものは、大量に摂っても影響は少ないが、影響がゼロとは言いにくい。

C先生:具体的な毒性を示そうか。

A君:急性毒性。まずは急性経口毒性。一般に、毒物、劇物、普通物という区別がありますが、それは、経口摂取、すなわち口から食べたときの毒性で、閾値ではなく、LD50というものが対象になります。この説明図が下の図。

B君:投与量を変えて実験をして、結果を直線に変換する。そして、死亡率が50%に相当するところから、投与量を求める。毒性は、体重あたりの投与量に換算して示す。

A君:ベンゼンについて、ラットに経口で与えた場合の毒性だと、LD50が3800mg/kgになります。一般に、毒物とは、急性経口毒性のLD50が50mg/kg以下の物質を、毒物とは同じく300mg/kgまでの物質、そして、この値を超えた物質を普通物と呼びます。したがって、ベンゼンは、急性経口毒性については普通物だということになります。もっとも、他にも、急性経皮毒性(皮膚から摂取)や急性吸入毒性(呼気で摂取)もあって、ベンゼンは、劇物に分類されるのですが。この定義について詳しくは、
http://www.nihs.go.jp/law/dokugeki/kijun.pdf  をご参照下さい。


B君:ビタミンAのLD50は2000mg/kg、催奇形性がある。カフェインは190mg/kgぐらいで、結構毒性が強い化合物だ。

A君:しかも、コーヒー一杯中に、カフェインは100mgぐらいは含まれるので、体重50kgの人だと、90杯を一気に飲むと致死量。90杯も飲むことは無いと思うでしょうが、安全係数は、一般には100ぐらいは掛かっている。だから、人工化学物質の安全性が分かる。
 ただ、コーヒーの毒性は、カフェインだけではないですね。ある種の脂肪酸とか。さらに、コーヒーに含まれる成分を26種類分類したところ、そのうち、19種類は発がん物質だったという報告を後出のAmes教授がしています。

B君:まあ、余り脅かしても仕方が無い。たとえ、無添加無農薬でも、普通の食品はすべて毒物なのだから。

C先生:急性毒性というが、実際には、なぜ悪い効果を示すのだ。

A君:それは様々。微量で利くものは、神経系の毒物で、神経は微量な化学物質を使って動作しますから、その化学物質に似た物質が毒性を発揮します。

B君:細胞の機能を阻害するような毒物もある。となると、肝機能を破壊して死に至るとか、全身衰弱を起こすとか。

A君:酸のように細胞にヤケドを与えて殺すような場合も。また、アルカリのように、細胞膜を破壊してしまう場合も。

B君:なんでも過剰に摂取すれば、駄目。特に生理活性物質は。例えばビタミン類も油溶性のもの。

C先生:どんな実験をやって急性毒性を決めるかということは比較的分かりやすい。

A君:大体、想像できる通りのことが行われています。

B君:餌に毒物を混ぜる、鼻から呼吸させる、皮膚に貼り付けるなどといったテストをして、無害レベルと死亡などを検査する。

C先生:そろそろもう一つの毒性、慢性毒性に行きたい。

A君:慢性毒性も、通常の毒性の物質で、蓄積性の高いものがあって、体内濃度が徐々に上がっていくと、問題が起きる。これは、生体蓄積性がある物質と表現される。ある種の重金属類は、歴史的にも、微量投与で死に至る例があった。

B君:しかし、発がん性や突然変異を与える変異原性などは、これらの毒性とちょっと違う。遺伝子に対して影響を与えるのが特徴。

C先生:遺伝子=DNAに損傷を受けると、その細胞が増殖して、新しい細胞を作るときに、情報伝達エラーが起きる。場合によっては、がんになり、場合によっては奇形になり、そして場合によっては、細胞死を起こす。

A君:細胞がどうやって増殖をするか、若干説明を要するのかもしれません。

B君:実は、細胞は常時分裂をしている訳ではない。細胞のサイクルは、G1(準備期)→S(DNA合成期)→G2(第二間期)→M(分裂期)と回っていると言われるが、多くの場合、G1のところでブレーキを掛けて止まっている。このサイクルが回ると細胞は増殖し、身体がどんどん大きくなってしまう。

A君:DNAに例え傷が付いていたとしても、細胞そのものの機能に余り問題は起きません。だから、G1にある限り別に困らない。

B君:DNAが自分自身を複製する仕組みは複雑だから省略するが、DNAが複製されて、1個の細胞が2個に分裂するとき、DNAが異常であれば、異常な細胞が2個できることになる。

A君:それが場合によってはがん細胞になったり、場合によっては奇形になったりする。すなわち、発がん性、生殖毒性はDNAに付いた傷によって解釈できる。勿論、それ以外の要因もあるので、全部が説明できるということではないようです。

B君:DNAにどうやって傷が付くかと言えば、もともと、DNAは化合物だから、化合物を分解するような他の化合物はなんでも有害。最悪なのが、活性酸素。これが最大の原因。

A君:放射線もDNAを傷つける。がん細胞は、G1で止まっていないので、どんどんと増殖してしまう。しかし、増殖するといことは、遺伝子に傷を受けると、自己再生ができないので、がん細胞でも死ぬ場合が多くなる。これががんの放射線治療の原理。

B君:DNAの形はご存知の二重らせんだから、その中に平板状の小さな分子はぴったりと入る場合がある。そんな分子は悪さをするようだ。これが、化学物質が直接DNAに傷を付ける場合。

C先生:さて、それでは、ある物質がDNAに悪い影響を与えるかどうか、どうやってチェックするか。

A君:いくつかの試験方法があるようです。もっとも良く行われるのがAmes試験。これには、遺伝子に突然変異を起こしたため、ヒスチジンやトリプトファンというアミノ酸を作ることができなくて、自己増殖できなくなってしまった細菌を使う。

B君:この細菌に、試験用の化学物質を混ぜて培養する。もしも、この細菌が増殖したとすると、それは、この化学物質がDNAに傷を付ける能力があることになる。なぜならば、そのアミノ酸を作る能力が突然変異が起きて復活したと考えられるからだ。すなわち、その化学物質が突然変異の原因になった、と解釈できる。

A君:しばしば、体内で代謝した後にDNAに傷を付ける物質ができることがあるので、肝臓からの抽出物を混ぜて、その後にテストをする。これを代謝活性化試験と呼ぶようです。

B君:Ames試験の結果が何を意味するか。発がん性を示す物質の多くは、DNAに傷を付け、突然変異を起こす物質である。Ames試験は、突然変異を起こすかどうかに関して、感度の高いかつ簡便な方法である。だから、Ames試験で突然変異を起こさないことが判明した物質は、DNAに対してまあ安全な物質だと言えるが、Ames試験でクロになったからといって、必ず発がん性や生殖毒性があるというものでもない。単なる、スクリーニング法だと言える。

A君:Ames試験の判定を行う変異コロニーの写真が、
http://www.fdsc.or.jp/Saibou/Iden2.html
に出ていますのでご参照を。

B君:したがって、農薬のような物質の場合には、Ames試験だけで判定をすることはできず、ラットやマウスなどの試験動物の餌に混ぜて、その一生が終わったところで、解剖をしてがんなどの異常が発生していないかどうかをチェックする方法がとられる。これをやると、まあ相当なお金が掛かる。

A君:しかも、動物実験で分かったことが、そのままヒトに当てはまるという訳でもない。高級哺乳類の中では、ヒトはもっとも頑丈にできているようで、様々な自己修復機能をもっています。ただし、その自己修復機能は、年齢とともに劣化するものだから、大体60歳ぐらいからは、発がんがどうしても増えてしまう。

B君:だから、がんに掛かるのがいやならば、早めに死ぬしか方法が無い。

A君:現時点だと、がんが死亡原因の1/3ぐらいですからね。

B君:がんが増えているという錯覚を持っている人が多いようだが、実は、「がん患者の数は増えているが、がんの原因が増大したからではない」年齢を補正するとそれが分かる。ただし、他の死因で死ぬひとが減ったもので、増えているように見える。あくまでも、人間の身体のメカニズムのために、起きている自然現象である。そして、標準よりも本当に増えているがんは、日本だと肺がん、大腸がんか?  余りデータがはっきりしないのだが。

A君:がんというと、化学物質という短絡的反応をする人が多いですが、肺がんはタバコ、大腸がんは脂肪分の多い食事が原因でしょう。要するに、普通の食事が原因。ただし、本当の原因は、消化酵素のリパーゼだそうで。肉を消化するリパーゼは、腸も肉の一種だからやはり痛めるということでしょう。このあたりは、グレガリナさんの農薬の話 http://members.at.infoseek.co.jp/gregarina/K2B.html でもう少々詳しくどうぞ。

B君:化学物質の暴露は、このところ大幅に減っているので、もしも化学物質ががんの主要原因だとしたら、がんはもっと減らなければならない。

A君:このあたりは、PRTRの効果かもしれない。化学物質のリスクの絶対値が余り大きくないことは、蒲生先生の化学物質ランキングとか、多くのデータが示していますね。

B君:そろそろPRTRで出てくる物質について、具体的に示すべきなのでは。

A君:発がん性ならベンゼンですかね。発がん性といっても、化学物質の場合には、あらゆるがんが発生するという訳ではないのですよね。

C先生:ベンゼンの発がん性は、白血病の形をとる。そう決まっている。EPAによれば、呼吸による発がんポテンシーというものが8.3×10−6と求められている。単位は、(マイクログラムμg/立方メートルm−1。もしも、1μg/mのベンゼンを含む空気を一生吸った場合には、ベンゼンによって発がん確率が8.3×10−6増加することになる。

A君:その値ですが、ヒトを対象としたデータがあれば、その値に、個人の感受性のばらつきを考慮して安全係数が10ぐらい掛かっています。

B君:もしも、動物実験から求めた場合であれば、種差による安全係数がさらに10掛かっている。

A君:その他にも、幼児に対する安全係数を掛けたり、かなり大幅に安全な対応がとられているのです。

B君:最近、安全係数の内容が検討できるようになってきた。すなわち、動物によって違った機構で毒性を発揮するのか、そうではなくて、動物種によらずに、すべての同じ機構で毒性がでるのか、という検討ができるようになってきた。

C先生:まあいずれにていも、安全係数を考慮して、発がんポテンシーが決まる。そして、それに応じて、環境基準などが決まる。

A君:現在の環境基準が3μg/mですか。これを超える地点は、やはり多少問題だということになります。

B君:平成14年度の実績で、測定地点409箇所のうち、基準を超したのは、8.3%もある。

A君:3μg/mだとして、ベンゼンによる発がん確率が2.5×10−5ぐらい。100万分の25。日本の場合、大体、年間死亡者が100万人なので、25名程度がベンゼンによって白血病になり、過剰に死亡していることになる。

B君:環境基準などは、大体、100万人に10人の過剰死ぐらいを基準に作られている。なぜならば、自然のバックグラウンドを考えると、それ以上、リスクを下げてもほとんど意味が無いからだ。

C先生:ベンゼンのように大気を呼吸する場合であれば、比較的単純なのだが、農薬などの場合には、一般人に対しては残留基準が決められることになるが、どのような食事をしているかによって大きく状況が違う。

A君:その場合には、標準的な食事パターンというものが決められて計算されます。ということは、標準的な食事をしていれば、まずまず安全性が保障されるのですが、ある特定の食品にばかりこだわると、そこで、リスクが出てくる。

B君:水道水の発がんリスクは、原因物質としては鉛、トリハロメタンなどがあるが、これらのリスクも大体同じように決められている。

A君:ミネラルウォータなどの基準は、水道水よりも5倍ぐらい緩いので、なんでもミネラルウォータで、という家庭は、リスクが大きいですね。リスクは分散しないと。

C先生:最良のこだわりは、何にもこだわらないこと。それが実は、リスク分散になる。

A君:それが真実なのですが、なかなか実現できないのは、ある種の悟りのレベルになる必要があるからでしょう。

B君:悟るには、「知識」が必要なのだ。大金持ちが、財産をある特定の銀行にのみ預ける、あるいは、ある特定の株だけを所有することはない。リスク分散が大切であることは、誰でも分かっている。それは、金融に関するリスクの「知識」があるからだろう。

A君:有機野菜・食品やミネラルウォータは絶対に安全という間違った知識を消し去れば、それですべて解決ということですか。

B君:そうでもない。有機野菜が通常の野菜よりも安全、あるいは、ミネラルウォータが水道水よりも安全、という誤解まで解かないと駄目だ。そうでないと、ある食品・飲料水に集中することが、分散するよりもリスクが低いと判断するからだ。

A君:良く考えると、それだけでも不十分。ある特定の産地の野菜・食品には、特定の毒物が多い可能性が高い、ということも必要な知識になりそうですね。

C先生:次へ。生態系への毒性の話を少々。同じ物質あるいは元素でも、ある生物には毒で、ある生物には必須なものというものがある。

A君:要するに、種差がある場合があるということ。最近の話題になっている亜鉛の環境基準ですが、亜鉛は、ヒトにとっては必須元素だし、ヒトは強いのですが、ヒトは環境に単独で存在している訳ではない。

B君:ヒトは絶対的権威者ということではない。

A君:亜鉛の場合、ヒラタカゲロウなる生物が亜鉛に弱いということで、環境基準値が議論されたという報道がある。

B君:経団連は当然反対した。

A君:実際には、淡水ではニジマスなど、海水ではカキ、ウニなどがどうも亜鉛に弱いようです。

B君:環境基準の場合、一匹でも死んだら駄目なのか、それとも、群とし持続すればよいのか。今回の環境基準値の場合には、どうも一匹も殺さないという値が採用されたようだ。

C先生:生態系リスクを考えるということも、まさに、ある種の悟りがないとできないことなので、単純に反対するのは、どうも野蛮なのだ。しかし、亜鉛は、鉄の防錆の用途が多く、その効用は非常に大きい。未来世代の持続可能性を考えると、亜鉛を使用禁止にすることは間違いだろう。

A君:同じ亜鉛でも、シャンプーにふけ防止目的で加えられているジンクピリチオンなる化合物は、毒性が強い。

B君:それが生態系にどのぐらいの悪影響を与えているか、これは難しい問題だ。

C先生:まあ、生態系リスクは難しい。しかし、現時点で、行政が行っている規制は、このようにかなりヒトから言えばかなり安全側になっていることは認識すべきだろう。

A君:まだ不十分なのが、ヒトに対してはアレルギーでしょうか。

B君:似たような話だが、化学物質過敏症というものは何だ?

C先生:いずれも、個人の感受性の問題が、まだ未解決。この問題をどのように考えるべきか、極めて難しいのだ。