-------

   CO削減の国民運動   03.05.2018
       果たして過去に有ったのか




 先日行われた審議会のご報告。と言っても、何かが決まったというものではなくて、その議論を聞きながら、何か違うのではないか、と感じたことを文章の形にしてみたいと思います。

 この会議は、環境省の中欧環境審議会地球環境部会と、産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会との合同会議で、経産省の地下の講堂ぐらいしか入れる部屋が無いという極めて大人数な会合で、今回、各委員に許された発言時間は2分間。多くの方々が2分30秒ぐらいで終わったので、かなり良かったけれど、こんな短時間で、何を主張できるのか、何を議論できるのか、となると、通常の会合の限界を超えたスタイルを依然として実施している感触。

 委員の発言が全部終わると、両省の担当者からの回答があるのだけれど、それも実に長い。やはり、この大きな会議の一つの意義は、担当者が力を入れて対応すること、でしょうね。

 ということで内山先生の司会で無事に終わったのだけれど、ちょっと疑問に思ったことを取り上げたいと思います。

 それは、「国民運動」という言葉。毎度述べているように、CO削減の重要性に関するメディアの報道もそれほどないし、パリ協定の重要さを内容から理解している日本人は、恐らく人口の0.1%ぐらいだと思っていはいて、確かに、関心をもっている人は極めて希だと思う。

 しかし、そもそも、国民運動とは何だろうか。市民のすべてが省エネ行動を行って、二酸化炭素排出量を削減しようということなのだろうか。

 そこに何か根本的な疑問を感じたのでした。

 この文章は、実は、パリに向かう飛行機の中で書き始めています。ICEFのステアリングコミッティーの春の会議がまたパリであるからです。今回のパリは、かなり寒そうです。そして、帰りの飛行機の中で、完成しました。


C先生:議論を聞いていて、国民運動という言葉が何回か出てきて、実は、かなり違和感を感じた。どういう違和感かというと、まず、今は、パリ協定の理解が広まっていないことは事実なのだけれど、果たして、それが国民運動が不足しているためだと言えるのだろうか。温暖化対策の歴史において、国民が主体的に何かに取り組むということで、温室効果ガスが削減されるということが、過去にあったのだろうか。という極めて基本的な疑問だったのだ。どう思う。

A君:なるほど。このところ、環境関係者からよく聞く言葉が、「エコ疲れ」なのですが、この言葉を聞くと、「疲れるほど何をやったですか」と聞きたくなりますね。

B君:「エコ疲れ」が激しいのは、企業の担当者ではないか。例えば、電気代を節約せよと言われると、現時点だと、まめにスイッチを切ることを意味してしまうので、それが疲れる原因なのだろうと思う。

A君:そうですね。これまでであれば、例えば、事務所の場合を考えたとき、照明は効率の悪いタイプの蛍光灯が使われていた。それを効率の高い機器に変えるということで、省エネが実現できた。しかし、LEDに変えてしまうと、もうやることがない。

B君:誰も紙ごみをリサイクルに出していない時代であれば、自分達は紙ごみを分別して、しっかりとリサイクルしています、というと、「へー、偉いですね」と褒めてもらえたけれど、誰もがやるようになってしまった現時点だと、誰も褒めてくれない。

A君:そんな感じでしょうね。誰もがやるようになったら、それは普通のことになってしまう。

C先生:自治体が主導するリサイクルも、すでにそのレベルになった。しかも、公共的な組織は、現在、予算が不足しているのが普通。となると、東京都23区の場合でも、その他プラスチックのリサイクルをやっている区が半分+1区だけ、残りの区はやっていない。目黒区はやっているけれど、世田谷区はやっていない。予算が無いから、ゴミの有料化をしたいと思っても、目黒区が単独でやると、区の境付近では、目黒区のゴミが世田谷区に捨てられるということが日常的に起きるだろう。だから、有料化もできない。

A君:隔離された自治体ならば、可能なことが、東京のように隣り合わせになったところが、別の政策を取ることは不可能。これも確かに、「エコ疲れ」でしょうね。

B君:ちょっと考えればすぐ分かることだ。そろそろ、仕組みが硬直化していて、やり遂げたという満足感はすでに無い状況になっている。

C先生:確かに、そのような要素が大きい。しかし、今回の話は、CO削減なのだが、この分野で、過去、何か国民運動的に盛り上がったものがあったのだろうか。

A君:環境省の役人としては、「クールビズ」ではないですか

B君:そう思う。クールビズは一般語になった。現時点だとCool Choiceなのだけれど、クールチョイスって何、という感じがまだまだ一般的なのではないだろうか。

A君:確かに。しかも、Choiceという言葉を聞くと、何か選択すると温暖化対策になるようなことがいくらでもあるという感じを言葉からは受けるけれど、実は、何をやったら良いのか、分からない。

C先生:その通りだな。自分自身を振り返っても見ても、これまでは、この行動で、確実にCOが減ったという行動をしてきた。しかし、今や、何かをすれば効果があることが最初から分かっている、というモノが見えなくなった

A君:確かに。例えば、自動車がもっとも典型的で、CO排出量の削減に効くのですが、プリウスが売れたのは、明らかにガソリン代が少なくなるから。すなわち、文句なく、省エネになる。初期投資は高いけれど、それは、自分はCO削減に協力している、という感覚を持てるので、それほど高いとは思わなかった。

B君:おかしなことに、現在、ヨーロッパでは、ハイブリッドが売れているとのこと。これまでは、ディーゼルだったのだけれど、VWの事件以来、どうやら、ガソリンに回帰して、ハイブリッドを選択するという人が多くなっているらしい。

A君:ということは、日本という国は、ハイブリッド先進国でしたので、やはり、今はエコ疲れ状況にあるということですか。

B君:最近、ガソリンの値段が過去ほど急騰するという感覚が無いので、多少ならガソリンを食う車でも、便利なものが良いという感触なのでは。

A君:エコ疲れというより、やはり、経済的な要素が大きいのでしょうか。

B君:かつてほど、価格を気にしていないような気もする、というのは余り正確な表現ではない。価格を気にするのは、日常に必須の物。例えば、野菜。下着。他人に見せるものには、お金を払うという風潮になっているのでは。

A君:確かに。「インスタ映え」がその証拠かも。目立ちたい。そのためには、お金を掛ける。

B君:まあ、そう言ってしまうと身も蓋もないないけれど。むしろ、そのぐらいの余裕ができたと言わないと。

A君:ただ、SNSの影響ということは、明らかにあるでしょう。仲間に見せるものには、投資をする。

B君:逆に、SNSで騒いでいる食べ物は食べてみたいということにもお金を使っていることは事実だ。

A君:だから、COが国民運動になっていないということは、CO削減をいくらやっても、誰にも自慢できない時代になったということは、言えるでしょうね。

B君:そうなんだけど、実は、かなり重要な点を見落としているような気がする。それは、このところ、CO削減をやろうとしても、例えば、電気製品を買おうとしても、この製品は効率が高いから経済的という広告がほとんど見えない。

A君:どんどんと機能増強をしていて、このところ、掃除機は、ますます消費電力が増えている。といっても、日本の場合には、コンセントから取れる電流に限界があるので、1450Wまでだけれど。しかし、一般家庭の奥様には、こんなことよりも、ブランド価値、それがあるのは今だとダイソンだけれど、そこだけなのでないか。

B君:それに、やはり、家庭内にほぼなんでもある状況になったので、買い替えよりも、何か「新しい驚き」に対して投資したい、といったことがあるのでは。例えば、ルンバがその例。

A君:今後どうなるか分かりませんが、ウォーターサーバーなどもそうかも。あの製品は、タンクが3個もあれば、災害時にも有用ですよ、といった売り込みをするみたいだけど。

B君:地震で倒れると極めて危険なんだけどね。要するに、省エネがほぼ限界に近づいてしまったので、投資をしてカッコよくて、なおかつ省エネになるといった製品が開発できなくなった。要するに、電気製品に省エネイノベーションがないことが、最大の要因とか。

A君:自動車についても、すでにハイブリッド車に続く新規性が出せていない。

C先生:確かにその通りだと思う。過去、冷蔵庫は、真空断熱で大巾に消費電力が下がった。洗濯機は、直結型インバーターモーターなどが使われて、恐らく洗濯のモードも増えたし、消費電力も多少下がった。もっとも、乾燥までやってしまうと、排出量の大増加になるけれど。エアコンの場合は、インバーターが導入されて、性能も向上、省エネ性能も上がった。しかし、どれもこれも、もう新鮮味はないようだ。現時点で、確実に省エネになる投資というと、蛍光灯をLEDに変えるぐらい。工場の場合だと水銀灯もLED化だ。これは確実に効く。ということで、実を言うと、このところ、自宅での省エネ投資が止まっている。

A君:日本の場合、まだまだ不十分なのが、建物の断熱改修ですよね。これはどうなているのですか。

C先生:自宅の居間、寝室はやったけれど、普段、ほとんど使わない書斎や昔の子供部屋などは、まだこれからだ。しかし、多分、生活の仕方が変わると思うので、近いうちにサッシを追加して、ガラス3枚構造にする積りだ。なぜなら、これが圧倒的に快適だからなのだ。今のいつも座っている椅子は、窓の傍で、改修以前だと、頭の後ろから体温が奪われるのが分かる状況だった。現在は、全く感じない。それに、若干離れているものの、表通りを通る車のノイズがガラス3枚になると、何も聞こえない。これも非常なメリット。現時点でも、国、東京都などは補助金を出しているけれど、今後、建物からのCO排出抑制は非常に重大なテーマなので、普及させたい。

A君:慶応大学の伊香賀先生などが主張されているように、断熱をすると血管系の病気に掛かりにくい。すなわち、健康と非常に関係があるのは事実でしょうね。

C先生:その通りだと思う。もっとも人間のメカニズムは、極めて複雑なので、断熱だけすれば健康になるというものではないと思うが、最低限、ある種の血管関係の病気は避けることができると思う。

B君:そろそろ結論だと思うのだけど、「今の省エネ」に関しては、LEDだけでは、本当に寂しい。何か画期的な製品が欲しいけど、ネタ切れか。となると、窓断熱のように、健康志向とコンビにして、普及を図ることが良さそうにも思えるね。となると、厚労省との連携だろうか。

C先生:いずれにしても、国民運動という言葉自体、これが何を意味するのか、もう一度しっかりと定義しないと、なにか言葉自体が、死語に近づきつつあるような気がするのだ。
 それに、技術のネタ切れ状態であることは事実だけれど、省エネの重要性は、変わらない。しかし、実は、日本全体の温室効果ガスの排出量を決定しているのが、電力なのだ。となると、自然エネルギーによる電力を買うという行為が、実は、もっともパリ協定時代のエコ投資なのだろうと思う。ところが、日本という国の現況では、自然エネルギーを適切な価格で買うのは難しい。我が家には、太陽電池、太陽熱温水器と両方があるけれど、それは、たまたま屋上が広いからに過ぎない。普通なら難しい。となると、自然エネルギーが欲しい企業が増えることが、大きなきっかけになると考えている。実際、日本で、リコー、積水ハウス、アスクルしか宣言していないけれど、RE100、すなわち、企業内の電力を再生可能エネルギー100%でやると宣言する企業が増えてきている。例えば、アップルもそうだ。となると、そのうち、アップルに部品を納入するには、100%再生可能エネルギーでやらなければ、ならなくなる可能性が高い。
 こんな状況は確実に起きるので、一般市民だけを対象とした国民運動よりも、企業の環境戦略を変えるということを重視した活動にしなければ、今の時代、ダメなのだと思う。
ここに記入