新こたつ文明を世界に     03.13.2011  




 この文章は、中央公論の3月号に掲載された拙文の、第一稿です。記述したのは、1月5日です。

 かなり文章もおかしいのですが、もっとも思いがこもっているとも言えます。これから、若干の変更を行い、さらに短縮して、第三稿でゲラになった感じでしょうか。

 ということで、中央公論をお読みになれなかった方々のために、公開します。



日本の省エネ史

 1973年、世界は第一次石油ショックで大揺れに揺れた。その当時、日本のエネルギー源は、水力発電が現在程度あり、石炭の国内での産出も無い訳ではなかったが、安価な輸入原油にほとんど依存してた。

 筆者は、その当時大学院博士課程の学生で、アルバイトで青山学院高等部の化学の講師をしていた。情報が現在ほど誰でも把握できるという時代ではなかったが、石油ショックが起こるしばらく前から、異様な雰囲気には感じていたのだろうか、日本のエネルギー資源の貧困さ、世界全体の石油の可採埋蔵量にも不安があることを高校生に向かって盛んに説明していた。

 一般市民がエネルギーの重要性に気づいたのは、恐らく、このときがはじめてではなかっただろうか。

 政府の対応も相当なものだったのだろう、銀座のネオンはすべて消され、深夜放送も禁止状態であった。そして、いまだにしばしば話題になるが、なぜかトイレットペーパーが市場から消え失せた。

 ガソリン価格が、一時160円ぐらいになった記憶がある。その当時の160円なのだから、そのインパクトは押して知るべしである。

 省エネ技術開発を目的としたサンシャイン計画など研究開発が、国家プロジェクトとして行われた。そして、実は、この時代に、現在存在しているほとんどすべての省エネ技術は試されたように思える。

 しかし、リチウムイオン電池はなかったし、レアアースを使った永久磁石もなかった。ヒートポンプ用のインバータ技術もなかった。

 いずれにしても日本国民の省エネマインドは、第一次石油ショックで、強制的に創り上げられたのではないか、と思う。


米国の非省エネマインドを実感

 1975年から、米国に留学した。ニューヨーク州の首都であるオルバニーの隣町、トロイというところにあるRPIという大学であった。

 研究課題は、その当時、次世代の電気自動車用の電池として有望ということで開発が始まっていたナトリウム−硫黄電池(Na-S電池)であった。この電池は、反応物質がいずれも液体で、電解質に固体を用いるもので、このような電池が果たして実用になるのか、というチャレンジだった。

 フォードとRPI、それに、ユタ大学などの共同プロジェクトであった。

 当時、このRPIには友澤教授が居られた。曰く「米国にもやっと省エネマインドができてきた。第一次石油ショック以前は、大学の研究室の照明にはスイッチが無かった。一晩中点けっ放しの方が、スイッチを作るよりも安上がりだったからだ」。

 やはり米国という国はすごい国だ。やはりエネルギーをふんだんに使える国だから大国なのだ。当時はそう思った。

 ガソリンの価格は、まだ1ガロン50セントぐらいだった。もっとも、1ドルが300円を切ったぐらいのレートだったので、3.8Lが150円。1L40円ぐらいのものだ。日本では、ついこの間、1リットル160円だったのに、なんという安さだ。という訳で、車はフルサイズのシボレーのボロボロの中古(エンジン5700cc)を30万円ぐらいで買って、文字通りガソリンを垂れ流して運転していた。

 米国滞在中に研究してたNa-S電池は、その後、日本ガイシがNAS電池として商品化した。同社のWebサイトによれば、「1984年からNAS電池の開発を開始し、2003年に量産化に成功した」、とのことである。この電池は日本が有する世界唯一の省エネ関連技術の一つである。


自動車の燃費と飛行機の燃費

 留学先で次世代型電気自動車の電池の研究をしていたことも、実は、石油ショックの影響ではあった。米国での最大のマインドは、省エネではない。それは、エネルギーセキュリティー(安全保障)である。

 米国が石油で困れば、軍事力にも当然陰りが出る。当時、テキサスなどの油田で生産をしながら、ベネズエラなどからの石油を大量に使用していた。

 この時期、自動車の燃費を改善しなければならないという考え方にはならなかった。排ガスの有害性にいかに対応するか。これが最大の課題だったからである。

 米国は、先進的なマスキー法を作り、排ガス中の有害物質削減を目指した。

 ホンダがCVCCを発明し、この方法で、かなり難しいと思われたマスキー法をクリアーすることができた。

 それ以前、エンジンは、まさに、ガソリンを燃やすだけの内燃機関に過ぎなかったが、その後、ガソリンエンジンはある種の化学プラントになった。排ガスを常時分析しながら、最適な空気と燃料の比を保つ仕組みが組み込まれた。排ガスを処理する触媒が組み込まれた。

 ガソリンエンジンの排ガスがまずまずキレイになったのは、日本では昭和53年(1978年)ごろだと考えれば良いだろう。

 このころになると、世界的には、第二次石油ショックが起きているのだが、日本への影響はかなり限定的であった。それは、円ドルの為替レートが大幅に変わった時期だからである。要するに円高になることと、石油価格が上昇することが同時に起きると、余り影響を受けないで済む。円高と石油価格の上昇は、現時点になっても、相関が高いようだ。

 世界的には第二次石油ショックの影響も大きかった。特に西欧諸国は、そのために、エネルギーの消費量が下がっている国が多い。

 石油価格が上昇すると、もっとも影響する商売が航空業界である。そのため、第一次、第二次石油ショックを経て、航空機の燃費は大幅に改善されている。航空機の排ガスは勿論有害性物質を排出しているのであるが、それは余り問題にされなかったからだと思われる。

 ジェットエンジンは、タービンで空気を圧縮して、そこに燃料を吹きこんで燃やし、大量の排気を後方に噴出して推進力を得る。原理は確かにその通りなのであるが、この原理で飛んでいるジェット旅客機はもはや無い。

 最近のジェットエンジンは、ファンジェットと呼ばれる。排気でタービンを回し、それで前方から大量の空気を吸い込む。その空気は、そのまま後方から排出され、推進力となる。要するに、燃焼に使われる空気の10倍近い空気をファンのようなものを回して吸込み、単に後方に排出している。要するに、最近のジェット機は、プロペラ機である。

 なぜこのようなことをするのか、と言えば、それは燃費が改善されるからである。さらに、音が静かになる効果もある。

 ボーイング747(ジャンボ)は、1968年に開発された。現在もなお使われているが、燃費が悪い。その理由は、ゆっくり飛べないからだと言われている。後退翼の後退角が強すぎて、ゆっくり飛ぶには適していない。なぜ、ゆっくり飛べなければならないのか、というと、最近の航空機はジェット気流に乗って燃料使用を減らす。ジェット気流が強いと、予定よりも早く付き過ぎることもある。そのときには、追い風の中でゆっくりと飛ぶことが必要になる。ジャンボがこれが苦手だとされている。

 飛行機が速く飛べるものが優れている、という時代は、ジャンボと同じ1968年に開発されたコンコルドが最後に終わった。

 現在の飛行機は、安全であることが最優先され、その次は燃費が良いことである。

 このような考察から何が分かるのか。省エネも環境問題への対応の一つだとするのなら、環境問題へ社会が対応するときには、優先順位があるということである。

 まずは、自らの健康に影響を与えそうな環境問題、これを一般には公害型と呼ぶが、これが最優先される。現時点では、先進国における公害型の環境問題は、ほぼ解決されたため、変わりに、製品の安全が大きな問題になっている。

 省エネは、エネルギーコストの低減が経済的なメリットを生み出す場合にのみ、大きな関心を呼ぶが、一般にはエネルギー価格はまだまだ低いため、一般的になりにくい。飛行機に続く例が果たしてでるだろうか。

 しかし、例外的にエネルギー安全保障を優先する国では、省エネが重要視されることがある。現時点では、中国がその例かもしれない。


エネルギー消費が経済発展の鍵

 2003年に、まだ定年まで4年間あったのだが、東京大学を辞めて、国際連合大学に副学長として着任した。大学という名称は付いているものの、当時は、大学ではなかった。2010年から大学院生が在籍するようになったが、その当時は居なかった。

 東京の青山が本部で、世界に10ヶ所ほどの研究・研修所をもつ国連機関であるが、途上国の持続可能な開発と平和をいかに実現するかを使命とするプロジェクトが行われており、途上国をいくつか訪問する機会があった。

 経済発展とエネルギーを自らの研究テーマの一つとして、様々な国のエネルギー消費量と経済発展の関係などを比較検討していた。

 一人当たりのGDPと、一人当たりのエネルギー使用量は、驚くほど相関が高い。エネルギー使用量そのものは、その国の気候によって大幅に異なる。冬の寒さ、産油国、国の大きさが3つの大きな要素であるが、どのような国でも、経済発展期においては、エネルギー使用量とGDPは比例関係にある。GDPを10%増加させるためには、エネルギー使用量を10%増やすことが必要である。

 2000年のデータによれば、一人当たりのGDPが1万5千ドル程度になると、エネルギー消費量はやや飽和して、それほど増えなくなるが、それでも、増加傾向は止まらない。

 日本人は、年間原油換算で4トンを少々超す量のエネルギーを使っているが、これは、世界平均の2倍以上である。世界平均は漸増中であり、世界人口も増加しているので、今後、先進国のエネルギー消費量を削減しない限り、世界全体でのエネルギー消費量は増える一方である。

 先進国において、一人当たりの消費エネルギーを削減することは可能なのか。1980年ぐらいから推移を検討してみると、ドイツが1985年ぐらいからかなり努力をしてきており、英国が2000年以後、それに続く。

 その他の国は、日本を含めて、エネルギー消費量が減ることはあっても、その年には、同時に、GDPを減らしているのが現状である。

 今後、エネルギー消費量を削減しつつ、豊かさを確保することができるのだろうか。

 一つの鍵は、豊かさという意味である。GDPだけが豊かさの指標ではないことは、様々な国際機関などが指摘をしている。

 有名なものとして、ブータンの先代の国王が言い出したとされる、GNH(Gross National Happiness、国民総幸福)は有名である。さらに、世界でもっとも暮らしやすい国の指標だとされるHPI(Happy Planet Index、幸福地球指数)によれば、初版の2006の報告書では、バヌアツ(Vanuatu)の指数がもっとも高く話題になった。ちなみに現在の報告書だと、多少指数が変わっていて、トップはコスタリカである。

 この幸福地球指数には、まず地球への負荷を考えない指数として、平均余命×生活満足度が提案されていて、日本は、生活満足度が低い国なので、この手の指標でも良いランクにはならない。これをエコロジカル・フットプリントというもので割ったものがHPIである。すなわち、エネルギー消費量や資源消費量が多い国は、幸福度が低い国だと評価される。

 エコロジカル・フットプリントの定義は、その国の生活を維持するために、地球何個が必要かというものである。最悪の国はルクセンブルグで、10.2個、UAEが9.5個、米国が9.4個と続く。日本は、4.9個、ドイツは4.2個である。中国はすでに2.1個であり、地球1個で足りている国は、ブータンが丁度1個であり、インドネシア、フィリッピンなどが0.9個なので、現代的生活というレベルにはならない。

 やはり、GDPというものが、今後数10年に渡って、重要な目標で在り続けるのではないだろうか。

 このような考察から分かることは、結構本質的なことである。現時点では、温室効果ガスの排出量の削減だけが求められているが、それは、もっとも最初に起きる取り返しの付かない事態の限界点、これをティッピングポイントと呼ぶが、それが現時点に近いからである。現在の生活を続けていると、2030年頃がそのポイントになる可能性がある。

 その次の限界が、石油の限界だろうか。しかし、天然ガスや石炭はあるので、その採掘によって新たな環境問題が発生しなければ、化石燃料の枯渇が起きるが、それは2300年頃だろう。

 それ以前に、淡水不足や、ある種の鉱物資源などの枯渇が問題になる可能性がある。

 このように、人間活動による地球の限界が見えている今日、エコロジカル・フットプリントを下げることは、必然的である。

 エコロジカル・フットプリントの代表格がエネルギー使用量であり、温室効果ガスの排出である。

 温室効果ガスだけを減らす技術として、炭素隔離貯留(CCS)という方法があるが、エネルギーをかなり消耗する方法なので、真の限界は、エネルギー使用量によって決まるものと考えられる。

 となると、真に考えなければならない問題は、「エネルギー消費を減らしても、GDPを減らさない方法は存在するのか」。


未来の姿:新こたつ文明

 すでに考察したように、地球資源をほとんど使わず、すなわち、エネルギーも資源も使わないで生活をすることで満足できれば、環境問題などは発生しない。

 しかし、これは雲と霞を食べて生きる仙人の生活のようにも思える。だから悪いかどうかは別として、当然のことながら、GDPは減少する。

 エネルギー消費量を最終的には半分程度まで減らしながらも、GDPの増大をまずまず維持する、というと年率で1%台かと思われるが、こんな経済システムは果たして可能なのだろうか。

 これが実現できるという基本思想に基づく文明あるいは文化を「新こたつ文明」と呼ぶことにする。

 その理由は、「こたつ」という、恐らく世界唯一の暖房器具がもっている省エネ特性を、他の省エネ機器の開発にも活かすべきだと考えるからである。

 さきほどから述べて来たように、GDP以外の指標も無い訳ではなく、その根底には、満足感が同じであれば良いという割り切りがある。

 エネルギー消費についても同様で、エネルギーを大量に消費することが必須なのではなく、少量のエネルギーしか消費しないにもかかわらず、同じ満足が得られれば、それで良いと考える。

 「こたつ」は、ふとんによって空間を狭くして、その中にだけエネルギーを供給する。そして、快適さを確保している。

 それだけではない。冷えると辛いのは手と足の先端である。足を温めると、体全体の温度が高くなくても、快適に感じる。このように、人間がいかなるときに快適と感じ、いかなるときに不快と感じるか、まで考えられた優れた方法が「こたつ」である。

 「こたつ」の対極にある暖房方法が、セントラルヒーティングである。どのようにすれば人が快適だと考えるか、ということを無視し、人が居ようが居まいが、家中を常時暖房する。これが、米国文明の典型例であり、そのために米国のエコロジカル・フットプリントは地球9.4個分にもなる。

 なぜアメリカ人あるいはヨーロッパ人は「こたつ」を発明できなかったのか。それは、一つは、気候のせいかもしれない。多くの場所で、日本よりも寒い。

 それよりももっと重大なことがある。それが、生活習慣である。西欧系の人種は、基本的に狩猟民族であるから、夜でも外を食べ物である鹿が通れば、弓矢を持って飛び出す感覚を、文明の底流として持っている。そのために、室内でも靴を脱がない。

 日本民族は、水田耕作を生業として来たので、その日の農作業が終われば、夜の間にやることは無いので、靴を脱ぎ、ゆっくりと「こたつ」に入ってくつろぐことができる。

 日本民族的な生活の方が、いつでも獲物を探している西欧文明的な生活よりも、幸福なのではないだろうか。その象徴が「こたつ」である。

 ということで、「こたつ」がキーワードになった。それなら、「新こたつ」文明とは何か。それは、省エネ文明である。しかも、
(1)本当に必要なところに、
(2)本当に必要な場合にのみ、
(3)本当に必要な最小量のサービスを供給し、
(4)充分な満足感を与える。
しかも、これを良しとする文明であると定義する。


現存する新こたつ文明機器

 このような発想を得た後、すでに販売されている製品をチェックすると、かなり前からこのような条件を満たす製品が売られていることを発見した。

 その最たるものが、パナソニック製のビューティー・トワレであった。いわゆる温水暖房便座である。この製品を見ても、日本のトイレ機器が世界のトップを走っているか、よく分かる。

 この便座は、普段、全くといっても良いほどエネルギーを使っていない。単にセンサーを動作させているだけだからである。

 トイレのドアを開けて人が入ると体温を検知し、便座にかなりの大電流を一気に流す。そして、ほぼ6秒程度で、所定の温度に制御する。

 6秒という時間は実はかなり長いので、急いで便座に座るとまだ冷たいが、一呼吸おけば、充分という時間でもある。

 便座のヒーターには、常時電流が流れているのが普通であった。消費電力は、15〜25Wぐらいだが、それでも24時間使っていると、かなりの消費電力になる。

 洗浄用の温水も同様で、瞬間的に必要量だけを所定の温度にする。これまでの貯湯式とは全く違った考え方である。

 家庭の中での電力使用ランキングでも、このところ高位に付けていた暖房便座だが、このタイプの出現によって、貯湯式よりも60%削減が可能になった。

 「新こたつ文明」型のテレビは、ソニーが2009年2月に発売した。いわゆる人感センサー型である。このテレビは、自分の前に観客がいるかどうか、しかも、動いているかどうかを知っている。もしも、部屋から出ていったら、画面のバックライトを消す。居眠りをはじめて動かなくなっても同様である。

 このような省エネによって、省エネ達成率200%を超すようなテレビが出現した。

 エアコンについては、かなり前から多様な機能をもったものが存在している。人がどこに座っているを知っているのはもちろんだが、床の温度を検出して、ドアが開けっ放しになっていないか、などを警告することもできる。

 これらの機器のもつ機能は、どうみても日本人向けである。このような説明をしても、米国人であれば、「エネルギー価格などは知れている。それにエネルギーは大量に使うと、それ自体が満足感につながる」と言われるだろう。

 これを変えるには、省エネというものが、いかに気持ちが良いかを教える必要がある。

 米国の家庭用のエアコンには、未だにインバーターが使われているものは少ない。制御は、ON-OFF型である。夏に米国の安ホテルに泊まると、ウインドタイプのエアコンが未だにあったりする。困るのは、このエアコンの騒音が大きいことである。しかも、バタンといって運転を止めたかと思うと、いきなりグワン・グワン・グワンと動き出す。安眠妨害である。

 日本のエアコンは、インバーター化率が100%なので、完全に止まることはまずない。最初は全力で動くが、すぐにそろそろと運転し、所定の温度を見事に維持する。

 当然、音は静かであり、当然のことながら、快適性は比べものにならない。

 このように、新こたつ文明機器は、効率の向上と同時に、満足感を追求するものであり、快適さもむしろ実現できるのだ、ということを米国人にも教え込む必要がある。

 新こたつ文明を輸出することになるが、これもなかなか難しいことである。他国の文明の良さを認めないという基本的な態度が、しばしば見られるからである。

 しかし、若干の希望は見えている。それは、プリウスが米国でも爆発的に売れたことである。

 米国人でもインテリは、燃費の悪い大型の米国車に乗ることが野蛮な行為に見えることをすでに知っている。もう少々の努力で、新こたつ文明の輸出が可能になるように思える。


新こたつ文明型自動車

 家電の未来が新こたつ文明で見えてくるのなら、自動車はどうなのか。

 とりあえず現時点であれば、プラグイン・ハイブリッド車を新こたつ文明型自動車と定義できる。

 電気自動車EVでは無いのか。それは、電気自動車には、ここ数年では克服不可能な弱点があって、とても満足感が得られるとは思えないからである。

 その弱点とは、電池のコストでも、航続距離でもなく、充電時間である。

 現在販売されている電気自動車には、16〜24kWhの容量をもった電池が搭載されている。家庭では1日に10kWh程度の電力を消費するとされているので、電気自動車はその2倍近い電力を蓄えることになる。

 家庭用の200Vの電源で16kWhの電池を充電すると、7時間程度の充電時間を見ておいた方がよい。要するに、一晩である。これが電気自動車の基本的な使い方でもある。

 それなら急速充電器を使えば良いではないか。それも一案なのだが、工場なみの50kWという能力をもった充電装置でも、電池の80%までを充電するのに、30分はかかる。

 30分ならどうということはない。これが電気自動車を売るメーカーの主張である。しかし、本当にそうなのだろうか。

 ワンボックス・カーがよく売れている。都会でのワンボックスカーは、一人で乗っている人が多いが、高速道路ではさすがに数名乗っている。恐らく、郷里に帰るために使うのではないだろうか。

 東京から山形に帰郷する場合でも、400km。途中に1回の給油で済ませたい。なぜなら、混み合うときの高速道路では、給油も行列だからである。

 渋滞する高速道路でも、通常の車なら最低でも300kmは走るだろう。したがって、この条件を満たす。

 電気自動車は、渋滞する正月の里帰りだと、暖房をフル運転することになるだろう。となると、カタログ上は満タン(満電?)で150km走るはずの車でも、半分の70km程度しか走らないかもしれない。

 400km走るためには、5〜6回の充電が必要となる。1回30分として、3時間である。しかし、それも充電器に行列ができていない場合の時間である。もしも、前に2〜3台待っていたらどうしよう。

 さらに問題があって、急速充電は、電池の寿命に相当な悪影響を与える。理想的な使用状況でも、電池は5年間で容量が半分になると想定されているのだが、このあたりの情報も充分に開示されているとは言えない。

 このように考えると、その家の1台目の車は、電気自動車になり得ない。都会に住んで電気自動車をもち、帰郷するときにはレンタカーという選択肢もたしかにある。しかし、お盆休みや暮れ正月には、レンタカーも予約で一杯になる可能性が高い。

 もしも帰郷はレンタカーという人が大部分ならば、ワンボックスカーは売れていないはずである。

 当面、プラグイン・ハイブリッド車が新こたつ文明を満足する車である。都会は電気自動車で走る。もしも長距離を走るのならば、電気を使い終わっても、通常のハイブリッド車として高燃費で走行が可能である。

 こう書くと、米国のGMは、電気自動車に未来を掛けているではないか、という反論が来る。しかし、それは、単なる勉強不足である。

 GMの未来を背負うと言われるシボレー・ボルトは、電気自動車(EV)だとされている。正式名称は、「レンジエクステンダー付きEV」で、エンジンを搭載している。エンジンは発電専用で、車輪を駆動することはない、と長い間報道されてきた。

 最近の報道でも、この点がよく分からなかった。昨年10月に上海でボルトに試乗した日本人車評論家も、「エンジンは駆動用に使われない」と書いている。

 しかし、米国の車雑誌に掲載された試乗記事では、高速走行モードというものがあって、この状態になるとエンジンが駆動用にも、使われるとのことである。

 もしも、エンジンが車輪を駆動するのであれば、ハイブリッド車。ボルトは外部から充電するので、プラグイン・ハイブリッド車の一種だということになる。

 それなのに、なぜボルトは、プラグイン・ハイブリッドという言葉を使わないのか。ここに、米国のマインドがある。PHVという言葉は、すでに、すなわちトヨタのイメージなのである。GMが世界一の自動車技術をもつこと、これが米国民の希望でもあって、トヨタが開発した技術を世界一のGMが採用するのはまずいのである。

 フォードは、かなり前からハイブリッド車を出している。当初トヨタからの技術供与があったとされていたが、詳細は調べても分からない。まあ、第二のメーカーなら、ハイブリッド車という言葉を使っても許容されるのだろう。

 ボルトには余り報道されない話が色々あって、カリフォルニア州の厳しい車規制のSULEVという規格を通らなかったというものもある。エンジンからの一酸化炭素量が基準値を超えているからである。

 当然のことながら、プリウス、インサイト、CR−Zなどの日本のハイブリッド車は、この基準を満足している。

 このように、米国は、国の威信を掛けて、GMこそが世界の車をリードしているというイメージを国民に与えている。

 これが日本ではできない。しかし、世界の環境エネルギー技術競争に勝つには、これを実現しなければならない。


「世界で唯一」を自慢する国になれ

 国際エネルギー機関という組織があって、将来のエネルギー需給の見通しを毎年発表している。電気自動車の普及も、大きな関心事である。先日発表された報告書によれば、

 2035年に世界で6000万台の次世代自動車が販売されるが、7割がプラグインハイブリッド車で、3割が電気自動車だと予測している。

 個人的にも、こんなものではないか、と思う。一台目の車はプラグインハイブリッド車に、二台目を持てるのなら、それが電気自動車になる。

 今回、説明する余裕がないが、この予測に、水素燃料電池車がでてこないことにも留意する必要がある。

 プラグインハイブリッド車の技術は、日本が確実に世界のトップである。すでに一部販売もされていることを考えれば、現時点では、世界で唯一だということもできる。

 世界は、日本のこの技術を恐れている。そのために、GMだけでなく、ヨーロッパ系の自動車メーカーも、プラグインハイブリッド車の評価を意図的に下げた報道を繰り返し行なっている。

 技術の見えない文系の新聞記者は、あるいは、ヨーロッパ至上主義の自動車評論家は、その報道を頭から信じているため、偏向した記事を書いている。

 すでに紹介した新こたつ文系型の機器は、世界に唯一である。これをまず、日本人が自慢しないで、どうして元気な国になれるのだろうか。


スーパー新こたつ文明型機器もある

 さらに次のレベルの機器も開発されている。スーパー新こたつ文明型機器と呼ぶべきものがある。

 その第一候補が、矢崎総業が販売している太陽熱吸収板を含むエコキュートである。エコキュートは、ヒートポンプ型の給湯器で、上手に使えばエネルギー効率が高い。しかし、欠点がないとは言えない。追い焚きが苦手、すなわち、効率が悪いということである。そのため、深夜電力が使える間に、その日の夜のお風呂への給湯をカバーできる量を予め予測し、沸かしておく必要がある。

 これに太陽熱吸収板を付けると、さらなる困難に直面する。太陽熱は、お天気次第である。深夜電力が使えるのは午前7時までなので、その日の日中にどのぐらいの太陽熱が期待できるかを知った上で、最適量のお湯を沸かす必要がある。

 そのためには、その日の天気を知らなければならない。そのため、矢崎総業はこの機器に気圧計をセットした。気圧変化から、日照時間と強度を予測し、最適な運転をするためである。

 このように未来を予測する能力をもった機器を、スーパー新こたつ文明型機器と称している。そんなことは不可能だと思われるかもしれないが、使う側が機器に情報を与えれば、不可能とは言いがたい。

 もっとも最初に実現されるかもしれないことが、ハイブリッド車の最適制御に、カーナビの情報を使うことである。

 高速道路の走行時、ハイブリッド車は渋滞に強い。むしろ渋滞になると、燃費が向上するのが普通である。高速道路なら、完全に停車することは少なく、ノロノロと動いているからである。この条件だと電気自動車として走行が可能で、非常に高燃費になる。

 カーナビは、現時点でも混雑情報を自動的に受け取っている。10km先に渋滞があると分かれば、そこに到着するまでに電池をフル充電状態にする制御をすれば、電気自動車として走ることができる距離が長くなる。結果的に、高燃費になる。

 カーナビはまだまだ進化しうる。現在のカーナビは、標高データを持っていない。峠道のように、長い登りの後に長い下りが来ることが分かっていれば、ハイブリッド車としては、峠の直前で電気をすべて使い切ることが合理的である。なぜなら、下り坂では、回生(電気)ブレーキが働いて、充電ができるからである。

 再度、米国での無駄な話になるが、カリフォルニアのような日照が強い地域では、一週間程度休暇でかけるときにも、夏期であれば、冷房のスイッチは切らないらしい。室内温度が上がりすぎれば、観葉植物などにとっては辛いからという、という理由もあるようだが、実際には、帰ってきたときに快適であることを求めているようだ。

 個人的に、「失敗した」と思った経験がある。冬季には、朝、エアコンが自動的に起動するようにタイマー予約すること習慣になっている。しかし、うっかりしてタイマーを解除しないで、慌てて旅に出かけてしまって、「ああ無駄だった」と嘆いた。

 しかし、現在の自分の行動を考えて見れば、スケジュールはすべて、クラウドを活用してパソコンで管理している。このクラウドのデータをエアコンが共有すれば、旅に出ている間は、自動的にタイマー予約を解除するシステムができれば良い。

 さらに進んで、家庭の電力消費が1台の機器で集中管理されるようになれば、当然、外部からのエアコンの制御もできるようになることだろう。

 人感センサーで住宅内に人がいないことを判定し、無駄なエアコンの使用を防止することも不可能ではない。ただし、病気で突然倒れたといった状況もありうるので、このような自動化には、万全の配慮が必要不可欠だろう。


新こたつ文明を教養として輸出しよう

 このように、センサー技術、情報技術は、高度な省エネ技術として活用が可能である。発想がまず勝負であるが、省エネマインドが染み付いている日本人は、この点有利である。

 しかし、問題がある。それは機器のコストである。エネルギー価格がそれほど高くない現状では、投資コストを回収するのが難しい。

 しかし、エコロジカル・フットプリントの説明をしたように、自らを地球市民だと認識するのであれば、また満足感が同じであれば、省エネをするのが当然だと言える。

 地球市民として正しく行動していると思えれば、それがまた人生の満足感を高めることもできる。

 となれば、省エネを単なる省エネとみなすのはもったいない。むしろ、省エネを地球市民の教養に高めるべきなのではないか。となれば、地球市民として備えるべき高級な教養、それが新こたつ文明である。

 このような主張が海外でも認められるようになれば、日本の技術で作られた製品がすべての先進国でも使われるようになり、エコロジカル・フットプリントを下げることにもなると同時に、日本の経済活力の向上にも寄与することだろう。

 繰り返しになるが、それには、日本の現在の省エネ技術、エネルギー技術で、「世界唯一」と言えるものがある。これらを日本人の共通認識とすることが、その第一歩であり、必要不可欠である。

 それは、プラグインハイブリッド車であり、高度なエアコンであり、世界でもっとも省エネなテレビであり、さらには、NAS電池である。

 リチウム電池は、かつてそのような技術であったが、もやはそうではない。電気自動車は、中国製が世界を席巻するのが眼に見える種類の製品である。

 日本の優れた環境エネルギー技術が日本の産業のコアになるかどうか、それは、新こたつ文明が世界に普及するかどうかに掛かっていると信じる次第である。