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   今年の夏は猛暑になるか
       06.09.2013
        ラニーニャをめぐる話題




 日本経済新聞の本日6月9日朝刊のサイエンスのページを読まれましたか? 取り上げられている話題は、「ラニーニャ多発なぜ」でした。

 「ラニーニャ」、このHPを読まれる方ならば、聞いたことがあるでしょう。しかし、「ENSO」という言葉になると、始めてという人も居られるかもしれません。

 日経では、ラニーニャを「熱帯の海の異変」だとしていますが、異変というものでもなくて、昔から起きている気象現象です。気象は、人為的な温室効果ガス(GHG=Green House Gas)の大気中濃度の増加によって温室化している(=地球から宇宙に向けて放出される熱量が減っている)現在、この程度のことが頻繁に起きても不思議ではない、とは言えるでしょう。

 地球のもつ熱エネルギーの総量を増やすのは、GHGです。いくら化石燃料を燃やして熱を出しても、その量は知れているのです。太陽の光によって地球に供給される熱量は、化石燃料の燃焼によって発生する熱量の1万倍程度はあって、この1万倍のエネルギーは、通常、赤外線に変換されて、再度ほぼ同じ量が宇宙に向かって放出されています。

 宇宙へのエネルギーの放出を遮るのがGHGの特性です。

 しかし、現状の科学をもってしても、人為的なGHGの増大が、ラニーニャが増える直接的原因であると特定できるほど、簡単ではないのも事実です。

 一般論ですが、気象現象には様々なものがあって、異常気象現象が一定の確率で起きてきました。気温が上がり、かつ、海洋の温度が上がると、すなわち、地球の持っている熱エネルギーの総量が増えると、起きる現象がより多様になって、したがって、異常気象現象は増えると言われているだけです。

 その原因物質である大気中のGHGは増えていて、次の図に示されているマウナロアの観測によれば、いよいよ、その濃度が400ppmになったとされています。5月7日に、超えたといえるのでしょうか。

 5月1日  2日  3日  4日  5日  6日   7日
図 大気中の温室効果ガスの濃度が400ppmに

 しかし、一方で、地球の気温は、2000年以降それほど上昇していません。その要因として有力なのが、「当初の予想よりも、熱エネルギーが大気ではなく、海によって蓄えられているという仮説」です。

 特に、ラニーニャで高温になるフィリピンの東海域の深層の海水の温度が高くなっているのではないか、というのです。そのうち、大気に熱エネルギーが戻れば、当然のことながら、気温が上昇します。

 空気の比熱は、水の比熱の約1/4ですが、これは同じ重さで比較したときの話です。空気の比重は、水の比重の約1/1000ですから、同じ量の熱量を吸収したとき、水なら空気の1/4000しか温度が上昇しません。気温が10℃上がることは気候としては大変なことですが、同じ熱量を同じ体積の水に吸収させると、0.0025℃しか温度は上がりません。

 地球の大気の体積と海水の体積を比較すると、大気の厚さを1万メートル、海洋の面積を地球の表面積の7割、平均的な深さを3800mとすれば、大気の体積は、海水の体積の4倍ぐらいということになります。

 ということは、同じ熱量で温めれば、海の温度変化は空気の温度変化の約1/1000だと言ってもよいことになるでしょう。

 日本の夏の猛暑は、ラニーニャ現象の影響が大きいですが、2010年の猛暑は、ヨーロッパとロシアでも起きています。

 そのときの偏西風の流れの様子を次の図に示します。



図 2010年7月の500hPa高度・偏差と偏西風の流れの様子。気象庁報道資料(付録に掲載)より。
 赤丸はロシア西部周辺の背の高い高気圧を示し、ピンクの⇒は上空の偏西風の流れを示す。


 この図は気象庁の発表資料より引用したものですが、その気象庁の発表資料の記述を付録に掲載しますのでお読み下さい。現象だけがクリアーに書かれています。

 偏西風がかなり蛇行しています。ヨーロッパを見ると、イギリスのあたりから北上して、モスクワよりも北を通り、その後、南下。カムチャッカ半島の北部に向けて、再度北上しています。

 Hと赤い線で囲まれた高気圧によって、偏西風がブロックされているからでしょう。このような現象をブロッキングと呼び、このブロッキングについては、2010ロシアブロッキングという名称が付いているようです。

 南から偏西風が流れ込めば、当然のことながら、気温は上昇します。

 ただ、偏西風が蛇行することはしばしば起きることなのですが、このときには、この状態が1ヶ月間以上継続して起きたことが異常だと言われています。

 その様子を次の図に示します。



図 ロシア西部周辺の上空の偏西風の北上・南下の度合い。気象庁報道資料(付録に掲載)より。
 6月20日ぐらいに北上が始まって、7月31日でもまだ北上傾向が続いています。


 さて、このような現象がどうして起きるのでしょうか。

 気象学の用語が難しくて、なかなか良く分からないのですが、京都大学の修士論文でも、この現象が扱われています。
http://www.dpac.dpri.kyoto-u.ac.jp/thesis/fujii.pdf
 
 藤井晶君がその修士論文の著者です。地球惑星科学専攻の気象学・気候学および大気物理分科というところに所属していたようです。

 この論文の結論として述べられていることは、イタリア上空に気圧の低い部分(トラフ:南海トラフのトラフは海底の低い部分を言う)が存在していて、なぜかイタリア上空でトラフが急激に発達したことによって、ロシアの上空の背の高い高気圧が長い期間存続した、ということのようです。

 要するに、地球レベルでの温室効果ガスの濃度の上昇とこのロシアブロッキングの関連については、何も述べられていません。

 同じ研究者による「異常気象と長期変動」という学会
http://www.dpac.dpri.kyoto-u.ac.jp/mukou/meeting/11/presen.html
では、以下のような発表を行なっていて、
http://www.dpac.dpri.kyoto-u.ac.jp/mukou/meeting/Report/11/03-fujii.pdf
その最後に、次のように結論されています。

 『2010年7月後半に熱帯域での対流活動が活発になり,同時期にアフリカ大陸や西ヨーロッパなどの広い経度帯で対流活動が北上したことを示している.このような熱帯域での対流活動の変化とロシア域における強いブロッキングの形成・維持との関係についても今後解析を進めていく予定である。』

 それに対して、同じ研究会で発表された東京大学大気海洋研の論文では、
http://www.dpac.dpri.kyoto-u.ac.jp/mukou/meeting/Report/11/04-takahashi.pdf
地球レベルの考察が行われており、以下のように結論されています。

 『以上のことから次のようなブロッキングが長時間持続した過程を考えた。まず、 大西洋の海面水温が高かった。そのため熱帯大西洋の対流が活発になった。熱帯対流は中緯度のリッジを強め、西から伝播してくるロスビー波をさらに強めて東へ進めた。平年よりも多かった大西洋を伝わるロスビー波は経度0度付近で砕波し、トラフを発達させた。トラフの低気圧性循環によって低緯度の負の渦位が高緯度へ輸送され、ブロッキングを維持した。この過程が何度か繰り返されることによってブロッキングが長時間持続したと考えた。』

 『熱帯大西洋の海面水温の高さが原因だという地球レベルでの答えを出しているよ』、というメッセージのようにも思えますが、内容は非常に高度で、果たして、これで、将来このようなブロッキングが再度起きるのか、それとも、そうではないのか、などの異常気象に関するリスク情報につながるとは思えない記述になっています。

 熱帯大西洋の海面水温の異常な高さがどうして起きるのか、この気象現象を単純な因果関係で記述せよ、という課題そのものが無茶なのでしょう。しかし、それにしても、このようなメッセージをもっと一般社会向けの言葉で説明して欲しいものです。

 さて、本日の日経のラニーニャの記事に戻れば、上記学会発表の共著者である東京大学大気海洋研究所の木本昌秀教授の談話として次のような記事が書かれています。

 『1996年頃に太平洋の海面水温が急上昇した。20〜40年周期の「大西洋数十年振動」と呼ぶ現象の表れだという。北大西洋上空の気圧配置が周期的に変わる「北大西洋振動」も海面水温を押し上げる方向に働き、水温の上がり方が激しくなったようだ。
大西洋中緯度域の海面水温が上がれば大気にも熱が伝わる。熱帯大西洋では対流が強まりハリケーンも活発化する。風の強さや向きの変化は、熱帯気を経由して太平洋の海水の動きに影響し、海面水温を変える。
こうした複雑なプロセスを経てラニーニャが起きやすくなる。』

 分かりますか?

 そして、日経には「北大西洋振動」「大西洋数十年振動」が大気を通じて「太平洋10年振動」に影響し、それが「赤道域の振動」に影響を与えるとする図が掲載されています。

 どう考えても、この図では分からないのではないですか。

 そもそも、大西洋振動が北半球中緯度では東に向かって移動している大気の流れ=偏西風に逆らう形で西に向かって移動するとしたら、それは、赤道域の貿易風の東風か、極域の東風で起きると考えるのが普通ではないですか。

 ところで、この記事を書いた編集委員の安藤淳氏の専門は何なのでしょうか。

 調べてみると、2012年11月17日(土)に日経カンファレンスルームで行われた就活セミナー「隠れた優良企業をみつける!」では、「医療医薬・バイオ」を担当しています。

 どうも気象関係の専門家とは思えないのですが。せめて、もっと分かりやすい記事、あるいは、自分が納得できる記事を書いて欲しいと思います。

 もともと、ラニーニャかエルニーニョかを決めている最大の要因は赤道上を吹いている貿易風という東風が大きな原因で、東風が強ければラニーニャになり、東風が弱ければエルニーニョになるとされているのです。

 気象庁のこの説明が分かりやすいと思いますので、是非、お読み下さい。
http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html

 日経の記事にも、せめて、この気象庁の説明を読むように、と書いて欲しいのです。

 そう書けば、同時に、大西洋の高温がどうしてラニーニャに影響するのかを説明することがいかに難しいかが分かるはずです。

 本日のこの記事の書き方では、『この気象庁の説明は単純過ぎる。ラニーニャ現象はもっと複雑だから、もっと理学的検討が必要だ。それには、もっと大型の気候・気象専用のスパコンである新しい地球シミュレーターEarth Simulator 3=ES3が欲しい』という気象学者達の純粋学術的要望の片棒を担ぐだけではないでしょうか。

 ES3が地球レベルの気候変動によって起きる異常気象の解明と、その異常気象が引き起こす各種のリスク情報の創出に対して、本当に有用な研究がなされるのであるのなら、日本の納税者も納得し、喜んで「税金を投入しましょう」と同意するでしょう。

 今回の日経の記事のように、「現象は複雑です」、「だから明らかにしてみたいです」ということだけで、ES3を推進するということにはならないだろうと思います。

 最近は、ノーベル賞ですら、アウトカム指向になっています。実用的な価値が無い研究には、なかなかノーベル賞も出ないのです。

 日本の財政状況の現状を見ると、どうしても上述のように推測せざるを得ないのですが、皆さんはどうお考えですか。加えて、気象学者に何を求めたいですか。ご希望をお聞かせ下さい。



付録

気象庁の発表資料の内容
http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/monitor/extreme_world/monitor/world20100806.pdf

ヨーロッパ東部からロシア西部周辺にかけての異常高温について
    平成22年8月6日

1.概況

 7月は、ヨーロッパからロシア西部にかけて平年より顕著に高温となっており(図 1 右)、ヨーロッパ東部からロシア西部周辺の広い範囲で異常高温となった(図 3 右)。
 また、6 月、7 月のロシア西部から中部にかけての降水量は平年より少なく(図2 左、右)、ロシア西部は異常少雨となった。ロシア西部では、熱波・干ばつによる森林火災で40名以上が死亡したと伝えられ(ロシア政府、4 日現在)、干ばつによる小麦の生育への影響が懸念されている(農林水産省・海外食料需給レポート)。

2.熱波の経過

 1週間ごとの経過を表1および図 4 に示す。また、表 1 で紹介した地点の経過を図 5 に掲載した。7 月中旬はヨーロッパ東部からロシア西部にかけて広く高温となった。7 月下旬以降は高温域が東に移動し、ロシア西部で顕著な高温となった。

3.大気の状況
6 月下旬以降、上空の偏西風がヨーロッパ東部からロシア西部周辺で、北側に蛇行しており(図 6)、その南側は、対流圏の上層から下層まで高気圧になっていた(背の高い高気圧)。このような高気圧に覆われると、地上付近は高温、晴天域となるため、ロシア西部周辺を中心として異常高温、異常少雨になったと考えられる。
 偏西風が蛇行すること自体は珍しくはないが、ロシア西部周辺での北側への蛇行が7月を通じて継続したことは、統計を開始した 1979 年以降で最も顕著だった(図 7)。