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     野田氏の「リーダーシップ」 論  07.14.2019
       〜新書:見えないものを見る〜

               




 また、新書のご紹介。ところが、全く「新」からは程遠い本で、第1刷はなんと2007年2月。そして、購入した本は、2019年4月25日の第19刷だった。相当なベストセラー。
 著者は、野田智義氏、金井壽宏氏。野田氏は、現時点では、大学院大学至善館の理事長であり、NPOアイ・エス・エル(ISL)の代表でもある。金井氏は神戸大学大学院教授。
 野田氏のISLのスクーリングが帯広で行われたときに、一度、講師としてお招きいただいたのは、相当前のこと。正確な記憶は全く無いのだけれど、恐らく、製品評価技術基盤機構の理事長のポジションに居たころではないかと思う。となると、多分、2012年頃の話だと思われる。
 ISLのWebサイトによれば、野田氏が考えていると思われる「リーダーに求められる資質」は、以下の通りであって、これは、野田氏ご自身であるように思えます。
 「リーダーに求められる資質とは何か」
 人間の営みへの深い理解と敬意を持ち、歴史観と世界観に裏付けられた確固たる自らの基軸を持って、新しい経済社会像、企業・組織像を構想できるリーダー。戦略的思考・論理的思考をもって現状を分析し、説得力あるシナリオを描けるリーダー。そうしたシナリオを、信念と情熱を持って語り、人の共感を得、人を動かし、周囲や組織に波紋を起こすリーダー。そして何よりも、人間としての魅力にあふれ、社会の一員としての責務感と、高い倫理観を持つリーダー
 以上、ISLのWebサイトより。
http://www.isl.gr.jp/about/leader.php


C先生:この世の中、押し出しの強い人はいくらでもいるが、野田氏ほど、突破力のある人は見たことがない。本当に凄い信念の人だと思う。奥様は野田由美子さんで、このところ、色々とお付き合いがあるけれど、日本における女性超人の一人ではないか、と思う。
 ということで、本日は、その野田氏が書かれた新書のご紹介。しかし、実は、解読には、大変に苦労したのだ。

A君:苦労した理由も分かりますので、それは後の話にして、まずは、本のご紹介から。
新書: 297ページ
出版社: 光文社 (2007/2/16)
言語: 日本語
ISBN-10: 9784334033897
ISBN-13: 978-4334033897
発売日: 2007/2/16
 しかし、もっとも重要なご紹介が、このアマゾンからの切り貼りだと肝心のものが消えるのですね。それは、本の題名の後半の、「見えないものを見る」が実は、もっとも大切な言葉なのに。

B君:実は、野田氏の書かれた文章は読みやすかった。しかし、金井氏の文章は、なかなか理解できなかった。自己紹介的な文章があって、そこには、「二十代半ばからずっとリーダーシップを研究してきた」、とあるのだけれど、やはり、学者の文章であって、実践者ではない。本当の意味でリーダーシップを自己で体現したことが無いのかもしれない。

A君:どうも批判的になってしまいますが、野田氏は「見えないものを見る」をリーダーシップのエッセンスとしているところを、金井氏は「大きな絵を書く」と表現してきたところ。「大きな絵を書く」人が本当のリーダーなんでしょうか。駄目な政治家の得意技だと思うので。

B君:「宗教改革のマルチン・ルターの描いた絵となると、何千万、数億という人々を巻き込んで、結果として国や世界を変えた」、とあるが、実は、「結果として大きな規模になった」だけで、マルチン・ルターが最初に描いた絵は、本当の大きな絵だったのだろうか

A君:何か違和感がありますね。マルチン・ルターがやったことは、それまでの教会の”贖宥状”昔は”免罪符”と呼ばれていた紙が商業的すぎるとして、宗教改革を起こしたというのが、分かりやすい説明だと思います。実際がどうであったかは、よく知りませんが。さらに、それまでのラテン語の聖書をドイツ語に翻訳した。これは大きかった。それまで、ラテン語が理解できるエリートのための聖書が、少なくとも、ドイツでは普通の人が読めるようになった。しかも、賛美歌をもドイツ語に訳したので、歌の意味が分かるようになった。しかし、これが「大きな絵を描く」ことだったのか

B君:「大きな絵を描く」ということは、実は、「現在を変えることによって出現する未来像が見える」、と同義のような気がする。ルターの場合の実像は、それまでの教会の価値が、実は、無価値であったことを証明したのかもしれない。要するに、過去の否定であって、それが「大きな絵を描く」ことなのか。

A君:p35に金井氏は、「研究者としての違和感」という題名で、「まず、なぜ研究者だけが理論をつくりだすのか」が疑問だと述べてます。この文章に続けて、松下幸之助には、「指導者の条件」という本を書いている、という記述があるけれど、、この松下幸之助のような優れた経営者の言葉は「理論」とは呼ばない方が良くて、それらはリーダーシップの達人による「持論」だ、と結論しています。

B君:面白いけど、「持論」と「理論」の相違に関する学者的な問題意識は、普通の読者には理解しにくいと思う。リーダーシップに関しては、「理論は役に立たない」と言い切ってくれれば、それなりに分かった気になるけれど。しかし、学者が「理論は役に立たない」と言うと、自分の学者業を否定することになりかねない。

A君:「自分が納得できる要素を見つけ出し、身につけるような努力をしてほしい」という言葉の次に、「本来は、このことだけで一冊の本が書けるぐらいだが、箇条書きをすれば、
@行動や発想なら学べる
A学ぶならば、座学より経験を通じて、経験と接合して学ぶのがいい
Bしかし、役立つ理論があると信じて
C研究から出た理論と実践家の持論を基に
D最終的には自分なりの持論をもとうとすることが大切だ」、とある。

B君:これが問題。金井氏が何を言いたいのかよく分からない。特に、前の文章で、「理論は役に立たない」かもしれないと思わせて、そして、この箇条書きでは、「役に立つ理論があると信じて」と書かれているのですが、これを記述した著者の心理をどう解釈するか、と言われれば、「『役に立つ理論は本書では示せていない』と思っている」と考える以外にないですね。

C先生:実際、読み始めのうちは、金井氏の文章も真面目に読んでいたのだけれど、どうも、「論旨不明瞭」という感覚が強くなって、野田氏の文章だけを読むことにしてしまった。

B君:全く同じ!

A君:同感! それでは、野田氏の文章だけを追うことにしましょう。それでは第一章です。「リーダーシップの旅」。当然ことですが、「なぜ、旅なのか」から始まります。

B君:最初の記述はおもしろい。「コア・コンピテンス」という言葉は、確かに一世を風靡した。

A君:ゲーリー・ハミルという人がこの言葉の造り手だったようで。あるとき、「そもそもコア・コンピテンスとはなんですか」という質問を受けた彼は、「今からコイン投げのゲームをしよう」。コインを投げて、ゲーリーの手の中に収まったコインの表・裏を当てる。当然、当たらない人が出るので、その人は座る。最後の残った勝者に向かって、ゲーリーはこう言った。「おめでとう。あなたにはコイン投げのコア・コンピテンスがある」。

B君:そうだよね。結果的にそれが分かったということ。しかし、予め分かる理由はないし、さらに言えば、もう一度やったときに、また同じ人が残るとは限らない。すなわち、ある成功事例が出たときにはじめて、その人にはコア・コンピテンスがあると言えるが、それが次に続く保証はない。すなわち、「後付の評価だ」ということ。

A君:この本はかなり前に書かれているので、「日産再建の立役者カルロス・ゴーンという言葉が出てくる」のですが、現時点でカルロス・ゴーンを「リーダー」という言葉で呼ぶのが適切なのかどうか。やはり、リーダーが自分の個人的な利益のために会社を利用するようになると、もはやリーダーではないということの見本のようなものですね。「リーダーは永遠に継続するものではない」。まさに、結果次第。正しい結果が出せなくなれば、リーダーではない。

B君:この章の結論としては、章の終わりにいずれの著者が書いたのか分からない「まとめ」のようなものがあるけど、それが分かりやすい。

A君:なぜ旅が重要なのか。リーダーは旅に出るまではリーダーではない。旅にでて、振り返るとフォロワーがいる人がリーダー。

B君:それには、「内なる声」に突き動かされて、「見えないもの」を見ようとするとする意思が鍵だ。すなわち、自然発生的なリーダー論を語るとしている。このようなリーダーを、エマージェント・リーダーと呼ぶようだ。

A君:確かに。それがリーダーですね。一方、社長になった人がリーダーをやるのは当たり前。

B君:それではここから第二章で、なぜリーダーシップが必要なのか。これは当たり前のように思える疑問だけれど。

A君:社長はリーダーなのか、マネージャーなのか、という議論から始まるけれど、日本の社員は、少なくともしばらく前までは、従順だった。しかし、それゆえに、日本企業の成長力が弱いという欠陥があったように思います。今でも弱いのですが。

B君:結論は、社員が社長についていくのは、「ヒエラルキー」のため、というもの。その通り。しかし、それでは、企業の戦闘力が上がるとは思えない。

A君:そこで、リーダーシップとマネージャーが具体的にどう違うかという説明に移る。
 第一点:「見えるか」、「見えないか」リーダーは「見えない」ものを見て新しい世界を作る。マネージャーは「見えるもの」を分析し、対応する。

B君:これは、マネージャーからリーダーになろうとする人にとって厳しい分類だ。しかし、正しいと思う。日本の社長にこれができる人は何%なのだろう。そもそも、日本の社長はリーダーなのか???

A君:第ニ点:「人としての働きかけ」か「地位に基づく働きかけか」。すなわち、リーダーは、パーソナルなパワーをよりどころとする

B君:これも正しくその通り。別の言葉で言えば、受け手側から見たとき、「人として共感できるような働きかけ」ができるかどうか。これは重要。

A君:第三点:「シンクロするか」、「モティベートするか」。この第三点はちょっと理解が難しい。むしろ、その後の説明のように、「シンクロし、かつ、モティベーとするか」「飴とムチでコントロールするか」の対比の方が記述としては良かったような。

B君:そして、次の節が、「リーダーが挑むものとは」になって、その結論は、「リーダーは創造と変革を扱う」

A君:これも、「リーダーは、まず、(新しいコンセプトを)創造し、その後、変革する」と理解したい。なぜなら、その話が、「旅における擬似的な組織関係」として記述されるから。具体的には、フォロワーが多くなると、上司と部下のような関係が自然発生し、リーダーの仕事に活動の組織化が含まれると記述されています。

B君:その次が、リーダー待望論。今、なぜリーダーが待望されるのか。その野田氏の答えは、世の中が「創造と変革の時代に入ったから」

A君:C先生の言っていることと同じではないですか。その理由は、C先生の場合には、もっとも重要なものが「パリ協定によるCOゼロ」の達成。野田氏は、いくつもの要素を上げているところは違うけれど。

B君:それは、年代が違うからある意味で当然。野田氏の言う必要な変革をリストアップすると、グローバル化、物言う株主、M&Aの洗礼、グーグルに象徴されるネット経済、人材の流動化。環境問題の深刻化。CSRの必要性。

A君:そして、ちょっと飛ばしますが、「組織と個の同化がリーダーシップの発揮を阻害する」になります。簡単な結論を記述すれば、これが問題になるのは日本だけでなく、欧米でも同じで、組織というものの強さは世界共通。

B君:その続きとして、「会社のためのリーダー」という矛盾の話になります。野田氏の信念は、「組織を強くするためにリーダーを育てようとしても、組織は絶対に強くならないし、リーダーが育つこともない」。どのような形態が理想か、といえば、「自分が成功するために、所属企業が存在し、自分が成功することで、所属企業も成功する」。出発点は個人にあり、ということのようだ。

A君:今の官僚制度は、この方向性とは全く違ってしまった。内閣人事局の創設、内閣府の強化などで、官僚を締め付ける仕組みが強くなった。その結果、官僚システムは弱くなったどころか、崩壊寸前。「政府の本音は、官僚制度=行政を意図的に崩壊させたかった」としか思えない。政治家が法律を決めるのが仕事だけれど、それをどう実行するかは、本来、行政の仕事だからね。弱くすれば、政治家の思う通りに行政が行われる。すなわち、利権ばらまき政治が行いやすくなる

B君:その通り。しかし、ちょっと別の言葉で説明したい。官僚の成功とは、社会が良くなることなので、本来であれば、「自分が社会をよくするために官僚制度が存在し、自分がそれに成功することで、政府も成功(=良い社会が実現)する」。現状では、「政治が成功の源である」という考え方で動いているが、本当にこれが正しいのだろうか。さらに言えば、政治的成功を実現するだけのパワーが現在の政治家にあるのだろうか。

A君:ここで第三章です。「旅の原動力とは何か」。すなわち、「旅のドライバー」の話。野田氏の結論は、様々なものが有って良い。例えば、「夢、志、大望、プロフェッショナリズム、焦燥感、義憤」など。この中で、野田氏の選択は、「夢と志」。美しい選択。

B君:ところが、公立中学校の民間校長に転進した、藤原和博氏は、「その夢とか志とか言うのをやめてくれないか」。なぜなら、「中学生に夢や志が簡単に見つかるわけがない」からと主張しているとのこと。

A君:しかし、野田氏は「夢と志」が諦められない。そして、「自分探しの迷路」の話になる。それは、「夢と志」と「自分探しの迷路」とは全く違うと認識しているから。

B君:極めて厳しい意見なのだ。自分探しをふわふわとやっている若者を見ると、「その姿から、どこか知らない場所に自分にとっての宝物がかくされていて、それをだれかが代わりに発見してくれるのを待っているような安易さ、受け身の姿勢を感じ取ってしまう」。

A君:全く同感!!! 眼の前に迫っている厳しい選択から目をそむけている。そのため、本当の自分は見えてこない。

B君:野田氏の表現はもっと厳しい。しばらく先のページになるけれど、「前のドアは、後ろのドアを閉めないと開かない」。要するに、後戻りを最初から考えている人に未来はない。

A君:第三章の最後まで飛びますが、「私は松永真理でいたかった」になります。この章の最大の話題は、「大人になってから夢を見るためには、何か根源的なものが欠かせない」という仮説を野田氏が持っているから。そこで、ドコモの「iモード」を作った人物と言われている松永真理さんとの会話の話になる。野田氏がした質問は、「色々なことを実現してこられたあなたの原動力は何ですか。はじめから何か夢をもっておられたのですか」。

B君:松永さんからの答えは、「よく聞かれるのですが、これをしたいという夢は残念ながらありませんでした。でも、私は幼い頃から『松永真理』でいたかったんです」。

A君:野田氏の結論は、結果としてリーダーになった人は、「私が私でいることが重要」という自負というか、自信が比較的強いのではないか。

C先生:そうかもしれないね。でも、それ以外の要素もあるように思う。

B君:ちなみにC先生の転職の原動力は何だったのですかね。

C先生:難しい質問だ。「私が私でいる」という考え方は、今なら理解もできるし、そう有りたいと思うが、東大教授を定年の4年前に辞めて、国連大学に行った動機は単純で、「自分が存在する世界(=見える世界)を別の世界に変えたかった」から。動機の中身が何かと解析すれば、学者というポジションから見ることができる社会というか視野と言うべきものが、余りにも狭かったからかもしれない。もっと、広い社会を見てみたかった。その後の転職に継ぐ転職で、その希望は、かなり満たされた

A君:それで住む社会は変わったのですか。

C先生:表面上はね。外国へ行く機会が圧倒的に増えた。特に、アジアが広がった。それまで、海外といえば、先進国、すなわち、アメリカとヨーロッパの主要国だけだったので。そして、最近のことになるけれど、ヨーロッパの主要国のすべてをほぼ自分がドライブすることでカバーした結果、日本国内にいるだけでは見えない「日本という社会の特殊性」が非常によく見えるようになった。それは、外からの視線で日本を見られるようになったからだ。現時点で考えていることは、日本社会、といっても、正確には、日本人が持っている社会に対する基本的な考え方だけれど、これを変えないとますます駄目な国になる、という感覚がどんどんと強くなっている。

B君:第四章「旅で磨かれる力」へ。この章では、あえてリーダーシップを要素分解をすることにチャレンジ。

A君:なぜチャレンジなのかと言うと、野田氏としては、リーダーシップは、一人一人が自分と対峙することで、「見えないものを見よう」として最初の一歩を踏み出すことで旅を始め、その中で、人からの共感を得ることの結果がどのようなものかが重要なので、リーダーになるために、何を身につければよいか、といった功利的な解析は無意味だと思っているから。

B君:ここで最初に同意できることが、「絵を描くのではなく、見ようとする・感じる」ことだ。ということ。大きな絵を否定するということは、ある意味、金井教授の見解を全否定しているように思えることでもある。すばらしく面白い。

A君:結果的にリーダーの条件が要素分解された。野田氏いわく、リーダーシップには、「構想力」、「実現力」、「意志力」、「基軸力」の四つが必要。
 「構想力」は、時代の流れを感じ取りながら、新しい世界像、社会像、組織像をイメージする力。リーダーのもっとも大切な役割はビジョンを描くこと。

C先生:環境屋として、現時点でもっとも意識していることは、新しい地球の未来図を描かないと、地球が潰れる可能性が高いということ。この構想力が、最近の大学の先生方にあるのか。これが疑問。

B君:次が「実現力」。それには、共感を得るEQが必要とのこと。EQ(Emotional intelligence Quotient)は1989年にアメリカで生まれた概念。IQがいくら高くても、ビジネスで成功することはない。EQが重視するのは、対人関係能力。野田氏の表現だとリード・ザ・ピープルのレベルがEQの示すもの。

C先生:しかし、社会全体を対象として「実現力」を発揮することは非常に難しい。個人的な見解だけれど、ある集団のリーダーになってから、その集団が実現力を持つように動くことは、なんとかなる話だとは思うが。社会全体で何かを実現する人は、それこそ、本物のリーダーだろう。

A君:そして、「意志力」が極めて重要。それは、旅という新チャレンジへの最初の一歩を踏み出す力。野田氏はこの力は、誰かから学ぶこともできないし、上司が与えてくれる訳でもない。「自分自身との真摯な対話から生まれてくる」、としている。

B君:自分自身との対話の中身は、「自分は一体なにがしたい人間なのか」、「チャンスを見過ごし、着手さえしなかったら、後でどう感じるか」、「着手するとしたら待ち受ける困難はどれほどのものか」、「その困難を乗り越えてまでやり遂げたい仕事や挑戦なのか」。

C先生:自分の体験から言えば、自分が何かをするために、リーダー的な行動を取るということは、学者商売の範囲ではまずない学者は個人的商売であって、フォロワーを必ずしも必要としない行き方が本物だと思っているからだ。インパクトファクターは、フォロワーの数の数値的表現にすぎないので、その意味は個人にとっては大きくない。

B君:学者商売は早々辞めたのでは。

C先生:その通り。ただ、独法の理事長というポジションは、リーダーにならざるを得ないポジションだった。具体的には、民主党の仕分けによる組織消滅の圧力への対抗。これが最大の問題でもあったので、すべての職員の意識改革を実現しなければならなかった。

A君:そして、最後が「基軸力」、すなわち「やり遂げる力」。日本人は一般に、「基軸力が弱い」、とのこと。

B君:それは、「日本社会では、組織、企業、さらには、政府に至るまで、トレードオフを伴うような決断をする機会に恵まれていない」、という主張でもある。

C先生:確かにその通り。日本国民は、いざとなると、「お上頼み」なのだけれど、その肝心のお上の実力がどんどんと低下している。これを認識すべきだ。理由は、選挙制度が小選挙区制になって、議員の質が大きく低下したのが最大の原因だと思っている。要するに、ポピュリストしか当選しない。ポピュリストに、「基軸力」がある訳がない。「人気取り」、具体的には、「甘い言葉」を述べて、それで当選を目指す以外にないのだから。

A君:「基軸力」の基本に戻って、「自分を振り返ること」の意味が考察されている。そこで、野田氏が言うには、日本でもっとも自立していない人たちが、30代から50代にかけての中堅エリートサラリーマンと官僚だ。

C先生:官僚に実力を持たせないこと、すなわち、駄目官僚を作ることが、最近の政府の方針なのだから、困ったものだ。

B君:面白いのは、野田氏の自己批判がここで若干記述されることだ。その中身は引用しませんので、是非、著書を購入してお読みいただきたい。

A君:それはそれとして、「基軸力」を持つための、お薦めの行為が、「名刺」を捨てること。これは一流企業の社員にとっては、難しいことでしょうね。この言葉は、今、就職活動をしている学生に聞かせて上げたい。

B君:そして、そろそろこの章の結論。究極の資質、それが「人間力」。これまでの四種の力、すなわち、構想力」、「実現力」、「意志力」、「基軸力」だけでは不十分という議論で、不足分が「人間力」だという主張。それは、「魅力的な人間であること」リーダーシップはこれに尽きるというのが、野田氏の結論。

C先生:そうか。野田さんの考えは、人間力=構想力+実現力+意志力+基軸力ではないのだ。人間力を第5のパワーと見ているのだ。なるほど。実際、その方が正しい見方のような気がする。

A君:人間力をどうやって身に付けるのか。本書に、その答えが明確に書かれている訳ではない。しかし、「人の営みに対する理解と尊敬を深める方法はある」と述べていて、その方法の一つが、「歴史や芸術、哲学を学ぶこと」

C先生:これには、強く同意する。これは、すべての人が、自分の専門から飛び出ることと同義とも言える。

B君:さらにもっと詳しく言えば、「人間が長い時間をかけて築き上げてきた文明、思想・宗教、科学体系などの教養に触れ、人間の英知を学ぶことがなによりも重要」と記述している。

A君:この指摘は「真理だ」と信じることができます。

B君:そして最終章の第五章「返礼の旅」。ここが意味深いと思う。リーダーシップの旅が破綻する要因とは何か、リーダーのつまずきや挫折の背景は何か、これを考えることが不可欠という指摘。

A君:そこで、出てくる人物が稲盛和夫氏。京セラの創始者であり、JALを立て直した人としても有名。C先生の知り合いでもあって、同じセラミックス分野の人でもあるためか、多分、C先生が尊敬する経済人の第一番手の人。

C先生:随分と、著書は読ませて貰った。

B君:そして、利己と利他のシンクロナイズの話になる。これがいつでも成立する訳ではないので。野田氏のいう利己と利他のシンクロとは、「一人の人の中でこの2つの区別がなくなることだ」

A君:深いね。

B君:その後、田口佳史さんという方の話になり、四書五経の一つである「大学」は「大学の道は、明徳を明らかにすることにあり」で始まるとのこと。その「徳」とは何か。田口氏によれば、「自己の最善を他者に尽くすこと」、すなわち、「相手の気持ちに立って、尽くし切るのが徳を積むことだ」。

A君:そして、「世のため人のため」と安易に言う危険性に話題が移り、さらには、「人とのふれあいがシンクロを加速する」になり、「ギフトを返す旅」、「選ばれし者の責務」、「幻想に引き戻されることなく」、となって、いよいよ結論へ。

B君:そのまとめの文章がこれ。「もう一度だけ念押しさせてもらいたい」、「リーダーは『結果として』なるものだ」。「20年、30年と旅を続け、その旅が終わりにさしかかった頃、『すごい人』になったリーダーを私たちは目の当たりにする。しかし、これは映画のラストシーンにすぎない」。

A君:映画のラストシーンだけを見て、「自分にはとてもできない」、「自分には関係ない」と思ってはいけない。

C先生:これで終わったようだ。野田さんは、信念が本当にすごい人だと思う。私が2012年に書いた「地球の破綻」という本では、先進国と途上国との関係に関してなのだけれど、望ましい意識の持ち方として、『互恵的利他性』という言葉を使った。このことに、どうも野田さんの存在が影響していたような気がするのだ。
 今回は、だらだらと何かを述べるよりも、最終ページの言葉を共有して、終わるのが適当のように思える。
 最後に、野田氏曰く、『「内なる声を聴いて歩くすべての人の前に、リーダーシップの旅は開けている」。私は、自分にそう言い聞かせて、生きて行ければと願っている』
 以上だ。1万500字か。過去、最長の記事になったかもしれない文字数だね。
 いずれにせよ、この本のサブタイトルである「見えないものを見る」ことをもっと重視しないと、この大変革時代は乗り切れない。