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  原発付近で白血病多発?
  2012.02.12



 原発付近では子供の白血病発症数が他の地域の2倍。このようなデータが2007年にドイツで報告された。
http://www.telegraph.co.uk/science/science-news/3321239/Nuclear-power-increases-child-leukaemia-risk.html

 2012年1月、ロイターは、フランスでも同様の報告が出されたと報道している。
http://www.reuters.com/article/2012/01/11/nuclear-leukaemia-france-idUSL6E8CB5QY20120111

 一方、イギリスでも同様の検討が行われているが、原発との関連は無いと結論している。
http://www.comare.org.uk/press_releases/14thReportPressRelease.htm

 Nature.comは、この問題を取り上げ、「原発との関連性は薄い」、と冷静な判断を下している。
http://www.nature.com/news/2011/110506/full/news.2011.275.html

 現時点の日本でも、放射線の影響というと「白血病」という理解をしている人が非常に多いように思う。そのため、原発と小児白血病が関連しているという報告がでれば、それは、大きな注目を集めるので、それだけを断片的に報道する傾向が強い。

 小児白血病の疫学については、かなり以前から様々な検討がなされている。比較的最近では、電磁波問題がある。電磁波といっても、携帯電話ではなく、商用周波数での低周波磁場のことである。

 IARCの分類によって、低周波磁場は、グループ2B(=発がん性の可能性がある)に入っている。

 なぜ白血病の疫学研究が多いのか。それは、比較的少ない発症数なので解析がしやすいことがまず第一の理由ではあるが、もう一つの理由が、先ほど述べたが、社会的インパクトの大きな政治的な話題になりうるからだろう。

 このような問題は科学的に取り扱うことが必須である。その流儀は、と言えば、これから示すNature流にやらねばならない。今回のHPでは、これを巡って議論してみたい。

 ちなみに、携帯電話の電波は、2011年、IARCによって発がん物質のグループ2Bに分類されたのだが、日本では、誰も気にしているようには見えない。私自身、何も気にしていないが。



C先生:白血病との関連、と聞くと、また出たかと思うのだ。疫学というものをどのように解釈すべきか、という根本的に関わる問題なのだが、基本的な理解が十分に合意されていないものだから、政治的な意図によってゆがめられた結論になることも多い。研究者側にも責任があって、「この報告から、原因と結果の関係を断定的に述べるのは間違いだ」というメッセージを論文に書き込むべきなのだが、それが実行されていない。場合によると、研究者そのものが政治的な意図をもって、このような研究を行っている可能性も否定できないのだ。

A君:まずフランスの研究ですが、ロイターの記事によれば、実施母体は、INSERM=国立衛生医学研究所。
 統計的なデータは以下の通りです。
 2002年から2007年に、14名の15歳以下の小児性白血病が、フランスの19の原発から5km以内で発生していた。
 これは、この期間に発症した2753件の通常の小児性白血病に比較すると、発症率が2倍。統計的にも有意であると、担当者の一人Dominique Laurierは語り、国際的な協力によって、サンプル数を増やせば、統計的にもっとしっかりした結果を出すことができると提案した。

B君:「この国際的な協力によってサンプル数を増やせば」というところに疫学の限界が見える。これがこの問題の本質でもあるが、確定的なことを言うのが本質的に難しい問題なのだ。

A君:ドイツでも同様の検討結果があるので、その概要を記述します。ただし、先に示したように、Telegraphからの引用。
 実施主体は、German Federal Office for Radiation Protection(BFS)。
 16ヶ所の原発が対象。1980年から2003年に、5歳以下で白血病を発症した593名が対象。対照群として1766名の健康児を検討した。
 原発から5km以内で小児白血病を発症する確率は、その外側の2.19倍。
 具体的な数値でいえば、平均値で17名の発症が予想されるが、実際には37名の発症が認められた。

B君:Telegraphが2.19倍などという言い方をしているのは、やはりメディアなのだろうね。3桁の数値を出すところは、統計を知らない証拠。

A君:ただ、Telegraphの記事にも多少褒めるべき部分もあって、別の解釈も掲載されていることです。
 例えば、実際にこのような解析をおこなった学者の発言として、「原発付近で小児白血病の発症数が多いことは事実としても、原発がどのようなメカニズムで小児白血病を増大させるかは知らない」、と発言したことが取り上げられています。

B君:オックスフォード大学教授のLeo Kinlen氏は、がんに関する疫学者だが、原発での白血病の発生には、建設作業員が大量にその地域に住んだことが原因ではないか、と言っている。
 過去の例でも、都市から大量の人間が流入した地域では白血病が増加することが知られているから、とのこと。
 さらに、このKinlen氏の発言はスゴイ。「5kmという距離の選択が、注目を浴びたいという研究者の願望を反映したものではなく、非意図的であったということが条件にはなるが、この結果は興味深いし、見逃すべきではない」。

A君:かなり意図的だということを匂わせている。さらに、放射線は原因ではないが、きちんと対応すれば、放射線以外の何か新しい原因が見つかるという意味を込めているのでは。

B君:そろそろ、Natureの記事に行くか。

A君:題名が、"Nuclear Power Plants cleared of leukaemia link"、新聞風で言えば、「原発、白血病との関係否定さる」でしょうか。

 ちょっと抄訳を作ってみます。

 これまで行われたもっとも詳細な研究結果によれば、原発周辺に居住することで、子どもが白血病にかかるリスクは増大しない。

 英国の環境放射線医学関係の委員会、略称COMAREは、ドイツによって行われた研究結果に対して、疑問を表明した。

 Alex Elliott氏が委員長であるが、彼は、グラスゴー大学の臨床医であるが、疫学者として、ドイツにおける白血病の原因を別に求めるべきであると主張している。

 原発は、これまでも、「子どもの発がんリスクを増大させるに十分な低レベルの放射線を放出し続けてきた」、という非難を受け続けてきた。しかし、この仮説を支持するような証拠は極めて希薄なのだが、一般社会の疑念は消えない。

 COMAREによる最新の報告は、5歳以下で、13の英国の原発周辺に居住する子どもを対象しており、Elliott氏は、「なんら重大な関連性はないことが分かった」と結論。

 英国では、どの年でも500名の子どもが白血病だと診断される。一方、35年間に渡る期間で、原発から5km以内に住む5歳以下の子どもが白血病を発症した件数は20であった。

 白血病の件数は少ないので、影響が小さすぎて、見つからない可能性はある。しかし、影響自体も結果として小さいと結論できる。

 このCOMAREの最新の報告は、ドイツによる調査、しばしばKiKKと略される報告と異なる。KiKKチームは、5km以内に居住する子どもの白血病発症のリスクは2倍であると報告している。

 COMAREの最新の報告は、KiKKの研究に対する批判をしている。放射線以外の因子(いわゆる交絡因子)を評価していない。Elliott氏は、白血病には、例えば、社会経済的な状況や人口密度が関連するとコメントしているが、COMAREは、これらの要素を補正することを試みたが、KiKKではしていない。もしも、KiKKが言うような影響が本当にあるのならが、我々はそれを発見できたはずだ、とElliotto氏。Natureは、KiKKチームにコメントを求めたが、回答は来なかった。

 COMARE報告は、こんな報告もしている。かつて原発の建設が検討されたものの、実際には建設が行われなかった地域についても、同様の調査を行った。そこでは、原発の予定地だったところから5km以内で、小児白血病の僅かな増加があった。これは、白血病のような希なケースを取り扱うときには、起きかねない「統計的信頼性への危険」があることを示している。あるいは、COMAREが指摘しているのだが、原発に適した地域には、何か、白血病を増大さえるような因子が潜んでいる可能性があるのかもしれない。

 中略:アメリカは、胎児段階からの調査を再度試みるとのことの記述あり。

 白血病の発症には、感染症の媒体にも原因があるかもしれない。Leo Kinle氏は、オックスフォード大学の疫学者であるが、原発や軍の基地は、白血病を増加させる原因になりうる、と主張する。このような地域は人口の流動が大きいために、それまで免疫を持たない新たな感染症に掛かる可能性が高いからである。

 Mel Greavesは、小児白血病の疫学者であるが、小児白血病の増大は、特定のウイルスが原因というよりも、通常の感染症に対する免疫反応の異常によるものだと主張している。


B君:さすがNatureなどとは言いたくないのだが、さすがに視野が広いとは言わざるを得ない。

A君:COMAREの調査も流石という部分がありますね。それは、原発予定地になったところの解析。

B君:本当だ。これは極めて興味深い。英国人は、ときに感心するような判断を行う。福島原発で、他の国の大使館員などは一旦帰国しているが、英国だけは、「東京にとどまってもリスクは低い」と判断した。

A君:Elliott氏の発言も、またNatureの記述も、多少マイルドなのですが、言いたいことがかなり透けて見えるように配慮しているということもありますね。要するに、深読みをしたくなる。

B君:それだが、上の抄訳の中で、「Elliott氏は、白血病には、例えば、社会経済的な状況や人口密度が関連するとコメントしているが」、という文章があるが、社会経済的な状況というのは、実際には所得格差を言っているのでは。

A君:経済的な状況は確かに所得格差を意味するものと思います。しかし、社会的な状況として意識されているものは、HTLV-T(human T-cell leukaemia virus type 1)による感染症であるということは無いでしょうか。
 HTLV-Tですがは、厚労省のサイト
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-hoken16/qa.html
に詳しいです。

B君:HTLV-1だとすると、同じ白血病でも、ATL(Adult T cell Leukemia)だから、大人にならないと掛からないのが普通。だから、Elliott氏の言う社会経済的な状況には含まれないのではないか。

A君:そうですね。確かに。厚労省のHPには、「40歳にならないと発症しない」、「主な感染経路は、母親から子どもへの母乳を介した母子感染。その他性行為による男性から女性への感染があることが知られています」、といった記述がありますね。

B君:ついでも何か有用な情報は無いか。

A君:ちょっと調べただけで、本当は厚労省の統計を見るべきなのですが。
 そもそも白血病は、かなり発症数が少ないのですが、
http://www.ne.jp/asahi/web/oki/health/ketuekigan.html
によれば、患者数25、000人、毎年6000人が死亡とのこと。後で、何か議論をするときに役に立てばということで。

B君:さて、話を元に戻して、経済的影響とは、やはり低所得者層の存在だということだと、どうなる。

A君:これは、事実でしょう。大分前になりますが、電磁波が小児白血病を増やすということが問題になったときにも、同様の指摘があって、結局のところ、いわゆる交流の動力線からでる低周波磁場が集中しいるところとして、高圧電線が取り上げられました。現時点では、この問題は収まっていますが、低周波磁場は、IARCのグループ2Bに分類されています。

B君:スウェーデンなど、ゼロリスク国家を目標とするので、僅かな影響をとことん調査するので有名。高圧電線の近くに居住すると子どもへの白血病が増えるという調査結果を出した。

A君:これも統計的に極めて難しいところなので、グレーという結論だったのですが、問題にはなった。しかし、Elliott氏のいう社会経済的な状況、すなわち、高圧電線の下に居住するのは多くは低所得階層で、新しい職を求めて移動をするなどの傾向が大きく、様々なリスクに暴露される可能性が高い、ということがあるのではという解釈もあった。

B君:低周波磁場が発がんの原因になりうるか。これは、日本でも疫学調査が行われた。しかし、なぜかきちんとした結果が報告されていないような気がする。

A君:低周波磁場については、こんなサイトを発見。
http://homepage3.nifty.com/~bemsj/BEMSJtop.htm

B君:うん、まとも。実名の無いサイトとしては非常にまともと評価すべきだ。

A君:話を戻して、原発と白血病ということですが、小児白血病ではない白血病に関してだと、玄海原発の周辺での白血病は6〜11倍多いという記事が見つかるし、産婦人科医が、玄海原発の再開には慎重にといった申し入れを行ったというような記事もありますが、放射線に関連する疫学とは全く言えないです。

B君:先ほどのA君のデータが役に立つか。玄海原発の周辺の住民が6000人程度とするか。白血病患者が25000人ということは、1万人あたり2名程度。6倍の患者数だとして、12名。6000人なら7名か。

A君:さっきの話と同じで、本当の問題は、玄海町での白血病が、どのような白血病かということですね。その詳細を調査したのかどうか。

B君:こんな記事を見つけた。九州全体の調査だ。九州はATLという白血病が多い。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/feature/article4/20100309/20100309_0003.shtml
長崎県では6.33倍、佐賀県では6.15倍、鹿児島県では5.81倍か。

A君:多分、こんなことなのでしょう。ATLの実態調査をやることの重要性が分かるということですが、玄海周辺で原発による白血病多発という誤解に対しても、良い影響を与えるのでは。

B君:Elliott氏の主張にも、似たようなニュアンスを感じる。

A君:もしも、小児白血病の発症が原発周辺に多いことが本当であれば、放射線が原因であることは極めて可能性が低いので、他の原因を究明することになって、その結果、小児白血病を発症するなんらかの原因が分かって、将来の予防的措置に繋がる。

B君:まあ、小児がん全体についても、そんな考え方が成り立つように思える。

A君:発がんというものがどのようにして起きるか。その原因として、他種類のものがあります。だから、がん多発など、何かあったら放射線の低線量暴露だけが原因だと考えて、そこだけを深く深く掘り下げても何かがでてくる可能性は極めて低いでしょうね。

B君:できるだけNature流に広い視点をもって、可能性をできるだけ柔軟に追求し、発がんの原因を探しだすことが重要。そのとき、なんでも放射線という固定概念は悪影響しか与えない、という結論か。

C先生:先日、東京都職員の研修会で使ったPPTファイルにも発がんのリストを挙げた。
http://lebenbaum.art.coocan.jp/PPT/4WebTokyoRisk.ppt
このPPTの16、17ページ目だが、医薬品や化学品ががんの原因になる場合には、ある特定の人に集中するので比較的見つけやすい。放射線も同様で、すでに解析はほぼ終わっている。すなわち、放射線だけに囚われていると、何か新しいことは見つかりにくい。
 ところが、ウイルスとか細菌が原因だと、広く薄くという暴露なので、まず、特定のところには発生しない。そのため、まず、何かあるという感覚を持つことが極めて難しい。
 NatureのEditor達が考えていることは、原発があるからこそ、小児白血病が問題となるが、実際のところ、極低線量暴露の放射線が原因だということは、現時点での科学では極めて考えにくいので、次の段階として、別の原因を探求する試みが行われ、それによって、最終的には小児白血病の原因が分かり、難病が克服され、そして、不幸が減るということなのではないだろうか。
 場合によると、NatureのEditor達は、放射線であるという固定概念を持たずに、真面目に解析をすれば、小児性白血病の原因ウイルスが発見されて、発見者はノーベル賞を受賞するかもしれない、というメッセージを、今回の記事に潜ませたのかもしれない。