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   不確定性と不確実性
    01.20.2013
        ハイゼンベルグの不確定性など



 1月6日の本Webサイト記事、「自己至上主義をリセットする」の最後に、こう書きました。
http://www.yasuienv.net/SelfConf.htm

どうやったら、より客観的にものを見ることができるのか。これを自分自身に再度問うてみたいと思う。これを、今年の本Webサイトの一つのテーマにしたいと思っている。

 すなわち、大げさに言えば、客観性とは何か、ということを検討してみたい。これが、今年の一つの課題になったと考えています。

 自分自身の発言の客観性に自信が持てなければ、これを信じろなどということは言えません。

 現時点では、検討もまだまだで、自信があるというレベルから程遠いのですが、直感的には次のように考えています。古典物理学から導かれる未来予測は、「不確実性はあっても、不確定性はない」と言うべきであり、ここでは、これを「確定論的推論」と呼ぶことにしたい。

 一方、量子力学の世界は、ハイゼンベルグの不確定性原理に従うので、電子の挙動を観察しようとしても、「電子は今ここに居る」といった結論を出すことは、原理的にできません。

 さらに、生命現象のように、余りにも多くの要素が影響するものは、未来の予測が困難で、中でも太陽光とその揺らぎによって大きく影響を受ける事象については、現時点では勿論のこと、将来的にも予測は不可能だと想像されるので、結局のところ、「確定論的推論は不可能」と結論しておくのが良いのではないか、と思っています。

 今日は、ほぼ1年前に起きた新発見のお話からスタートします。



1.ハイゼンベルグの不確定性原理

 昨年の今頃のことだが、名古屋大学とウィーン工科大学が、「ハイゼンベルグの不確定性原理が、厳密には正しくないことが実験的に確認された」、と発表した。

 不確定性原理と呼ばれる式には、日経によれば、二つの式がある。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG2400R_U2A220C1000000/

 一つはハイゼンベルグが約80年前に打ち出した

  εqηp≧h/4π  (式1)

であり、もう一つが、ハイゼンベルグと同時代のケナードが導いた

  σqσp≧h/4π  (式2)

である。

 ハイゼンベルグの式において、εは位置、ηは運動量であり、位置を正確に測れば測るほど、運動量は正確に測れなくなり、運動量を正確に測れば測るほど、位置は正確に測れなくなる、という意味である。

 ケナードの式は、物体の位置のゆらぎσqと、運動量のゆらぎσpとの積は、一定値以下にすることはできない、ということを意味する。このゆらぎは、もともと物理量の特性だということで、測定とは関係なく存在する。

 似たような式1と式2であるが、ハイゼンベルグの式は、証明されている訳ではないが、ケナードの式は量子力学の式から数学的に導かれる。

 先ほど紹介した日経の記事によれば、小澤の不等式が証明されたという発表を聞いた物理学者の多くが、ケナードの式が打ち破られたと誤解したとのこと。

 ということをどう解釈するのだろうか。ケナードの式が打ち破られたということは、量子力学が成立しないことが証明されたということを意味するので、多くの物理学者が、量子力学は厳密には成立していない可能性がまだある、と信じていることを意味するのだろうか。

 もし量子力学が厳密に成立していないのならば、完全に確立してしまったニュートン力学。それにニュートン力学が成立しないような極限状態での僅かな違いを説明する量子力学の先に、まだまだ新しい原理原則があるかもしれない。それが本当にあるのならば、物理学者にとって新たなチャレンジ課題が膨大に残っていることを意味する。これは、理論物理学者にとって、ある意味で、夢のような状態になったことを意味する。

 さて、実際には、どのような新発見があったのだろうか。
http://www.nikkei-science.com/?p=16686
それは、小澤正直名古屋大学教授が2003年に提唱した「小澤の不等式」が、ウィーン工科大学の長谷川祐司准教授のグループによる実験で実証されたということで、2012年1月15日のNature Physics電子版に掲載されたようだ。

 ハイゼンベルグの式

  εqηp ≧ h/4π

が、拡張され、小澤の式では、

  εqηp + σqηp + σpεq ≧ h/4π

となった。εq、ηp、σq、σpは、ケナードの式の記号と同じ意味である。

 ハイゼンベルグの式が正しければ、εqもηpも、どちらもゼロにすることはできない。もしも、どちらかをゼロにすれば、他方は∞になって、めちゃくちゃな測定値がでるだけである。

 ところが、小澤の式では、σqηp + σpεqという部分があるために、εq、ηpがゼロになっても、σq、σpが無限大ならば、成立することになる。

 この実験でどうやって証明をするのだろうか。中性子のスピンを測定することがその方法だそうで、個人的には、理論的な理解が難しいが、あえてちょっと説明をしてみたい。

 中性子のスピンの2つの方向成分、x成分とy成分は、粒子の位置と運動量の関係と同じく、「片方を測定すると片方の乱れが大きくなる」というトレードオフの関係にあるようで、長谷川准教授は、ある中性子のx成分を測定し、続いて、同じ中性子のy成分を測定したとのこと。(どんな装置を使ったのだろう??)。

 その結果、x成分の測定値の誤差がゼロに極めて近い場合でも、y成分の測定値の誤差は無限大にならず、有限の値であった。

 これは、この2つの測定値の誤差を掛けた値は、ハイゼンベルグの式を満たさないけれど、小澤の式は満たすという結果になったことを意味する。

 という実験からの結論は、小澤の式は成立するが、ハイゼンベルグの式は成立しない測定結果が出たことが実験的に確認された、ということである。

 今後、量子力学の基本的な式として、ハイゼンベルグの式の変わりに、小澤の式が使われるようになることを意味している。

 小澤の式が正しい、という書籍がすでに存在していることが分かったので、アマゾンで購入してみた。入手したものの時間的余裕が無くて、未読である。

 「ハイゼンベルグの顕微鏡」石井茂著
 単行本: 272ページ
 出版社: 日経BP社 (2005/12/28)
 ISBN-10: 4822282333
 ISBN-13: 978-4822282332
 発売日: 2005/12/28

 この本の発売日が2005年の暮。小澤の不等式が提案されたのが、2002年ということなので、なかなか先進的な本だということになるだろう。それでも四刷になっているので、物理学者の間では、小澤の式は、半ば常識になっていることのように思える。

 ところで、ハイゼンベルグは、1901年生まれで、量子力学の確立に絶大な貢献したことによって、31歳の若さでノーベル賞を受賞している。1946年から1970年までの24年間に渡り、マックス・プランク物理学研究所の所長を務めた。

 ということは、小澤正直氏、長谷川祐司准教授も、ノーベル賞候補であるということなのかもしれない。


2.「理性の限界」にみる「科学の限界」

 「理性の限界」とは、「理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性」 (講談社現代新書) [新書]という書籍であり、高橋昌一郎氏が筆者である。

 「理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性」
 新書: 280ページ
 出版社: 講談社 (2008/6/17)
 言語 日本語
 ISBN-10: 4062879484
 ISBN-13: 978-4062879484
 発売日: 2008/6/17

 高橋昌一郎氏は哲学者で、この書籍において、選択の限界、科学の限界、知識の限界、という三章構成で、理性には限界があるということを主張している。

 特に、「科学の限界」として不確定性があることを、相対性理論とハイゼンベルグの不確定性原理を取り上げて説明し、科学万能主義を排斥する方向での議論が行われている。といっても、この本は、仮想シンポジウム型式という変わった型式になっており、何人もの発言者が登場してくるので、ご本人の主張がどれなのか、判然としないが。

 アマゾンに52件ものカスタマーレビューがある本で、その平均点が非常に高いのが特徴であるが、高い点数をつけているのは、どうも文系の読者のようで、理系の筆者にとっては、ハイゼンベルグの不確実性があると考えなければならない状況とは、普通人にとってかなり非日常的な世界のみだと、なぜもっと強調しなのだろうか、という疑問を持ってしまう。

 1901年生まれのハイゼンベルグがノーベル賞を取る1932年が境目という訳ではないが、恐らく、ニュートン(1642年生まれ)から始まって、ラボアジェ(1743年生まれ)、クラウジウス(1822年生まれ)、マクスウェル(1831年生まれ)、ギブズ(1839年生まれ)あたりまでは、恐らく、「科学は確定論的である」と信じていたのではないだろうか。

 そのぐらい、ニュートン力学以降の物理が成功を収めたからである。

 ギブズはこれまた確定論的な物理の代表である熱力学で必須の概念であるギブズ自由エネルギーに名を残しているが、死亡したのは1903年。熱力学は、マクロなものを対象とする学問なので、もともと量子力学的な不確定性は無視できる。

 相対性理論と言えば、アインシュタイン(1879年3月14日〜1955年4月18日)だが、1905年に特殊相対性理論を発表していて、1915〜1916年に一般相対性理論を発表。そして、1921年にノーベル物理学賞を受賞している。

 このような歴史を見れば、ざっと言って、19世紀末までの科学の世界では、過去と今を知れば、未来は決まっているという確定論が支配していたのではないだろうか、と思う次第である。今でも、大部分の現象は、そう考えても良い。


3.不確定性と不確実性 − 気候変動の計算はどちら

 不確定性と似た概念に不確実性という言葉がある。不確定性は、ハイゼンベルグの原理のように、「決めることができない」という意味合いであって、不確実性は、なんらかの誤差の原因があって、確定的な結論ではないという場合に用いる。

 すなわち、不確定性と不確実性とは全く違う。ニュートン力学に則った予測の場合には、不確定性は無いが、不確実性はいくらでも有りうる。しかし、この場合の不確実性では、その原因を考慮すれば、どのぐらい不確実であるかを、ある程度の読み解き、評価することができる。

 現時点の日本では、科学的なシミュレーションによって予測されている2100年ごろの「気候変動」(いわゆる「地球温暖化」だけれど、温暖化そのものが問題という訳ではないので、本Webサイトでは、温暖化という言葉は使わないことにした)が、嘘だという人がまだ多少存在している。

 しかし、このシミュレーション結果に、なんらかの不確定性がある訳ではなく、単に、不確実性があるだけである。すなわち、その誤差について検討し、その誤差の範囲を推定する必要があるということを意味する。

 一つの誤差は、デジタルコンピュータで連続体を計算することに基づくものである。連続体の計算はできないので、メッシュに細かく分けて、不連続体の集合体として計算をしている。そのために、様々な誤差が出る。これは、メッシュサイズなどを考慮したり、あるいは、過去のデータとの突合あわせを行うことによって、誤差を見積る方法論を取ることになる。

 さらに、もっと重大な問題がある。それは、使用しているパラメータは、過去の気候変動を再現するように決められていることで、だからといって、「不確実性が無い」と言える訳もなく、その不確実性を定量的に把握するのも難しい。

 だからといって、その結果が、全く不確実であるということではなく、少なくともその変化の方向性に関しては、かなりの確度で、このようなものであると結論ができる。

 どのぐらい変化するか、については、多くの異なった研究者による計算結果を付きあわせて、そのバラつきを評価することが行われる。どうも、日本の研究者の結果は、いわゆる気候感度が大き目のようである。

 というところで、「不確実性はあるものの、一定程度の信憑性は確保されている」、と結論すべき結果が出ていると言える。

 なぜそのようなことが結論できるか、と言えば、まずは、使用している理論が確定論的だからである。気候変動の計算に用いられている基礎式であるナビエ・ストークスの式は、流体における運動量保存の式に過ぎない。すなわち、確定論の代表格であるニュートン力学の一部である。

 この式を提案したナビエとは、クロード・ルイ・マリー・アンリ・ナヴィエ(1785年2月10日〜1836年8月21日)のことであり、ストークスとは、ジョージ・ガブリエル・ストークス(1819年8月13日〜1903年2月1日)のことである。

 ナビエ・ストークスの式は、まさに19世紀末までの物理学の成果であって、ハイゼンベルグの不確定性原理が提案される以前のことである。

 それなら、気候変動は、過去と現在を知れば、未来を正確に予測できるのか。それはそうとは限らない。なぜならば、使用しているパラメータについて、依然として、いくつかの未知の要素があるからである。

 その最大のものは、「太陽の気まぐれ」。これは、現時点の物理学では予測のしようが無いからである。太陽の黒点の増減は、これまで9.5〜11年周期であるとされてきたが、このところ乱れている。

 過去を見ても、1645年から1715年には、黒点はほとんど無かった。この時期はマウンダー極小期と呼ばれる。1790年から1820年の間も黒点は少なかった。

 黒点は太陽の磁場によって生み出されていて、太陽の活動が盛んになると、黒点の数は増える。活動が下がれば、黒点の数は減少する。

 そのため、黒点の数が多い時には、太陽風が強く、光度の強いオーロラが観測できるチャンスである。

 太陽の活動が減少すれば、当然、地球へのエネルギー供給量は減少するので、気温は下がる方向に気候変動が起きる。気温が下がる場合の気候変動は、その変動幅が縮小する方向である。

 不確定性と不確実性とを混同してしまうと、不確定性のある問題と、そもそも確定論的な解析手法が有効な問題との区別が付かなくなる。

 この混同を防ぐ方法は簡単で、そもそも、不確定性は、超ミクロな現象においてのみ考慮することが必要だという判断基準で充分。追加的には、19世紀までに確立した法則は、極めて確定論的である、という判断も充分に有効である。

 アインシュタインとハイゼンベルグ以降の問題を考えるときは、ある特殊なケースにおいて、不確定性を考慮する必要がある、という程度の理解で良いのではないだろうか。