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  ロンボルグ本の概要2  07.13.2003



 「懐疑的環境主義者」。日本名、「環境危機をあおってはいけない」。ビョルン・ロンボルグ著、山形浩生訳、4500円。文藝春秋刊。ISBN4-16-365-80-6

 前回、項目の(1)から(6)までの概要を解説した。本日は、(7)からである。

(1)人口過剰
(2)期待寿命と健康
(3)食糧と飢え
(4)かってない繁栄
(5)食べ物は足りるか
(6)森林はなくなりかけているか
(7)エネルギーは枯渇するか
(8)エネルギー以外の資源
(9)水は十分にある
(10)大気汚染
(11)酸性雨
(12)室内空気の方が深刻
(13)アレルギーとぜんそく
(14)水質汚染
(15)廃棄物の捨て場
(16)化学物質が怖い
(17)生物多様性
(18)地球温暖化


C先生:前回、この本の評価の鍵になりそうな問題点のリストを作った。今のところ、こんなことになっている。

鍵リスト
(@)都市をどう見るか。それにはエネルギーと食糧供給だ。
(A)食糧供給の未来予測はどうなる。2200年での食糧供給が議論されていない。
(B)森林も2200年でどうなっているのか、それが分からない。

要するに、ロンボルグは、過去のトレンドを解析して環境保護論者の過ちを指摘しているが、未来に対する洞察がいささか甘い。人口の議論で、2200年に平衡人口に到達するとしているが、その2200年でどのような状況になっているかの記述が無いことが問題。それで、2200年という年がこの鍵リストに出ている。

A君:始めますか。今回の(7)(8)は資源問題ですから、まさに長期の問題で。まず、(7)エネルギーは枯渇するか
 ロンボルグは、資源は十分にあるとしています。しかし、枯渇することには限りは無い。ロンボルグは、「(環境保護論者は)何億年もかけて作られた石炭と石油資源をほんの数百年で消費してしまうという、一見すると問題に見えるものを指摘している。むしろ資源を持続可能なかたちで使って、ぼくたちの消費のせいで将来世代がこうした資源を使えなくならないようにすべきだ、という。でも、もっともらしい議論ではあるけれど、孤立した非再生可能エネルギーを、将来の世代も確実に使えるような形で消費するのはは不可能だ。世界が年に1バレルずつしか使わなかったとしても、将来の世代はいずれどこかで、全く石油の無い状態を迎えるにはちがいない」、と述べる。

B君:ロンボルグの主張の続き。「ノーベル賞経済学者のロバート・ソローによれば、このような資源問題は、『問題のたてかたとして致命的なほど狭い』。問題は、ぼくたちがあらゆる個々の資源を将来のあらゆる世代のために確保すべきだってことじゃない−−だってそんなの不可能だもの−−むしろ未来の世代に知識と資本を残して、かれらが少なくともぼくたちと同じくらいの生活の質を得られるようにしてあげることだ。それも総合的に見て」。

A君:ロンボルグの主張はさらに続きます。「これをもうちょっと単純に説明しよう。もしもぼくたちの社会が−石油や石炭を使い果たす一方で−すざまじい量の技術的な財、知識、資本を開発して、ほかのエネルギー源をもっと安く使えるようにしていたら、それは化石燃料に手をつけずに社会を発展させなかったような状態にくらべると、社会としてずっと優れている」。

C先生:この手の考え方は、技術というものの能力と可能性を十分に理解していない経済最優先主義者が言う言葉。技術は決して万能ではない。これまで夢のエネルギーだと言われていた原子力は、まずまず使えるようにはなった。しかし、原子力の能力だが、原子力だけで本当にすべてのエネルギーをまかなうことが可能なのか。勿論ウランが資源的には十分あると仮定しての話しだが。

A君:原子力というとエネルギーの形態は電力ですね。電力でなんでも可能か、という問題になる。

B君:日経エコロジーなる雑誌で、IHクッキングをやったときを思い出す。電力だけだって、料理ぐらいはできる。フランス料理、日本料理は可能だろう。しかし、上手にできないものがある。その一つがチャーハン。チャーハンは、中華なべと炎の協奏によってできるもので、IHクッキングではできない。

A君:そんな冗談のような話は別として、勿論、中華料理にとっては重要な話なんですが、飛行機が電気で飛ぶか。

B君:大体、水素でも飛行機は飛ばないだろう。ロケットは飛ぶが。自動車だって電気で走るのは大変だ。水素なら可能は可能だが。

A君:要するに液体燃料であるガソリン、ジェット燃料なるものが、現代文明を支えている。液体燃料は非常に優れている。

C先生:ロンボルグは統計学が専門で、工学ジャンルの人間ではないようだ。勿論、電力があればガソリンを合成することも不可能ではない。ただし、炭素源として、なにか地下資源が有った方が楽だが。しかし、電力でガソリンを合成するのは、余り合理的なエネルギーの使い方だとは思えない。「非合理的なことをやると、環境負荷が増える」というのが大原則だ。

A君:それに、もっと重要なことかもしれないのですが、ウランを精製し燃料にするのに、電力が勿論必要ですが、それ以外に、やはり資源が必要。エネルギー資源ではないですが、例えばフッ素。これは、海水から電力でも作れますが、やはり蛍石なる鉱物を原料にした方が合理的ですが、これだって枯渇性あり。

B君:ロンボルグの一つの誤解は、エネルギー源の互換性を100%だと信じていることだろう。「理論的に不可能でない」ことと、「地球という境界条件のもとで、合理的な方法とは何か」、ということとでは解が違う

A君:将来のエネルギー源の形態をちょっと考えてみましょうか。様々なエネルギー技術が開発されようとしています。例えば、原子力の次の姿としての高速増殖炉。さらに先には、核融合炉。しかし、いずれの技術も、熱を発生して、それを利用した発電に過ぎない。

B君:少々現実的になって、太陽光発電、風力発電。地熱をここに入れるかどうかやや問題。そして、その先にある自然エネルギーとしては、温度差発電、波力発電。

A君:その極限としての、太陽発電衛星。

B君:いずれにしても、電力しか作れない。

C先生:だから、電気エネルギーがもしも無限にあったとしても、化石燃料や地下資源はなるべく長期間使えるようにすべきだ、という結論になる。

A君:大体、核融合はできるのでしょうか。これができれば、エネルギーは無尽蔵だと言われていますが。

B君:以前は、核融合は簡単にできると言われていた。しかし、実際にはなかなか困難だ。それは、炉に使用する材料が無いから。強力な中性子線を浴びて、しかし、平然と耐えることのできる材料が無い。

C先生:しばしば言うのだが、液体で真空装置を作ることができれば、大丈夫だろう。

A君:そこまで行かなくても、自己修復能力をもった材料は必要不可欠。

B君:自己修復能力は、一部の材料ではある。古いところでは、電解コンデンサーの絶縁皮膜は自己修復すると言われている。しかし、大規模に治癒するのは難しいだろう。

C先生:材料開発というものは、あらゆる技術の根幹を成しているのだが、それが結構大変で、すごく時間が掛かる。それに、新しい材料を発見するという方法論が無いもので、まさに、「犬も歩けば棒にあたる」的な作業を続けなければならないのが、残念ながら現状。

A君:だから、例えば核融合なる技術が将来できるから、化石燃料を好きなだけ使って経済発展をして、「すざまじい量の技術的な財、知識、資本を開発して、ほかのエネルギー源をもっと安く使えるように」、などということが起きるとは保証できないですね。

B君:ロンボルグの論理の間違いの原因は、ここだろう。要するに技術に対する見通しが甘い。

C先生:それでは、鍵リストに追加だ。
(C)エネルギー技術がいくら進んでも、地下資源は有った方が環境影響の少ない人間活動が可能である。

A君:ここまでの議論は、エネルギー資源の代替性についてだけですが、化石燃料がどこまでもつのか、という記述が別途続いています。

B君:それも重要な論点だから。しかし、ロンボルグの論調はやはり多少問題だ。「どうしてみんな、ちっとも枯渇しないのに、石油が枯渇すると思い続けているのだろうか」。「ぼくたちが資源をもっと上手に使って、どんどん資源を見つけられるのは、人間の創意工夫というやつのしたにまとめられるだろう。はいはい、地球はたしかに丸くて有限だけど、でもこれは必ずしも反論として意味あるものじゃない。問題はむしろ、実際に開発できる埋蔵量がどれだけあるのか、ということだ。こうした埋蔵量は有限だろうが、でも値段が上がれば、これはもっと埋蔵量を見つけて、こうした埋蔵物を取り出すためのもっといい技術開発をするインセンティブにもなる。だから、値段が上がれば総理用可能埋蔵量も増えて、おかげで値段はまた下がる」。

C先生:この論調は、やはり経済学の限界を示しているものだ。経済学というものは、インセンティブがあれば人間の技術開発は無限に起きるという仮定に基づいて議論されているが、それが正しくないことは、地球環境問題が発生したことによって、実証されつつあると考えるべきだ。インセンティブだけでは、技術開発は不可能で、地球の持つ能力という境界条件が、技術開発の限界を決める可能性が高い。

A君:もう一つ、エネルギー資源の場合には、重大な条件があるのです。取り出すのが困難な埋蔵物を取り出すために必要なエネルギーが、取り出した埋蔵物から得られるエネルギーよりも、かなり大きくないと、エネルギー資源としての価値は無いのです。

B君:その「かなり大きい」というところが重要で、人間活動はどうしてもエントロピーの増大を招くので、そのエントロピーの低下のために必要となるエネルギー分まで考慮しなければならない。だから、次のような条件を満たす必要がある。

 取り出した埋蔵物から得られるエネルギー > 採掘に必要なエネルギー + 採掘によって増大するエントロピーを買い戻すのに必要なエネルギー

C先生:この式で見積もって、右辺の合計よりも、左辺が2倍以上大きいことがまあ条件になるだろう。これも鍵に入れるか。

鍵リスト
(D)エネルギー資源には満たすべき条件がある。

A君:このエネルギー資源についての必要条件をロンボルグは議論していない。
B君:最終的には化石燃料に依存しない、というシナリオを心のどこかに持っているからではないか。

A君:となると、やはり再生可能エネルギーですかね。再生可能エネルギーについては、コストが問題。ロンボルグの論調は、「再生可能エネルギーのコストをもっと急速に下げるための研究にいっぱい投資した方が良い」というもの。

B君:エネルギー貯蔵が必要だということも指摘はされている。まさにその通りで、太陽光も風力も間歇的エネルギーだからだ。ロンボルグの主張する貯蔵は、水力発電。揚水発電ではない。普通の水力発電。貯蔵ではなくて、制御には使えるが、これを貯蔵だというのは、いささか技術的理解が怪しい。

A君:「さらにエネルギーは水を分解して水素として使ってもいいし、車でガソリンがわりにつかってもいい。このコストはまだ通常のガソリンの倍ぐらいだけれど、水素は環境にずっと優しい燃料になる。燃やしても水しかでないからだ」、と燃料電池推進派を喜ばす発言で締めくくられていますね。

B君:車が水素で走るようになるには、まあ、100年は掛かるだろう。ここだけ、時間軸が長い。他の枯渇などの予測については、良くて30年から50年程度しか考えていないのに。

A君:車が水素ですぐにでも走ると思っているのでしょう。ロンボルグは技術音痴だから。

B君:いずれにしても、ロンボルグの結論はこうだ。「証拠を見れば、ぼくたちが大規模なエネルギー危機を迎えたりしないのは明らかだ。エネルギーはたっぷりある。化石燃料の利用はどんどん増えているのだけれど、見てきたとおりそれを上回るだけの量がどんどん新規にみつかっている」。「石油は少なくとも現在の消費を40年続けられるだけあるし、天然ガスは60年分、石炭は230年分ある。シェール油は、バレル40ドルになれば、現在の消費量で250年分の石油を提供できる。そしてすべてを含めれば、今後ぼくたちの総エネルギー消費を5000年はカバーできるだけの石油がある。ウランは今後1万4千年分ある」。

A君:続きます。「再生可能エネルギーも莫大だ。太陽はいまのエネルギー消費総量の7000倍も与えてくれる。例えば、サハラ砂漠のたった2.6%を太陽電池で覆うだけで、全世界のエネルギー消費をまかなえてしまう。風力エネルギーは現実的に世界の総エネルギー消費の半分以上をカバーできると推計されている」。

C先生:石油や石炭などの通常の化石燃料についての枯渇性については、そんなものだろう。石油の40年をロンボルグは長いと見ているが、本当にそれで良いのか、ということは問題だ。しかし、未利用資源であるシェール油やオイルサンド、メタンハイドレートなどがどこまでエネルギー資源になるか、それは、先ほど述べたエネルギー資源の条件をどれほど満足するかに掛かっていて、要するに未知だ。ウランは、高速増殖炉の増殖率がそれほど高いとは思えないので、まあ、合計で旨く行って1000年分程度と見た方が良いのではないか。

A君:となると、ロンボルグの見通しは1桁以上甘いことになりますね。

B君:再生可能資源も、まさに莫大ではあるのだが、どうやって電力をサハラ砂漠から電力を日本まで運ぶのだ。水素にして運ぶのか。これは非常に技術的に難しい。二酸化炭素を原料にしてメタノールを作って日本に運び、日本から逆に二酸化炭素を運ぶ、という研究をRITEなるところがやっていたことがある。その時点では、余りにも荒唐無稽だった。将来これがまともな方法論だと評価されるのだろうか。

C先生:西沢潤一先生は、超伝導送電網を張り巡らせば良いという案を提出されたことがある。

A君:いずれにしても、将来の技術開発が無限に起きるという仮定でものを見すぎているようです。

B君:経済学者が将来に対して楽観的なのは、よく知られたことのように思えるが、ロンボルグの統計学者という特性も経済学と似ているのだろうか。

C先生:我々も、現在使っているエネルギーは、増殖炉までの技術開発で、まあ500年は大丈夫だと言っている。しかし、いくら原子力が高速増殖炉になっても、あるいは、核融合ができても、やはり他の化石燃料や地下資源と併用することによって、環境負荷が余りにも過大ではない人間活動を営むことができるだろうということは、科学がどんなに進歩しても変わらないだろう。熱力学が人間活動を支配していることが変わらない限り。

A君:ロンボルグは、21世紀を見通して、様々なことを言っているようですが、実際には、20世紀における科学技術の進展が、21世紀にどのような速度で起きるかについては、ムラがあって、材料開発のような科学の進歩は、それほど早い速度で起きることは無いでしょう。

B君:過去数10年のバイオ技術の進歩はすごかった。しかし、それは、この分野でのそれまでの学問が未熟だったから。成熟した学問分野は、そんなに早いスピードで進化できなくなっている。

C先生:それは事実だ。しかも、重要なことは、ナノ材料がいくら進歩しても、莫大なエネルギーを取り扱う大型技術とナノ技術とは必ずしも一致しないことだ。例えば、ナノ技術がいくら進歩しても、輸送の効率、例えば船のエネルギー効率が高くなることは、余り考えられないのだ。現在、人類は、どんどんの微小な領域の科学を進歩させているが、これは、量子力学が支配している領域だからできることだとも言える。マクロ技術とでも呼ぶべき技術の進歩は、残念ながら、熱力学の限界によって決まっているところがある。そんなに簡単には進歩しないところまで、すでに進歩してしまったのだ。それに、地球の環境限界が、大型技術の実現を阻む可能性が高い。ロンボルグの考察には、このような観点が含まれて居ないために、非常に楽観的な論調になっているのではないか。


鍵リスト(ロンボルグの推論が正しいと言えるかどうかに関する)
(@)都市をどう見るか。それにはエネルギーと食糧供給だ。
(A)食糧供給の未来予測は? 2200年での食糧供給が議論されていない。
(B)森林も2200年でどうなっているのか、それが分からない。
(C)エネルギー技術がいくら進んでも、地下資源は有った方が環境影響の少ない人間活動が可能である。
(D)エネルギー資源には満たすべき条件がある。

A君:もう一つ進めて、終わりましょう。ほとんど同じ議論ですから。
(8)エネルギー以外の資源

B君:他の資源の枯渇も、実は、エネルギー枯渇と同時に起きる。これは、エネルギーがあれば、リサイクルが可能だからだ。

A君:金属資源でリサイクルが難しいものが、亜鉛ぐらいか。亜鉛は、表面処理に使われますから。

B君:リサイクルをする際にも、どのぐらいのエネルギーで元に戻すことが可能か、ということになると、それはエントロピーとの勝負になる。

A君:要するに、できるだけ、将来使えるような形で、資源を使っておくことが重要だということになる。収集方法が特に重要。

C先生:エネルギー資源に比べると、他の資源に関する議論は余り乱暴ではない。エネルギーがあればリサイクルが可能ということで、最後には、エネルギー枯渇の問題に帰結する、という結論でよいだろう。とりあえず、本日の議論の範囲内での結論では、ロンボルグの未来シナリオは、特に、資源・エネルギーの過剰消費については、楽観的すぎて問題外のように思える。ブッシュ大統領のブレインがこの本を論拠にしているいったことでは無いのだろうなあ。。。。。