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  理想的な温暖化防止対策の枠組みとは 11.18.2007
     



 バレンシアでのIPCCの総会が終わって、本日の新聞は温暖化関係の記事満載である。その中でも、日経のSunday Nikkei α欄に掲載された塩谷喜雄論説委員の中外時評「決着した温暖化論争」は、是非お読みいただきたい。
 その論説から一文だけ引用しておきたい。「環境派が気色ばんで危機を触れ回るのに感情的な反発を覚える人がいれば、小気味よくその行き過ぎを指摘する言説が世間の注目を集めるのは当然かもしれない」

C先生:すでに残り40日ほどで2008年に突入する。2008年は、京都議定書の第一約束期間である。例のマイナス6%のカウントがいよいよ始まる。

A君:IPCC総会で第四次報告書を昨日採択したのですが、これまで、それぞれのWGごとの報告書はあったものの、今回はそれらを統合したもの。2001年の報告書以来の報告書となります。

B君:日経によれば、IPCC報告書の骨子として次のようなものだということになっている。実は、IPCCの報告をちょっと見て、かなり記述を変えた。
http://www.ipcc.ch/pdf/assessment-report/ar4/syr/ar4_syr_spm.pdf
(1)温暖化は疑う余地がない。
(2)気温上昇のほとんどは人間活動によってもたらされた。
(3)今後20〜30年間の気候変動緩和の努力と投資が気温上昇を低く安定させることがどうかに大きな影響を与える。
(4)気候変動の影響はコスト負担を生む可能性がかなり高く、コストは気温上昇に伴い増える。
(5)温暖化の進行を抑えるには、2050年までに300兆円が必要。
(6)対策に応じて、地球の平均気温は、今世紀末に1.1〜6.4度上昇する。海面は、18〜59センチ上昇。
(7)温暖化適応策(温度が上昇することによって生ずる被害への対策)も必要。それを行うことで、被害を抑えることはある程度可能。
(8)気温の上昇幅を2〜3度に抑えなければ、経済的損失が拡大する。影響抑制には50年までに温暖化ガスの排出を半減させる必要がある。
(9)温暖化ガス濃度を安定化させても気温と海面上昇は何世紀も続く。
(10)社会的弱者が温暖化の影響を受けやすい。
(11)温暖化進行によって熱波や大雨の頻度が増している可能性が高い。
(12)20世紀末の気温上昇が1.5〜2.5度を超えると、20〜30%の生物種で絶滅リスクが高まる可能性がある。


C先生:基本的な情報は、これまでのWG1〜WG3の報告書と変わっていない。多少図の使い方などが改善されていて、分かりやすくなっている。
 本日の議論は、
理想的な温暖化防止策は何か、ということ。防止策以外に、適応策が必要であることはIPCCも指摘しているが、その結論は防止策と適応策との両者が適切に行われることが最終的なコスト削減に繋がる、ということで、防止策を全く実施しないで、適応策だけに投資を行うことは、砂漠に水を撒くようなもの。ある程度、水が漏らないような土地改良(経済構造の変更)を行ってから水を撒くのが良い。

A君:経済構造の変更を行うというと、経済界が反対する。しかし、今回のIPCCのレポートは、早期の投資がGDPの損失を回避するために効果的と言う結論になっている。

B君:しかし、それは、経済成長の速度次第という点がどこまで含まれているのか。例えば、中国が、今後30年間以上も10%近い経済成長を続けるとしたら、実際のところ、とてもとても未来に投資しようなどというメンタリティーにはならない。

A君:中国、インドが反対しているのは、そういう背景。先進国が技術を開発して、それをただで途上国に提供するのならば、受け入れる。

B君:先進国側は、そんなのはとんでもない。省エネ技術は、今後の化石燃料価格の高騰を考えれば、経済成長にとってもプラスに作用する。だから、中国・インドも技術にカネを払うべきだ。


C先生:今日の議論は、極めて狭い範囲内で行いたい。EU、日本、カナダが主張した2050年で50%削減というシナリオを今回のIPCC報告も支持しているように思える。日本の国立環境研の2050低炭素社会の研究とそれほど変わらない。気候感度がIPCCの方が大きいようで、多少高めの温度予測になっているようだが。
 その範囲とは、現状と2050年を考えて、温暖化防止策について、最終的にどのような国際的枠組みが理想的か

A君:2013年以降のポスト京都をどうするか、といった議論は、先に行うべきではない。まずは、世界全体でどうなるのか。2050年で現状の半減を行うとして、それにはどのような対応が必要か、そしてどうなりそうか、という議論を行うということ。それを元に、2013年以降の枠組みを考えるのが妥当。

B君:すでに、
http://www.yasuienv.net/GHGHalf2050Meaning.htm
で初歩的な解析を始めているのだが、それを完成させたいということなら、了解。

C先生:それでは、目標を多少明確な形で示す。
 まず、いつも使っている国立環境研の図だが、これは、最近のIPCCの気候感度を使うと、多少甘めの温度上昇予測だが、まあ、誤差の内としよう。




図1 国立環境研の温暖化予測。右に書き入れた赤い矢印が現実的な経路ではないだろうか、という予測。
 

A君:シナリオも、多少違う。IPCCのSRESという報告書(Special Report for Emission Scinarios 2000)によれば、それが発表された当時もっとも厳しいシナリオだったB1シナリオで、平衡GHG濃度が600ppm、A1Tというシナリオだと700ppmだった。

B君:一応復習のために、SRESのシナリオの概要を出しておこう。



表1 SRESのシナリオの概要

C先生:今回のIPCCの報告書だと、平衡濃度が600ppmだと、工業化以前基準で、2.3〜4.8度上昇。700ppmだと2.4〜6度上昇。これは、いささか許容しがたい。

A君:しかし、ここ10年ぐらいで、世界全体が急に考え方を変えるとは思えない。

B君:中国・インドだけではなくて、米国もまた日本も、EU的な対策を導入するとは言わないだろう。

C先生:日本も言い方を変えるだろうということは、このところの新聞報道を読めば分かる。恐らく、米国と同調して、いわゆる分野別アプローチ(セクターアプローチ)を主張するのだろう。実際のところ、これが悪いという訳ではないのだ。EU的な排出量取引だけが解決法だとは思えない。

A君:まずは、どんな排出シナリオにするか。それを合意すべきですね。現存するシナリオは、どれも急激な変化を盛り込んでいない

B君:まあ、IPCCは、気象学者が中心となって検討していることなので、省エネ技術などの普及や、どのような社会システムが必要かなどといった専門家は、IPCCには不足気味。

C先生:そのシナリオだが、まずは、向こうしばらく、急激な変化などを起こすのは不可能ということが前提。その理由は、社会インフラや建造物、そして製造技術、さらには、自動車・家電などの民生品にも寿命というものがあるから。

A君:その話は、こんな感じでしょうか。例えば、コンクリート製の建物だと、法定償却期間が60年。となると、現時点で建築中の建物は、今後60年間はもってしまう。ところが、建築家が60年先のことを考えて作っているとはとても思えない。

B君:自動車だってそうで、左ハンドルのドイツ車などは、一旦製造したら20年後にも、地球上のどこかで走っている可能性が高い。

C先生:ということで、世の中には、イナーシャというものがある。モノが関連するイナーシャはもちろん重要。しかし、未来を見て自らの行動を変えるというマインドをもった人は例外中の例外だから、人の心のイナーシャというものがこれまた非常に大きい。

A君:そのイナーシャとは、ブッシュ大統領の発言に見られるように、「経済的成長の阻害要因になる」、というものですね。

B君:誰でも経済的に貧乏になりたいと思っては居ない。しかし、経済的な成長だけが人生の目標だと思っている人が多数いて、そのような人々だけが世の中を支配するという構図は、まあ、今後10年間程度ではないか。

C先生:と言うわけで、IEAが過去発表した報告書によるエネルギー消費のデータをそのまま利用し、そのデータを2050年まで延長してみた。次の図だ。その中に、現時点からの半減でゴールを作り、そこへの道筋を書いてみた。



図2 IEAのEnergy Outlook 2006の予想をそのまま延長したもの。

A君:まあ、2020年ぐらいから水平になって、2030年ぐらいから2050年に向かって急降下というシナリオ以外はありえないのでは。

B君:2020年から水平にするには、今からかなり考え方を変え、それに対応する技術開発を行わないと。

C先生:そこが問題で、一部には、現在日本が持っている省エネ技術・環境技術を世界に普及すれば、それだけで十分という主張がある。しかし、そんな甘いものではない。途上国のすべてが、現在の日本並みの省エネ効率になっても、まだまだ不十分で、同時に、先進国が現在の半分以下のCO2排出量にならないと駄目だろう。

A君:まあ、そうでしょう。まとめると、
(1)2050年には、途上国においても、現在、日本にある最先端技術、例えば、ヒートポンプ、ハイブリッド、などの技術が完全に普及している。
(2)先進国は、さらにCO2排出量を減らす必要があり、最低でもその時点の途上国のエネルギー効率の2倍は達成されている必要がある


B君:2010年までにさらなる新技術を実用化し、それが2020年から普及。2020年までに、EcoTech2.0すなわち、現在の最善のエネルギー効率をさらに倍にするような技術を開発し、そして、それが2030年から世界的に普及する。

C先生:そんなイメージ。そのイメージを絵に描いてみた。点線で示しているものが、IPCCの排出シナリオB1とA1Tの中間ぐらいに相当するもの。それを元に、今後の現実的な対応を考えると、実線の赤い線で描いたような曲線を実現しなければならないことになる。となると、本当に苦しいのは、途上国だということが分かる。それぞれの国は、上に凸の排出曲線を実現する必要があるが、ピークを実現するには、結構なエネルギー消費量にならなければできないからだ。それは、経済的にもGDP per capita(PPP)で、1.5万ドルぐらいになっていないと無理だろう。



図3 温暖化防止イメージ図

A君:現実のデータをみても、GDPがその値になっても、エネルギー消費量は下がらない。

B君:公害系の負荷であれば、健康被害が心配だから、経済的発展と同時に環境負荷は下がるのだ。しかし、快適性には、なかなか限界というものがない。

C先生:その通り。だから、個人の快適性に関わるようなエネルギー使用量には、気候であるとか、国の大きさ、人口密度、それに資源蓄積量などといったなんらかの標準値をセットして、それを超した消費には、Capをかけることが必要のように思える。Capを掛ければ、Tradeが必須になる。

A君:誰がそのTradeをやるのだろう。

B君:それは、まあ、国だろう。

C先生:まあ、そうなのだ。国民の生活を代表して、国がTradeをやる。

A君:とすると、製造業などは??

B君:全く別の枠組みを考える

C先生:企業は、2種類に分ける。セクターアプローチに入る企業、入らない企業入った企業は、その国の排出量には数えない。入らない企業は、その国全体の排出量CaPの枠組みの中になる。勿論、この枠組みは日本だけのことではない。中国も、インドも、ベトナムも、ミヤンマーも同じ。

A君:セクターアプローチ、すなわち、分野別目標を作るのは、製造業が中心。

B君:セクターアプローチの対象となりうるのは、
(1)エネルギー転換部門・石炭火力発電
(2)エネルギー転換部門・ガス火力発電
(3)エネルギー転換部門・石油精製
(4)産業部門・鉄鋼業
(5)産業部門・セメント業
(6)産業部門・石油化学工業
(7)産業部門・紙パルプ工業
(8)産業部門・アルミニウム工業
(9)産業部門・輸送機器製造業
(10)産業部門・電気利用機器製造業
(11)産業部門・建設業(ビル・住宅)
(12)運輸旅客部門・自動車
(13)運輸旅客部門・航空機
(14)運輸旅客部門・鉄道、船舶など
(15)運輸貨物部門・自動車
(16)運輸貨物部門・航空機
(17)運輸貨物部門・鉄道、船舶など


C先生:そんな感じでよいだろう。普通だと、(9)、(10)、(11)は入っていない。しかし、ここに入れたにはそれなりの理由がある。(9)、(10)、(11)は、エネルギー利用機器・施設だからだ。詳しくは後ほどまた。

A君:これらのセクターアプローチには、われわれの主張であるトップランナー方式を適用する。

B君:まずは、共通の効率指標を定める。そして、その効率指標が世界全体でトップの企業は、いくらCO2を排出しても、特に、何の罰則もない。しかし、その効率指標以下の低い効率で生産している場合には、トップ企業との差分について、世界共通の係数を掛け、その量に対して、エネルギー過剰使用課徴金を課する。一定以上のCO2を排出している企業に対しての課徴金であって、その企業の属性や先進国、途上国の区別は無い。

A君:この課徴金を払うか、あるいは、CDMを用いて、どこかで排出権を生み出してそれで補填するなら、それも可。セクターアプローチを行っている企業が参加できる排出権取引市場で取引をすることも可。

C先生:(9)、(10)、(11)の企業については、自らの製造する輸送機器、電器利用機器、建築物の効率も、自ら製造時に使用するエネルギー効率に加味して総合的な評価がされる。製造時のエネルギーが非常に大きくても、もしも製造される製品・建築物のエネルギー効率が高ければ、救われるという仕組み。

A君:そして、国民的排出量=(国全体の排出量−セクターアプローチに参加企業の排出量のその国内分)に対して、国の特性に応じて、Capを設定する。

C先生:排出量では不十分で、ここでは、エネルギー使用量を用いる必要がある。ただし、再生可能エネルギーの使用量は除外すべきだろう。原子力をどうするか、これは大問題になりうるが、どうせウランも枯渇性資源なので、配慮する必要はないだろう。
すなわち、
国民的エネルギー使用量=(国全体のエネルギー使用量−セクターアプローチに参加企業のエネルギー使用量の国内分−再生可能エネルギー使用量)

A君:そして、一人当たりのエネルギー使用量を、気候であるとか、国の大きさ、人口密度、それに資源蓄積量などを考慮して、Capを決める

B君:途上国には厳しいのでは。

C先生:それが資源蓄積量というもので配慮可能なのだ。現時点、日本にある鉄の総量はどんなものだと思う?

A君:調べましたら、一人あたり10トン。日本全体で、13億トンぐらいの蓄積があるようです。

C先生:鉄で代表してよいと思うが、鉄とかセメントとか、社会インフラを整備するには、様々な材料の使用が不可欠だ。鉄の蓄積量、例えば、一人当たり10トンに満たない国は、その蓄積に必要なエネルギー使用量を控除する。

A君:例えば、今、鉄の蓄積量が一人当たり1トンしかない国があったとすると、あと9トン増やす権利がある。鉄を1トン作るのに、石油換算のエネルギーで例えば0.4トン必要だとすれば、一人あたり、0.4×9×係数=3.6×係数トンのエネルギーの追加使用を認める。

B君:係数=0.5としても、1.8トンになるから、途上国は、これを控除するとほとんど課徴金を払う必要は無くなる

C先生:これが平等というものを入れた考え方だと思う。

A君:もしも国民が使用したエネルギーが過剰になったら、その分については、国が責任を持ってCDMなり何かで、排出権を手配する。

B君:CDMにも新しい枠組みを盛り込むべきだと思う。現時点、森林関係のCDMが不十分。例えば、間伐しても、そのまま森林内に放置すると、そのうち腐って、メタンガスなども出る。やはり、最低でも、バイオマス発電、もしも可能ならば、紙パルプにして、単行本。こんなCDMも有ってもよい。

A君:インドネシアの泥炭火災を旨く消したら、そこからの排出量削減もCDMの対象にしても良い。

C先生:いずれにしても、セクターアプローチと国民エネルギー使用の2つのジャンルに分けた枠組みが理想のように思える。

A君:現時点でこのような方法を提案すると、まずは、「複雑すぎる」という反応でしょうね。しかし、セクターアプローチだけでも、国民が考え方を変えないかだ駄目だし、かといって、現在のような国に対してCapを決めるやり方には、技術的な開発へのインセンティブが弱い

B君:だから、どうしても二種類必要。

C先生:国民が強く関与する仕組みを作らないと、結果的に駄目だと思うのだ。

A君:もう一度まとめると、
理想の温暖化防止の枠組みは、
(1)セクターアプローチ+トップランナー方式
(2)国民エネルギー使用量
の二本立て。
 特に、トップランナー方式を導入して、石炭発電やセメント、さらには、鉄鋼でのCCS(Carbon Capture & Storage)の導入を促す。


B君:狙いは、技術開発を加速することによって、しかも、国民エネルギー使用量を対象にすることによって、国の状況を反映し、かつ、先進国と途上国が公平に負担をする。

C先生:どのぐらいの排出シナリオまでが気候変動面から許容されるか、特に、オーバーシュートをするような排出シナリオと温度上昇との関係は、現時点までにまだ研究が十分ではない。

A君:今の予想だと、2020年ぐらいまでは、B1シナリオと同程度、それから排出量がほぼ一定になって、2030年から急激に排出量が減り、2050年には、2007年の排出量の半分程度になっている。

B君:こんなシナリオだと温度もオーバーシュートするだろう。2050〜2070年ぐらいが最高温度になって、それ以後は、気温が低下するのではないだろうか。

C先生:話を突然現時点に戻すと、来年から始まる京都議定書の第一約束期間だが、今のままでは、日本は未達になる可能性が高い。政府は、企業に排出権を買えといっているのだろうか、自主行動計画しかもたない日本企業も、かなり排出権を買っている。しかし、国民は一切無関心。これは、もしも、排出削減目標値のマイナス6%が達成されたとしても、最悪の終わり方だ。「なんだ、金は自動的にどこからか出るのだ」、となるからだ。
 すべての国民がそれなりの意識を持たないと、全く意味が無い。最終的な目標は、マインドセットの切り替えなのだから。今後、ますます、「ケチケチなエコ」から「買ってエコ」への流れになるのだから。その実現のためには、京都議定書の達成に向けて、企業に最大限の技術開発とCDMで努力をせよ、とすることは良いが、ホットエアなどの排出権を買うことによって、辻褄を合わせることは逆効果だ。日本全体で、「最大限の努力をしました。しかし、未達です」、が最善の終わり方のように思える。