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  安全と安心:放射線の場合   07.11.2011

    



 「安全と安心」。これは、昨年までの5年間、科学技術基本計画の中に書きこまれていた国家目標のひとつであった。その最後の年の最後の月に、福島原発事故が起きたのは、なんとも皮肉である。

 昨日は、山口県立大学の社会人・学生の共存するコースで、90分ほどの講義をして、その後、「どのような街に住みたいか」というワークショップを見学して来た。これで何年間か続いている。いわば恒例行事になってしまっている。

 今年参加しているのは女子学生ばかり。市民側は、かなりのお年。学生側はグループディスカッションのやり方を身につけているので、30分ほどで難題に対する意見をまとめる。これには毎回感心する。

 本日の話題は、安全と安心というものをもう一度考えようということである。できれば、放射線の場合をまず述べて、次回以降、できれば、化学物質について比較をしてみたいと思うが、なかなか難しい。

 今回、参考にと思って読んだ本は、「世界の放射線被曝地調査」、高田純、ブルーバックス1359。2002年1月第1刷、2011年4月5刷。今回の事態で、急遽、若干の記述を加えて増刷になっている。

 それに、以前から持っていた本ではあるが、「放射線と健康」、舘野之男著、岩波新書745、2001年8月、第1刷も参考にした。



C先生:昨日は、山口県立大学で恒例の土曜日講義をやってきた。楽しい1日だった。
 本題に入る前に、このところの政治的状況が余りにもひどいが、もっとひどくなる可能性を感じてしまう。原発の安全性が政争の材料に使われている。

A君:霞ヶ関あたりでは、一部の人々が、「菅首相は、やはりあと2年やる道筋を考えている」、と言い始めているようですね。

B君:いかに首相という万能に近いトップのポジションであっても、その気になればいつまででもやれる、という訳ではない。なんらかの安全装置があって、止まるように出来ているのだが、なんだか福島原発同様、非常停止装置が壊れているのが、現在の政治状況のようだ。

A君:非常停止装置は、本当は、首相が所属する政党なんですよね。今の首相ではまずいということになれば、次の首相に変えて、人気回復を目指す。ところが、これが上手くいかなくて、結果的に最悪の道筋を描いてしまった麻生内閣という悪い見本があるもので、菅首相もこれを再現してみる気なのでは。

B君:麻生内閣の復習。福田内閣の後継。「選挙の顔」として麻生内閣はできた。2008年9月の就任早々の人気はまずまずだったので、想定されていた10月始めの時点で解散すれば、自民党は勝てたかもしれなかった。そうなれば「上手くできたシナリオ」と評価される可能性があった。ところが、麻生首相は、その決断をしなかった。しかも、その後2008年10月16日のリーマンショックを利用して、首相の座に居座る理由を作ってしまった。

A君:要するに、与党が次の選挙で勝てない状況になると、その最後の首相は、なかなか辞めない。与党側は、いかに自らの党首に早く交代してもらいたくても、内閣不信任案には賛成できない。また、余り首相を刺激して国会を解散されたら、次の選挙に勝てない政治家は、大いに困るだけ。これが麻生内閣のときの自民党の状況であり、今の民主党の状況。

B君:したがって、今のままだと、菅首相は衆議院の任期ぎりぎりまで首相の座を守ることができる。すなわち、あと2年以上首相の座に居座ることが可能だし、それを目指している。

A君:流石の菅首相でも、大臣が次々と辞めたら、さすがに駄目だろうと思う人もいるかもしれないですが、実は、総理大臣がその大臣を兼任することで、内閣は一人になっても保つことができる。

B君:菅首相は、史上初のことをいくつかやる可能性がある。

[低線量被曝のリスク]

C先生:そろそろ本題に行こう。放射線と化学物質の安全と安心はどう違うか。これは、なかなか難しい課題だ。本日は、まずは放射線から。

A君:本日の朝日新聞の2〜3面が、「被曝 影響どこまで」という記事になっていて、低線量被曝を取り上げています。しかし、この記事を、不安に思っている母親を対象としたコミュニケーション用として見ると、最悪の記述のやり方だと思うので、最後には、その批判を。

B君:このような話の場合に、もっとも基本となるデータが、疫学データだ。この低線量影響の疫学データは、結局、広島・長崎のデータが基本なのではないか。

A君:朝日新聞の記述でも広島・長崎のデータに基づいているように書かれていて、「100〜200ミリシーベルト以上の放射線を浴びた人は、何十年もの間にがんの発生が線量の大きさに応じた確率で増えることが明らかになっている」、と高線量に限定した記述していますね。

B君:放射線の場合、その量をどれだけの期間で浴びたかという要素が非常に重要なのだが、その100〜200mSvについて、正確な記述が無い。しかし、考えて見れば良く分かることではある。それは、広島・長崎のように、瞬間的に起きた原爆の爆発があって、その影響で被曝したという場合には、これが言えるということだ。

 (広島・長崎の状況)

A君:広島・長崎での被曝量は、どうやって測定、もしくは推測したのでしょうか。それをちょっと記述してみますか。

B君:細かい話は、上で紹介した高田純氏の著書を参照していただきたいが、空中で爆発した原爆からの直接放射線による顕著な量の被曝がまずある。中性子線を吸収した地表面は、原子核反応を起こして、放射性元素を変わり、放射線を出した。これを土壌の放射化という。この誘導放射能は急速に減衰した。

A君:直接放射線は瞬間的。誘導放射能による爆心付近での被曝線量率は、1日後で10mSv/時、一週間後で約0.01mSv/時、1年後で0.1μSv/時だったと推定されると書かれていますね。

B君:爆心500m以内という極めて近くにいながら、奇跡的に生存した人々78名のデータがあるようだ。500mというと、被曝線量が20Gyで、何も遮るものがなければ、確実に致死量を超している。この78名の人々は、地下室、コンクリート製のビルの奥などにいた人が大部分なのだが、なんと満員の路面電車の中にいた人7名が含まれている。

A君:記述によれば、1972年から調査が実施され、鎌田七男博士らの末梢血リンパ球染色体以上に基づく個人被曝線量推定というものが行われたようですね。その結果、生存者の被曝線量は平均で2800mGy(ほぼmSv)。ものすごい量ですよ。

B君:1972年から25年間の死亡者数は45名で、その平均年令は74.4歳だった。

A君:1972年から25年間と言えば、1997年まで。日本人の平均余命は、1975年(昭和50年)が、男71.8歳、女77.0歳、、1985年が男75.0歳、女80.8歳、1995年が男76.7歳、女83.2歳。

B君:多少短いかもしれないが、顕著に寿命が短かったとは言えそうもない。

A君:今回の飯舘村や福島市などへの放射性物質の移動に相当するものが、フォールアウト。爆発後、北西方向30キロメートルの範囲で、黒い雨が降った。
 1970年代に、この地域の土壌中の残留放射能調査が行われているのですが、セシウム137の濃度は、世界的核兵器実験の影響の範囲内であった。すなわち、黒い雨に含まれていた多くの放射性物質は短寿命で、急速に減衰したため、顕著な放射能汚染を残さなかった。

B君:ということは、広島・長崎の場合は、比較的短期で被曝を受けた人々の影響が調査されたデータで、それが現在使うことができるデータだということになる。

A君:それなら、どのような影響が短期的な被曝であたったのか。

C先生:広島・長崎の疫学の話になると、舘野氏の本が参考になるかもしれない。しかし、これを記述し始めると、かなり長くなるぞ。

 (広島・長崎の寿命調査)

A君:それでは覚悟を決めて、ご紹介しますか。
 寿命調査という研究があって、対象者が10万9000人、そのうち、広島・長崎の被爆者が8万2000人。1974年の第7報、1977年の第8報で、白血病以外に、被爆者群では、食道がん、胃がん、泌尿器がん、リンパ腫、肺がん、甲状腺がん、乳がんなどの増加が認められ、これら放射線で増えた固形がん脂肪の総数は、1958年当時の予想を上回るものだった。

B君:白血病は比較的早く数年で増えはじめ、7年後にはピークに達していた。「放射線で怖いものは白血病」という常識になり、専門家の間でも、「いろいろなタイプの悪性腫瘍の中で、白血病はもっと確率の高い結末である」、と考えられた。

A君:ところが、1977年の第8報によれば、白血病の死亡率は1970年代中頃には、ほとんどもとの水準に戻った。しかし、その他のがん(固形がん)の死亡率がだんだんと増えてきた。

B君:固形がんと白血病の割合を見積もられ、固形がん4〜5倍だとされたが、その後1990年には、10倍になった。

C先生:この見積もりにはある種の仮定が用いられた。というのも、DNAというものの正体が分かって(ワトソンなど1953年)、がんがDNA=遺伝子の病気であるということを、この見積もりにも使おうとしている。

「LNT仮説の登場」

A君:そこで出てきたのが、直線しきい値なし仮説(LNT=linear non-threshold)。最近は、仮説ではなくて、LNTモデルと呼ばれるようになっている。

B君:DNAの発見直後の1955〜60年頃に主流となった考え方は、精子、卵子、すなわち、生殖細胞のDNAが放射線で損傷を受ければ、遺伝障害に繋がるというものだった。放射線の遺伝的影響だ。それまで、ショウジョウバエを使った実験によって、遺伝的影響があることが分かっていたので、その理論的バックグラウンドができたと思われたのだ。

A君:ところが、遺伝的影響は、マウスを使った実験では否定されると同時に、広島・長崎の寿命調査でも見つからなかった。そのため、それ以後、放射線による遺伝的影響は無いという結論になっている。しかし、ICRPの勧告は、安全サイドに振っているので、いまだ遺伝的影響の数値が残っている。

B君:そこに、固形がんだ。原因が、放射線であれ、化学物質であれ、紫外線であれ、DNAに傷を受けた細胞が分裂するときには、発がんする可能性がある。放射線なら、遺伝子に傷を付ける。わずかな傷でも、影響が無いとは言えない。

C先生:そこで、ICRPの1965年勧告は、「しきい値が存在しないという仮定、および、完全に線形であるという仮定はただしくないかもしれないことを知っているが、この仮定によって過小評価をすることになるおそれはないことで満足している」、と述べている。

A君:これがICRPの基本的なスタンスで、現在でも変わっていない。過小評価を絶対にしない。すなわち、過大評価でも構わない。なぜなら、管理をするための勧告であって、放射線の影響を正しく市民に伝えることは、ICRP勧告の目的ではないから。

B君:1965年当初、そのICRPの勧告がこのような慎重なスタンスをとったことには理由があった。放射線ががんを発生させる事実が最初に問題になったのは、皮膚がんで、その原因はX線だった。
 ドイツのヘッセは1911年にX線によって発生した皮膚がんを94例も集めていた。一方、広島・長崎の放射線被曝によって発生した白血病が1950年から1985年までの合計で80例(被爆者8万人余に対して)であるから、X線が発見されてわずか10年で、94例とは余りにも多い。
 そして、その症例から、レントゲンがんとでも言うべき皮膚がんには、どうみても「しきい値」があると考えられていた。
 しかも、その考え方は、1950年頃まで放射線傷害を受けた放射線科医や放射線技師で繰り返し追認されていた。

C先生:そこに、DNAが登場してきたのだ。遺伝子の傷ががんの原因ならLNT仮説があてはまることが当然だと考えられたのだ。

 (LNT仮説の強化)

A君:そこでICRPは1977年、LNT仮説を当てはめることができる影響として、確率的影響を定義した。

B君:この確率的影響は、繰り返しになるが、微量放射線の危険性を絶対に過小評価しない方法論だとも言える。それは、管理をする側にとっては、便利である。絶対に安全性サイドなので、非難を受けることは無いからだ。

C先生:発がんによる死亡リスクの見積数が増加した理由を。

A君:1977年には、発がんによる死亡リスクは125×10^−4だったが、1990年には、500×10^−4と4倍になった。

B君:それは、広島・長崎の観察期間が長くなったため、発見されたがんの数が増えた。1950年〜1975年の過剰発生数の135例が、1950〜1985年では260例になった。白血病では、1975年までの70例から1985年までの80例へと増加した。
 第二の理由が、広島・長崎の被曝推定値が変更されたこと。1965年以来使われていた線量評価法では、中性子線の量が多いと考えられてきたが、実際には、被爆時の湿度が高く、空気中の水分によって中性子線線量が低いものと考えられた。
 この変更によって、組織部位によっては、リスク推定値が2倍強になった。
 第三に年齢別発がん確率を計算する方式を変えたこと。第四にリスク推定の方式を変えたこと。

A君:リスク推定の方式は、相加予測モデルから相乗予測モデルに変わった。放射線によって誘発されるがんの数は、一定線量によって一定数増えると考えるのが、相加予測。一定線量によって一定倍数増加すると考えるのが相乗予測。ちょっと見には似ているが、がんの自然発生率は年齢が進むと急速に増加するから、相乗モデルで計算すると、被爆者集団が高齢化するとともに、誘発がんの見積もりは大変な勢いで増加する。

B君:さら、1990年勧告で高線量曝露の被曝に較べ、低線量曝露では発がん効果が少ないという実験事実を根拠にしている。ただし、低線量の範囲では係数の値を一定として、LNT仮説を使えるようにしている。

C先生:それについて、委員会の見解としてこう表現している。「委員会は、この数値を選択したことはやや恣意的であり、多分保守的かもしれないと認識している」
 どうして保守的か、と言うと、高線量の場合の係数2とした。すなわち、低線量の場合には、高線量の半分と見積もったのだが、この係数については、過去から2〜10といった可能性があると言われている。そのなかで、もっともリスクを過大に見積もったということが、保守的という表現になっている。

A君:それに、1977年勧告では、がんは致死的ながんだけを対象としているが、1990年勧告では、すべてのがんを対象にしている。言い方も、リスクから損害に変えている。

「2007年勧告」

C先生:ICRPの1977年勧告、1990年勧告の推移を見てきたが、現時点では、2007年勧告になっている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/sonota/__icsFiles/afieldfile/2010/02/16/1290219_001.pdf

A君:その主な特徴は、以下の通りです。
1)放射線加重係数の変更
 生物物理学的な考察などを行い、新たに荷電パイ中間子の放射線加重係数を2 として追加している。また、放射線加重係数の変更箇所は、中性子を階段関数から連続関数へ、陽子を 5 から 2 へと変更している。また、その他の光子、電子、ミュー粒子、アルファ粒子に関する放射線加重係数は変更していない。
2) 組織加重係数の変更
新たな生物学的及び疫学的情報の検討を行い、新たに唾液腺(0.01)、脳(0.01)の組織加重係数を追加している。また、主な組織加重係数の変更箇所は、乳房(乳がん)を 0.05 から 0.12 へ、生殖腺(遺伝的疾患)を 0.20 から 0.08へと変更している。
3)電離放射線の健康影響
 低線量における直線反応を仮定すると、過剰のがんと遺伝的影響による損害は、1990 年勧告に引き続き 1 シーベルト当たり約 5%としている。
 この推定値に含めた固形がんに対する線量・線量率効果係数(DDREF)の使用における値は、1990 年勧告に引き続き 2 としている。

B君:ということで、余り大きくは変わっていない。しかし、低線量についての表現が変わっている。

1990年勧告
 何年もの期間にわたり放射線被ばくをした場合、約 0.5Gy 以下の年線量では重篤な影響は起こりそうもない

2007年勧告
 吸収線量が約 100mGy の線量域まででは臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない


A君:また安全サイドに表現が振れた。

「福島のケースの特殊性」

C先生:今回の福島原発による一般市民の被曝は、高線量被曝ではないが、だからといって、ICRPの勧告が安全サイドのものだから、絶対に安全だと言える状況ではない。

A君:やはり、原爆のように、強烈な被曝を短期的に受けた場合と、今回のように、中程度の被曝を継続的に受けている場合では、解釈が違ってくる。

B君:セシウム137やストロンチウム90への被曝は、半減期が30年程度と、長くもなく、短くもなくて、丁度厄介な長さなのだ。実は、ソ連には多数の被曝の実例があるはずなのだが、その疫学データは公開されていないようだ。

A君:今回の福島のケースは、放射性プルームによるほぼセシウム137に対する被曝で、完全な短期とも言えないのが厄介なところ。ヨウ素131の影響は、極めて限定的だろう。

B君:瞬間型の広島・長崎。福島のケースはダラダラ減衰型。同じ線量だと同じ影響だと考えて良いのかどうか。

 (世界の天然高被曝地域の疫学データ)

A君:それには、世界の天然高被曝地域の疫学データが必要ということになりませんかね。こちらは、毎年一定で、一生連続型。

C先生:そのような一生連続型のケースは、多数の人手と大量の資金と年月をかけて、いくつも行われている。例えば、職業曝露の検討のケースで、原子力作業従事者と非原子力作業従事者の比較だ。
 このケースだと、全死因でも、白血病でも、肺がんでも、原子力作業従事者の死亡率が有意に低い、といった結果が出たりする。

A君:世界には、自然放射線が多い地域というものがありますよね。そこの調査はどうですかね。

B君:舘野氏によれば、調査の質が良いものは数がなさそうとのこと。なぜなら、浴びている線量を評価するのも難しい。また、死因をがんだと特定することも難しい。
 しかし、共通して言えることは、「がん死の増加を示す証拠は得られていない」
 例えば、中国広東省の自然放射線の多い地域で菅原努教授が行い、1980年にサイエンスに発表された研究では、住民−高線量群(平均外部線量2.46mSv)、2万3718人、中線量群(2.10mSv)2万8803名、低線量群(1.83mSv)、2万6093人、対照群(0.68mSv)2万7903人。以上合計10万6517人。 結果は、どのようながんも有意でなかった。

A君:実は、同じ研究で、内部被曝を考慮した検討がされていて、次のような結果になっています。


表 中国の自然放射線の多い地域での疫学調査の結果。浴びた放射線が多い方が健康?

B君:このデータは、まともによむと、多分積算した被曝量だと思うが、400mSvを超えた被曝量の人は、死亡のリスクが下がっている。

A君:放射線で健康になる。一時期、放射線ホルミシスという考え方を提案した人が居ましたが、最近は主流ではないようですが。

B君:しかし、山梨県の増富鉱泉とか、鳥取県三朝温泉などは、放射線が強い。そのため、健康に良いとされている。

「DNAの傷とその修復機能」

C先生:DNAに傷が付くのは、酸素を呼吸している生命体にとっては宿命みたいなものなので、その修復のために、大変高度なシステムが準備されている。だから、LNTモデルは、放射線管理を考える上で便利さを優先させて作った仕組であり、実被害を評価するためには適切ではないことは確実だと思うが。

A君:DNAに傷ができることは日常茶飯事。傷には3種類あって、DNAの塩基に起きるもの、DNA鎖の1本が切れるもの、DNA鎖が2本とも切れるものですね。
 他種類存在するDNAポリメラーゼの働きによって、塩基と1本鎖の傷はほぼ治る。修理に失敗するのは、1万個で1個ぐらい。それに対して、2本鎖の傷=二本鎖切断は、ときに治らない。その率は、10個に1個ぐらいかもしれない。

B君:傷が付く原因は、いずれも活性酸素。放射線の場合には、直接というのもあるが、水を活性酸素にして、それによって傷が付くものが多い。そして、放射線による傷は、通常の代謝による活性酸素の場合に比べれば、二本鎖切断の割合が多い。といっても、DNAの一本鎖切断が1000,塩基損傷が950に対して、二本鎖切断は40個程度。茶色の字は、7月23日に追加

A君:となると、放射線でできた傷は治りにくいことになる。

B君:それはそうだが、治らない絶対数は、二本鎖切断ができる数による。それにチャレンジした研究者がポリコープ。
 酸素代謝によって、1日あたり細胞あたり10億個の活性酸素が作られている。この活性酸素によって、100万個の傷がDNAに付けられるが、そのうち、1000万分の1の確率で2本鎖が切れる傷である。とすれば、細胞1個あたり、0.1個の二本鎖切断ができる。
 一方、放射線では、1Gyあたり細胞あたり2000個のDNA損傷を起こす。自然放射線を1年あたり1mSv浴びたとすれば、これは、全身均等に1mGyの放射線を受けていると考えれば良い。1年400日とすれば、1日あたり細胞あたり0.005個のDNA損傷が起きる。そのうち、100分の2が二本鎖切断なので、自然放射線によって生じている二本鎖切断は、1日あたり細胞あたり1万分の1個である。

A君:もしも、1年間で100mSvを被曝していたら、その100倍になって、それでも、酸素代謝による二本鎖切断の数の1/10にしかならない。

B君:ところがさらに先があって、二本鎖切断は治りにくいから多いと思うとそうでもない。酸素代謝の場合を考えると、二本鎖切断が0.1個起きて、修復不能率が0.1ならば、0.01個の傷が修理されないで残る。一方、塩基の損傷や1本の鎖の切断は、発生数が100万個。これに修復不能率0.0001を掛ければ、なんと100個になる。

A君:もしもその数値が正しければ、細胞のDNAに傷を作っているのは、酸素代謝であるだけでなく、修理不能な傷を作っている犯人も酸素代謝だということになる。

B君:それでも、細胞はなんとか維持されている。それは、遺伝子に傷があることが分かった細胞の多くは、アポトーシス(計画的細胞自殺)を起こして死んでしまうからだ。

A君:人体の防衛機能は、実によく出来ている。他の動物、例えば、マウスなどに比較すると、したがって、発がんする可能性が非常に低い。それでも、現代人は30%の人ががんで死亡する。それは、他の多くの病気を克服して、残っている致命的な病気ががんと心臓血管系だけになってしまったからなのでしょうね。

「不安を解消するには」

C先生:福島原発で、比較的高線量の地域に住んでいる人は、色々と不安が多いと思う。本日の朝日新聞の記事を読んだら、不安が解消するどころか、ますます訳が分からなくなって、不安が増大してしまうと思う。

A君:特に、子どもをどうするか。これは母親にとって、大きな課題だし、子どもに対しては、放射線の影響が重大であることは確実だ。その理由は、細胞の数を思春期までは増やしているからというのがひとつで、もう一つは、やはり長い間生存するから。

B君:しかし、なんでも神経質になって、母親がノイローゼ気味になると、子どもの健康に最悪な状況を生み出しかねない。しかも、がんと最後に戦うのは、免疫システムだが、悪いことに、ストレスがあると免疫システムの機能が低下することが知られている。

A君:できるだけ、楽天的・肯定的に考えて、子どもにストレスを掛けないような親を演じることが必要なのだと思う。結果としては、その方が良いことは確実だろう。

C先生:さあ、放射線ノイローゼになりかかっている母親にどのようなコミュニケーションをしたらよいのだ。

A君:朝日新聞の記事にもありますが、100mSvを下回る低線量被曝の場合に、どれだけがんが増えるか、健康影響の可能性について、明確な根拠はない。要するに、誰も本当のことを知らない。もしも、重大なことであれば、現代のように、なんでも分かってしまう、なんでも検出できてしまうという時代なので、分かるはず。だから、分からないということに大きな意味がある。

B君:その理解に行きつくには、かなり自然科学というものの仕組が分かっていないと難しいかもしれない。自然科学においては、いくら努力しても分からないことは、当面無いことにしておくというのが生活の知恵。

A君:いやいや、科学技術だけではないのですよ。日常生活でもそうですよ。
 東京に地震が来ることは、今後10年20年を考えれば確実である。死者の想定も、数1000人? しかし、毎日地震の心配をして暮らしていたら、それこそ、ノイローゼになってしまう。地震対策をある程度やっておいて、あとは、自然に振舞うのが賢い対処法でしょう。

B君:突然、会社が潰れて失業するということだと、これに対策を練っておくということもかなり難しい。しかし、いつ失業するかばかり心配していたら、やっていられない。

C先生:結局、放射線は見えない。見えないものは不安。それに対して、地震も失業も、なんとなくだが敵の姿が見えないこともない。
 放射線の人体影響のメカニズムを理解できれば、多少安心できるだろうが、それには相当の知識が必要で、チャレンジが可能な人は限られている。
 となると、いつまでたっても、姿は見えない。ちょうど幽霊みたいなものだ。幽霊が居ないということは自然科学では証明できないが、自然科学が言えることは、幽霊が現実に存在したとしても、幽霊よりも実は、人間の方が怖いということだ。なぜなら、幽霊に怯えて死んだ人は居るかもしれないが、幽霊に殺された人は居ない。
 低線量被曝を、これほど検討をしてきたのに、その被害がどのぐらいか分からないということは、低線量被曝という幽霊の攻撃力が強くはないということを意味する。
 それに対して、ヒトは防衛用のメカニズムをしっかりと持っている。しかも、ストレスを持たないように心がけることで、防衛メカニズムはフルに活動できる。となれば、最良の対処法は、自らの防衛能力をさらに高めること。細かいことを気にしないで、子どものストレスを発散させること。こんな結論に到達できるのではないか。
 最後に、そのような状態に到達するしないは別にしても、政府などが出す情報を100%ではなくても、大体は信用される状況にすることが、不安解消には重要。それが国家というものの役割である。
 ところが、最初に述べたように、政府が信頼できない。東電も信頼できない。何を信じたら良いのだ。
 これは迅速な改善が必須であり、一義的にそれは政治家の責任である。