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  電池:材料は疲れる、しかも我侭だ  06.26.2011

    



本日の新聞から

その1:復興会議の提言
 細かく解析しても得るものは皆無なほど中身がない。もっとも失望したのは、誰に決定権を委ねるべきか、というもっとも重要なことについて、見解を述べていないところ。すなわち、目線が、老人目線である。40歳未満の年齢層こそ、決定権をもつべきである。
 地元の土木工事業者への利益誘導型の高台移転の提案が無意味。まあ、地元に金が落ちることは重要ではあるけれど、2050年を見据えた案からは程遠い。中では、避難タワーの絵が妙に印象的。より根本的な設計方針の変更をしなければ、一旦、高台に移転しても、50年後にはまたまた平地に戻っているに違いない。
 臨時増税。民主党が政権にあるかぎり、無意味な提案。どうせ、増税反対派が騒いで、つぶしに掛かる。

その2:世界遺産に小笠原は良いとして、平泉はなぜ
 昨年の夏に、平泉とその周辺をチェックしに行った結論は、「まあ、観光客をがっかりさせるだけ」、だったのだのだが。東日本大震災からの復興で、ボーナス点でも付いたのだろうか。



 ところで、本日のHPは、現在、執筆中の題名未定(仮名:化学 あなたの常識、西暦何年レベル?)の単行書のために、書いた文章を若干変えて掲載したい。

 この本狙いは、「化学者というものは、何を考えている連中なのか。なぜ特殊なのか」。これを化学と生化学の歴史を紐解いて明らかに、化学を他の人々に分かってもらうためには、何が必要かをなんとなく分かるためである。



材料は疲れるし我侭だ−材料になりきって理解するいくつかの現象

1.疲れる「リチウム電池」

 東日本大震災以来、エネルギー政策が大きな課題になっている。

 原発を止めて、不安定な風力・太陽光などの自然エネルギーに移行するのが一つの方向性になることは確実である。 問題は、不安定さをいかに解消するかであり、スマートグリッドという魔法の技術がこれを簡単に解決するといった期待を抱かせている。

 スマートグリッドといっても、様々なものがあるが、大容量電池を使ったものは、それが電気自動車用のリチウム電池を意味している場合には、過大な期待をもつのは誤りである。

 なぜなら、リチウム電池は、エネルギー貯蔵技術としては価格が高いのである。自動車の部品としても非常に高いので、できるだけそっと丁寧に扱って、できるだけ寿命を伸ばすのが正しい使い方だからである。もし、5年で電池を変えることになったら、目も当てられない。

 丁寧に使うということの実体は、(1)急速充電・急速放電をしない、(2)過充電をしない、(3)過放電をしない、である。中庸な条件で、「無理をさせずに使う」ことである。

 リチウム電池を丁寧に使うと寿命が延びるのはなぜか。それは、「電池が疲れない使い方」になるからである。これをできるだけ分かりやすく説明してみたい。

 方法は、「なりきって理解する」である。自分もしくは人間がリチウム電池になったつもり理解するという新技法(??)である。


 まず、リチウム電池の原理をできるだけ感覚的に理解することから試みる。結構、難しい作業である。

 そもそも電池とは、化学反応によって回路に直流電流(=電子)を供給できるモノである。電子は、マイナス極から出て、回路を流れプラス極に戻る。電池内部では、マイナス極で電子を出す化学反応が起き、プラス極と電子を受け取る反応が起きる。

 電子のやり取りは投資と似ている。投資ファンドのようないつもお金(電子)が十分にあるマイナス極。お金(電子)を受け入れる機能のあるプラス極。この2種類が存在すれば、お金と同様、電子が流れる。

 リチウム電池の場合には、リチウムという元素が電子(お金)を出すことが反応の駆動力である。リチウムは、地球上に存在する元素の中で、もっとも電子を出したがり屋の金属なので、起電力の大きな電池ができる。

 プラス極は電子を受け取る側で、リチウムとコバルトなどの金属の酸化物である。コバルトが酸化物中でいくつかの状態を取りうることを使って、電子を受け取る。

 さて、動作の説明をしたい。マイナス極のリチウムは、電子を出すと、当然電子がひとつ無い状態になる。これをリチウムイオンと呼ぶ。出された電子は、電極から外部の回路に向かう。

 回路からプラス極に電子が来る。プラス極は、電子を与えられれば、受け取らざるを得ない。そこで、コバルト原子が電子を受け入れて、自分の状況を変える。コバルトは、2重人格的元素で、その人格を変えると考えても良い。しかし、人格を切り替えるときには、同時に、自分の隣にリチウムイオンを受け入れる必要がある。

 このような変化が電池の内部で進むと、マイナス極には、大量のリチウムイオンが余り、プラス極には、リチウムイオンを受け入れたい大量のコバルトがいる。当然、リチウムイオンは、その要望に答えて、電池の内部の液体(電解質)を通って流れ、プラス極側に移動する。

 これで電池としての機能を果たすことができる。

 次は充電である。充電時には、上で述べた逆の変化が進行する。

 電池の場合に限らないが、実用上もっとも難しいことは、寿命の長い製品を作ることである。やはり、使われている材料が疲れるのである。しかも、充電は、比較的短時間で行われるため、充電のやり方が電池の寿命を決めることが多い。

 マイナス極には炭素の一種である黒鉛が使われている。黒鉛は、ミルフィーユのような構造をしていて、充電すると、層間にリチウムが押し込まれる。リチウムはケーキに使う銀の玉、アラザンのイメージだと思えばよいだろうか。

 プラス極に使われるリチウムとコバルトの酸化物は固体である。原子が整然と並んでいる結晶である。充電時には、リチウムイオンと電子が同時に引き抜かれる。コバルトは、自分の隣に存在したリチウムイオンを失ない、電子も同時に失ってコバルトの人格が変わる。この際、人格の変化と同時に、メタボの状況(=電極の体積)なども急に変わる。


図 リチウム電池の電極と充放電 上の図が完全放電状態 下は充電状態 充電状態だとコバルトCoが赤くなっているが、それは、リチウムイオンが出て行ったため、価数が4価に変わって、正電荷の不足を補っている。


 リチウムイオンというある大きさのある球が、電極を構成している結晶を出入りする。もちろん、無理やりに出入りが起きる。コバルトは電荷を変えられて、球の大きさまで変わってしまう。

 固体である電極材料の体積を、イオンの出入りや電荷の変動によって、大幅に変えることは、ヒトでも体重を大幅に変化するのが辛いように、大変に辛いことなのである。

 充電時に電極材料が疲れる状況が目に浮かぶだろうか。もちろん、放電時にも同様のことがゆっくりと起きる。完全に充電されるとき、あるいは、完全放電の状況での変化は両方の極にとって辛い。

 リチウム電池の寿命を伸ばすには、中間的な充電状態だけで使うことがコツである。すなわち、ちょっと充電し、ちょっと放電するのならOK。電池は、その能力を100%使われると、極めて疲れるのである。

 リチウム電池にも人格があるように思っていただければ、優しい使い方もお分かりになるかと思う。


2:電極は疲れないNAS電池だが

 それなら、反応物である電極材料を固体でなく、液体にすれば良いのではないか。これは良い考え方である。しかし、液体は、持ち運ぶときに不安定で、別の難点が湧いて出るかもしれない。

 電極材料に溶けたナトリウムの金属と、溶けたイオウを使う電池がNa−S電池である。商標はNAS電池である。




図 NAS電池の構造

 新型電池と書いたが、その原理は、1970年代から知られており、実は、筆者が米国に留学中に研究していたのは、この電池の電解質であるβ−アルミナの劣化機構であった。

 β−アルミナは固体であって、300℃に加熱された液体のナトリウム金属と液体のイオウを分けている隔膜でもあるが、当然、電解質なので、ナトリウムイオンはこの固体の中を通過できる。

 固体の中をリチウムよりもやや大きめのアラザンのようなナトリウムイオンが通り抜けるのだから、それなりの通路を持っていなければならない。

 β−アルミナの場合には、イオンが通るすかすかの面が存在している。



図 β−アルミナの構造

 この通路が、カリウムやカルシウムといったもっと大きなアラザンが詰まらせることを実証するというのが、研究のテーマだった。

 液体は、固体と違って、体積が若干変わっても疲れることが無い。そのため、NAS電池の寿命は、β−アルミナや電池の容器などの寿命で決まる。

 まだまだ大変に高価な電池ではあるが、それでも、寿命が長いだけ、蓄電コストはリチウム電池よりもかなり低い。

 しかし寿命はある。その寿命は、β−アルミナや容器などの材料が疲れることによって劣化することで決まる。


3.固体の世界は、支配原理が重要

 固体の科学の世界では、原子をどのようにして支配するか、という考え方が非常に重要で、いわば政治力学的発想が常に必要である。

 ここで一つ質問をしたい。

 結晶質なら、多くの結晶を集めた多結晶体だとと不透明。無機物最大の単結晶は恐らく人工水晶だが、それでも、直径数10cm止まり。 一方、ガラスなら最近のビルの大型窓用など、透明度が高く、かつ非常に大面積のものを作ることができるが、それはなぜか、と問われたらどう答えるだろうか。

 その答えは、ガラスの世界は、個人主義だから、である。分からん? まあ当然でしょう。

 ガラスは非晶質に分類される。原子がかなり不規則に並んでいる状態である。

図 ガラスと結晶の構造の違い これはシリケート鉱物の結晶構造の一例


図 ガラスと結晶の構造の違い これはガラス構造を模式的に描いたもの

 非晶質の世界の支配原理は、国(材料)全体としてもっとも最適な配置では無くても、個人(原子)の好きな配置を許容する。個人(原子)は、自分の周辺を自分が快適なように変えても良い、という我侭OKの社会だから、社会の歪がある場所に集中しにくい。そのためマクロ(材料全体)には均一な国が出来上がり、透明な大型の素材になりうる。

 一方、結晶の世界は、全体主義である。1個の結晶を単位(国)として、エネルギー的にもっとも安定な構造にするのが支配原理である。個人(原子)の我侭は抑制される。一方、複数の結晶と結晶の関係を支配する力は弱い。「ご自由に」に近い世界である。そのために、その境目(国境)に隙間ができたり、不純物が溜まったりする。そのために、透明度が下がる。

 それなら、一個の結晶を大きくすれば良いではないか。しかし、それが難しい。一個の結晶の中でも、欠陥や転移などといった構造ができて、そこに社会の歪が集まりやすい。そのため、やはり結果的に不均一な世界になりやすく大型化が難しい(中国、ロシアなどの現状)。

 結論として、大型にするには、非晶質構造。すなわち、個人の自由を認めるしかない。


4.樹枝型−リチウムの我侭

 話をリチウム電池に戻して、支配原理を考えたい。現在のリチウムイオン電池は、その構成を正極/電解質/負極という形式で書けば、固体/液体/固体型の電池であり、この液体部分が存在するために、安全性にも十分な対策が必要で、また、リチウム金属をそのまま使うことができない。

 それはなぜか。リチウム金属は結晶性の物質である。そのために、外形を自分達の個人的趣味で樹枝型に決めたがる。とくに、液体からリチウムが固体になるときには、リチウムの我侭が優先され、樹枝型になる傾向が強い。これが絶縁膜を突き破るなどの問題を起こすことになる。

 液体を排除して、全固体化をすると、電解質と電極との境界のところで、空間的な自由度が少ない。そのためもしかするとリチウム原子の我侭な行動を制御することが可能になり、設計通りに原子が動くようにして、リチウム金属を使った電池ができる可能性が出てくる。

 そのため、全固体化リチウム電池が現時点での長期的な開発の方向性なのである。