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  モーリシャスなる国の印象 01.06-12.2004



 島嶼諸国サミットが開催されたモーリシャスへ出かけ、南太平洋大学と国連大学との協力協定にサインをしてきた。前半と後半に分かれていますが、前半の部は、「今月の環境」に書いたものを少々変更したものです。

1月6〜9日: モーリシャス前半

1月10〜12日:
 モーリシャス後半


1月6〜9日: モーリシャス前半

 朝9時30分成田発のキャセイ航空でホンコンへ。1時間しか乗り継ぎ時間が無かったもので、かなり心配だったのだが、なんと5分前にプッシュバックされて動き始めたので、ほっと一息。さらに、5時間5分の予定飛行時間が、逆風が弱かったためだろう、実際には4時間45分ぐらいだったので、余裕をもって到着。

 ホンコンからモーリシャスが遠い。飛行機は、エアバスの340型。ビジネスクラスだが横7列もあるタイプで狭い。ただ、料金もそこそこなので文句も言えない。飛行機料金だが、東京−ヨーロッパ便が例外的に高すぎると思う。こちらも10時間10分の予定飛行時間以内の9時間40分ほどで到着した。まあ、米国西海岸といった距離か。

 到着したのは、夜の8時過ぎ。しかし、暑い。むっとする湿度の高さ。タクシーを探したら、なんだかほとんど居ない。困ったなと思っていたら、今回出席する国際会議SIDSの部屋があり、そこで登録を確認してもらったところ、空港からホテルまでは、なんと無料サービスがあった。なんと警察官が運転してくれるメルセデスの一つ前のEクラスだった。警察官のはずなのに、90kmの速度制限の道路を40kmぐらいオーバーして運転、それでも45分ぐらい掛かった。自分で運転していたとしたら、全く分からないようなど田舎にホテルは存在していた。

 ということで、無事に、ビクトリアホテルに到着。会議の会場があるという町を途中で通過したが、ホテルから会場も20分ぐらいのところのようだ。

金曜日:
 本日は休暇の日。浜辺で本を読む予定。ヤシの木陰の寝椅子に寝転がって本を読み出したが、木漏れ陽なのだが、さすがに紫外線が強そう。午前中だけで、手足が真っ赤。それから、日焼け止めを手足に塗ったが、遅かった見たい。顔もかなり日焼けしたが、日焼け止めの効果で、まあなんとか。状態は良くないが。

 このあたりの海は、大体ホテルが占拠しているプライベートビーチ。モーリシャスの海岸は、北西部、南西部、東部とリゾートホテル群があるが、この北西部が天候がもっとも安定しているようだ。

 ということで、本を読んで過ごした1日だった。こんな暇を経験できることはそうはない。

 問題は、インターネットへのアクセスができないこと。電話回線で繋ぐつもりで来たのだが、なんとしても繋がらず、ハードウェアが異常というエラーメッセージがでる。どうやら、先日、コペンハーゲンの空港で妙なことをやってしまったのかもしれない。ビジネスフォーン系の電話回線をモデムにつなぐと、壊れることがあるらしい。ということで、これから3日間ほどは、インターネットへのアクセス無しになるだろう。

土曜日:
 レンタカーを借りることにした。ところが、休日で需要が多いらしく、なかなか担当者が席にもどらない。9時からコンタクトを試みて、結果的に11時30分ぐらいまで掛かった。まあ、ホテルに車置き場があるわけではないので、どこかから車を調達をしてくるようなので無理も無いところ。

 車種は、日産マーチの2001年式ぐらい。4万キロ近く走っている。エアコンはあるが、オートマティック仕様は無いとのこと。さすがにヨーロッパ的だ。

 日本と同じ右ハンドル左側通行なので、マニュアルでもなんとかなるだろう。かなり前にスイスでマニュアル車を運転して以来だ。自分の車ということだと、1976年ぐらいに米国で乗っていたのはマニュアル車だったが。それ以後は、当然オートマばかり。

 本日は、右回りで、島を半周してみる予定。南北60km、東西45km程度の島なので、まる一日あれば、島一周だって不可能ではない。

 地図も市販の大きなものを購入して、準備万端。しかし、念のため持参したGPS−Vを設置した。モーリシャスの詳細な地図が入っている訳ではない。全世界地図の一部の極く荒いものを使うしかない。道路も一応描かれているのだが、全く当てにはならない。何年も前に廃止された鉄道がでているぐらいの古い地図である。それでも、進行方向は分かること、それに一旦通った経路にはマークが残るので、元のところに戻るなどといった用途には使えるのだ。

 念のためだったはずのこのGPS−Vだったが、実に、これが無いと走れない国であることが判明。市販の立派な地図なのだが、精度がどうもかなりいい加減。直線のはずの道が相当曲がっていたり、交差点の角度などもかなりおかしい。しかも、道路標識は主要道路についてもほとんど無いに等しい。あるのは、首都のポートルイス付近のみに少々、といった状況であることが判明した。

 数時間の運転で道を間違えること7〜8回。とうとう真っ暗になってしまったが、無事になんとかホテルまで戻ることができた。

 本日の見所としては、白い砂で有名なイルオセフル(鹿の島)。ここには、ボートに乗って行く必要がある。行きは、我々二名のみ。3時50分頃、島に到着。帰りは島の桟橋に5時に来いとのこと。

 白い砂ということだったが、魅力的な写真で知られる砂州は、普段は海面下の場所のようだ。丁度潮が引き出していて、かなり見えているものの、濡れているせいだろうか、余り白くない。

 それなりにきれいな島ではあるが、余りにも大勢の地元民が来ていることに驚いた。土曜日のせいなのだろう。

 帰りの船は、地元民ご一行様約20名と一緒。持参のドラム(実際には、金属製の石油タンク)とタンバリンを使って、アフリカ調リズムで歌い始めた。エキゾティックサウンドに浸ることとなった30分ほどであった。

 イルオセルフは、もっと高級リゾート的なところかと思ったが、どうも高級パブリックビーチとしての位置付けのようだ。往復船代が一人Rs200(約800円)。そう言えば、途中で何箇所か寄ったパブリックビーチはどこも人出が多かった。このモーリシャスという国は、人口が130万人で、かなり人口密度の高い国だ。サトウキビ畑以外には、どこにでも人が住んでいる感じだ。

日曜日:
 明日からの会議の登録をするために、朝会場に行く。車で、30分ぐらいのところである。登録は、予想通りなかなかスムースには行かない。それでも、責任者のデスクで、送ったFAXのコピーが見つかって、なんとか登録ができた。そして、夜は、南太平洋大学のコシー教授、副学長のコナイ・タマ教授、ランディー・タマ教授との打ち合わせ。晩飯を一緒に食べながら、様々な情報交換。ランディー教授は、なかなかの日本通。オデンの話などで盛り上がる。フィジーに来れば、コナイ流のタコを食べさせるから、との誘い。

 昼前後に、島の南部の国立公園なる山地に行ってみる。モーリシャスは、最高峰が800mぐらい。中央部は高原で標高400mぐらい。モルジブのような標高数mという国とは全く違う。山は、遠くから見ると変わった形で、景観としてはなかなかだが、実際に山に登ってしまうと、どうということの無いドライブルートだった。山はなかなか優れた形をしている。火山だそうだが、活動記録は無いようだ。

 東京での話。そういえば、1月5日に、昼食のために入ったうどん屋で、3名ほどの中年サラリーマンが話をしていた。「モーリシャスは標高が数mしかないから、今度の津波でも死者が出たんだ」。世の中、モルジブとモーリシャスの区別が充分ではないようだ。

1月10〜12日: モーリシャス後半

会場への交通の話

 いよいよ会議の開始。9時半に開会式が始まるとのこと。車で行くとして、まあ25分ぐらいか、しかし、多少余裕をもって行こうと思い、8時20分過ぎに出発。ホテルから順調にモーターウェイM2へ、と思ったら、M2の手前から渋滞している。これは、朝には渋滞するのだ、と思ったら違った。渋滞は渋滞なのだが、このSIDSの会議のために、大幅な交通規制が行われていることが判明。なんとなんと、片側2車線の高速道路に近い構造の道路だが、下りの1車線が上り用に確保されている。そこを、この会議に出席するVIPのための車や、会議用のシャトルバスに確保しているのだった。そのため、下り車線は悲惨な状態。上り車線もかなり混んでいて、渋滞に巻き込まれてしまった。しかし、さすがに日本の渋滞のようなことは無く、なんとか45分掛かって会場に到着。結構車が来ていて、しかも、会場近くの駐車場は、VIP用に確保されているもので、かなり遠いところに止めざるを得なかった。

会議の話。

 初日、9時30分開始のはずなのに、国連の会議は大体そうなのだが、始まる様子が無い。そのうち、モーリシャスの子ども達が入ってきて、合唱をするようだ。さて始まるな、と思ったが全く始まる気配がない。子ども達は、15分間以上立たされっぱなし。そのうち、アナウンスがなされて始まった。

 SIDS担当の国連機関の長が演説。そして、型どおり議長の選出、当然のことながら、モーリシャスの大統領が選出された。しかし、実際に議事を行うのは、最初の儀式だけである。その儀式とは、副議長の選出、ラポトゥア、その他の選出である。淡々と議事が進んで、10時30分過ぎに、休憩に入った。

 1時間程度の休憩の後に、議事に入る。しかし、このメインの会場は、ほとんど誰も居ない。国連の関連機関から、次々とインタービーン(intervene、なんと訳すのだろう?)が行われる。それが終わると、各国政府からのインタービーンの番である。原稿を読み上げるだけなのだから、紙を配布して終わりにすればよいのに、と思うのだが、これが重要な儀式なのだろう。ここで、何をやるかといった発言をすることで、自らの行動を規制するといったことなのだろう。

 この会議場は、なかなか立派である。しかし、寒い。エアコンの効きすぎである。困ったものだ。セーターを着込むことが必要なぐらいだ。議題が環境がらみの話なんだから、省エネ・省資源に注意すべきだと思うのだが、そんな考えは、どうやら庶民的な考えのようで、どう考えても国連が省エネ・省資源を推進するとはとても思えない。なぜならば、貧困の克服や途上国の発展のために、どうやってエネルギーをもっと供給するか、どうやって資源をもっと使えるようにするか、そんな発想が現時点における国連の考え方だからである。

 先進国に対しては、省エネ・省資源を推奨すべきなのだが、米国が国連を軽視している現状では、米国の離脱を誘発するような提案はできない。やはり、実質的に米国に圧力を掛けるしか方法論は無いのだろう。その意味でも、京都議定書の発効は極めて重要なステップである。現時点で米国の最大の盟友は、オーストラリアである。カナダ、日本は、一応、京都議定書を批准しているからである。しかし、カナダ・日本ともに、第一約束期間の削減量の実現は絶望だから、カナダは第二次約束期間では、離脱する方向なのではないだろうか。日本も同様かもしれないが。

 午後から、メイン以外の会場で行われている会議を見物。今回の最大の職務であるUSPとUNUとの協力協定の調印を行う会場で、今、この部分を書いている。250名ぐらい入る会場であるが、大体50名ぐらいの参加者か。いわゆるサイドイベントと呼ばれるものなのだが、やはり余り実質的な議論ができるというものでもない。国連の会議に限らないのだが、前提からの説明があるわけではなくて、こんな方針でやっているという、政策的な発表が多くて、何が問題で、何を解決しなければならないのか、具体的な状況を知らないものが聞いても、全く分からない。

 この手の会議で、いつも困るのは、プログラムが分からないことである。日本での国際会議だったら、会場の地図から、すべてのプログラムの一覧とか、そんなものが配布されるのだが、大体そんなものがあるのか、無いのか、も良く分からない。誠に不思議である。

 もう一つの不思議というか疑問が、この会議の開催にいくら掛かっているのだろう、ということ。出席者の総数は、ざっとみて1000名程度か。会場には、大きな国連とSIDSのロゴを染めた掛け幕がある。動員された警察官の総数は相当なもの。それこそ、インターネットでも使ってバーチャルな会議にして、そこで浮く1000名分の旅費と会議費を、直接、途上国支援に使ったら、それはかなり有効なことなのではないだろうか。

 合意のためにはこんな儀式が必要。費用も、考えようによっては、小さな額である、開催国にとっても一つの発展のきっかけになる、という国際社会的な理解をすべきなのかもしれないが。まあ、オリンピックの変形だということなのだろう。

 会議の主題が気候変動の話になった。島嶼諸国にとっては、海面上昇の話は極めて重要だと思うが、出席者は減り気味である。海面上昇の予測値が下がりつつあることを反映しているのかもしれない。2100年で2mといったものもあったが、最近は、数10cmというが常識的。

 サイクロンの話。ヌイエ(Nuie)の経験。サイクロン・ヘタと聞こえるが。やはりHetaのようだ。2004年1月5日に発生し、最悪の被害であった。経済的なロスが$87ミリオンで、これは、GDPの6倍。10〜30%の木が倒された。鳥と蝙蝠への餌付けが行われた。狩猟は2年間禁止。海のダメージも非常に大きく、回復までに5〜15年掛かると予測されている。鉄製品が塩害で錆びた。被害の話は、かなり具体的だったもので、この話は非常に良く分かった。終わったときに、拍手が沸いた。

UNU−USP協力協定の話。

 今回の最大の役割が、南太平洋大学=USPとの協力協定にサインすることである。調印式は、会議が始まる前に島嶼諸国のVIPが作戦を練る会議の場を借りて行われた。

 型どおりではあるが、無事に終了。しかし、いつ調印ができるのか、最初の日の夕方の予定が結局キャンセルされ、どうも旨く定まらない。最終的には、3日目の9時からの朝一番になったが、なんとか終わってよかった。

 これまでも協力作業を行ってきたが、今後とも、その強化をする方向だ。

インターネット接続の話。

 この会場には、さすがにブロードバンドがある。しかし、非常に遅い。どうも、今回のために特設されたもののようだ。どうやって通信しているのだろう。衛星だろうか?

 12台ぐらいのPCがセットされている他、一階の入り口付近に無線LANが使えるようになっている。しかし、会議室に入ると、もう電波は無い。丸4日間アクセスできなかったもので、溜まりに溜まったメールをアクセス。もっとも最近は、海外にいると分かっている人からはメールが来ないので、大部分がスパムメールである。今回、全部で800通ぐらいあったが、その90%以上がスパムメールだった。

 街をみた限りでは、大きなショッピングセンターには、インターネットカフェのようなものがある。ポートルイスのWaterFrontのショッピングセンターには、WiFiゾーンがあったが、試すことが出来なかった。孤島なだけに、回線費用が馬鹿にならないのだろうか。隣から引くとしても、マダガスカル島からになるが、約800kmもある。

プライベートビーチとパブリックビーチ

 リゾートホテルは、門があっ宿泊客以外は入れないのが原則。どうしても入りたい場合には、有料になるようだ。島の南にあるParadisホテルに入ろうとしたら、一人1200円とのこと。ただし、このホテルは、宿泊していたVictoriaホテルと同一系列なので、無料で入れるはず。門番にそう告げたら、簡単にOKになった。なんら証明書を見せろとも言われなかった。

 プライベートビーチは、更衣所・トイレなどが整備されているが、無料のようだ。この国は、調査が必要であるが医療と学費無料なのではないだろうか。ビーチの質として見ても、プライベートビーチが良いとも思えない。大体、同ランクのようだ。バブリックビーチには、自然の海藻が流れ着いている。プライベートビーチには、それを掃除している従業員がいる。こんな違いはあるが。入り口までの道路の舗装がなく、道も狭いことが、パブリックビーチの最大の欠点かもしれない。

レストランの選択。

 実は、これがもっとも難しいことかもしれない。リゾートに滞在しているだけなら、外の世界からは隔離されているから、朝・昼・晩、すべてそのリゾートで食べるしかない。飽きないように、色々と企画がされているようだ。

 難しいのは、外で昼食なり晩飯を食べること。要するに、観光客が入れるようなレストランが少ないため難しいのだ。地元民用のレストランはあるにはあるようだが、それも良く分からなかった。観光客が行くショッピングセンターにはレストランがあるが、価格は国際価格。SIDSの会場には、レストランが用意されていたが、昼飯のメニューは約2200円のものだけ。非常に重い昼食になる。

自然観察の話。

 モーリシャスの一つの見所として知られているのが、植物園。ガイド付きで1時間ほど見学。天然なのかそれとも移植したのか不明だが、実に、多数の香料用の植物が植わっている。大きなハスがあったが、これは、たしかアマゾンのハス。小さなハスは、どうも日本のハス。調べてみなければ分からないが、香料用の植物も移植のような気がする。

 感心したのは、入園料が無料。ガイドは有料で、一人あたり50ルピー(200円)。二名だったので、100ルピー。日本人の客を扱いなれていることにも感心。余程、多くの日本人が訪れるのだろう。

 もう一つは、海中の魚。すでに述べたように、サンゴ礁内の浅いところには、どうも魚は居ない。そこで、グランベイというところから、ガラス船よりはもう少々下が見える船に乗って見物。波止場からのろのろとした船足で30分。サンゴ礁のはずれまで来た。その付近には、魚は大量に居たが、いずれも小さい。大きくても10cmといったところか。ケアンズの魚は大きかったが、あれは、餌付けされているものなのだろうか。一人600ルピー。

 この船は、幅が広い割には短くて、本当にのそのそと動く。非常によく揺れる。水上スキーが脇を通ると、結構スリルがある。

 いずれにしても、魚は、モーリシャスでは食用になってしまっている印象。波止場では、魚市が出ていたが、1m近い大きな魚(魚種は分からない)から、普通の食用サイズまで多数販売されていた。

 最終日の夕刻、飛行場の近くのパブリックビーチを歩いていたら、非常に大型のカタツムリに遭遇した。海の貝の貝殻を使っているように見えたが、本当なのだろうか。


南十字星の話。

 南半球に来ると、日本人なら「南十字星」のようだ。この時期、モーリシャスでは、夜の11時ぐらいから南の空に南十字星が見えるようになる。その前には、「偽十字星」が似たような位置に見えている。

 ホテルはかなり照明が明るくて、星が見難い。夜になったら、車でサトウキビ畑の真ん中まで出てみようと言いつつ、毎晩ビールを飲みすぎてなかなか実現できないまま終わってしまった。

 ちなみに、ビールは、モーリシャス産。フェニックスという地ビールであるが、アメリカンビールに似て軽い。悪くは無い。

買い物の話。

 ショッピングセンターなどの品物の価格は、日本と同様。特に安いということでもない。しかし、住民向けのスーパーを覗くと、やはり価格は安いものが多い。勿論、国際価格のものもあるので、混じっている感じ。

 小学生用の学習ノート。比較的薄いもの1冊35円。シナモンフレーバー紅茶のティーバッグ20個入りが、80円。クローブ20gで40円。マスタードシード80gが24円。などなど。

 同じような香料が、ショッピングセンターだと、5倍ぐらいはする。勿論、全く同じではない。多少手を入れた袋に入っていて、みやげ物らしい形にはなっている。包装の方が確実に中身よりも高い。

 普通のスーパーで多少買い物をしてみたら、なんとスーパーの名前が大きく印刷されたレジ袋を呉れた。他所で買い物した袋は、入り口で預けさせられる。当然、万引き防止のため。

タクシーの話。

 今回一度も乗らなかった。車種は、ほとんど日本製。車種はカローラが大部分。ときどきブルーバードやカリーナ。日本でタクシーに使われているクラウンコンフォートも何台かあったが、いずれにしても大型のタクシーはほとんど無い。

 タクシーの運転はかなり乱暴。45年前の日本を思い出させる。当時、神風タクシーなる言葉があったような気がする。追い越しの掛け方がかなり際どい。

バスの話。

 この国の主要な交通手段がバスである。しかし、不思議なことに、この小さな国を一周するようなバスの便はなく、それぞれの地域でバス会社が違うとのこと。ポートルイスには、2箇所のバスターミナルがあるが、その間がかなり離れている。地元の人々には、こんなものでも不便でないのだろうが、観光客には、不便だと思う。ただし、ここに来る観光客の大部分は、ホテルに滞在しているだけだろうから、全く困らないのだろうか。あるいは、タクシーを雇うのだろうか。

 コシ教授と話をしていて、バスが主な交通手段になるのは、雇用の確保が必要だからだ、という説明だった。環境的には、電気による鉄道が最善だと思う、と反論。しかし、確かに雇用の確保は重要。鉄道にしてしまうと、人は少なくて済むかもしれない。特に、欧州流の鉄道の運用だと、特急は別だが車掌なども余り居ない。南北60kmしかないこんな狭い島なのだから、特急は不要かも知れないし。バスでも充分にサービスが可能な程度の島であることも事実。

車の種類の話。

 日本車の市場占拠率は、どうやら60〜70%ぐらいではないかと見た。ただし、会議場に送迎に来ている車は、圧倒的にBMWだった。その他多少のメルセデス。これらの車は、諸外国の大臣級に提供されているものらしい。やはり特権階級が集まる会議であることを証明しているようなものだ。

 ちなみに、借りたマーチの1200ccMT車であるが、借りたときに満タンではなくて、メーターは半分ぐらだった。一旦満タン(41L)にして半分まで乗ったところで、440kmぐらい走行。ガソリンタンクの容量分を使用したことになるが、燃費は11km/Lということになるか。MT車の割りには余り燃費の良い車ではない。プリウスで走れば、どうだろう。エアコン付けっぱなしだし、追い越しは必要だし、それでも、まあ22km/Lぐらいは行けそうな感じの運転だった。

ガソリン代の話。

 1リットル110円。まあ日本並み。ガソリンスタンドの数は車の数に比べたら非常に多いと言えそう。

ディーゼルの黒煙の話。

 バス・トラックは当然とも言えるが、乗用車でも黒煙を吐いているのが結構走っている。それらが全部日本車なのには、がっかりさせられる。

 欧州車はディーゼル仕様が入っていないのか、それとも、欧州でもあんな黒い煙を吐く車は見たことが無いので、単に煙を吐かないディーゼル車なのか。

 本HPでも説明しているように、日本のディーゼル車は、法律上の問題でNOxにばかり対策の目を向けてきた。すなわち、完全燃焼に近い状況にすると増えてしまうNOxを退治するために、不完全燃焼を意図的に起こさせるというのが、その対処の方法だった。すなわち、黒煙を吐くのが当然なのである。一方、欧州の排気対策は、どちらかというと、粒子状物質SPMに重きを置いたものだったので、完全燃焼をさせる方向。この方法だとNOxの排出量は多いものの、黒煙は吐かない。

 中古車でモーリシャスのような国に輸出されるものは、ディーゼルエンジンのセッティングをもっと酸化側に振ってから輸出するようにできないものなのだろうか。黒煙を吐いている車が全部日本車であるという事実は、みっともなくて、見ていられない。

トイレの話。

 何回かトイレにはいったが、感心したことには、どこも水洗である。レストランは勿論のこと、パブリックビーチのトイレに至るまで、水洗でそこそこきれいである。

 排水処理をどうしているのだろうか。浄化槽か、それとも下水処理場があるのか。今回見ている範囲内では、下水処理場は見当たらなかったが。

帰途へ。

 帰りの便は、22時40分発というもので、一度、AirFranceの深夜便に乗ったことがあるが、それ以外だとほとんど経験が無いぐらい遅い出発時間である。ホンコン時間で、翌日の昼過ぎにホンコンへ。実質は10時間程度か。

 運転していたレンタカーをどこで空港へ返せばよいのか、そんなことが分からない空港である。これでは、急ぎのビジネス客は無理。余り遅くなると、道が良く分からなくなるもので、飛行機の出発時間の3時間も前に空港に戻ったので、余裕綽々だったが、それでも、普通の客は入れない到着ロビーにガードに説明して入り込み、そこのハーツのカウンターに行ったら人が居ない。他の人に聞いて電話を掛けてもらって、そこから車まで一緒に歩いて行くというのがプロセスだった。モーリシャスは多少の例外を除いて、多くの人々は親切。この担当者も親切で、出発ロビーの前まで、送ってくれた。そうでもしてもらわないと、どうも、一階の到着階から2階の出発ロビーまで、エスカレーターは無いようだったので、徒歩では上がれないのかもしれないが。

 地図が不確かだと何回も書いたように思うが、最終的に分かったことの一つは、非常に古い地図が売られていること。高速道路を北上したとき、もう無いはずのところにまだまだ高速道路が続く。そんなに新しい感じはしないので、恐らく3〜4年前には出来ているのだと思うが、買った地図には、この道路が無かった。そんな違いは、些細なことなのだろう。

モーリシャス航空のビジネスラウンジ。

 モーリシャスに来て初めて、ここの従業員は感じが悪いな、と思った。なんだか、威張っている。不思議だ。通常のビジネスラウンジにいる従業員は、総じてニコヤカで親切なのだが。この職業そのものが特権階級的なのかもしれない。

 無線LANなし。電話回線なし。電源もほとんど無し。パソコンが2台あったが、空いている一台は、不調。まあビジネス用としては不合格。まあ、当然か。

 それに対して、ホンコン・キャセイパシフィック航空のビジネス用ラウンジのインターネット設備は完璧。過去最良の通信環境。無線LANあり、有線LANも使用可能。電話回線も、イギリス式のプラグのようだが、使えそうな感じ。キャセイに比べると、JAL、ANAが運営する成田第二ターミナルのインターネット接続設備はお粗末の極みである。多少恥ずかしい状況のように思う。善処されることを期待したい。

ホンコンで買い物

 乗り継ぎに時間が有ったもので、思わず買い物をしてしまった。2台目のGSM仕様の携帯電話。ソニーエリクソン製のJ200iというモデル。16500円だった。何の機能もない単なる電話ではあるが、その国用のプリペイドSIMを買えば、どこでも使えるだろう。2台あれば、複数のメンバーで出張するときには、便利だろう。