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  地球での水銀の循環 
    04.25.2015
 水俣条約の基礎的情報 




 このところ、エネルギー話ばかりでした。これまでエネルギー分野では外野に居た人間にとって、関係する新しい知識を獲得すること必須であり、その勉強のプロセスを記事にまとめてきたことがその理由でした。

 しかし、今回は、久し振りに環境話を取り上げます。ちょっと、エネルギー話も政治判断が主な課題になって、一段落しそうな気配になってきたからです。

 ところで、水俣条約のことを、皆様はご存知だと思います。なんといっても、水俣という場で最終的な合意に至った水銀の利用を制限する国際条約で、これ以上の水銀を新たに採掘することを止め、地球上で循環している水銀の量を抑えることが目的の条約です。

 このような対策が必要である理由は、天然起源の水銀よりも、人為的に循環している水銀の量の方が多い場合でして、もしも天然起源で循環している水銀が、人為的使用量よりも遥かに多い場合には、対策をいくらやっても無意味なのです。水俣条約は、果たして、意味があるのでしょうか。

 このような問題について、水銀条約のためにUNEPがまとめた水銀の循環量のデータが公表されて、これまで個人的に参考にしてきた水銀循環量のデータが、全く荒唐無稽なものだったのかなあ、と判断を下さなければならない事態になってしまいました。なぜでしょう。これが、今回の話題です。



C先生:まずは、しばらく前までこれが正しいと思っていた、という図を示すことから始めることにしよう。
 次の図1がそれで、数年前まで国立水俣病総合研究センターのWebサイトに掲載されていたものだ。


図1 水銀の循環量 国立水俣病総合センターのHPに数年前までアップされていた図。


A君:それに対して、UNEPがまとめた地球レベルの水銀の循環の量を示す図が、次の図2。


図2 現時点で国立水俣病総合センターのHPにアップされているUNEPが出した図。

B君:これら2枚の図を比較してみると、UNEPの図は、フローだけが記述されていて、ストックの量が分からない。実は、ストックが分からないと、現時点での人為起源による、といっても具体的には、水銀鉱山から掘り出した水銀で、今後、どのぐらい魚や動物などが汚染される可能性が高いのか、それが分からないので、ストック量は書き込むべきかと思う。

A君:了解。フロー量の検討はしてみる必要があるでしょうね。

B君:フローの量で、もっとも大きく異なるのが、火山からの水銀の放出量なのだ。この数値を確認しないと、どうも先に進めないように思う。これが雨・霧などによる地上への沈着量を決めているようにも思えるので。

A君:了解。何か論文があるかどうか、ネットを検索してみましょう。



A君:ストック量・フローの量の論文は、かなり総説的な論文がありましたので、検討してみます。
MONITORING AND MODELLING OF LEAD, CADMIUM AND MERCURY TRANSBOUNDARY TRANSPORT IN THE ATMOSPHERE OF EUROPE 1.1 Natural Sources p8
http://www.msceast.org/reports/3_1999.pdf
 EMEPセンターとは、The European Monitoring and Evaluation Programmeのこと。

表1 鉛、カドミ、水銀の排出量

A君:上のようなテーブル(by J.Nriagy[1989])が出ているのですが、これだと2.5kt/yrというフロー量だとなっていますが、実は、歴史的にかなり相違があるようです。I.Thornton[1995] という人は、18kt/yrという数字をだしていますし、P.Rasmussen[1994]は、35kt/yrだと主張しているようです。さらに、Geological Survey of Canada[1995]によれば、水銀の自然からのフローは、100kt/yrとなっているそうです。

B君:なんと40倍も違うのだ。図1だと、1万5000tonが火山から、その他を足すと、合計3万8000ton/年ということになって、Rasmussenの値とほぼ一致している。

A君:ストック量という表現ではなくて、どうも、Budgetという言葉で表現されているようです。水銀の大気中の平均濃度がかなりキレイなところで1.4〜1.6ng/立米だということが分かっているようで、それに、大気の厚みとして4000mを使って計算し、さらに、出入りを別途考えているという表が次のものみたいです。



表2 水銀のEMEP領域の大気の出入り

A君:ヨーロッパ地域だけで、8600〜9777トン/年ぐらいの出入りがあるというテーブルのようですね。

B君:先進国における水銀の出入りは多いとして、やはり全世界で3万トン近い量が大気に出入りしているという推定ができるのではないか。

A君:となるとこの循環量に対して、人為的な増分がどのぐらいあるか、ということが重要ですね。その増分がどのぐらいか、と言えば、UNEPの図2で明らかなように、2000tonが新規流入になる。ということは、15年ぐらい時間が経過すると、水銀バジェットが3万トンから6万トンに増加するかもしれないということを意味するのかも知れないのです。

B君:そういう理解で良いのか。余り自信はないが。どこかに、水銀の蓄積量が増えているといったデータは無いのだろうか。

A君:あります。
TECHNICAL BACKGROUND REPORT FOR THE GLOBAL MERCURY ASSESSMENT 2013
http://www.amap.no/documents/doc/Technical-Background-Report-for-the-Global-Mercury-Assessment-2013/848
というレポートに二種類載っています。ところで、AMAPとは、Arctic Monitoring and Assessment Programmeの略称です。

B君:そうか、水銀は蒸発するので、農薬のDDTと同じように、北極の濃度が徐々に上昇するということか。

A君:そうなんですが、以下の2枚の図は、直接は関係ありません。
 まず、いわゆるアイスコアの解析によって得た、氷床中での水銀の濃度の年代による変化です。この氷床の解析は、Wyoming州のものが使われました。

図3 氷床中の水銀濃度の年代依存


B君:なるほど。面白いのは、Tambora山、Krakatau山、St.Helens山の3つの火山の爆発で、かなり大量の水銀が放出されていることがデータ上でも証明できていること。

A君:Tambora山はインドネシア。大噴火による死者は1万人にのぼり、その後の飢饉、疫病によるものも含めれば5万人から9万人といわれています。

B君:Krakatau山の大噴火もインドネシア。「噴火により発生した津波が周辺の島を洗い流し、航海中の船を激しく揺さ振った。死者は36,417人に及び、2004年にスマトラ島沖地震が起こるまではインド洋における最大の津波災害であった。地質学史上、第5番目の爆発規模と考えられている」とのこと。

A君:もう一つが、米国のSt.Helens山。

B君:この噴火で、200軒の建物と47本の橋が消失し、57人の命が奪われた。鉄道は24km、高速道路は300kmにわたって破壊された。さらにセント・ヘレンズ山の山頂部分は大規模な山体崩壊によって直径1.5kmにわたる蹄鉄型の火口が出現し、山の標高は2,950mから2,550mに減少した。この噴火はハザードマップをうまく活用して立入制限を行い、人的被害を小さなものにとどめることができた例としてよく知られている。

A君:火山以外で水銀の放出が顕著だったのが、カリフォルニア州など西部を中心として行われていたゴールドラッシュで、その影響も極めて明確に見て取れること。

B君:といってもお分かりではない読者もいると思うので、念のため。その頃の金の採取は、細かい金が含まれている泥を水銀で処理すると、金が水銀に溶け込んでアマルガムになる。これを加熱して水銀分を蒸発させると、金が残るという手法で分離していた。

A君:現時点でも、この方法は使われていて、それが、人力小規模金採掘(ASGM)と呼ばれるもので、この方法による水銀の放出量がバカにならないのも、水俣条約が急がれた理由の一つです。

B君:そして、もう1枚の図がこれ。人間の歯、イルカの歯、北極グマの毛、などなどのサンプル中の水銀の量の推移。1850年ぐらいからの上昇が顕著で、10倍ぐらいになっている。この水銀濃度の上昇が、将来このまま進行したら、何かまずいことが起きるだろう、ということが予測できる。


図4 生物の試料中の水銀量の推移 

A君:確かに、このような上昇では何か起きると考えるべきでしょう。このデータが、ある意味で非常に大きな説得力を持っていた。水銀の循環がどうのこうのというよりも、水銀が生物の骨や羽に蓄積されている。

B君:この図を見せられてしまうと、水銀の循環がどうのこうのという議論が無用の長物だということになってしまう。

A君:しかし、図1などを見ると、水銀の自然循環量というものは、かなり多いので、人工的な循環を止めようとしても、ある程度の量は、回ってしまうようにも見えますね。

B君:多分、それはそれとして正しいのだろう。しかし、人工的な循環を止めないと健康に関わる問題は解決しないというなんらかのメカニズムが存在していて、これまでのデータでは、それは分からないということなのではないだろうか。

A君:まず、データを見ると、推理はこんな風になります。海底火山を含めて火山からの排出量は結構大きいようだ。しかし、火山の影響の方は記録に残っているけれど、定常的に放出しているであろう海底火山の方の影響は、バックグラウンドにわずかに入っているのだろうけれど、ほとんど見えない。すなわち、何か理由がありそうですね。

B君:それは、海底火山の場合には、水銀の放出が化合物としてなされているという可能性が高い。化合物としてもっとも疑われるのは、硫化水銀。正確には硫化第二水銀。HgS、別名辰砂だ。この物質の水への溶解度はかなり低いので。

A君:古来、丹(に)と呼ばれた物質ですね。調べると、溶解度がなんと3×10^−54。ほとんど溶けないですね。しかし、辰砂を空気中で400〜600℃に加熱すると、水銀蒸気と二酸化イオウが生じます。

B君:だから、火山の爆発のときの温度がもっとも問題になって、大爆発であれば、当然温度が高く、そのために、辰砂が分解して生成した金属水銀が放出される。海底火山の場合には、水があるから、温度も上昇しないので、辰砂は辰砂のまま存在して、金属水銀はできない。

A君:それに対して、一旦金属状の水銀にしてしまうと、蒸気圧が高いこともあって、放出される可能性が非常に上がる。

B君:図3に、ゴールドラッシュの影響が見られるのがその証拠で、金属水銀を使って、金アマルガムを作って、加熱して水銀を飛ばすのだが、当然、金属水銀が蒸発している。

A君:ということで、ほぼ謎が溶けて、金属水銀をできるだけ作らないことが、水銀の循環量を下げて、結果的に水銀の毒性による問題を解決する方法だということになる。さらに、金属水銀が海底に存在すると、塩素の存在も一つの要素だけれど、微生物などによって、メチル水銀なども作られると考えるべきということですか。

C先生:ということで、金属水銀を主として規制する水銀条約ができた訳だ。本当にそんな考え方で規制対象が決められているかを簡単にまとめて欲しい。

A君:了解。
(1)産出
 鉱山からの水銀の産出について、新規鉱山開発は各締約国での条約発効後に禁止。既存の鉱山からの産出は各締約国での条約発効から15年以内に禁止。

A君:金属水銀を得るために、鉱石として非常に安定な辰砂を掘り出すことなのですから、まあ当然でしょう。

(2)貿易
 水銀の貿易について、水銀の輸出は、1)条約上で認められた用途、2)環境上適正な保管(第10条)に限定。

B君:これは金属水銀だけが対象。

(3)水銀を含む製品の製造
 電池、スイッチ・リレー、一定含有量以上の一般照明用蛍光ランプ、石鹸、化粧品、殺虫剤、血圧計、体温計などの水銀含有製品(附属書A、一部例外あり)について、2020年までに製造、輸出、輸入を原則禁止。
 禁止された水銀含有製品の製品中への組み込みの抑制、水銀を利用した新製品の製造・販売の抑制、

A君:石鹸とか化粧品、殺虫剤は、金属水銀ではなく、水銀化合物ですね。すでに禁止されていて、どのような化合物だったのか、不明。農薬については、種子消毒剤や土壌殺菌剤用だったようですが、1973年に禁止になっています。

(4)歯科用アマルガム
 使用等を削減。

B君:歯科用のアマルガムは合金と言えるもの。現在でも、虫歯の詰め物として使われている。日本ではほとんど使用されなくなっているのが、途上国での使用は削減を目指す。

(5)対象製品のリスト
 ・電池※
 ・スイッチ及びリレー※
 ・一定含有量以上の一般照明用蛍光ランプ※
 ・一般照明用高圧水銀ランプ
 ・液晶ディスプレイ用の冷陰極蛍光ランプや外部電極蛍光ランプ※
 ・石鹸及び化粧品※
 ・農薬、殺虫剤及び局所消毒剤
 ・非電化の計測機器(気圧計、湿度計、圧力計、体温計、血圧計)※ (※一部を除く)

A君:金属水銀がかなりの割合で製品用として使われています。

(6)水銀または水銀化合物を使用する物質の製造
 ○ 塩素アルカリ工業及びアセトアルデヒド製造施設を対象に、製造プロセスにおける水銀の使用を禁止。 (それぞれ2025年、2018年まで。ただし、年限については、国によって必要な場合、最大10年間まで延長可。) ○ 塩化ビニルモノマー、ポリウレタンなどの製造プロセスでの水銀使用を削減。

A君:金属水銀が主。塩化ビニルモノマーの製造には、1960年代までは、塩化水銀が使われていた。

(7)人力小規模金採掘
 ○ 使用・環境中への放出を削減、可能であれば廃絶のため行動。
 ○ 国内のASGMがわずかでない(more than insignificant)と判断する締約国は、国家行動計画を策定・実施するとともに、3年ごとにレビューを実施。
人力小規模金採掘(ASGM)(7条)
 ○ 国家行動計画に含まれるべき事項(附属書C)
 ・目的と削減目標
 ・廃絶に向けた行動
 ・基礎(ベースライン)となる水銀の使用量の推計値
 ・排出削減や貿易管理、高感受性集団の保護などのための方策

B君:この用途は完全に金属水銀なので、これを止めることが水俣条約の最大の目的。

(7)大気への排出
 ○ 石炭火力発電所、石炭焚産業用ボイラー、非鉄金属精錬施設、廃棄物焼却施設、セメント生産施設(附属書D)を対象に、排出削減対策を実施。
 ○ 新設施設:各締約国での条約発効から5年以内にBAT(利用可能な最良の技術)/BEP(環境のための最良の慣行)を義務付け。
 ○ 既存施設:各締約国での条約発効から10年以内に@排出管理目標、A排出限度値、BBAT/BEP、C水銀の排出管理に効果のある複数汚染物質管理戦略、D代替的措置から1つ以上を実施。
 ○ 各国が自国内の対象排出源の排出インベントリを作成。
 ○ COPで、BAT/BEP等に関するガイダンスを採択。

A君:石炭火力から出される水銀は、やはり金属水銀だと思われます。勿論、蒸気状態ですが。加えて、多少の酸化水銀でしょう。

(8)水・土壌への放出
 ○ 本条は他の条項で対処されていない放出源が対象。
 ○ 各国が放出削減の対象となる放出源を特定。
 ○ 新規・既存施設とも、@放出限度値、ABAT/BEP、B水銀の放出管理に効果のある複数汚染物質管理戦略、C代替的措置から1つ以上を実施。
 ○ 各国が自国内の対象放出源の放出インベントリを作成。

B君:これは、どのような水銀の形態を考えているのか不明。

(9)暫定的保管、水銀廃棄物、汚染地(10〜12条)
 ○ 水銀・水銀化合物の暫定的保管は、COPで作成されるガイドライン等に従って、環境上適正に実施。
 ○ 水銀廃棄物は、バーゼル条約に基づくガイドラインを考慮し、またCOPが定める必須条件に基づいて、環境上適正に管理。
 ○ 汚染サイトは、COPで策定されるガイダンスに基づいて管理。締約国は汚染サイトの同定と評価のための戦略の構築に努める。

A君:これも形態は不明ですか。

(10)資金・技術支援
 ○ 条約のもとで資金支援を行うための制度(資金メカニズム)を設置。
 ○ GEF(地球環境ファシリティ)信託基金を主たる資金メカニズムに,技術支援・能力開発を支える国際プログラムを補完的なメカニズムに位置付け。
 ○ 途上国、特に後発開発途上国や小島嶼開発途上国に対する能力強化、技術支援、技術移転を実施。

B君:以上を見ると、大体、金属水銀の使用を禁止する方向になっていることで、まあ、我々の考察は正しそうな気がするね。

A君:最後に水俣条約の実行すべき項目をまとめます。
 水銀を新たに採掘することは止める。使った製品を減らし、水銀そのものの貿易も止める。水銀を使った製品も2020年までに廃止。歯科用のアマルガムも使用量を削減。石炭を使った火力発電、セメント製造などからの排出量を削減。人力小規模金採掘での使用を可能なら廃絶。などなど、ほぼ全面的に規制をするものの、かなりゆっくりと使用制限を使用とするものなので、途上国などもそれほど大反対をしているという状況ではないようです。

C先生:もともと元素なので、地球の構成物である以上、化合物と違って、全くゼロにすることは不可能なのだ。現時点までの被害は、水俣病のようなメチル水銀による被害が主なものではあるけれど、人力小規模金採掘のような行為が継続すれば、途上国における人的被害がでそうなレベルになってきている。ということで、経済面への影響が全くないという訳ではないけれど、そろそろ規制を掛けるのが正解だと思う。蛍光灯用の用途は、二酸化炭素排出量削減にも悪影響があるという時代が続いたけれど、先進国は、LED化に進み始めているので、それほど大きな問題にはならないだろう。これまで、水銀は有価物として取引されてきたが、今後、そうはいかない。備蓄には継続的に費用が掛かるので、最良の方法は、辰砂に戻して、安定な地層、すなわち、元の鉱山に埋めることなのだろう。