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  メタミドホス入りギョーザ 02.03.2008
     



 とんでもないことが起きた。中国産の食品で、とうとう急性中毒が起きた。日本の商社などが関与している食品であれば、若干の残留農薬ぐらいは見つかるだろうが、だからといって、急性中毒が起きることはまず有り得ないと思っていた。
 今回の事件の実像は当分見えないと思うが、メタミドホスという物質の毒性を中心に据えた考察で分かることは何か、これを検討してみたい。


追加と修正: ARfD(Accute Reference Dose) について。 02.11.2008


C先生:中国に行くと、帰国後、よく中国の食べ物を食べて平気ですね、と聞かれる。少なくともまあまあの値段のレストランで食事をしていれば、命に係わるような急性中毒になる確率は極めて低い。慢性毒性であれば、余り気にするようなものでもない。

A君:まずは、メタミドホスという農薬の記述から行きます。

化学式:C2-H8-N-O2-P-S
分子量:141.1
融点44.9℃の固体
log Kow=-0.8 20℃
水溶性あり


B君:人体影響
 有機リン系の農薬なので、神経障害がでる。神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素=アセチルコリンエステラーゼの働きを抑えるため、神経が常時、興奮状態になって情報伝達が行われなくなる。
 以下の文献などについてのさらに詳しい情報は、
http://toxnet.nlm.nih.gov/ 
にあるHSDBで、methamidophosを検索して下さい。

文献1(USEPA、2000年)メタミドホスの濃度で、0.02mg/kg/dayの摂取量を16日間継続した場合などで影響が見られた。

文献2(単行本Clinical Toxicology of Commercial Products. 5th ed. Baltimore、1984年)メタミドホスを256mg/dayを5日間投与しても、特段の症状はでなかった。

文献3(J Toxicol Clin Toxicol 39 (4): 333-6 (2001) )、サツマイモで255ppm、赤キャベツで26.3ppmなどで毒性症状が出た


A君:動物実験

文献4(多数)半数致死量は、口から摂取した場合には、マウス、ラット、ウサギなどで、10〜25mg/kg。 ニワトリは多少強い。

B君:農薬の場合、一日許容摂取量をADIという数値で示す。Acceptable Daily Intakeの略。この値以下であれば、毎日毎日摂取しても発ガンなどの影響もでなければ、また、気分が悪くなるようなこともない、という値である。メタミドホスのADIは、0.004mg/kg/day。すなわち、1日に体重1kgあたり、0.004mgまでは大丈夫。体重50kgなら、0.2mgまでは、毎日毎日一生摂取しても大丈夫。

A君:ADIを算出するときには、上述のような文献値とか、動物実験などの結果から、無作用量というものを出して、それに、安全係数100程度を考慮している。それにしても、文献2の256mg/dayという値は大きい。

C先生:日本における農薬などのADIのデータベースは、まだテスト版だが次のサイトで提供されている。
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/pest_res/index.html
物質名などを入力すると、情報が得られる。メタミドホスの場合には、こんな情報が出る。



表1:メタミドホスのADI情報

B君:次は、残留農薬の国際的規制値に関する情報。
http://www.codexalimentarius.net/mrls/pestdes/jsp/pest_q-e.jsp
に 農薬として、methamidophos を入力し、対象をallを選択して検索する。

次の表のようなデータが得られる。数値は、mg/kgすなわちppmである。



表2: メタミドホスの残留基準


C先生:もっとも大量に食べそうなのは、キャベツか。0.5ppmが規制値。100g食べたとしても、0.05mg程度の摂取量。最低でも、安全係数は10以上、すなわち、0.5mgぐらいを摂取しても何の被害もでないということになっているはずだ。なぜなら、食品の場合、キャベツばかり何日間も連続して食べることは無いので、それを前提として基準を決めなければ意味は無い。

A君:上述の文献1によれば体重50kgの人だったとすると、毎日1mg/dayという摂取量で16日間連続で問題は無い、ということですから、まあ、大体合っているように見えますね。

B君:文献2の256mgは、それに数値だけで比較すると、異常に大きい。しかし、これは急性中毒を見ていると考えれば、それほどおかしくも無いのだろうか。しかも、このデータも5日間は連続して投与しているのだけど。

A君:すでに残留農薬で被害が出ているケースが文献3で、赤キャベツ26.3ppmで被害がでたとのこと。100g食べたとすると、2.6mgを摂取したことになる。これだと、なんらかの影響は見られるということでしょうか。大体、文献2を除くと整合性が取れているように見えますよ。

B君:サツマイモをどうやって食べたかだけど、もしもゆでたとすると、水溶性のために、溶け出した。10%ぐらいが残ったとすると、大体辻褄が合う。

C先生:残留農薬の場合でも、その野菜に均一に残留しているということは考えられない。しかし、分析は、ある部分を取り出して試料にしているだろうから、分析値はもっとも濃いところの分析値とは限らない。むしろ低めに出ていると考えるべきではないか。となると、大体2〜5mgを摂取すると、なんらかの症状が出て、今回のケースのようにひどい症状がでたのは、最低でもその数倍、20mgぐらいは摂取したのでは、と推測できる。

A君:餃子を1/3個食べたぐらいで、相当の症状が出たとの記事もある。これを濃度に換算すると、餃子1個が20g。皮が8g、中味が12gとして、豚肉とキャベツが1:2、それに10%ぐらいの調味料と薬味。となると、キャベツは8g。そして、1/3個分だとすると、2.5から3g。このキャベツに20mgのメタミドホスが残留していたとすると、6000〜7000ppmになる。これは有り得ないような高い数値だ(本日の朝刊によれば、問題の餃子1個は20g以下のようだ)。

B君:報道では、分析データも発表になっていて、餃子中のメタミドホスが130ppmだということ。これまた分析というものの限界で、濃度が低めに出たのでは。

A君:今回の分析の場合、サンプリング量は0.3gらしい。たまたま低い部分を分析したと考えるべきなのではないでしょうか。

C先生:ということは、パッケージの中に、濃いところと薄いところがあったことを意味するのだろうか。水溶性の農薬なので、キャベツと混ぜたり練ったりして、さらに蒸してから冷凍するのだろうから、例え、いくつかのキャベツに相当量のメタミドホスが残留していたとしても、かなり均一になることが考えられる。となると、餃子の中味、すなわち、キャベツとか肉とか、あるいは皮の製造工程ではなくて、その後の工程、あるいは、包装工程でメタミドホスがなんらかの形で混ぜられたという可能性が高いのではないだろうか。

A君:水溶液を注射器などで注入したとしたら、数個には付着したが、残りのものには、ほとんど付着していなかった可能性もある。高砂の餃子の包装には、小さな穴が開いていたようだ。

B君:どちらのケースだったか、不確実なのだが、どうも2回に分けて食べたが、最初に息子が5個食べたときには、大丈夫で、残りを家族で食べたら中毒したという報道もあった。となると、やはり、同じパッケージの中の餃子にも、高濃度なものと、ほとんど汚染されていないものが混在していたと考えるのが妥当。

C先生:メタミドホスの急性毒性、規制値、これまでの残留農薬の事例などを考慮すると、今回の事件は、考えられないぐらい高い濃度のメタミドホスを含んだ餃子を食べてしまった。しかも、そのような餃子は、同日に生産された餃子の中に100個程度しかなかった、ということを意味するのではないか。しかし、それは怖い話だ。色々と考察すると、今回の中毒事件には、なんらかの「意図」が働いていたということを意味する

A君:ただし、千葉の2件の中毒事故の場合には、袋に穴が無かった。千葉のケースでは、包装に付着していた皮からメタミドホスが検出されている。となると、先ほどの考察から打ち粉にメタミドホスが混入していた可能性が高いことになる。打ち粉に、誰かが、メタミドホスを混ぜたという可能性が高いのではないだろうか。

B君:中国側は、日本での流通過程で誰かがなんらかの「意図」をもって妨害行動を行ったという疑いを持っているようだが、千葉県と高砂市の2つの製品は違うものであって、流通経路も全く異なったものとのこと。

A君:日本側は、中国側の製造過程のどこかで、意図的にメタミドホスが混入されたと考え始めていますね。

C先生:この中毒事故だが、結局、原因不明ということになりそうな気がする。不注意とかいったことが原因であれば、解明が可能だと思われるが、なんらかの「意図」があったとすると、証拠隠滅が図られているだろうし。

A君:製造をした天洋食品では、餃子の製造ラインの従業員14名が突然解雇されているというけれど、なんらかのトラブルが労使関係にあったという可能性は否定できないのでは。

B君:中国の工場側や食品製造を監督している部署などは、中国側に責任は無いと言い張っている。しかし、警察は、「意図」的な混入を見込んだ捜査を行っているようにも見える。

C先生:まあ、現時点で言えることは、こんなところまでだろう。

A君:今、テレビで、包装の表面がベタベタしているということで返品になった餃子の包装の表面からメタミドホスが検出された、というニュースが放送されました。

B君:なるほど、高砂市の製品と同じもののようだ。こちらの場合と、千葉のケースで、メカニズムが相当違うのだろうか。

C先生:ますますナゾが深まったようだ。高砂のケースは、何か分かるかもしれないが。



C先生:さて、ここから先は付録。今回、新聞がメタミドホスの毒性について、どのような報道をしたか、それを検証してみよう。

A君:了解。まずは、最初に新聞に記事が掲載された1月31日の朝刊から。

その1:1月31日日経朝刊の社会面に出ていた数値

*大野泰雄・国立医薬品食品衛生研究所副所長は、
「動物実験の結果から考えて、人でも体重1キロ当たり257ミリグラムのメタミドホスを摂取すると急性中毒の症状がでる。農作物が収穫できるくらいに育っていれば、人が食中毒を起こすような濃度の農薬が残留することは有り得ない。製造工程で混入したか、意図的に混入された可能性が高い
」とみる。

B君:誤り探し。体重1キロあたりが間違っている。体重50kgとすると、12gぐらいになるが、これは致死量を超している(?)。また、257ミリグラムというものも面白くて、多分、文献2の256ミリグラムを超えた数値を記者が使ったのではないか。ADIであれば、精度は1桁しか無いので。

その2:1月31日朝日朝刊社会面

*厚生労働省藤崎清道食品安全部長「通常の残留農薬では考えにくい急性症状がでている。発生件数が限られていることなどから、野菜などの生産段階で使用された農薬が中毒の原因となった可能性は低い」


A君:極めて正しい見解のようだ。

その3:上記記事の続き
*東京聖栄大学食品学科、真木俊夫准教授、「食品を通した有機リン系毒物による健康被害はきわめてまれ。ギョーザであれば、加熱により有害物質はある程度、分解されたはず。それでも重体者がでたことから、相当高濃度だったことが考えられる」


B君:中国やシンガポールなどで、食品中のメタミドホスによる中毒症状が出ているとされているが、それはきわめてまれだと言えるのか。

その4:農林水産省農薬対策室、「農薬の国際的な安全性評価では、メタミドホスを一度に摂取した場合に健康に大きな影響を与えないとされる上限は、体重1キロ当たり0.01ミリグラム。体重60キロの人間だと0.6ミリグラムとなる」

A君:ADIが改正されているのだろうか。それとも、クロルピリホスの0.01mg/kg/dayと混同したのか。しかも、ADIならば、一生食べ続ける話で、「一度」に、という話ではない。記者の聞き違いという可能性が相当高いように思う

修正・追加:これは、ARfD(Accute Reference Dose)のデータを参照された居ることが判明。訂正・陳謝。

B君:読売新聞の1月31日朝刊には、メタミドホスの毒性に関する数値情報が掲載されていないようだ。

A君:それ以後の毒性情報。余り出てこないのですが、
2月1日:朝日新聞朝刊社会面、
財団法人日本中毒情報センター理事、内藤裕史氏、
「体重10キロの幼児なら0.3ミリグラムという数滴にも満たない微量で中毒を起こす。ただ、大人が急性毒性を起こすには、常識では考えられない量の野菜を一度に食べることになる」


2月2日:朝日新聞朝刊社会面
記事「検出された130ppmは、餃子1個に1.82ミリグラムのメタミドホスが含まれる計算。急性症状の国際基準では、体重50キロの大人の場合、一度に3分の1個以上食べると、中毒症状を起こす恐れがあるレベルだった」。

B君:これらの記述の根拠は? ADI基準で行くと、0.004mg/kg/dayだとして、体重10kgなら0.04mg。0.3mgで中毒を起こすことは、絶対に無いとも言えないだろうが、まずない(幼児だということは除外して)。ADIの基準を超したからといって、急性の中毒症状を見せるというのが、ADIの意味ではない。一生食べ続けても、問題が無いという数値であって、一般には、100倍程度の余裕を見ている。
 朝日の場合、体重50kgとなると、0.2mgがADI。すなわちこんなメタミドホスを含む餃子でも1/10個ぐらいなら、一生食べ続けても大丈夫。その3倍で急性中毒が起きるか? 

C先生:いずれにしても、毒性というものに対する新聞記者の知識の無さを曝露していると言えるのではないか。このような記者が記事を書くと、どうしても、消費者を脅かす方向にトーンがずれ込むことが多い。

A君:こんな事件が起きたときに、新聞記者は、「いわゆる専門家」に話を聞くというメンタリティーが先走って、自分で調べようという話にはならない。

B君:もっと元データに当たるノウハウを共有して、また、同僚と議論をすることなどを通して、もっと、的確な記事が書けるように努力して欲しい。

C先生:専門外のデータベースにアクセスしてデータを獲得し、それをどのように解釈するか、そんな教育を記者に対してシステマティックに行う時代が来たのではないだろうか。いくつも必要な知識があるだろうが、その典型が、化学物質の毒性だ。農薬だけでなく、事故などがあったときに、的確な記事を書くことができるように。


ARfDについて。 Accute Reference Dose。
この値以下であれば、急性中毒を起こす可能性が無いと判断される数量。

http://www.who.int/ipcs/food/jmpr/arfd/en/index.html
FAOとWHOが合同で決めた農薬の急性中毒に関する安全情報の値。しかし、具体的な数値のデータベースが見つからないのでご存知の方は、お知らせ下さい。