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  中期目標を選択するリスク観とべき論     05.24.2009
     



 最近、新聞記事・テレビなどでかなり話題になっているのが、日本が6月中に発表することになっている中期目標である。具体的には、1990年比で、温室効果ガスの排出を何%削減するか、である。

 現在、元日銀総裁の福井氏を座長とする懇談会
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/index.html
がいくつかの案を作った。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/dai07tyuuki/siryou1.pdf
現時点での支持の分布は、

1.+4%シナリオ 経団連、勝俣東電会長、三村新日鉄会長
2.+1〜−5シナリオ 日本商工会議所、
3.−7%シナリオ 経済同友会 
  
寺島実郎日本総研会長(3.か4.)
4.−8〜17%  
薬師寺泰蔵慶大教授
5.−15%シナリオ 斎藤環境大臣?、朝日新聞社説? 
枝広淳子さん、末吉武二郎UNEP顧問、松井三郎京大名誉教授
  
山本良一東大教授(5.か6.)
6.−25%シナリオ NPOなど


なお、赤字は、5月24日開催の懇談会の委員の意見(読売新聞による)

 本来は、どのような削減の枠組み、例えば、技術移転による貢献をどのようにカウントするか、といった詳細が決まってからでないと議論ができない数値である。

 未来のことを表現するには、なんらかの数値モデルが必要である。今回様々なモデルによる解析結果が提出されたのだが、その精度などはかなり分かりにくい。この検討は、今後の課題にしたい。



C先生:シナリオのもう少々詳しい説明を。

A君:この2ページのまとめが簡単です。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/dai07tyuuki/siryou1_honbun.pdf
シナリオ1(+4%):既存技術の延長線上で機器などの効率改善に努力し、耐用年数の時点でその機器に入れ替え
シナリオ2(+1〜−5%):先進国全体−25%限界削減費用均等。
シナリオ3(−7%):規制を一部行い、新規導入の機器などを最先端のものに入れ替え
シナリオ4(−8〜17%):先進国全体−25%。GDP当たり対策費用均等。
シナリオ5(−15%):規制に加えて導入の義務づけを行い、新規導入の機器等を最先端に入れ替え。更新時前に既存の機器なども一定割合を最先端に入れ替え。
シナリオ6:(−25%)新規・既存のほぼすべての機器などを義務づけにより最先端に入れ替え。また、炭素価格付けの政策により活動量が低下。


B君:想定される副作用も。
シナリオ1(+4%):基準ケース。
シナリオ2(+1〜−5%):未解析
シナリオ3(−7%):GDP0.5〜0.6%押し下げ。失業率0.2〜0.3%増
シナリオ4(−8〜17%):未解析
シナリオ5(−15%):GDP0.8〜2.1%押し下げ。失業率0.5〜0.8%増
シナリオ6(−25%):GDP3.2〜6.0%押し下げ。失業率1.3〜1.9%増

C先生:GDPの計算には、様々な要素があるので、直接比較するのは難しいという感覚だが。

A君:多分そうでしょうね。基本的に、現在の産業構造を維持しての話ですが、実際、そんなことはあり得ないので。
 考えられていないだろうということとして、例えば、−25%が合意されて、中国、インドなども参加することになれば、化石燃料の使用量が削減されて、原油など化石燃料への需要はそれほど増えない。そのため、価格も抑えられる。途上国の成長には有利か?

B君:それよりも、先進国への途上国からの輸出が減って、世界全体の経済発展が阻害される可能性がある。

C先生:途上国は、そうは思っていないかもしれない。厳しい規制を先進国が合意すれば、その排出量の抑制は、削減コストの安い途上国で実現しようされるので、途上国への援助が増えるとも言える。

A君:援助額が多少増えたところで、ますます先進国の経済が冷えれば、途上国の経済発展は遅くなる。

B君:そのあたりの検討がどこまで行われているのか。今回のモデルでどこまで考えているか分かるのだろうか。

C先生:それは、今後の検討課題にしよう。

A君:技術移転の効果など、どうやって考慮するのか。今回は考慮されていないでしょうね。

B君:日本国内のGDPに対して、技術移転がどのような貢献をするのか、その検討も恐らくなされていない。

C先生:様々な資料があるようだが。

A君:例えば、RITE((財)地球環境産業技術研究機構)は、DNE21+なるモデルを出しています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/dai06tyuuki/siryou2/1_2.pdf
かなり詳細なもので、世界を54の地域に区分しているのですが、少なくとも、技術移転については、記述がないですね。まあ、予想通りですが。

B君:国立環境研のAIM/Enduse[Global]モデル
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/dai06tyuuki/siryou2/2_2.pdf
にも技術移転の記述はない。

C先生:いずれにしても、これらの6種類のシナリオのどれを選択するか、となると、様々な感覚をフルに活用して、意志決定を行うことになるだろう。その感覚をまず探ってみるか。

A君:麻生総理がそうだというつもりはないですが、もしも、個人としてどれが良いかを考えるとき、恐らく、2つの要素を考えますね。一つは、リスク感覚。気候変動というものが、どのぐらいのリスクなのか。あるいは、別にもっとリスクの大きな要素があるのか。

B君:色々なリスク感覚を挙げてみるか。様々なリスク感覚に基づいて、様々な発言が行われている。その発言の本意を解析する場合にも有効だと思う。

あり得るリスク感覚のリスト

(1)気候変動のリスクそのものが最大のリスクである。

(2)石油などの化石燃料の枯渇が最大のリスクである。

(3)エネルギーはできるだけ自給することが本来の国の姿(エネルギー安全保障)であり、それができないことがリスクである。

(3’)化石燃料の購入量が政治的理由によって確保できなくなることが最大のリスクである。

(4)化石燃料の価格が上昇することが最大のリスクである。

(5)京都議定書の未達が国際社会からの信頼を失墜することがリスクである。

(6)進歩的なEUに削減量で遅れることがリスクである。

(7)国際的な枠組みから孤立することがリスクである。

(8)高価な対策が行われることによって、エネルギーの供給などの点でコスト高を招くことがリスクである。

(9)国内のエネルギー供給コストが高くなれば、輸出産業は競争力を失って、海外移転を目指すことになる。国内での雇用が確保できなくなるが、それが最大のリスクである。

(10)日本は国土が狭く、しかもエネルギー資源がない。国境を閉鎖すると、現在の人口を保持することができないことが十分に認識されていないことが最大のリスクである。

(11)日本が、今後、何を輸出し、エネルギー・食料の輸入を可能にするのか。このような産業構造の未来像が無いことが最大のリスクである。

(12)それほど大きなリスクではないものをリスクだと騒ぐこと、それ自身がリスクである。


A君:まあ、こんなものでしょうか。経団連など、+4%シナリオを支持する人々や団体のリスク感覚は、恐らく、(8)と(12)。市民社会に対する説得というか脅迫として、(8’)を使う。

B君:気候関係のNPOは、(1)が最大のリスクであって、その他に(5)、(6)ぐらいだろうか。

A君:同友会は、−7%シナリオを支持しているようですが、それは、(7)、(8’)あたりを考えているのでしょうか。

B君:人ごとながら、もったいない学会は、(2)、(4)か。

C先生:我々は?

A君:個人的には、とりあえずは(3)。長期的には、(1)もあり得るが、それは2050年以降に深刻になるかも。長期的にみると(11)。

B君:個人的には(11)かな。向こう数年、エネルギー価格は上昇するに決まっているが、国際的な競争力という観点からは、それほど大きな問題にはならない。

C先生:(11)が共通のマインドということか。確かに、そうかもしれない。個人的には、ここに無いものかもしれない。それは、この事態をビジネスチャンスと捕らえようという積極的なマインドが無いこと。被害者的な意識で対応すると余り良いことはない。

A君:それでは、「何が重要だから何をすべきだ」と考えて、目標を定めるのか。「....すべき」という形で表現してみました。

(a)2020年までの温室効果ガス削減が重要だから高い目標を掲げるべき。

(b)2050年までの温室効果ガスの半減が重要だから高い目標を掲げるべき。

(c)先進国だけが削減するのでは問題は解決しないが、先進国は責任上削減をすべき。

(d)途上国における削減が重要課題なので、先進国が率先して削減し、途上国を削減の枠組みに招き入れるべき。

(e)日本のようなエネルギー効率の高い国が削減をしようとすると、コスト高になるので、同じ費用を費やすのならば、途上国での削減をすべき。

(f)途上国での削減に協力した場合、どのような排出権が獲得できるのか、枠組みがはっきりしない。枠組みの設定が先にあるべき。

(g)温室効果ガスの削減と化石燃料の使用削減は同じコインの表裏の関係だから、化石燃料の使用削減を目指すべき。

(h)エネルギー安全保障重視の考え方で、エネルギー自給率の向上を目指すべき。

(i)価格変動の大きい石油に過度に依存することが安全保障上問題なので、石油依存率を下げるべき。

(j)自然エネルギーは高価だから、大量導入は難しいので避けるべき。

(k)自然エネルギー大量導入は、電力供給網に悪影響を与えるので、限界を考えるべき。

(l)高価な自然エネルギーでも、エネルギー安全保障を確保するために仕方がないので、積極導入をすべき。

(m)化石燃料の次のエネルギーである原子力への移行を早めるべき。

(n)原子力は、地震などによって現世代へのリスクが大きいので、使うべきでない。

(o)原子力は、使用済み核燃料によって次世代へのリスクを先送りしているので、選択すべきでない。

(p)原子力のリスクは、少なくとも現世代にとってはそれほど心配の無いレベルにすることが可能。次世代へのリスクは、技術が解決するからとりあえず原子力を使うべき。

(q)軽水炉技術はウランの使用効率が低く、資源限界にすぐに直面する。そのため、次世代の原子力である高速増殖炉などの研究開発を進めるべき。

(r)先進国がエネルギー供給量そのものを下げることによって、すべての国際的な問題が解決できるので、省エネ技術を優先すべき。

(s)通常の意味での省エネはすでに限界。全く新しいコンセプトを導入した省エネ技術を開発すべき。

(t)効果的な省エネ技術ではあるが、すでに開発年次が古いものは、途上国への技術移転をすべき。

(u)省エネによって一人あたりのエネルギー使用量を減らして経済成長と両立させた歴史のある国は無いので、やはりエネルギー供給量の増大を優先すべき。

(v)国際交渉を有利に進めるような新しい考え方や枠組みを見いだすべき。

(w)途上国と先進国の取り扱いは、これまで累積で使用した一人あたりのエネルギー消費総量を基準とすべき。

(x)何が平等かを考えると、気候を配慮した調整を行って、一人あたりのエネルギー消費量を基準とした枠組みを考えるべき。

(y)一人あたりにしてもエネルギー消費量を国際的に合意するのは無理なので、やはり、二酸化炭素排出量に限定すべき。

(z)過去の累積エネルギー使用量などは、今後の技術の進歩を考えれば、意味がないので、無視すべき。

 こんな考え方があり得るのではないか、と思われる。もちろん、ここで掲げたものがすべてをカバーしている訳ではない。

C先生:ここに挙げた「...すべき」とは全く逆の表現もあり得る。例えば、(a)なら、(a’)2020年までの温室効果ガス削減が重要ではないので目標を下げるべき。
 これは、すべての項目について成立するのではないか。

A君:逆の表現が余り意味の無い場合もあるが、基本的にそうなるのでは。

B君:日本経団連あたりが考えていることはどうも、そんなことなのかもしれない。京都議定書は不公平条約だという発言をすると、もっとも受けるという話を聞いたことがある。

A君:1990年を基準年にしたことは、完全にEUにしてやられたということは事実ですよね。英国にしても北海油田が出来て、それまでの石炭主力を天然ガスに切り替えることができた。ドイツにしても、東ドイツを併合したために、エネルギー効率の極めて悪い部分があって、それを多少とも改善すれば良かった。

B君::とはいえ、ドイツの削減努力はかなり本気でやられていたが、これまで日本は国として本気では取り組んでこなかった。

C先生:事業者は自主目標という目標を掲げてやるのが良いという枠組みでやってきた。その結果、鉄鋼業、電力供給業は、相当の排出権を買い取った。

A君:日本のようなエネルギー効率の高い国と、エネルギー効率の悪い国が、CO2削減を同程度やろうとすると、当然、コストが高い。

B君:しかし、京都議定書を不平等条約と言うのであれば、何が平等なのか、といった議論が必要不可欠。

C先生:宇沢公文先生の提案はすごい。「排出権取引はおかしい。平等なのは炭素税だ」、と主張する文章を書いておられた。例えば、アメリカ人の一人当たりの税額は2500ドル、日本人の税額は840ドル、フィリピン人の税額は8ドル、といった数値まで出している。
http://www.gns.ne.jp/eng/g-ken/doukan/agr_460.htm

A君:過去の省エネ努力で評価するのは正しいのかもしれないとは思うものの、本当に寒冷な国と温暖化国で平等なのでしょうか。

B君:それは、なかなか難しい問題だ。ひょっとしたら違うかもしれない。

C先生:本日の議論は、こんなところで止めておくのだ妥当のような気がする。今回2種類のリストを出したが、まだまだ不完全だ。しかし、このようなことについて、個別の議論を十分した上で決めるのが本来の道筋のように思える。

A君:あるものは、技術的な議論によって解決が可能なものもある。

B君:あるものは、それこそ好みとでも言えそうなものもある。

C先生:我々の主張を最後に確認しよう。こちらは合意されていると思うので。

A君:そうです。合意されている。我々は、2050年に地球レベルで温室効果ガス排出半減という昨年のG8サミットの合意を基本として議論をするのが、日本という国として行うべきことだ、という主張ですね。すなわち、(b)が本体。それを推進するのが(d)など途上国での削減を実現するもの。

B君:日本でやったG8サミットの合意を無視して、中期目標を決めたら、それこそ自己矛盾になる。

A君:それに、日本の省エネ技術を技術移転することによって、排出のクレジットを獲得するという国際的な仕組みを提案することが重要。

B君:かなり厳し目に中期目標に決まれば、省エネビジネスが活性化する可能性が強いということも考慮すべきだ。

C先生:となると、個人的な削減シナリオで言えば、シナリオ3の−7%ではやや甘い。シナリオ5の−15%に近いシナリオ4といったところか。
 麻生首相がどれを選択するか。これは予想が難しいが、日本がリードするという立場から、−10〜12%ぐらいになりそうな気がする。