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   「水俣条約」採択の報道 
  10.13.2013
            日本は水銀による被害を克服した




 まずは、10月11日付の読売新聞社説から。

 「公害の原点である水俣病を教訓に、世界的な水銀汚染の広がりを食い止めなければならない。『水銀に関する水俣条約』が約140の国・地域が参加した熊本市での国際会議で採択された。日本政府の提案で、条約名に「水俣」が用いられた。」

 その開会式向けの安倍首相のビデオ・メッセージ(4分4秒)が反響を呼んだ。

 西日本新聞では、「会議の開会式典に寄せたビデオメッセージで安倍晋三首相が『日本は水銀による被害を克服した』という趣旨の発言をしたことが、地元で反発を受けた。水銀が引き起こした水俣病には今でも多くの人が苦しんでいる。」
と報道された。

 どんなビデオ・メッセージだったのだろうか。
そこで、http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg8606.html?c=01にあるビデオを見た。

 安倍首相の演説で「克服」という単語のある部分を書き出してみる。

 「この間、水銀による病に倒れた人々に哀悼の意を捧げ、闘病を続ける方々に心よりのお見舞いを申し上げます」。
 「水俣病の恐ろしさを知り、子供だった私を含め、日本人は衝撃を受けました。それは国民を上げて痛切な反省となり、世代を継ぐ努力を進めます。」
 「今や、日本が用いる水銀の量は、1960年代のわずか0.4%に減りました。経済の規模はこの間にとても大きくなったにもかからわずです。水銀による被害と、その克服を経たわれわれだからこそ、世界から水銀の被害を無くすため、先頭に立って力をつくす責任が、日本にはあるのだと思います。」

 西日本新聞が言う「水銀が引き起こした水俣病には今でも多くの人が苦しんでいる」ことを克服したとは、言っていない。克服したのは、その前の文節を受けているので、水銀の使用量を大幅に減らすことができたことで、その後、「水俣病の再発を防止することができた」ことは事実なので、これに基づいて、「水銀の被害を克服した」、と安倍首相は言いたかったのだろう。

 被害者団体がこの発言に反応したのは、西日本新聞も指摘しているように、水俣病問題の強制的幕引きにつながることへの懸念だったのではないだろうか。

 「幕引き」をどうやるか。これが、日本人にとってもっとも難しいことなのかもしれない。水俣病もすでに何回も「幕引き」が行われているのだが、いつも不完全だった。最近では、政府の責任の限度に関する裁判所の判断も変わってきていて、どちらかと言えば、過去の「幕引き」が不完全だと指摘されて無効化される傾向が強い。

 もっと国民の全員が合意できる、「総意のレベル」での幕引きを完全に行うことが必要なのではないだろうか。

 国際的にみても、現在の「歴史的認識問題」のように、本当の意味での「幕引き」を行うことは極めて難しくなっている。すでに何回も行われた過去の「幕引き」が、政治からの発言によって否定されている。日本人だけでなく、韓国人・中国人にとっても「幕引き」は難しいことなのかもしれない。アジアだけでなく、他の地域でも、シリアの状況などをみると、同じなのかもしれない。

 このような事を言うのも、今後、何年か後に行われるであろう、「福島第一原発事故」の「幕引き」をどのように行うのか。できるだけ完全な幕引きをどうしたら実現できるのか。これをすべての国民が考え始めなければならないと思うからである。



C先生:日本という国は非常に不思議な国なのだ。人類初という悪い事項・パニック状態をこれほど経験してきた国はないだろう。どの時代から議論をするか、それが問題なので、ここでは第二次世界大戦後とする。

A君:リストでも造りますか。大戦後に日本が経験した悪い事項リスト。

1.公害病:水俣病、イタイイタイ病、新潟水俣病、四日市喘息
2.自動車排気ガスとPM問題
3.カネミ油症事件
4.金融バブルとその崩壊
5.ダイオキシン騒ぎ
6.アスベストの被害
7.福島第一原発事故


B君:こうしてみると、幕引きが不完全なのが水俣病。一方、被害者の発生が継続しているけれど、余り大きな問題にならないのがアスベスト被害。ダイオキシンは、社会的な騒ぎは大きかったけれど、焼却炉からの排気ガスの規制強化で幕引きが行われた。

A君:ダイオキシンの健康影響では、塩素座瘡という症状があって、これがでなければ、健康面でも大丈夫だからかもしれません。発がん性があることは、一般社会では余り意識されていないようです。

B君:塩素座瘡とは、ある種の黒いニキビみたいなものなので、それ自身が重大というわけではない。ダイオキシンは発がん物質だとされているので、塩素座瘡が出た人、すなわち、大阪府能勢町の焼却炉解体に従事した人の健康状態は、現在、厳重に監視が行われている。

A君:自動車排気ガスの公害問題も、余り大きな問題になっていないですね。しかし、福島事故の幕引きは、極めて大変な事態になると思いますね。完全な幕引きには、2100年までかかる可能性がありますね。

B君:このような悪い経験をした理由だが、やはり奇跡の経済成長を実現した副作用だったのだろう。恐らく最後の福島も、同じ状況だったと言えると思う。中でも、その最大の例が、1の公害病。原因の多くは1950年代から始まっていて、顕在化するのが1960年代後半。

A君:自動車公害(大気汚染)だけは、かなり後まで尾を引く。本当の解決になったのは、石原都知事がディーゼル規制、特に、黒煙の規制に乗り出してからのように思えますね。

B君:どちらかというと、日本の自動車対策は、他の産業からの排出への対応では窒素酸化物対策が難しかったことを恐らく過大に評価したためか、ディーゼルからの粒子状物質の排出に遅れをとった。

A君:これらのような公害対策の遅れが、他の国に有ったのか、と言われると、まあ、Yesでしょうね。ロンドンのスモッグなどは確かにあった。

B君:EICのWebサイトによれば、以下のようになっている。

 「1952年の12月5日から9日にかけて、英国の首都ロンドンは高気圧のもとで安定な大気条件となり、濃霧に覆われた。そして、大気汚染物質が滞留して呼吸困難、チアノーゼ、発熱などを呈する人が多発し、この期間を含めた数週間の死亡者数は前年度の同時期よりも約4,000人程多かった。死因の大部分は、慢性気管支炎、気管支肺炎、心臓病であり、死亡者の多くは慢性呼吸器疾患を有する高齢者であった。」

 「ロンドンでは、当時、燃料として主に石炭を利用しており、その燃焼によって生じるすすや亜硫酸ガス(二酸化硫黄)などが、ロンドンに特有の冬の気象条件によって地表付近に停滞したことによって発生した。」

 「このようなロンドン型スモッグは、19世紀の半ばころから見られており、約100年の間に、この1952年の事件以外にも主なものだけで10件ほどの大きな事件が起こったことが知られている。」

A君:日本語版Wikipediaでは死者は1万2千人となっているのですが、死亡の直接的原因がスモッグかどうか、ということに関しては、判定が不可能ですから、断定的に記述するのは非常に難しいことです。EICの記述のように、前年同期間の死亡者と比較しなければ、分からない。

B君:最近の中国の大気汚染は、このレベルに近いように思われるのだけれど、死亡者数が正式には報告されない。死亡者がゼロの訳はないけれど、直接的な証明が難しいことに加え、中国という国の特性から、報道が規制されている、と考えるのが妥当なのではないだろうか。

A君:ところで、最近、日本ではPM2.5の害ばかりが報道されるけれど、実際には、ロンドンのように、死亡が多発するとしたら、それはPMではなく、SOxが直接の原因だと考えた方が良いと思います。

B君:SOxであれば、「気管支炎やぜん息の原因になる」とされている。気管支炎であれば、まあ急性疾患なので、呼吸困難になって死亡する可能性がある。ぜん息だと、急性疾患で死亡するとは言えない。

A君:PMの人体影響は、「呼吸器疾患やガンなどと関連がある」といった記述が多いのですが、これだと急性死亡が増えるとはとても思えないのです。

B君:ロンドンのように、その4週間の死亡率が高いということは、やはりSOxが死亡原因だったと考えるべきことになるだろう。

A君:さて、こんな話をしてきたのも、水俣病の原因であるメチル水銀が、どのような症状を引き起こすかが重要だからです。それには、食品安全委員会の小泉直子委員による「委員の視点」という寄稿文があります。
http://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/4gou/4gou_6.pdf

 「メチル水銀は、ほとんど100%腸管から吸収され、腎臓、肝臓、脳などの臓器に蓄積し、その後、尿、糞便、頭髪などから排泄されます。なおメチル水銀は、脳・血液関門や胎盤などのバリアーを通過して、脳や胎児に移行します。」

 「しかし、人体内のメチル水銀は、生物学的半減期が70日と考えられており、いつまでも体内に留まることはなく、一定濃度以下のメチル水銀であれば、毎日摂取しても中毒量に達することはありません。」

 「過去の高濃度暴露事件であるイラクでのメチル水銀中毒では、母親の頭髪中水銀濃度が70ppmを超えると、30%の子供に神経学的異常をきたしたことが報告されています。」

 「日本で発生した新潟の事例では、妊婦の頭髪中水銀濃度が50〜100ppmでも分娩児に異常がなかったとの報告もあります。」

 「近年、妊婦の頭髪中水銀濃度が10〜20ppmでも胎児に影響を与え、出生後の子供の神経発達機能に異常をきたすという報告がされています。」

 「一方、魚を多食する妊婦でも子供には異常をきたさず、むしろ子供の脳の発達に良い影響を与えているという報告もあります。この相反する代表的大規模疫学調査論文は、デンマーク領のフェロー諸島の調査とインド洋にあるセーシェル諸島の調査です。」

B君:そして、水俣病としての認定条件については、このような状況にある。

 「水俣病の認定基準としては、1977年(昭和52年)に環境庁が環境保健部長通知(当時)として示した、「後天性水俣病の判断条件」が唯一のものだった。この基準は「52年判断条件」とも呼ばれ、水俣病と認定されるには、感覚障害や運動失調、視野狭窄、聴力障害などの症状が2つ以上みられることが必要であるとした。このため、認定の範囲を狭くしたとして患者団体や研究者などから批判を浴びた。」

 「国などの行政責任が確定した2004年10月の水俣病関西訴訟最高裁判決で、感覚障害だけの水俣病が認められ、52年判断条件のあり方や医学的な妥当性が問われたが、廃止されることはなかった。その後、政府はできるだけ多くの被害者を救済する方針をとるようになり、2009年には水俣病特別措置法が成立。水俣湾や阿賀野川でメチル水銀に汚染された魚などを多く食べ、手足のしびれなどの症状がある人に対して、一時金や療養費などが支給されることとなった。」

A君:要するに、メチル水銀の人体影響で、なんらかの症状がでている可能性はあっても、「手足のしびれ」といった老化現象としても普通に存在する症状だけだと、環境省は、患者として認定しないのが普通。

B君:さきほど、アスベストの認定が比較的問題がでていないということだけど、これは、アスベストという物質の特性が引き起こす人体影響が限定的だからだろう。

A君:そうでしょう。アスベストに被曝すると、「中皮腫」という特殊ながんと、「肺がん」を発症する。特に、「中皮腫」の原因は、「その60%以上がアスベスト」だろうと言われている。

B君:40%ぐらいは、他の原因の可能性はあるが、まあ、アスベストが原因だと認めてしまうことが不可能ではない。

A君:ところが、「手足のしびれ」は確かに神経系の症状ではあるけれど、メチル水銀との直接的関連性は、余り高くはない。別の原因がいくらでもありうるので。

B君:福島のような低線量の放射線被曝の場合、そのエンドポイントは、白血病とがん。ヨウ素131への被曝については、がんとして「甲状腺がん」が特定されているけれど、「甲状腺がん」は自然発生がかなり多いので、ヨウ素131との関係が1:1ではない。

A君:放射線の場合、あらゆるがんの可能性があるし、場合によっては、心筋梗塞にも放射線の影響があると考えることも不可能ではない。

B君:だから補償をする際に、患者認定が確実に問題になる。

A君:患者認定をすれば、そうなりますが、もともとそれは不可能なのでは。

B君:そうかもしれない。

A君:水俣のケースを考えると、やはり福島原発事故による被害者の補償問題は、今後、非常に複雑怪奇な道を歩むような気がするのです。

B君:いくら準備しても対応不能かもしれないが、複雑なことになるだろう、という覚悟を決めるか、今から、こんなものだという相場観を一般社会に広めることを始めないと、将来が心配。

A君:ここまでの記述では、水俣病の患者認定に関して、十分な情報を得ることが難しいと思います。最善の方法は、次のものを読むことではないですか。
 EICネットにH教授の環境行政時評というものが2010年7月12日まで連載されていました。水俣病関係の法律や裁判などの状況も何回かコメントがされていますので、参考になります。是非、Googleなどで、”H教授 環境行政時評 水俣病”と検索してみて下さい。

B君:その後、大学のサイトで、この時評は継続されていたようだ。それも、EICという公益法人のサイトに、H教授の個人的な政策評価のような記事が乗るのはケシカラン、という民主党政権からの苦情が原因だったようだ。
http://semi.ksc.kwansei.ac.jp/hisano/

A君:2013年3月末をもって、関西学院大学総合政策学部の教授を退任。しかし、年間4回のペースで掲載を継続するような雰囲気でして、2013年夏の記事が掲載されています。

C先生:本題の水俣条約に関しては、何も記述をしなかった。そのうち、全文が日本語で公表されるだろうから、それからでも良いと思う。
 そもそも水俣条約が何を決め、今後何が変わるのか。実は、日本では生産をしていないし、もともと使っている水銀が少ないもので、それほど大きく変わることはない。蛍光灯などからリサイクルした水銀を、どうするか、といった問題が残るぐらいだろうか。
 やはり、水俣病は、日本という国にとって、極めて重要な歴史の一場面だった。国民として、どう対応してきたのか、それで良かったのか、今後、どうするのが正義なのか、など、国民レベルで学び、理解し、対応を考えることが重要だろう。
 ひいては、次に対応を考えなければならないだろう福島事故の健康影響の補償についても、政府や東電に全面的に一任するのでは、うまく行かないかもしれない。国民的議論が必要のように思える。
 国連の報告書がすでに述べているように、通常の健康被害というよりは、むしろ精神的影響が重大なので、これは水俣病よりもさらに難しいことになるだろう。