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      福音派の人々は何を思う   06.09.2019
       「米国の保守派」三井誠氏による新書

               



 ほぼ2年前のことであるが、トランプ大統領は、パリ協定から離脱を発表した(06.02.2017)が、条約の規定上、実際の離脱は2020年11月4日になる。離脱宣言は、共和党の支持者のかなりの割合を占めるキリスト教福音派の環境観を反映したものだとも言えるだろう。
 福音派の考え方を極端に表現すれば、「旧約・新約聖書に書かれていることは、すべて真実であり、記述されていないこと、あるいは、記述に反する科学的な知見は、すべて信じない」、と表現できると思う。しかし、福音派であっても、同時に科学者という人も多数存在しているはずである。しかし、福音派信者としての考え方と、科学者としての科学の真理が、常識的に考えれば、「矛盾するに違いない」はずで、実際、どうやってこの矛盾を克服しているのか、という疑問を持っていた。
 しかし、このような記述をしている書籍・記事・ブログを探しても、どこにも見つからなかった。
 やっと、極めて有用な本が出版されたのだ。読売新聞の記者の三井誠さんとは、どうも8年ほど前に一度お会いしたことがあるようでしたが、タイトルが「ルポ 人は科学が苦手〜アメリカの「科学不信」の現場から〜」という新書を5月に出版され、恵贈していただきました。
 実際に、福音派の科学者を取材して、その本音を聞き出しているところが斬新で、筆者の長年の疑問に答える記述が随所にあったので、まさに感激した次第。「日本人記者で、筆者と同じ疑問をもつ方が居られたことに感謝したい」。これが本音でありました。
 アマゾンのデータを引用します。
ルポ 人は科学が苦手  アメリカ「科学不信」の現場から (光文社新書)
ISBN-10: 4334044107 ISBN-13: 978-4334044107
発売日: 2019/5/21



C先生:この本のお蔭で、米国の科学の理解に対する疑問がある程度解消した。もっとも、なんでそこまで無理な解釈をしているのか、という別の疑問も出てきてしまったが。

A君:ちょっとずつご紹介しますが、まえがきには、ある意味での結論が書かれているので、スキップします。となると、第1章からですが、「自分が思うほど理性的でない私たち」が主題です。そして、最初に紹介されていることが、米国の実情で、やはり、科学への宗教の影響が強い世界唯一の先進国という実態です。そのため、何らかのきっかけで、と言っても米国では、それが宗教なのですが、一度「反科学的」になると、勉強をすればするほど、「自分の心情に合致する内容を選択して勉強をする」ために、どんどんと「反科学的」になるのが現実。日本でも似たような状況があるのですが。

B君:米国では、「地球は平ら」と信じている人がたくさんいると記述されているけど、残念ながら、何%なのかは見つからなかった。

A君:「地球は平ら」だ、と言えば、多くの日本人は笑うけど、実は、日本だって、余り違わない部分がある。それの一つが「極微量の放射線でも有害である」を信じている人の数では、世界でナンバーワンだと思う。その理由は、詳しく議論すると、非常に長くなって大変ですが、「日本が世界唯一の被爆国だから」なのだけど。

B君:放射線の有害性に限界があるかどうか、という問題になると、統計学のギリギリの限界でもあるので、科学的には、疑問を持つことはある程度正当化できる。しかし、その限界に近い強度の放射線だと、それで被害がでる確率は、統計学の常識ではゼロ。海外の都市はかなりの割合で、バックグラウンドとなる放射線量が日本より確実に高いところが多いということは事実なので、それをどう思うかと聴いてみることはあり得るが、「日本人の寿命は、放射線量が低い国だから長いのだ」、と主張されると、返答に窮することにもなりかねない。

A君:しかし、それは科学的議論ですよね。統計学というものの限界に関するものですが。「地球は平ら」を米国で主張する人達の考え方は、かなり主観的みたいですよ。p69まで進むと、2017年11月にノースカロライナ州で開催された国際会議が紹介されています。どうも、「フラット・アーサーズ」という正式名称(?)のようです。その出席者の特性としては、(1)白人男性が多かった、(2)聖書の記述を言葉通りに受け止める傾向が強い、(3)多くの人は、地球の歴史は6000年と考えていた、(4)教会などの組織的な宗教活動への不信感があった。

B君:地球の歴史がたったの6000年ね。これは、すごい理解力だ。恐竜達が地球上に存在したことは無かったことになってしまうのか。

A君:ユーチューブのビデオ(200 Proofs Earth is Not a Spinning Ball:)https://www.youtube.com/watch?v=-Ax_YpQsy88
を見て、フラット・アーサーズになったという人が多かったとのこと。2時間ものビデオですね。全部を見るのは辛い長さ。Eric Dubayという人が作ったものです。車から、あるいは、飛行機からの画像が多いのですが、図として笑ったのは、地球がもし球体だったら、海水が南極付近から宇宙に漏れてしまうというもの。重力というものは、当然かもしれないけれど、フラット・アース的には、すべての物質が、南極側の宇宙の先の方に引っ張られるのが重力らしい。

B君:木星とか火星の写真がでてきたりするのだけれど、あれは球体であると考えられているのか。

A君:知りません! まだ、全部理解できるほど見ていませんし、見るのもバカバカしい。想像すれば、多分、惑星も平板状で、いつも地球の方向を向いている。

B君:本に戻るけれど、極めて主観的な主張をする人々であることは事実。インタービューに対しては、「自分がこれまで行ったところは、どこも平らだった。それに自分たちがものすごい速さで動いているなんてことはあり得ない」と、自分の感覚が第一であり、「私が頼ることができるのは自分の目だ。その目で、はるか100km先の平原を見渡すことができる。これこそが地球が平らである証拠だ」。

A君:著者の三井さんの見解は、「このユーチューブをきっかけにして、感覚あるいは直感を信じる心が呼び覚まされたのかもしれない」としている。要するに、その程度の知性だということ。

C先生:面白いけど、この議論をしていても、米国人の平均的な科学レベルは低いね、という結論にしかならない。そもそも、NASAが撮影した写真は、すべて「でっち上げ」で、「アポロ計画」も陰謀なんだから。そろそろ、本題である「福音派であり科学者である人は、一体何を考えているか」の記述を探そう。

A君:それでは、進めます。第2章「米国で反科学は人気なのか」になりました。そこでの記述は、そもそも「科学不審の底流は何か」ということになります。その答えは簡単で、「欧州の貴族主義への反発があるから」。「だから、我々は国王を持たないし、歴史的にエリートや科学専門家に懐疑的になるという感情が米国にはある」。

B君:欧州といっても均一ではない。パリでの最近の黄色ジャケットのデモなどを見ていると、「反エリート」が最大の動機となって起きているように思う。EU議会選挙などの結果を見ても、欧州でも「反エリート」の動きは大きいけど。

A君:しかし、欧州には、やはり科学的伝統というものがある。誰の名前を挙げるべきか、困るぐらいの歴史に残る科学者がいる。しかし、米国には、独自の伝統というものを重視しようとしない傾向が強い。これは、自分たちの先祖を考えると、それが移民だからという意識が根底にあると言えるのではないですか。

B君:米国にも、優れた発明家と言える人々は多い。工業化が始まったのが、南北戦争(1861〜1864)のころ。その後、グラハム・ベル、トーマス・エジソン、そして、1903年のライト兄弟などなど多士済々となる。そして、1930年代になって、ヨーロッパから著名な科学者が大量に流入。アインシュタイン、エンリコ・フェルミなどなど

C先生:なるほど。米国の優れた科学者はやはりヨーロッパからの移民なのだ、という意識なのだな。移民の歴史をアイルランドの移民博物館で見てきたが、そのときに得た最大の感想は何か、と言えば、「米国に移民した人達の欧州に対する恨みは決して消えない」、ということだった。何回も述べているけれど、1840年代のじゃがいも飢饉のときに、アイルランドでは100万人が死亡し、この飢饉の間に他国に渡ったアイルランド移民は、推計200万人。しかし、イギリスに支配されていたアイルランドは、この間にも、上質な食料をイギリスなどに輸出し続けた。そして、1930年代になっても、米国の科学力を高めたのはやはりヨーロッパからの移民だった。しかし、初期の移民であった伝統を守る古くからの米国民は、いつの時代でも、ヨーロッパのエリート達とエリート文化(≒科学)を憎み続けた。

A君:本に戻りますが、「単に、反エリート主義だけではなくて、知性への反発も同時にある」という記述があります。インタビュー相手のオレスケス教授によれば、「権威への反発は、容易に知性への反発に転がり落ちてしまう」、とのこと。

B君:その直後の記述がすごいね。「米国での取材で感じたのは、建国の歴史や憲法の精神など国の成り立ちに戻って『アメリカという国は〇〇だから』と述べる人々が大部分だったということ」。こう言われると歴史的事実は認めざるを得ない。すなわち、米国のエリート達には、ある種の諦めがあるのではないか。

A君:EU離脱の件ではイギリスのエリート達にも、ある種の諦めがあるような気もしますね。「最後はイギリス人の誇りと意地が決める」見たいな、反合理主義的諦めですが。

B君:トランプ大統領が選挙のときに、対立候補であったヒラリー・クリントンを「エスタブリッシュト」と呼んで、クリントン候補への反感を増幅した戦略は、共和党支持の古きアメリカ人には、大変に効果的だった。まさに、「エスタブリッシュト」の見本見たいな人だったから。

A君:その後の記述として、米国の環境問題への対応があるのですが。

B君:結論だけ超省略形で述べると、1991年までは「赤の恐怖」があったが、その後、地球温暖化やオゾン層破壊、生物多様性減少などの環境問題が国際政治の主役になった。そして、各国政府に対応を求めるようになった。このような国際社会からの要請に、米国では反発が起きた。やはり、科学的思考ができない米国の伝統的市民としては、「国際社会を牛耳っている連中は、自分たちを米国より上位だと思っている」、と反発しているのではないかと思う。

A君:国連本部はニューヨークにあるけれど、米国は、現時点でユネスコには参加していないのでは。

B君:アメリカとイスラエルはユネスコを脱退した。2019年1月1日のことだ。米国がそれを表明したのは、2017年10月12日。もともと、米国とユネスコとは、難しい関係だったので、イスラエル問題が起きたのを良いキッカケだと解釈したのではないだろうか。

C先生:そろそろ、結論を急がないと。この本は、紹介したいところが満載なのだけれど、今回は、福音派の科学者が、何を考えているか、ということが最大の課題なので、そろそろ、話題を収束させよう。

A君:福音派の実力を若干記述してから、最終課題に行きましょう。

B君:現時点では、福音派は、米国最大の宗教勢力。この本では全人口の25%となっている。しかし、他の数値もあって、多いものだと40%というものもある。場合によると、プロテスタントの割合が約40%なので、これと混同している可能性が高いかもしれない。

A君:2016年の大統領選では、福音派の81%がトランプ氏に投票したとのこと。

B君:福音派は、かなり保守的で、人工中絶や生殖医療などには反対。また、同性婚などのリベラルな社会の方向性にも反対。そして、とにかく、科学を良く思っていない。しかし、その実態は、科学を理解できないからで、劣等感の裏返しのような主張をしているとも言える。

A君:トランプ大統領に投票したもう一つの団体が産業界だけれど、どうも、福音派と同じく、「科学から攻撃されている」と認識している古い産業界があったという解釈のようです。例えば、石炭業界はその代表例ですが、「水圧破砕という科学的な方法が開発されて新しいエネルギー源が採掘ができるようになってしまった。そして、シェールオイルとシェールガスが国産エネルギーになってしまった」ので、米国の石炭産業は衰退した。そして、聖書の伝統を重んじる福音派と結びついた。「敵は科学だ!」

B君:もう一つ言えるのは、環境規制に対しても、福音派は反対をしている。

A君:さらに言えば、米国ほど宗教を重視している国は無いとも言えるようです。これは相当、意外なことだとも言えますが。

B君:米国民の科学的水準というものを理解していれば、その傾向も分からないではない。米国の科学のトップの実力はすごいが、国民の科学リテラシーの平均値は、日本よりは高いけれど、世界のトップではない。

A君:国民所得と宗教との関係がp107に図があるけれど、この図は、横軸が国民所得、縦軸が「宗教が人生で非常に重要な役割を果たしている」と答えた人の割合」、これを見ると、まず、所得が高くなるに従って、宗教を重視しなくなるのが全体的なトレンド。しかし、米国の特異性が明らか。すなわち、所得の割には、宗教重視の国。日本の特異性も相当なもので、中国がダントツの宗教無視の国で、それに続く国が日本。まあ、そんなものでしょうけど、その次の宗教無視の国がフランスというのは、ちょっと予想外で面白い。これが、実質婚を正規の結婚と区別しない理由の一つなのかも。

B君:少し飛ばして、第3章へ。「科学不審の現場」。恐ろしい数字がいくつも出てくる。「進化論の支持はわずか2割」。「人類の誕生に神の関与を認める人がなんと76%」。これがアメリカの現実とは。。。。

A君:日本で統計を取った例があるかどうか、多分ないとは思いますが、おそらく、「進化論支持100%」、「神の関与0%なのでは」。しかし、「日本列島の起源」となると、天上界(≒神)の関与が0%ではない可能性が無いとも言えない

B君:大幅にスキップして、第4章に行こう。この章は、「科学をどう伝えるか」で、問題意識としては、「科学者がさらに研究の精度を高めたとしても、神による創造論との論争は終わることは無いだろう」、というある種の諦め。

A君:それはその通りでしょう。「情報不足、伝達不足があるから」という問題ではないのが明らかですから。しかし、科学界のマインドとしては、情報伝達不足を正当化するような部分はあるのですが。それは、研究者の姿勢。研究資金のかなりの部分が政府から与えられることになって、情報伝達の相手は、政府になってしまっていて、市民への情報伝達は無視されるようになった。この話、日本の話ではないですからね。日本が米国のやり方をフォローしたのが実態。

B君:p209になって、やっと『「福音派の科学者」は語る』だ。テキサス工科大学のキャサリン・ヘイホー教授が登場。気候変動を研究する科学者である福音派。気候変動について、テキサス州で水道関係の仕事をする人と議論をした。将来、気候変動によって、洪水や干ばつなどの悪影響がでる可能性がある、と述べると、ある男性が「あなたの言っていることはわかるけれど、私にとって問題は、政府からエアコンの設定温度について指示なんてされたくない、ということだ」

A君:なるほど。米国では、日本政府のような態度は相当嫌われるということですね。「市民が地球温暖化を認めてしまえば、政府からの規制強化を受け入れることになる。これが嫌だ」、というのが保守派の感覚なんですね。

B君:宗教とは若干遠い話のような気がするけれど、政府というものに対して「無用な組織だ」という考え方を、米国人の保守派が持っていてるのは事実だと思う。

A君:しかし、直接的に「規制は嫌だ」と言うと、わがままなだけ、と反論されてしまうので、「地球温暖化は疑わしい」という煙幕を張っている。問題は、裏に本音があるので、この煙幕を正論では突破することはできないし、突破しても意味がない

B君:となると、「相手の本音は何か」、それを理解しなければ、対応不能ということになる。

A君:ヘイホー教授は、煙幕の向こうにある人々の本当の心にたどり着くことを試みている。そして、その結論は、「人間としての心がうまく調和して働いたときにこそ、私たちは学者としての潜在力を存分に発揮できる」

B君:煙幕という表現が分かりやすい。やはり、本音があって、それを隠すために、煙幕として「地球温暖化は疑わしい」と信じ込む人がいるというこだ。これは初めて認識した。

A君:日本での地球温暖化懐疑論は、「温暖化を認めれば化石燃料に依存する企業活動ができなくなる」、という人々の間で流行したと言えます。

B君:それにつけ込んで本を売りまくったのが、武田邦彦他何名か。ある意味米国と似たような構造だったが、結果的に、現時点では企業が完全に態度を変えたので、現時点の日本では、懐疑論は企業のOBの間でしか存在していない

A君:もう一つ重要な指摘がありまして、「温暖化が進むと、様々な災害が起きて将来世代が大変だ。だから、今の内に対策をすべきだ、という考え方は、リベラルな人の考え方」だそうです。このような記述は、初めてでした。米国で言えば、民主党の考え方で、決して共和党はそう考えることはないということです。要するに、「未来世代とは子孫ではあるかもしれないけれど、自分ではない」、「だから関係ない」、というのが、共和党の考え方ということなんでしょうね。

B君:確かに。米国では、大学進学のための費用は、学生本人が借金するのが伝統的だ。

A君:「未来世代は自分たちで自分の未来切り開くべき」、という考え方が保守層だけでなく、社会全体の合意に近いということですね。

B君:いや、多分、超保守派の考え方だ。超保守派は、自己中心的というか、まさに、祖先からの伝統を守っている。すなわち、「我々の土地は先祖代々が開いた」という過去の歴史を誇りに思っていて、その考え方の延長線上で、「未来世代は、自分たちがやってきたことと同じように努力せよ」、という発想なのだろう。

A君:まあ、我々が開拓した大地だと思っているとしたら、理解できなくもないですね。これが、米国人の基本的な発想だという感触はありますから。

C先生:今回、この本のお蔭で、色々と議論もできたし、その結果として、大体、分かったような気分にはなれた。そして、最初の問題意識であったこと、すなわち、「福音派の科学者は、科学を信じているのか?」、ということだけれど、どうも、「科学者は、いくら福音派でも、やはり科学者なのだ」という結論で良さそうだ。逆に、福音派であることに疑問を持たないのか、ということが知りたいが、記述がないようだ。それにしても、地球は平板状だと主張する集団の存在とか、保守派はすべての政府の規制が嫌いとか、非常に面白い国が米国であることが、この本のお陰で良く分かった日本人は、むしろ、政府とか自治体に規制せよと迫る国なので、その差は大きいね。すなわち、悲惨な交通事故が起きると、その本当の原因が何であるかは別に、そこに新たに信号ができてしまう国であって、このような傾向の強さは、日本が世界最強なのではないか、と推測している。
 結論として、三井さんのこの本のお陰で、米国の保守派の考え方についてよくわかった。もともと、恐らく歴史的な原因によって、かなり異常な反応をする国民性であるという結論になるけれど。この本は、米国が気候変動になぜ懐疑的なのか、その真相を知るためには、極めて重要な役割を果たしてくれる思う。お読みになることを、すべての方々にお薦めしたい。まさに良書だと思う。最後に余計な一言を付け加えれば、『「環境学」の最も重要な基本は「人々の考え方」にある』、ということを再度強く認識した。もっとも、教育問題なども、全く同じ構造で、現状の日本の教育が、特に、大学教育がひどいものだという共通認識になれないのは、問題だと思う。