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  三井物産環境基金交流会報告
  02.05.2012



 三井物産の環境基金とは、2005年に開始された活動であるが、助成金提供は、NPOなどへの活動助成と、大学などへの研究助成との2種類からなっており、累計31.7億円、年間で数億円レベルでの実績がある。

 助成団体に対する交流会が今年は仙台の国際センターで開催された。今回の全体のテーマは東日本大震災からの復興を目指すもので、具体的には「創造と連携」であった。初日が一般公開の講演会、そして、二日目が事例発表ならびに、ワークショップ。

 初日の一般公開シンポの参加者は500名以上。宮城県知事の村井嘉浩氏と共に、基調講演を務めさせていただいた。

 その後のパネルディスカッションでは、NPO法人 森は海の恋人理事長の畠山重篤氏、NPO法人 環境文明21共同代表 加藤三郎氏、宮城大学事業構想学部助教 鈴木孝男氏、陸前高田市副市長 久保田崇氏、国立環境研特別客員研究員 西岡秀三氏、そして、コーディネータが後藤敏彦氏というメンバーで行われた。

 二日目の事例発表は、
NPO法人 遠野まごころねっと
NPO法人 ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会
NPO法人 環境生体工学研究所
東北大学生命科学研究科 占部城太郎氏


という構成であったが、福島県二本松にあるゆうきの里の発表は、放射線汚染がある農地での農業をどのように進めるかに関するもので、個人的にも極めて興味深いものであった。そのうち、現地を訪問してみたいと思っている。

 その後のワークショップは以下の5グループに別れて行われた。
(1)コミュニティー復興
(2)農林水産業復興
(3)生態系・森林再生
(4)自然エネルギー
(5)放射線・環境汚染対策&医療・健康

 オブザーバとして、(5)放射線・環境汚染対策の部屋にいたが、思わず議論に加わって、色々と発言をしてしまった。

 このHPの目的は、一つは、基調講演のPPTファイルを公開したことのお知らせ、
http://lebenbaum.art.coocan.jp/PPT/4WebMitsuiEJGD.ppt
もう一つは、交流会、特に、放射線関係のワークショップの報告と若干の考察を行うことである。



C先生:今回の交流会で基調講演を行い、二日目のシンポとワークショップで、新しいいくつかの論点を確認することができたので、その報告をしたい。

A君:我々は何をすれば。

C先生:ワークショップで明らかになった論点を以下にいくつか挙げるから、それにコメントをしてくれれば良い。論点は、かなりランダムなので、了解して欲しいが。

論点1:「福島の女性に嫁に来てもらっては困る」
 福島の問題は、(1)農産物などの風評被害、(2)放射線のリスクを過大に評価しすぎて、精神的に不安定になってしまう問題、この2点が重大かと思ってきたが、今回、様々な情報交換から、もっと根本的な問題があることを再認識した。それは、これまでも「穢(けがれ)」の問題というものがあるという報告は聞いていたが、その実態が何か測りかねていた。それがなんとなく分かったような気がした。その具体的表現がこれかもしれないのだ。

論点2:福島の子どもの状況
現在、被曝線量を測定するために、子たちは、それだけでも差別の対象になると思っているが、ある種の悟りに到達して、放射線計測用のガラスバッジを付けている。しかし、乳歯が抜けたとき、普通であれば、どこかに捨てるが、それを取っておくと言っている。

論点3:分断の存在
 連携という言葉ほど難しいものはない。なぜなら、現時点の福島には、人々の間に最初からある種の分断があって、その分断を超えた会話が非常に困難。知りたいと思う情報は努力しても理解しようとするが、知りたいと思わない情報に対しては、理解しようとする努力をしないから。

論点4:信頼の無さによる分断
 除染のやりかた一つとっても分断がある。国が決めたやり方でやる、自治体が変えたやり方でやる、それも信頼できないので、自分たちで企業に依頼してやって貰いたい。

論点5:NPOの役割
 自治体は、問題の解決をしなければならないが、一方で、ゼロリスクを求める住民が多い。NPOはその中間に立って何をやれば良いのだ。

論点6:支援側の勉強の質と量
 NPOあるいは大学など、支援をしようとする側が、まずは、もっとしっかりと勉強をすべきではないか。しかし、支援側にも、もともと自己の主張によって、何を正しいものと見なすかが異なっていることもある。

論点7:科学者の見解の不一致
 科学者が異なったことを言うのは、やはり問題で、科学者は真実だけを述べて欲しい。

論点8:メディアリテラシーの重要性
 メディアというものの特性をもっと理解した上で、情報を理解することが必要。

論点9:統計というものの理解
 統計的に結論を出すということの意味をもっと理解してもらう必要がある。
 一方、統計的な議論をいくらやっても、被害を受けるか受けないかについては、1か0のデジタル量でしかない。

論点10:風評被害への対応
 風評被害を避けるには、やはり、厳しい規制値以外に方法はないのではないか。しかし、それをやれば、福島県の農作物の植付けは数年間に渡って実施不可能になる。



論点1:「福島の女性に嫁に来てもらっては困る」

A君:まずは、この深刻な問題から。

B君:「穢」という言葉は、もう迷信の一つだと思っていたのだが、やはり甘かったかもしれない。

A君:しかし、放射線によってなぜ「穢」てしまうのですかね。

B君:理屈はないのだろう。単なる感覚的なものなのだろうから。

A君:感覚的なものであれば、すべての人は自然放射性物質を持っているという反論はどうですかね。

B君:自然なものに穢はない、と言われるとそれに対する反論が難しい。むしろ、穢とは、なにか別のものが体内のどこかに存在しているという感覚だとしたら、放射線によって受ける影響は遺伝子の傷なのだから、その傷が「穢」の実態なのかどうか、を質問することから始めるのではないだろうか。

A君:いや。それもダメかも。感覚だとすると、論理的な反駁をいくらやってもダメなのですが、しかし、広島・長崎の遺伝的影響調査がどのように行われたか、そして、結果はどうだったのかを丁寧に聞いてもらう以外にないのではないでしょうかね。

B君:それは必須かもしれない。

A君:その結論は簡単で、ICRPの1977年勧告では、「過去約20年に得られた知識からすると、遺伝影響は重要ではあるけれども、飛び抜けて重要ではない」。

B君:この表現だと、やはり重要なのだ、と言われるかもしれないが、なぜ重要という表現が使われるのかというと、短期的には卵子の受精能力に悪影響がでる可能性が無いとは言えないからだろう。

A君:ということで、その概要を示します。

遺伝影響調査(いわゆる被爆二世調査)とその結果

◆調査の対象(1950年から実施)
(1)両親とも2000m以内で直接被爆をしている場合(平均被曝量は117rad=1.17Gy≒1170mSv)の子ども。総数18、946名。
(2)少なくとも親一人が2500m以遠で遠隔被爆した場合の子ども。総数16、516名。
(3)参照群。広島・長崎以外の子ども。総数17、263名。

◆調査結果
 次世代への影響、いわゆる遺伝的影響は見つからなかった。
 生殖細胞への影響は、被曝後6ヶ月から1年程度で消えるものと思われる。


論点2:福島の子どもの状況

A君:早く自由に無心に遊べる状況になることを祈りたいですね。

B君:外部被曝だけであれば、それほど心配はない状況は確保できていると思う。

A君:内部被曝についても、1月19日の朝日新聞と京大との共同調査で、福島県での食品の中央値は1日4.01ベクレル。最大値でも1日あたり17.3ベクレル。この最大値の食品を摂取したとしても、内部被曝量に換算すると0.1mSv程度で、放射性カリウム40による年間被曝量の0.2mSvよりも少ない。

B君:同じ記事にあった記述だが、1963年から2008年まで文部科学省が行った調査によれば、60年代に米国、旧ソ連、中国が行った大気圏内核実験の影響で、日本の食卓に含まれていたセシウムの中央値は、1日2.03ベクレルであった。日本人全員が「穢」ていたことになる。

A君:過度に心配することは、どうみても無いのだが。

B君:2月4日の日経の夕刊によれば、南相馬市の市立総合病院で行われている住民の内部被曝検査の受診者が延べ1万人を超えた。子どもの9割以上が検出限界以下。金沢幸夫院長は、「これまで検査した1万人で、緊急に治療が必要な人はいない」。現在、1日あたり120人の検査が続行中。

A君:抜けた乳歯を取っておこうということは、被曝が無かったことを証明したいという思いなのだろう。リン酸カルシウムが主成分の歯なので、ストロンチウムがあれば、歯にも沈着している可能性はあるが、福島の現状では、ストロンチウムは無い。

B君:客観的データでは、セシウム、ストロンチウムに関しては、心配はない。すでに消えてしまったので、確認のしようがないのだが、ヨウ素131の影響である甲状腺がんの診察はきちんと受けて貰いたい。まず、何でもない確率が極めて高いが、確率はあくまでも確率なので。


論点3:分断の存在

A君:同じ放射性物質の被害者でありながら、考え方が違う故に分断が起きている、ということなのでしょう。

B君:農業などについては、その通りのようだ。放射線の比較的強い地域で、来年作付けをするかどうか。どうせ東電から補償を貰うのだから、来年は何も作付けをしないという考え方もあり得る。しかし、農業を継続するという意志、別の表現をすれば、士気が低下してしまうということへの影響は無視できないように思う。

A君:また、場合によっては、土の状況に対する影響などを考えると、放置することは良いとも思えないですよね。

B君:作付けを放棄する立場から言えば、土壌中の放射線の強さがある程度強い方が、補償金を確実に得ることができる。さらに、食品の放射線の規準が厳しくなればなるほど、補償金を確実に得ることができる。

A君:作付けをする立場から言えば、折角の農作物を売れないのは極めて残念だ。ということで、どうしても分断ができてしまう。

B君:なんとも言いがたいところだ。

A君:風評被害対策が論点にもあるようですが、もしも、不評被害を防止するだけなら、規準は厳しくあるべしかもしれませんが、現状の暫定基準値でも安全性が確保されていることを考えると、無駄な農作物を作る可能性が極端に上がる食品安全委員会の4月からの基準値は認めがたいのではないでしょうか。

B君:また後で。


論点4:信頼の無さによる分断

A君:話題になっているのは、除染のやり方のようですが、それ以外にも色々ありそうですね。

B君:どのような場所から除染をするのか。低線量の地域を除染するのが良いのか、やはり5mSvぐらいの中間地域からやるのが良いのか。

A君:それは、除染の効果を最大化するということでしょう。何を分母にして最大化するのか。やはり費用でしょうか。

B君:費用対効果を考えれば、1mSv以上は除染するというのが国の方針のようだが、日本という自然放射線のレベルが低い国で、そこまで除染しなくても良いのでは、と思うが。せめて、2mSv以上。

A君:世界平均の年間被曝量は2.4mSv程度。日本は1.5mSv程度でしょうから、1mSvは不要という判断もあり得ます。よく言われる、インド、イラン、ブラジル、中国以外にも、スウェーデン北部などでもかなり自然放射線の強い地域があるようで。

B君:しかし、このような見解は、自然放射線や医療用の被曝を除けば、放射線被曝の平常時の規準が1mSvなのだから、当然この値以下にすべきだという主張が帰ってくるだけだろう。

A君:今は緊急事態ではない、という理解ですよね。国は、実質的に緊急事態だと言っていると思うのですけどね。その一方で、同じ国が1mSvまで除染するというのは、緊急事態ではないと言うことと同義。

B君:国の中でも意見の統一が取れていないのは大問題。食品安全委員会と文部科学省の放射線審議会では見解が違う。食品安全委員会の事務局は、風評被害を防止するのが役割だと思っているのだろうか。本来の役割は、リスク評価をすることが職務なのだが。


論点5:NPOの役割

A君:これも難しい。当事者の御用聞きをやって貰っても、それだけではないのでは、という思いがある。

B君:信頼に関してすでに議論したが、いかなる組織でも、信頼されるには、「能力と意図」が問題。能力を極めて高度に維持することと、どのような明確な意図をもって活動をするかということではないか。

A君:日本のNPOの場合、専門性を高く維持するということがなかなか難しい。やはり、定常的に収入を得ることができるという条件を満たすことが難しいからでしょう。

B君:NPOは、本来、ボランティアということではないはずなのだが、なぜか日本ではそういうケースが多い。

A君:三井環境基金のような存在が増えるか、あるいは、企業にとっても、外部の相談役として十分に役に立つような存在になるか、いずれかでしょうね。


論点6:支援側の勉強の質と量

B君:結局、これが論点5にも関係する重要事項ということだろう。勉強の質と量を増やすことをもっと意図すべきということだろう。

A君:環境の場合には、現場力というものが必要になることが多いのですが、その獲得を含めて、勉強と言っているのです。何も教科書を読めといっている訳ではない。


論点7:科学者の見解の不一致

B君:この話がまた語られている。C先生の講演でいつもあるように、自然科学というものは、権威へのチャレンジ、あるいは既成概念へのチャレンジなのだ。

A君:物質をいくら細かく分けても、原子以下にはならないという原子説が崩れ、陽子・電子・中性子などの存在が認められた。これらが分けることができない素粒子だと思われていた時代もあったが、今では、フェルミ統計に従う粒子、すなわち、ある状態を一つの粒子が占めるタイプの粒子として、クォーク・レプトンがそれぞれ6種類、ボーズ統計に従う粒子、すなわち、ある状態に複数の粒子が存在しうる粒子として、何種類かが存在することになっている。

B君:科学では、観察が基本。いくら観察をしても見出すことができない場合、科学の進化がそのレベルに到達していないから、ということもあるし、そうではなくて、本当に無いからいくら観察しても見いだせないということもある。その区別をすることは不可能。

A君:低線量被曝の影響は、統計的にどのぐらいの母集団を対象としてデータを取れるかで決まっている。こんな統計の基礎をもっと理解して貰うことが必要なのではないでしょうか。

B君:そういえば、ダイオキシンのリスクをやっていたころ、埼玉県に簡易型のごみ焼却器を配布したから、赤ちゃんの死亡が多発したというデマを出した人がいた。その人は技術屋で、全く統計的に意味が無い数値を集めて、意図的にそのようなデマを作ったのだと思う。

C先生:そのような記事を書いた記憶がある。実名入りで今でも残っている。もっとも、古いサイトなので、読者の皆さんは見たことがないだろうと思うけど。

「所沢で赤ちゃん死亡率急増データ」の解析 1999年9月3日
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/DXNBDeath.htm
所沢新生児死亡率の実像 1999年9月8日
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/DXNNB2.htm

A君:広島長崎のデータは、母集団が8万2千人と非常に多い。チェルノブイリは5万人程度の被曝者がいたようだが、データがどこまで信用できるのか。

B君:先日のNHKの12月28日の低線量暴露のデータの放送では、サーメ人がトナカイを食べて、がんになったが、それは、チェルノブイリの原発事故による放射線が原因としているが、このような放送をするとき、どのぐらいの母集団を対象とした研究なのか、それをまず述べることが重要だ。

A君:詳しく調べてはいないのですが、トナカイを育てているサーメ人の2000人から2万人を対象とした調査は行われているようです。

B君:NHKはサーメ人にガンが増えているというトンデル博士の論文を紹介していたが、どうも、調査研究が9件程度あって、その結論は、ガンは増えていない。むしろ、サーメ人はガンを防止できるなんらかのファクターがあって、ガンの発生が少ないのだろう、という結論になっている。

A君:ちなみに、トナカイの肉の放射性物質の規準は、一時強化されて500Ba/kgだったが、今は、国によって違うが1500〜3000Bq/kgになった。

B君:いずれにしても、統計学の基礎を誰でも分かるように講義をすることが重要。

A君:ということで、統計的に意味があるのは、今だに広島長崎のデータで、それによれば、100mSv以下の低線量被曝では、臨床的に重大な影響な起こりそうもないことになっている。

B君:この表現が微妙なので、「理解できない。本当は何かあるのではないか」、という疑念が出される。

A君:言い方が科学的に良心的すぎるからでしょうね。研究者として本音を言えば、例えば、「65mSvまでは影響があるが、64mSv以下なら影響が半分になる」、といった断定的な結果を出すことができれば、それはすごい科学的成果だと思っている。だからそんなものを見つけたい。しかし、いくら頑張っても、100mSv以下で悪影響があると断定できるデータが見つけることはできない。

B君:現代の自然科学では、「存在しないこと」を証明するのは不可能というところに話が戻る。

A君:これが何を意味するのか、十分に理解して貰いたいと思うので、これを伝達できる科学者・評論家・作家・ジャーナリスト・NPOが必要。

B君:われわれがしばしば使う「お化けが存在しないことは誰も証明できない」という例に変わる新しい例が欲しい。

A君:最後にもう一言。どのような主張をしている学者・研究者でも、100mSv以下の低線量被曝では有意な悪影響は見つかっていないということは同意している。サーメ人の例でも、食料などによる内部被曝で、この値を超してしまったという主張であることは確認をすべきことの一つでしょう。


論点8:メディアリテラシーの重要性

B君:これは、一言でOK。「メディアは商売である」。正義の味方ではない。売れる記事を書く、視聴率の稼げる番組を作る。これが商売人としての生存策。

A君:ただ、今回のNHKのように、どこからかの要請によってあのような番組を作ったという可能性も考えるべきではないですか。

B君:その「どこか」は色々あるが、少なくともNHKに対して影響力がある組織ということだろう。


論点9:統計というものの理解

A君:これは、すでに述べているのですが、これを言い出すと、「統計というものは確率だけど、影響を被る、被らないということは、1か0かということでしかない」、という反論が来ますね。

B君:それはヒトというものが生存していることそのものが1か0なので仕方がないことなのだ。

A君:明日の朝、目を覚ますことができるかできないか、それだって1か0。

C先生:我々の年齢になると、目を覚まさない確率が徐々に高くはなることは事実。

A君:1歳未満の乳児の死亡率は、それ以上の年齢の子どもに比べると高いことも事実。

B君:それが生命というものの本質だ、と理解する以外に方法はない。生命は常にリスクとの戦いをしているのだ。


論点10:風評被害への対応

A君:この議論の正論は、
http://www.foocom.net/column/editor/5500/
ここにある。新基準値を施行したところで、ほとんど何も変わらない。このような場合には、副作用を考えて、どちらを選択するか考えるべきである。

B君:副作用は、福島の生産者で不幸になる人が増えること。福島の農業が壊滅し、コミュニティーなどの復活が難しくなる可能性がある。

A君:最低限、知っておくべきことは2つ。
 (1)まずは、新基準値にしたところで、ほとんど何も変わらないこと。すなわち、新基準を採用すると、中央値濃度で、0.043mSv/年。暫定基準値を継続した場合には、中央値濃度で0.051mSv/年。その差は0.008mSv/年の削減にすぎない。一方、放射性カリウムによる被曝はすべての人が0.41mSv/年も受けているので、0.008mSv/年の改善は意味が無い。したがって、国が新基準値を設定することに意味はない。単に、リスクコミュニケーションをサボることが目的だということになる。
 (2)もしも、安心を買いたいという人がいるのなら、その安心を提供する店舗を選択すれば良い。すでに、イオンなどがやっている。ところが、100Ba/kg以下を正確に測定するのは難しい。測定困難なぐらい放射線としてレベルが低いから。それでも安心できるのなら、どうぞ。

B君:結構、突き放した言い方だが、実際、その通り。

C先生:「国は規制によって安心を国民に提供できる」、というある種の神話から開放されるべきだろう。安心は国民の心の中にあるもので、国が提供できることは、「信頼」でしかない。山岸俊男氏流に言えば、「能力のある政府」、「正しい意図をもった政府」を構築する以外に、方法はない。
 この原理原則からみると、新基準値は、小手先の誤魔化しでしかないことが明らかだ。政府への信頼を回復するために、本気になって何をやるべきなのか。もう一度、いや、常に真剣に考えて欲しい。
 国民側としても、「安心」は他人から貰うものではなく、自分の心の中に積極的に作るべきものだということを理解すべきである。
 全体を通しても、そんな結論になる。福島の女性が、なんの問題も偏見もなく、関西にもお嫁に行ける時代になることは、日本に住むすべての人にとって、当然実現すべき正義だと思うのだが、これに反対する人が存在すること自体、信じられない。