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  「原発事故と放射線のリスク学」 
  03.22.2014
           中西準子先生の最新著書のご紹介




 中西準子先生の最新の著書である。ご寄贈いただいたので、やはり、何か書かない訳にはいかないです。全部を詳細に読んだ訳ではなく、興味のあるところをつまみ食いをした感じの、かなりバイアスの掛かったご紹介です。

 まずは、本のデータから。
 日本評論社 2014年3月11日
 第一版第一刷発行
 ハードカバーの丁度300ページ

目次
 まえがき
第1章 放射線のリスク p1
第2章 原発事故のリスク p69
第3章 福島の「帰還か移住か」 p175
第4章 化学物質のリスク管理から学ぶこと p239
第5章 リスクを選んで生きる p275




C先生:最初にもった感想は、福島に居住し放射線の悪影響について心配している人々が、第1章、第2章を読んで、これが真実なのだと思うことになれば、かなり安心感が戻るのに、ということだった。

A君:3月11日のことですが、報道ニュースステーションが、福島での18歳以下の甲状腺がん大量に発症という妙な報道をしたようです。ちなみに、http://www.yasuienv.net/ThyroidCheck.htm
に本Webサイトとしての記事がアップされています。

B君:妙な報道? いや、報道ステーションは、実は、報道している訳ではないということを証明した。すなわち、自らメディアではなく、単なるエンターテイメント番組であることを証明してしまった、と思う。

A君:現在進行中の甲状腺の検査結果についての見解は、甲状腺に異常は見つかっているが、それが福島原発からのヨウ素131のためではない、と結論されています。その根拠は、中西先生の本にもありますが、若干項目を追加すれば、以下の通りです。

1.検査結果によれば、甲状腺の異常は、福島県全体でほぼ同じ割合で発生していて、震災時の居住地(=ヨウ素の分布はセシウムなどの分布とほぼ同じ)との相関がない。
2.青森、山梨、長崎での検査結果と、福島での検査の結果はほぼ等しい発症率である。
3.チェルノブイリでは見つかっている被ばく時の年齢が0〜5歳の被験者の異常が、福島では見つかっていない。
4.チェルノブイリで認められた転移しやすいタイプである乳頭がん亜型が認められない。
5.チェルノブイリでの甲状腺がんが見つかったのは、被ばく後4〜5年後からであった。


B君:これらのすべて、特に、1と2が否定できない限り、現在の検査で見つかっている甲状腺がんは、福島原発からの放射性ヨウ素131のためと結論することはできない。

A君:チェルノブイリのデータを良く知っているはずの組織も、報道ステーションと同様の主張をしているのですが、上記の3〜5の項目に対する反論がある訳ではない。

B君:中西先生は、著書を書くにあたって、がん検診の権威として知られる、大阪大学の祖父江友孝教授にヒアリングをしている。その見解は、驚くべきものだった。

A君:次のような見解でした。

祖父江「甲状腺がんのように成長の遅いがんは、検診ではがん細胞の塊が見つかるが、それを放置しても病気としてのがんにはならないことが多い。検診結果と発がん数を比較するのがおかしい」

B君:さらに、中西先生の本に書かれていることは衝撃的。
 韓国では乳がん検診をエコーで行う際に、検診機関が勝手に甲状腺を加えてしまった。そのために、韓国でもっとも発症率の高いがんが甲状腺がんになってしまった。

A君:これについての祖父江氏の見解は次の通り。

祖父江「甲状腺がんでエコーの検診をするということは、余計なものを見つけて、その国のがんの第1位にしてしまうぐらいの影響力がある。日本のお医者さんは、そこは抑制的に考えている。やれば見つかることは分かっているのだけれど、そんなものを見つけても、その人のためにならないから見つけないわけですよ」。

A君:その人のためになる条件。それは、「検診を受けない群に比べて、受けた群で死亡率が低下すること」、だそうです。極めて妥当。

B君:検診を受けて、メリットもなく、不安になるだけなら、検診などを実施しないほうが良いということだ。

A君:米国では、最近、前立腺がんのPSAと呼ばれるマーカーの検査をやらない方が良いのではないか、という意見になりつつあるらしいですね。

C先生:甲状腺がんの話は、報道ステーションの報道の過ちが余りにも明白なので、これ以上議論しても無駄。本の紹介に戻ってくれ。

A君:了解。甲状腺がんの記述は、第2章の原発事故のリスクの一部で、p90からでした。
 第1章に戻ります。最初の部分は、シーベルトなどの基本的なことも含まれているので、省略して、途中からです。まずは、外部被ばくと内部被ばくという最初の節で、放射線被ばく量の考え方の基本が復習されています。ここにも重大な問題があるようです。



「実効線量、空気吸収線量、周辺線量当量」

 福島に住んでいる人にとっては、すでに常識かもしれない。しかし、実効線量と言っても、その元となる測定線量には二種類あって、一つが、空気吸収線量であり、もう一つが周辺線量当量で、実効線量に変換するときには、空気吸収線量の場合であれば、0.8もしくは0.7倍、周辺線量当量の場合であれば、0.6倍することになっている。

 市販の線量計で計る値は、いかに高価な装置であっても、周辺線量当量であって、これは0.6倍しなければならないのに、福島では、この係数が1だということになっている。そのために、実効線量が1.6倍になっている。

 さらに、日本の家屋による遮蔽効果をどのように考慮するかであるが、日本の場合では、0.6倍することになっている。ところが、チェルノブイリの場合について国連科学委員会がまとめた数値では、木造・石造のいずれについても、農村であれば0.36、都会であれば、0.18となっている。

 したがって、現時点で原子力規制委員会が用いている計算式は、国際的に採用されている被ばく量の2.4〜2.9倍に過大評価されている。

 過大に評価されれば当然心配になる人が増える。

 加えて、この過大評価に基づいて1mSv/年になるように除染をするのが国の方針であって、全く訂正される様子はない、とのこと。

 福島県伊達市では、市民全員がガラスバッジによって被ばく量をモニターした。その結果は、実効線量の測定値からの推定値の約1/3になっていて、国際機関の補正式がほぼ正しいことを証明している。



A君:以上がp20までです。大きな矛盾点が指摘されいますね。

C先生:それはそれとして、居住する自治体によって、住民の受けるストレスが違うということは事実のようだ。伊達市の住民は、他の自治体の住民よりも、安心だと感じていることだろう。これは、自治体の態度の問題だが、それを決めているのは、首長の見識だと思うよ。

A君:それにしても、なぜ、国も自治体も、正しい補正式を使わないのでしょうか。それは、民主党政権時代にやり始めてしまったことを全否定するとまずいことがあるからでしょうか。

B君:まあ、そうだろう。伊達市のようにガラスバッジでの測定を他のところもやることになるのだろうか。

A君:もしも現状の評価を国際基準もしくは実測値に直したら、1mSv以下にするという条件を変えなくても、除染対象の地域がかなり縮小されることになりますね。

B君:それを変えることができないとしたら、それはなぜなのだろうか。

A君:何も書かれていないです。中西先生でも書けない理由があるのかもしれません。
 第1章の次の節が「しきい値ありとしきい値なし」になります。



「しきい値ありとしきい値なし」

 放射線と発がんとの関係を明確に示すデータは、広島・長崎のデータで、被ばくしながら死を免れた12万人の人についての60年以上蓄積されたデータが使われている。いわゆる寿命調査(LSS)と呼ばれる。

 100mSv以下の影響の議論が混乱を極めている。一般には、次のようにまとめられる。

 (1)100mSv以下では、がんリスクの有意な増加は認められない。
 (2)しかし、放射線防護や管理の立場から、直線しきい値なしモデル(LNTモデル)を仮定しているのであって、これは生体反応の実態ではない。
 (3)DNAの損傷に対しては修復機能が働くから、損傷=危険とは言えない。

 この文面自体は間違っていない。しかし、どう伝わるかを考えると心許ない気がする。そこで、中西流の解釈をしたい。

 (1)100mSv以下程度のリスクは、LSS研究の対象人数をもってしても、これが原爆投下の影響ですという形で取り出すことはできない。しかし、リスクが無いということは意味しない。疫学研究で、ある原因による影響を定量的に知ることができるか否か、それは、対象人数、相対リスク、それに交絡因子が関係している。

 100mSv以下は分からないと投げ出すのではなく、なんらかの推定法を見つけなければならない。その一つとしてLNTモデルがある。他方、100mSv以下では原爆が原因でがんが増えることを証明できない事実を皆に伝えることも重要である。あれだけの大きなことが起きても、100mSv以下では、目に見えてがん患者が増えなかったと知ることは、具体的なリスクの大きさをイメージできる稀有の機会であり、それは尊重すべきである。

 がんは重病ではあるが、高齢で影響がでるので、余命損失は小さいという特徴がある。ICRP1990によれば、生まれたときから毎年1mSvの被ばくを受け続けた際の平均余命の損失は0.05年=18日で、毎年5mSvなら0.27年=99日である。

 また、それによる死亡がもっとも起こりやすい年齢は、年1〜5mSvの間では、被ばく線量に関係なく79歳である。

 損失余命というものは、期待値である。病気になるのは限られた人で、その人の余命損失は5年だったり7年だったりするのに、病気にならない人の分を含めて平均をとって良いのかという問題があるが、がんの場合には、期待値で良いと考えている。

 その根拠の一つは、丹羽さんの意見の中にある。丹羽さんはがんが多くの要因で起きることを説明している。つまり、放射線だけでない、他の要因が加わって、はじめてがん細胞に育っていくことについて述べている。いくつもの要因が足し算になって(掛け算かもしれない)がん細胞になることを説明している。そのことは、ある原因の影響を単一の原因の確率で表現するよりも、期待値で表現し、いくつもの要因の値を足しあわせたものの確率を考えた方が良いことを示唆するものである。



A君:という部分がもっとも強い印象を得た部分でしたが、このような展開の中で、丹羽太貫氏(放射線生物学者、最終履歴は京都大学教授)との対談の記述があります。

C先生:丹羽氏が最終的に所属していた京都大学放射線生物研究センターには、知り合いの先生方が随分と多かったのだ。環境科学特別研究という当時の文部省のプロジェクトの中で色々と教わった。

B君:この丹羽先生と中西先生の対談はなかなか面白かった。

C先生:そのうち、本Webサイトで記事にしてみたらどうだ。

A君:丹羽先生の基本的な思想は、2000年代になって報告が増えている、「がん幹細胞仮説」です。このところ幹細胞(Stem Cells)と言えば、iPS細胞や、いささか訳が分からない状態になったSTAP細胞が有名ですが、がんも幹細胞の性質をもったごく少数のがん細胞を起源として発生するのではないか、という仮説です。

B君:この仮説によってはじめて説明できるものとして、胎児の放射線への感受性が低いこと、逆の記述をすれば、子供の感受性が胎児に比べると高いこと、がんの年齢依存性、などなどあるとのこと。

A君:幹細胞がある細胞に変わるかどうかを決めているのは、ニッチェとよばれる微細環境で、このニッチェを巡る幹細胞の競合が、低線量率での放射線の発がんリスクを考える上で重要なのだということ。

B君:丹羽先生は、このがん幹細胞仮説によって、LNTのように線量に関して直線的な関係になるかが説明できるとしている。



C先生:そろそろ全体像を記述して、終わろう。

A君:丹羽さんとの対談の記述で、第1章が終わります。そして、最初に取り上げた第2章の「原発事故のリスク」の話になって、除染の話があり、そこでは、「除染の神様」と呼ばれる伊達市の半沢隆宏氏との対話が印象的ですね。

B君:半沢氏の話から、現場感がひしひしと伝わってくる。そして、第3章が福島の「帰還か移住か」を考えるになっていて、飯田泰之氏との対談。

A君:第4章が化学物質のリスク管理から学ぶこと。そして第5章がリスクを選んで生きるという上野千鶴子氏との対談。

B君:そしてあとがきで終わり。

C先生:福島の人々は、放射線について非常によく勉強しているので、よく知っているようなのだけれど、本当のところはどこまで知っているのだろうか、と多少疑問に思ってしまうところもある。疫学とか統計とか、あるいは、細胞とかDNAとかいった知識をある程度は分かっている必要があるからなのだ。福島の人々のことを思って記述された本が少ないのも、問題点の一つ。国にしても県などの自治体の職員を考えても、問題の本質を正確にしかも福島の関係している人々に本当に分かるようにという意識を強くもって書かれた参考書がない。
 その意味で、多少難しいことは多いけれど、リスクというものをしっかり勉強しようという福島に関係する人々がまずは想定される最大の読者だろう。

A君:それ以外にも、報道ステーションの甲状腺がんの報道をけしからんと思わない人にも読んでもらいたいのですが、もし先に結論がある人なら、それは無理。イノセントにそう思っている論理が分かる人には是非読んでいただきたい。

B君:普通なら、福島の子供は気の毒だと思ってしまうのだろう。そして国はけしからんということになる。後日、環境省などが報道ステーションに抗議したが、その報道に対する反応で、読むべき人と読まない人に別れるという感じだな。読むべき人は、福島の子供は気の毒だ。ある種の特殊な思想をもった報道ステーションがあっては、福島の子供は救われないと思う人。そのような人には、本書を読んで、本当のところを知ってもらいたい。

A君:報道ステーションの報道姿勢を褒める人も居るけれど、そのような人は、福島の子供は国の謀略の犠牲者で、だから、甲状腺がんになってしまうのだ、と言い切れるような人でもある。このような人は、絶対に、この本を読まないでしょう。

B君:福島医科大が何かを隠している、という人も、謀略説が大好きな人だ。福島医科大の医師達は、福島のこどもを助けたい、無用な心配をしてストレスを受けて欲しくない、と本気で思っているのだけど。

C先生:最後に感想を聞こう。個人的には、放射線によるがんのリスクをどう数値的に表現するか、ということをもう少々考えてみる気になった。一つは、損失余命での表記が正しそうな気がしてきたこと。もう一つは、日本では30%もの人ががんで死ぬということを、もっと考慮した表現方法がありうるのではないか、という気がしたことだ。

A君:国や自治体の対応が疑問になりました。事故当時の政府の影響がまだ残っていて、結果的にリスクを過大に評価している。これが不安の原因になっているのだとしたら、それを速やかに解消することがなぜできないのか。これが最大の疑問ですね。住民の心に寄り添っていない。

B君:やはり甲状腺がんの問題だ。大阪大学の祖父江教授のように、問題の本質を捉えている人がいることに、ある種の感動を覚えた。検査というものは、それを受けた人にメリットがないかぎりやるべきではない。メリットは、その検査を受ければ、死亡確率が下がること。甲状腺がんはそうではない。

A君:今日の日経の一面の真ん中あたりにある記事によれば、ヤフーが遺伝子解析サービスをやるジーンクエストと組んで、スマホを使って生活習慣の改善の助言をするビジネスを始めると出ていたのですが、これだって、実際に健康であるうちは良いけれど、なにか悪いことが分かって、あるいは、遺伝子的に問題があることが分かって、それがストレスにでもなれば逆効果。

C先生:どうも、ヒトとは、すべてを知ると絶望せざるを得ない構造になっているということをもう少々理解することが必要だと思う。いきなり結論になるが、ヒトにとって、不都合なことを無視する、あるいは忘れるということは極めて重要な能力の一つだと思うよ。勿論、それ以前に、もっと正確に知ること、さらに、論理的に考えることが重要なのは事実だが。