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    ダイアモンド著「危機と人類」   04.26.2020
     パンデミックの日本をどう評価するか

      



 昨年の10月25日初版のジャレド・ダイアモンド氏の最新作です。この「危機と人類」は、しばらく前に買い込んでおいたのですが、このところ、「疫病の世界史」など、コロナと直接関係する本ばかりを読書の対象にしていたのですが、かなり食傷気味&疲労気味になっていましたので、対象をもう少々一般化できる書物に移ることにして、上下2巻で厚さも半端でない重量感なので、やや敬遠気味だったこの本を、やっと読む気になりました。
 上下2巻の概要ですが、本書は、3部構成になっています。
*上巻
 プロローグ
 第一部 個人
 第二部 国家 
  フィンランド・日本・チリ・インドネシア
*下巻
 第二部 国家の続き
  ドイツ・オーストリア
 第三部 国家と世界
  日本を待ち受けるもの
  アメリカを待ち受けるもの
  世界を待ち受けるもの
 エピローグ

 しかし、現時点でのコロナの日本における状況がどうしても意識から離れないため、読み方に大きなバイアスが掛かっている状況となりました。
 そのバイアスとは、極言すれば、日本政府への不満です。どう考えても、日本政府のコロナへの対応は、全般的な状況を見渡して、何が最善であるかを十分に検討し、その対応をするという基本的な発想が欠けていたために、かなり的外れな対応になったように思います。
 その代表選手が、「アベノマスク」でした。明らかに妙な選択でした。あのサイズは何なのでしょう。テレビに映る政治家が「アベノマスク」を付けていた例を見たことがありません。安倍首相の後継者を、早急に、しかも、強い意識をもって探すことが必須の段階となったようです。もう、充分以上に長い任期であったでしょう。アベノミクスだけが、政治目標のすべてであることは、現状の日本では、有り得ないことです。


C先生:ジャレド・ダイアモンド氏の著書はどれもそうだけれど、その内容の記述が非常に詳しい細部に及んでいるのだけれど、最終的には、非常にすぐれた大局観によって上手にまとめられている。

A君:ダイアモンド氏の経歴を見ると、なんと万能の才能を持った人物なのだろうか、と感嘆するしかないですね。

B君:米国生まれで、ハーバード卒業だけれど、英国のケンブリッジも修了、その後の大学人としては、UCLAの生理学者がスタート。著書としては多数あるけれど、やはり、「銃・病原菌・鉄」が面白いと思う。

A君:今回の著書「危機と人類」については、日経ビジネスに連続インタービュー記事があります。その第1回目が、これ。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00098/010800001/

B君:第1回目の主題は、なぜ「危機と人類」を書いたのか。もし有料会員であれば、すべてのビデオを見ることができる。

A君:その概要。奥さんのマリーさんも学者で、心理療法の専門家。問題は、どのような人が危機に対して対応でき、どのような人ができないか。その理由は、社会は様々なグループの人間からなるため。国家も同様に、様々な立場な人からなる。

B君:第2回目は、日本が直面している問題とは何か。非常に大きな政府の借金、出生率の低下などは良く理解されているけれど、ダイアモンド氏によれば、その1が、資源の無い国が海外に依存していること。世界人口が少ない間は、これまでの日本のスタンスで行けたけれど、今後は、世界人口はどんどんと増えるので、非常に危うい。
 その2が移民の問題。移民には利と害がある。これまで、日本は移民を受け入れていなかったために、消極的であったと同時に、まだ、移民の利と害をしっかり理解していない状況にある。もし、移民を受け入れないのなら、例えば、日本人の母親の支援をもっと真剣に考えることが必須。移民を受け入れるという全く別の方法を考えるなら、個人的には、カナダの移民政策を学ぶべき、としている。これは、要検討項目。
 その3が、日本と「中国」・「韓国」との関係。この両国と良好な関係を築くことが必須。これはドイツの歴史に学ぶべき。ポーランドやロシアとどう関係を構築したか。中国・韓国との関係について、米国を頼りにすることは間違っている。日本は、もっと、中国・韓国と対話をすべきだ。
 以下、省略。なぜなら有料会員でないのでビデオを見ることができないのだ。

A君:そして、英国の危機の歴史の話になる。これは、1950年代末から1960年代に起きた。その当時、ダイアモンド氏は、英国に居住していた。以前、イギリスは科学分野で世界をリードしていた。さらに豊かな文化史を享受し、世界最強の海軍を有し、大英帝国時代の記憶に浸っていた。

B君:しかし、1960年代になって、イギリスは「新しい自己と古い自己のモザイク」になった。このような状況では、選択的変化が不可欠。

A君:選択的とは機能不全が起きた部分と、有効に機能している部分とを明確に分けること。それによって、勇気をもって変えるべき部分を見極めること。

B君:自らのアイデンティティの基礎となる要素を選択し、その重要性を強調すると同時に、これらは絶対に変えないという意思を表明すること。

C先生:極めて合理的な記述だと思う。今回のコロナのパンデミックに関しては、日本政府は明らかに対応を失敗したと思う。小池都知事の対応の方が、まだ危機管理に近いものだった。恐らく、日本政府が、最初の二か月間ぐらい、しっかり検討し準備すれば、現状のようにはなっていないはずなのに、経済が低迷することだけが心配で、何もできない。そんな政府であった

B君:”科学的”というキーワードからは程遠いのが現政権。「アベノミクス」なる経済発展だけが重要。

A君:一方、台湾はすごかった。中国、韓国、日本を合わせた4ヶ国の中で台湾がトップ。韓国がその次。中国はコロナを発生した国なので、対応はなんとかなったけれど、高く評価することは難しいですね。そして、日本は明白に他に引き離された最下位

B君:ダイアモンド氏の記述に戻るけれど、「危機の帰結に関わる要因」として、以下のような12項目をリストアップしている。ただし、状況を2種類に分けていて、最初が、「個人的危機の帰結に関わる要因」であって、次に「国家的危機の帰結に関わる要因」が挙げられている。
 まずは、これから。ちなみに、現実=』以下には、筆者の個人的な感想を書いてみた。

「個人的危機の帰結に関わる要因」
1.危機に陥っていることをしっかりと認めること。
 現実=「当初、若者には全く危機感がなかった」。
2.行動を起こすのは自分であるという責任の受容。
 現実=「すべての日本人が責任を感じ始めたのが遅すぎた」。
3.囲いを作り、解決が必要な個人的問題を明確にすること
 現実=「やっと明確になったが、余りにも遅すぎた」。
4.他の人々やグループからの、物心両面での支援
 現実=「なぜか、ほぼ期待できない」。
5.他の人々を問題解決の手本にすること
 現実=「なぜ、台湾が上手に対応したのかの解析も行われていないのでは」。
6.自我の強さ
 現実=「日本の政治家の自我が強い=独善的なこと、だけは確実」。
7.公正な自己評価
 現実=「日本の政治家がとても公正とは思えないが、自己評価だけは高い」。
8.過去の危機体験
 現実=「お坊ちゃま育ちの首相が最悪の例」。
9.忍耐力
 現実=「現時点では、多分、余りない。歴史的には過剰とも思える忍耐力があった」。
10.性格の柔軟性
 現実=「かなり硬直的な人が多い」
11.個人の基本的価値観
 現実=「自分さえ良ければ、がはびこっている」。
12.個人的な制約がないこと
 現実=「個人が強い主張を持たないように教育されているが、政治家だけは別で浮いている」。

A君:個別に議論を始めることも可能ではあるけれど、次の国家的危機に関する同じような要因のリストも先に出してしまった方が分かりやすい。

B君:確かに。それでは国家的危機について。先ほどの個人的では省略したが、こちらはダイアモンド氏のリストを記述する。

A君:それでは、それぞれについて、若干のコメントをB君どうぞ。

B君:またかよ。
「国家的危機の帰結に関わる要因」
1.自国が危機にあるという世論の合意
 現実= 「日本の危機的状況は、まあやっと多少合意されたかな。しかし、遅すぎたので、対応が大変困難な状況になっている」。
2.行動を起こすことへの国家としての責任の受容。
 現実=「国家が責任を果たそうとしていなかった。しかも、何が責任を果たすことかが、理解されていなかった」。といったところか。
3.囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること。
 現実=「アベノミクスだけが突出。要するに、経済のみ」。「ヒトが死ぬということが現時点でも起きるということを、大前提として考えたことが無いのでは」。
4.他の国々からの物質的支援と経済的支援 
 現実=「当然、現状ではほぼ無し」。
5.他の国々を問題解決の手本にすること
 現実=「台湾がどうしてうまくできたのか。それは、トップの力の差だろう。この理由ゆえに、日本では、台湾の正当な評価ができない。これは日本の政治家の最大の問題だ」。
6.ナショナル・アイデンティティ
 現実=「何がナショナル・アイデンティティの最重要な要素なのか、合意できていない状況」。
7.公正な自国評価
 現実=「主観的な自国評価のみ。公正とは何かという検討すらされていない」。
8.国家的危機を経験した歴史
 現実=「現在の政治家は、自国のみで危機を解決したことは無さそうだ」。
9.国家的失敗への対応
 現実=「今回の失敗に対してどのような対応をするか、かなりの見物である。現状、アベノマスクのようなローカルな対応ばかり。しかも大失敗。これほどトラブルがある製造者にどうして発注されたのか、その理由を公開すべき」。
10.状況に応じた国としての柔軟性
 現実=「柔軟性はほぼ皆無だった。『経済が心配』がすべて」。
11.国家の基本的価値観
 現実=「何が基本的価値観なのか。となるとやはりアベノミクスだけ」。
12.地政学的制約がないこと
 現実=「この制約は、現状では非常に大きい。どんどんと地政学的な制約だらけになっている」。

A君:以上だけど、非常に簡単に分類すれば、最初が個人的認識で、次が国家的認識なのだけれど、首相の場合にはどういう認識が不可欠なのかとなると、この2種類が同時に認識されて、一つの解を提案しなければならなければならないのでしょうね。

B君:それはその通り。完全な独裁国家であれば、国家的危機だけを優先して考えれば良いかもしれない。となると、上記の国家的危機の1.の記述における「世論の合意」とは何か。恐らく、独裁国家であれば、不要。民主的国家の場合には、世論を含めた合意が不可欠。とうことで、ダイアモンド氏のこのリストは、民主的国家の場合を記述したものなのだろう。

A君:さて、それなら日本の場合にどうだったのか。個人的危機の1.である「危機の認識」は、「一部の若者の間では甘かったのではないだろうか」だけれど、かなり時間が経過してから、結局、自分自身に降りかかるということを認識した若者が増えたけれど、最初は、勝手なことをしても自分には何も降りかかる火の粉は無い、しかもその勝手な行動をすることだけれど、これをSNSにアップするが、カッコ良いので「いいね」が貰える、と思っていた節がある。

B君:それは、C先生がいつでも言っている「スマホ文明=SNSの害悪=衆愚の害」の一例なのでは。自分の興味があることをスマホで検索して知る、あるいは、自分の仲間とだけそれを共有することで満足する、という行動パターンであると、社会全体としての合意が本当の合意であるとは理解できない可能性が高い。「新聞を読むという行為の重要なことは、自分が選択しない情報に出会えること」という認識が欠落している。

A君:その通りでしょう。自分で探した情報だけが情報のすべてであると思い込むことは、非常に危険なこと。それは、あらゆる意味でそう言えると思う。

B君:最近の若者は単行本を読まないと言われている。それは、情報はすべてスマホで得られると誤解しているからだろう。「たまには本屋に行って、どんな本があるのか、一通り本を見渡す」という作業が恐らく無用なことだとされている。ところが、それでは不十分だ。なぜなら個人の検索能力など、大したことはなくて、自分の関心のみでスマホ検索を活用したところで、やはり自分の能力の範囲内の情報しか得られない。「偶発的に知る」というチャンスを拒否することの怖さを知って欲しい。

A君:「偶発的」な知識との出会いが個人の知識に深みと豊かさを与えてくれる。自分の調べたことだけで納得し満足しているようでは、自分の枠を超えることは不可能だ。自分の枠を超せないという状況は、個人の知性の拡大にとって、最大の危機的状況であると理解すべきなのでは。

B君:個人的危機のリストの4番目、5番目、すなわち、「他の人々やグループからの、物心両面での支援」、「他の人々を問題解決の手本にすること」といったところが、ほとんど無関係な状況になってしまう。となると、社会とは無縁な個人が勝手な行動をすることになる。このような現象が、今回のコロナ騒ぎで、日本の中でいくつか見られたように思える。

A君:次の「6.ナショナルアイデンティティ」、「7.公正な自国の評価」など考えたこともない若者が多いのでは。

B君:その次からは、特に、成熟した大人を対象としたリストの再掲になる。

A君:8.国家的危機を経験した歴史
 「現在の政治家は、自国のみで危機を解決したことは無さそうだ」。

B君:これまでの日本は、20世紀の間はあらゆるものがほぼ上昇し、そしてピークになった。しかし、21世紀になって、何をしたら良いのか分からない国になった。

A君:9.国家的失敗への対応
 「今回の失敗に対してどのような対応をするか、かなりの見物である。現状、アベノマスクのようなローカルな対応ばかり。しかも大失敗。これほどトラブルがある製造者にどうして発注されたのか、その理由を公開すべき」。

B君:都合の悪いことをとことん解明するというつもりのある政治家はいないのでは。

A君:10.状況に応じた国としての柔軟性

B君:これが最大の問題なのだと思う。『経済が心配』がすべて。国民にとって、本当は、何がもっとも重要なのか、その判断を再度行うことが、今回のコロナ対応の神髄だったのに、全く無視されたように思う。

A君:11.国家の基本的価値観

B君:「国家という存在にとって、何が基本的価値観であるべきなのか」。その答えは、絶対にアベノミクスの実現ではなかったはず。何が、国が守るべき重要項目なのか、それをゼロから考え直さなければならないことを突き付けられたのに、きちんとした反応ができなかった。

A君:12.地政学的制約がないこと

B君:「この制約は、現状では非常に大きい。どんどんと地政学的な制約だらけになっている。特に、中国という国の特徴を、日本人はまだ十分に理解していなかった。「何を目指すべき国なのか」に対する彼らの答は、その1が日本と同じで経済的な発展、その2が「国としての国際的影響力の拡大≒一帯一路」、そして、その3がもっとも重要で、「現政権の長期的継続」、だと中国政府は思っているだろう。

A君:その2があることが日本との違い。1、3は日本と同じ、というか、政治家にとって世界共通の価値観。

B君:今回のコロナについては、中国の武漢の研究所は非常によく研究していたのだろう、かなりの猛スピードで対応が行われた。まあ、非意図的な流出だったと思いたいが、彼らは今回のコロナについて、あらかじめ情報をしっかり持っていたことは事実だろう。これが他国との最大の違い。台湾がどうしてあれほど的確に対応できたのか。何か、中国から重要な情報が流れたのか、そのあたりを解析したいぐらいだ。

C先生:そろそろ終わりにしよう。この書籍の第3章は、「近代日本の起源」という題目になっている。そして、明治日本の指導者が、どうして、あのような新しい国造りを実現できたのか、が記述されている。その答えは極めて簡単。1930年以降の日本の指導者と、明治日本の指導者は決定的に違ったから。それは、「明治時代には、軍幹部を含む多くの日本の指導者が海外に派遣された経験があった。そのため、中国やアメリカ、ドイツ、ロシアの現状や陸海軍の実力を詳細に直接知ることができ、日本と各国の国力差を公正に評価できた」。
 これに対して、「1930年に中国大陸に展開していた日本陸軍は対象的だった。大陸にいた将校たちは若く急進的だったし、海外経験も無かった。そして、東京の大本営にいた経験ある指導者層の命令を聞き入れなかった若き、急進派将校たちは、アメリカの工業力や軍事力を直接見聞きしたことがなかったし、日本の潜在的敵国についても無知だった」。
 現時点で国政を担当している政治家達は、果たして、明治時代の指導者達のように、海外経験を十分に積んでいて、広い見地から合理的な判断をすることが可能なレベルの人々なのだろうか
 一つの考え方として、「国会議員に立候補するには、海外経験連続何年以上という制限を付けることが必須」なのではないだろうか。
 さらに言えば、このところの政治家はかなり傲慢で、公務員を自分の小間使いだと思っている節がある。そのためもあって、現時点の公務員は忙しすぎて、海外経験が十分とは言えないのではないか。すなわち、無能な国会議員への対応などに追われていて、充分に海外経験を積ませるだけの余裕が無いのではないか。
 公務員の能力が落ちるということは、国力が確実に落ちることを意味しているので、大変に危険なことだ。
 とにかく、まずは、小選挙区制を元の中選挙区制に戻すこと。そして、国会議員に立候補する条件として、海外経験(まあ2年以上滞在か)と語学力(≒英会話力と英文読解力)を条件にすることが、最初のステップではないか。
 そして、公務員が国会対応(より正確には国会議員対応)で無駄に使われている実態を明らかにすることによって改善し、やはり、公務員にも充分な海外経験のチャンスを与え、各省の幹部候補を十分な数を育てるシステムを確立することも必須だろう。このような対策を実現すべきだ。
 もし、これが出来なければ、「日本は、極東の辺境の国へまっしぐら」であるように思えるのだ。