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   カーボンプライシング:非化石価値取引
     
やはり炭素税が単純かつ効果的か 04.09.2017
               



 環境省の長期低炭素ビジョン小委員会は、3月16日に第14回が行われ、報告書の取りまとめが完了し、一段落となりました。
 気候変動問題の科学の基本から、世界の潮流と約束された市場への挑戦、我が国の状況や課題、そして、長期大幅削減の基本的な考え方準備をして、第5章で、長期大幅削減の絵姿第6章で長期大幅削減の政策の方向性となっています。
 最終章のp44から、カーボンプライシングの記述が5ページ半に渡って続きますが、今後、具体的な検討を進める中で、もっとも中心的議論になりそうなのが、このカーボンプライシングをどう実現するかです。非常に多種多様な方法があるもので、それが現実的かつ有効なのか、という議論が無限に続く可能性すらあります
 勿論、方法論を大別すれば、炭素税と排出量取引に分けることができるでしょうが、それ以外にも、いくらでもバリエーションが有り得ます。
 非化石価値取引という新しい仕組みの準備ができたようですので、チェックしてみました。


C先生:長期低炭素ビジョンにおける5ページ強の記述の中で主張していることは、カーボンプライシングが有効であるという主張。OECD、世界銀行、IPCC、などの国際的組織は、カーボンプライシングの有効性という点では、一致している。となると、どのような仕組みが現実的で、かつ有効であるのか、という具体的検討が必要で、今後、長期ビジョンを現実の施策設計に移行していく段階では、様々な議論が必要不可欠になることだろう。
 ということで、今回は、現状を分析してみるということにしたい。非化石価値取引というものが準備できたようなので。

A君:ちょうどWedgeという雑誌を読んでいたら、「始まる電力の「環境価値」取引市場:世界に通用する制度設計を」という朝野賢司氏の記事(Wedge、2017年4月号)が目につきました。実は、このところ、CDPランキングに関心があるもので、最初は、その記事のつもりで読み出したのですが、記述は、この4月からはじまった「非化石価値取引市場」が「環境価値」を取引するということでした。これは新しいと思ったのですが、この記事のトーンは、国際的に通用する環境価値の算定基準=GHGプロトコルとの乖離がひどくて、企業から見たときの魅力が無い、とかなり批判的でした。

B君:丁度できたばかりの、「非化石価値取引市場」の説明から行くのが良いのではないか。
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/shin_ene/pdf/017_03_01.pdf

A君:まず、非化石燃料ですから、COが発生しないエネルギー源を意味します。それらを大別して、再生可能エネルギーと、原子力+大型水力に二分しているようです。というよりも、FIT電力とそれ以外のCOゼロ電力に分けるという考え方が基本のようですが。

B君:まだ、充分には精緻化されていないような記述が次の文書ではあるので、以下の記述は、間違っているかもしれない。いずれにしても、CO排出係数0という記述は、FIT電力であっても、原子力・大型水力であっても可能だけれど、「再エネ由来証書」という言葉での主張は、再エネ指定(FIT電力)なら行うことができる。

A君:要するに、証書を購入することによって、電力使用者は、COを排出しない電力を買っているという証明ができることになる。しかも、原子力による電力を買っているのではないことも、分かることになる。

B君:朝野氏の記述によれば、ヨーロッパでは、ノルウェーの水力発電の電気を買っているということを証明する発電源証明書が、安価に大量に売られているらしい。もっとも、英国は、Brexitに関係することなのかもしれないが、海外電力のこのような電力証書を輸入することは許されていないとのこと。

C先生:パリ協定以来、企業活動の評価が、かなり、企業からのCO排出量に偏った形になってきた。評価主体としてその先端を走っている組織がCDPだ。昔は、Carbon Disclosure Project だったが、今は正式名称もCDP。イギリスに本部を置くNGOで、エクゼクティブチェアマンがポール・ディケンソン氏。

A君:CDPの活動の仕組みは、CDPが質問表を企業に送付し、回答内容を評価するけれど、その回答が正しく実情に則って作られたかどうかを精査する訳ではないのです。評価はAからE。自分の企業は、「CDPの評価がAマイナスだったから、まずまず」と胸をなでおろす担当者が多いです。
 ちなみに、日本企業の2016年の評価を知りたければ、
 CDP 気候変動 レポート 2016:日本版
検索して下さい。すぐに出ます。この文書のp28以降が日本企業一覧になっています。

B君:最近、多くのグローバル企業にとって、CDPの評価を無視できなくなっている感じだ。パリ協定が、CDPの成長のネタになった。敢えて言えば、パリ協定の序文に書かれている『気候正義』(Climate Justice)という言葉が威力を発揮しているような気がする。

A君:まずは、このような「再エネ由来証書」といったものが重要になっているのも、実は、CDPの影響だと言えるかもしれません。米国の先進企業、例えば、アップルとかグーグルなどは、再生可能エネルギー100%を実現するとしていますし。

B君:朝野氏は、日本と海外の状況が違うから、日本の企業と他国とを比較し、日本は遅れているというのは、単純化しすぎだと主張しているけれど、我々の言い分は、日本の企業の場合だと、『気候正義』のために、COをゼロにするとは言いにくいのは、国民性の違いであることに間違いはない。すなわち、もし企業が『気候正義』のために高い電気を買っていますと言ったとき、日本人株主にとって、それが良いことだという感覚の人は極めて限られているのではないだろうか。

A君:良くも悪くも、日本の正義の構造は、残念ながら富士山型ではなくて、八ヶ岳型。すなわち、登り始める地点によって、頂上が違うのが日本という多神教型の文化なのだ、などと言っていますからね。しかし、海外の富士山型の正義の構造も理解できないと、世界のトップ企業のマインドが理解できない。そのうち、遅れてしまうというリスクは大きいですね。

C先生:そろそろ仕組みは分かったようだから、なぜ、このようなシステムをエネ庁を中心に作ろうとしているのか、その説明に行こう。

A君:それは、やはり「FITは失敗だった」と言われていることに遠因があるのでは。

B君:確かにその通りで、平成18年度のFIT制度のために電力料金に加算される賦課金は、1兆8千億円(平成16年度)。これは更に増える予定で、30年度における再エネ割合22〜24%が実現できたとすると、年間3兆円になる。こんな金額は支払えない、と言う人も多いので、なんとかそこを補填できる仕組みとして、この制度はあるようだ。

A君:FITは失敗だと言われるのですが、実際のところ、失敗したのは、太陽光システムで、これほど世の中の事業者が強欲であることを認識していなかったお人好しのシステムであったということだけで、これだけの投資をすれば、これほど乗ってくるということが分かっただけでもかなりの学習だったのでは。

B君:日本の自然エネルギーの最終型は、どうみても、風力が中心にはならないと思うのだ。なぜか。それは風況が良くないから。そもそも、山がちなので、風が弱い。しかも、山によって風が回ったりするので、性格も悪い。洋上風力には、海が深い。バルト海などは、10mぐらいの海がずーっと続くけれど、日本だといきなり深くなる。しかも、台風が来ると、秒速70mといった風が吹いて、風車が倒れたりする。となると、結局、日本の自然エネルギーは、太陽電池と電気自動車に一度使われた中古バッテリーの組み合わせによる供給ぐらいしか考えられない。

A君:そのためには、かなり高いコストを払ったということではあったけれど、太陽電池ならなんとかなるという実証実験がなんとか行われて、良い経験にはなった。次の世代の太陽電池は、さらに値段が下がってくるから、これまでよりはかなりマシなはず。

B君:もう一つの要素が、2030年での26%削減で、それには、再生可能エネルギーが20〜22%、原子力が22〜24%、合計で44%も導入しなければ達成できないシナリオになっている。

A君:この44%は、実は、2030年がもっとも簡単で、それから、原発がどんどんと古くなるので、2060年過ぎには、ゼロになってしまうので、どんどんと難しくなる。

B君:再稼働する原発には、かなりの投資をしているので、安全度は、相当上がっているのだけれど、豊洲事件でも分かるように、その安全度がここまで上がったという説明をできる人がどこにいるのか、という状況。しかし、電力が安定して供給できる電源としては、かなり貴重ではあるし、しかも、再稼働に限れば、発電コストはかなり安い。これを使わない手はない。

A君:そうですね。しかし、古い原発を、新規原発へのリプレースが行われるとも思えない。福島事故のお陰とも言えるのだけれど、最近の新規建設の原発には、安全設備が大量に入るものだから、コストアップが相当なものらしくて、英国で建設をすることになっている原発も、当初1兆数千億円程度だったものが、
2兆円を超したしい。しかも、中国とフランスとのジョイントベンチャーのようなことで、価格を下げることになっていたのだけれど、それでも価格上昇は激しい。

B君:シェールオイル・シェールガスのような新技術のお陰で、2050年ぐらいまでは、それに依存することが可能という国が増えた。トランプ大統領は、石炭の採掘量を増やすと言っているけれど、実は、石炭のコストは鉱山作業は危険なので、それほど安くはない。シェールガスに勝てない。だから、言葉だけの効果を狙って、石炭を増やすとは言ったけれど、ビジネスマンとしては、実際にはやるフリをするだけではないか。

A君:いずれにしても、日本は、恐らく、太陽電池+中古バッテリーというスタイルで、大量の再生可能エネルギーを導入する社会になるのでは。地熱、風力、洋上風力などは、ちょぼちょぼ入る。海洋エネルギーは、南の島嶼部には、わずかに入るかもしれないけれど、まだまだ見通しは無いに等しい。入るとすれば、海流発電が安定性が高いかもしれません。

C先生:ということで、資源エネルギー庁としては、FITの経験を活かしつつ、新しい仕組みを導入して、少しでも賦課金を減らそうとしている。それと同時に、44%のCOゼロ電力をどうしても実現しなければならない。法律的には、小売電気事業者は、エネルギー供給高度化法に基づき、自ら調達する電気の非化石電源比率を2030年度までに44%以上にすることが求められている。この強制力を実現するためにも、様々な新しいシステムを導入しなければならない、ということだ。さらに、すでに指摘されたように、2030年から先の見通しは、原発は特にかなり暗いので、それに対応しなければならない。

A君:朝野氏は、記事の中でいくつかの主張をしているのですが、それをご紹介します。
 まず、今回の「非化石価値取引市場」は、2030年が間近になるまで、電力小売事業者にとって、インセンティブが働かないと主張しています。そうかもしれない。しかし、間近になると、価格が急激に上昇するかもしれないので、事業者としては、タイミングが難しいということになるのかもしれません。

B君:もう一つですが、温暖化対策推進法の枠組みにあるJ−クレジットという制度を使えば、省エネなどでもクレジットの獲得ができてしまう。これは、CO排出量の減少には確かに貢献できているのだけれど、「非化石価値」というものではない。このあたりとの整合性を実現しないと、妙なことになるという主張です。

A君:それはその通りですね。例えば、ネガワットと呼ばれる概念があって、ある工場に省電力用の設備を導入して、需要がピーク時の電力使用量を下げることができたとすると、それは、送電線の運用上メリットがある。言い換えれば、デマンドレスポンスの向上(送電システムの安定性の向上)に寄与したことになる。そのためのネガワットを実現すれば、ご褒美を貰えるというシステムがあります。たしかにメリットはあるのですが、それは、気候変動に対するものではないので、完全に区別する必要があります。

B君:最近では。キャパシティと呼ばれるものにもデマンドレスポンスに有効ということで、取引の対象になっています。要するに、例えば、石油などを使った発電所を持っていて、普段は運用しないけれど、電力消費量が急に増えそうとなったときには、運用できるように準備しておく。要するに、そのような能力(=キャパシティ)を提供することに対して、費用を払うこと。

A君:朝野氏の原稿にあるように、COゼロの価値はゼロエミの価値と表現されているようですけど、デマンドレスポンス系の価値とは全く違うのです。デマンドレスポンス系は、電力配電企業が受益者ですが、ゼロエミの価値は、法規制で定まっていることなので、まあ、国と国民が受益者でしょうか。

C先生:そのあたりは、エネ庁がきっちりと仕切ることだろう。いずれにしても、非化石価値の取引ができるようになったのは、一つの進化かもしれない。ただし、取引ならなんでも良いのか、あるいは、炭素税が良いのか、という議論はいつでもつきまとう。今回の朝野氏の主張では、2030年という達成年度が決まっているので、それ以前には事業者にとってインセンティブはないということにしても、炭素税であればその制度設計の方針次第で、炭素税の価格をいじることで、いくらでもインセンティブを創出することができる。行政側としては、炭素税の方が、制度設計などのやりがいもあると思うのだけれど、政治家などの了解を得るのが大変ということなのかもしれないが、日本では、なかなか炭素税という声が出てこない。スティグリッツ教授が言っていたこと、すなわち、消費税を増やすと、需要が縮むので、効果は限定的。現時点の先進国は、需要を増やすことで、経済の拡大を目指すしか無いので、消費税よりも、新しいイノベーションを誘発する可能性の高い炭素税の方が良い、という経済理論が、あらゆる機会に、もっと議論されるべきだと思うね。