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    「美味しんぼ」騒ぎをどう見るか 
   05.18.2014
            「科学的に正しい」ということの復習



 今回の「美味しんぼ」騒ぎは、福島第一原発事故以来、低線量被曝というリスクに対して、日本中を覆い尽くしていた大混乱を多少なりとも整理するには、非常に良いチャンスだったのだろうと思います。

 たまたまFacebookにある方がアップした記事が大変気になったのがきっかけで、「科学的な真実」とはどのようなことを意味するか、について、長文のコメントを書きました。それがきっかけになって、結果的にかなり長い対話が行われました。折角ですし、ここで示す視点からの議論は本質的であると思っていますが、比較的少数のように思いましたので、記録に残しておきたいと思います。

 話題は、「美味しんぼ流の真実」と「科学的に証明された事実」とは全くの別物


安井コメント

 美味しんぼの著者はブログで、「私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない」、と述べています。「真実」という言葉に違和感をもつ理由は、「鼻血と低線量被曝を関連付けているが、それは科学的に証明された事実ではない」。「今後も証明されることはないだろう」。それだけです。

 放射線によって人体が受けるであろう悪影響を、放射線というものの本質と、人体のもっている機能と反応のメカニズムの両面から考えると、鼻血という現象が生じる可能性があるのは、被曝後1ヶ月以内に死亡するレベルの莫大な被曝を受けたときに限られるという科学的常識、言い換えれば、「鼻血と低線量被曝は無関係」という科学的常識に反するからです。

 一部の人に批判されている読売新聞の社説では、「国連の専門委員会も、「住民に確定的影響は認められない」との見解を示している」、という文章での『確定的影響』をどう読んだのでしょうか。実は、前の段落の中身そのもので、1000mSv以下の被曝は含まれません。

 1000mSv程度までの放射線被曝の影響は『確率的影響』と呼ばれますが、比較的短期間での白血病、そして、その後かなり長期間を経た後の発がんを考えれば良い、というのが科学的常識です。例外的に、細胞分裂をしない細胞からできている心臓への影響が、多少考慮されているぐらいです。これが間違っているという医学的証拠は、今のところ有りません。

 「何をもって正しいとするか」、ですが、科学の世界では、これが「正しい結論」と主張する人が999人、それ以外の人が1人になったら、そこで勝負ありです。妙な意見や論理を超えた主張を持っている人は必ずいるので、決して、1000:0にはなりません

 999:1が500:500に戻り、最終的に逆転することもありますが、歴史的にみると、かなりの大発見が行われたときに限られます。

 鼻血が出る理由は、かなり多様であることを考えると、「低線量被曝と鼻血の関係」は、突っ込んだ研究をする動機が無さそうなテーマなので、今後、大発見がでるとは思いにくいです。すなわち、現時点からしばらくの間は、両者は無関係という結論で科学的には「正しい」と思います。

 雁屋氏の主張からみて、彼がこんな理解をしてくれるレベルにある人だと期待してはいませんが、国会議員なら、周囲から科学的に説明されているので、ここでした説明程度まではすでに理解していると思います。

 それにしても、「この漫画を批判する人は推進派だ」、などと断定する人、あるいは、「本当の敵を見過ごすな」などと言う人は、科学リテラシーのないことを自己宣言しているようなものです。

 鼻血で困った人が多かった、ということは、もし事実であるとしたら、全く別の問題として考えるべきなのでしょう。


Eさんのコメント

 チェルノブイリでも鼻血はそうとう出ているようですね。放射能との関係はわかりませんが。 ざっと20%くらいでしょうか?


Uさんのコメント

 医学の世界で因果関係が成立するのは30%台後半と言われております。
 薬が医薬品として認められるラインがそうだからですが、それはあくまでも良い結果についてのラインであり、悪い結果としての線引きも同じであってはならないと思います。
 20%もあれば、これは十分すぎる、というか恐ろしく高い確率ですね!


安井コメント

Uさん 疫学という学問分野が、人体影響について、原因とその結果に因果関係があるかどうかを判断する分野ですが、統計的に有意かどうかが判断基準です。しかし、それだけでは医学的に不十分でして、原因と結果の間に学問的に妥当な説明ができることが必要です。さらに、鼻血のように多様な原因がありうる症状の場合には、他の原因では疫学的な説明ができないことも検証することが求められます。

 例えば、それまで広い土地にある一軒家に住んでいたけれど、密集して建てられた仮設住宅に移ったために、感染症が伝染しやすくなり、鼻粘膜の炎症が多くなった。台所が狭くなったので、食事が単純化し、アレルギー体質に変わった。これまでの生活環境と異なるために、精神的ストレスが増えた。などなどの原因をひとつひとつ潰していくことが必要です。そして、やっと鼻血と放射線の因果関係が成立します。このような手続きを経て、はじめて科学的な結論だと認められます。

 前回、鼻血は別の問題として取り扱うべきだと書きましたが、その意味を説明します。鼻血が出たことを統計データとして採用し、それが劣悪な居住環境を強いられたこと、精神的ストレスが多い生活を強いられたこと、などを証明するために使う、というアプローチの方が、科学的アプローチだと言えるので、福島の住民にとって、有用だと思います。鼻血は低線量被曝の影響、というロジックはまず通りませんので、それで補償が増えるというものではないでしょう。福島には、補償額を判断する合理的な基準が必要です。このあたりの感覚をもつことが、政治家にとって極めて重要なことなので、彼らは理屈をよく分かっているのです。


Uさんのコメント

 なるほど、原因と結果の間に学問的に妥当な説明は確かに必要ですね。分かり易い例えでした。

 雁屋氏の放射線と鼻血の因果関係についての理論的アプローチは確立されていないという事ですね。

 ただ、放射線が人体に与える影響については未知数だらけで、逆に何故影響を与えないと言えるのか?という反論に対しても、否定派は明確な回答ができないのが現状かと思います。


安井コメント

Uさん 「放射線が人体に与える影響については、未知数ばかり」ということは、必ずしも正しいとは思いません。ヒトという生物がかなりつかみどころのない存在であることは事実ですが、生理学的な現象は、かなり良く分かってきました。まだまだ未知の部分が多いと言えることが2つありまして、その一つが、大脳(精神的ストレスなど)と健康との関係。そして、もう一つが、60兆のヒトの細胞の数よりも多い100兆個と言われている腸内細菌と健康の関係。この2つが代表的なものだと思います。ヒトの健康は、余りにも大脳による影響を受けやすい状況になっていることが、しばしば無視されていますし、腸内細菌がいかに重要かを知らない人々が多すぎます。

 このような未知が多い状況に比べれば、放射線のヒト健康への影響は、化学物質の影響や食品の影響に比べると非常に単純でして、未知の要素はほとんどありません。理由は、基本的に物理現象であり、それが体内で引き起こす変化が、活性酸素の発生とその影響に限られているからです。化学物質の場合のような、ヒトの体内にあるレセプターなどへの影響を考えないで済むのです。

 このような詳しい説明は、中西準子先生の最近の著書「原発事故と放射線のリスク学」をお読みいただけると幸いです。短期的には白血病と長期的には発がんを考えれば99%よいのです。これが999:1の999側の論理です。

 ただし、低線量被曝と発がんとの関係については、100mSv以下の被曝量と発がんのデータを集めても、被曝量の推定が怪しいことと、影響が余りにも見えにくいので、広島・長崎の数万というデータを集めても、確実なことが言えないのです。要するに統計的に有意のデータにならないのです。

 もう一つ言えることは、発がんという現象が、ヒトにとって余りにも一般的な現象になってしまったことも、統計的に有意になりにくい要因です。30%の人ががんで命を落とすという状況だと、100mSvを被ばくしたときに、がんによる死亡確率が0.5%程度増加すると言えるのがぎりぎりで、10mSvの被曝で、0.05%程度増加する、と断定的に言うには、相当に確実かつ莫大なサンプル数が必要になるのです。

 これが未知数とおっしゃるものの実体です。低線量被曝によって、いままで考えられないようなことが起きると主張している人は、999:1の1側の人だけです。例えば、ECRRのB氏とか、ペクチンで有名なB氏とか。日本にも何人かおります。

 100mSv以下の場合には、それ以上の場合を原点に向けて直線を引く。これがいわゆるLNT仮説ですが、そう考えようという約束事だと考えていただければ良いかと思います。

 最後になりますが、なぜ放射線が鼻の粘膜に影響を与えないと断定できるのか?という疑問に反論することは、「悪魔の証明」に類することであり、科学的なロジックが組めないことが、「否定派」が明確な回答ができない理由です。科学というものは、その基本構造ゆえに、絶対に起きないこと、絶対に無いこと、などは論理的に証明できないのです。


Tさんのコメント

 安井至さんの説明が正しいか否かは、同様に環境が変わったけれど、福島から離れた被災地と比べればすぐわかることと思います。岩手県の被災者に鼻血の問題があったということは聞いておりませんが、福島と同様にあったのでしょうか。無かったとすれば、放射線と鼻血の関係は証明されると思います。科学者が自分の手法や、一般的に認められている説に信頼しすぎては、真実を見落とすし、救済を遅らせるということは、水俣を始めとする様々のケースから留意すべきことと思います。3.11以後、市民は科学者の発言に信頼することの危険性を痛感したと思っています。長期にわたり現地を歩いて感じ取ったことは貴重で、予防原則重視であるべきと思います。


安井コメント

Tさん 前半の反論は、すでにしてありますので省略します。

 「ある」と考えて取り組むべきだという主張を予防原則とお考えのようですが、それは予防原則という言葉の誤用です。予防原則という言葉は、EUの定義あたりが妥当だと思いますが、「因果関係に科学的な蓋然性がある程度あるときには、費用対効果を考えた上で予防的に取り組むべし」ということです。誰かが、これが危険だから、と言ったことにすべて取り組むということは、余りにも非効率です。

 私の説明は正しいか、どうか、というよりも科学の世界での正しいかどうかは、その説を何人が正しいと思っているかどうかで決まる。すなわち、私の説明は、現在の多数派、999:1の999人の考え方の説明をしているだけです。

 ところが、メディアは、このような状況を知りつつも、999:1=1:1であるという報道をします。これは正しい報道というものの定義が違うからです。

 我々にとっては、「その報道から受ける印象が、科学的に正しい説明に近いこと」、が正しい報道の条件ですが、メディアの定義は、「誰かがどういう発言をしたかを、正確に伝達すれば、正しい報道」なのです。

 予防原則を適応するかどうかを判断するとき、その主張をしている誰かが、999:1の1の側であれば、特に、慎重に判断をすべきだと思います。


Uさんのコメント

 低レベルであっても、放射線を人体が浴びることによって出てくる可能性のある全ての症状を、国は公のメディアで公開はしているのでしょうか?

 それは国民が最も知りたがっている点のひとつではないでしょうか? それを、「それは不安を煽り立てるから・・・」等というのは愚の骨頂で、国民としての知る権利です。


安井コメント

 国が公のメディアで公開はしているか、ですか。
 調べてみました。厚労省は、「関係機関等のホームページ等を参考にしてください」。(官僚の文章だ!!)
 そこで、関係機関等が具体的にどこか、を調べると、いくつか出て来るのですが、もっとも専門家だと言えるのが、(独)放射線医学総合研究所ですので、
http://www.nirs.go.jp/information/qa/qa.php
がよろしいか、と思います。その質問1に、放射線の人体への影響がありますが、”低線量被曝のときには、がんだけを考えれば良い”のが常識だ、という理由だと思いますが、がんだけしか記述してありませんでした。
 まあ、こんなところが実態ですが、多分、こんな対応で良いというのが999:1の999側の合意です。なんといっても、「xx(病名)は放射線被曝とは無関係である」、ということは、悪魔の証明になりますので、科学的に決して証明できないことなのです。


Uさんのコメント

 ありがとうございます。
 本当はNHKニュース、報道ステーション等視聴率を取っている番組で公開するのが、最も国民に知れ渡る方法だと思います。
そもそも低放射線被爆において可能性のある発症状も、大々的に情報公開しておけば「美味しんぼ」のような問題も起こらなかったのでは?と思います。
 国・東電・その他の言動が、明らかに福島の実態を隠していると取れる現状において、健康面においてもこれは放射線、あれも放射線の影響か?と国民が疑念を抱くのは無理もないところです。
 ちなみに放射線医学総合研究所は原子力ムラの一員と思っておりますので、私は全く信用しておりません。


安井コメント

Uさん 原子力ムラかどうか、その定義は、どのぐらい電力会社からの研究資金が入っていたかどうか、といったことでしょうか。文部科学省の研究所(現時点では独立行政法人)だけに、余り可能性は無いように思っていましたが。


Uさんのコメント

 独立行政法人、財団法人、社団法人、●●法人と名の付くところにとって、国からの助成金を獲得できるかどうかは死活問題です。
 天下りを受け入れる事が、助成金を貰える条件となっております。
 (もちろん表立っての条件ではなく,大きくお金を動かす法人が対象となりますが、断れば黙ってカットされるだけです。)
 これでは国の意向に反する活動は基本的にできないでしょう。


安井コメント

Uさん 最後の「国の意向に反する活動はできない」という文章ですが、「国」というものが何を意味するのでしょうか。国民、政治家(国会)、政府、官僚、司法、それとも経団連などの大企業からなる産業界?

 結論的に言えば、現時点、原発に関して積極的な推進という意図なり意思を持っているのは電力会社とそれを応援する大企業だけで、政治家も、政府も、官僚も、そろって国民の動向を見ているだけです。自民党にしても、余りごり押しをすると支持率がどこまで下がるかを見極めているのが現状。政府、官僚も、むしろ、東電が過去の力を取り戻さないことを望んでいると思います。福島第一以後、様々な状況が格段に変化して、これが現在ある状況と言えるでしょう。

 財団法人、社団法人をひとくくりにするのは無理でして、一財、一社、公財、公社では全然違います。しかも、このところ、政府からの金を頼りにしていても、生きられないのが現状のようです。

 独立行政法人は、第一のクライアントは、国民であって政府ではないので、一般に、国民からいかに評価されるかを第一の評価基準にしています。放医研の場合には、国民のうちでも、放射線治療、特に、重粒子線治療に期待している国民が最大のクライアントだと思います。私も、重粒子線治療が有効と思えるがんにでもなったら、お世話になろうか、と思っています。


Uさんのコメント

 日本は形上独裁国家ではありませんので、実際にお金が出るのは●●省ですが、広義においては産官学ひっくるめてとなるでしょうか。

 ●●法人はもちろん各々状況は異なるでしょうが、現実私の知り合いで財団法人を立ち上げ、国の金を使って商売するのが得意な人間がいますし、これまた知人である某社団法人の役員は、天下りを拒んだ為助成金が下りず、厳しい経営を強いられてる、と嘆いております。

 重粒子線治療は金持ちだけでなく、貧乏人も受けられる治療になって欲しいところです。そうでなければ真の治療とは言えない、と私は定義付けしております。