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    続PM2.5悪者論
      03.03.2013
         クローズアップ現代 疫学の解析法



 前回のPM2.5の記事の付録のようなものです。



 NHKもときどき変な番組を作る。低線量被曝の番組でも、ICRPを悪者にした、非常に変なものがあった。

 今回のクローズアップ現代でも、危険を煽って受けを狙う態度がミエミエで、ある意味、良識のレベルを超していて、みっともなかった。クローズアップ現代は、比較的まともな番組なのだが、健康リスクとなると、どうも、本当の中味は分かっていない、とも言える。

 何が本当に健康に悪いのか。もっとも悪いモノから順番に退治をしなければ、意味が無いのだが、そのような大局観を感じることはできなかった。

 特に、黄砂とPM2.5でNPAH(Nitropolycyclic aromatic hydrocarbon)ができて、それが健康に悪影響を与えるるというところは、脅迫でしかないのでは。本当のところ、NPAHはどのぐらい生成していて、それがどのぐらい危険なのだろう。そもそも、NPAHといっても単一の物質ではないので、どうやって評価するかも問題である。

 要するに、全く定量性のある報道ではなかった。恐らく、NPAHのリスクを算出してみよ、と問われても、このような問題では疫学的な調査もできないだろうし、結果的に誰も答えられない種類のものだろう。

 疫学的に検討が不可能な課題については、報道すること自体がほぼ無意味である。単なる脅しにしかならないからである。

 これまでの経験を活用して、まあ大丈夫だろう、ちょっと心配した方が良い、などと評価するのが最良の対応である。

 それなら、研究を継続することには意味があるのか。

 日本における大気汚染の研究テーマは、大気の質が良くなりつつあるために、徐々に重要性が減っている。しかし、研究者としては何としても新しい課題が欲しい。これは、研究者として当然とも言えるが、本来であれば、自分の研究分野か研究地域を変える決断をするのが正解だと思う。

 環境研究というものは、もともと社会的なニーズに対応する問題解決型の分野なので、本来、そういうものなのである。安全研究なども同様であるが、自分の研究が進化すればするほど、危険なものが減るという成功を収めるのだが、同時に、自分の研究課題は減少し、そして、窮屈になるものなのである。

 環境研究者は、したがって、常に非常に広い視野をもって何がもっとも重要な社会的な課題であるかを見出し、それに挑戦するという特性を備えている必要がある。例えば、大気汚染の研究者にとっては、日本を出て、中国やアジア諸国に研究の場を移すことも、重要な選択肢になる。語学力は、したがって、環境研究者にとって必須の能力である。


 さて、それはそれとして、ここからが本論である。

 疫学とは何か。これは重要な検討課題である。疫学の全体論ではなくて、どのようなデータをどのように処理して、どのような結果を導いたのか。これがもっとも重要なポイントである。

 前回の記事で疫学的な知見、短期的な影響で、65歳以上について検討された疫学の結果を紹介した。このような疫学で何をデータとして取っているのか、より具体的に明らかにしてみたい。

 環境省の微小粒子状物質曝露影響評価報告書によれば、次のような記述になっている。
http://www.env.go.jp/air/report/h19-03/index.html

 全国20地域を対象に、平成14〜16年の人口動態調査死亡データ及び大気中PM2.5等濃度測定データに基づき、解析モデルとして国際的に用いられているGAM(Generalized Additive Model)等を用いて(気温等の影響を調整)、全死亡(外因死を除く)・呼吸器疾患・循環器疾患等の死因別に、地域毎のPM2.5単位濃度増加当たりの日死亡リスクの増加量を推定した。

 一見、難しいように読めるが、その実態は、単なる死亡者の日変化だけである。外因死を除くということなので、交通事故などの死亡は除外されており、大気汚染なので、当然、呼吸器疾患による死は、しっかりと解析されている。循環器は、呼吸された毒性物質が影響を与えるとも考えられるので、検討されている。

 ここでは、細かいことはすべてオミットして、非常に大雑把に、全死亡を対象として、どのようなことが行われるのか、そして、本当に見えているものは何か、といった検討を行うことにする。全死因について、もっとも簡単に入手可能な厚労省の人口動態のデータを使って、検討してみよう。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai11/dl/gaikyou23.pdf


図 死亡数の年次推移

  

表 平成23年の死亡統計: 死亡年齢

 平成23年の日本の死亡者は、外因死を含めて、総数125万3千人。そのうち、65歳以上の死亡者は、106万7千人である。1日あたりにすると、365で割って、2923名である。この数値を使うのも面倒なので、エイヤと3000名/日とする。

 検討会での解析結果は、「呼吸器疾患の3日遅れの死亡は有意であったが、それ以外の結果は明確ではなかった。PM2.5濃度10μg/m3あたりで、全死亡で0.8〜2.4%、循環器系死亡で1.2〜2.8%、呼吸器系死亡で0.8〜2.8%で、米国の諸研究の下限値に近い値であった」、とされているが、これを具体的な数値に直すと、以下のようになる。

 PM2.5の平均濃度が環境基準値である15μg/m3だとすれば、それが25μg/m3であった日から3日後には、65歳以上の全死亡者が、普通の日には3000人であるものが、0.8%から2.4%増加して、3024名から3072名であった。しかし、この全死亡者についての結果は、統計的には有意ではなかった。ということである。

 呼吸器系死亡のデータを探しだしていないので、ここでは示さないが、解析の手法は同様である。

 65〜70歳と85歳以上では状況がかなり違うと思われるものも、ある意味でいつ死んでも不思議ではない年齢層では、ちょっとしたなんらかのキッカケで死亡する。PM2.5の濃度が高い日もそのようなきっかけになり得て、高濃度の日から3日後には死亡数が若干増えるということである。

 すなわち、若く健康な人の死亡率がPM2.5によって0.8〜2.4%増えるということでは全くない。ちょっとしたきっかけ、例えば、激しく咳き込んだら死亡しかねないといった年齢層を対象とした調査から、PM2.5のリスクを求めている。

 同じような解析は、オキシダントについても行われていて、何かキッカケがあれば死亡するような人であれば、オキシダント濃度が高い日に死亡する確率が高いということを調査し、オキシダントは死亡率を高めると結論している。もっとも、こちらの場合には、オキシダント濃度が高い日は、気温が高い日でもあるので、気温の効果も見ている可能性があるので、それなりの処理は行われている。

 疫学が行なっている調査の実体を理解せず、誤解してしまうと、PM2.5というものが、極めて怖いものに見えてしまう。