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  PSE法のまとめ 04.09.2006
     



 2月から始まったPSE法をめぐる混乱は、一応治まったのだろうか。ビンテージ商品問題は、そもそもマイナーな問題であったのだがそれなりに解決され、他の製品に対しては、レンタルによる対応がもともと認められていたのだが、レンタル終了後の無償譲渡も黙認されることとなって、まあ、納まるところに納まったような感じではある。

 今回のPSE法をめぐる議論から、何をどのように理解し、学習すべきなのだろうか。


C先生:4月6日の朝日新聞の記事。「迷走PSE 現場混乱 価格急落・偽マーク売り込み」の記述から行こう。

 「電気用品安全法が1日から本格施行され、家電製品の安全性を示す「PSEマーク」のない製品の販売規制が始まった。直前の妥協でマークの無い中古家電の販売が事実上認められたが、業者間の取引価格が急落するなど、迷走の傷跡は小さくない。偽のPSEマークを売り込む動きも出てきた」。

 こんな論調だ。経産省が悪者だ的ニュアンスのようにも読める。同様な記事が他の新聞にも掲載されている。メディアは、一体、何が望ましいと思ったのだろうか。

A君:その記事の続きです。中古品業者同士が商品を売買するオークション会場での話ですが、3日に新年度入りしての初めてのオークションで、PSEマークの無い01年製のエアコンが6500円。参加者は、「今までなら1万〜1万2千円だけど、マーク無しはきつい」
 この会場では、2月以降、月200台程度あったPSEマークの無い家電製品の出品が半減。経済産業省が3月24日に「販売実質容認」を打ち出した後も回復しない。

B君:これは想定された市場の反応であって、ある意味では健全な方向に市場が変化しつつあるということだろう。PSEマークを自分で付ける業者が居れば、その付加価値が3500〜5500円程度だということを意味する。果たして、それが儲かるかどうかは別の問題だが。

A君:さらに続き。「エクスパート戸塚原宿店」では、1日からPSEマークの無い商品の値札に赤ペンで「レンタル品」と書き添えた。レジで3ヶ月間のレンタル契約書に署名してもらった上で、販売と同様に引き渡す。 経産省がひねり出した「公認」の抜け道だ。あとで漏電検査をしてマークをつけることを求めているが、レンタル終了後にそのまま客に無償譲渡するのも「やむを得ない」(経産省)。

B君:この記事だと、レンタルそのものが3月24日に認められたようにも読めるが、レンタルそのものは、初めから認められており、最後の最後に行われたことは、レンタル終了後に「無償譲渡するのもやむを得ない」という見解が出たこと

A君:あくまでもレンタルはレンタル。だから、使用途中での返却を事業者側が拒否しない限りという条件付きでしょうね。

C先生:ただし、これが常態化するのは望ましいとは思えない。少なくとも日本メーカーはすべての新品にPSEマークを付ける。そのため、3〜5年程度で、このような状況はなくなるだろう。しかし、海外で作られたPSEマーク無しの粗悪製品が新古品という形で市場に流れ込むこと、これが恐らく最悪の事態を招くので、これを阻止するためには、「無償譲渡するのもやむを得ない」はあくまでも経過措置であるということにしなければならない。それをどうやってやるのか。これが残る問題の一つ。

A君:ただ、今回の騒ぎで、PSEマークを確認する消費者が増えるでしょう。マークそれ自身がすぐ安全につながるという訳ではないにしても、やはり、自分が買っている商品の特性をよく知ることは重要。

B君:それが、PSEマークの無い中古商品の市場価格が下がっている理由だろう。しかし、消費者の自主的な判断にどこまで任せるのか、これはいつでも議論になりうる。今回の騒ぎの中で、むしろ、自主的な判断だけでは限界があるということが浮き彫りにされたような気もする。

A君:産経だったと思うが、坂本龍一氏が、「ビンテージ商品だけでなく、すべての中古品を除外すべきだ」、という発言をしているとの記事がありましたが、これは、今後、何がリスクの主原因になりうるのかを分かっていない。PSEマークは中古品にも適用されるところに意味がある。

B君:坂本氏らのビンテージに関する主張が通ったので、その中古品全部への拡張も正しいと思っているとしたら、それは甘い。世間一般がどのように見ているか、その感覚が無い。アンチ経産省だけが解ではない。

A君:そもそも本当のリスクを考えると、趣味でビンテージ商品を買って、中身まで自分で調べるようなユーザなら、事故が起きることを未然に防止できるでしょう。しかし、一般的商品では、そんなユーザはほとんど居ない。

B君:最近、発火事故を起こしている製品で有名なのは、セイコー製のシェーバーの充電器で中国製。材質の選択を含め設計が恐らく悪いので、セイコーが悪いのか、それとも製造企業が悪いのか、と言われれば、どちらが設計したか分からないので、分からない。しかし、ブランドの責任は逃れられない。
http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/topics/031030_seiko/0310_seiko_shaver_saishakoku_6th.pdf
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/48/life/07kmisri.html

A君:それ以外にも事故の件数としては少数ですが色々あるようです。
 例えば、松下が製造した日立ブランドのエアコン。
http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/0012/1204.html
 東芝キヤリアのエアコン
http://www.toshiba-carrier.co.jp/company/oshirase/aircon.htm
 富士ゼロックス製のプリントエンジン
http://www.itmedia.co.jp/news/0210/21/njbt_10.html

C先生:ただし、このような事故が、果たしてPSE法の検査によって防止できるのか、と言われれば、Noだ。もしもこのような製品がPSEマークが無かったとして、それに中古品販売業者が例の3点セットの検査(外観、絶縁耐力、通電)をし、それに合格したとしたからということでPSEマークを貼ったとする。そして販売しても、これらの製品の場合、発火責任が中古品販売業者に及ぶことも無いのではないか。やはり、より上位というか、より根本的なPL法が適用されて、製造者が責任を負うことになるだろう。

A君:その新聞記事にもあるような、「製品の安全性を示すPSEマーク」という表現はある意味でおかしい安全性の責任を誰が負うかを示すPSEマークとでも言うべき。もちろん、その安全性に対する責任の限界は、その3点セットの検査によって分かるところまで。

B君:といっても、本当のところは、なんらかの訴訟が起きて、そして司法当局の判断が出るまでなんとも言えない。行政機関である経産省が、「やむを得ない」という発言をしているのは、行政として違反行為をしているとはみなさないから、摘発することは無いというだけ。一般市民がなんらかの事故を対象にして、経産省や事業者を対象に訴訟を起こせば、それはどのような判断になるか分からない。まあ、常識的な判断が行われると信じている人が多ければ、それが法治国家である証拠。

A君:朝日の新聞記事に戻ります。東京都江戸川区の中古品販売業者(51)談話。

 「対応が揺れた経産省に「ぶん殴ってやりたい」と憤りを隠さない。2月初め、経産省に電話で問い合わせたところ、「マークのない商品は売れなくなる」と説明され、やむなく年式の古い冷蔵庫と洗濯機を合わせて150台を廃棄処分にした。ジューサーなどの在庫品約200点は、原価を無視した値下げ販売で売り切った。普通に売れば得ていたはずの利益や処分費用など、損害額は少なく見積もっても数100万円」。

B君:経産省が揺れていたこと、中古品事業者に対する配慮が不足していたことは事実だと思われるので、お気の毒とも言えるが、一方で、その当時ですら「レンタル」は許容されていた。電話では、どんな説明があったのか証拠が残らないのに、それだけで自分自身で判断してしまった。やはりプロとしての判断を誤ったとしか言えず、自己責任だと言うしかない。法律や説明を読めば、「売れなくなる」のではなく、自分でPSEマークを付ければ「売ることが可能」であること、それにそれほど専門的な知識が必要ではないこと、さらに少々調査すれば、絶縁試験機を買えば10万円台であることなどは分かったはず。

C先生:経産省に文句を言うのも分かるのだが、経産省を信頼できない相手だと思ったら、いかに役所だからといっても、相手の言うことを信じないという態度が必要。法律の内容は、この国では奇妙なことに国会議員が作ることはマレで、行政が作る場合が多いが、法律自身は国会が決めること。法律違反かどうか、それは司法が決めること。司法がどのような判断をするか、それが正しく想像できることが重要なのだ。

B君:法律は本来、国会議員が作るもの。しかし、この国では、国会議員が作った法律には、議員立法という特別な名前が付く。ある意味で、変な国なのだ。

A君:国会議員の責任が余り追求されないのは、何故でしょう。新聞記者は議員の悪口は書けない。何故ならば、猛烈に文句を言われるから。したがって、そんな新聞記事は出ない。だからでしょうか。それとも、日本国民が、行政の悪口が好きだからでしょうか。

B君:新聞記者がいくら行政をターゲットにしても、行政は文句を言わないし、反論もしない。記者としては、行政攻撃はだから安全なのだ。そんな記事に慣れているから、日本国民は、行政に対する悪口が好きになってしまったとも言える。国会議員が責任のかなりの部分を背負っているという意識を何人の国会議員が持っているのだろうか。よほど物事が分かっている人に限られるのではないか。

A君:まあ、国会議員については、国民も最初から諦めているのかもしれない。

C先生:いやいや国会議員に対する日本国民の意識・態度が、まず、良くない。議員は、地方に行けば陳情の相手であり、地域に利益をもたらしてくれる人。すなわち地域の利益代表でしかない。冠婚葬祭の重み付けのための人材でもある。この程度の認識で、選挙が行われている。全日本レベル、全世界レベルで良い法律・条約を作ることができる人、という認識で投票しなければならない。

A君:ここまでの議論だと、国会議員の責任がもっと明確になるべき。行政は、もっと情報伝達に配慮すべき。さて、それ以外の人の責任は。

B君:誰に責任があるか、という話になると、このHPで一貫して主張していることは、中古品販売事業者はプロである意識を持って欲しいということ。単に商売をやっているという意味でのプロというだけではなくて、社会的な責任の一つとして、市民生活の安全性にも関わっていることを認識して欲しいということだ。

A君:話を新聞記事に戻すと、その最後のところですが、こんな記述になっています。

 ここにきて、マークを巡る不穏な動きも見え始めた。都内の中古品販売業者に3月末、「PSEマークを買わないか」、と電話があった。マークと架空の事業者名を印刷したシールが1ロール数千円。その販売業者は、「自社名のPSEマークを付けた場合、後に事故などの責任を負いかねないので不正をする業者もいるのでは」とみる。

C先生:これがこの新聞記事を書いた記者の言いたいことかもしれない。この事業者が、自らの業界のモラルをその程度だと認識しているということなのだろう。自らの責任を自己認識することによって、より利益率の高い事業ができるのだ。同時にこれが企業の社会的責任というもの。もしも中古事業者が、「法律の網をくぐりぬけることによって、より高い利益を得ることができる」と思っていたら、そのような考え方を変える必要がある。そのためにも、PSE法は良いチャンスだと思うべきだ。

A君:これで新聞記事は終わっていますが、ブログで激しく議論されていたのが、絶縁耐力試験が、絶縁体を劣化させるから、試験を実施することによって、かえって安全性を損なうのではないか、という話。

B君:これは、技術的な話だけに、実像はよく分からないが、新品でも全数検査をやっていた例もあるようだ。もしも劣化が起きるとしたら、そのような検査は成り立たない。

A君:旧法で合格しているものに、新たにPSEマークをつけるのはオカシイ、という反論もあった。これは同意できます。しかし、対象品目が違うのだ。旧法の表示は、特定電気用品のみで、これは、新法では、ひし形のPSEマークになる。特定電気用品は、もともと登録検査機関が検査をするので、余り問題にならない。むしろ、旧法の対象になっていない特定以外の電気用品が問題なのだ。

C先生:大体、こんな経過でPSE法も納まるところに納まりそうな気配だ。今後重要なのは、このPSE法の中古品への適用が、果たして正しかったのか、という議論を続けていくことだろう。

A君:しかし、正しかったかどうか、その判定は、歴史が証明するとしばしば言いますが、実は、歴史にとっても、確実に証明できるかと言われれば苦しいですね。

B君:当たり前だ。時間は元に戻せない。今回も中古品を適用除外にしたらどうなっていたのか、それは誰も分からないことなのだ。

C先生:中古品への適用を今回のような形で行ったことが歴史的事実であって、それ以外のケースを実施したらどうなっていたのか、それは「想像」する以外に無い。この「想像」というものを正しく行うのは、結構難しい。なぜならば、この世の中の仕組みを正しく理解していないと、「想像」が正しく行われる訳がない。

A君:最近だと、未来を見るのに、シミュレーションというものが行われます。例えば、地球温暖化の場合がその典型で、温暖化ガスの大気中の濃度を475ppmで安定させないと、産業革命以来の人為的起源による温度上昇を2℃以内にすることができないといった結論が出せるようになってきました。しかし、この計算をやる場合でも、境界条件や様々な付帯条件というものを設定しなければなりません。例えば、まず、何と何を要素として取り入れるのか。さらに、海と大気の間でどのようなエネルギーのやり取りをするのか、森林の成長は、二酸化炭素濃度が増加したとき、どのぐらい速度が速くなるのか。などなどが分かっていないと、駄目です。

B君:今回のPSE関係でも、日本という市場において、安全性というものがどのぐらい重要視され続けるか、安価なだけの製品というものがどのぐらい売れるのか、事業者の社会的責任のようなものが、一般消費者によってどの程度まで要求されるのか。このようなことに対してある程度の想像力がないと、PSE法全体の評価などになれば、想像すらできない。

C先生:そんな難しいことばかりではない。ごくごく基本的なことが重要。PSE法に違反した場合、行政側からどのような手続きで罰則が適用されるのか、司法はどのような判断をすると考えられるのか、国会議員はどのような意見をもつと思われるか。国の三権分立のそれぞれがどのように機能するか、といった基本的なことに対する理解が無いと、「想像」ができない。

A君:自分の立場がどういうものであっても、仮に自分が裁判官になったら、どのように判断するだろうか、といった発想をときにはすることが重要でしょう。

B君:仮に行政官になったら何をするのか、といった発想も必要。ブログなどでは、想像で物を言うな、という恫喝もあったようだが、この法律が良いのか悪いのか、となると、最終的には想像で物を言う以外に仕方の無い部分もある。

C先生:環境問題は、20世紀は、水俣病に代表されるように、被害とその原因・責任追及と改善が問題だった。しかし、21世紀になって、日本のような国だと、環境問題は、地球温暖化問題に代表されるように、「未来に対する想像力をもてるかどうか」、の問題になった。

A君:その他でも、例えば、BSE問題はまだまだ解決しそうもないですが、果たして、米国で今後20年間で、何人がvCJDで死亡するか。想像力が相当必要です。

B君:日本では、小泉政権というものの未来への影響がどうなるか。小さな政府論がどのような良い影響・悪い影響を与えたのか。これを議論するにも、あるべき姿に関する想像力が必要。

C先生:社会システムに関わる法律が、久々に大きな社会現象を引き起こした。これは考えようによっては、あらゆる立場の人々にとって、極めて教育的なことだったのかもしれない。想像力を身に付けるために、世の中のメカニズムをもっと知る良いチャンスだったのではないか。