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  COP21のパリ協定を巡って     01.10.2016
          摩擦が発生:何が本音なのか        




 昨年12月12日に合意された”パリ協定”を巡って、日本国内で、若干のせめぎ合いが行われつつあります。暮に行われた経済産業省と環境省の合同委員会で、かなり強烈な綱引きが行われたとのこと。極めて単純に考えれば、「経済優先主義者vs.環境優先主義者の綱引き」である、と思われるかもしれないけれど、実情は、ちょっと違うように見えるのです。むしろ、「日本国内閉じ籠り経済派vs.東南アジア経済圏派の戦い」の方が適確な表現かとも思うし、「旧体制既得権益派vs.新規経済発展派の対立」とも言えそうに思っています。

 さてこれがどのようなところで収まるのでしょうか。パリ協定とは何か、についてのもう一度考えてみてから、今後のパリ協定にどう取り組むかに関する、意見分布が今後どうなるのか、その動向を予想してみたいと思います。


C先生:このところ、経団連系の巻き返しが結構強いようだ。パリ協定批判のロジックは、「そもそも2℃目標などは実現不可能なのだ。しかも、パリ協定はどこにも強制力はない。約束草案は自分も参加して作ったから守るが、パリ協定は無視せよ」。これは、積極的に自己破綻することを宣言しているようなものだということに気付いていない。

A君:まあ、そうですよね。パリ協定を一言で表現すれば、すべての国を包含する初めての地球温暖化対応の枠組みです。これは、強制力という点では、明らかに緩い枠組みではあるのですが、それだけに、パリ協定に対して真摯に遵守するという態度を維持しないと、その国の信義が問われてしまう、という怖さがあるのです。日本の国内だけが市場という企業は、「信義より実利の国、日本」で行けるのですが、欧米は、「実利を挙げるには信義が重要という国」なのですね。アジアでも、東アジアはほぼ実利の国ですが、東南アジアになると、若干ですが「信義」が重要になります。パリ協定の怖いところは、いくつかのキーワードで、その国の「信義」がチェックされて、それがその国の「企業全体の平均的な信義」だと判定されてしまう可能性が強いことですか。

B君:確かに、パリ協定は京都議定書とは違う。1997年に決められた京都議定書の枠組みは、先進国のみに温室効果ガス(GHG=Greenhouse Gas)、主として二酸化炭素排出量の上限を定め、遵守義務のある枠組みであった。義務を背負った国は、京都議定書のAnnex Bという文書http://unfccc.int/resource/docs/convkp/kpeng.pdf
によって定められていて、実は、中欧や東欧、さらには、ウクライナやバルト三国も含まれていた。これらの国のいくつかは、日本との排出権取引で、多額のメリットを得た国であった。京都議定書の最大の問題点は、中国や韓国、インドなどが含まれていない枠組みであった点で、今回のパリ協定最大の目標が、すべての国が参加できる枠組みを作ることであった。そして、それができたことがパリ協定の最大の成果であると思う。すなわち、強制力がないと守らない、というスタンスを取ることは、今回のパリ協定を無視することとほぼ同義なのだ。パリ協定を無視すると、それはその国の信義の問題になる。

A君:京都議定書でのマイナス6%を、何が何でも守るというスタンスであった日本は、国として排出量をウクライナとかチェコあたりから買い込んで、また、企業も市場で排出量取引をおこなって、なんとか目標を達成しました。

B君:目標という言葉を聞くと、日本は「目標必達」。しかし、これは世界的な価値観からすると、余り一般的でもないし、評価もされない

A君:パリ協定は、京都議定書の「先進国」だけでなく、途上国を含む枠組みにすることが最重要課題だったのですね。韓国は先進国になり、中国も一部の人々は先進国並みの所得になった。インド、ブラジル、南アフリカなども経済力を付けました。しかし、だからといって、先進国並みかというと、やはりそうでもない。まだまだ、貧困層が割合が多い国も多い。

B君:すなわち、経済成長がまだ必要な国々が多いということだ。となると、京都議定書のような排出量に上限を絶対値で定めるという方法では無理なんだ。なぜならば、古い経済成長理論では、「GDPはエネルギー消費量と比例関係」にあることになっていて、エネルギーのほとんどを化石燃料から得ている以上、実質的に、「GDPは二酸化炭素排出量と比例関係」にあることになる。途上国が経済成長をするには、したがって、二酸化炭素排出量を結果的に増やすことになるが、その上限を設定すれば、その数値が経済成長の上限を設定することと同じことになる。結果的に、経済成長が外部から規制される。この枠組みは途上国としては受け入れられないからである。

A君:したがって、COP21では、ある工夫が行われました。COP21のために各国が提出する文書は、INDCと呼ばれたのですが、これは、Intended Nationally Determined Contributionsの省略形でして、それぞれの国が自らできることを突き詰めて考え、その最善の(Ambitiousな)削減量なのです。まあ、本当にそうかと言われれば、日本の場合には、かなり保守的な枠組みでありながら、かなり無理に背伸びをしてあの数値と言えると思います。

B君:Annex Bに記載された国は、2025年もしくは2030年における削減目標値をピンポイントで示すことになって、結構、その国の事情を入れつつも、かなり高い目標を示してきた。

A君:そして、それ以外の国では、すでに経済的に成長した中国や韓国を含めて、今後のGDPの拡大を推定して、その実現を前提として、排出量の上限値を示す方法となりました。韓国の削減目標も、結構高いですね。各国の目標と、その達成の可能性は、そのうちに解析してご報告すべきかもしれません。

B君:そして、日本は、2013年比で、2030年に26%削減というINDCを作成し、国連気候変動枠組条約事務局に提出した。COP21終了後にも提出した国があり、INDCのWetサイトによれば、
http://www4.unfccc.int/submissions/INDC/Submission%20Pages/submissions.aspx
現時点で、160ヶ国あるいは地域という数字が読める。

C先生:パリ協定の再度の説明になってしまったが、話題を最初の日本国内の「綱引き」に戻そう。
 日本のINDCの中身、「2030年で26%削減」については、誰もが、これは自主的に守ることを決めた約束だから、やはり守るとしか言いようは無いので、ここまでは合意されている。しかし、日本が提出したINDCにある記述の範囲を超えたパリ協定の合意について、様々な意見が出ているということだ。

A君:まず、各国のINDCは、2030年の(国によってはそれ以外もある)目標を設定しただけだったのですが、パリ協定では、第4条に、「削減目標の進捗を報告し、約束案を5年ごとに見直す」という文章が書かれました。この記述の意味するところは、かなり影響が大きいと思うのです。具体的には、最初の見直しが2023年(年度)になるでしょう。そして、次が2028年(年度)にあることになります。そこまでの排出削減実績を2030年まで延長しても、もしも削減目標に到達しないようであれば、対策を見直すことになりますね。

B君:見直しの影響か。これは大きいだろう。日本の約束草案の基礎となっているのは、いわゆるエネルギー・ベスト・ミックスというやつで、
http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/008/pdf/008_07.pdf
 一次エネルギー供給は、2013年度比で10%減らすことになっていて、その内訳は、石油32%、石炭25%、天然ガス18%、それにCO2ゼロのエネルギーとして、原子力が11〜10%、再エネ13〜14%。
 電力のミックスは電源構成と呼ばれるけれど、総電力量は、1.4%増を見込んでいて、それ構成が、石油3%、石炭26%、LNG27%、原子力22〜20%、再エネ22〜24%

A君:原子力の見通しが、結構つらいのではないですか。9808億kWhが2030年の電力の総量の予測値ですが、その20%というと、1961億kWh。稼働率70%程度ととすると、1年は8766時間とすれば、3200万kW分(設備容量という)の原発が動かなければならない。原発30基ぐらいということになる。現存する原発の設備容量が4700万kWぐらい。そして、40年で運転終了とすれば、2028年には半分になるので、2400万kWぐらい。足らない。この問題をどうするか、それが大きい。

B君:現時点で、国内における原発の再稼働は、微速前進といった状況で、なかなか進展していない。一方、石炭を燃料とする環境アセスが不要な小型発電所の申請が極めて多数が出されているのだ。石炭発電を推進するとしたとき、世界全体から受ける負の評価というビジネスリスクとそれが引き起こす地球温暖化のリスクを考えると、石炭発電のリスクは、規制委員会の基準を満たした再稼働原発のリスクよりも大きいだろう。しかも、じわじわと来る。

A君:それは、予見力の問題ですね。加えて、ビジネスリスクは相当に大きい。パリ協定の内容を見て、一部の大手の企業は、例え石炭発電の建設が進んだとしても、2028年頃には、運転休止に追い込まれると考え始めているのですが、現時点で石炭火力による電力はかなり原価が安いと期待されるので、十分に商売になると考えている企業が、いまだ主流として残っています。

B君:パリ協定に基づく2023年、2028年の見直しを日本でもしっかりと行うことになったら、その影響は大きい。そこで、パリ協定に書かれていても、INDCに書かれたこと以外の項目は無視をするべきだとう主張が一部から行われているのだ。これを「INDCだけ派」と呼ぶことにすれば、これは、冒頭で述べた「経済最優先派」とほぼ重なっている。

A君:勿論、パリ協定の見直し条項は、できるだけ遵守すべきだとう意見も多いのです。この一派を「パリ協定遵守派」と呼ぶことにします。当然、冒頭で述べた環境優先派と一部重なるのですが、実際には、この派の内部でのスペクトルは相当に広いの言えます。

B君:そうだ。未だに、少数意見であると思うが、個人的には以下のように考えているし、こう考えて欲しい。
 「パリ協定というものは、先進国対途上国という対立構造が厳然として存在する国際交渉の結果である、その国の企業が反パリ協定的な目立った行動をすると、途上国からの一斉反撃にあって、それが、日本企業が行う途上国での企業活動の阻害要因になる。これは、経済的にみてもデメリットでしかない。今後、国内での経済発展が望めない国になった日本は、活躍の場をアジアなどに求める以外に方法はないからである。しかも、これは、単に日本経済にとってのデメリットだけではない。日本企業の良心的な経済活動は、途上国の貧困からの離脱を可能にする可能性が高い。そのため、地球全体のメリットという点からみても、日本の経済界は、反パリ協定的な態度を示すべきではない」。

A君:個人的意見ですか。そもそもパリ協定遵守派は、パリ協定の意義を、そのように考えているのではないですか。若干、表現を変えるとこんな感じかと思います。
 「人類が引き起こした地球温暖化を解決することは、次世代に対する責任を果たすことである。特に、悪影響を与える海面上昇などに対して脆弱な国々の次世代に対する責任が重要である。すなわち、INDCを単に数値として守るのではなく、実効的に排出量のさらに削減を行うことも、重要な責務である。日本が2023年に行われるあろう排出量の見直しをしないと宣言したら、その国際的な悪影響は非常に大きく、例えば、海面上昇に対してもっとも脆弱な国家であるバングラデシュでの日本企業の活動は、レピュテーションが落ちて、ほぼ不可能になる。すなわち、人口減少のために、今や、国内の経済活動は縮小する以外にない国である日本として、アジア地域での経済活動への阻害要因をできるだけ回避することを優先すべきである」。

C先生:同じことを若干言葉を変えて述べただけのようでもあるな。
 ところで、冒頭述べたもう一つの対立構造の表現が、「旧体制既得権益派vs.新規経済発展派」であった。この対立構造は、今世紀において、「いつ、新規経済発展に向かうのか」という転換点をできるだけ先にした派と、できるだけ手前に持ってきたい派の対立である、と言えると思う。

B君:同意。2013年には、日本は鉱物性燃料、すなわち、化石燃料の輸入に27.4兆円を支払った。この金額が海外に出たことを意味する。日本という国は、資源の無い国である。その悲哀を非常に長い間、味わってきた。特に、石炭から石油文明に変わってからその悲哀が強くなった。第一次石油ショックが起きたのが1973年なので、まあ、1970年頃からそうなったと言えるだろう。すなわち、これまで45年間以上、資源価格変動によって、日本経済は揺すぶられ続けたと言えるだろう。

A君:ただし、最近の若者などは、全くそのような理解がないようです。もしも、海外からの資源輸入に依存しない国になることができたら、なんと素晴らしいことだろうか、とは、全く考えないようです。あの石油ショックを経験した世代には、このような強い思いが残っていますし、もしかすると、第二次世界大戦の開戦時に20才以上であった世代、現在95歳以上ということになりますが、この世代の思いはさらにが強いのかもしれません。そもそも、日本の真珠湾攻撃で開戦した、第二次世界大戦は石油を巡る戦争でもあったのですから。

B君:しかし、それを変えるチャンスが来たのだ。しかも、それが達成できないと、いずれにしても、人類は21世紀を乗りきれないというものでもあるのだ。地球温暖化問題にとっての究極の解である再生エネルギー100%は、日本にとっては、「エネルギー完全自給」を加えた二重の意味を持った究極の解なのだ。

A君:それが究極の解だと分かっていても、未完成な技術に莫大な投資をすることは、余り正しい選択だとは言えないのも事実ですね。少しずつ技術を進化させてコストを下げ、そして、次の開発投資を行う。こんな方法を選択することになりませんか。そして、今は、リスクを最小化するために、このようなプロセスを多方面で、しかも、できるだけ多様に推進すべき時期なのだと思います。

B君:まあイノベーションが起きるかどうか、それは賭けみたいなものなので、できるだけ投資リスクを最小化することは、十分に考慮するとともに、イノベーションが起きるように「最適化された仕組み」を確立すべき段階だとも言えるだろう。

A君:しかし、実際、副作用が大きいと考える企業も多いのです。もし、このような方向転換が行われると、当然、海外から輸入される鉱物性燃料を取り扱っている企業にとっては、現在の「儲けの構造」が消滅することを意味します。当然やりたくはない。

B君:まあそうだ。もし何か新しいことをやるとなったら、莫大な投資をしなければならないということになるが、株の投資家の多くは、「ROE重視」と主張し、短期的なリターンばかりを求める。となると投資などできない。すなわち、こんな思いになる。「究極の解とかなんとかパリ協定派は言って、我々にやれないことをやれと言っている」。

C先生:その通りだ。これが旧体制既得権益派の主張の実体なのである。はっきり言えば、非常に可哀想なのだ。したがって、その可哀想さを、すべての日本国民は充分に理解しなければならないと思う。しかし、その一方で、今がチャンスだと思える経営者が増えて欲しいと、心の底から思うのだ。

A君:自動車産業は、かなり違いますね。トヨタが昨年の秋に発表したチャレンジ2050は、優良な例だと思います。その基本にある認識は、次のようなものでしょう。「国際的に通用する自動車を製造する企業は、そのスタンスが重要で、出来る限りCO2排出量を削減するという姿勢を示さないと、その車を誰も買ってくれない」。VW事件の影響を見ると、中国だけは販売量が減っていない。「誰も買ってくれない」の例外の国ですが。

B君:だから、いくら困難であっても、それにチャレンジするということなんだ。世界の強い会社のすべてが、このようなスタンスで、ビジネスを進めようとしているし。

C先生:そろそろ、いくらなんでも、日本国内の保守的企業も、リスクをチャンスに変換すべく、チャレンジする姿勢を示してほしいと思う。なぜなら、いくら抵抗しても、化石燃料商売は、2080年には地下に大量の化石燃料を残したまま、はぼ消滅する。そして、化石燃料に依存する企業は、生存するために、2040年代から急激な転回を強いられる。今から、そのつもりになって準備を始めておかないと、痛みはさらに大きなものになるとしか考えられない。

A君:まあ、「努力しないで最後には諦める」のか、「目標を作り、努力すれば、なんらかの道が開けると確信する」のか。

B君:個人的には前者の考え方は不幸だと思うのだけれど。

C先生:確かに、個人的価値観が大きいのだけれど、一般論として、日本人はベンチャーを育てるのが苦手だ。それは、一度失敗すると、二度と立ち上がれない国、それが日本だからなのだ。米国あたりだと、ベンチャーを作って失敗しても、良い経験をしたから、次は成功できる能力を備えた人と評価される。すなわち、目標を掲げる人が評価される米国、目標というものを作ること自体を嫌がる日本、という違いなのだ。
 何回も言うように、国内が縮小していくこの国だけれど、まだまだ、日本流の発想で世界に貢献しつつ、それを商売につなげることができるポテンシャルは十分に残っている。ここまでは、共通理解なのではないだろうか。ここから先が問題。選択肢は、(1)過去、立派なことをしたから、現状でも生きていられる。できるだけ現体制を維持して、どうしようもなくなってから、何かを考える。(2)やはり、若干の無理は承知の上で「努力すれば道が開けるチャンスがある」、と確信し、チャレンジをする。
 現時点での分布だけれどは、(1)と考える人の割合が40%、(2)の割合が20%、(3)こんなことに全く関心は無い人が40%ぐらいではないだろうか。
 (1)は、過去の自社の成功と社会への貢献(過去の成功は、恐らく1992年のバブル崩壊以前が半分以上か? 2000年以降の成功例は少ないだろう)を信じている人々が大部分なので、いくらなんでも、そろそろ減り始めるだろう。一旦、減り始めると、高齢化日本ゆえに減り方は激しいだろう。そうなれば、(2)という選択肢を信じるしか方法はないように思う。そんなマインドを持った若者を育てるのが、やはり重要だと思うが、最近はこれも少数派のようだ。まあ、少し時が来るのを待つ方が妥当かもしれないが、なんとか育てるシステムを作ってみたいものだ。