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    今後の電力 数冊の本 (1) 
  05.31.2014
            「エネルギーとコストのからくり」 大久保泰邦著




 エネルギー基本計画が発表されましたが、その内容について、様々な考え方や主張があるようです。なぜ、様々な考え方があるのか、その状況を理解することは、正しい選択肢がどれかを判断するために、必要不可欠なことです。

 そのためか、エネルギー問題、特に、電力問題について、様々な書籍が発刊されています。しかし、エネルギー問題というものは、一筋縄で行かない代表例のようなものなのだと思います。そもそも、「『エネルギーとは、電力とは何ですか』という問いに対して、どう答えますか」、と聞いてみないと、その人の主張がどの程度妥当なのか判断できないというのが普通ではないでしょうか。さらに、個別の技術に対しても、ある程度正しい相場観を持っているか、これが最大の問題かもしれません。

 ということで、今回、取り上げる予定の本は何冊かありますが、まだまだ追加予定ですので、現時点でリストは作りません。

 とりあえず最初の本は、次のものです。実は、電力の本ではありません。むしろ、石油の本です。

「エネルギーとコストのからくり」(平凡社新書) 大久保 泰邦 (著)
新書: 198ページ
ISBN-13: 978-4582857276
発売日: 2014/4/16


 最初に取り上げる本だからといって第一番に推薦するということではありません。電力を議論する前に、当然、予備知識が必要です。「シェール」があるから、日本のエネルギーは大丈夫だ、などという発想をお持ちの方が、いきなり電力に取り組むのは、準備不足だと思われることを書いている本としてご紹介します。

 すなわち、電力の選択を語る前に、エネルギーのコストに関する基礎的な情報が必須、というスタンスでのご紹介です。実は、ちょっと期待ハズレだったのですが。



C先生:著者は、1954年生まれということなので、60歳前後ということだろう。この本の著者紹介では、産業技術総合研究所・地質分野研究企画室連携主幹ということになっている。もともと、東大の資源開発工学科の出身で、通産省の工業技術院地質調査所に入所した方のようだ。

A君:ということで、電力の専門というよりは、化石燃料などを含めた地下資源の専門家ということなのでしょう。

B君:もったいない学会というNPO法人があって、これは、もと国立環境研理事長だった石井吉徳先生が作った学会だが、そこの副会長を務めている。もったいない学会の最大の主張の一つは、「石油ピークというものが来る」ということ。農業を含めて、すべての産業活動が石油に依存しているから、石油ピークが来て、石油の使用量が減少すると、すべての社会的要素に影響して、文明すらピークになって、それ以後は衰退するという主張の学会だ。対策は、「もったいない」を普及し、浪費しない社会、生活スタイルを見直すこと。

A君:さて、この本のご紹介ですが、普通なら目次からご紹介するのですが、ちょっとその前に全体の構造からご説明しますと、すべてQ&A式で書かれているということです。Q1からQ45まであって、190ページぐらいですから、Aが結構長いQ&A形式の本ということになります。
 そして、Qが、いくつかの章に分類されているという形式です。
序章 エネルギーをコストから考える
第1章 石油の歴史を知ろう
第2章 石油ピークって何だろう?
第3章 石油に代わるエネルギーは、今どうなっているの?
第4章 エネルギーの社会学
第5章 石油ピーク後の社会で生きるには


B君:この本の特徴は、まずは、まえがきにある。「石油は有限であり、そのために必ず石油ピークが来る」、「恐らく皆さまはその本当の恐ろしさはなかなか理解できないと思います」、という二つの文章に、この本の主張が代表されていると思うのだ。

C先生:極めて本質的な問題で、この本の未来予測は、石油産業の未来予測のようなものに大きな影響を受けているように思う。確かに、化石燃料は、今のような使い方をすれば、長くても数100年しかもたない。その先、人類は絶滅しているのか。そこまで行かなくても、すごく不幸な生き方をしているのか。これは、未来に対する見方の違いだと言えるように思う。

A君:多分、人類は、平然と生存しているというのが答でしょうね。勿論、最近のウクライナなどの情勢を見れば、人類が直接人類自身の絶滅を加速しているという可能性や、気候変動によって、人類が大々的に危機的状況になっているという可能性は否定できませんが。

B君:気候変動で危機的ねえ。今にして思うと、1997年の気候変動枠組条約の京都議定書が良く合意できたものだ、と本当に思うよ。1992年にリオの地球サミットがあったから、京都議定書が合意できたのではない。1989年のベルリンの壁の崩壊、1991年のソ連邦の崩壊があって、その先にリオの地球サミットがあったからこそ、京都議定書が合意された。

A君:その後、国連の権威の失墜もあって、近視眼的な経済発展を再優先する国々が国際社会を支配するようになった。

B君:特に、国連事務総長がコフィー・アナンから潘基文に変わった2007年以降に国連の権威というか、高邁な理念の失墜が加速したように思う。

A君:気候変動枠組条約では、未だに、韓国は途上国扱いですからね。削減の責任を全く背負わない。自国に事務総長が居るのだから、もっと責任を果たす国になって欲しい。電力料金を安くすることばかり考える国ではなくて

B君:アナン事務総長は、自国の利益を優先した発言などはほとんど無かったように思うが。。。。。。

C先生:それはそれとして、石油ピークに戻ろう。

A君:石油ピークの恐ろしさとは何か。その答を探してみたのですが、それぞれの章のまとめの中に、こんなものが見つかりました。
 第4章のエネルギーの社会学のまとめ(p157)に、「石油の供給量が減るから経済が落ち込む」、「農業にも大量の石油を使う」、「技術でエネルギーは作れない」。
 そして、第5章の”石油ピーク後の社会で生きるには”のまとめ(p188)に、「石油が不足するとまず輸送が途絶えて食料が不足する」、などなどです。

C先生:これは時間軸の視野の狭さ故かもしれない。2020〜2030年では、準備が不足すれば、こんな感じになる可能性もあるが、2050年だとかなり違う展望になっているのではないだろうか。

A君:2050年になると、需要サイトに供給されるエネルギーは、ほぼ電力になっている。天然ガスのようにパイプラインで供給されるものは、多少残っている可能性があるとは思いますが。石炭は残っていますが、鉄道輸送で送られて電力用に使われますが、気候変動限界によって、CCSが必須になっている。そのため、電力は、できるだけカーボンフリー、すなわち、二酸化炭素発生原単位の低いものになっている。
 そして、若干困るのが、可搬型のエネルギーの代表例である石油で、CCS装置を可搬型にするのは難しそうですので、使用制限がかかる。すなわち、近距離・小型は輸送は電気で、それを補うレンジ・エクステンダー付になる。長距離・大型になると、未だに良い選択肢はなくて、ひょっとすると、水素燃料電池トラックかもしれない。

B君:要するに、福島以後の日本のように、極めて高価な石油を発電用に使うことはやらないし、自動車用の、ガソリン・軽油はあと30年ぐらいで主役ではなくなる。先進国では、レンジ・エクステンダー付の電気自動車で、途上国では、ガソリンよりは二酸化炭素発生量がやや低い天然ガス自動車になっている。

A君:二酸化炭素排出抑制のためにかなり高価な炭素税が掛かるために、レンジ・エクステンダー用の燃料は、カーボンニュートラルな燃料になっている。例えば、農産廃棄物バイオマスを燃やす発電所から回収した二酸化炭素と水の電解で作った水素から合成した燃料、例えば、DME(ジメチルエーテル)など。

C先生:要するに、電気が主なエネルギー源になるような社会になっても、困らないというのが、我々の見解なのだけれど、それは、2050年頃からの話。この大久保氏の本は、2020年には石油ピークが来て、困るという言っているという訳だ。

B君:2020年に石油ピークが来て、石油価格が大幅に上昇するということが本当かどうか。1バレルが$100以下にはなりにくいものの、それこそシェールガスなどの価格が低い状態であって、液体燃料の使用量は、炭素税の上昇などによって、2030年頃から、どんどんと電気への転換が進むと考えれば、まあ、10年間をどうやって凌ぐか、という問題だと思えば良いのかもしれない。

C先生:ということは、この本は、別の見方で読めということを我々は主張すべきなのかもしれない。確かに、いくつかの点で、是非とも知って置いていただきたいポイントがある。

A君:そうです。最初のポイントがQ1です。「狩人の使うエネルギーと、獲ったウサギが持つエネルギーはどちらが大きい?

B君:かなり変な仮定なのだ。狩人が必要なエネルギーは、運動するために必要なエネルギーだけで、体温をキープするために使っているエネルギーが、ヒトの場合には圧倒的に多いと言った方が良いのが実際なのだけど、これを無視する、と仮定している。
 ウサギを追いかけるエネルギーがA、ウサギを食べて貰えるエネルギーがB。もしもウサギを追う距離が長くなればAが増え、獲ったウサギが大きければ、Bが増える。もし、A=Bならば、狩人は生存することができる。

A君:要するに、エネルギーを獲得するのに、エネルギーが必要だという例え話なのですが、コメの生産あたりを例に考えて、ヒトの生存に必要な基礎代謝量を含めた議論をした方が、良いように思いますね。

B君:光合成を考えるのが面倒だったのだろう。例はひどいが、要するに、エネルギー・プロフィット・レシオ、という概念が必要不可欠であることを言いたいのだろう。

A君:二番目のQが、「リンゴはどこから採る?」というもので、リンゴの木にリンゴがたわわになっているとき、どこから採るのがもっともエネルギーが少ないか。それは手が届くところである。だから、リンゴは下から採るのが当たり前、と主張している。

B君:これも、本当は、リンゴ農家に聞かないと。恐らく、下の方のリンゴは、隣の木の日陰になったりするので、品質が良いとは思えず、まんべんなく日当たりがある部分あたりの高く売れそうなリンゴから採るのが普通なのでは。

A君:日当たりの良いところのリンゴから採る。これは、金属資源の場合に、鉱石の品位が良いところから採掘することと同じ、という話にした方が、良かったのでは。

B君:それだと、コストの問題になってしまって、エネルギー・プロフィット・レシオのように、エネルギー限界が重要という話ではなくなってしまう。これに囚われ過ぎたのかもしれない。

C先生:コスト、すなわち、金銭に換算してしまうと、論点が若干ずれてしまうので、エネルギーが少なくて済む下のリンゴから採るとしたかったのだろう。エネルギー・プロフィットという言葉は、通常のコストだけを考える狭い考え方では、エネルギーの場合には通用しません、という意味で大変に重要。とは言え、エネルギー・プロフィットだけを考えれば良いというものでもなくて、やはりコストが非常に重要な要因ではあるので、そこをバランス良く書くことが重要なのかもしれない。次に、何か本を書くか、講演をするときには、注意をしよう。

A君:やや先を急ぎますが、第1章は石油の歴史、第2章は石油ピークなので、ご存知の方が多いでしょうから、まあ、読み飛ばしても良いかもしれません。


B君:第3章は、石油に代わるエネルギーということで、シェールガス、メタンハイドレート、原発はなぜ安い、電気料金、自然エネルギーはなぜ高い、バイオ燃料、などの話になる。まあ、代替エネルギーをざっと知りたいという読者には良いかもしれない。

A君:それからQ27「電気自動車はなぜ普及しないか?」、が書かれていて、それは事実なのですが、レンジ・エクステンダーという裏ワザがあることが述べられていないことが問題かもしれません。普段は、レンジ・エクステンダー用の燃料タンクは空で良くて、長距離をドライブするときだけ満タンにする。といった使い方。

B君:そう言えば、最近、BMWのi3が走っているのを見た。この車のレンジ・エクステンダーは、わずか647cc、34psのニ気筒エンジン。ガソリンタンクも9リットル。これで発電機を駆動する。どのぐらい走るのか、非常に興味があるところだ。

A君:日本で売れているのは、546万円のレンジエクステンダー付のモデル。カタログでは、9リットルのガソリン(満タン)で走る距離は100km。

B君:長距離ばかり走る人には全く向かない選択肢だけれど、主として通勤と買い物、長距離はときどき、という人が使えば、電力の二酸化炭素原単位次第だけれど、環境負荷も通常かなり低い。60〜100km/Lといった燃費にはなるので。

A君:ガソリンはめったに入れることは無いだろうから、ガソリン価格が高くなっても気にならない。高い環境税対策として良い。

C先生:そろそろ、第4章へ。

A君:第4章はエネルギー社会学。なぜか、Q30「ごみの分別って意味があるの?」から始まります。武田邦彦的全否定ではないけれど、なぜ、これがエネルギー社会学のトップの話題なのか、さっぱり分からない。

B君:日本のリサイクル行政の基本中の基本は、今になって思えば、容リ法の枠組みでリサイクルをすることによって、自治体の廃棄物を産業廃棄物化することによって、最終処分地の全国的平均化を図ることだったと言えるかもしれない。しかし、飲料事業者などが自治体の弱点である物理的限界が明らかな一般廃棄物用の最終処分地の延命をしてあげているのだから、と主張して、自治体の財政的負担を無視しているのは、見識がある行為とは思えない。

A君:Q31は、人口はなぜ増えたのか?10億人になったのが1802年、20億人になったのが、1927年。2倍になるのに、100年掛かった。その後、急速に人口が増えたのは、食糧の増産ができるようになったから。ここまでは正しいですが、その理由を農機具の動力化によるエネルギー使用量の増大に求めるのは、正しくないと思います。食糧の増産を可能にした最大の理由は、窒素肥料。より正確には、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成が、肥料用に適用されたこと。

B君:それは常識。しかし、石油不足になったとして、アンモニア合成が止まるか。世界のエネルギーの1%はハーバー・ボッシュ法に使われているという人もいる。ハーバー・ボッシュ法がエネルギー食いなのは、高圧にするため。それはポンプが必要だからで、動力は電気だろう。
 それに、ハーバー・ボッシュ法の省エネ化の重要性に着目した研究が進展しつつあって、どこまで可能性があるか分からないけれど、「多金属チタンヒドリド」なる化合物を使って、常温常圧で、窒素分子N2のN−N結合を切ることができるようになったという発表もある。
http://www.riken.jp/pr/press/2013/20130628_1/

A君:こんな化合物を用いたプロセスを、安価な窒素肥料の合成のために使えるほどのコストに下げることが可能なのか、というのが最大の問題。石油不足を嘆くよりもむしろチャレンジングな課題だと思うべし。

B君:Q32「経済が落ち込むから石油の消費量が減る?」というQがある。この答は、「石油の消費量が減ると経済が落ち込む」が本当は正解だと述べている。これが例外になるのは、戦争と政治が大混乱だけが原因だそうだ。だから、「石油ピークになって、石油の生産量が減れば、経済が落ち込む」のが当たり前だと主張している。

A君:それはいつそうなるかが決定的で、それまでに脱石油を進めておけば、石油生産量が減ったとしても、対応が可能になる。それは、エネルギーというものの基本的な性格ですが、エネルギーを供給するモノ、しばしばキャリアと呼ばれるものは、実は、何でも良いのです。石油は、石油化学の原料としては大変に便利で、他の原料で代替することはほぼ不可能ですが、その使用量は、日本の場合には、約20%ぐらい。これは、かなり長期にわたって使われるでしょう。
 その他の用途として、電力用が12%ほどありますが、原発が動いていない現状を反映しているので、そのうち、天然ガスと原発の再稼働で減ります。暖房用の灯油は、北海道でもエアコンを使える地中熱が規制緩和で加速されれば、確実に減るでしょう。安全だし、使い勝手も良いから。自動車が使う38%は、電気自動車が主になって、半減するでしょう。ちょっと時間は掛かるでしょうが。産業用としては、鉄鋼業用がありますが、コスト削減で、そのうち、他のエネルギー源になって、減るでしょう。だから、「石油の消費量が減ると、経済が落ち込む」ことは現時点、あるいは、近未来に限った話ではないですか。

B君:似たようなものがQ34「このごろ所得が上がらないのはなぜ?」にもある。「つまり、エネルギーをたくさん消費して、加工産業やサービス産業が拡大すると、私たち、サラリーマンの所得が上がるということです」。

A君:これは、勘弁して欲しいですね。世界でもっとも国民所得の高い国は、というと、ルクセンブルグが必ず高位にあるということがこのところ続いています。一人あたり名目GDPは、2013年で11万ドルを越しています。この国は、昔は、アルセロールという鉄鋼企業があったのですが、これはインドのミッタルと合体。今や稼ぎはもっぱら金融業という国になっている。確かに、1人あたりのエネルギー消費量は多いのですが、それは、エネルギー価格などは、お金持ち達にとって問題ではないぐらい安いから、好きなだけ使って、快適さを追求してしまう。すなわち、所得が高いから、エネルギー消費量が多い。

B君:エネルギー消費量が多いから所得が高い訳ではない。すなわち、論理が逆転しているということね。まあ、そうだろう。

A君:そろそろ第4章の結論的Q36「日本は技術で金を稼げばいいと思っていませんか?

B君:うん。そう思っている。日本のように、エネルギー自給率が4%ぐらい(水力発電のみ)しかない国は、エネルギー安全保障という観点から、自給率を徐々に高めることが正しい選択。日本で自給率を高めるとしたら、それは、自然エネルギーしかない。しかし、すぐには無理だ。不安定な自然エネルギーを克服するには技術開発しかない。様々な技術を組合せて、世界に通用するスマートグリッドを構築することを目指すのだろう、と思う。これが経済活性化の一つのきっかけになる。

A君:「石油が豊富な時代は、技術があれば加工産業でお金を稼ぐことができたのですが、石油が不足すると、お金の力も、技術も、万能ではなくなると思ってください」、これがこの本の最大の、かつ、最後のメッセージのようですね。

B君:第5章は、「自転車」で通勤通学し、「地域で地熱を開発」し、「家庭菜園」で野菜を作り、「高い国産材を使ってチップストーブ」で暖房、食糧が不足するので、「田舎」に住み、自給自足の生活をすることを決断するのが、石油ピークの先にある日本社会への対応策だそうだ。

C先生:環境省の中長期ビジョン検討会という審議会で、5つの社会というものを作ったことがある。メイドインジャパン社会、R&D社会、サービス・ブランド社会、資源自立社会、シェアリング社会が5つだったのだが、大久保氏が書く未来シナリオは、資源自立型・自給自足型社会のようだ。これは、石油ばかりをエネルギー源だと考えすぎることによって、結果的にそこに落ち着くという社会像であって、世界全体が閉鎖的になると同時に、技術開発が行われないという社会像でもある。
 昔のブータンの夢を目指すという感じだろうか。ブータンも最近では、車が走りだしていて、色々な社会的矛盾が出はじめているようが、ブータンならまだ間に合うだろうから、それも一案だと思う。しかし、日本は無理だろう。
 
A君:この本の内容は、こんなことです。エネルギー・プロフィット・レシオというエネルギーを選択する際にもっとも重要な概念を真正面から取り扱うのか、と思って非常に期待したのですが、残念でした。

B君:それにしても、石油ピークが本当に来るのか、ということを検証しなくてはならない。現時点のような価格、バレルあたり$100を超す価格だと、採算が合ってしまう石油資源が多い。シェールオイル(別名タイトオイル)やオイルサンドなどが商売になってしまう。だからといって、産油国としては、石油の価格は下げられない。だから、市場を上手くコントロールして、価格が維持されることだろう。
 石油が枯渇するといって騒いでいたときの石油は、中東産の簡単に開発でき、しかも良質な石油だった。最近の推測では、品質は様々だけれども、すでに使ってしまった石油の4倍ぐらいの石油が、今後、入手可能なのではないか、と考えられている。となると、気候変動限界との関係で、本当は、使い切れない可能性が高い。石油ピークは来るとしても、非常になだらかなピークになって、誰もピークとして認識しないという可能性が高いように思う。このあたりの認識が正しいのか、それとも、この本の言う旧来の石油ピークがやはり来ると考えることが正しいのか。

C先生:それは、非常に重要な観点なのだが、この本では、全く検討がなされていない。最大のがっかりは、タイトルと中味の乖離だろう。タイトルとは無関係に、個人的な思いで、語った本だという印象だ。その証拠と言えるだろうが、最後の言葉が、2020年東京オリンピックの聖火は、賢者が出現して(誰が賢者?)、「国産の石炭か水溶性天然ガスを燃料にしたものなる」、ということだ。これが正しいか正しくないか、かなり明確に証明されるので、良い提案だと思うけど。