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  その他プラ圧縮施設のリスク 06.24.2007
     
   その1 



 環境問題では、ときどき奇妙な事件が起きる。杉並病もその一つである。不燃ゴミを圧縮する杉並不燃ゴミ中継所というところで起きた化学物質中毒事件。不燃ゴミには、この時点では、様々なものが入っていた。プラスチック、金属、陶器などだけでなく、プラスチックの容器の中には、どんな液体が残っていたか分からない。

 ところで、容器包装リサイクル法に基づいて、来年からその他プラの分別収集を始める自治体が増えるものと思われる。プラスチックは、嵩張るので、圧縮して運搬に適した形にする施設が必要である。

 要するに、「その他プラ圧縮施設」であるが、これが、杉並病を連想させることもあって、いくつかの地域で反対運動が起きている。 プラごみ圧縮施設のリスクは、どのようなものだと推定されるだろうか。


C先生:まずは、杉並病の復習からか。

A君:1996年、杉並区の不燃ゴミ中継所が建設され操業を始めると、その周辺地域に多くの健康被害を訴える人が出た。なんらかの有害物質のためだと思われた。杉並病をなくす市民連絡会によれば、自覚症状として、こんなものがあったという。被害者は女性が多かった。

目 ;かすむ・疲れやすい・かゆい・涙目・視力減退・赤くなる・焦点があわない
耳・鼻;喉の痛み渇き・喉がつまる・声枯れ・鼻水・耳鳴り・口が苦い・口内炎
胃腸;便秘・下痢・腹がはる
呼吸;咳・胸の痛み・喘息・呼吸困難
循環;息切れ・頻脈・たちくらみ
皮膚;湿疹・かゆみ・吹き出物・かさつく・手足の皮がむける
筋肉;肩凝り・首のこわばり・背中の痛み・手足の痛み・関節痛・手足がつる
神経;頭痛・不眠・目まい・怒りっぽい・疲れやすい・集中力低下・注意散漫・幻覚症状 
その他;該当年齢ではないのに更年期様症状・閉経後の女性に妊婦のような乳房の張り・女性の顎、鼻下に髭・女性の指の第一関節の腫れと変形・口のまわりのしびれ、身体のふるえ・身体に木綿針が刺さる感じ・意識朦朧として怪我が多い。

B君:東京都は、当初、排水槽で発生した硫化水素が原因という対処をしたが、住民からの訴えを受けた国の公害等調整委員会は、2002年6月26日、健康被害が中継所から排出される化学物質によるものであるとの判断(裁定)をくだした。しかし、検出された物質の種類は非常に多いので、どれが原因だったのか、全く不明のまま。

C先生:家庭で使われている物質が、単独でなんらかの被害をもたらしたとは考え難い。考えるべき要素は、
(1)ゴミが大量に集まったこと。
(2)ゴミが混ざったこと。
(3)排水中に細菌が繁殖したこと。
(4)公園の地下に設置されたこと。
(5)圧縮という作業が行われていたこと。

A君:(1)ゴミも、大量に集まれば、なんらかのガスを発生すると考えるべきで、それが有害性物質だったということもありえない訳ではない。

B君:しかし、それが問題だとすると、作業員がまずおかしくなるはず。通常の環境影響と労働環境の影響では、後者がかならず高いから。場合によるが、100倍程度高濃度の空気を吸っているだろう。

A君:まあ、疑わしいという以上のことは言えないですね。

B君:(2)ゴミが混じること。これは、単に隣り合わせになるだけなら問題はないのだが、使い残しの液体と他の液体が混じるといった事態が起きると、妙なことが起きる。家庭用には、「混ぜるな危険」という種類の洗剤や防カビ剤も多い。それ以外にも、殺虫剤なども入っていることも考えられる。スプレー缶や、卓上ガスコンロの残りの燃料、ガスライターのガス、妙なものがいくらでもある。

C先生:杉並の施設は、不燃ゴミを圧縮する施設だったから、本当になんでも入ってた。加えて、排水の貯留槽があって、これがどうも大きすぎて、貯留中に細菌の活動で硫化水素の発生など妙なことが起きていたのでは、ということが都の当初の推測だった。これが(3)

A君:もう一つは、(4)公園の造成時に、やはり農薬とか防腐剤とかが大量に使われたという可能性もあって、なんらかの相乗効果があった可能性も疑われている。

B君:そして、いよいよ最後の(5)ですかね。これは、プラスチックを圧縮すると、なんらかの有害物質が発生し、それが環境影響を与えたという仮説。

C先生:昔から、メカノケミカル反応というものがあって、機械的な摩擦などで、化学反応が加速されるという機構があることは証明済み。問題は、理論的に何が起きるかが分かっているわけではない。一般には、高温・高圧にし、急冷した場合と同じようなことが起きているのでは、という推測は可能なのだが。

A君:プラスチックに温度・圧力を掛けて、どんな物質が放出されるか、そんな研究例は、比較的少ないですね。まあ、その物質の有害性が問題になるという感じは無いですから。

B君:ネットで調べてみると、そのような研究をやっているのは、東大新領域の影本 浩教授と阿久津好明助教授。2002年度に、平田という院生によって最初の研究結果が発表されている。

A君:平田君の発表は、摩擦試験機を使ったもの。対象とした樹脂は、ポリスチレン(PS)、ポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ABS、PET、ポリウレタン(PU)、ゴム
 様々な物質が発生していることがガスクロ−マスなどによる分析で分かったとしている。出てきた物質は、樹脂の構成物質とは違うものだという結果。確かに、ある種のメカノケミカル反応が起きているのだろう。熱分解の場合とは全く異なる。もっとも多いのが、トルエンで、有害性が高そうなのは、やはりベンゼンか。

B君:しかし定量的な分析がなされている訳ではない。発生量を全く測っていないのが欠点

C先生:確かに比較的単純な物質が出ているが、量的な議論がされていないので、リスクの議論になかなかつながらない。

A君:どんな物質が発生したか、そのリストだけは作っておきますか。その後、様々な条件を変えて、中島君、崎山君の発表があります。


平田祥一郎論文による(添加剤を含む樹脂から)
トルエン
ベンゼン
ヘキサン
ブタン
イソブタン
酢酸エチル
イソプロピルアルコール
エーテル
4−エチルシクロヘキセン
エチルベンゼン
スチレン
アセトアルデヒド


中島大智論文による(無添加樹脂から)
PEより
ヘキサン
ベンゼン
シクロヘキサン
トルエン
エチルベンゼン
p−キシレン
スチレン
m−キシレン
ノナン
ベンズアルデヒド
デカン

PVCより
ブタナール(ブチルアルデヒド)
ヘキサン
クロロホルム
1−ブタノール
ベンゼン
トリクロロエチレン
トルエン
オクタン
ノナン
エチルベンゼン
スチレン
ベンズアルデヒド
デカン
ドデカン

PUより
ヘキサン
ベンゼン
シクロヘキサン
トルエン
オクタン
エチルベンゼン
m−キシレン
スチレン
ノナン
リモネン


崎山大輔論文(どのような樹脂か無記述)
PVCを放置
1,2−ジクロロエテン
テトラクロロエチレン
クロロホルム
1,3,5−トリクロロベンゼン
1,2−ジクロロプロパン
トリクロロエチレン
1,3−ジクロロプロペン
クロロベンゼン
エチルベンゼン
テトラクロロエタン
o−ジクロロベンゼン
m−ジクロロベンゼン
p−ジクロロベンゼン
1,2−ジクロロエタン


PE摩擦
イソプロピルアルコール
酢酸エチル
ヘキサン
ベンゼン
トルエン

PE圧縮
4−ペンタナール
ベンゼン
2,3,4−トリメチルヘキサン
デカン
ドデカン

PVC摩擦
二硫化炭素
ヘキサン
ベンゼン
トルエン

PVC圧縮
クロロホルム
ベンズアルデヒド
デカン
トリクロロエチレン

そのほか、破損実験というものを行っているようだが、「圧縮した」という記述のみで詳細が不明確なので、採用しない。修論の発表だったら、もう少々まともな要旨にならないものか。

C先生:さて、量が分からない。だから、リスクの話につながらない。このレベルで研究を終わっていたら、まさに不安情報だけだして終わり。
 それはそれとして、リストをざっと眺めて、感覚的な話で良いが、さて、どれがもっともリスクが高いか。

A君:難しいですが、ベンゼン、クロロホルムあたりは怪しい。あとは、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドぐらい。

B君:トリクロロベンゼンはまあ、極めて少量だろう。ジクロロベンゼンのo−、m−、p−があるのがちょっと。

C先生:それでは、それらの化合物について、どんな特性があって、現在の日本ではどんな状況なのか、記述してみるか。
 それには、この資料の作成にも参画したのだが、環境省の「化学物質ファクトシート」が役に立つ
http://www.env.go.jp/chemi/communication/factsheet.html

A君:まず、ベンゼンです。これは、有名な有害物質です。
 このような有害性のある物質のリスクを考えるには、重要なポイントがあって、当然のことながら、
 リスク=有害性 × 曝露
ですから、まずは、何はともあれ、
(1)有害性
そして、曝露に関する情報として、なぜ、ベンゼンに曝露するかを理解することが必要で、その状況などを以下の3項目ぐらいに整理することが有効。
(2)環境基準
 被害を出さないように、環境基準などがどうやって決まっているか。
 さらに、
(3)発生原因
(4)現在の状況、過去の状況

C先生:今回の議論は、主として、プラスチックの圧縮施設から出る有害ガスが、どのようなリスクを及ぼす可能性があるかの検討だから、大気関係だけで良いと思う。ベンゼン行こう。

B君:ベンゼンの有害性は、IARCのグループ1に属する発がん物質。
(1)有害性:発がん性、造血障害
(2)大気環境基準:0.003 mg/m3以下(1年平均値)
 この環境基準値は、なかなか厳しいものだ。

C先生:(3)、(4)についてまとめて、議論をするか。
 1996年(平成8年)10月の中央環境審議会で、ベンゼンなどを初めとして、22物質が大気汚染の優先取組物質として指定された。そして、環境基準が設定された。ところが、その当時のベンゼンの大気濃度は極めて高いものだった

A君:データを探したのですが、新日本石油精製の室蘭製油所の取組みの中に室蘭市のベンゼン濃度の推移があるのを発見。
 平成10年度だと、11μg/m3と環境基準値の3〜4倍だった。というよりも、環境規制値が平成8年にできて、それに向けて、やっと努力を始めたのが、平成10年ごろということになる。

図 室蘭市におけるベンゼン濃度の推移。新日本石油精製のHPから。

B君:環境規制値がないと、なかなか削減努力が進まない。次の図は、出光石油の徳山製油所の努力の結果だ。



図 出光石油徳山工場におけるベンゼン排出量の推移。同社HPから。

C先生:以前はガソリンに数%のベンゼンが含まれていた。それは、オクタン価を高めるのに、ベンゼンが有効だったという理由もある。しかし、2000年の法改正によって、現在では、体積比で1%以下になっている。

A君:しかし、それでもなおかつ、ベンゼンの排出源は車のエンジン。そのため、2004年度の推定値だが、1年間でなんとなんと17000トンものベンゼンが車の排ガスに含まれて排出されてしまったものと考えられる。日本には、自動車保有台数が7000万台だと仮定して、1年間に車1台あたりで、240gぐらいの放出量になる。原因は、不完全燃焼。

B君:ものが燃えるときには、かなり色々な物質が確かにでている。これまでの環境問題のかなりの部分は、煙との闘いだったとも言える。タバコの煙にも、実は、ベンゼンが含まれている。大体、50μg/本タバコの売上げ本数は、3000億本。となると、15トンぐらいがタバコから出ていることになるが、大部分が室内で出ていることになるので、どちらが影響が大きいか、微妙な問題だ。

C先生:こんな状況。現時点でも、ベンゼンが環境基準を超しているところがあるものの、それでも、なんとか平均濃度は低下している。化学物質管理促進法(PRTR法)というものが機能していると考えることができる

A君:それでは、次は、ベンゼンがプラスチックを圧縮するときにどのぐらい出るか、ということですが。

B君:日本全体で収集されるプラスチックの量を推定すると、総量5000万トンの約10%ぐらい。500万トン。圧縮されてリサイクルされる量が、1/5だとして100万トン。もしも、圧縮することによって、全く有りえない割合だが、1%ものポリエチレンがベンゼンに変化したとすると、日本全体で1万トンのベンゼンが排出されることになる。
 勿論、1%ものポリエチレンがベンゼンに変わる訳もない。推測も不可能だが、いかに多くても0.001%ぐらいだろう。となると、まあ、恐らく、日本全体で10トン程度のベンゼンがプラスチック圧縮処理工程から出るのではないか。

A君:その推測を可能にするデータというものが、たった一つだけあるらしいですよ。北河内の4市のプラスチック処理施設での実験結果。1kgのプラスチックを圧縮する際に、出るベンゼンの量が3回の実験で、最大0.14μgだったというもの。

B君:となると、なに、0.0000000014%ということ。100万トンのプラスチックが圧縮されたとして、発生するベンゼンの量は、たったの140gになるが本当か? 車1台からの排出量よりも少ないことになるが。

A君:計算はあっているようですよ。

C先生:その程度の量ではないか。どのぐらい強く圧縮するか、どのぐらい強く擦るか、それにもよるだろうが、メカノケミカル反応で、もしもベンゼンが大量にできるのであれば、逆にプラスチックの分解法として活用できる。そんなに旨いことは無いだろう。
 今回は、このぐらいにして、次回にも、他にどのような物質が出る可能性があるかなどといったデータの解析を含めて、次回に継続してみたい。