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    最近のプラスチック情勢  10.07.2018
       中国輸入禁止・ストロー・気候変動・利便性

               



 これまで本HPでは取り上げていませんが、中国の廃プラスチックの輸入禁止が、かなり大きな影響を与えています。さらに、カナダのケベック州シャルルボアで行われたG7で、日本と米国がシャルルボア・ブループリントの一部、すなわち、プラスチックの海洋生物への影響を根拠に提案された、「プラスチックごみや海洋廃棄物に対処する」、というG7海洋プラスチック憲章なる文書が付属する部分について、調印しませんでした。
 
 最近、ストローがウミガメの鼻孔に刺さった写真がインパクトを与えて、スターバックスなどがストローを止めるなどの対策をとりました。情報は錯綜気味ですが、どうやら、2020年までには、プラスチック製のストローを廃止する予定のようです。

 しかし、ITmediaビジネスなるサイトの「プラ製ストローは日本では廃止されない」と国内トップメーカーが主張する理由、といった記事では、シバセ工業という国内トップメーカーの主張を掲載しています。
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1807/12/news127.html

その理由が、日本企業からは、取引を止めたいといった問い合わせは来ていないから、ということ。紙ストローの性能が不十分、かつ、価格が高いことがその理由らしい。これは、現時点の話であって、未来の話ではないので、奇妙な主張ではある。

 個人的な将来予測をすれば、恐らく、プラスチック製の製品の使い捨て禁止に近い対応をするのは、フランスが世界で最初の国になるのでは、と思います。そして、ヨーロッパ全体に類似の政策を取る国が広がり、日本などの東アジア圏が、最後の最後まで、プラスチック製の容器などを使うという結末になるように思います。

 それは何故か。その根底には、気候変動に関するパリ協定の存在があるというのが、個人的な見解です。パリ協定の何がそれほど影響するのか。それは、パリ協定はフランスにとって、環境をリードする国としての大成功の証だからです。

 大成功だった理由は何か。それは、パリ協定の序文に書かれているパリ協定の根幹をなす言葉、「気候正義」がその理由だとフランスは考えているからです。そして、その延長線上に、例えば、海洋生態系の保全も正義である、という主張が、シャルルボアでも行われたと見るべきなのです。

 それに加え、日本を含む東アジアのマインドは、フランスをトップとする欧州のマインドとは大きく異なること、すなわち、そもそもかなり違った原理原則によって動いている世界である、と考えるべきなのです。

 考え方の違いで大きいところは、まず、気候正義に代表される「正義」、そして、余り明示的には出てこないのですが、地球がその生態系を含めて破壊されつつあるという考え方をどう受け取るか、ということが根本的な問題になります。ウミガメを中心とする海洋生態系が滅びたところで、人類に直接的な影響がでるとは思いにくいのですが、もしも、それが起きてしまったら、それは、欧州人にとっては、正義ではないのです。すなわち、人間中心主義の日本・東アジアと欧州の地球生態系優先主義の争いが、すべての根源なのだと思います。

 要するに、東アジアでは、あらゆる被害の中心には、常に「ヒト」が存在するのですが、欧州では、生態系に被害を及ぼすような人間活動が行われたとき、それは正義ではないために、関係者は、最後の審判が行われると、全員、地獄行きになると考えるのです。そして、この違いは大きいのです。

 しかし、残念なことには、このような理解ができるだけの一神教に対する基本的理解がある日本人はほとんど存在していません。この事態は、日本の将来にとって、かなり危険なことだと思います。日本は、やはり、余りにも均一な、しかも西洋文明とは隔絶された文化・文明を有する社会のようです。

 日本においては、ストロー問題よりも、中国の廃プラスチック輸入禁止の方が、大きな問題になるものと思われます。しかし、解決の方向性がなかなか見えない上に、この件は、一般市民にとっては、他人事という判断になることでしょう。日本の廃プラの価値(=価格、もちろん、性能も)がドイツ並みに高められれば、問題は解決される可能性がないことはありませんが。



C先生:2015年に、SDGsが9月にできて、パリ協定が12月に合意された。SDGsの方は、国連文書なので、かなりニュートラルな文明理解に基づいて作られていると言える。勿論、国連だけのことは当然あって、やはり、途上国の味方だとは言えるので、その背景は十分に理解しておかなければならない。しかし、これなら、日本人にとっても、理解不能というものではない。一方、パリ協定は、すでに何回も言っているように、「気候正義」という日本人にとっては理解が完全に不可能な基本原理に基づいているものなので、対応が、すでに、かなり遅れてしまった。そして、新たな問題として、プラスチック問題ができてきた。単に、プラスチックのリサイクルなどの問題に終わるのであれば、その理解は日本人にとっても、当然、不可能ではない。しかし、海洋生態系の維持といった問になると、クジラ問題では、これまでも何回も痛い思いをしていることがその証拠だと思うが、やはり、本質的な理解ができないという状態になるのでは。クジラも哺乳類であって、その保護は、基本的正義だということなのだと理解する以外の解釈は難しいが、これに同意できる日本人は何%いるだろうか、と思う。

A君:やはり、正義をどうやって決めるのか、これが根本的な違いですね。そもそも、正義という概念は、文明の一部ですから、本来、社会によって違って当然。しかし、地球上の人口の過半数が信仰する一神教というものによって、ある意味統一された正義があり、それが非常に重要な社会であるのが西欧社会。世間が正義を決めるために、多様な正義があり、何が重要かは、その世間によって異なる日本の文化。この違いは非常に大きいですね。

B君:プラスチックの使用は、海洋生態系保全に照らして考えると不正義だ、と言われたとき、どのように反応できるのか。

A君:ITMEDIAビジネスに出てくる日本のストロートップメーカーに、プラスチック製ストローは正義でないから、欧州はそれを止めようと言っている、と説明しても、「何を言っているのか分からない」、と言われそうですね。

B君:西欧社会にあって、日本に無い言葉、それは「原罪」か。

A君:それは無理というもの。日本では、人間はニュートラルに生まれる。西欧では、神様と運命の糸でつながって生まれるし、怖いことには、何かあるとその運命の糸をプチンと切られてしまうこともある。

B君:余りにも便利な社会を与えられると、人間は、それに甘えてしまうので、若干不便な方が良い。。。。。これも、原罪の一つの表現かもしれない。

A君:なるほど。言い換えれば、人間、若干不便なぐらいのレベルで我慢、いや、満足しているのが正常な状態で、なんでももっと便利にもっと便利にという社会は、あまり良くない世界である、と西欧社会では考えている。それだけに、古い都市などは、その基本構造を維持することが伝統でもあり正義でもあって、パリの街並みを代表とすれば分かると思うけれど、その伝統と正義で守られている。

B君:パリに行けば、最大の不思議が、これほど自動車社会になっているのに、もともと古い都市では車庫の場所が無いはず。それをどうしているのか。答えは、裏門を作って、そこに車を入れたり、地下を作って車庫にしたり。昔から、まあ、馬車があったから、不思議でも無いのかもしれない。結構不便そうな感触だけど。

A君:不便さとその原因となる信頼性の欠如について、日本社会で異常なほどのこだわりが見られます。その一例として、電力会社の無停電回避の意志がある。日本では、余程のことが無いと停電はしない。

B君:東京電力は6分、ニューヨーク州130分、フランス52分。これが年間停電時間。これをすごいと言うのは日本人だけかも。

C先生:この停電時間への許容性が、不便への許容性と同じだとは思えないものの、似たような方向性であることに違いはないだろう。停電になったら、ロウソクでも点火して、その雰囲気を楽しむことができる。これが欧州人の考え方。仕事が遅れるのは、当然だけれど、停電で言い訳可能だし。一方、ニューヨーク州だと、話はちょっと違っていて、"Damn it"とか言われるような気がするけどね。

A君:日本人は、冷めやすいですから、東日本大震災の後、計画停電なるものが行われたことも、忘れやすい日本人にとっては、もはや夢の跡でもないでしょうね。

B君:日本製品の最大の特徴は、製品の信頼性。すなわち、故障しないこと。最近、自動車の新車の車検などが問題になったけれど、実は、新車の車検の前に、製造者による厳しい検査が行われているため、恐らく、日本車の信頼性は、現時点でも世界ナンバーワンだと断言できる。

A君:実は、信頼性は利便性の最大の条件として、非常に重んじられるのでしょう。この新しい電気器具はこんなに便利だ、というコマーシャルが一般的。それに釣られて買う人が多い。もっとも、最近では、それは世界全体でも似たようなものかもしれない。掃除機のルンバを見ていると、そんな気もします。

B君:ルンバか。欧州と米国では、考え方が違うように見える。欧州の社会では、あまりに便利になると、それは人間の劣化につながる、という感覚がある。そのため、便利ばかりを追求することが必ずしも正しいことだとは理解されていないのでは、と思う。アメリカは必ずしもそうではないというだけではないか。

A君:なるほど。英国のダイソンは、「究極的な性能」というマーケティングなので、ちょっと違いますね。もっとも、「吸引力が変わらない」というキャッチコピーは、英国では「誤解を与える」として、排除命令を受けているようですが、日本では、まだ使っているように思う。

B君:いずれにしても、「多少不便な方が、人類にとって、実は正常なのだ」、というヨーロッパの考え方が、十二分に反映されたのがパリ協定で、CO2を発生させる量を減らせば、当然、日常生活は不便になるけれど、実は、その方が、本来の人間と地球の関係から見れば当然で、便利ばかりを追求するのは、非持続可能な行動である、という合意がヨーロッパ諸国ではあるように見える。

A君:そして、プラスチックは、利便性が最大の特徴。すでに述べたように、日本(と多分米国)では価値である利便性が、西欧社会では必ずしも絶対的な価値ではない。日本に似た考え方をしている他の国としては、アジアの一部がそのように思えます。

C先生:今回、もう一つの重要問題である海洋生態系の話をもう少々詰めるか。マイクロプラスチックのような例もあるし。

A君:そうですね。プラスチックも各種ありますが、マイクロプラスチックのようなものが、海洋生態系に対して、本当に悪影響があるのか、このあたりから検討を開始することが必要不可欠ですね。マイクロプラスチックの素材に使われている物質が、化学的生体毒性をもっているとは考えにくいので、むしろ、吸着される物質がどのような有害性を持つか、さらに、余りにも小さい形状が、なぜかある種の毒性(形態毒性)をもってしまうことがありうるのか、こんな検討も必要です。

B君:マイクロプラスチックも、最終的にどうなるか判断は難しいが、結局のところ、普通の人には無駄なサービスが横行しているという結論になる可能性は高い。となれば、本当に必要な人だけが要求すれば使用可能という社会にするのか。となると、かなり量的には減ることになるだろうが。

C先生:もう一つの問題が、当然、プラスチックとCOの関係。なんといっても、石油で作られているのだから、焼却すれば、当然、COを排出することになる。

A君:当たり前ですが、石油を原料とするかぎり、ライフサイクルでのCO排出量をゼロにすることは難しい。バイオプラということになりますが、実は、バイオ戦略は、様々な要素を解析しないと、本当に環境負荷が低いのか、食料の生産との両立は可能なのか、などなど、解決すべき問題は多いですね。

B君:焼却しないですむ生分解性プラスチックというものもありうるのだけれど、実は、最終的に全くCOを出さないと言えるのか、という根本的な問題がある。

A君:もう一つの課題が、生物原料化。100%生物原料にすれば、CO排出量は直接的にはゼロとみなすことは可能なのだけれど、実は、それで十分という訳ではないですね。特に、湿性熱帯林を乾燥化してパーム畑にすると、大変なことが起きます。その理由は、すでに土壌中に蓄えられている炭素が、その土壌の含水量が減ると、酸化性の微生物が増えて分解され、大量のCOを発生するからです。CO的にはネガティブな変更であると言われています。

B君:しかし、生物原料にすると解決だと考える方向性は残っている。その一つの例が、PETボトルはPEFボトルに変えること。

A君:東洋紡がオランダのAvantium社の技術で製造することになったPEF(ポリエチレンフラノエート)がPETボトルの後継になるかという話。これも、バイオ原料ということをどのように説明できるかに掛かっているような気がします。

B君:もう一つ。最近の話題をご紹介。実は、プラスチックの分解によって、メタン、エチレンが生成し、これらのガスは、温室効果ガスだという話があります。
 Production of methane and ethylene from plastic in the environment, Sarah-Jeanne Royer, Sara Ferron, Samuel T.Wilson, David M.Karl
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0200574

A君:確かに、分解されると、メタンやエチレンが発生します。これらはCOよりも温室効果、いわゆるGWP(Global Warming Potential)が大きいだけでなく、最終的には安定なCOになります。

B君:メタンなどのガスの大気中の寿命は、それほど長くはないので、そのうち、COまで酸化されると思われる。となれば、積分値としてそれほどの影響があるとも思えない。

A君:まあ、プラスチック用として使われてる石油の量は、日本では、原油の2.8%に過ぎないとされている。
http://www.pwmi.jp/plastics-recycle20091119/life/life3.html
 そして、採掘された石油は、最終的にはなんらかの経路を経てすべてCOになると考えるべきものなのだと思いますから、途中で増加する温室効果が、それほど深刻だとは思えないですね。COの大気中の寿命が万年オーダーだということを真剣に考えた方が良さそうだと思います。。

B君:やはり、ペットボトルのリサイクルが、どうなるか。とか、これまで輸出していて燃焼することを避けてきたプラスチック廃棄物を燃やすのか。それとも、再利用するのか。

A君:しばらくは、大変な状況になることは間違い無さそうですね。少なくとも、徐々に、ペットボトルのようなものは、消費量を少なくする方向性になるのでは。

B君:環境省の発表によれば、
https://www.env.go.jp/doc/toukei/data/2016/2016_4-36.xls
平成26年のPET樹脂の使用実績は、清涼飲料用ボトル57.1万トン、調味料、種類、その他を合わせると、合計65.3万トン。市町村分別収集量が、29.2万トンなので、回収率は、44.7%。事業系などの回収を入れると、93.5%が回収されている。

A君:まあ、大変に立派な数値なのですが。その後の用途まで責任を誰が持つのか、これまでは、中国に輸出して置けば済んだのですが。ペットボトルも中国の輸入禁止の対象ですから。

B君:EUのように、緊急対策を打つべき。EUは、2030年までにすべてを再利用、またはリサイクルできるものにするという方針を発表している。

A君:海洋汚染ともPETボトルも無関係とは言えないようで、日本の川には、4000万本のペットボトルが落ちているというデータもありますからね。

B君:タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアなども受け入れ拒否の方向になることは確実だろし。やはり、根本的な緊急対策を打つべきだ。

A君:最後に、これまでの、中国の廃プラスチックの輸入先の図解を載せましょう。この図は、
http://advances.sciencemag.org/content/4/6/eaat0131
からの引用です。世界からのほぼすべての国からの廃プラ処理国だった。


図1 中国が廃プラを受け入れていた国々 日本と米国からの量は多かった。

C先生:今回の話は、気候変動の問題ではないが、やはり、パリ協定以後、世界のあらゆる環境対応の基本方針が変わったと見るべきだろう。生態系を人類のゴミ箱にしてはいけない。生態系を潰せば、人類が潰れる。勿論、CO排出量を減らせないで、増加を放置すれば、最近の気象災害の原因が、かなり明確になり、ブロッキング高気圧のようなものが直接的な原因で、その成因は、やはり、南方での海面水温の高さに帰結することも徐々に明らかになってきた。要するに、温暖化との関係性は、ますます明らかになっているので、もはや、産業のために、環境を犠牲にしてきた伝統、日本なら水俣病以来の伝統も、かなり良くはなった部分あるけれど、それは、対有害物質だけで、人間生活に利便性を与える物質は、まだまだ維持すべきという考え方を日本は持っている。しかし、そろそろ、成立しない考え方になる可能性が高い。すなわち、次の世界がどうなるか、しっかり予測し、解析し、そして、対応策を練るという当たり前の体制をしっかりと整備することがもっとも重要なのではないか。
 それと同時に、大学人などに与えられる使命も大きなものになる。もはや、Natureに論文が出れば、その学者は偉いという時代ではない。自らの存在をフルに活用して、社会問題の解決に貢献して、初めて、その学者は偉いという評価にならなければならない。9月22日、23日に甲斐大泉で行われたJSTのワークショップを見ても、多少の理解は進んだとは思うものの、「なぜ、社会貢献をしなければダメなのですか」、といった質問もあったし、まだまだインパクトファクター至上主義的な感覚が残っていることを感じてしまった。