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 プリウスなどのリコールとトヨタ   02.07.2008
     



 トヨタがリコール問題で揺れている。GMを抜いていて世界一の自動車メーカーになった瞬間に、リーマンショックで業績不振に陥り、いまだになんとか世界一の座は保っているものの、今でも業績は振るわない。

 それに追い討ちを掛けるように、今回、3種類のリコール問題が発生した。特に、日本の主力車種となったプリウスのリコールは、大きな影響を与える可能性がある。

 これをどう見るか。なかなか複雑な問題である。


概要

C先生:トヨタが世界一になったと思ったら、リコール騒ぎで大変なことになっている。まず、3種類のリコールをまとめてくれ。

A君:了解。まずは、レクサスのフロアマットの不具合によるアクセルが戻らないという事故が発生し、死者が出て、リコールに追い込まれた。

B君:さらに、左ハンドル仕様のカローラ、カムリなどの量産車のアクセルペダルのトラブルがさらに大きなリコールになった。

A君:そして、日本を含め、三代目プリウスのブレーキシステムがリコールになる状況が発生した。

C先生:3種類トラブルのいずれもが「車が止まらない」という理由であるというところが、これまた象徴的だ。そのため、世界中がトヨタという企業の走りに大ブレーキを掛けているのが、現在の状況だ。

A君:リコールはしばしばあることなのですが、不信感を世界に植え付けてしまったのは、大失策ですね。

B君:状況は本当に深刻だ。なぜもっと早い段階で対応が取れなかったのか。

C先生:もともと、レクサスの事故にしても、これほどのダメージを受けるほどの重大な事故だったのか。結果的に見れば、遅れた対応がダメージを拡大したということは客観的事実であろうと思えるのだが、そのあたりはどうだ。

A君:それにしてもなぜこれほどの事態になったのか。様々な考え方がありうると思います。

B君:今回のケースでは、日本と米国という国による考え方の相違が大きかったことが根本原因だと考えている。

C先生:なかなか本質的な話になりそうだが、個々の事態について、もう少々検討してみよう。

レクサスのフロアマットによるアクセル事故

A君:この件は、日本的感覚ならばトヨタ本体の責任ではないと判定されても良かった事故のように思えます。
 対象車はレクサスES350でした。この車は、どうやら修理時に貸し出された代車であったらしく、米国のレクサスディーラーが標準外のフロアマットを設置していて、それにアクセルペダルが引っかかって戻らなくなった。車は190km/hで暴走し、交差点で衝突炎上。そして、1家4名が死亡した。

B君:こう聞けば、日本流の常識で考えれば、レクサスディーラーの責任ということになる。しかし、米国では違う判断になった。マットに引っかかるような構造のアクセルペダルはそもそも危険である、と米道路交通安全局(NHTSA)は調査で指摘。結果として、アクセルペダルそのものの欠陥が暴走の原因と認定されることになった。

A君:トヨタの最大の失敗は、この最終的な段階に至るプロセスを読み切れなかったことであるように思えます。

B君:色々なことが起きた。米国ABCテレビが1月27日に救急通報電話の肉声テープを公開したが、この公開も、トヨタ首脳にとって全くの想定外の事態であったと思われる。


アクセルペダルの戻り不良

C先生:次に、台数としてはもっとも多い、トヨタの主力車種であるカローラ、カムリなどのアクセルに行くか。最終的には世界的に900万台がリコールの対象になる可能性がある。

A君:この欠陥は、フロアマットと違って、まさにアクセルペダルにあった。材料の品質が悪く、摩耗が進行するとアクセルペダルが戻りにくくなるという。

B君:日本の新聞やテレビの報道で言われた「暖房が。。。。そして、結露を起こすと」というところは未だに理解不能で、状況の正確な把握が不可能だ。

A君:この欠陥アクセルペダルは、米国のCTSという企業http://www.reuters.com/finance/stocks/companyProfile?symbol=CTS.N
によって生産されたのですね。
 トヨタはCTSに対して訴訟を起こす可能性があり、米国部品メーカーとトヨタの争いという構図も出てきそうな感じです。

C先生:品質の悪い部品を使うということは、かつてのトヨタの哲学から言えば、あり得ない選択であると思う。

A君:いかに米国の部品メーカーが作っているとは言え、パーツの信頼性でトヨタ車の信頼性が築かれたという歴史を考えれば、アクセルという重要部品だけに、最大の配慮を行うことができなかったものだろうか、と思いますね。

C先生:そして、これが最後になることを祈るが、プリウスのブレーキ不具合が発覚した。どうやらABSが原因のようだ。そして、とうとうプリウスをリコールをするという結論になったようだ。


プリウス、ABS不具合でリコール

C先生:ハイブリッド車の場合、ブレーキの制御がもっとも難しいということは充分分かっているつもりだ。
 本HPで、インサイトの印象記などでも記述をしてきた。
http://www.yasuienv.net/MinamiKyushu.htm
しかし、ABS(Antilock Brake System)に関しては、これまで意識したことは無かった。

A君:そもそもABSが作動するのは、雪道ばかりを運転していればともかく、通常の状況では、1年に1回も無いでしょうからね。

B君:そもそもABSという装置の目的は何か。そして、どうやって作動するのだろうか。それを説明すべきだ。

A君:了解。雪道などで、ブレーキを掛けると、タイヤがロックされて回転しなくなる。そうなれば、ハンドルは全く利かなくなる。タイヤは回転をしているからこそ、ハンドルの方向に進む。タイヤが回転しない場合には、凸凹がある氷の上で椅子を真っ直ぐ押すことが難しいことから分かるように、スピンをするのがむしろ当然だということになる。

B君:その通り。ABSが最初に設置されたのは、ブレーキで車輪がロックしやすい鉄道。車輪が回転しているかどうかをセンサーで検知して、ブレーキを弱める装置がABS。

A君:車だと、もしもタイヤが回転していない場合には、そのタイヤのブレーキを作動させている油圧を断続的に下げることで、タイヤを回転できる状態にする。

B君:しかし、当然予測されることなのだが、ABSには不利益がある。停止距離が伸びるのだ。砂利道でも、場合によっては雪道でも、停止距離という点から言えば、ABSを作動させない状況、すなわち、タイヤをロックさせた状態の方がすぐに止まるというのが一般的だ。

A君:ただ、タイヤをロックさせた状況だと車が真っ直ぐに進まない。山道を運転しているときにそのような状況になったら、崖から転落するかもしれない。

B君:追突を避けるのことを選択するか、車のコントロールを失うことを選択するか、どちらがより危険か、というまさにリスクのトレードオフをどう解くか、これがABSの設計に求められることである。

C先生:制御が本当に難しい。さらに言えば、どう考えるかなのだ。

A君:繰り返しになりますが、タイヤがロックするような状況で、前車に追突するかもしれないABSの作動を優先し、車の進行方向の制御性を確保する制御にするのか。あるいは、ABSを余り利かせないで峠道から転落するようなリスクは増える状況にしても、追突は避けるという制御にすべきなのか。

C先生:いずれにしても、完璧な装置ではなくて、まさに異なったリスクのトレードオフ的な装置なのだ。このようなABSというもののもつ本質的な限界を、運転者は充分に理解すべきなのだが、そこまで理解して運転をしている人は、ほぼ皆無だろう。

A君:運転者の心得としては、本来ならば、ABSが作動するような状態にしてはいけない。路面の状況を判断し、充分にスピードを落とし、安全に運転をするのが、本来あるべき心得。

C先生:ABSを除いても、ハイブリッド車の場合には、ブレーキの設計が難しい。油圧ブレーキに加えて、発電機を回すことによって運動エネルギーを電気に変えることによって減速をする回生ブレーキが存在しているからである。

A君:ハイブリッド車の通常の止まり方を説明します。
 減速のためにブレーキを掛けると、勿論、その踏み方にもよりますが、まずは、回生ブレーキを使ってエネルギー回収をしながら、減速する。これは、燃費の向上を最大の目的とするハイブリッド車では当然のことです。

B君:しかし、速度が15km/hを切るような状態になると、エネルギー回収をしても余り意味がない。運動エネルギーは、速度の二乗に比例するので、60km/h付近での運動エネルギーは、15km/付近での回収量の1/16に過ぎないからである。

A君:そこで、回生ブレーキは、15km/h程度で役割を止めて、油圧ブレーキの出番になる。このとき、車はちょっと奇妙な挙動をしたような感覚を受ける。すなわち、ちょっと加速をしたような感覚になるのである。実際には、減速の割合が変化しただけなのだが、印象としては、加速したように感じる。

C先生:インサイトに乗った印象では、まだまだ洗練度が不足したと思える挙動を感じた。それに比べれば、プリウスの挙動は安定している。

A君:しかし、ABSが作動するようなパニックストップになれば、話は別。回生ブレーキ、油圧ブレーキ、それにABSとをどのように組み合わせて制御すべきなのか。そこには、まだまだ決定的な解は無いのではないだろうかと思います。

B君:今回のABSの不具合について、トヨタは、ドライブフィーリングの問題だと当初主張したが、それが良いかどうかは別として、ここで説明したような意味なんだ。

C先生:リコールして対策が行われるようだが、追突防止側にABSの設定を振ったとすると、そのトレードオフとして、パニック時における車の制御性が犠牲になることになる。

A君:こんな状況であることを、今後、対策にあたって、トヨタから充分な説明が行われることを期待したいところですね。

B君:そうだ。リスクがどのように取り扱われるのか、認識した上で使いたい。

C先生:一つだけ追加したい。三代目プリウスは、ABSに関して奇妙な点があることに気づいた。停止しているのに、ブレーキを非常に強く踏むと、路面が滑りやすいという警報ランプが点灯するのでだ。車庫内で、リアシートに置いた荷物に手を伸ばすような時に、思いがけずブレーキを強く踏んでしまったときに、発生したことがある。 これは、皆様からのメールで、全く別のウォーニングであることが判明。お粗末でした。

A君:それが、何か今回のリコールとも関係するのでしょうか。

C先生:いや、分からない。
ABS関係の真相が正確に報道されることは、余りにも技術的な話なので、無さそうに思える。

B君:いずれにしても、ABSというものの限界をもっと一般に向けて広報すべきだ。

A君:もう一度繰り返せば、運転者としては、ABSが作動するようなパニック的な急停止をしないことが、最良の安全策である。

B君:二代目までのプリウスの大多数のオーナーは、恐らく、運転も安全運転型であったと思われる。
 車の燃費を稼ぐには、ハイブリッド車に限った話ではないが、ブレーキをなるべく使わないで走る、特に、急ブレーキは御法度だ。これを経験的に知っているのが、これまでのプリウスオーナーだった。

A君:しかし、三代目は、余りにも売れすぎた。場合によると、余り燃料を食わないから、車を飛ばすために買うというプリウスオーナーもいるように思えます。しかも、ハイブリッドの動作機構には感心がなく、インサイトとどちらが運動性能が良いかといった、昔からの車論議だけに感心があるプリウスオーナーも増えただろうと思います。

C先生:今回のABSの不具合によるリコールは、その全貌が未だに見えないので、断定することはいささか危険ではあるのだが、ハイブリッド車の発展過程で必然的に起きることの一つのように思える。


他のリコールのさまざまな解釈

C先生:さて、今回のトヨタのリコールなどに関して、様々な解釈が行われているか、検討してみよう。

A君:ここ数日の新聞報道などを元に分類すれば、
(1)世界最大の自動車としての責任
(2)トヨタ首脳陣の感度の低さとそれを生み出した首脳陣への情報伝達不良
(3)コスト削減を余りにも重視
(4)米国の経済状況とGMの没落に対する外資への反感
(5)米国中間選挙に向けた政治的なメッセージ
などになるでしょう。

B君:もっとも、これらの要素が、それぞれ単独ということではなく、相互作用をもって今回の事態を生み出したように見える。

C先生:ただ、新聞報道などで議論されていない、もっと本質的な別の要素があるように思えるのだ。
 具体的には、安全というものに関する米国の特殊なものの見方についても、議論をしてみたい。まあ、毎回やっていることでもあるが。


故障と安全に関する日米の考え方の相違

C先生:安全対策ということに関して、もっとも興味ある対応だったのは、アスベストに関してだ。

A君:欧州、日本、米国の対応をまとめてみますか。これについては、これまでも本HPでかなり議論してはいるのですが。

◎欧州は、「例外規定を大量に作りながら全面禁止」というRoHS規制などにも見られる独特の方法でアスベストの使用を制限した。

◎日本は、全面禁止というと本当に全面禁止でないと納得が得られない「生真面目社会」なので、最終的には禁止したものの、段階的通達などによって、実質上の使用制限で対応。

◎米国は、アスベスト禁止法が最高裁で違法の判決を受けたので、結局規制ができず、個別の企業の責任とした。しかし、健康被害の訴訟を受けてアスベストを使った企業が倒産して、結果的にアスベストは使われなくなった。

B君:結果としては、実は、そんなに違わなかったのではないか。すなわち、欧州、日本、米国における被害の最終的な規模は恐らくそれほど違わないと思われる。しかし、アプローチが全く違った。

C先生:米国のようになんでも裁判という対応は、日本社会から見ると極めて奇妙だ。しかし、訴訟社会というものは基本的にこのような形になる。

A君:訴訟社会というのは、当然のことながら、市民の安全を守れなかった企業は、自己責任で、それを補償し、かつ、解決しなければならない。これが米国の大原則である。

B君:それに対して、日本では規制によって市民の安全を守る。すなわち、一人も犠牲者を出さないために、未然防止策を国が主導的に行うことが、社会全体の原則だと考えている。すなわち、最後はお上頼みがこの国と特徴だ。

A君:その最たる例が、BSE対策でしたね。実質上有効とは言えなかった全頭検査というもっともコストが掛かる方法で対策を取った。もっとも、畜産業保護策として、日本的マインドへ対応するために、それ以外に方法が無かったとも言えるのですが。

B君:米国では、少数とは言え、結果として誰かが犠牲になってしまうが、それは充分な保険によってカバーし、結果として、企業は同時に社会的な制裁を受ける。これが基本的な発想だ。BSEに対する対応もそうだ。

A君:このような発想法で、最初のレクサス暴走事件を見れば、犠牲者が出た段階で、その原因はともかくとして、小さなディーラーという企業ではなく、より大きな企業に責任を求めるというのが基本的な考え方だということになりますね。

B君:米国で企業活動を行う場合、このような考え方に対応するためには、2つの点に注意を払う必要がある。それは、充分な保険を掛けておくこと。そして、もう一つは、安全は通常の製品の品質とは異なるという意識を持つことだろう。


フェイルセイフ

C先生:米国では、製品が故障すること自体は普通のことだ。故障しても修理をすれば良いというのが普通の判断だ。しかし、故障といっても色々と種類がある。もしも市民の生命に危険が及ぶような故障をすることは、これは大きな問題である。故障をするとしても、「安全な壊れ方」をすることが求められる。このような考え方を「フェイルセイフ」と呼ぶのだが、極めて重要視されている考え方である。

A君:ところが、日本の場合だと、製品の細かい不具合にもクレームが付く。車だと細かい傷があったとか、ドアの立て付けが0.5mmずれているとか。こんな社会なので、メーカーは、「壊れないこと」に重点を置いた対応をしている。

B君:そんなものだ。安全に拘わる不具合、安全に拘わらない不具合の段差が余り明確ではない社会、それが日本社会だ。

A君:言い換えれば、中国製のハロゲンヒーターのように火災を発生しかねない危険な壊れ方をする製品に対しても、強い非難が起きない社会、それが日本という国ですね。

C先生:カローラ、カムリなどのアクセルペダルの戻りが悪いという故障は、フェイルセイフという観点から言えば、あってはならない方向への故障である。もし故障するとしても、アクセルが重くなって、加速がやりにくいという故障をするような製品設計を行うことが、米国流では「企業の責任」なのだ。

A君:このフェイルセイフということを全面的に実施しようとすると、製品の設計を最初から考え直す必要がある。そして、しばしば製品のコストの増大に繋がる。

B君:トヨタは、過去、壊れないことを製品の品質として考え、それを現実のものにすることによって、米国社会から信頼を勝ち得てきた。これが現実だろう。

A君:ところが、韓国メーカーとの競争などによって、コスト削減という命題に取り組まざるを得ない状況になったが、フェイルセイフ的な発想を充分に持てないまま、製品の設計と下請けへの発注を続けていたのではないだろうか、と思います。

C先生:世界一の自動車メーカーになった現在、安全に関して、今後、どのような設計方針で車を作るのだろうか。すでに議論されたように、これまで目指したのは世界でもっとも故障しない車だった。今後、世界でもっとも安全でかつ地球環境に適合した車造りを目指す、といった首脳陣からの強い決意表明があるべきだと思う。

まとめ

A君:今回のトヨタの件、朝鮮日報のウェブページを見ると、トヨタの地位の次を狙っているメーカーが現代・起亜自動車だという観点からなのだろうなんでしょうが、今回の状況に関して、面白い見解を読むことができます。例えば、現代自動車への飛び火を警戒している記事がある。http://www.chosunonline.com/news/20100205000025

B君:なるほど。欧米には、「自動車は自らの文化だ」という誇りがある。カメラやテレビで日本や韓国が世界一になることは許容できても、自動車の世界一は、必ず自分達でものにしたい、という強い思いがある。

A君:古い話になりますが、1980年代後半のこと、F1レースでホンダが連戦連勝したときにも、その後、ルールの改正が行われた。そして現時点では、技術だけでは勝てないレースになっている。こんなところも、自動車は自分たちがトップにいなければならないという欧米の誇りなのでしょう。

B君:このように考えると、トヨタという日本メーカーの中でも日本的な性格のメーカーが世界一になったこと自体、かなり奇跡に近いことだと思えるね。

C先生:やはり日本人の感覚は、やはり世界の標準ではない。朝青龍の引退が何を意味するか、モンゴル人が何を考えているか、ここで議論するつもりはないが、やはり放牧民族と稲作民族との決定的な違いを感じる。
 同時に、米国の狩猟民族的な性格も、日本人とは大幅に違う。トヨタが、真の世界一のグローバル企業になるために乗り越えなければならないハードルは、まだまだ高いのかもしれない。今後、グローバルな感覚をもった社員だけを選択して首脳陣に据える必要があるのではないだろうか。