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  予測と実証、「まきかえし」 10.23.2005
    



 前回、超長期ビジョンの話をした。しかし、これは、予測というよりも、ある種の目標設定に関する話である。ここでは、より近未来の予測と実証についての話をしてみたい。そして、「まきかえし」だが、「日本の科学者」という雑誌に畑 明郎氏が”「環境問題の「まきかえし」”という特集を組んで用いている言葉である。これまた、実証というものをどのように考えるかに関わる問題である。


C先生:環境問題について、様々な予測が行われる。というよりも、不確実性があることを認識しながら、できるだけ未来を予測することが環境科学の本質だと思う。そして、適切な軟着陸を目指す。今回話題の被害予測については、このところの傾向として、しばしば過大予測が行われることが多い。もっとも昔は全く逆で、過小評価が普通だった。特にアスベストについては、以前の予測は大幅に過小だったようだ。

A君:先日発表された環境省のアスベストによる死者の予測は、2010年までで、中皮腫で6000人、それ以外に肺がんで4100〜9600人。合計、10100〜15600人という予測でした。

C先生:2010年までは、多分、そんなものだろうと思うが、それから先、果たして減少傾向になるのか、それとも増加傾向が続くのか、それは読めない。中皮腫の潜伏期間が平均35年であれば、2010年ぐらいから減るのではないか、と思われるのだが。

B君:それ以外にも現時点で様々な予測がある。例えば、
「2000年から2029年に至る30年間で死者58、000人程度と予測した日本産業衛生学会での報告『わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測』」
「2000年から2039年までの40年間で死者は10万人に達する」

A君:40年間で10万人は、かなり過大かもしれない。中皮腫だけだとして、また潜伏期間が30〜40年だとして、2010年には1500名というのが、環境省の予測。それから下がれば、2015年には1000人。そして、恐らく2020年には500人。そして、2039年には、希望的観測ですが、50名以下になる。となると、これで合計2万2000名程度。希望的観測をやや悲観的にすれば、その倍? となると、日本産業衛生学会の報告は正しい?

B君:余り予測の精度を上げたところで、意味がある訳ではない。

A君:EUなどでも「EUでも99年から2035年までに中皮腫で25万人、その他のアスベスト疾患を含めると40万人に達するという予測がある」

B君:米国だと、相当多いだろう。なぜなら、「米国の02年の中皮腫の死者は約4,000名だった」から。

A君:2004年の日本における中皮腫の死者が953名。単純な人口の比較だと、米国を2倍強とみても、異常な死者数。それは、米国のアスベスト管理の大失敗を示している。

B君:米国政府が規制をしようとしたら、アスベスト関係の企業からの提訴によって裁判で負けて規制ができなかった。ただし、現実には死者が出て、その補償裁判が行われて、米国では、ほとんどすべてのアスベスト関連の企業は倒産した、という笑い話にもならないぐらい深刻な状態だった。裁判所は、一体どうやって責任を取るのか。

A君:実は、イギリスのデータもかなりのもので、2002年の中皮腫の死者1862人。人口を6000万人とすると、日本の人口比で4倍以上。

B君:多少調べてみたら、
http://www.mesothel.com/pages/rippoff_pag.htm
では、「ヨーロッパではこれからの35年で、50万人死亡」との推計値が出ていた。

C先生:色々な予測がなされているが、はっきり言って、どれが確実かまだ分からない。アスベストの場合、潜伏期間が何年なのか、中皮腫とがんとで違うのか、そのあたりの情報も多少混乱しているように思える。EPAの文書によれば、中皮腫でも15〜30年とされているが、日本では、30〜40年というのが常識的。

A君:EUあたりだと、15〜75年というものもあった。潜伏期間が75年というと、生まれたときに曝露したとしても75歳で発症。15歳で曝露したら90歳で発症。職業曝露だと有り得ない。

C先生:B君の言うように、予測そのものは余り議論をしても意味の無い話なのだ。いくら予測をしても、結局のところ、本当のところは、時間が実証してくれるのを待つしか無いのだ。むしろ、補償の議論をするのが、現時点では、有効のようだ。

A君:過去の他の予測を調べてみるのが良いかもしれません。まずは、BSEではどうでしょうか

B君:BSEも大分色々なことを言われていた。
http://www.yasuienv.net/Alt4Env.htm
を読み返してみたら、こんな論文を引用していた。
Updated projections of future vCJD deaths in the UK.
英国におけるvCJDによる死者の再推定
Azra Ghani, Christl Donnelly, Neil Ferguson and Roy Anderson, 2003, 3:4.
がその基となる論文。
http://www.biomedcentral.com/content/pdf/1471-2334-3-4.pdf

概要は以下の通り。

 この研究者達は、インペリアルカレッジの研究者であるが、以前の報告で、BSEのヒトへの感染症であるvCJDで5万人が死亡するという予測を2001年に発表している。当時、聖アントニー病院の研究者が予測していた数100名という予測を、患者の初期の統計に見落としがあって、余りにも低い予測値であると批判した。

 しかし、今回、同じ研究者達は、これまでの死者の推移を評価し直して、今後10年間で、もっとも可能性の高い死者数として40名(ただし、95%確実なデータとしては9人から540人)の死者が予測されるという発表を行った。

 その予測値が異なってしまった原因の一部は、潜伏期間の予測にあって、今回、多くの信頼性の高いデータを使うことができることによって、潜伏期間を12.6年と推定し、その結果、過去の予測値を約1000分の1に減らした

A君:実際のところ、英国でのvCJDの死者数は、このところ落ち着いています。

  1995年  3名
  1996年 10名
  1997年 10名
  1998年 18名
  1999年 15名
  2000年 28名
  2001年 20名
  2002年 17名
  2003年 18名
  2004年  9名
  2005年  3名(10月4日まで)

B君:上のGhani氏らの論文は、2001年と2002年のデータまでを見て、モデルを作ったようだ。ということは、2003年以降40名がもっともありそうな値ということだが、2005年10月までに、すでに30名の死者がでている。となると、来年以降は、出たとしても毎年3名以下ということになるのだろうか。

C先生:2005年10月までの合計死者が151名。インペリアルカレッジの当初の予測である5万人とは、大幅に異なった結果になって本当に良かった。本当に今後10名増で終わるかどうかは不明だが、いずれにしても、なんとか200名以内には収まりそうだ。

A君:しかし、日本では、まだまだBSEは「怖い病気」ということにになっている。

B君:これまでも本HPでも述べているように、以下の3つの理由で、日本ではBSEをそれほど怖がる必要は無いと言ってきた。それがどうやら正しい判断なのではないか、と思えるようになった。現状でその3つの理由を述べると、
(1)プリオンの分子量は3万以上。一方、腸管から吸収される分子の分子量は、常識的には1000程度。勿論、ヒトの体は精密機械ではないから、細胞と細胞の間に隙間がある場合もあるだろう。その論文にも結果が出ているが、どうやら12歳のころ、脳を食べるといった行為によって大量の異常プリオンに曝露されると、vCJDになる可能性がもっとも高い。個人差があって、若年時に細胞間の隙間が大きいのかもしれない。
(2)英国では、72〜75万頭の狂牛病の牛を食べてしまったと考えられている。最盛期には、どうも3頭に1頭はBSEだったとか。それでも現在までのところ、151名しか死者が出ていない。将来の予測も200名程度に収まりそうだ。一方、日本で食物連鎖にはいった牛の数は、まあ10頭程度か。
(3)脳、脊髄、神経、などの危険部位を食べなければ、問題は無い。英国で比較的子供に感染者が多かったのは、脳を混ぜたひき肉などが出回っていたからではないか。日本の食習慣は違う。

C先生:最近、もう一つ予測が出た。それがチェルノブイリだ。

B君:予測に関する記述のあるいくつかの記事の引用。具体的には、
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/nuclear_power3.html
のお世話になった。

過去の予測に関する記事
○チェルノブイリで起きた原子力発電所の事故は史上最悪の惨事を招いた。現場では大勢の作業員や消防士が高レベルの放射線に侵され、地域住民を含めた犠牲者は3万人以上とする推定もある。生き残った作業員の多くは、免疫機能が低下する重い後遺症に悩まされている。放射能に汚染された地域の子どもは、甲状腺がん発生率が10倍高く、心身の健康を損ねている。(日経サイエンス1996年5月号)

○史上最悪の放射能流出惨事となった86年4月26日のウクライナ・チェルノブイリ原発事故で、ウクライナ保健省が最近、事故による被曝(ひばく)者を320万人とする調査資料をまとめていたことが分かった。インタファクス通信が26日伝えた。
 被曝者のうち17万人が事故から10年間に死亡したが、このうち被曝が死因であることが確認されたのは4000人以上という。(時事)(朝日新聞 2004/04/26)

○ロシアのズラボフ保健社会発展相は11日、86年にウクライナのチェルノブイリ原発で起きた放射能漏れ事故で健康を害した被曝(ひばく)者が、ロシアで145万人に上ることを明らかにした。インタファクス通信などによると、被曝者のうち、ロシア国内の放射能汚染地域に住む人が102万8000人、放射能の除去作業に直接当たった人が8万8000人を占めている。また、事故後に生まれて健康を害した18歳以下の人も22万6000人いた。被曝者全体の中で身体障害者の認定を受けた人は4万6000人という。
 ロシア政府がこうした被曝者リストをつくるのは初めて。ウクライナ政府は昨年、チェルノブイリ事故による国内の被曝者数を320万人と発表している。(朝日新聞 2005/04/12)

○ウクライナの民間組織、チェルノブイリ身体障害者同盟は24日までに、史上最悪の放射能汚染となった1986年のチェルノブイリ原発事故の影響で、過去19年間でウクライナ人150万人以上が死亡したとする調査をまとめた。(東京新聞 2005/04/25)

○ロシアの被害者組織「ロシア・チェルノブイリ同盟」のグリシン議長が記者会見し、事故後に放射能除去作業に参加したロシア人25万人のうち、7万人が放射能を浴びて身体障害者になったことを明らかにした。このうち2万3000人以上が既に死亡したという。除去作業には計60万人が動員された。チェルノブイリ原発事故による放射能流出量は、広島に投下された原爆の500倍に上ったと伝えた。(東京新聞 2005/04/26)

A君:今回、推定を発表したのは、IAEAとWHOなど。IAEAは国際原子力機関である。2005年9月5日に、直接の被曝による死者数を4000人程度に上るとする報告書を発表した。これまで、数千人から数10万人と様々な調査結果が出されていた。強い放射線を浴びた作業員や地元住民ら約60万人のうち、これまでに死亡した人も含め、今後、被曝が原因のがんや白血病などによる死亡は合計4000人に達すると推計した。ただし、これまでに被曝が直接の死因と確認できたのは、汚染除去作業員ら47人。他に子ども9人が甲状腺がんで亡くなったという。
 専門家グループは、広島・長崎の被爆者データなど科学的な分析をつかって死者数を推計したと説明。従来の死者数には、大量の喫煙や飲酒などによるがんなどの死者も含まれているとし、「当局が健康被害を過大視していたようだ」と指摘した。環境の影響についても、当初考えられたほど重大ではないとしている。(ほぼ朝日新聞2005/09/06の記事に準拠)

C先生:この数値が様々な反響を呼んだようだ。発表したのがIAEAだからかもしれない。原子力機関なだけに、中立性が問題にされたようだ。

B君:直接関係ないが、今年のノーベル平和賞がIAEAのモハメド・エルバラダイ事務局長に授与された。核査察など地道な活動を行ってきたIAEAの活動を高く評価したからだ。しかし、これに対しても、異論が出たようだ。

A君:その数値に対して、グリーンピースは「まやかしだ」と批判ウクライナの議会関係者も「政府の間違ったデータに基づいている」と反論。環境団体も「原子力への不信感を和らげ、原子力利用促進を狙うもの」と批判した。

C先生:中身の検証は我々には出来ない。やはり専門家がやるべき仕事だと言わざるを得ない。ただ、関係した研究者が、「問題なのは、予測された死者の数が少なすぎるといったことではない。これまでの推測死者数が余りにも多いために、自分もいずれ死ぬと思い込んでウォッカに溺れる被曝者なのだ。早く、正しい数字を知って生きる希望を持って欲しい」、といった発言をしていたのが印象的だった。

A君:それに対して、一部環境団体の今回のIAEAの発表への反応を見ていると、極めて感情的な反発だけでものを言っている。どちらが本当の意味で市民の味方なのか。IAEAなのか、環境団体なのか。これも時間が実証することなのでしょうね。

B君:これが本HPの最後の話題、環境問題の「まきかえし」と似ているということ?

A君:「まきかえし」の記事は、日本科学者会議発行の「日本の科学者」なる雑誌の10月号に掲載されたもの。

B君:日本学術会議は知っているが、日本科学者会議は知らない人も多いだろう。

C先生:関係者として、個人的には、フェリス女学院の本間先生ぐらいしか知らない。

A君:どんな団体かを判断するには、創立宣言を読むのが簡単でしょう。
http://www.jsa.gr.jp/01profile/sengen.htm

C先生:筆者の畑明郎氏は、今は大阪市立大学経営学研究科の教授であるが、もともとは京都市の職員。イタイイタイ病の研究者として知られていた。現在は、土壌汚染と地下水汚染の著書が多いようだ。京都大学工学部の金属系学科の出身。
 そして、その記事、「最近の環境問題の『まきかえし』を検討する」では、「中西準子の環境リスク論を検討し、日本評論社シリーズ『地球と人間の環境を考える』を総論的に検討するとともに、最近の環境問題『まきかえし』が、1970年代の公害病第一号たるイタイイタイ病を否定する公害問題『まきかえし』と共通するものであることを明らかにする」ことを目的とする記事だそうで、当然のごとく中西準子先生、渡辺正教授、それに、名誉なことには、私も非難の対象になっている。

A君:余り知られていない遠山千春氏とのダイオキシン論争の件が説明されていますが。

C先生:そこに書かれていることは、遠山千春氏側の主張に過ぎない。論争内容をホームページに公開しなかったのは、「私信」とは何かということで遠山氏と合意に到達できなかったためで、遠山氏自身も、最終的に、「公開することも公開しないことも、当方の判断で良い」、ということに同意したのだ。当方は、遠山氏の名誉にはならないことだと判断して、あえて公開をしなかった。
 一方、遠山氏はすべてを公開すべきだ、と主張しながら、すべてではなく、自分の都合の良いところだけをメールで公開した。このことは、当方の承認なしに行われた。メールでの公開なら良いとでも思ったのだろうか。
 今回、それを畑氏がこの論文で公開することを、遠山氏は知っていたのだろうか。さらに、それを了承したのだろうか。もしそうだとすると、様々な状況はかなり違ってきたことになって、遠山氏が何を正しいと考えているのか、良く分からない。とりあえず訴訟を起こす予定は無いが。
 それにしても、畑氏の記事だが、その最後の結論が非常に面白い。
 「このように、かれらの矛先は、私など市民サイドの研究者だけでなく、中立的立場の研究者の松井三郎や遠山千春などにもむけられており、環境問題を科学的に研究し、解決策を見出そうとする研究者に恫喝を加える卑怯極まりない行為だと言える。真摯に環境問題を研究する私達は、これらの恫喝に屈することなく、研究に邁進していきたい」。
 是非ともご一読を。「まきかえし」とは一体何なのだろうか。といっても余り一般的な雑誌ではないので入手困難かもしれないが。

A君:最初から対立構造、すなわち、「市民の敵は企業と行政」という構図を前提とした議論しかできていない。普通、科学者というものは、前提なしに何が科学的に正しいかの議論をする。畑氏は、最初から議論をする枠組みができているようですね。思想先行型とでも言えて、いささか旧式に過ぎるようで。

B君:注意をしなければならないのは、「市民サイド」と言っていながら、実は市民の利益や義務を考えて発言をしているのではなく、自称「市民サイド」の同士や組織に向かって発言をしている場合が多いということだ。

C先生:遠山氏との論争の種であったダイオキシン問題については、一部のメディアと無意識に結託して、市民サイドにいるようなふりをして、実は市民を「恫喝して」人質にとる「卑怯極まりない」専門家の存在を許せなかっただけなのだ。畑氏は市民サイドに居るそうだが、このHPも「市民のための環境学ガイド」だ。お互いに「市民、市民」というけれど、本当はどちらが市民サイドなのか。そして、現在の日本において市民とは一体誰なのか。時間がそれを実証し、その最終判定は本当の市民がすることだ。

B君:BSE全頭検査を、「市民の金」の無駄遣いだと言うか、日本人がvCJDで死ぬことを予防するための「市民サイドに立った正しい政策」だと言うか。自称市民サイドの研究者の見解を聞きたいところだ。BSEの全頭検査を続ける意味だが、それは全頭検査を続けることによって利益を得る一部の集団にはあるが、市民サイドには何の意味も無いのではないか、ということを、時間が実証しつつあるのだ。

A君:何が正論なのか。中西準子先生のリスク論が正しいのか、つまらないことで訴訟を起こす教授が正しいのか。渡辺先生のダイオキシンへの問題意識、すなわち、「ダイオキシンを種に、市民を恫喝して企業利益を追求した廃棄物処理産業」、が実情に近いのか。それとも、「”サリンの数倍も危険”な物質であるダイオキシンの発生量を低下させたメディア報道と一部研究者の活動の勝利」だったのか。いずれにしても、時間が実証し、最終判断は市民の役割ですね。

C先生:イタイイタイ病を否定した公害問題「まきかえし」と、例えば「環境ホルモンのリスク論」との間に共通性があるのかないのか。これも時間が実証し市民が判断することだ。しかし、決まった構図を持たずに科学をすることができる研究者、予見無しに素直に情報を読み取ることができる市民には、その結果が今から見えるはずだ。