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   量子コンピューがイノベーションを加速?
     
新材料開発支援も可能になる? 2017.09.17
               




 金曜日に、EcoLeadのプレミアム・サマースクールが終了しました。今回、19名の大学院生が参加してくれました。当方から出題した難問(??)にもグループでチャレンジして貰い、恐らく睡眠時間が不足した1週間ではなかったか、と思いますが、最後まで頑張ってくれました。講師をお勤めいただいた先生方、ありがとうございました。

 本日の記事を書く気になったのは、9月15日の日経の1面トップ、「量子コンピュータで開発」という記事。日本企業の2つの事例が紹介されていて、一つは、デンソーがカナダのDウェーブシステムズの量子コンピュータを使って、渋滞解消に向けた実証実験に使用するということ。これは、恐らく可能のように思えました。しかし、次が合成ゴムなどのJSRが、有望なポリマー材料を従来の数千倍という演算速度を生かして、新素材の開発スピード向上につなげる、と記事に書かれていました。しかし、このの後者の応用例は、量子コンピュータに適したものなのだろうか、という疑問が沸いたからです。
 そして、色々とチェックしてみたところ、日経の記者が恐らく、9月13日(この記事を書き始めた3日前!)にNatureに掲載されたIBMの量子コンピュータによる記事に刺激を受けて、その延長線上で書いたのではないか、との結論に到達しました。
 個人的には、2050年のエネルギー環境技術のイノベーションを目指す経産省の「未踏チャレンジ」なるプログラムのDirectorをしている関係上、計算機科学の支援によって、未踏チャレンジがより進化するような気がするので、この分野にもある程度関心をもっているのです。
 ということで、今回の記事は、ちょっとマニアックすぎるかもしれません。


C先生:量子コンピュータというものをご存知だろうか。カナダのD-Wave Systemsという会社が作った量子コンピュータが、世界最初の商品。ただし、このコンピュータにできる仕事には、かなり限界がある。我々の説明能力も相当に限られているが、量子コンピュータにも、デジタル型=チューリング型とアナログ型=イジングマシンの二種類がある。イジングマシンが得意な分野については、京都大学のこのPDFファイルが分かりやすいように思う。
http://www-or.amp.i.kyoto-u.ac.jp/files/open-campus-04.pdf
 要するに、「組み合わせ最適化」の能力が優れているということで、デンソーがやりたいことは、この種の問題なので、比較的短期間で実用になるかもしれない。
 そして、今回、もう一つのJSRによる最適なポリマー材料の開発のような問題は、IBMの量子コンピュータが得意のようで、
https://www.research.ibm.com/ibm-q/から、
https://www.ibm.com/blogs/research/2017/09/quantum-molecule/ 
に入るとよく分かる。
 その内容だが、この記事を書いているのが9月17日なので、たった4日前の9月13日にNatureに掲載されたもの。その内容は、BeH2(ベリリウムという金属の水素化物)の立体構造が計算できたというものだ。

A君:その結果は、H(水素)−Be(ベリリウム)−Hが直線状に並んでいるということ。化学者なら誰が普通に考えても、直線になると思うので、それが実証されたということに過ぎないので、結果に新規性があるということではなくて、量子コンピュータがこんな予測もできたということで、大変に衝撃的ということなんですね。

B君:チェックすると、BeH2は現実に存在していて、気相のBeH2は実際に直線型だということだ。その論文も2002年のScience誌にでたらしい。比較的最近のことだ。

C先生:ベリリウムは、4番目に軽い元素で、電子が4つ。水素の電子は1つ。水素原子が2つだから、ベリリウム水素化物は、たった6つの電子しかない。この手の計算をやるには、電子数が多くなれば、計算量が多くなるはずなので、実用化するには、結構大変な峠を越さなければ実現できないような気がする。特に、高分子材料をなんらかの方法で表現することを考えると、それには、まだまだ相当な距離がある。

A君:本日の大きな問題意識が、日経の1面トップの記事をどう読むか。現在の通常のコンピュータで計算を行う量子力学計算や、量子力学と分子動力学を組み合わせた、いわゆる第一原理分子動力学は、量子コンピュータ、より正確にはチューリング型の量子コンピュータが完成すると、簡単に結果がでることになるのか。これはどうでしょう。

B君:昔はスパコンがないと出来ないとされていた第一原理計算でも、最近では、比較的簡単にスーパーデスクトップぐらいでもできるようになってきた。パソコンに使うCPUや、グラフィック処理に使うGPU(Graphic Processing Unit)と呼ばれる並列計算をやるICの能力の向上はすごい。

A君:東工大のTUBAME(ツバメ)と呼ばれるコンピュータが動き出したのは、今から11年前。
http://www.gsic.titech.ac.jp/tsubame
それが、NVIDIA製のGPUを使っていたのですが、現時点では、TSUBAME3.0になった。やはりNVIDA製のPascalという名前のGPUを使っていますね。

B君:GPUは、並列処理が得意なCPUとも言える。量子コンピュータも実は、並列処理が得意。あるいは、究極の並列処理だとも言えるのかもしれない。

A君:インテルのCPUも第8世代プロセッサーになって、Xeon Phiというプロセッサは60コア、すなわち、60個の計算ユニットが一つのICに入っている。しかも、スレッドと言って、一つのコアで複数の仕事を同時処理できるので、4スレッドタイプなので、合計240スレッド。もっとも、このCPUは、ボードの形で供給されているみたいなので、加速用なのかもしれないです。これに対して、NVIDIAの上級のGPUには、4000近いコアが入っている。

B君:IntelとNVIDIAの処理速度を比較すると、どちらがどのような場合に優れているか。

A君:高度な計算処理の場合だと、どうも、NVIDIAのGPUの方が10倍ぐらい速のではないか、というところが相場観みたいです。比較的単純な事務計算や文書作成といった程度の処理だと、IntelのCPUの方が速い。

B君:IntelのCPUにも、グラフィック処理が組み込まれているので、GPUなしでも普通のパソコンなら十二分の性能になっている。科学計算専用なら両方を使うということも不可能とは思えない。

A君:ということで、東工大のTUBAMEは、高度な科学計算を行うので、NVIDIAのGPUを使って、比較的安価に高性能を出した。この形式のスーパー・デスクトップを作ることも不可能とは思えない。

B君:すでに、似たようなことをやっている企業がある。例えば、
http://www.concurrent.co.jp/products/gpu/gpu.html
NVIDIAのTESLAというボードを使って、NVIDIA社が提供しているCUDAというソフト開発環境の元で、科学技術計算に使える。GPUボードを8枚挿せるハードもある。価格は、色々とオプションを付けると500万円ぐらいになりそうな感じだが、まさにデスクトップTUBAMEと呼べそうだ。

A君:なるほど。しかし、消費電力がすごそうですね。電源が3200W/200Vということなので。家庭用IHヒータぐらい。

B君:となると、最優先すべき戦略としては、第一原理計算を使って、分子の安定な形はどのようなものか、といった計算をやり、新しい分子を探し求めるのに、量子コンピュータの進化を待たないで、GPUを使ったデスクトップのスパコンが研究室レベルで使われるようになるのか、それとも、チューリング型の量子コンピュータの開発を待って、計算センターに置いて、昔のスパコンのような使い方が普及するのか、といったところが将来像ということか。

A君:デスクトップのスパコンを買うのは、NEDOのプロジェクトなどでは難しいのですが、やはり、材料開発にはほぼ必須ですよね。

B君:どう考えても、量子コンピュータの進化を待つのは、時間の無駄。何か新しいことができるようになる訳ではないので。

C先生:このところ、未踏チャレンジのプロジェクトが成功するかどうか、それが気になっているためか、イノベーションの実現を目指すとき、どのぐらいコンピュータの能力を借りることができるのか、というのが結構大きな鍵だと思っている。となると、未踏チャレンジにも、例えばAIを導入すべきなのか、さらに言えば、どのような導入のやり方が、最善なのか。
 量子コンピュータというものがすごい能力をもっているとしたら、それがいつ頃から、どのような形で普及するのか、ということが大変に気になるのだ。
 恐らく、計算機材料科学との連携を強化しつつ、現在の手法を最大限活用しながら、研究を進めるという体制を早く構築べきなのかもしれない。

A君:そのために、7月1日の記事では、IBMのWatsonというAIが、材料の開発にどのように有効に使えるか、といったことを議論してみました。
http://www.yasuienv.net/WatsonInov.htm

B君:その前の週、6月25日の記事では、α碁の引退の話を取り上げて、α碁型のAIを材料開発に使うとしたら、どのようなことになるかを議論してみた。
http://www.yasuienv.net/AlfaGoRetire.htm

A君:そして、今回は、量子コンピュータを取り上げたという訳ですね。たまたま、この記事の3日前に、Natureに新しい記事が掲載されたこともあったので。

B君:本当の話、いつ頃から使えるようになるか、それが大問題。2050年に実用になる技術の開発というと、新材料の開発については、2030年頃までにはある程度の成果を出しておきたい。

C先生:ある新規な技術が、いつから実用になるか、ということに結論を出すのは、非常に難しい。そもそも将来のイノベーションにつながるような材料開発に対して、どの方法でも良いのだけれど、計算機科学の進化によって画期的なジャンプアップが可能になるには、どんなケースなのか。計算機技術の面から、いくつかの種類があるような気がする。
(1)デスクトップTSUBAMEが様々なスペックのものが販売されて、第一原理計算のような方法が非常に簡単に実行できるようになって、分子設計が簡単に行えるため、開発効率が画期的に向上する。
(2)AI技術が大幅に進化して、材料開発の方向性まで、AI頼りになり、開発速度が向上する。
(3)チューリング型の量子コンピュータが、分子設計を可能にして、材料開発の主力になり、イノベーションが進展する。
(4)現時点では想定できないような新しいシステムが開発されて、自動的に材料設計が行われ、イノベーションの速度が格段に上昇する。


A君:なるほど。しかし、個人的には、最後の(4)は、2030年までの実現は、高望みのような気がします。それに、問題は、やはり計算コストなのでは、という感触ですが。

B君:ノイマン型のコンピュータができたのが、1949年にイギリスで「EDSAC」が開発された。まもなく70年の歴史。全く新しいシステムの完成には、時間が掛かることだろう。しかも、現在の計算機システムの寿命な意外と長そうだ。となると、デスクトップTSUBAMEの可能性は高い。となれば、(1)は実現の可能性がもっとも高く、当面の期待はこれではないか。

A君:今から2050年のイノベーションの準備をするのであれば、確かに材料開発ぐらいしか方法論が無いですね。もし(2)のAI技術が材料開発の完全に取り扱うとしたら、材料開発失敗例ビッグデータが必要だ、というのが、我々の主張。この失敗ビッグデータは、公開されるものは、作れないだろう。成功例だけが発表されるというのが、科学の世界のスタンダードであることは、未来永劫変わらないから。しかし、企業の内部だけでのプロジェクトなら、失敗例をデータベース化することが可能。これが行われれば、ある特定の目的の製品や材料開発の失敗例の蓄積は、AIシステムとの相性が良いので、進展するでしょう。比較的早く普及するのでは。

B君:(3)の量子コンピュータは、それこそ30年後でも、イジング型が主力なのではないか。そして、材料開発に限れば、第一原理計算にしても、今のCPU+GPUでもそこそこ以上に可能なので、2030年でも(1)の方式で十二分なのでは。その後も、さらに高性能なデスクトップTSUBAMEが普及すれば良さそう。販売価格の目安としては、1000万円。ちょっと大型のプロジェクトには、それ専用のデスクトップTUBAMEが準備され、この分野の専門研究者が配置され、各個別プロジェクトも支援する。この方が、結局、安価で済むし、より効果的である可能性が高いように思える。

C先生:まあ、そんなことかもしれない。しかし、その前に、第一原理計算などがもっと普及して、その使い方が一般的にならないと。日本で何人がデスクトップTSUBAMEを買う気になるか、これが最大の問題なのではないか。要するに、実験科学者と計算機科学者の両方を一人の人間がやるか、となると結構大変な努力を要する。やはり、未踏チャレンジのようなプロジェクトでは、複数の研究者が参画して、その内の一人は、計算機科学者であるというチーム構成が望ましいのかもしれない。さらに言えば、複数のプロジェクトに関与する計算機材料科学者という存在が必要なのかもしれない。やはり、要は、どのようなプロジェクトでも同じだが、人の使い方が重要だということだ。こんなところが、今回のまとめになるのかもしれない。