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  その2:緊急事態期の数値の読み方  
 07.17.2011
       小島氏の著書、低線量被曝のリスクなど



 先週のHPで、放射線の低線量被曝によって引き起こされている不安に対して、どのようなコミュニケーションを行なったら良いのか、といった議論の基礎になりそうな、いくつかの情報を検討した。

 その中で、もっとも重要な位置を占めていると思われるものが、ICRPのLNT(閾値なしの線形モデル)である。放射線ノイローゼ状況になっている母親の存在も、このモデルがひとつの原因となっていると思われる。

 先週のHPを書いて以来、ICRPの緊急事態対応をどのように解釈するか、を重点的に考えていた。多分、この解釈が鍵となるからだと直感したからである。

 そこに、ある本が届いた。ときどき情報交換を行なっている毎日新聞の小島正美記者が最近発行したばかりの本である。

「正しいリスクの伝え方」、小島正美著、
エネルギーフォーラム、¥1200+税。2011年6月26日初版


 小島氏は、ダイオキシ全盛時代、化学物質のリスクについて、どちらかと言えば、「恐怖論」を展開していたのではと思われる毎日新聞の記者であるが、その後、「ダイオキシンは、よくよく調べてみると、かなり作られた恐怖であった」という結論になったようだ。最近の著書では、なぜリスクコミュニケーションが上手く行かないのか、その根源に迫って、組織としての上手な対応を勧めている。大変参考になる。

 今回,緊急事態への対応に当たって、3月22日からの検討で、緊急時のセシウムの摂取基準の改定を議論した食品安全委員会の状況、さらに、非常事態であるにも関わらず、通常の基準を当てはめるべきだという主張をした小佐古東京大学教授、などについて記述している。

 今週のHPは、このような状況から、以下の内容にしたい。
(1)小島氏の書籍の紹介
(2)小佐古教授の会見
(3)鈴木文男氏の解説
(4)ICRPの緊急事態期・復旧期の数値の意味
(5)緊急事態期・復旧期のリスクコミュニケーション標語




C先生:という訳で、今回も、前回とほぼ同じテーマ。その目次は上の通り。

(1)小島氏の書籍の紹介

A君:この本の内容ですが、最初の迫真のシーンが食品安全委員会の審議の様子。さすがに新聞記者です。

B君:この食品安全委員会は、2011年3月22日から、3回に渡って開催されたもの。小島記者の最初の記述は、以下の文章で始まる。
 「そのドラマは、それまで見たこともない摩訶不思議な光景を繰り広げた。まさか最終局面で恐るべき妖怪が出てこようとは、予想だにしなかった」。

A君:食品安全委員会は、小泉直子委員長など7名の委員からなるが、その他に専門委員と専門参考人など合計20名が集まっていたらしい。
 そもそも食品安全委員会とは、委員会自身による説明は、以下の通り。
http://www.fsc.go.jp/iinkai/index.html
 食生活が豊かになる一方、食生活を取り巻く環境は近年大きく変化し、食に対する関心が高まっています。
 こうした情勢の変化に的確に対応するため、食品安全基本法が制定され、これに基づいて新たな食品安全行政を展開していくことになり、これにともない、食品安全委員会が平成15年7月1日に、新たに内閣府に設置されました。
 食品安全委員会は、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下、規制や指導等のリスク管理を行う関係行政機関から独立して、科学的知見に基 づき客観的かつ中立公正にリスク評価を行う機関です。
 食品安全委員会は7名の委員から構成され、その下に14の専門調査会が設置されています。
 専門調査会は、企画専門調査会、リスクコミュニケーション専門調査会、緊急時対応専門調査会に加え、添加物、農薬、微生物といった危害要因ごとに11の専門調査会が設置されています。 
 また、事務局は、事務局長、次長、総務課、評価課、勧告広報課、情報・緊急時対応課、リスクコミュニケーション官から構成されています。

B君:役割は、
1.リスク評価
2.リスクコミュニケーション
3.緊急の事態への対応
となっている。
 内閣府に置かれた中立な機関だということで、最終的な決断は、厚労省が行うことになる。


A君:常勤の委員は委員長+3名。その他に非常勤3名。
小泉直子委員長
http://www.fsc.go.jp/iinkai/iin_meibo2107_koizumi.pdf
熊谷進委員
http://www.fsc.go.jp/iinkai/iin_meibo2301_kumagai.pdf
長尾拓委員
http://www.fsc.go.jp/iinkai/iin_meibo3_nagao.pdf
廣瀬雅雄委員
http://www.fsc.go.jp/iinkai/iin_meibo2107_hirose.pdf

B君:3月22日から3回開催したのだと思っていたら、この文書によれば、
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/iicho_danwa_20110408.pdf
5回開催したようだ。
 その結果の取りまとめが、4つのPDFファイルにまとめられている。
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/emerg_torimatome_point_20110329.pdf
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/emerg_torimatome_20110329.pdf
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/emerg_torimatome_yougo_20110329.pdf
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/emerg_torimatome_zukai.pdf

A君:小島記者の記述に戻れば、開催の経緯は次の通り。
 厚労省は、大地震発生から6日たった3月17日、食品における放射性物質の暫定規制値を駆け足で決めていた。そして、3日後の20日、暫定規制値の根拠(摂取上限値)がこのままでよいかどうかを食品安全委員会に諮問していた。

B君:厚労省の暫定規制値は、原子力安全委員会が1998年に設定していた数値をそもまま引用したもので、その規制値は、EUよりも厳しいものだった。

A君:EUも結構放射線ノイローゼ的な面があるので、厳しい規制をしているのかと思ったら、小島氏の本で、初めて本当のことが分かりました。チェルノブイリ事故の歴史を踏まえてだと思いますが、実質的な規制値になっている。

B君:小島氏が使っている表を、そのまま使わせて貰おう。著作権侵害だけど。


表 小島氏作成による、日本、EU、米国の食品規制値。EUの規制値は明らかに緩い。

A君:この厳しい値に対して、福島県などからは、「この規制値では福島の農業が壊滅する。緩めて欲しい」、という陳情が行われていた。

B君:ここで、食品安全委員会がどのような結論を出すかは、農業だけでなく、国民の食品へのリスク観、政府への信頼度などに関わる重大な要素である。

A君:小島氏も語るように、規制値を緩めれば、消費者側から「消費者の健康を無視するのか」という批判の声が出そうな状況だった。そのため、会議の傍聴席は満員だった。

B君:議論のポイントは簡単に言えば、ヨウ素が年間50mSv以下、セシウムが年間5mSvならば健康への悪影響はない、で良いかというものだった。

A君:もしも、審議の中で、「セシウムは5mSvではなく、10mSvに引き上げても、健康影響はない」といったリスク評価を食品安全委員会が出せば、厚労省にとっては、暫定規制値を引き上げる条件が整うことになる。

B君:さて、審議が始まって、各委員がどのような発言をしたか。専門委員会との合同委員会の第1回目が3月22日に行われていて、その議事録が、
http://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kai20110323sfc&fileId=410

A君:そこで、瀧澤先生という人が、専門参考人としてパワポを使ったプレゼンをやっている。かなり高線量でも安全という考え方のようだ。
 中川専門参考人という人が、「妊婦であっても、20〜30mSvの被曝あっても良いという方針でヨウ素131を使ったバセドウ氏病の放射線治療を行っている」、と述べている。
 
B君:その後、他の委員が質問などをしているけれど、放射線の人体影響についての知識は、現時点の我々の方があるような気がする。食品安全委員会の委員のその時点の知識は、放射線という特殊な分野については、おそらく不十分だったのだろう。ダイオキシンの専門家などが委員なのだから。

C先生:個人的な話になるが、放射線に関する関心は、1983年ぐらいから関わっていた、当時文部省の環境科学特別研究の中で、例えば、近藤宗平先生(「人は放射線になぜ弱いか」の著者)、武部啓先生、池永満生先生(京都大学放射線生物学研究センター)、などとお会いして、色々と話しを伺ったから、多少持ち続けてきた。
 したがって、反省をすれば、最近の情勢についてのフォローをしていなかったため、かなり数値に関する知識が古かったようだ。
 基本的な思想に関しては、余り変わっていないように思えるが、世の中の要請なのだろう、より安全サイドに規制が振れているのは事実のように思える。

A君:小島氏は、中川専門参考人の発言について、このようにまとめている。「広島長崎の被爆者のデータから、100mSv以下では、人体への悪影響がないことが分かっている。100mSv以上を浴びれば、発がんのリスクも上がり始めるが、仮に100ミリシーベルトを被曝しても、がんの発生リスクは0.5%高くなるだけだ。2人に1人が生涯にわたってがんになる時代なので、上がるといっても、50%が50.5%になるだけだ」

B君:この言い方は、コミュニケーションとしては、良くないような気がするが、それは後ほどということで。

A君:しばらく、ミニ解説と称して、低線量曝露についての記述が続く。そして、p47から、熱き舞台に戻る。
 23日、25日の会議で、専門家の意見の大勢に変化はなかった。「100ミリシーベルト以下の範囲なら、明確な悪影響はない」、でほぼ一致していた。

B君:小島氏の得た感覚としては、「専門家の意見を聞いている限り、セシウムの食品からの内部被曝に関して、現行の年間5mSvを10mSvに引き上げても、健康への影響に差はないという空気だった」、と記述している。

A君:小島氏は、25日の委員会のあと、委員長の小泉直子食品安全委員会委員長にも確認をした上で、「食品安全委員会は、暫定規制値の根拠となっている許容範囲を広げる方向性を考えている」、という観測記事を書いた。

B君:もちろん、最終的な暫定規制値は、厚労省が決めるのだが、もしも食品安全委員会がそのような決定を行えば、大きな意味がある。

A君:日経新聞も同じような記事を出した。ところが、これらの記事が、思わぬ反響をもたらした。食品安全委員会に100件を超える抗議、批判がメールで寄せられた。

B君:小島氏は、最終日の3月29日の会議を傍聴して、「流れは変わらない。10mSvになると書いた観測記事は間違っていなかった」と確信していた。

A君:しかし、委員会が終わって、記者会見になった。小泉委員長は、体調が悪いといって冒頭少々話をして退席。事務局の課長が説明した。
 「結論はセシウムについては、5mSvです」。
 ある記者は、どうしても分からない。何を根拠にしてセシウムを5mSvにしたのか教えて欲しい、と質問したくらいであった。

B君:小島記者は、てっきり事務局主導で5mSvに決まったものと悟った。ところが、翌日、知り合いの委員に聞いてみると、「事務局主導ではない。7人の委員と事務局スタッフがぎりぎりまで議論して決めた」。

A君:小島氏の疑問は、なぜ、5mSvになるのなら、公開審議の場で、中川専門参考人などの意見に反論しなかったのか。「委員は、黙っていながら、裏では反対していたことになる。これが公開を原則とする審議の理想なのだろうか」、と思ったと記述している。

B君:早速、一人の委員に本音を聞いてみた。「この時期に緩めることつながる結論を出せば、国民から批判がくるのは必至です。25日の新聞報道のあとに、『おれたちを殺す気か』といったメールまで来ました。暫定基準値が厳しすぎるのは分かっていますが、10mSvにするだけの確たる根拠も見いだせなかったのも事実です。遺伝毒性や発がん性の評価を詳しくしたわけではなかった。委員の間で大激論しましたが、結局、現行の5mSvで収まりました」。

A君:小島氏はさらに言う。「それにしても不思議なのは、7人の委員が公開の審議会では大した反論もせず、沈黙を押し通しながら、心のなかでは反対意見を隠しもっていたことだ」。「悩ましい気持ちは分かる。だが、なぜそれを公開の場で、勇気をもって言ってくれなかったのか?」

B君:小島氏の本では、阿南久・全国消費者団体連絡会事務局長の発言が次のように紹介されている。
 食品安全委員会の答申を受けて開かれた厚生労働省審議会で、「食品安全委員会がリスク評価をしたのかどうか疑問です」と強い口調で述べた。その理由について、「セシウムの制限指標について、ICRPは1992年改定で、10ミリシーベルトを否定しておらず、さらに食品安全委員会の審議でも、10ミリを認める意見があったとしているにもかかわらず、その根拠については確認できないと判断し、5ミリシーベルトの方が『安全側に立ったもの』であるとした。数字を比較すれば、小さいほうが安全側にたっているのは、だれにでもわかる。これがリスク評価でしょうか? がっかりした」。この発言はすごい。

C先生:小島氏は、これを「世論という妖怪に負けた」と表現している。「科学的な判断を重視するはずの食品安全委員会が「世論」というか「世間の空気」を気にしたということだ」。「科学的な判断に世間という怪物が入り込んでいようとは思ってもいなかった」結論している。

A君:小島さんが使っている「世論」という言葉ですが、本来は、「国民の総意」がイコール「世論」でなければならない

B君:ところが、今回の小島氏の著書を読んで明確に分かることは、何かあると、メール攻撃を事務局に仕掛けるような、特定の人々高々「100名程度の意思」が「世論」だということになってしまう。

A君:これは大変まずいことだ。誰が、この特定の人々なのか。何か共通の利害関係を持っている人なのか、それとも、全く利害関係を持たずに、国民の一部に過ぎないのか。

B君:そこについては、小島氏も解析をしていない。

(2)小佐古教授の会見

C先生:そろそろ、次の話題に。もっともこの点については、小島氏の著書にも書かれている。

A君:小島氏は、小佐古教授の涙の会見以来、世間の流れが変わったとしています。小島氏の表現によれば、「人の感情を揺さぶる東大教授の辞任劇、まれにみる名場面」。

C先生:我々は、内閣官房参与などに任命されて、思い上がって自らの主張をしたが、当然、理性的でないその主張が受け入れられずに辞めただけ、と極めて冷淡に評価していたのだが、小島氏は、感性面で非常に大きな影響を社会に与えたとしている。ちょっと評価を誤ったかもしれない。

B君:科学的コミュニケーションを語る身としては、あのやり方は無いだろう、という判断で「無視」でしたね。

C先生:小島氏に言わせれば、枝野官房長官などでは、相手にならないほどの名優が小佐古教授だったということらしい。

A君:枝野長官は、知識としても戦うのは無理ですね。感情表現という点ではもちろん全く無理ですが。

B君:小島氏はさすがで、このままでは、メディアがまた不安を誘導する方向に傾いてしまうと直感したようで、「みのもんた朝ズバ」(5月1日)に異変があった。ネットなどで常に放射線のリスクを強調する元放射線医学総合研究所の女性研究者が出演した。
 「子どもの感受性は大人の3、4倍高い。放射線に安全な量はありません。たった1mSvでも1万人のうち1人ががんになります。できるなら子どもを避難させるべきです」、と不安を呼び起こすのに充分なメッセージだった。

A君:当然、これに応答したコメンテーターは全くの勉強不足であった。

B君:ICRPは、子どもと大人を分けて2つの基準を作っている訳ではない。誰も「1mSvでも1万人のうち1人ががんになります」などと言っている訳ではない。

A君:ヒューマニズムが何かと言われれば、別途議論になるが、子どもを大切にという主張は、その根拠が全くなくても、ヒューマニズム的に認められてしまうことが多い。

B君:セシウムの内部曝露に限れば、子どもの方が代謝速度が速いので、生理的半減期が短い。だから、子どもと大人は余り区別する必要がない。

A君:しかし、子どもの方が長く生きる。子どもの方が、14歳ぐらいまで、細胞の数を増やしているという事実もあるので、多少注意を払っても良いとは思うのですね。

B君:理屈ではなく、安心のために、子どもは大人の半分程度で良いのでは。

C先生:いずれにしても、小佐古教授の記者会見の翌日、文部科学省で審議会に出ていたのだが、その帰りに玄関をでたところで、福島県からのデモ隊が来ていて、「福島の子どもを殺すのか」、という小島氏の著書にでてくるメールの言葉を叫んでいた。

A君:これで、文部科学省が動いて、学校での被曝量を年間1mSv以下になるように、校庭を除染する決定をした。

B君:文科省の対応そのものは良かったと思うが、何か「世論」の正体が見えたような気がするということですね。かなり色々な団体が繋がっているのではないだろうか。

C先生:小島氏による小佐古教授の演技が優れている点は3点。「正義に基づく抗議の辞任」、「子供を守れという愛情」、「悲憤に満ちた涙」。なんともウエットな演技だが。

A君:小佐古教授の発言で、学者の見解が一体でないことがバレたのが大きいと小島氏は言うけれど、実は、考え方が色々ということではなくて、間違った状況判断で、間違った主張をする学者はいる、という理解が本当なのでは。

B君:さきほど、色々な団体が繋がっているといったが、小島氏は、p135で、原子力発電所に反対する東京のグループは、このときばかりは勢いづいた、と記述している。そのスローガンは、「子供を守ろうとした学者が辞めた。政府の対応は問題だ」だった。

A君:ちなみに、元放医研の女性研究者とは、崎山比早子氏のことらしい。YouTubeに福島瑞穂対談がある。
http://www.youtube.com/watch?v=AYdfWV6flYo

B君:大量の放射線を浴びると、DNAがズダズダに切れるが、それを治す方法は無い。ひどい場合には、下血とか、脱毛が起きる、などと述べている。常套的手法を使って、恐怖コミュニケーションを行っている。

A君:低線量被曝については、低ければ低いなりに悪影響があるのだ、というLNTモデルは実はモデルではなく、真実であると説明している。疫学で何が分かる、何が分からないか、そのあたりの知識がない。さらに、国際的に低いなりに安全ではないことが合意されているとウソの説明しているが、聞き手の福島さんは、当然ながら全く疑問に思っていない。

B君:この説明は、LNTモデルの説明としては全く不適切。福島氏は、車も浴びているから危険だと言いかけた。車が放射線を浴びると故障でもするのだろうか。

A君:原発の作業者の基準が250mSvになったが、これは安全基準でなく、我慢量だと言っているのは、言い得て妙。

B君:しかし、20mSvが我慢量かというと、そうは言えそうもない。

A君:崎山氏は、食品安全委員会で専門参考人として呼ばれた中川氏を御用学者だとして攻撃している。

B君:「御用学者」。これもヒューマニズムを踏みにじるというイメージの強力な言葉。コミュニケーションスキルでは、負けそう。

(3)鈴木文男氏の解説

C先生:科学機器という雑誌?のNo.756(2011.6)に、鈴木文男氏の「放射能と生体影響」の解説をしようか。
 
A君:まずは、ご本人の紹介。
広島大学原爆放射線医科学研究所
国際緊急被ばく医療研究分野 特任教授
もともとは、物理屋のようである。
 研究分野は、
「放射線による細胞がん化誘発の分子機構に関する研究」
細胞がん化 がん遺伝子 がん抑制遺伝子
研究分野: 分子生物学、細胞生物学、環境影響評価・環境政策(国内共同研究)
「放射線誘発アポトーシスに関与するシグナル伝達経路の解析」
放射線 アポトーシス シグナル伝達
研究分野: 環境影響評価・環境政策、分子生物学、細胞生物学(国内共同研究)

B君:これは2回連載の1回目。しかし、なかなか良く書かれているので、なんとかして入手されれば良いかと思う。

A君:そのなかで、一つだけご紹介したいのが、この図表。


図 γ線の細胞致死作用に対する線量率効果

A君:げっ歯類の細胞に照射し、コロニー形成能によって生存率を測定したもの。500cGy(センチグレイ)=5Gyあたりに閾値があるようなデータ。これは、急性影響(確定的影響)のデータなので、確率的影響である発がんを議論するために使うべきものではない。しかし、線量率(単位時間での被曝量)の大小によって影響が異なることは明確に分かる。コロニー形成能に閾値があるということは、DNA損傷修復機構があることを証明しているのかもしれない。

B君:鈴木氏は、「地球上の生命がDNA損傷修復機構を持っていることは、地球上に生命が誕生した約38億年以降、強力な宇宙線などの自然放射線環境下で生き抜くために進化の過程で発展させてきた生体防御機構だとも言えます」と述べている。

A君:137億年前にビッグバンが起きて、あらゆる素粒子ができた。それが合体して、原子になり、場合によっては、反粒子と粒子が合体してエネルギーになった。当然のことながら、できた原子は、構造的に不安定で、ほとんどすべての原子は、不安定核種だった。それが、137億年を掛けて、寿命の短い不安定核種は消滅し、非常に寿命の長い、トリウム232、カリウム40、ウラン235、ウラン238などの不安定核種は未だに生き延びている。宇宙線の強度も、当然のことながら同様にして強かったのだが、地球上に存在している原子の核崩壊による放射線も強かった。

B君:放射線だけではない。紫外線も、IARCの発がん物質の分類、グループ1の重要メンバーだ。現在、地球にはオゾン層があって、紫外線を吸収しているが、このオゾン層ができたのは、光合成を行うらん藻類が増えて、大気中に酸素が充分に供給されるようになってから。最初の段階でらん藻によって供給された酸素は、水中の2価の鉄を酸化して、縞状鉄鉱層に変えることに使われたので、酸素が増えはじめたのは、大体、18億年ほど前だと考えれば良い。それ以前に、生き物が獲得した紫外線によるDNA損傷を修復する機構が、現時点まで残っているのかもしれない。


(4)ICRPの緊急事態期・復旧期の数値の意味

C先生:やっとのことで、本日の本論に入る。ICRPの緊急事態期などへの提言について。

A君:次の図が、ICRPの緊急事態・復旧期における放射線の目安です。


図 ICRPの提案している緊急事態・復旧期における放射線の目安

B君:緊急事態期、すなわち、何らかの事故が起きたときには、被曝量を20〜100mSv/年に抑えること。そして、収束後の復旧期には、1〜20mSv/年に収めること。最終的には、平常時の1mSv/年以下にすること。

C先生:原文にあたっていないのだが、どのぐらいの年月に渡って、緊急事態と認めるべきなのか、ということは書いてあるわけではないと思う。常識的には、事故から1年間だけは、20〜100mSv/年。それから、しばらくは復旧期で、10年後ぐらいには、できれば1mSvを目指せということだとすれば、常識的なのではないか。

A君:ICRPは、実は、ALARA原則も出しています。これは、As Low As Reasonably Achievable。緊急事態期に限った原則ではないのですが。

B君:Reasonably Achievable。この言葉をきちんと理解できたら、それはすごいインテリになった証拠になるかもしれない。

A君:数値を理性的に読めることを意味しますから。もしも、事故のあった1年間が100mSvを被曝。次の年から20mSv、10mSv、7mSv、6mSv、5mSv、4mSv、3mSv、3mSv、3mSvとなれば、この9年間で、61mSv。その後は、1mSvになれば、50年間で50mSv。以上合計211mSvで、何も起きない確率が相当高く維持できる。

B君:しかし、政府がこれを基準で推し進めるのは難しいだろう。チェルノブイリでも、5mSv以上だと移住を強制しているようだ。

C先生:この緊急事態期の読み方だが、平常時の規制の読み方と変えなければならないのでは、と考える。
 まず、平常時の規制値が、LNTモデルに従ってるということをどう理解するかだが、次のような理解が良いのではないか。「なんらベネフィットが無い放射線への被曝は、避けるに越したことはない」

A君:医療用など、明確な目的があったり、職業上のことであれば、ある程度の被曝のリスクを「リスク・ベネフィット論」によって合理化することが妥当。

B君:ある程度の被曝を覚悟することで、明らかに職業を維持するというベネフィットが期待できれば、それは「リスク・ベネフィット論」で理解するのは極めて妥当。

A君:しかし、被曝しても、何らベネフィットが無いのなら、被爆するのはヤメておけ。リスクは極限まで低いかもしれないが、ほとんどゼロでも、本当のゼロではないから、得にはならない。

B君:この解釈も妥当だと思われる。それが、LNTモデルというものだ、と説明されれば、リスクを真面目に考えている人には容易に理解されることだろう。

C先生:そして、緊急事態期・復旧期の規制値の読み方だが、それは、こんな風ではないか。それがALARA原則ということになるのかもしれないが。
 「もしも、被曝量を少なくする方法があるのなら、それを実施するかどうかを判断する際に、その方法によって、新たなリスクが発生するかどうかを定量的に理解し、リスク・トレードオフの原則に従って、判断しなさい」

A君:例えば、未だに空間線量などが高い地域に住んでいれば、自主的に引越しをすることも考えられなくはない。しかし、引越しをすると、家計の主たる収入を維持するために、家族が別れ別れになる可能性がある。いずれにしても、費用がかかる。その上、引越しをすることの影響が、子どもの精神状況に影響を与える可能性もある。すなわち、被曝量を下げる方法が、新たなリスクを生み出すかもしれない。だから、その新たなリスクと、その方法を採用しない場合、こちらは被曝量がある程度あるということが引き起こすことであるが、その両者のリスクを綿密に解析し、Reasonableな判断を下すことによって、どちらかを選択することはあり得る。

B君:なるほどね。緊急事態期・復旧期には、リスク・トレードオフの方法によって判断し、平常時には、リスク・ベネフィットの方法論によって、判断せよ。これは良いかもしれない。

C先生:福島県の校庭で子供を遊ばせるかどうか。そんな判断をする際にも、緊急事態なのだから、リスク・トレードオフの方法論によって判断をせよ、ということになる。

A君:子どもをいつまでも室内から出さないということの心理的・肉体的な影響をしっかり評価し、リスク・トレードオフの方法論によって考えよ。

B君:合理的。Reasonable。これがALARAのRかもしれない。

C先生:この緊急事態期・復旧期の数値には明確な根拠があるようだ。それは、一生での被曝線量が、500mSv程度であれば、それほど重大な影響を心配する必要はない、というICRPの1990年勧告を導いた議論に基づいていると言えるだろう。

(5)緊急事態期・復旧期のリスクコミュニケーション標語

C先生:これが最後の結論。緊急事態期・復旧期には、ICRPの提言をこのように理解しよう。

被曝量が、
◆100mSvなら、計算上致死性の発がん確率が0.5%高くなるが、実際には、被曝しなかった場合と同等である可能性が99.5〜99.99%ある。緊急事態だからこの程度の可能性があることは仕方ないが、今後、できる範囲で被曝量を下げる努力をすること。
◆20mSvなら、計算上0.1%だけ致死性の発がん確率が高くなるが、被曝しなかった場合と同等である可能性が99.9〜99.99%ある。しかし、被曝量を下げるため、無理のない努力をすること。
◆10mSvなら、計算上0.05%だけ致死性発がん確率が高くなるが、被曝しなかった場合と同等である可能性が99.95〜99.999%ある。自然放射線によってこの程度の被爆を受けている地域もある。しかし、今後、被曝量を下げるに越したことはない。


(注)99.5〜99.99%などの説明です。
 100mSvの被曝で、発がんによるリスクの増加が0.5%であるという計算値の解釈ですが、1万人が100mSvを被曝したとして、致死性の発がん症例が50人増えることを意味する。これは、たとえ100mSvを被曝しても、それによって影響を受けない人が1万人のうち9950人であることを意味する。すなわち、99.5%の人は被曝を受けなかった人と同等である。
 0.5%という計算値は、もっとも安全サイドに振ったLNTモデルによるものですから、DNA修復能力などを考慮すると、現実の致死性の発がんの確率は、これよりも低い。0.4%かもしれないし、0.1%かもしれない。さらにもっと低いかもしれない。
 どのぐらい低いかは分からないが、完全にゼロということもないだろう。過去の疫学研究で、100mSv以下での致死性の発がんの増加が見られたという結果は出ていない。しかし疫学の検出感度を考えれば、100mSv被曝した際にも致死性の発がんが増加するリスクはゼロだとは言えない。疫学の検出感度を1万分の1程度だと仮定すれば、ゼロではなく、0.01%程度とすることが妥当なのではないか。すなわち、影響を受けない確率の上限は99.99%ぐらいではないか。
 100mSvで99.99%だとすると、より低線量の場合には、もっと100%に近いのではないか。そこで、10mSvについては、99,95〜99.999%という表現を使用したが、もともと数値の確実性は低い。

(注1)「被曝しなかった場合と同等である」という意味だが、通常の日本人だと、生涯で30%の人が致死性のがんになる。発がんそのものは、もっと多いのかもしれない。なぜなら、非致死性のがんは、統計に乗らない。70歳以上なら100%の人が、なんらかの非致死性のがんを持っていると言っても正しいかもしれない。

(注2)ICRPの1990年勧告で、発がんと見なすがんの種類は、致死性のがんだけでなく、すべてのがんを対象にするようになった。
  ICRPの1977年勧告時のリスクは、1Svの被曝で125/10000でした。1.25%です。ただし、この数値は致死性のがんのよるリスクだけを対象としたものでした。1990年勧告では、致死性のがんのリスクが一般公衆を対象とした場合、1Svあたり500/10000、非致死性のがんのリスクが100/10000に変えられています。要するに、死亡率の評価が5%と4倍になりました。その違いの理由は、被曝線量の見直しが行われたこと、相加モデルから相乗モデルに変えられたことです。相加モデルとは、被曝によって一定のリスクが増える。相乗モデルとは、被曝によって、自然発生のがんの発生確率が一定量だけ増えるという仮定です。そのため、高齢になると、リスクが急増し、総数も急増するという結果になっています。http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09040108/05.gif


 この図は女性のものですが、それを見ると、公衆のケースも、従事者のケースも、死亡リスクは80歳弱ぐらいがピークであり、相加モデルに比較して、若年時のリスクは却って低く変更されている。
 広島長崎の寿命調査の対象が、被爆者8万2千人ですが、1950〜1985年のがんの過剰発生数(対照群−参照群で補正)が260件になったため、1990年勧告のような取り扱いになったというのが、現時点での理解です。

(注3)平成22年の人口動態の推計数によれば、
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei10/index.html
平成22年の死亡数は、119万4000人。死亡率は9.5%。
 三大死因は、第1位が悪性新生物35万2千人(29.5%)。第2位が心疾患18万9千人(15.8%)、第3位脳血管疾患12万3千人(10.3%)。

(注4)コミュニケーションに信頼性が重要、内容は二番目に重要という意見について
 しかし、どうやって信頼せよと言うのか。1対1で信頼性が確保できる医師のような場合と、放射線ノイローゼのようなメディアの発する悪い情報だけを信じてしまう場合とは違うと思います。
 情報をどうやって正しく伝えることができるか。すなわち、情報伝達のスキルが重要だと理解しています。