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   大学ランキングの報道  02.18.2018
       なぜ日本の大学が落ちたのか

               



 日経新聞が「東大、順位を下げ8位」という記事を2月7日付の朝刊で出しました。
 それによれば、「英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)は、6日、今年のアジアの大学ランキングを発表した。日本からは昨年に続いて東大が唯一トップ10入りしたが、順位を一つ下げて8位。100位以内に入った日本の大学は京都大や大阪大など11校で、昨年より1つ減った」。
 同誌によれば、日本について、研究への評価や論文引用回数などは向上しているものの、中国などの台頭により東大の8位も今後危ういと指摘している。東大は2013年のラインキング発表開始から3年連続だったが、16、17年は7位だった。
 さて、なぜ日本の大学の今後は危ういのだろうか。

  
C先生:大学のランキングを日経が記事にしているが、確かに、日本の大学の劣化は大問題で、もはやノーベル賞学者は出ないなどと言われているのだけれど、文科省が大学の評価を海外製の大学ランキングで行っていることも、実は、大学の劣化を加速しているように思えるのだ。本来、日本の大学の劣化の本当の問題点とその原因は何なのか、それを議論しないで、このように評価が出ました、また下がりましたということだけでは、何の問題解決にもならない。
 ということで、今回、十分な議論ができている訳ではないけれど、そもそも、大学のランキングというものは、何なのか。そして、日本の大学の存在意義がどのようにしたら復活するのか。あるいは、復活させることがなぜ必要なのか。もし必要なら、その方法論が見えるのかどうかを含めて議論することが、本来あるべき議論だと思う。まあ、今回の議論では全く不充分なのは承知の上での話だが。

A君:ライキングはなんでもそうですが、そもそも、大学ランキングをどのようにして、どのような指標を用いて評価しているのか、その解析と議論が無いと、ほとんど何の意味もないのです。

B君:その通り。Times Higher Educationによる評価の対象となっている項目を次の表に示してみた。
 こんな感じだ。

  

表1 Times Higher Educationの評価対象項目と割合

A君:まず、教育力に関する評判調査が15点。他の教育力関連の項目は、どちらかというと教員の数と学歴の評価ですかね。博士号が重要視されていることが一つの重要なところでしょうか。

B君:そして次が研究力に関する評価。これまた評判調査が18点でもっとも大きい。そして、研究費と一人あたりの論文数。この研究とは別に、論文の引用数があって、30点と非常にウェイトが大きいのが特徴か。これがいわゆるインパクトファクターというもの。1報の論文について、何報の論文によって、引用されているか。まあ、論文の人気投票のようなもの。

A君:このインパクトファクターについては、実は、研究者人口の多いことが有利なのです。当然ですが、国の人口が多いことも、非常に重要なのです。なぜなら、何でもそうですが、数を競う場合には、母集団の大きさが影響するのです。

B君:当たり前の話だと思う。日本がこれまで頑張って来れたのは、ある意味で歴史的な経緯によるのだと思う。日本が先進国になったのが、まあ、1975年頃とすれば、その歴史的な有利さ、すなわち、アジアでの初の先進国であり、経済成長速度の高さによって国家予算が豊かで、留学生招聘などの国際貢献事業が可能であったし、そもそも日本の学者コミュニティーのサイズが大きかった。しかも、大学への研究費も、無条件で供与される校費という名称予算がまあまあの額だった

C先生:大分前になるけれど、インドネシアのジョグジャカルタの大学に行ったとき、集まった教授連がインドネシア人なのに、日本語がペラペラで、これは留学生だったのだ、と分かった。留学生の教育面での日本の貢献は非常に大きかった。最近では残念ながら、各国のトップの学生は、米国やヨーロッパに行ってしまう。場合によっては、日本に留学するよりも、自国の大学の方が有利な就職先があると考えている学生も多いのではないか。

A君:評価基準に戻りますが、次が国際性ですね。10、11、12番目です。留学生、外国籍教員、国際共著論文などが評価されています。確かに、これらの項目は、重要項目だと思う。その意味では、日本の大学も留学生を一所懸命になって、集めていますね。

C先生:そうなんだ。先日、東北大学のIELP(International Environmental Leadership Program)で日本人学生が全くいない状況下で90分間の英語での講義をしたけれど、これから日本の若い人口が減るばかりという状況を考えると、ますますアジア諸国からの学生の受入数を増やさなければならないと思う。

A君:しかし、留学生も上のクラスは、欧米を目指すので、日本に来てくれるのは、上から二層目ということになるのでは。まあ、それはそれで良いとも言えるのですが。

B君:そして、最後が、産業界からの研究者一人あたり研究費です。しかし、重み付けは極めて低くて、たった2.5点。これは、日本の大学の役割を考えると、ちょっと低すぎるように思う。しかし、産業界は日本の大学には金を出したがらない。これも大きな問題。

A君:以上まとめれば、このTHEの評価の特徴は、と言えば、インパクトファクター(論文の引用数)がかなりウェイトが高いことか。全体の30%がそれになっている。

B君:まあそのように言えるだろう。このインパクトファクターというものがどうやって決まるのか、ということについては、後で若干議論をしよう。

A君:THEの評価以外にも何か大学評価を比較しないと。

B君:もう一つの評価がある。それは、世界大学評価機関Quacquarelli Symondsによるもので、QSと略されている。表2にその評価指標を示すけれど、評価の考え方が相当に違う。インパクトファクターも無い訳ではなくて、引用数/論文数と言う項目がそれなので、寄与率10%ということになる。

  

表2 Quacquarelli Symondsの評価指標と割合

A君:確かにTHEの評価に比べると、インパクトファクターの重みは1/3ですね。

B君:このQSの評価の特徴は、研究者コミュニティーでの評価がもっとも高くて、30%。そして、その次が、雇用者、すなわち、大学生を受け入れる一般社会からの評価で、要するに、使える大学生をどのぐらい作っているか、ということになるのだと思う。

A君:その後は、まあ、普通に考えられることで、教育力、引用数、論文数、博士号、国際性などなどは、ほぼ同じ項目。もっとも教員数の評価が、THEの指標よりもかなり大きい。

B君:一言で言うと、評判が決めるのがQS流の評価ということになるかもしれない。研究者コミュニティーからの評価が高いということは、大学院卒業の研究者の語学能力がどのぐらいであるか、それが大きく影響しているとも考えられる。

C先生:インパクトファクターを始めとして、何がランキングに影響をどのように与えているのか、指標の重みが違う2つの評価がどのような結果になっているか、などを比較してみよう。絶対的に正しい評価方法は無いと思うけれど、世界の有名大学がどのように評価されているか、いわゆるWorld Universityを対象とした評価がどのように違うか、ということで比較してみよう。

A君:まずは、THEのランキング。現時点でWebサイトに存在するもので、2017年のもののようですが、タイトルは2016ー2017の比較となっています。
https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings/2017/world-ranking#!/page/8/length/25/sort_by/rank/sort_order/asc/cols/stats

  
表3 THEによる大学の順位 40位まで

B君:もう一つのQSのもの。こちらは2016−2017年のもの。
https://www.topuniversities.com/university-rankings/world-university-rankings/2016

  
表4 QSによる大学の順位 40位まで。

A君:この2つの順位を見たとき、若干、順位に違いが見えますね。
 THEの評価:伝統的な英米の大学が非常に強い。スイス工科大学などの伝統校も高い評価。それに対して、一般論としてアジアの大学への評価は厳しい。一方、EUに対しては比較的甘いかも。
 QSの評価:やはり伝統校は強いのだけれど、どちらかと言うと、技術系の大学が比較的上位という傾向が見える。しかし、最大の特徴は、12位あたりからアジアの大学が9校もランク入りしている。特に、シンガポールが2校はいっている。Singapore大学は普通だとしても、NanyangTechnicalUniv.がすぐ下の13位で入っているには驚きですね。そして、もう一つの例が、Hong Kong Univ.S&Tがアジアの7番目で入っていることですか。対照的に、EUの大学の評価が相対的には低い。

B君:QSの評価は、どうも「新興勢力頑張れ」的な評価のように思える。それもある意味で当然かもしれない。雇用者の評判が20%入っているが、シンガポール、香港、中国の雇用者は、恐らく、過去と比較すれば新入社員の質が上がっていることを認識していることだろう。それも当然。昔なら、本当のエリートは海外留学するぐらいの数だったけれど、豊かになって国として最初に進化するのは、教育レベルの向上だから、そんなことになるだろう。研究者による評価は、結構微妙なところがあるけれど、それでも、新興国では、伝統的な学問分野の維持に力を注ぐというマインドは不要なので、新しいというか実用性の高い領域に取り組むことが多くなる。当然、新しい研究領域というものは、取り組んでいる研究者が多いので、自分の領域である新しい研究領域に対しては、評価が甘くなる。

A君:伝統的な学問分野というものは、実は、日本のような基礎的な工業力がある国では、依然として重要で、例えば溶接などという分野は、原子炉の圧力容器を作るような場合には必要不可欠。流石に、日本では原子炉の新規需要は終わりかけているので、もう必要ないのかもしれないけど、これまでは重要だった。しかし、中国では、まだまだ原子炉産業の活力が保たれていて、溶接のような領域もまだ新規領域でもあるので、研究者の活力も高い状態で維持されている。活力が高い研究者が居れば、当然、評価も高くなる。

B君:産業構造をなんとかして維持したいという国、その典型が日本ですが、そこでは、大学におけるその分野をゼロにすることに抵抗感がある。新興国では、このようなマインドは無用。ということもある。

A君:実際、インパクトファクターを始めとして、引用数というものは、研究体制をどのようにするかによって、非常に大きな影響を受けますね。やはり基本は研究者の数です。研究者が多い分野であれば、当然、その論文は読まれる確率も高くなる。さらに、いくつかの研究グループがお互いに競争をしているような状況だと、相手のグループの成果は、それこそ、一所懸命に読むことになる。当然、引用をして反論をすることになる。これも立派な引用数の増加につながる。

B君:それに加えて、中国などでは、研究グループがお互いに引用をしようという申し合わせをするという例があると聴いている。だから、そのような行為を考えた上で、引用数は補正をしないと、不公平になる。恐らく、THEは、このあたりの状況を十分に理解していて、なんらかの補正を加えている可能性が高い。QSは引用数のウェイトが低いこともあって、余り気にしていない可能性が高い。

C先生:そろそろ結論で良いのでは。元々、ライキングなどということが商売になることがおかしいとも言える。雇用者の評価ぐらいは各大学で気にすべきかもしれないが、大学の最大の業務が、研究という訳でもない。しかも、大学というものの存在は、やはり、人口の動向によって確実に影響を受けている。日本のように人口減少の国で、大学の活力を維持することは、極めて難しい。しかも、日本は、国内産業の今後の動向も良く見えない国でもある。パリ協定を完全に実施するとなると、日本を支える産業は、工業よりも、むしろサービス業になるのではないだろうか。というより、データをちょっと見ればすぐ分かることだが、実は、すでにそうなりつつある。

A君:これから、大学に入る若者が、どのような判断基準で自分の専門を決めるのか、これが日本の大学を変える意味でも、最大の問題点かもしれないですね。この話は、ときどき話題にしていますが、徹底的な議論をしたことは無いですね。

B君:現在の日本の大学の現状で、日本の大学に入学し、そして日本の大学教授という職を目指すか、と言われたら、個人的には、そういう選択肢は、かなりゼロに近いかもしれない。それは、日本の教育が余りにも旧態依然なので、日本の大学に入って卒業したとしても、戦闘力が不十分なまま卒業してしまうような気がする。

A君:日本の大学、特に、文系の大学では、何を目的にして何を身につけるべきなのか。一時期、隆盛であった米国のMBAの真似をしたやり方も、例えば、法科大学院なども、どうも上手く行かなかったと思いますし。

C先生:いくつも問題はあるけれど、根本的な問題として、日本の大学教授の専門範囲が余りにも狭いように思えるのだ。一方、社会の進化が激しくて、余りにも多様な知識が必要不可欠という状況になっているのに、この状況にどうやって対処するのか、大学人が真剣に自分の問題として考えているとは思えないのだ。文科省も何をどうしたら良いのか、分かっていないのではないだろう。そもそも、学生に出席点を与えているような大学は潰すべきだ。授業をいくら真面目に聴いても、それだけでは何も身につかない。なぜなら、教授という古い人間が教えているからだ。すべてを自分で勉強して、はじめて、身につくのだから。大学で学ぶべきことは、「自分は何を知らないか。何を知るべきか」、それだけで十二分なのだと思う。
 新しい理系の学問分野がどんどんと生まれるという傾向は、最低でも今後50年は続く。分野としては、特に、IT系、医学系、環境系ではないか。IT系は、様々な方向性がある。医学系は人体のメカニズムのさらなる解明によるがんなどの克服。そして、環境系は、パリ協定の2050年目標へのチャレンジと、今世紀末までのNet Zero Emissionへの新アイディア。要するに、社会的要請への対応が、大学にとっても重要な使命になる。文系の学問体系は、余りにも変わらないが、本当は、相当に変わらなければならないのだと思う。特に、命とは何か、ヒトとは何か、といった哲学的な理解が、時代の要請によって、誰にとっても必須になっている。
 そろそろ、本日の結論だけれど、日本の大学に入って、日本でのアカデミアを目指すのは、すでに、かなり選択肢として難しい。だからといって、世界のトップ大学を目指すには、日本の高校教育が不十分。なんといっても、日本の大学に合格することが最大の目標となっているのが、日本の高校の教育システムなのだからだ。もっと中学高校のカリキュラムを柔軟にしなければならないと思うのだけれど、大学に入るための学力養成が中学高校の使命だあるという解釈が主流である間は、変えるのが難しい。困ったものだ。まあ、このままだと日本の大学は世界から置いていかれることは、ほぼ確実。もっと、地域貢献とか、産業貢献とか、未来学をしっかりやるとか、理系・文系両刀使いを育成するという方向性をもって、何か、現在の高校と大学ではやられていないようなやり方を採用しないことには、日本の大学のランキングが上がることは無いのではないだろうか。授業料の安いノルウェーなどの大学を目指す日本人が、もっと増えても良いのではないだろうか。