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  リサイクルを見る視点 その2 12.16.2007
     



(2)地球の資源効率向上のため、あるいは、温室効果ガス排出削減のためのリサイクルの資源別考察

 すでに述べたように、リサイクル法の目的の一部には、一般廃棄物用の最終処分地がもはや作れない可能性が高い現状に対処するために、廃棄物処理ルートの拡大というものがあるのだが、これとは別に、地球レベルでの資源利用効率のアップや温室効果ガス排出削減という目的のために行うリサイクルという観点もありうる。むしろ、徐々に、この方向性を持たせるべきだろう。

 日本では、2003年の循環基本計画がそのような観点に沿った最初の枠組みになっているとも言える。すなわち、やっと一つの方向性として政策に組み込まれる段階になりつつあると言えるだろう。

 資源効率といっても、その資源の種類によって、取るべき方向性はかなり異なる。金、銅、アルミは、特別の法的枠組みなしに、まずまずリサイクルされる性格を持っているので、検討の対象から外しても良いだろう。

 一般的に言えば、資源を以下の5種類に分けて議論すべきだろう。1)鉄、2)建築材料、3)希少金属(銀、ニッケル、タンタル、インジウム、ガリウム、希土類、などなど)、4)バイオ資源、5)化石燃料。

 まず、1)鉄であるが、これは、リサイクル面から見ると不思議な素材である。現状ですぐ資源枯渇が問題という訳ではないにも関わらず、スクラップの価格が低迷しても、なんとか回っている。いや、回っているという表現は十分ではない。カスケードリサイクルされている。すなわち、自動車用や飲料缶用などの高度に純粋な鉄から、建設材料、土木材料のような重さで勝負の材料にリサイクルされている。建設材料、土木材料は、まさに重さで勝負であって、加工時に必要な展性・延性などは問題にならないからである。

 飲料缶としてのスチール缶は、これまた奇妙な存在である。日本独特の飲料容器である。それは、主としてコーヒー缶のために開発されたものである。その後、紅茶、緑茶などにも使用された。これらの飲料は、熱い状態で缶に充填されて、蓋をするが、アルミ缶のようにフェニャフェニャしたものでは、内部が真空状態になって、潰れてしまう。そこで、剛性の高い飲料缶が必要だったのである。このような飲料缶を陰圧缶という。これに対して、ビールやコーラなどは、炭酸を含んでいて、常に内部の圧力が一気圧よりも高い。そのため、剛性が無くても、風船が膨らんでいるように自形を保つ。この発展系だが、熱い缶飲料を自販機で売るために作られたとも言える。これまで各国の状況を見ているが、熱い缶飲料を自販機で売っている国にお目にかかったことが無い。

 北九州や千葉県などの一部に行くと、もっと奇妙な缶飲料にお目にかかることがある。それは、スチール缶入りのビールである。アルミ缶とそっくりである。御当地缶ビールとも呼ばれる。どうやら、スチール缶でもこんなすごいものができます、というデモンストレーションらしい。それなら、本当に、オールスチール缶を作ってみれば良さそうなものだが、さすがにそれは不可能らしい。蓋の部分はアルミ製である。「どうしてもアルミにはかないません」ということを証明しているとしか思えない。

 容器包装リサイクル法との関係において、スチール缶は、最初から除外されている。その理由は、収集すれば有価だから、ということであったようだ。それなら、売却費用によって収集費用までカバーできていたのか、というと、自治体による収集費用の詳細が不明だから判断できないのだが、中国の資源ブラックホールが始まる前には、一時期、採算を取ることは不可能だったのではないだろうか。ただし、それでも自治体が余り文句を言わなかったのは、アルミ缶では採算が取れていたからではないかと思われる。アルミ缶だけを収集する費用と、アルミ缶・スチール缶を一緒に収集し、後で分別にするのに、それほどの費用が掛かる訳でもない。それでも、缶をそのまま集めると、それは空気を運んでいるようなものだから、潰して出して欲しいということになり、一部には、足で踏んで空き缶を潰す道具などが普及した時期もある。

 いずれにしても、鉄という素材は様々な用途があり、重量ベースで見ると、必ずしも高品位のものばかりが必要という訳ではないので、歴史上なんとかリサイクルが回っている不思議な素材である。

 繰り返し確認しておくと、スチール缶は、容器包装リサイクル法の枠外の容器である。収集すれば有価になることが理由である。この言葉は、容器包装リサイクル法の一つの重要な存立用件だった。すなわち、集めても、有価にならないものを集めるのが、容器包装リサイクル法の理念だった訳である。

 大体、いかなる経済的な状況下でも、経済的に回るという材料が、金・銅・アルミであるとすれば、鉄は、それに準ずる材料である。資源的にも、埋め立てるよりは、リサイクルすることがよいことは、鉄の場合、特に証明する必要も無いのだろう。

 次が、2)建築材料である。対象はコンクリートなど。資源的な貴重さという意味では、コンクリートの塊のもっている価値など、多寡が知れている。成分的には、どこにでもある岩・石・泥と変わらない。しかし、セメントを作るには、やや特殊な資源である石灰岩が必要である。これは世界的にみても枯渇する気配は無いが、遠い将来は分からない。むしろ、砂利や砂というものが日本では採取できない状況になっており、中国などからの輸入も期待できない。

 埋め立てて何か不都合が起きるか、というと、毒性などで問題になるようなものでもない。しかし、容積は莫大である。これはなんとかしなければ、埋立地の寿命には大きな影響を与える材料である。

 となると、「埋立地が作れない、資源も無い、という現状から言えば、リサイクルするしかない」、という代表的な素材だと言える。

 その次の3)レアメタル類であるが、これは様々な種類があって、一概には言いにくい。しかし、日本としての資源戦略の中で語られるべきものである。

 そして、4)バイオ資源、5)化石燃料、となる。これらには共通の性質がある。それは、燃やすことが可能ということである。燃やすことによって、体積が大幅に減る。1)〜3)までの資源は、燃やすことが不可能なために、リサイクルが必須という状況もあるのだが、燃やすことが可能ならば、少なくとも、埋立地不足という理由は余り大きな要因では無いことになる。

 まずは、4)バイオ資源から。
 家庭から出る生ごみは、個人的には、資源ではないと考えている。となると対象は紙と木材であるが、これらは、再生可能資源であるために、金属鉱物資源と違って、適切量を使用すること自体に枯渇への問題があるということではない。したがって、適切量を寿命に応じて上手に使い、再生可能資源の場合の共通の問題である過剰採取の状態を避けることが賢い選択になる。

 最近まで余り問題にされなかったが、バイオ資源を炭素蓄積用資源と考えることも可能。この観点も、今後の温暖化対策の状況を考えると、多少は考慮しておくと良いだろう。

 となると、紙使用の最終的な理想系が、単行書として長期間保存されること。長期間の保存に値しない単行書もあるが。木材の場合には、やはり家・建築材料としての長期利用だろう。100年超えの住宅などである。炭にして、保存という手も無い訳ではない。備長炭などから遠赤外線やマイナスイオンが出るから、家屋用として大量に使用すると、健康によい家ができると称して、詐欺をやっている連中が居るので注意が必要。有害物を多少吸着してくれる可能性がある、ぐらいまでが効用。

 紙のリサイクル時に発生するスラッジなども、海洋や河川への排出、埋立などを考えることは、現時点ではなくなった。すなわち、適切な形でのエネルギー回収が、その最後の姿で、これが現在では実現されている。

 最後が5)化石燃料を原料とする材料。すなわち、プラスチックである。その特徴は、繰り返すが、バイオ資源とも共通するが、最後には燃やすべき材料であること。紙、木材に比べると、100年オーダーでの利用法がほとんどないことがプラスチックの悲しいところ。例外的には、建築材料だろうか。それでも、例えば、アラウーノなる便器にしても、本当に100年もつのだろうか。

 すぐに燃やすのか、そうではなくて、一旦、リサイクルしてから燃やすのか、というのが、プラスチックの場合の選択肢ということになる。

 そして、どのような方法を選択すべきなのか、その判断基準は、となれば、資源の有効活用度なるものだろう。決して、いくら費用がかかるか、では無い。

 リサイクルをした場合の資源有効活用度について、共通の認識がある訳ではない。いくら検討しても、宿命的に個人的な価値観が入り込むのだ。ということは、行政は、どのようなリサイクルを行うか、資源有効活用度なる指標を提示し、それによって、リサイクルの可否を中立的な立場の人々に問うのが妥当だといことになる。現在の容器包装リサイクル法の改正にあたって行われる審議会は、恐らく、そのようなプロセスの一つだと考えるべきなのだろう。また、省庁によって行われている検討会もそのようなプロセスの一つなのだろう。

 という立場に立てば、すでに、本HPでの議論は終わっており、
http://www.yasuienv.net/PetRecycle2007.htm
で示した図(ペットボトルのリサイクル)や、
http://www.ips.or.jp/05kanko/lca_2004.pdf
などで、それなりの表示がなされている。

 となると、これ以上問題にするのであれば、資源有効活用度を別途定義し、それに基づいて、データを作り直すという作業が必須ということになる。

 繰り返しになるが、某著者の指標である費用指標は、決して資源有効活用度として認めるに値するようなものではない。それどころか、その著者によるデータ捏造が、問題にされているような状況である。

 ペットボトルについては、もしも100%がリサイクルされることによって、資源有効活用度が2倍程度にはなることから、リサイクルし、そして、適当な段階での燃焼と言う方法の方が、すぐに燃焼という方法よりも優れていると言えるだろう。

 その他プラについては、マテリアルリサイクルの優位性を主張する意見、固形燃料化を主張する意見などがあって、未だに共通認識となるような結果が出ている訳ではない。

 これらの計算において、リサイクル施設建設の負荷が、考慮されていないのではないか、という疑いを持っている向きもあるようだが、一般的に言って、設備の負荷が問題になる方が例外的である。通常の、鉄素材程度で作ることができる設備の場合には、ランニングによる負荷の方がはるかに大きい。

 ただし、鉄という資源と化石燃料という資源を絶対的に公平に比較する方法がある訳ではない。しばしば、その代替指標として、トータルに見たCO2排出量で表示することが多いが、このアプローチも可能であり、かつ現実的でもある。

 実際にペットボトルの破砕洗浄などに使われている装置のデータが手元には無い。そこで仮想的な例を考える。

 ペットボトルのリサイクルのための破砕洗浄に総重量鉄製50トンの装置を設置したとして、その製造に関わるCO2排出量は、鉄そのものの製造に関わるものが大部分であり、150トン程度ではないか、と推測される。

 この装置によって、毎日、10トンの廃ペットボトルが処理されたとすると、年間の処理量は、2000トン以上になるだろう。2000トンのペットボトルを製造する際に排出されるCO2は、PET樹脂分に限っても、4000トンにもなるだろう。この装置を10年間使用するとすれば、この間でリサイクルされるペットボトルが新品の樹脂として製造される際には、4万トン程度のCO2が排出されていたことになる。

 このリサイクルによって、運転のために必要な電力などを考慮して、結果として40%のCO2排出が削減されるとすると、1万6千トン削減ということになる。これは、装置製造時の排出推計値である150トンを無視できるほどの削減量になる。

 LCAを行う際には、1%ルールを適用することが一般的である。最終寄与率に対して、1%未満の環境負荷要素は無視をするというルールである。

 装置製造による寄与率に関しては、1%ルールを適用しても良い場合が多い。


                                以下 まだ続く