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 クロマグロ、クジラ、温暖化、生物多様性     03.22.2010
     



 カタールのドーハで行われたワシントン条約の締約国会議で、モナコが提出したクロマグロの国際取引全面禁止案が否決された。

 ワシントン条約は、正式名称が「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」という国連の条約であり、現在、175ヶ国が批准している。今回のドーハの会議は15回目の締約国会議、すなわち、COP15(3月13〜25日、実は本日現在、まだ開催中)であった。

 この否決を受けて、大々的にニュースが流された。どうも気になるのは、これで日本の主張が正当であることが証明された、などといった反応をしている人々がいるように見えることである。

 日本の食文化への西欧文明からの干渉が回避されたと思っているのかもしれない。しかし、これは本当なのか。



ドーハでのCOP15

C先生:ワシントン条約、すなわち、絶滅危惧種の国際取引の禁止に関する国際条約だが、今回のクロマグロの禁輸が、このワシントン条約の場で議論されるとは、ちょっと意外だった。

A君:クロマグロに関しても、資源保護的な観点が本来の筋で、禁輸へ一気に行く必要があるのかどうか、という意味ではかなり疑問符が付く提案でした。

B君:モナコがEUの意向を踏まえて代理で提案したということなのだろう。

A君:それにアメリカも同調した。

B君:実際、日本人が食べているクロマグロは、大西洋で幼魚を捕って、それを地中海で大きく育てる「畜養」という方法がとられている。

A君:ところが、その幼魚を捕る段階で、かなり密漁が行われたり、枠を超える捕獲が行われている。

C先生:さて、より本質を知るために、ワシントン条約の復習から。

A君:環境関連の条約としてはかなり古く、1973年米国ワシントンDCで80ヶ国の代表によって合意され、1975年に発効しました。日本は1980年に批准。

B君:ワシントン条約の初期段階での主要な目的は、象牙やべっ甲などの高価な工芸用素材を禁輸にして、アフリカ象やウミガメ(タイマイ)を保護することであった。

A君:保護対象は、附属書T、U、Vに記述されていますが、
http://www.cites.org/eng/app/appendices.shtml
附属書Tでは、絶滅の危機にある生物が、Uには、種の生存の限界を超える利用を抑えるべき生物が、そして、Vには、ある国、あるいは、国際的な地域が国際的な保護を求めている生物がリストアップされています。

B君:そして、附属書Tに掲載されている生物は、国際的な取引が禁止される。U、Vであれば、輸出国の許可書が必要となる。

A君:ワシントン条約の遵守体制を強化するためには、主として密輸をいかに防止するかという観点からの対策が必要です。日本でも、爬虫類をペット用に違法に輸入してが業者がときどき逮捕されるといった事件が起きています。

B君:日本だと、外務省、経産省、環境省、農水省がこの条約を所管している。それに加えて、警察が当然取り締まりに加わる。

C先生:先ほど、密漁とか乱獲とかの話があったが、資源管理についての説明を。

A君:大西洋のクロマグロに関する資源管理は、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)が検討し、実施することになっています。クロマグロが、ワシントン条約の附属書Tに記載されているシロナガスクジラやウミガメと同格なのかと問われれば、まだまだそのレベルではないと思われます。

B君:しかし、EUは、クロマグロの資源量が1970年の1/3程度に減少している現実を踏まえて、強い対策を取ることを主張している。
http://www.eu2010.es/en/documentosynoticias/noticias/mar10atun.html
 今回、モナコが提案国になったが、これは当然のことながらEUの意向を反映したものだと思われる。

C先生:日本人だと、シー・シェパードによる調査捕鯨の妨害がまず思い起こされて、今度はマグロを使って、西欧人が日本人の食文化に干渉してくる。これは怪しからんといった反応になりがちだ。


クジラとシー・シェパード

A君:シー・シェパードですが、3月12日、南氷洋における日本の調査捕鯨船を妨害していたベスーン船長が、日本の船舶に不法侵入をした容疑で逮捕されましたね。

B君:しかし、ワシントン条約との関係があるとも言えない。シロナガスクジラは、当然、附属書Tに記載されている動物である。したがって、禁輸の対象にはなっている。しかし、国際捕鯨連盟IWCが、調査捕鯨という名称の捕鯨を認めているのも事実なのだ。

C先生:一部には、シー・シェパードは、クロマグロなどもターゲットとして次ぎの活動を強化すると思っている人もいるようだ。

A君:シー・シェパードは、今後、どのような魚類などをターゲットとするのだろうか、ですか。

B君:一部のメディアでは、クジラ、クロマグロと来ている状況から、シー・シェパードは今回のワシントン条約のCOP15での否決を喜んでいる、というコメントがあった。

A君:今回の否決を見て、次のターゲット、それがクロマグロだと決まったから、というのが推定の根拠。しかし、それは恐らく間違いでしょうね。

C先生:エコテロリズムというものの本質を、考える必要があるのだろう。

A君:シー・シェパードのようなエコテロリズムと呼ばれるような活動を行っている団体は、実は、生物の保護を真の目的としてはいないと思うのです。

B君:エコテロリズムの根源は、やはり米国にあって、それは、女性参政権、公民権運動といった権利の平等性を主張し、そして成功してきた運動の延長線上にあると考えるべきだ。

A君:そのため、クジラにしても、何がクジラの権利なのかは難しい問題ですが、権利の平等化が目的であると判断すべきでしょう。

B君:エコテロリズムの特徴は、その目的実現のためには、暴力的な行動も正当化される、という哲学に基づいていることだ。それは、公民権運動などがそうだったから。

A君:なぜ現時点でクジラがシー・シェパードのターゲットなのか、ということに関して、それは知能指数が高いからだ、といったことは述べています。しかし、本音は違うのでは。クジラの保護に共感する人々、特に白人にそのような感覚の人々が多いからという単純な理由にすぎないと思うのです。

B君:要するに、対象は何でも良い。政治的に多数の同調と、かなり限られた反発がある事象が選択される。今回のクロマグロのように、アジア勢・アフリカ勢の大々的な反発を受けるような魚種を対象にするとは思えない。

A君:クロマグロだと、マルタのように、EUの内部でも反発がありますし。


クロマグロの件を見る視点

C先生:今回のクロマグロの件をどうみるべきなのか。より根本的というか、根源的というか、そんな見方をしてみたい。

B君:いくつかの視点があるだろう。
(1)絶滅の可能性がある生物種をどう考えるか、
(2)刺身という日本文化の国際化、
(3)魚肉の商業的な意味と乱獲、
(4)国連タイプの国際条約の今後、

などだろうか。

A君:クロマグロという絶滅の可能性がある生物種の全漁獲量の8割を日本人が食べているという。もしもクロマグロの資源量がICCATが言うように1970年代の1/3になっているとしたら、その責任は主として日本人が負っている。

B君:しかし、ICCATの提案である「漁獲枠を4割削減する」という緊急措置が守られていれば、今後の削減は食い止められると日本は主張している。

A君:なぜこの漁獲枠が守られないのか。それは、漁期を守らない国があり、かつ密漁があることが原因。

B君:しかし、なぜ密漁が行われるのか。それは、クロマグロの価格が高いからである。つきつめれば、トロが大好きな日本人が多いことの行き着く帰結であるとも言える。

A君:結果として、今回のドーハCOP15の構図とは、トロを食べたい日本人と、トロの多いクロマグロを密漁によって供給して儲ける人々が手を結んで、EUなどの禁輸案に対抗したとも言えそうです。

C先生:このような構図を良いとするのか。あるいは、このような国際的な構図に全く気づいていないのか。

A君:個人的には、「気づいていない」に1票。

B君:同意。

C先生:次のポイントは、(2)の視点。トロを食べるという行為は、日本の食文化なのかだろう。

A君:それは食文化という定義次第かもしれないですね。しかし、「文化」というからには、やはり歴史的な継続性が必要ですよね。現時点で大量に食べているからという理由で、文化だとはとても言えない。

B君:調べた訳ではないが、どう考えてみても、江戸時代の庶民がトロを大量に食べていたとは思えない。明治大正でも怪しい。

A君:過去は当然ですが、未来も重要。文化というからには、未来への継続性が重要で、将来世代にもその文化を伝えなければならない。

B君:テレビを見ていたら、マグロ解体ショーなどが伝統的食文化である訳はない、とテリー伊藤氏述べていたがまさに正論だ。

A君:トロが日本文化だと言う人々の根拠は、そのおいしさを最初に発見したからだ、という程度のことように思えますね。

B君:クジラを食べる文化の方が日本食文化かもしれない。外国の圧力によってクジラを食べるのを止めたなら、日本文化が外国文明によって壊されたとも言えるだろう。かなり以前ならば、日本のような国では、獣肉を食べる機会は極めて限られていたため、良質な動物性タンパク質を得るために、クジラを捕獲していたのが現実だからだ。

A君:クジラは、歴史的には西欧人が乱獲していた。米国などでは、照明用の油として鯨油を取るためだけに、クジラを乱獲した。すなわち、鯨肉は捨てた。日本文化の方が、遙かに正当化しやすいことは事実ですね。

C先生:一方で、現時点だと日本人の実感はどうなのだろう。クジラを食べたいと思っている日本人はどれほどの数存在しているのだろうか。

A君:まあ、ほとんど居ない。

B君:クジラへの需要は減っていると思う。牛肉の方が美味しいから。しかし、(3)の視点だが、マグロに限らないが、このところ魚肉に対する国際的なニーズが、急激に大きくなっている。理由の一つは、欧米の健康志向だと思われるが、それ以外にも、中国などの新興国の食生活がぜいたくになったこともある。

C先生:今回のクロマグロ国際取引禁止案の否決にも、中国の影がある。それは、中国とアフリカ諸国の関係だとも言える。中国は、スーダンのような紛争地域でも石油を採掘しているように、資源国としてのアフリカを重視しているのが明白だ。

A君:食材としても、中国にとってクロマグロも多少問題ではあるが、さらに問題なのは、高級食材フカヒレですね。フカヒレ漁は、欧米の鯨油を取るための捕鯨と似たような実態があります。サメを捕獲しても、尾びれ、背びれだけを切り取って、大部分は海に捨ててしまう。サメ肉をかまぼこなどにして食べる日本の食文化は、どうやら中国には通用しない。

B君:こう様々な状況を見てくると、(4)の視点ですが、昨年の12月にコペンハーゲンで行われた気候変動枠組条約のCOP15における各国の力関係と、今回の事態を比較し検討すべきではないか、という考えに至る。

C先生:コペンハーゲンでの主役はEUではなかった。明らかに米国と中国であった。そして、途上国は、中国を支持した訳ではなかったが、明らかに先進国に対して温暖化への対策費を求め、自らが削減義務を負うことは拒否した。

A君:ワシントン条約のドーハCOP15では、先進国が表明したクロマグロ絶滅への懸念に対して、「絶滅はまだ先だ、現時点では、先進国と途上国との対立の構図にすぎない」と主張するグループを中国が作り、そこに、日本が乗ったというのが、本当の構図のように見えます。

B君:間違い無く、今後、中国は、クロマグロでも大量消費国になるだろう。となれば、クロマグロに限らず、ミナミマグロやメバチなども大量消費され、結果的にこれらの魚種が急速に絶滅の方向に向かうのではないだろうか。

A君:当然のことながら、絶滅の前に、価格が高騰するという状況が見られることでしょう。価格が高騰すれば、まき網漁のように、一網打尽の漁法がますます主流派になることが目に見えている。

C先生:こう考えてみると、今後、かなり長期に渡ってマグロを、とりわけトロを食べたい、それを子孫にも伝えるべき日本の食文化だと思うならば、そろそろ漁獲量削減のためにEUなどと同調してなんらかの対策を実現すべきなのではないだろうか。

A君:そんな状況が起きれば、現在のようにマグロを大量に食べることは難しくなる。しかし、それでも良いのではないかと思います。なぜなら、マグロは、魚の中でもかなり特殊な種類であることも考える必要があると思うからです。それは海の食物連鎖の頂点に存在する魚だということでして、そのため、当然のことながら、毒性物質を多く含んでいる。


マグロは健康食品か

B君:その話になったか。その毒性物質とは、水俣病の原因物質であったメチル水銀である。もちろん、マグロをかなり食べたところで、水俣病的な症状が出る訳ではない。しかし、妊婦が大量に食べると、生まれた子供の聴覚神経の働きが多少鈍ると言われている。そのため、平成17年のことだが、厚生労働省は、妊婦への魚介類の摂取と水銀に関する注意事項の見直しを行った。http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/qa/051102-1.html
 1回の食事でのマグロの摂取量を80gとしたとき、妊婦は、週に2回までに制限すべきだということがその内容であり、それほど神経質になるようなものでもないが、無条件に健康によいと言える食材ではない。


そろそろ結論

C先生:そろそろ結論にしたい。いずれにしても、今回、ドーハのCOP15で、クロマグロの禁輸措置が反対多数で否決されたことは、禁輸から資源保護という本来の筋に問題意識が戻ったという点で、評価すべきだろう。

A君:今回の禁輸の提案を、「禁輸措置は間違っている。日本食文化に対する西欧からの圧力だ」、と捉えるのは間違っていると思います。日本人が、今後、孫や曽孫の代まで、長期に渡ってマグロを食べるという食文化を継続しようとするのなら、むしろ、なんらかの資源保護策を積極的に行う必要があるからです。

B君:さらに、今回の否決の構図である中国とアフリカ諸国との協調行動に、日本が乗ったということは、今後の国連流の国際条約にとって重要な意味をもつことなのかもしれない。

C先生:こんな流れを目にすると、当然考えられることだが、今年の12月にメキシコで開催が予定されている気候変動枠組条約のCOP16においても、中国とアフリカ諸国が協調して動けば、非常に大きなインパクトを与えることだろう。その際、日本はどのような態度を取るのか。

A君:場合によっては、この10月に名古屋で行われる生物多様性条約のCOP10においても、自国の遺伝子資源の保護と商業的価値の増大を目指すアジアとアフリカの途上国が、中国と協調的に動くことによって、大きな決定権を手にする可能性がありますね。

C先生:このところ、どの国連の条約においても、途上国の究極の目的は、先進国から資金の拠出を求めることであり、そこに中国やブラジルなどがどのように絡んでくるか、これが重大な要素である。
 コペンハーゲンのCOP15、そして、今回のドーハのCOP15という流れを見ると、生物多様性条約のCOP10は、決してやさしい交渉事ではない、という結論に到る。単に、里山保全の有効性を主張するといった綺麗ごとでは済まないように思える。日本が議長国として複雑な国と国の関係をどう捌くか、その力量が問われることだろう。
 事態は、ますます深刻になっている。