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    民族の世界地図2 宗教編   06.14.2020
       どなたか、この本を書き直していただけませんか

      



 前回の続きです。次の本のご紹介です。
   新・民族の世界地図
    編著者 21世紀研究会 (構成員不明)
    2006年10月20日第1刷、2018年2月5日第7刷   
  

 書き始めたときには、言語編2を書く積りだったのですが、前回の終わり方をお読みいただくとお分かりのように、議論がかなり「微に入り細に入り状態」になったもので、次の話題に移行することにしました。
 そして、
今回が宗教編です。宗教も実は結構厄介。日本ほど、宗教と社会との連結性が弱い国は少ないのでは、という感覚がありますが、その原因の第一の要素は、そもそも、日本国憲法第20条が、「信教の自由」と「政教分離原則」を明確に規定していることでしょう。国教は無い国です。さらに第89条では、「公金その他の公の財産を、宗教上の組織もしくは団体に使用」が禁止されていて、特定の宗教が国から特権を受けたり、同時に、宗教が政治上の権力を行使してはならないことになっています。細かいことを議論する能力はないのですが、旧憲法体制下での「国家神道」の否定が、現憲法では行われていると言うことができます。
 
他の国がどうなのか、となると、「国は実にそれぞれ」、としか言いようがないようでして、「文化庁が海外の宗教事情に関する調査報告書」平成20年3月、https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu_kaigai/pdf/h20kaigai.pdf 
あたりでもお読みいただくのが一つの方法かもしれません。もっとも、この報告書では、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカを調査対象国としているだけでして、ほぼ、キリスト教徒が主な国ばかり、ということにはなります。バランスを欠いています。
 今回の記事の目的は、現時点における各国の宗教の状況を記述することではなく、前回ご紹介を始めた、「民族の世界地図」なる新書の第2章が「民族と宗教」となっているために、その記述内容の概要をご紹介することが本来の目的です。
p63からp102と量的にはわずかですが、各国における宗教の現状と本質を記述しているようだ、と思いますので、ざっくり読まれることは許容範囲内です。しかし、宗教関係の話は、「民族」の話に比べると、比較的新しいトピックスが多いのです。ということで、この本の内容は、「すでに時効」といった話題が多いことが判明。
 そこで、今回の記事は、ここ数年実行してきた
ヨーロッパのドライブ旅行先などで得られた情報に関する話題に絞ろうと思います。そこで、アイルランドの話からスターになります。最後のドライブ地点として、非常に強い印象を受けました。左側通行ですから、皆様も、是非とも、アイルランド・ドライブをご計画下さい。ただし、道の割にはスピード制限が異常に高速であることは覚悟していただかないと。
 そして、最後は、その前にドライブをしたポルトガル・スペインのときに訪問した、
グアダルーペ修道院の話になります。



C先生:宗教についての個人的な印象が強く残っているケースとしては、
その国に複数の宗教が存在している国に限られる。単一の宗教であれば、ほとんど問題があるようには思えない。例えば、インドに行くと、仏教の発祥地であるにも関わらず仏教徒はほとんどゼロで、ヒンドゥー教がメジャー。しかし、最近、かなり多くの人々が、例えばニューデリー付近だと、パキスタンから入り込んでいて、その多くがイスラム教。2種類の宗教が狭い地域に存在していると、どうも、それなりの反発力が働くように思える。これは、お互いに無宗教であっても、起きるのかもしれないけれど、宗教が違うことがその反発力を拡大しているように思える。

A君:そういえば、C先生の最後のヨーロッパ訪問の国になったのが、アイルランドでしたよね。
北アイルランド紛争は、キリスト教同士の戦闘、が行われましたが。

B君:同じキリスト教徒の間でも、ときにはひどいことになることを示した最近の例が、北アイルランド紛争だった。もっとも、この本では取り上げられていない。

A君:
アイルランドなどの英国北部に居住していたケルト人は、カトリック系のキリスト教徒が主な構成員だった。ケルト人が多い地域というのは、結構、世界には残っていて、例えば、スペインのガリシアと呼ばれる大西洋岸北部の地域、巡礼路の終点として有名なサンチャゴ・コンポステーラのある地域も、歴史的ケルト文明圏。

B君:17世紀にイングランド系・スコットランド系の移住民がアイルランドに多数入っている。もっとも、スコットランドにもケルト人が多かった。しかし、宗教は、というと、同じキリスト教ではあるが、プロテスタント、多くが、
英国国教会系の人々で、アイルランドの北部に居を構えた。しかし、その後、アイルランド独立戦争が勃発。1920年には、イギリス政府がアイルランド統治法を定め、北部6州はアイルランド議会で定める法の適用を受けないとした。すなわち、北アイルランド国が誕生したことになります。しかし、1922年、英国・アイルランド条約に基づいてアイルランド全島をアイルランド自由国として、イギリスの自治領になった。しかし、北アイルランド政府は、アイルランド自由国からの離脱を決定し、イギリスへの再編入を希望することを公式に通告した。こんなことで紛争が続き、未だに、北アイルランドという地域が存在している。

C先生:2018年に最後のヨーロッパドライブということで、アイルランドに出かけた。そのときの最大の好奇心が、
「もし、イギリスがEUから離脱したら、アイルランドと北アイルランドの国境になんらかの境界線、例えば、税関とか国境の塀ができるのかどうか」だった。なぜなら、アイルランドは、EU加盟国であり続けるから。そして、結論としては、「実質上無理だろう。余りにも、国境を越えている道の数が多すぎるし、国境が平坦な部分が長すぎる」。

A君:山岳地帯であれば、山を国境にすることができますけど、平地だと確かに難しいですね。

B君:アイルランドは地図を見ても国境のある部分は、ほぼ平坦に見えるね。そして、例えば、
次の図のケースだと、道が国境になったり、畑と畑が国境で分かれていたり。もし、ここに税関を含むような国境線を作ろうとなったら、どうするのだろう。まあ、無理でしょうね。

 図:現時点での、北アイルランドとアイルランドの国境線の一例


C先生:ということで、国境線というものは、色々な要素で決まるものだが、
西欧系の文明では、宗教が(も)国境を決めるものなのだ、という理解が普通なのではないか。すなわち、国境への思いというものは宗教に対する思いでもあって、そのため思いは非常に強いと理解しなければならない。下手をすると、宗教戦争になってしまう。

B君:一方、日本のように海が国境線になっている国と、上述のようなケースとでは、対応の難しさが格段に違ってくる。そろそろ、本格的に本の紹介に行こう。

A君:了解。この本に戻って、ちょっとだけご紹介。世界地図で宗教の分布が示されることから始まります。
 そこで、検討される宗教のリストですが、
【キリスト教】は『カトリック教会』、『東方正教会』、『プロテスタント教会』、『コプト教会』、『セクト他』

B君:そして、
【イスラーム】、【ヒンドゥー】、【ユダヤ教】、【土着的宗教】

A君:続いて
【仏教】として、『チベット仏教』、『上座部仏教』が続きます。

B君:そして不思議なことに、最後は、こんなリストになる。
 
【中国(儒教、道教、仏教等】、【韓国(儒教、仏教、キリスト教等】、【日本(仏教、神道等)

A君:
これらの三ヶ国の宗教は、かなり特殊だということを意味しますね。

C先生:そろそろ、本題。ヨーロッパなどでは、宗教戦争が非常に長く続いたなどという歴史があるが、日本から見ると、不思議に思えるよね。日本の宗教として、仏教、神道と書かれても、なんとなくピンとこない。葬儀・結婚式などの式典宗教のような気がして。日本の宗教は何かと問われたら、むしろ、「自然宗教」とか「八百万の神」とか書いた方が実感を伴うね。

A君:
ヨーロッパ人にとっては、他の宗教の人間は、敵だったのでしょうね。しかし、同じキリスト教でも、細かく分類されていますから、ある意味、回りが全部敵みたいな状況で、大変なことだったのでしょう。

B君:日本でも、僧侶が戦闘員すなわち、僧兵であった時代はあったし、これだけは言っておくべきだと思うが、日本にも宗教戦争はあった。そして、
最大の宗教戦争は、「島原の乱」かと思う。しかし、日本の宗教戦争は、諸外国のものとはかなり違うと思う。いずれにしても、キリスト教徒とは、自らの信仰への思いが非常に強くなれた人々なのだと思う。

A君:その点については、その通りで、やはり、
一神教と多神教の本質的な違いは大きいのでしょう。一神教は、恐らく、太陽信仰から始まっていて、砂漠の民にとっては、太陽の存在は自然に占める割合が非常に大きいですからね。

B君:まあ、その通り。
多神教は基本的に自然崇拝だから強い神格はない、あるいは、あっても軽いのだろう。

A君:日本最古の宗教戦争は、仏教を国教として受け入れるかどうかを巡って戦われた蘇我氏と物部氏の戦いで、これは、自然崇拝的伝統宗教としての当時の神道と外来の新興宗教としての仏教の戦いであるという理解もあるようです。

B君:それにしても、
ヨーロッパの宗教戦争の歴史はすごい。十字軍が宗教戦争かどうか、となると色々な解釈が有り得ると思うが、普通に考えれば(≒カトリック対プロテスタント)、その代表例が「三十年戦争」か。1618年から始まって1648年のヴェストファーレン条約まで戦っているのだから。

A君:細かく4期に分かれていて、最初が、ボヘミア・プファルツ戦争(1618〜1623年)、次が、デンマーク・ニーダーザクセン戦争(1625〜1629年)、そしてその次がスウェーデン戦争(1630年から1635年)、そして、最後のフランス・スウェーデン戦争(1635〜1648年)。

B君:参加各国がそれなりの目的を持って戦争を続けていたようだ。そして、
フランスにとっての重要事項は、自国をかこまれているハプスブルグ家の弱体化だったが、当時は、オーストリーのハプスブルグ本家の他に、スペイン・ハプスブルグ家があった。結果的に、その目的を果たした。もっとも、その最後の戦争は、ヴェストファーレン条約の後まで継続して、1659年のピレネー条約により、やっと終結した。そこまで勘定すると、合計、41年戦争になる。気が長いことだ。

A君:要するに、
ヨーロッパのキリスト教は、ある意味で統治のための一つの要素だった。そこに、カトリックとプロテスタントという二種類のキリスト教が存在することは、統治者にとっては迷惑だったと思いますね。ある意味、キリスト教に対する信仰の方が、国政に対する信頼よりもはるかに強力だったでしょうから。

C先生:ここまでの記述は、ほとんど、この本のご紹介になっていないね。まあ、細かいことはどうでもよいのかもしれないけれど。

A君:細部を読まれていないからご存じないでしょうが、
実は、この本は、推薦の対象からは外すべきかと思っているのです。その理由は、「古い」ことです。

C先生:一応、ざっと目を通したときに、
スリランカの内乱の話が現在進行形で記述されていたことに衝撃を受けた。この手元の本は、第7刷2018年2月発行だけど、ちょっと調べたら、スリランカ内戦は2009年5月に和解されて、終結宣言が行われている。内戦の実態は、スリランカ政府軍の大部分であるシンハラ人と、住民の2割弱を占めるタミル人との対立が原因。こちらはタミル・イスラーム解放のトラ(LTTE)が組織名。

A君:タミル人とは、「インドには6000万人、スリランカには300万人が居住する。宗教は、ヒンドゥー教、ジャイナ教、イスラーム教、キリスト教など」、とのこと。

B君:和解し終結したとは言うけれど、深刻な対立関係はしばらく継続した。スリランカ政府とタミル人の組織であったタミル・イスラーム解放のトラ。

A君:一方、
スリランカ人の宗教は、ほぼ仏教。より正確には上座部仏教。したがって、宗教戦争的要素も強かった。

C先生:国連大学に所属していたときに、同僚にスリランカ人が一人いたのだ。そのおかげで、スリランカは複数回行っている。
国民性は、非常にまじめな上座部仏教徒とだと思った。しかし、そろそろ、最後の話題にしよう。個人的な関心でその話題を選択させてもらうが、やはり、この本の記述は、いささか怪しいということをもう一点追加したい。
 それは、
p78に出てくる、メキシコの「褐色の聖母マリア」のこと。まずは、その記述をざっと。
 「先住民の精神文化に合わせてキリスト教を布教するために、聖人崇敬を広める戦略が採られた。特に「聖母マリア」の利用に見られる。
 以下、書籍の記述をそのまま引用。
 その好例が
メキシコの「褐色の聖母マリア」である。「アステカの台地の女神トナンツィンの聖地に現れて奇跡をおこなったというこの『グアダルーペの聖母』は、メキシコのシンクレディズム(=混淆あるいは習合)の象徴である」。
 と書かれていても、著者が何が言いたいのか分かる人は恐らくいないと思う。
記述が「荒い」(「不親切」の方がより適切な表現)のだろう。
 実は、グアダルーペなる名前は実は、スペインのポルトガル国境に近い町の名前である。
そこのサンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院は世界遺産でもある。スペインドライブの際にこのマリア像を参拝するチャンスがあったけれど、実は、マリア像の顔は真っ黒なんだ。決して、褐色なんていうような色ではない。この著者は、恐らくメキシコには行ったかもしれないけれど、本物のグアダルーペのマリア像は拝観していない。
 というようなことで、最後に、そのマリア様の写真ですが、かなり高いところ(4階ぐらい)を1階から広角レンズで撮影しています(望遠レンズは、隣の宿坊に置きっぱなし)。これを超々拡大(ボケボケ)でお示しします。

   
写真1 大きな王冠の下、画面のほぼ中央に黒く見えるところが、マリア様のお顔です。ちょっと光って写っていますが、実物はほぼ真っ黒です。4階(?)まで上がって、確認してきました。

 さて、結論。この本は、やはり何回も言ったように、「古い」です。「いや古すぎます」。
しかし、このような本の存在は貴重なので、どなたか、全く新たに書いていただけませんか。
 なぜ?? それは、
日本人の一生の時間のうち、日本国内に居る時間がほとんどであるという人が多すぎると思うからです。やはり、もっともっと旅行をして世界を見ないと。とにかく、日本の価値観は、世界スタンダードではありませんので。「そんなことは、言われなくても、国会を見てれば分かる!!」、はいはい。当然のご指摘です。