| | リスク報道を超えて 死亡数によるリスク表現 10.29.2006 |
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最近になって、「環境リスクや健康リスクがメディアによって正しく報道されていない」、ということは識者の間ではかなり共通の認識になってきた。 メディアが、識者が考えるようなバランスの取れた方法で環境リスクや健康リスクを報道することはありえないのである。しかも、この特性は決して変わることはない。なぜならば、それは、メディアとしての本業に反する要素があるからである。すなわち、メディアとは、安心情報を出しても、世の中から全く評価されないものだからである。むしろ、当たらなくても良いから、危険情報を出すことが望まれているのである。 それならどうすれば良いのか。この議論は、まだ十分に行われていない。正しい情報が伝達されていない、という状況を正すことは、実は極めて難しい。さらに、本当に正しい情報が有ったとしても、市民がそれを正しいものと認知してくれるかどうか、極めて疑問である。 メディアのリスク報道の限界を超えて、何をすれば良いのだろうか。本日は、死亡数によるリスクの表現にチャレンジ。 C先生:このところ、まずは、2つのポイントを主張している。 これだけでは十分で無いのは承知の上である。それ以上に、何か画期的に進展を図る必要があるように思える。答えが確実に有るかどうかも怪しい問題ではあるが。 A君:「リスクが共有されない」ことには、多くの原因があるのですが、例えば、 B君:リスクは完全にゼロになる、という誤った理解があるから市民のリスク認知が旨く行かない、と思ってきたが、単にそう思っても何の役にも立たない。それを治癒する方法をそろそろ議論しないと駄目なのは十分に理解しているつもりだ。 C先生:本日の主題はそれだ。端的に言ってしまえば、どうやってリスク教育をやるか。さらに、どこまで低年齢層を対象に行うか。これが鍵だと思う。 A君:それにはまず、リスクという言葉を使わないことが必要不可欠のように思えますね。カタカナ語だし、定義も様々。 B君:「危険性」か。どんな状況に出合うと、命に危険な状態が発生する。すなわち、「危険性」があるか。 A君:もっと端的に、「どんな原因で人は死ぬ」か、「どんな原因で死にたくないか」。こんな問いを、できるだけ低年齢層に至まで、対象を広くして情報を出すしかないのでは。 C先生:このHPでも、しばしばそんなアプローチを行ってきている。例えば、災害というものが起きたとして、どのような種の災害でもっとも命が失われるか。過去に起きた災害における死者数のランキングなどだが。 ここでは、他の死因についても取り扱っている。 A君:例えば、こんな問いはいかが。 (1)がん B君:まず、これだけでアンケートを取りたいぐらいだな。 A君:個人的には、(19)飢餓が嫌ですね。それから(8)他殺でしょうか。 C先生:うーーん。答えてくれるだろうか。リスクの大小を知らないで、この問いに答えるのは難しいと思われる。我々のようにリスクの大小を知っている人間にとっては、ますます難しい。問いを変えるべきではないか。まず、リスクの大小の概略値を与えよう。そして、どの危険要素を取り除いて欲しいか、を聞こう。 A君:そうなると、リスクの大小をなんらかの方法で示す必要があります。先ほどから主張しているように死亡数が良いと思うのですが。 B君:蒲生さん達は、次ぎの報告 C先生:損失余命、死亡数、確率は、お互いに関連しているのだが、簡単に換算できる訳でもないのが難しいところだ。 A君:中谷内一也先生(なかやち)現在、帝塚山大学心理福祉学部教授、による「リスクのモノサシ」安全・安心生活はありうるか、NHKブックス1063、2006年7月30日第一刷、ISBN4-14-091063-1 を読んでいたら、まさに、リスクのモノサシが提案されていて、このモノサシを何かリスクが問題になるごとに、その大小を評価して色々と考えることが奨められていますね。 B君:なるほど。10万人あたりの死亡数でモノサシを作っているようだ。それでA君は死亡数が良いと言っているのか。 A君:10万人あたりの死亡数という指標は、中谷内先生のオリジナルという訳ではなくて、どうも、武田篤彦氏(財団法人体質研究会)のHPに色々と詳しい情報が掲載されているのです。 B君:確かに。過去何年間もの蓄積がある。これを比較すると結構面白いかもしれない。 A君:先ほど提示した29項目のリストについてですが、死亡数が分からないものが多いですよ。換算をして推定をしないと。 B君:それでは表を作って、ブランクを埋めてみるか。 A君:中谷内先生のデータはそのまま採用。そして、いくつかを、武田篤彦氏のものを採用。しかし、そこまでだと、環境リスク関係のものが余り無いので、蒲生氏のデータをなんとか、10万人あたりの毎年の死者数に変換することにしましょう。さらに、WHOの世界健康報告からの値をいくつか興味がありそうなものを追加してあったのですが、これらをなんとか換算することになります。 C先生:実際、換算は大変に難しい。なぜならば、損失余命には、何歳で死ぬかというものが大きく反映される。同じ原因でも、70歳で死んだ場合には、10歳程度しか寿命のロスは無いのだが、逆に10歳で死んだら、70年もの寿命のロスがあるからだ。したがって、それぞれの死因について、何歳で何人死ぬかという分布が分かっていないと計算ができない。 A君:そのデータは、入手不可能という訳では無いですが、ちょっと大変。 B君:となると、エイヤとばかり変換係数を掛けることが現時点での唯一の方法になるか。 C先生:その係数なるものをどのように決めるか、これまた大変。蒲生氏は、10万人に1名の死亡ということが、損失余命では、0.04日に相当する、という変換係数を使っているようだ。この変換係数は、死者数を相当多めに見積もってしまうようだ。 A君:何か、標準になるような事例があれば良いことになりますね。 B君:中谷内先生の本には、たばこ税に関する医療経済研究機構の報告 A君:一方で、喫煙による損失余命は5年であるとの記述もあります。 C先生:以前に、WHOの損失余命に関する報告書を世界全体、EU、北米、日本などに換算する作業を行ったことがあるが、そのとき、日本、オーストラリア、シンガポールなどにおけるたばこによる損失余命を約6年と見積もった。大体良いところではないだろうか。 A君:かなり強引ですが、これらの数値が合うような係数を導いて、それで処理しますか。 B君:がんによる死者が250名。がんよりもたばこによる死者が多くなる。 C先生:喫煙者だけを対象としているから、当然だ。また、それはそれで正しいのではないか。たばこの害は、単に肺・気管・気管子のがんだけではなく、死亡原因としては、がん以外の慢性の肺疾患が同程度あって、さらに、虚血性心疾患が若干といった割合なので、まあ、なんとなく直感的には良い感じがする。 A君:それでは、損失余命から10万人あたりの死亡者数への変換は、この係数を使うことにします。具体的には、損失余命1日を10万人あたり0.2人の死亡者に換算する。蒲生氏の場合と2桁も違いますが。 C先生:かなり乱暴な換算なので、この結果を余り信じないで欲しいのだが、結果を表にして見てみると、そんなにも悪くないかもしれない。大幅に違いが出ていると思われるのが、飢餓だろう。飢餓で死ぬのは、圧倒的に子どもが多い。だから、飢餓による死亡者数は、もっと少ないはずだ。 A君:調整しますか。 C先生:まあ良いことにしよう。表に注と書いてあるところに若干の注釈を入れてほしい。 注1: 原子力関係の事故 注2: パロマ関連の一酸化炭素中毒 注3: BSEによるリスク 注4: 残留農薬 注5: 食品添加物 注6: ダイオキシンなどの有害物質 注8: 喫煙(喫煙者) 注9: アルコール飲料 注10: コーヒー 注11: 肥満 注12: サプリメント・痩せ薬 注13: ディーゼル微粒子 C先生:さてさて、この表を見ながら、どの死亡原因をもっとも取り除いて欲しいか、注文を出して貰いたい。これが、読者皆さんへの宿題。もっとも、死亡数だけでは決まらないという人も多いだろうが。 最後に、この表が見難いという人も居られると思うので、死亡数の大きい順番に並べ替えたテーブルを最後に掲載したい。 それにしても、10桁もの数値のばらつきがあることはすごいことだ。月までの距離38万kmと10円玉の直径を同じ表の上で比較しているようなものなのだから。 表 死亡数 (人口10万人あたりの年間の死亡数) 死亡数の多い順に並び替え |
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