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   SDGsへの取り組みを本格化するには 
     
パリ協定との一体化が不可欠 12.17.2017
               




 いくつかの企業が、SDGsに本格的に取り組み始めたようだ。それ自身は大変に望ましいことなのだけれど、一部の識者から、実は、マイケル・ポーターのCSV=Creating Shared Valueへの取り組みと変わらない、という評価もあるようだ。すなわち、2011年に提案されたCSVと本質的に変わらないことを、SDGsという名前に変えてやっている、という評価である。まあ、その通りだと思う。

 SDGsには、そもそも日本人には理解しにくい部分がある。同じく2015年に合意された「パリ協定」の理解が進まないのは、その日本人の「苦手」分野が共通であることを意味しているのだが、実は、それがSDGsの「最大の本質」で有ったりする。

 具体的には、
その1:日本語版は、『Goal』が「目標」と訳されている文書なので、『Goal』を「ゴール」に、訳し直して理解することが必須の文書なのである。
その2:パリ協定と一体化して読み込まないとダメな文書である。
その3:となると、当然『気候正義』の意味が理解できないと、その本当の意味が分からない

 日本企業にとって取り組みやすいのは、SDGsでは、2030年を到達点とする目標が具体的に書かれているためである。しかし、上述のその1〜その3のようなアプローチをしないと、何かボヤケた対応になってしまう危険性が高い。

 しかも、この最後の文脈は、SDGsの文書の中にしっかりと書き込まれているのだが、どこにあるのかが見つけにくい。

 日経エコロジーの1月号が、SDGsを取り上げているのだけれど、残念ながら、これらの本質的な記述はカットされていて、いかにも日経的な表現になっている。それは何か。『社会的な問題の解決を目指すSDGsであって、社会的問題の解決というビッグな市場は、12兆ドルある』ということがベースになって書かれている。要するに、日本企業の現状の平均的マインドにピッタリ合わせた書き方になっているために、もっとも本質的なところはカットされているように見える記事である。

 真の環境先進企業は、このような日経エコロジーの記事はスキップして、できれば、英語版を読むことによって、SDGsの最大の本質を充分に意識して対応していただきたいと思う。



C先生:SDGsが合意されたのは、2015年の9月。すでに2年以上前。この文書を初めて見た人は、『何これ』と思ったはずだ。余りにも包括的で、何でも入っている。その割には、17のゴールに書かれていることには、実現できる可能性がゼロのことが相当多く記述されているからだ。

A君:しかも悪いことに、同じ年の12月には、パリ協定が合意されて、これが2050年といった未来や、今世紀末までのどこかで、といった超未来のことが書かれていて、これでは現時点でどう対応したら良いかわからないと思っても無理はないですね。

B君:そもそもそんな先まで考えているビジネスマンは、日本には居なかったと思う。今なら居ないとも言えないが、それでも、今世紀末までに実現することになっているNZE=Net Zero Emissionは、ありえないという態度を示すのが当たり前。なんといっても、産業革命以来、「化石燃料の使い方を工夫して進化したけれど、そのうち化石燃料は枯渇するからどうしよう」、と21世紀になってもまだ悩んでいたのが、2015年になって、「化石燃料は、実は、天然ガスも石油も枯渇しない。石炭に至っては、半分以上残る。なぜなら、一旦放出した大気中のCOは地球の温度を決めるけれど、寿命が長くて数万年減らないので、2℃上昇までに抑えようとすれば、あと1兆トン以下しか出せない」、と言われても理解できる訳がない。

A君:しかし、企業経営について、マイケル・ポーターなどのCSVという概念は、知っている人も若干は居た。しかし、いきなりこんなことを言われても、という感覚で脇に置いて、四半期決算の開示などに対応しているのがやっとだった。

B君:EORを重視せよ、もっと配当をよこせ、という株主も生まれた。このような株主は企業にとって邪魔者なのだけれど、現時点の日本では、企業人としては、『邪魔者』とも言えない。そこで、そう言えばSDGsというものがあって、思想的には、CSVと似ている部分がある。これをツールとして使って、企業行動を正当化しよう、こんな考え方になって来たのではないか。株主対応用としても、その利用価値を認識しはじめたということなのではないか。

A君:実際、そういう行動をしてみると、企業内の視野が広がって、これまでのように短期的利益だけを追求するというせせこましい見方ばかりから抜け出ることで、ちょっと背筋を伸ばすこともできるということに気付いたのでしょう。

B君:はっきり表現すれば、そういうことだ。怒る人もいるだろうけれど。しかし、社会的課題の解決は、市場としても非常に大きくて、12兆ドルあると言われている。取り組む企業には、実益もある。

A君:しかし、この記事で主張したいことは、実は、SDGsを経済的なチャンスと見ることは、日本流(場合によっては、東アジア〜東南アジアの一部流)の解釈であって、それを全面に出してしまっては、ニセモノであることがバレてしまう。あくまでも正義を中心に据えた欧米流(除くトランプ王国)が本物(=あくまでも正義を主張することになるが、日本人にはこちらの方がニセモノに見える)で、その解釈を知った上で、日本流を実行することが重要なのだ、ということですよね。

B君:いつでも同じことを言っていると言われるけれど、今回もそのロジックになる。箇条書きにすれば、次のようになる。
1).パリ協定もSDGsも、地球に生存する人類としての正義とは何かという考えが根底にある。
2).日本語ではゴールと目標が同じように使われるけれど、SDGsでは、ゴールと目標が非常に明確に分離して使われている。ところが、仮訳となっている日本語訳では、ゴールという概念が明確に示されていない。
3).パリ協定とSDGsは、もともと一体のものなのだが、そのような理解がない。


A君:そう言えば、1).については、国連の正義の歴史ということで、最近、記事をアップしています。

B君:ただ、日本人にとって、正義という言葉は、なんとなく発言しにくい言葉なので、それを代替する言葉として、ストックホルム・レジリエンスセンターの言う、「地球の惑星限界」は物理的な表現なので、これを使うか、あるいは、「SDGs+パリ協定の基本思想」で誤魔化すか。

C先生:まあ、そんなところだろうか。できるだけ多くの人に、阿部勤也先生の「教養とはなにか」を読んでもらうと良いのだが。
 次は2).だが、SDGsの17のゴールを日本語で読んで、「これが必達の目標と言えるか」、「だからゴールなのだろう」と批判的に解釈して貰えば良いだけ。そして、英語版を読めば完璧。同時に、169の目標を、「これはTargetなのだが、目標とはこんなものなのか。やはりゴールとはかなり違う」、という気分を持っていただければ良い。
 そして、最後に、SDGの13番、気候変動のところを読んで、パリ協定との関係を考えて貰うと、なんとなく全体像が掴めるだろう。

A君:2).SDGsの17のゴールが、日本語だと目標になってしまうことですが、目標=必達という日本人も存在していることを考えたとき、本当に必達なのかは、極めて有用な議論になりますね。

B君:まずは、その件については、このような図を用意した。
 赤で囲んだところに着目して欲しいのだけれど、ここに書かれているようことは、まさに『あるべき姿』であって、厳密な意味で実現できることではない。これが英語の『ゴール』の意味。『そこに向かう姿勢を維持することが重要な場所(あり方)』。


図1 SDGsのゴール1〜10まで

A君:そして、169の目標(Target)はゴールについて書かれているのだけれど、いずれも相当に長いので、中では短いゴールNo.7について、5つの目標を次の図に示します。


図2 SDGsNo.7エネルギーにある5つの目標

B君:という訳で、ゴールとしては、あるべき姿が、そして、目標になると実現可能ということが重視されて記述されている。極めて明らかだ。

C先生:ということなのだ。やはり、日本語の目標という言葉は、少なくとも翻訳された文書に関しては、それがTargetだったのかGoalだったのか、それを解析しないと、具体的な対応として何をやったら良いのか、その答えが見えてこない。国際交渉文書の日本語訳は、恐らく外務省の所管なので、日本語というものの持つ限界を意識して、日本語には欠陥があるから、カタカナ語も公式文書として認めるという姿勢に改めなければならないと思う。このような事態であること、これが、SDGsに関する本質の一つなのだ。

A君:3).ですが、もう一つのポイントは、SDGsとパリ協定は一体であるということですね。


図3 SDGsNo.13気候変動にある5つの目標と、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の注書き。

B君:それは、ゴール(目標)13の注に書かれている通りで、UNFCCC(国連気候変動枠組み条約)が基本的な国際的な政府間の対話の場であることを認識せよということなのだ。図3の一番下の二行がそれ。要するに、この目標13に関しては、ほぼ国の責任であるということが、目標13.1〜13.2に書かれていて、これらは企業が個別に対応するような問題ではない。13.3についてのみ、企業による貢献も不可能ではない。

A君:13.aと13.bについても、企業の協力があっても良いでしょうね。

B君:それに最後の注をどう読むかだけれど、結局のところ、その国が設定する気候変動対応の枠組み、日本で言えば、地球温暖化対策計画が閣議決定されているのだから、これに沿って、各企業は努力をして下さい、というのがその注の本来の読み方だと思う。

A君:もともとSDGsは哲学的なものでもあるし、理念的なものでもあるので、それを強制されていると考えるべきものではないのですね。『自発的にそれに取り組む企業が正義を主張できる』ということでしかない。逆に言えば、『それに取り組まない企業は正義の企業ではない』と主張している怖い枠組みだと思います。

B君:気候変動に関しては、国の定める政策は、UNFCCCの合意に従っているはずなので、その政策を遵守するということが、UNFCCCを通してSDGsにも貢献しているという意味になり、国の定める政策を無視することは、SDGsを無視していることだ。これが正しい解釈か、と思う。

A君:この気候変動に関するNo.13ゴールは、結構、誤解しやすい枠組みになっていると思いますね。深読みすることが必須なのですが、そこまでできる企業はなかなかないと思いますが。

C先生:ということで一応まとめとするか。そのうちに、最低でももう一度は、個別論をやらなければならないことになるだろうから。
 SDGsとパリ協定がともに2015年だったのは偶然ではあるけれど、流石に同じ年だけのことはあって、補完的な関係があると考えるのが、まずは必須だと思う。このように考えることができるかどうか、それが、担当者の見識のレベルを示すとでも言えそうだ。
 となると、No.13ゴール以外の部分については、比較的単純で、169の目標から、自社が関係することが可能なものを選択して、どのような貢献ができるかをリストアップして、最後にどれを選択し、方針を定めるのか、社内で議論すれば良さそうだ。