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    SDGs対応で分かる企業の品格と持続力  
       環境哲学の無い国の悲劇か
   12.09.2018



 このところ、パリ協定やSDGs、さらには、CDP、RE100、SBT、そして、TCFDなどなどのキーワードが飛び回る状況になって、京都議定書が成立した2007年と同程度の環境フィーバー再発の気配が漂っています。
 しかし、一方で、エコプロダクツ展は、参加企業が減少し、それぞれの展示の規模も恐らく予算削減の波を食らっている状況のように思えます。
 「エコプロダクツ展ガイド」なる日経BP出版の日経ESGの別冊がありますが、最近問題になっている海洋プラ対策について、『気候変動に次ぐ「第2の脅威」』という表現になっています。
 これは、企業の現在のマインドにピッタリの表現を使うメディアならではの表現なのですが、「脅威」という意味が実は大問題。「海洋プラ」は、本来は、地球の海洋生態系にとって「脅威そのもの」ですから、「脅威」という言葉を使うことは全く正しいのです。しかし、この文脈での「脅威」はその対象が、それぞれの企業の生存であって、海洋生態系ではないようなのです。これは、現状、経済活力が様々な状況のために停滞気味な日本にとって、経済的な脅威が、もっとも優先順位が高い可能性があることは事実です。しかし、それを露骨に検討するのではなく、表現上は、世界スタンダードである地球生態系への脅威と読めるような文章を書き、それが、本来の取り組み方ではあるが、企業の現状を考えると、確かに経済的脅威でもある、ということが分かるような記述にすべきだと考えます。
 実は、SDGsへの取り組み方について詳しい記述するのは、これまで避けてきたのです。本来、自分で「国連の合意文書」を読み解いて、なるほど、このような枠組みであれば、自社としてはこんな対応がもっとも適していると判断して貰うことが理想型だから、という理由だったのです。そのようなつもりで書いたSDGsの最新記事がこれでした。
http://www.yasuienv.net/TrueSDGs.htm
 今回、持続性推進機構が関与・主催してエコプロダクツ展で開催したセミナーが2件あり、一つは、筆者が代表幹事を務める環境省のEcoLeadのもので、「『環境人材』育成を通じた新たな企業価値の創出 〜会社が変わった!! 人づくり実践例〜」。もう一つが「環境経営における『SDGs時代』のバリューチェーンマネジメント」というもので、持続性推進機構が中央事務局を運営しているエコアクション21の活用に関するものでした。
 しかし、そこでのフロアーの理解が、どうもかなり表層的な雰囲気であることに気づきました。すなわち、「やっているという格好だけ付けるにはどうやるのが効率的なのか」、という感じだったのです。
 このところ、しばしば口からでてしまう日本に対する皮肉は、『日本人にとってもっとも重要な文明は、「利便性文明」。二番目が「効率性文明」、そして「信頼性文明」が三番目であったが完全に凋落』、でして、パリ協定、SDGs「見かけだけ作りたい」という「信頼性無視文明」の対象としての取扱がなされているようなのです。
 これでは、あまりにも底が浅い。企業の品格を高めていただきたいことを考えると、もっと哲学的かつ本格的な対応が欲しいところです。
 本日の記事は、かなりの皮肉を込めて書くことにします。それぞれの企業が現在、SDGsに取り組んでいると思いますが、「その企業の『品格』を高めるようなSDGsへの取り組み方とは何か」を考えることです。


C先生:このところ、いささか苛立ち気味なのは、やっとパリ協定対応を真剣に考える時代になったと思いたかったのだが、実は、その取組の多くが、やはり、日本文明の特徴をあまりにもむき出しにしていて、全く哲学的な香りがしない。このことに対して、「やっぱり」と失望しているからなのだ。その最大の理由は、やはり経営層の非哲学性にあると思うのだ。実は、哲学が極められるものだとは思わない。なぜなら、哲学などというものには、極めて長期的な歴史的な経過をすべて理解しなければ、恐らく、何かが抜けてしまうものだと思っていて、チャレンジする気にもならない。ただし、哲学性を全く欠いたアプローチというものは比較的定義が簡単で、それは、「どうすれば良いですか」という問を発して、誰かに「その答えはこれです」言ってもらい分かった気になることだ、と思う。これだけは避けて貰いたいのだ。無駄な作業をすることに、経済合理性は皆無なので。もし、どうしてもSDGsに取り組みたいなら何が究極のやり方なのか、その謎にチャレンジしてから実施すれば、恐らく、経済的にも強い企業になれる

A君:最初から、なんとなく苛立ち気味の雰囲気がムンムンと伝わってきますね。

B君:日本文明というもののが、ほぼ「利便性文明」、「効率性文明」、そして、「信頼性文明」から構成できていてたのだけれど、「信頼性文明」はこのところ、「手抜きの続出」によってほぼ消滅しかかっている。その通り!! その手抜きの理由が、「人不足」といったことで、その根本原因が「経費削減」にあることがほぼ確実だ。

A君:日本企業の良さというものは、企業トップであっても、所得がそれほど高くはないことにあったと思うのですよ。そのトップが取るはずの所得が、末端にまで配分されることによって、不公平感が少ない国だった。それが、ゴーンさん以来変わりましたね。

B君:その話は、一言で説明すると、「農耕文明」と「狩猟文明」の違いに行き着く。実は、農耕という作業には、天才的な技能というものはあまり存在していない。むしろ、マメに注意深く農地を見張っていて、早く異変に気付くというマインドが重要。しかし、狩猟文明だと、例えば、最難関と思われるマンモスを仕留めることは非常に難しいが、採用されていた方法は、誰かが、リスクを犯して一番槍役を務めることだった。成功すると、最大の分前を受け取ることができるが、もし、失敗すると、その人は大怪我をすることになる。だけれど、その家族の世話などは集団として面倒を見る

A君:イスラム教では四名までの妻を娶ることができますが、これは金持ち優遇ではなくて、戦争などで亭主が死んでしまったときの社会的な対応策の一つだったというのが、どうやら真実らしいですね。イスラム教は農耕がそれほど適地ではないような地域に広がったので、本来、狩猟文明的なのでしょうね。

B君:狩猟文明というものは、一人の非常に有能な人物=戦士が誰であるか、極めて明瞭に区別ができてしまう文明だということを意味するな。もっとも、日本の農耕文明であっても、武士として誰が有能であるかは、分かったのも当然で、武士という商売は、狩猟文明での英雄と類似性がある。

A君:西欧の歴史を見ても、まあ、その通りですね。そして、戦士としてのランキングができると、知性派もやはりランキングが欲しくなる。そこで、哲学がそのような評価基準として使われたのではないでしょうか。そもそも、哲人とは、様々な議論をして、それに勝てる人という意味ではないですか。

C先生:今の大学でのランキングは、インパクトファクターが基準。天文学ならこれで良いが、イノベーションを生む実学での評価がインパクトファクターでは、実学が自殺をしているようなものだ。そんなところで、現時点の分析を行って見てくれ。

B君:現時点で分析な必要なこととは、2015年9月から始まった、「地球と人類文明のあり方」というある種の哲学の始まりが最大の特徴だろうから、その哲学の分析か。

A君:SDGs、パリ協定がその筆頭にありましたが、この二つに共通する哲学的な思考とは何かが鍵です。この二つの国際的合意は、実は、SDGsがMDGsの後継ということを国連文書でも言っていますから、人権とか貧困とかが根底にあって、人間活動によって、海洋生態系・自然生態系が破壊されること、人類の生存に不可欠である水の変動が減少も増大も実は困るという定常性の破壊、そして、極めつけの気候変動という4項目ですよね。

B君:それらが、SDGsの17ゴールのうちの4つを成している。その表現ということになると、やはり、Stockholm Resilience Centerのウェディングケーキの図の素晴らしさがどうしても、目に浮かぶ。こんなに明確に「人間と地球の関係」を表現したものはない。

A君:何回も取り上げていますので、今回は、名前の引用だけで。確かに、この図に、現時点において、本来、人類が持つべき環境哲学のほとんどすべてが含まれているという気がしますね。

C先生:環境哲学では、地球と人類に関する正しい全体観を持つことがもっとも基本ということは事実だろうね。SDGsを実施する際に、このような図の存在を知っている組織かどうか。ちゃんと説明ができるようなレベルであれば、環境教養のポイントは高そうだ。

B君:SDGsを日本で推進しているのは、実は、内閣府で、検討が開始されたのが、2016年5月20日なので、すでに、2年半前。しかし、2015年9月にSDGsが国連総会で合意されているので、半年後ということにはなるけど。

A君:その第二回会合で、日本政府のビジョンなるものができています。それは、『SDGs実施指針』の概要なる文書にありまして、「持続可能で強靭、そして誰一人取り残さない、経済、社会、環境の統合的向上が実現された未来への先駆者を目指す」

B君:そうなんだ。すごく立派な表現ではある。そして、2019年には最初のフォローアップが行われることにもなっている。

A君:しかし、この方針の決定が、ある意味で、国連文書からの乖離を表現していることにもなってしまった。国の方針だから、別に乖離して駄目ということではないのだけれど、グローバル企業などが、SDGsに取り組む場合には、やはりSDGsの根本まで戻って、何が重要なのか、どのような取り組み方針を決めれば良いのか、については、国際標準を採用しておかないと、色々と問題が生ずる可能性があるのでは。

B君:環境省にも何冊もガイドブックがあるけれど、これらも、教科書というよりは、アンチョコ的な文書で、どうやって簡単にSDGsをやるかに重点が置かれているように思えるね。
 例えば、「すべての企業が持続的に発展するために」−持続可能な開発(SDGs)活用ガイド−
http://www.env.go.jp/policy/SDGsguide-honpen.rev.pdf

A君:別の4枚ペラの資料がこれで、
http://www.env.go.jp/policy/SDGsguide-gaiyou.rev.pdf
最初の説明が「SDGsが示した潜在的マーケット」で、市場機会の価値が年間12兆ドル、創出される雇用が3億8000万人」という説明が、トップに来ている。環境省の取り組みとして、それが内閣府の方針だからといって、それで良かったのか。

B君:たしかにそうだな。『SDGsの活用によって広がる可能性』という記述もあるが、◯企業イメージの向上、◯社会課題への対応、◯生存戦略になる、◯新たな事業機会の創出、となっている。国連の合意文書によれば、二番目だけで良いはず

C先生:確かに、その通りで、どうもSDGsのリーダーシップを取ったのは、内閣府なので、環境省と言えどもどの影響を逃れることはできなかった。
 しかし、世界全体は、恐らく、国連のオリジナル文書を使って対応をしてくる。となると、日本におけるSDGsはやはりどこか変だ。日本文化に毒されているのではないか、という感想を持たれる可能性が高いので、グローバル企業であれば、少なくとも、海外の組織で実施し報告する英語バージョンは、日本語バージョンとは別のものを作ることが不可欠なのではないか。それは、国連の合意文書を基本として、全く別の枠組みで考え直すことが重要。

A君:そんな方針が必須ですね。国際企業でなくても、よりSDGsに対応することによる満足感を得るためにも必須のなのでは。

B君:またまた日本製の文書とは違う文書が一般的であるという例を探すか。

A君:それが良いかもしれません。こんな例はどうですか。PWCが日本語で作成してくれていますので、グローバル企業として、正しい哲学を持って取り組むには参考になるでしょう。
https://www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/archive/assets/pdf/navigating-the-sdgs1706.pdf

B君:最初のページが、世界のCEOは、ビジネスのインパクトをどのように考えているか、という記述からはじまっている。そこに、Malcolm Preston氏による長い文が掲載されているけれど、実は、その隣に、メキシコ、ロシア、米国の企業のCEOなどが、短い言葉を述べている。それから始めないか。

A君:了解。まずは、メキシコのCEMEXという企業のCEO
。。。未来の企業は、適正に評価されるために、財務面だけではなく自社が社会に与える全てのインパクトを考慮する必要がある」。
 次に、ロシアのSberbankのCEOの言葉、 「現在の高収益企業はその従業員、地球環境、そして人々のより良い生活に投資しなければならない」。
 最後に、米国のCisco SystemのExecutive Chairman
 「経営者の唯一の責任が旧来的な資本主義の定義にとどまるのならば、その経営者は定義を広げた方がいい。さもなければ政府や顧客からの信頼を失うことになるだろう」。

B君:ところが、日本の場合には、政府がCiscoのCEOに「信頼できないよ」、と言われてしまう。

A君:CEOの最後の言葉は、米国のトランプ政権をどう評価してのものなのだろう。何かを略したような気がする。

B君:まあ、トランプ政権を一般化して発言することは無いので、一般的な政府という意味だと理解すべきだろう。

C先生:このように、各国によって、様々な問題があることが分かる。CiscoのCEOの「旧来的な資本主義の定義に留まる」ということが、どうして駄目だと分かるのか。当然、様々なSDGsの文脈からそれが分かるというのが正解なのだけれど、非常に簡単に言ってしまえば、そもそも、SDGsの合意文書の題名が「Transforming Our World」であり、それには旧来的な枠組みではダメ、ということが含まれていると言う答えがもっとも簡単であり、かつ強力。

A君:それに、国連の合意文書の中にも含まれている、5Psも、どうやら世界的に消え始めている感触。People, Planet, Prosperity, Peace, Partnershipの5種ですが。ある図を、日本ユニセフ協会は出しているようですが。
https://sustainabledevelopment.un.org/post2015/transformingourworld

B君:しかし、不思議なことに、このWebサイトの5Psの説明が、合意文書の中に書かれている5Psと必ずしも同じではない

A君:確かに合意文書だと、例えば、Peopleの最大の問題点は、貧困と飢餓の問題の解決であると書かれている。しかし、日本ユニセフのページでは、すべての人の人権が尊重され、などなどの記述があって、17GoalのどれがPeopleに関連するかということが述べられている。

B君:合意文書の意図としては、5PsはSDGsに取り組む人々が、5Pのそれぞれをどのように変えたいと思っているか、という記述であるべきだと思う。

A君:例えば、ある地域の自然保護をしたいという団体であれば、それには、Peopleの考え方をどのように変えたら良いのか、といった提案をし、それを実行することになる。

B君:まあ、それが合意文書の哲学にもっとも沿っている

C先生;これで、大体すべてのポイントが揃ったようだ。SDGsをその基本哲学に沿って実施することが、もっとも格調の高い企業の行うべき方法論だと思うならば、次のような順番で文書を解析して、行動方針を決めるということが必要になるのではないだろうか。
 以下、項目ごとにまとめてみたい。
 (1)Transforming Our Worldの議論。
 これがもっとも上位にある概念なので、現在の世界の状況をしっかりと分析して、どのような状況を変えることで、世界を変えることができるか、それを議論する。キーワードはすでに様々な人々によって出されている。例えば、先程のCiscoのCEOであれば、「従来型の資本主義」。このようなキーワードを多数考えることが第一段階。
 (2)5Psへの個々の影響の議論
 (1)で決めたいくつかのキーワードそれぞれについて、例えば、従来型の資本主義であれば、すべての人々(=People)を幸福にすることはできないし、人権を守ることもできない。地球(=Planet)の重要な機能で、人類の生存と深く関係する生態系を守ることもできない。となると、農業生産なども気候変動によって阻害され、食糧生産も上手くいかなくなる可能性がある。となれば、繁栄(=Prosperity)は望み薄になり、富はある特別なところに集約されてしまう。そして、飢餓が起きれば、それが紛争に拡大して、平和(=Peace)すら壊れる。当然、パートナーシップも壊れる。それを防ぐには、なんとかして、世界の人々が健全な交流と協力体制を維持しなければならない。
 以下、こんな起承転結を文章化すると良い。
 (3)それならどう変えるか。
 例えば、従来型の資本主義がダメだというのなら、どのような社会システムが良いのか、それを提案する。この例だと、議論が極めて大事になるので、別の例として、プラスチックを取り上げる。
 プラスチックは、これまでの経済発展に貢献した材料である。しかし、生態系に放出されると、分解性がほとんどないので、超長期間存在することになる。海水中でも実は、分解しない。回収して処理するとしても、最終的には焼却が最良の方法であるものの、原料が化石燃料であるために、COの排出が問題になる。となると、プラスチックは、厳密に分類してすべて回収し、再生プラスチックにする再生プラスチックは、CO排出量が半分であると評価し、炭素価格の半分の価値を加える。バージンプラスチックと等価以上になるような炭素価格を設定すれば、再生プラが優先的に使用される。
 実際、欧州ではこのような考え方に変わりつつある。これで、Planetに配慮したプラスチックに近くなるからだ。
 もっと完璧にやろうとすれば、化石燃料以外の炭化水素を人工的に合成する。炭素源は、バイオマス発電での排気の中のCO。この炭素は、元々植物が大気中のCO2を吸収したものなので、計算上ゼロとなる。バイオマス発電を純酸素で行うことによって、排ガスが100%COになるようなボイラーを開発する。これと、自然エネルギーによって水を分解して得た水素を原料として、プラスチックを合成する。
 このような未来技術を解析し、それに対する展望を、しっかりと持たなければ、企業の生存は難しい。
 (4)上述のような社会体制をどのようにしたら形成することができるか。
 それを提案すると同時に、その変化をもっとも安価に実現できるような技術を開発する。当然、これが経済的に成立するような社会になっていることが前提であり、そうでない企業は、SDGs型企業でないとして、社会から排除される可能性が高いことになる。
 (5)実は、パリ協定のもっとも基本原理・原則である「気候正義」
 この「正義」とは、旧来の仕組みに固執することは「不正義」であるということを明示するために作られた造語である。
 すなわち、企業が排出するCOを削減できないことは、不正義であって、社会はそのような企業を排除しなければならないという意図が、パリ協定には込められている。
 結論は次のようになる。
 以上の(1)〜(5)が西欧社会における気候正義とSDGsの本来の意味である。しかし、「正義」という言葉が使えない国である日本では、気候正義を理由とする西欧社会からの排除を回避するために、企業はどのような哲学を持ったら良いのだろうか。これが最大の課題になるだろう。それは、地球環境の現状の深刻さをもう一度根本から理解することから始めなければならないのではないだろうか。